防御、防御、防御。例え身体が悲鳴を上げようと、脳が燃料切れを知らせようと、構わず防ぎきる。受け続ける。
飛ぶ怒号。沸き立つ歓声。喚く実況。
今は全てが煩わしい。集中力を高め、それらをシャットアウトする。気炎が高炉から出る火花のように口から漏れ出した。
身体中の臓器という臓器が酸素を渇望する。文字通り死闘。文字通り
己の、己のを全てを、血の一滴までを刹那に捧げる。
そうでもしなければ
「ーーーシネェ!」
目の前の
ーークソゲーかよッ。
そんな言葉は繰り出される爆炎と供に消失した。
「お、委員長ー。お疲れ様、凄かったなー。おーい皆、委員長戻ってきたぞー」
あの後、木津が治してくれた事により保健室に行く必要がなくなった俺は、試合を観戦するべく急いで観戦席に向かった。
戻ってきた俺に気づいた飛石が、労いの言葉を掛けてくると同時に皆に帰還の報を告げる。いや〜委員長ともなると皆に慕われて照れるなぁ。
そのままクラスの奴らから言葉を受けつつ、自分の席に座る。
隣に座っていた心操がナイスファイトと言いながらボガリを渡してきた。ありがてぇ。
「…プハァ!いや〜生き返るぜ!すまんな心操、わざわざ買ってもらっちゃって!」
「一時間経つごとに百円な。因みにそれ160円だから」
「金とんの!?しかも利子高っ!?」
「冗談だよ。流石に頑張って試合してきた奴からたかるほど人間終わっちゃいねぇさ」
おいおい冗談かよ俺のこのほっこりとした気持ちを返せ。お前知ってんだろ、俺この前木津にたかられて今月厳しいんだよ。しかし…応援の人数少ないな。パッと見、13人ぐらいしかいないんだが…皆保健室にいんのかな。
「あぁ今ここにいない奴等のことか?なんでも濃家と気楼が呼びに行ったらしいんだが…どうやら人が来ない合間を縫ってリカバリーガールに色々教わっていたんだと。
きっと木津ちゃんが勝ってくれるだろうから、僕達は僕達で出来る事をするよ。応援、僕達の代わりに頑張って。って易辺が言ってたらしいぜ。ちょっとキレながら」
「はっはっは、木津の奴め、めっちゃ期待されてんじゃん。責任重え?易辺キレてたの?なにそれめっちゃ気になる」
辺りを見回していた俺の思考を悟ったのか、心操が人数が少ない事に対する詳細を伝えてくる。皆が木津を信頼しているのは嬉しいが、そんなことよりもC組の仏様とも言える易辺がキレていたって情報が頭から離れないんだが。え?あいつキレんの?いつもニコニコしてて?カツアゲしてきた不良の言葉を真に受けて、必要以上のお金渡して帰りの電車賃まで払ってあげて、挙げ句の果てにご家族にどうぞとお土産まで持たせて、罪悪感に耐えられなくなった不良が泣いて土下座したって言う、あの易辺が?やばいどうしようめっちゃ見てみたい。
「なんで怒ってたんだ?今から行っても大丈夫かな?」
「なんでそんなに興味深々なんだよやめとけよ。理由は知らない。濃家と気楼も聞こうとしたらしいんだが、なんか凄くいい笑顔で、始まっちゃうから早く行ってきて、って言われたらしくて。ビビった二人は理由を聞けずに戻ってきたって訳だ。」
「しょうがねえだろあれクソ怖かったんだぞ!?あんな目の笑ってない笑顔始めてみたわ!」
「仏の顔も三度まで、はっきりわかんだね…なんか消木が隅に蹲って不幸オーラダダ漏れにしてたけど、あれ関係あんのかな?」
二人共すげぇビビってんな。ちょっと震えてるし。やっぱり普段怒らない人が起こったら怖いって話本当だったんだな。
結構気になるけど俺も気をつけとこう。気になるけど
『さぁどんどんやっていこう!第四回戦!圧倒的防御力から繰り出される
「ーーーっと、そろそろ試合か」
