空振り三振   作:T-

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明けましておめでとうございます。
そしてすいませんでした。

すいません、でした…!


十五話

『膝を着くな』

 

親父の、簡潔な教訓を思い出す。小さい、それこそ物心がついた時から言われ続けて来た教え、木津家に代々伝わる戒めを。

 

『早く立ち上がれ。そして構えろ。我が一族に生まれてきたからには、手に膝をつく事さえ許されない禁忌だと思え。例え、それが女だとしてもだ。』

 

親父は厳格な人だ。自他共に妥協を許さないストイックな性格の持ち主。よく早朝に叩き起こされては、グローブを持たせ、近くの武道場まで走らされる。幼かろうが、女だろうが、容赦なくアタシと拳を交え、吹き飛ばし、叱咤し、激励して、己の全てを享受させようとしてくる。ここまでの話だと、人にやっちゃクソ野郎認定されるな、親父。

 

『我が一族、木津家は、遠い昔のご先祖様…それこそかの大戦があった時よりも前から勇猛果敢な武人として一生を迎え、そして終えてきた。唯の一度も無様な屍を見せない、高貴な魂を持ってしてな。中には君主を守り立ったまま死んだ者や、我が身を犠牲にしてまで勝利をもたらそうと散っていった戦士もいたそうだ。いや、そこまでやれと言う訳ではないのだがな?それくらいの誇りと意志を胸に、道を歩める武人となれ、という話だ。ただでさえ創は珍しく女として生まれてきたからな。本当にそこまでやられてしまうと父さん、ちょっと大変な事になってしまうから。』

 

ただ、それなりに愛という物を送ってくれる人でもあった。

代々、不思議な事に必ず健康な男児が生まれてくる木津家。

その為親族に何かと言われたらしい。やれ異常やら、やれ忌み子やら…中には流産しろと言ってきた人も居たそうだ。

そんな猛反対の中、アタシを最後まで育て、立派な武人にすると言ったものだから、こんな辛い練習を毎日毎日繰り返し行いやがる。いつの時代生きてんだよその親族とやら。親父も流石に縁を切ったと言っていた。まぁ自分の子供を流産させようとしてくる奴とは縁切るわな。親父も悔しかったんだろ。女という理由で見限られる事に。だから熱が入りまくるのか。

だが、別に武術を叩き込まれる事を嫌と思った事はない。そこはとことん木津家の血を引いているのだろう。

一つ一つの技が出来ていく度に、高まっていく高揚感、殴り合っている時に騒つく血液の流れ、膨れあがる闘気、士気、そして(野性)の輝きに魅了されるのに、そう時間は掛からなかった。

 

『もし、この家訓の意味が理解できないのなら…何故、自分が立たなければならないのか、それを常日頃から考えて、胸の内にしまっておけ。勿論、その時も立ってな。』

 

何故、立ち続けなければいけないのか。

親父は練習終わりに、いつもそれを提示して、アタシを悩ませてきた。その時は、質問の意味も分からず、個性の性質上立た無ければ発動しない、と結論付けて先送りにして居た。難しい事を考えるのは嫌いだった。アタシは唯々、武術を出来ればそれで良かった。

 

『ん?なんでそれも立たないといけないかって?そりゃあお前…』

 

けど、親父がアタシの頭を、そのゴツゴツに歪んだ手で、

 

『立ってさえいれば、俺が肩組んでお前を支えてやれるだろ?』

 

一日髪型が直らないくらい、クシャクシャに撫でてくるのは、嫌いでは無かった。

 

『創、立て。例え嵐が来ようと、大雪が降ろうと、地震が起きようと、倒れず立ち続ける大木となれ。立ってさえいれば、なんとかなる。立ってさえいれば、きっと仲間が支えに来てくれる。一度折れた木はもう元には戻らないが、倒れず立ち続ければ、その内誰かが補強に来てくれるだろ?父さんも、そうやって立ち続けて居たら、お母さんが支えに来てくれた。

ーーーきっとお前の原点(オリジン)は、上を向かないと見えない高い所にある』

 