そんな思考を他所に、実況の声が試合の開始時刻を知らせてくる。闘技場に目を向けると、両者は既にファイティングポーズをとっており、濃厚な闘気が観客席まで漂ってきた。木津は顎を腕で囲うように構え、常に右へ左へとステップを踏んでいる。確かあいつがならっている古武術のボクシングとやらの防御姿勢だったか。いや詳しい事は知らないから合ってるか分からないが。それに対して爆豪は直ぐに爆破を打てるよう掌が木津に向くような構え方をしている。当に一触即発。試合に出ている訳でもないのに緊張が高まっていく。ゴクリと唾を飲んだ。
「すいません委員長、木津さんと付き合い長いんでしたよね?木津さんの個性は凄く強力ですが、やっぱり弱点とかあるんでしょうか?」
「あ、それ俺も思った。全ての傷を治し、悪化させ、無効化する事が出来るんだっけ。普通にチートじゃね?爆豪に勝ち目があるとは思わないんだが…」
そんな中、天野と金子が最もらしい疑問を投げかけてくる。まぁ一回戦目を見た後なら木津の個性が無敵と思っても無理もない。実際あいつの個性はチート級だし、素の身体能力もヒーロー科に引けを取らないぐらいには高い。ほんと、字面だけ見たならば勝てっこないはずなんだが…。
「いや、やっぱり弱点はあるよ。例えばほら、今あいつ顎を腕で囲うように構えているだろ?あいつの個性は確かに強力なんだが、衝撃と痛覚は正常に働くんだよね。顎に1発入れられて失神KOとかは普通にあるからさ。だからああやって顎を守りながら左右にステップを踏んで狙いをずらしているって訳。」
「なるほど…あの動きにはそんな意味が…勉強になります。」
「はぁ〜なるほどな。でもそれやってればもう最強じゃん。」
「ん〜…そうなんだけどね?いや最強なんだけどさ。」
「「…?」」
煮え切らない俺の態度に、疑問符を浮かべてくる二人。この中で一番は勿論、下手すれば学年トップクラスの戦闘力がある木津さん。こと守りに関すれば右に出るものは居ないと評される、皆の姉貴的存在、木津さん。
そんな彼女にも、あるのだ。一個、致命的な弱点が。
彼女を倒れぬ者と、
一朝一夕で見抜けるようなモノではない。そもそも弱点を見抜けるほど、長時間彼女の前に立ち続けられる人など少ないだろう。少ない筈なんだが…もし、木津の相手が普通のヒーロー科だったらここまで心配にする事もなかった。
しかし、相手はあの
不和の個性を食らっておきながら初見で突破してみせた彼は確実にその少ない人という部類に入る。油断は出来ない。特に木津は正々堂々を好む傾向にある。そこまで漢らしくなくてもいいのに。
「気張れよ、木津…お前が勝ち上がってくれなきゃ、決勝の時に勝ち目なくなるからな…」
今だけは、搦め手でもなんでもいい。必ず勝てるように立ち回って欲しい。例え、それがお前のポリシーに反するとしても。
全てはヒーローになる、その為に。
『さぁどんどんやっていこう!第四回戦!圧倒的防御力から繰り出される
「一言余計なんだよな、一言。なぁお前もそう思わないか?」
「黙ってろ女野郎が」
「お前もかよ…皆ひでぇな。ま、自覚はあるが」
そう言いつつも、油断なく戦闘に備え、型に移行し始めた目の前のこいつは、確かに
「クハッ!いいねいいねぇその殺気!アタシは長らくボクシングって言う古武術をやっていたんだが、アタシの個性上、本気で勝ちにいこうと思って挑んでくる奴は中々居なくてな。ここ最近では…障助と手合わせした時ぐらいか。それに比べて、お前はモロに殺気ぶつけてくるからビビったぜ。こりゃあ楽しい試合になりそうだ!」
「殺気ぶつけられて喜ぶとか、テメェの脳みそ腐ってやがるな」
「んな白々しい事言うんじゃねえよ。分かるぜ?お前も同類みたいなもんだろ。その悪魔みたいな笑顔が全てを語ってるぜ。早くアタシをぶっ飛ばしたいってな。勝利と言うものを貪欲に追い求めている。最早助けるって事よりも敵ボコして勝つって事しか頭に入ってないんじゃねぇか?お前も大概だな。」
頬に触れると、自然に口角が上がっていた。確かに俺も人の事が言えない。この、傷を無効化してくるこいつを、どうやって封じ込め、勝利するか。それを考えているだけでも、心の底から高揚感が湧き出てくる。掌を軽く爆発させた。
『レディ…』
「さぁやるか。アタシは言われた通り、防御力には自信があってな。蚊が止まる様な生半可な攻撃は、欠伸出ちまうから勘弁してくれよ」
「ハッ!テメェのクソみたいなガードに俺が止められる訳ねぇだろボケ。個性切れるまで殴り殺したるわ!」
『ファイト!!!』
「それは楽しみだ、な!」
開始の合図がなった途端、張っていた糸が一瞬にして引きちぎれる。最初に動いたのは向こう。大きく振りかぶった腕を捻りながら打ち込んでくる。余りにもお粗末な初動。隙が多過ぎる。いつもなら直ぐに攻撃を躱し、無防備な体に反撃を打ち込んでいるところだ。
こいつが傷を操るなんて言う個性を、持っていなければの話だが。
飛んでくる拳を避ける。ヒュゴッと、空気が爆ぜる音がした。そのままバックステップをして距離を取りつつ、牽制として試しに爆炎をお見舞いする。触れた物を焦がし、食らった者の肌を爛れさせる一撃は、寸分違わず女野郎の腕に着弾した。普通なら、これだけでもかなりのダメージになるはずなんだが
「おいおい熱いじゃねえか、逃げんなよ。男なら攻撃は回避じゃなくて
火傷痕の一つもついていない。めくっていた袖が焼き切れ、健康的な小麦色の肌が覗いただけだ。やはり無効化されるか。
しかし切島戦の時もそうだったが今の攻撃より、痛い、熱いという痛覚が正常に働いている事が分かった。それに食らった時、ほんの少しだけ後退したのを見ると衝撃までは消せないらしい。顎を腕で常に囲っているのも、衝撃による脳震盪を警戒した結果だ。ならばーー。
「シィーー!」
ガードしてある腕の上から御構い無しに攻撃する。現時点で分かっている唯一の弱点、突かない手はない。
掌を後ろに向け、爆破を放つ。丁度ジェット機みたいな要領で女野郎に急接近し、速度を利用してそのまま顎目掛けてアッパーカットを打ち込んだ。
例え腕で受けたとしても速度を付けた高威力攻撃、そう簡単には衝撃を消せまい。それにこれは、こいつの個性を探る為の一撃でもある。
「カハッ、痛ッテェ!!フゥ…フゥ…中々面白い攻撃方法じゃねぇか!お前見かけによらず器用なんだな!」
「ーーーチッ、そう簡単にはいかねぇか」
放った拳は顎では無く、囲っている腕でもない、奴の横っ腹にめり込む。
こいつ、ワザと前進してアッパーを身体に入れさせやがった。
普通、あの速度が乗った一撃を力がぶつかりあう形で食らったら、まず間違いなく肋は逝くし内臓も傷つく。
しかし、こいつの個性はそんな一撃さえも無効化してしまうのか。痛みや、腹を殴られた事による息苦しさもあるはずなのに、笑いながらこっちを見てくる姿は、当に狂気を孕んでいる。
ーーー威力は、関係ない。
今の攻撃で分かった事はそれぐらいだ。後は、思った以上に忍耐力、そして衝撃に耐えきる体感があるという事ぐらいか。
なら次は…
「ん?今度はなんワブッ!?」
眉間、顎、鳩尾、脇、その他人体の急所を狙って爆破を繰り返す。威力はそこまで高く設定していない。
速く、細かく、多く。ただただ手数を増やしていく。当てる際に爆煙を撒き散らし視界を遮る事で、反撃を貰わない様にするのも忘れない。
耐えられる威力に上限があるという説は無くなった。
なら、能力を行使する回数が決まっているという説はどうだろうか?