言葉の意味は分からなかったが、妙に熱があるその言葉に突き動かされて、ここまで頑張って来れたんだ。打ち込んで来れたんだ。だけど、すまん親父。本当にすまん。

 

「ラァッ!」

 

「グフッ…!?」

 

約束、破っちまった。

 

「…まだ気絶しねぇ。雑魚はねちっこくて惨めだが、強い雑魚はもっと厄介だな。早よ死ね」

 

「は、ッ、はッ…うっ、ぷ。ぺっ、その言葉、矛盾、してねぇか…ッ?」

 

胃から迫り上げてくる鉄分を、口内の分と合わせて外に吐き出す。生臭いペンキが床にぶち撒けられた。あぁ気持ち悪い。胃液と混ざってるから後味最悪だ。切れた傷口からは血が滲み出てくるし、胃も少し傷ついてる。踵落としされた所は脱臼していて、赤く大きく晴れていた。クソッ、こんな傷、個性が使えりゃ直ぐに治せるのに。治せるのに…

 

「やっぱ、膝を着いたら使えねぇって事が弱点か。タネさえ分かりゃあ怖かねぇ、とんだ欠陥個性だな」

 

「馬鹿にするな…!馬鹿にするなよ…!アタシの個性を…代々継いできたこの個性を、馬鹿にすんじゃねぇ!」

 

ーーー倒れちまったから、使えない。

 

あらとあらゆる傷を防ぎ、移し、治して、悪化させる、アタシの個性。痛覚は正常に働くとは言え、銃弾さえも耐え抜いて見せる、初代発現者から代々木津家に渡されて行った、この個性。人によれば、明らかなチートだと妬むだろう。恵まれてる奴だと嫉むだろう。

だが、こんな個性にも弱点と言うものは存在する。

 

この個性を発動している間は、()()()()()()()()()()()()()。椅子に座る事はおろか、手を地面につけることさえ許されない。

つまり、発動中は、どんなに痛くても、苦しくても、辛くても、しっかりと二本の足で大地を踏み締めなければいけない。

そんな、武人の掟や魂、生き様(プライド)と言うものを背負って立たなければならない個性なのだ。

 

「傷も直ぐに治さねぇし、かと言って移すために残してるって訳でもねぇんだろ?さっきはあんなにもボコスカ殴ってきたくせに、今は逃げに徹している。ここまで見たら、ペナルティは一定時間、個性が使えなくなるって感じだと思うが…。

ーーーそこまで長くないんだろ。制限時間。

もしこれが一時間二時間くらい長かったら、テメェはきっと突っ込んで来るはずだ。逃げるって事は、耐えればまだ勝負出来るチャンスがあるからだ。ケッ、面倒くせぇな」

 

「ッ…」

 

…相変わらずの洞察力に脱帽する。一体、こいつはどこまで神に祝福されて生まれたのだろうか。唯でさえこんななのに、ヒーロー科に入って修行を積めるんだから…思わず歯がみしちまう。言い様も無いこの感情を振り払うべく、強く両の拳を打ち付けた。何度も、何度も。鈍い音から水質的な音に変わるまで、体に再度ガソリン注ぎ込む。エンストしそうだが、気合で何とかするしかない。もう一度倒れたらーーー

 

「…ここまで来ても倒れない様立ち回りやがるのは、唯のプライドか、はたまた…()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな所じゃねぇか?そうすっと元となる時間、5、6分だろ」

 

「ーーーキモいなお前」

 

五分、五分だ。

 

膝を着いた回数に尽き、約五分。

 

その間、アタシは無個性となる。

 

「クソッがぁッ!!」

 

飛んでくる爆破の嵐を掻い潜る。チリチリと紫紺の髪を焦がす臭い、頬を鎌鼬が通る感覚に冷や汗が止まらない。蛇口を思いっ切り捻ったかの様に、心が憤怒と憎悪に満たされる。怒号が漏れた。その覇気を、気迫を、ドロドロに溶けた、感情を。燃料タンクにぶち込んで、オーバーヒートしそうな発動機を更に回す。余りにも粗悪な燃料は、機体の性能を著しく下げ、故障させる要因となるがーーーそんなもの知るか。