「ちょこまかとうざってぇなおい!そんなヘナチョコパンチじゃアタシを倒せねぇぞ!」
爆煙から飛び出してきた腕を、体制を低くする事で回避。
そのまま伸び上がる勢いを使って、爆破を織り交ぜた拳を腹に叩き込み、離脱する。
立ち込める爆煙。プレゼントマイクが実況出来ねぇとか何とか喚いている。
さて、結果は…
「クッソ煙い。こりゃ洗濯大変だぞ〜。ま、こんだけ破れてたらもう買い換えた方がいいけどな!」
ーーーーダメか。
霧散した煙の中から姿を表したあいつは、ダメージもなけりゃ焦った様子もない。並行して、各急所の内どれかが解除ポイントという説も検証してみたが、効果なしだ。
また、速攻を仕掛けてこない辺り、時間制限があるという線も薄いだろう。もしあったならこんなにも俺が
後は、何がある?立てた仮説は後幾つだ?そもそも、本当にこいつの個性には弱点があるのか?
まだ焦る時間ではないと、逸る気持ちを押さえつける。
込み上げてきた不安を咀嚼し飲み込む。
別にどうという事はない。このまま弱点を見破る事が出来ないのであれば、投げるなり吹っ飛ばすなりして場外に出せば良いのだ。長期戦は俺が最も得意とする流れ、わざわざ相手が作ってくれるなら、喜んで便乗させて貰おう。
「フッ!」
「ーーー」
飛んでくる拳をとにかく躱す。鳴り響く、空気の破裂する音が威力と圧力を引き立たせる。ヒリつく様な闘気が肌を粟立たせた。傷を悪化させる事が出来るのは、切島戦で分かっている。たった1発、掠っただけでも大ダメージとなり得る今、軽い気持ちで受ける事は出来ない。
「死ねクソがッ!」
「また連打かよ!効かないって言ってるだろ!」
よって、攻撃の手を途切れさせる事は許されない。威力が高くても耐えられる。ならば先程の様に、手数を増やし、隙を作らせる事で勝ち筋を見出すしかない。
そのまま殴打を重ね、衝撃で少しずつ白線へと押し出していく。
後少し、後十…いや、五歩前に進めれば、最大火力の衝撃で場外に吹っ飛ばす事が出来る。幸い、こいつは爆煙により後ろの状況を察知する事が出来ていないらしい。やるなら今だ。爆破の回転数を上げる。
一歩…二…三…と牛歩の如く、カタツムリの如くゆっくりと、しかしながら確実に前へと進ーーーー
「ガハッ!」
「おいおいおい、考えが甘いぜおい。場外を警戒しないとでも思ったか?」
突如、今までと反し、正確性を持った手が黒煙の中から伸びてくる。咄嗟に避けようとするも、今当に場外へ吹き飛ばそうと予備動作に入ってしまっていた為、致命的に反応が遅れた。
手は、寸分違わず俺の首を鷲掴みにし、ギリギリと締め始める。必死に掴んできている腕に拳や爆破を打ち込むが、全くの無傷。引っ込める気配がない。
そんな藻掻く俺を、失望の眼差しで覗き混んできたこいつは、後で絶対泣かす。
「あーあ、お前なら場外なんて狙わず、殴り合いで勝ちにくると思ったんだが…どうやら期待し過ぎたみたいだぜ。ま、アタシに勝つには、この方法が一番手っ取り早いからしょうがないってのも分かるけどな。」
「カ…べ…ッ、だま…れ!は…な、…!!」
言い返そうにも、口を開けない。酸素が急速に消えていく。肺が、脳が生命の維持に必要なそれを渇望する。クソ、目眩がしてきた。早く拘束を解かないと、意識ガハッ!?