気合で、根性でどうにかする。なんの為に今まで修行してきた。道を辿って来た。武道は唯力をつける物じゃ無い。どんな時でも、挫けず、立ち向かう精神力を、心を鍛える為でもあるじゃないか。それに、愉花が言っていた。人間所詮、感情論で動くと。どんな理屈があろうと、根拠があろうと、結局は感情に突き動かされ、翻弄される、哀れな操り人形だと。

 

なら、私は喜んでその操り人形とやらに成り下がろう。

 

「…シツケェなぁ…!さっさと死ねよクソがッ…いつまで時間掛けさせやがる…!」

 

「ならお前が先に斃れるんだなッ!ほら、じっとして突っ立ってろよ、そしたら直ぐに終わらしてやる!」

 

外れた肩を無理矢理嵌め、肩の回転数を上げる。飛んでくる爆破に対抗するべく、そっちが爆破の嵐なら、こっちは殴打の嵐だと。激痛が神経を苛むが、踏ん張る。二度と倒れ無い様に、しっかりと地面を踏み締めて。

腕と拳が、爆炎と身体が、額と額が。

力と力がぶつかり合い、軽い衝撃波を生み出す。振動が骨に悲鳴を上げさせる。無視する。今は唯、相手に拳を打ち込む事だけを意識する。

一つ一つに、勝ち上がるという想い(殺意)を込めて、ひたすらに。

 

「うざっ、てぇぇ!!」

 

「アグッ!?」

 

不意に、着弾。

アタシのラッシュを全て往なした爆豪の大振りが、太腿に突き刺さる。迸る電気信号。倒れろと脳が指令を出すがーーー無視する。力の抜ける脚に根性を処方する。嫌がる神経の口をこじ開けねじ込んだ。そのままフラフラと揺れる足元のまま、ボディーブローを叩き込む。防がれ、距離を取られた。間が、生まれる。

 

「ッーハァーッーハァ…!」

 

身体中に酸素を送り込む。何度も、何度も送り込む。しかし器官は満足してくれないらしい。おかわりを所望された。それの対価を払うかの様に、水分が身体から抜けていく。汗が止まらない。ボロボロの体操着はもうぐしょぐしょだ。絞れば多分出てくる。喉が、乾く。腹が、エネルギーを求めて鳴り続けた。

 

「チッ…!」

 

それらの要求を無視ーーー出来ない。

頭が急速に冷えていく。遂に燃料が切れた。先程まで高ぶっていた()が、どんどん小さくなる。必死に薪を焼べようとするが、その薪が無い。視界の明度が落ちる。泥沼に、ハマる。足掻けば足掻く程、深く身体が沈んで行った。

痛い。苦しい。辛い。憎い。悔しい。恨めしい。

冷たい感情が背筋を凍らせる。あぁ寒い。手が震え出す。脚が震え出す。心が、震え出す。世界が揺れた。おかしいな、愉花の個性はとっくに切れた筈なんだが。

 

「…ミッドナイト……試合……ありま…どうします?」

 

「…そう、ね…」

 

審判(ミッドナイトとセメントス)が話合う。なんて言っているか、詳しくは聞き取れないが、きっと試合続行可能かどうかを話しているんだろう。やるに決まっている。判定負けなんて、みっともねぇ事はしない。どうせやるなら、KOのみだ。

ダランと垂れた腕を、上げる。構える。ステップを、足捌きを整える。まだ出来ると言う事を、皆に知らしめる。観客が響めいた。

 

だが、身体の準備を整えても、必ず心が付いてくるとは限らない。

 

どれくらい経った?

 

あと何分、何秒耐え続ければ個性が戻る?

 

耐え続けると言っても、そもそも状況的には不利、逃げ切れるのか?

 

ーーーあんなに殴って、有効打の一つも取れないのに?

 

果たして、果たしてアタシは。

 

個性が戻っても、アイツに勝てるのだろうか?