「て…メェ、!オェ、ゴ…!」
「え、マジかよ、この状態でも意識あんのか。そんなに弱く殴ったつもりは無かったんだが…お前凄いタフだな。」
こ、こいつ、首が絞まっている奴に容赦なく腹パンかましてきやがった…!
呼吸困難による苦痛も相まり、簡単に胃の中の物をぶち撒けようとするが、狭くなった食道を通り抜ける事が出来ず、さらに喉を圧迫してくる。僅かに口から染み出した吐瀉物が女野郎の腕を伝い、地面にシミを作り出した。
やば…い、視界が…暗く…
「うぉ、きったねぇなお前!クソ、すげぇ気持ち悪い。早く戻って洗いたい…。洗いたいから…」
女野郎が腕を振りかぶる。今度は更に力を入れて。これを食らったら間違いなく落ちるだろう。どうにかして避けなければならない。力の入らない腕を、なんとかこいつの目の前までに持ってくる。掌を向けているのに、全く気にすらしてこない。
効かないと油断しているからだ。これが通用するのは今しかない。力を込める。
「これで気絶してくれよ!」
「『
「ッーー!?」
振りかぶった腕を解き放つ寸前、目眩しを放つ。怯んだ隙に全力で爆破し、拘束を解いた。そのまま距離を取り、大きく息を吸う。身体中の臓器という臓器へと酸素を送り込む。
かなり近くで発光させた。まだあいつは目が見えていない筈だ。今の内に、息を整えなくては…!
「この…!クソ、前が見えねぇ!『爆破』ってこんな事も出来んのかよ涙とまんねぇんだが!」
目を抑え、焦った様子で辺りを警戒する女野郎。どうやらこれは個性で治せる範囲に入っていないらしい。ならばこれはチャンスだ。今の内に何発か叩き込んで場外に出してしまおう。呼吸も落ち着いてきた。倦怠感を携える体に鞭を打ち立ち上がる。
そのまま目を抑えているこいつに爆破の照準を合わせ、爆破ーーーー。
「
「…!」
奴の体に着弾、
ーー効いた。
今までとなんら変わらない唯の爆破、そんな攻撃が彼女の肌を傷つける。
なんだ?何が違う?やはり時間制限というものがあったのか?それとも受けられるダメージ総量に限度が?
いや、あり得ない。ならば何故早々に決着をつけにこなかったのか。ワザと自分が不利になっていく戦いに持ち込むほど、この女はバカじゃない。長期戦をする方が都合良いか、長期戦をしても問題ないか、それ相応の理由と対策があるはずだ。
ならば、一体何が…。
チラリと女野郎を一瞥する。まだ目は見えていないらしい。テメェどこにいやがる!など喚きながら、必死に防御体制を取っている。
個性を使えばあっという間に治せるであろう、火傷という傷を、腕に残したまま。
ーーーー攻撃の種類が、傷の状態が、分からなければ個性を発動出来ないのか?