 

「ッーーー!!」

 

奥歯を噛み締める。勝てるのだろうかじゃない。勝つんだ。勝つしかない。アタシには、勝つ事しか存在価値などない。他の三人の様に、頭の回らないアタシは、闘い続ければいけないんだ。だから、お願いだ。この想いよ、引っ込んでいてくれ。

 

ーーーもう楽になりたいなんて

 

「絶対に、想うかよッ!!」

 

咆哮を上げる。破壊音が身体の中で響きながら、それすらをも推進力にして突貫する。何がなんでも、その澄まし顔に一発叩き込んでやるッ…!!

 

右から飛んでくる爆破を払い、空いた身体にアッパーカットを打ち出す。後ろに飛んで避けられるが、逃がさない。更に踏み込み、フック、ストレート、ジャブと、再度殴打の嵐を巻き起こす。空っぽの燃料タンクに燃料を注ぎ込めないのなら、燃料タンク自体に火をつけ燃料とする。有毒ガスが機関を回した。長くは持たない。だから、早く決着をーーー!

 

するり、と。

 

何かが入り込む感覚がした。

 

五分、経った。

 

「ッし!!」

 

カラダと個性の接続を確認する。電源をフルに入れる。欠けていたパズルにピースを組み込めた。お陰様で傷だらけ。反撃には十分過ぎる力を有している。こっからだ、こっからなんとか勝ち上がる。カウンターの怖さを思い知れ…!

 

腕に力を込める。振り上げる。例え有効打にならなくても、躱されても、防がれても構わない。まだ個性が戻った事は知られていない筈。この一打を振り抜いた時に発動する。自分のを丸々移すのは体力的に無理だ。傷を治せる余力はない。残る選択肢は道連れのみ。この傷をコピーする。お互い大ダメージを負った状態にする。そうなったら、比較的痛みに慣れてるアタシの方が有利になる。さぁ、爆豪。お前はどうくる?

 

「…」

 

避ける動作はなし。回避ではなく防御を選択したらしい。掌を此方に向けてーーー向けて?いや、まてこの動作は…!

 

閃光弾(スタングレネード)

 

腕を振り上げる。光が世界を包み込むがーーー間に合った。

視界は奪われない。止めるに値しない。前に突き進む。

そのまま目潰ししてくる卑怯者がいるであろう所目掛けて、拳を振り抜き、

 

「何度も同じ手食うかーーーよ?」

 

空振った。

 

目の前が晴れる。光の雲が消えて無くなる。眼前に現るは()(爆豪)が居ない。おかしい。あり得ない。奴の個性は姿を消す様な物ではない筈だ。こんな一瞬で移動出来る物でもないし、砂時計の如くゆっくりと動く時間の中、背後に視線を飛ばしても矢張り無しかない。なら何処にいる…!?

探す。探す。見つからない。実際に経った時間は三秒にも見たないだろうが、体感時間では一分以上と錯覚してしまう。焦燥感が滲み出る。目元まで暗幕が垂れ下がった。疲労が、限界だ。

 

だから、気付かない。

 

影法師が、()()()()無い事に。

 

 

「上だウスノロ、やっぱその頭には筋肉しか詰まってねぇな」

 

「ーーー」

 

どっ、と衝撃、肩を掴まれる。いや、押される。意識外からの攻撃に対処出来ず、膝が沈んだ。身体の危険信号を全力で稼働させ、なんとか耐えた所にーーーもう一度、衝撃。空気が焼けた臭いがする。膝が地面に叩きつけられた。

 

一回

 

「ガァァァ!!」

 

再度膝をつかされた事により、頭に血が昇る。ボルテージが上がる。それらをバネに、肩口目掛けて拳を振り抜きーーーまた空振り。まるで予測してたかの様に、肩を離した爆豪と、驚愕に染まるアタシの目線が交錯する。凶悪な笑顔が視界に映し出された。ゾッ、と。長らく忘れていた感情の蓋が外される。

 

「ッァーーー」

 

「は?避けんなよテメェ殺すぞ」

 

また危険信号が仕事をする。頬を穿たれる。元は顎を狙ったんだろうが、直前で顔を傾けた事で着弾点をずらさせて貰った。一先ずブラックアウトは免れる。だが幾ら頬といえ、脳が揺れる事は確かだ。耐えられず肘を着き、横に倒される。

 

二回

 

「ヘブッ!?!?」

 

直ぐに起き上がろうと、血液が垂れ流されたまま上体を起こしーーーた所で、今度は腕を掴まれる。まだ情報を脳が処理出来ていない状態の中、反応が出来ない。そのままされるがままのアタシを、爆豪は爆破の推進力を使って一回転、地面に叩き付けた。火花が散る。肺が潰される。割れる様に頭が痛くなった。

 

三回

 

「カハッ、ケホッ、うぐぅ…い、でぇ…苦しい…!」

 

五分、×…三回。つまり十五分。十五分間、また私は無個性だ。

力が抜けていく感覚に吐き気がする。パズルのピースを隠された感覚に嫌気がさす。あぁ、腹が立つ。なんだ今のコンボは。全く着いて行けなかった。第一バレてたのかよ。チクショウ、1ミリも傷を移せなかった…!クソ、早く、早く立ち上がらなければ。早くしないと4回目に加算されちまう。悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、立ち上がろうとする。が、糸が切れた人形の様に、ピクリとも動かない。盛大にコケた。…後二十分。

 

ミシリと、ヒビ割れる。

 

「…はぁ…はぁ…」

 

「…こんだけやってもまだ立てるとか、普通にクソキメェなお前。もう目が虚になってんぞ」

 

「…はぁ…だから、どうしたぁ…はぁ…!」

 

ミシリと、ヒビ割れる。

 

「もう戦っても無理ってこった、お前に勝ち目はねぇよいい加減諦めろ。こちとらイライラしてきたんだよ」

 

「…さっきの意趣返しかよ…悪かったな、そんな事言っちまって。だが諦めねぇぞアタシゃあ…勝つ為なら、今、この瞬間に命すら燃やして見せるさ。後の事なんて知ったこっちゃねぇ…何度でも立ち上がってやる…!」

 

ミシリと、ヒビ割れる。

 

「さぁ、構えろよ。そんな無防備晒しってっと、その横顔に一発叩き込んで」

 

「ーーー出来ねぇ事宣うんじゃねぇよ踏み台が。ちょっと試合が続けられるからって調子乗んな」

 

「ーーー」

 

ミシリミシリと、ヒビ割れる。間隔が急速に狭まる。

 

「…言ってくれるじゃねぇか。その踏み台に翻弄されてるのは一体全体何処のどいつだよ…!」

 

「黙れクソが。どうせお仲間の為にとか喚くんだろテメェらモブはよぉ…虫酸が走る。ヒーローごっこは他所でやれよ」

 

「んだとテメェ…!!その不協和音しかださねぇ口今すぐ潰してやるよ!オラ、早く構えろよ!」

 

聞こえない。聞こえない。聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない…!意識するな、この音を。響かせるなこの音を。拳をぶつかり合わせる。エンジンを点ける為、何度も何度も、ぶつかり合わせる。水質的な音が生まれた。鈍い痛みが襲ってくるが、ちょうど良い。これを補強材にしてやる。

 

「シツケェなもうテメェとやっても意味ねぇんだよ。もう何も得れねぇ。死体蹴りして何になるってんだ?あぁ?」

 

「んな理由こっちが知るかッ!!良いから早く構えろよッ!?何で構えないんだよッ!?アタシはまだ戦えるッ、アタシはまだ立てるッ!アタシはまだ、立てるんだッ!!」

 

荒ぶる。そんな体力何処に残っているんだってぐらい、喚き散らかす。奥底から冷たい感情が湧き出てきて、留めを知らない。足が凍りつく。エンジン機関を冷やす冷却水が出来上がった。身体中にぶっ掛ける。一瞬で蒸発した。熱は止まらない。