これならば、辻褄が合う。確かに今までの攻撃は全て見られている状態から繰り出されていた。連打の時は、爆煙で視界は遮られてはいたが、
「オラァテメェの大好きな殴打だ!たんと味わいやがれ!」
「ーー!」
事前に情報を与えた上で、攻撃を加える。思いっきり振り抜いた拳は、確かにこいつを撃ち抜いたが、傷一つ付かない。
ならば次は…
「シッーー!」
「グハッ!?」
ーーービンゴだ
女野郎の腕に、また新たな火傷が生み出される。何も難しい事をした訳じゃない。
事前に情報を
たったそれだけ。されどそれだけで、仮説は真実へと昇華する。
やっぱり、こいつは何が来るのか分からない状態では、個性を発動出来ないんだ。
「はっはっは!やっぱそうだよな!そんな強個性に弱点がない訳ねぇよな!」
なら、今の内に攻め落とす。従来の様な、爆破一辺倒の攻撃ではなく、単純なパンチを織り交ぜながら、途切れさせない様に打ち込んでいく。
最初は今までが嘘だったみたいに生傷が増えていったが、だんだんと見えてきたんだろう。徐々にできる傷の数が減っていき、終いには先程同様、攻撃を無効化される。
あともう少しダメージを与えられれば良かったんだがと、惜しい気待ちにもなるが、その時はまた目眩しをすれば良い。
成果は上々だった。
上々だったのだ。
「お前、一度に防げる
ーー目で攻撃の種類を確認出来なかったからだ。
そうでなきゃ、爆破食らって無傷なのに、唯のパンチで痣が出来る筈ないもんな。」
「…」
俺の言葉に図星を突かれたからか、女野郎はダンマリを決め込む。表情は腕を前に構えているのでよく分からないが、焦っている事には違いないだろう。つまりだ。これから俺は、こいつに攻撃方法を悟らせない様に攻撃すれば良い。簡単だ。爆破と殴打をランダムに打ち出すだけで効果がある。まぁこいつの反射神経にどれ程通用するかの問題になってくるんだが。
ーークックックッと、押し殺した笑い声が聞こえてくる。
見ると、女野郎が肩震わせていた。次第にその揺れは大きくなり、それに連れて笑い声も大きくなってきた。
「テメェ、何笑っていやがる。ついに頭がおかしくなったか?」
安い挑発にも反応が返ってこない。ただただ、何がおかしいのか笑い続けるだけだ。クソ気味が悪ぃ。その、何もかも小馬鹿にしているかの様な笑い方に腹がたつ。なんなんだこいつは。
「あっはっは!…いやー笑った笑った。試合中に笑わせてくんなよ。面白い冗談を言うんだな。で?なんだ?目で見てないといけない事が弱点?おいおい爆豪、んな訳ねぇだろ。もう、考え方が蜂蜜に漬けた角砂糖レベルで甘いぜ?
ーーーーなんの為に、アタシが傷を治してないと思ってんだ?」
「は?」
女野郎の体を見る。確かに火傷はそのままだし、至る所に殴られた痣がある。間違いなく、俺が攻撃してつけた痛々しい傷跡だ。それがどうした。それがーーーー。
ブワッと体から冷や汗が吹き出る。血の気が引くとは当にこの事だ。真っ青になった俺の顔を、見る人が見たら大抵の人が体調不良を心配してくるだろう。
そうだよ。こいつの個性は『
「クハッ!どうしたんだーい爆豪くーん!顔が真っ青ですよ!何か、重大な事でも思い出したのかーい!」
そんな俺を見て、女野郎が嘲笑を送ってくる。ムカつく野郎だ、その舐め腐った顔面に一撃加えたい。だがそんな事をしたら更に被害が悪化する。どうにかして避ける方法は…!
「どうかしようなんて魂胆、無駄だぜ。お前があたしにつけた傷だ。何も跳ね返りが無いなんて虫のいい話ある訳ないだろ。やっぱ、人につけた
だけど、これだけじゃ少し足りないよな…。仕方ないか。あんまりこれやりたくなかったんだが、まぁアタシん家のモットーは右頬ぶたれたら顎外れるまで殴り返せだからな。しっかりと受けて貰うぜ」
そう言って、右手の人差し指と中指を握り出す女野郎。一体何を…と思う間も無く、まるでこれからくる激痛に耐えるかの様に大きく息を吸い、力を込め始め、
ーーーーゴキリ。と、不協和音が会場に響いた。
は?
「ァーーーーー!?」
声にならない絶叫が打ち上げられる。そんな、聴いただけで苦痛を想像出来てしまう音声を発しているにも関わらず、手だけは止めない。
思考が停止する。こいつは一体何をしているんだ?一体何がしたいんだ?いや、したい事は分かっている。が、あまりの奇行に、理解が追いつかない。追いつきたくない。全力で拒絶する。
こいつ、こいつ…!