熱気に当てられたのか、パキパキと、さらに音が近づいて、

 

「二十分がなんだ?そんなもの、殴り合ってりゃ直ぐ過ぎんだろ!怪我がなんだ?こんなもん、アタシに取っちゃ武器だ!カウンターへの下準備だ!観客が見てらんねぇから何だってんだ!?この程度でぶるっちまうんだったら、今すぐ帰ってハロワでも見てろよ!もういい、御託はもういいッ!頭につかうエネルギーも惜しいんだ、さっさと構えろこの腰抜けがぁ!!」」

 

 

「じゃあ何で笑わなくなったんだテメェ」

 

 

パキン

 

 

()が、折れた。

 

「は…?」

 

「さっきから全然笑わねぇじゃねぇか。膝着くまでは狂ったようにケラケラ笑ってた癖に。身体がボロボロになっても動ける奴は動けるし、強い奴は強ぇ。それこそ、オールマイトみてぇにどんな時でも笑って望むような奴はな。俺はてっきりお前のソレは、ルーティーンみてぇなものだと思ってた。どんな状況でも、自分を保つ為の儀式だと思っていた」

 

ーーーでもとんだ勘違いだったぜ。

 

「不利になったら途端に暗い顔しやがる。攻める訳でもない。いや、()()()()()としない。防ぐにしても、カウンターを狙った防御じゃない。唯々逃げ切る為の防御だ。なんにしても中途半端で終わらせていやがる。目が怯えてんだよ。身体が震えてんだよ。吐き出す空気が、覇気が、重ぇんだよ。

 

ーーー心が折れたら、どうにもなんねぇんだよ

 

そんな奴甚振って何の得になんだ?あぁ?」

 

嵐が来る。大雪が降る。地震が起きる。

耐えきれず、ガラガラと(ココロ)が音を立てて崩れていく。支えていた物が、壊れていく。揺れる。揺れる。心が揺れる。まるで脳震盪を起こしたかの様に。全てが揺れる。力が入らない。発動機が遂に動きを止め、中から溢れたオイルが機関を絡めてダメにする。膝を着いてしまった。後二十五分。

 

「…ク、ソ…ォ…」

 

深い海に身体が沈む。立ち上がれない。膝に波が押し寄せてくる。水が滴る音を幻視した。このまま濡れたらもう、二度と立ち上がれない。武人としての、人生が幕を閉じてしまう。それだけは避けなくては…

 

ーーーゆっくり休みたい

 

避けなくては…

 

ーーー辛い思いをしたくない

 

避け、なくては…

 

ーーー想い人の帰りを待って、傷だけを治す、そんな人生を送っても、いいんじゃないか?

 

避け、なくて…いいんじゃないかと囁くアタシが、アタシを誘惑して離さない。まるで灯籠に誘い込まれる蛾の様に、光がアタシを魅了する。眠くなって来た。この微睡に身を委ねられたら、どれほど楽なのだろうか。倒れ込みそうなのを必死に抑えながら、そんなことを考える。おかしいな、アタシはこんなにも女々しくて、弱っちぃ人間だっただろうか。こんなもんだったか。元々アタシは…アタシは…ーーーーーー

 

 

「ーーー木津ッ!!!!」

 

 

顔を振り上げる。聴き慣れた声の発信源を探し、見つける。

歓声に会場が濡れている中、目線の先、爆豪よりも遥か先の方に、

 

泣きそうな顔をしながら声を張り上げる、障助が。

 

手摺りを掴む手を震わせながら、声を張り上げていた。

 

…なんでお前が泣きそうなんだよ。今一番泣きてぇのはアタシなのに、まるで、まるで身代わりみたいにベソかきやがって。

心操達も、そんな不安そうな顔すんなよ。ほんとにごめんな。こんな風に、約束も守れず負けちまって。後で好きなだけ責めてくれて構わねぇ。だから、今はもう…障助、後は頼ん

 

「ーーーもう、休めッ!!お前は良く頑張ったよ!誰もお前の事を責めない!責めないから!だから、だからもう棄権しろ!」

 

ーーー怪我が残っちゃ危ねぇぞ!!

 

『木津ちゃん、頭を打っていたら大変だよ。怪我が残ったら危ないから、ね?』

 

「ッーーー!」

 

目が覚める。身体に再度電源が入り、フル稼働させる。顔に冷や水を掛けられた気分だ。先程の冷たい感情とは裏腹に、今度は煮えたぎるような熱い感情がマグマの如く噴き出す。逆鱗(プライド)を逆撫でされた。

危ねぇぞ…?危ねぇぞっつったかあの野郎…アタシに、傷を操るアタシに、怪我が残ってちゃ危ねぇぞ…!?

 

膝を浮かす。

脳が警報を告げる。無視する。

 

ダラリと垂れた腕を上げる。

脳が警報を告げる。無視する。

 

両の拳を力のままに叩きつけ、構える。

脳が警報機という警報機を鳴らしまくる。全部ぶっ壊して薪に焼べてやった。

 

ある。あるじゃないか。燃料となる存在が、確かにアタシの中にあるじゃないか。簡単な事だった。少し考えれば、分かる事だった。矢張りアタシは、言われた通り脳筋の頭デッカチだ。自分で自分が嫌になる。そうだよ。そうだったよ。

 

自尊心(プライド)に火を点ければ、万事解決じゃねぇか。

 

「ッーーー」

 

「…お前馬鹿だな。相手にするだけ時間の無駄だった」

 

脚に力を込め、前に飛び出す。そのまま腕を引き絞り、射出準備を整える。眼前に映るは失望の眼差しを向けてくる爆豪。止める余力はない。唯々素直な殴打をお見舞いする。

そんな攻撃、爆豪が今更になって食らう筈もなく、するりと流され、体制の崩れた所にカウンターをお見舞いしてきて

 

「ガッ!?」

 

殴り飛ばされた勢いを利用して、横っ面を()()()()

意識外の攻撃に対応出来なかった爆豪は、大した受け身も取れず転がっていった。バランスを崩し、地面に手をつく。後、三十分。制限時間が延びる。だが、別に良い。個性の弱点を暴かれてから唯一入った有効打。観客が沸いた。

 

()()()、そんな恨めしそうな顔すんなよ。アタシはキックボクシングも習ってんだぜ?蹴り技が出来ないなんて一言も言ってねぇんだよ」

 

次々に自尊心が燃えカスとなっていく。別に良い。もうパンチャーとして戦わなくても良い。そもそも、一度制約を破った時点でアタシは武人として地に落ちた。ここからは形振り構って居られない。どんな手を使っても、勝ちに行く。

 

「個性?あんなもの、無くても良い。無くても、己の身体さえ有れば闘える。元々そうだった、そうだったんだよ。今まで『傷操作』っていう個性(ハンデ)に甘えて、驕って。

アタシは…()()は、どうやら原点(オリジン)を忘れて居たらしい。ほんと、まだまだ修行が足りねぇな」

 

立ち上がる。拳を握る。最早赤いを通り越して黒くなっているが、構わず折り曲げる。命が悲鳴を上げる音が、身体中に響いた。ニッと笑う。それはもう、不敵に。心からの笑顔を、目の前の好敵手に送りつける。ホラ、お前の大好きな笑顔だ。感謝しやがれ。

 

「さぁ、構えろ。魅せてやるよ。己の全てを賭した、(野生)の輝きを」

 

ステップを踏む。構える。今度は脚も繰り出せる様に、しっかりと。もう弱い所は見せられない。強い所も見せられない。灰しか残っていないオレには、きっと無理だ。

なら、ならば。

せめて、身体を全力でぶつけ合う魅力を残せるよう、最後まで闘い切ろう。それが、約束を破ったオレに出来る唯一の事だから。

 

いつまでも、惚れた(オス)に情け無い顔させられないだろ?

 

「さぁ、勝負だ」

 

目指すはピッチャー返し、ただ一つ。

 

青空に雄叫びを上げ、振り抜いた。

 

 

 




酷すぎる…!

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