「自分の指を折りやがった…!」
狂っている。こいつはガチもんの異常者だ。試合中に、己の武器となる拳を放棄する奴が普通にいるか?そもそも試合でなくても、自分の指を自分の力で折るとか、正気の沙汰じゃない。
脳が理解を拒む。エラーを起こしたコンピューターの様に、次々と、思考が乱雑になる。吐き気がしてきた。
「は、はは…クハ…!イッテェなぁ、イッテェなぁ…!痛くて痛くて涙が出そうだぜ。なぁなぁヒーローさん、ヒーローさんならアタシのこの痛み…」
折れた指を、俺に向かって突きつけてくる。まるで装填が完了した銃の如く。おい、止めろ。ふざけんな…!
「分かち合ってくれるよなぁ!!」
引き金を引かれる。
ーーーゴキリ。と、不協和音が会場に響いた。
恐る恐る右手を見ると、歪な方向に向いた二本の指があって。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
体中に、激痛が走った。思わず膝をつく。鐘の音の様に鈍い痛みが、大岩を乗せられているかの様な重い痛みが、ナイフで切り裂かれたかの様な鋭い痛みが、俺の神経を焼きにかかる。あまりの痛さに吐き気を我慢出来ず、胃液が逆流する。至る所が、痛々しい色を携えて腫れ上がっていた。
「フゥ…フゥ…へへっ、これ結構疲れるんだよな。だが、効果は上々だ。どうだ、他人の痛み、よく分かったか?あぁ指と、その他の傷を悪化させたのはオマケだ。何、お礼は要らないぜ。」
このクソアマ…!今すぐその叩き殺す!クソ、体よ早よ動け!
そんな考えも虚しく、激痛に怯んで中々足に力が入らない。幸い足には怪我は無いが、上半身の傷が深すぎてどうにもならん。何故か女野郎は追撃を仕掛けてこないが、倒れている俺を馬鹿にしているだけかもしれない。飽きたら、すぐに俺の腹へと蹴りが飛んでくるだろう。なんとか急所だけは守れる様にしなくては。
「おいおいいつまで倒れてんだヒーローさん?みっともねぇぞ男だろ?ほら、立った立った」
しかし、幾ら時間が経とうとも女野郎は追撃をしてこなかった。少しずつ痛みがマシになってくる。なんとか立ち上がる事は出来た。せっかくのチャンスだったのに、こいつは何を考えてるんだ?何で倒れている俺に攻撃をしてこない。直ぐに攻撃出来ない程疲れる技だったのか、それともフラフラ立ち上がる俺を嬲りたいのか、単純に正々堂々の試合がしたかったのか…。一番最後は、最早実現出来るか怪しいが。
まぁ、あのしたり顔を見る限り、大体全て当てはまるのだろう。さてどうするか。
攻撃しても無効化され
傷を負わせても直ぐ様治され
かといって攻撃しなかったら自傷からの痛み分けが飛んでくる。
正直言って強い。何故ここまでの個性と戦闘技術を持ちながら、あの入試に受からなかったのか、甚だ疑問でならない。ヒーロー科なら、間違いなくトップクラスでタメ貼れただろう。どれもこれもifの話だが。
当に今、俺は大きな壁に立たされている。
だが、諦めようという気持ちは湧いてこない。そもそもこの程度で諦める様な夢を持ち合わせていない。
認めよう。不和も、こいつも、そこら辺に転がっている石ではない。こいつは、越えるべき高い壁だ。
気分が上がる。いや、無理矢理上げさせる。ここからは本当の持久戦だ。奴も、やはり個性を使うからには体力が必要になるし、痛覚は正常に働いている。つまり、いかに我慢し、焦らない事が勝敗を分けてくる。要するに先に根を上げた方の負けなのだ。
「どうだ?もう立てる様になったか?さっさと始めようぜ?」
「ウルセェ黙ってろクソ女野郎」
多分校訓はこういう時の事を言うんだろう。
『
行ってやろうじゃねぇか、この壁の向こう側へと。
全ては、完膚なきまでの一位を取る、その為に。
一応弱点の伏線見たいのは書いてみたけど、上手く表せているか分からないです。
最近寒いですね。