「あー、寝みぃ〜」
ガタンゴトンと小さい頃から聞き慣れた音を立てて揺れる電車の中、欠伸を咬み殺す。
今日も今日とて俺は時間を間違えて朝早くに登校していた。
二日連続で時間間違えるとか、そろそろやばいな。
しかし怪我の功名というか不幸中の幸いというか、早く登校した分、車内はそこそこ空いていた。俺の個性上、満員電車だといろいろキツイからな。これくらいの時間がちょうどよいのかもしれない。やだな。俺一日十時間寝ないとダメな人種なのに。もう学校行きたくなくなってきた。
「しかも今日から授業あるとか勘弁してくれよ…」
そう、ヒーロー科が目立ちがちな雄英高校だか普通科も県内屈指の偏差値を誇る。そんな進学校である雄英では、入学二日目からガッツリ授業あるのだ。教材めちゃくちゃ重いし。
置き勉ってダメなのかな。ダメだろうな。
しかしヒーロー科はどうなんだろ?やっぱ教材とかめちゃくちゃ多いのかな。っとと。
「すいません」
電車が揺れた拍子にバランスを崩し、後ろにいた人にぶつかってしまう。昨日に引き続き今日もかよ。不注意すぎるだろ、俺。しかし、反応がない。もしかしてぶつかったことにめちゃくちゃ怒ってるとか?それで無視されてるのかな?俺ビビりだからなんか言われたらチビる自信あるよ?
「あの〜先程はすいません。わざとじゃないので許してくれませんか?」
おそるおそる相手に向き直り、もう一度謝る。これで反応がなかったら、俺明日から電車乗れなくなっちゃう。
「……」
あ、俺明日から電車乗れないわ。社会怖い。人間怖い。
もうずっと家の中で…って
「なんだ不和か。驚かせんなよ。」
「……」
この無口マン…もといウーマンこと彼女は
「……」
「バッカお前公共の場でそれはやばいすいませんすいません俺が悪かったです許してくださいなんでもしますから」
俺の視線に気づいたのか、ジト目で左腕を構えてくる。こいつの左フックは本当にシャレにならん。昔、何が原因かは分からなかったが一発殴られたことがある。俺のネックがサヨナラbye byeしたかと思ったもんねあの時。木津といい、こいつといい、なんでそんなに力あるの?俺もおじいちゃんが教えてくれた古武術、‘ジュードー‘や‘アイキドー‘をやっているからそこそこ筋力は付いているはずだけど、まだ一回も二人に腕相撲勝ったことないからね?
「し、しかし不和も朝早いんだな!いつもこれくらいに出てるのか?」
「……」
俺の分かり易すぎる話題転換にわざわざ乗ってくれるのか、コクリと頷く彼女。てか嘘だろ?まだ7時ちょい過ぎだぞ?こいつの家、駅から少し離れてるし、バスは一時間に一本しか来ない。腕のこともあるからチャリは乗れないし、徒歩で駅まで行くしかない筈なんだが…こいつ何時に起きてるんだ?
「お前今日何時に起きたんだ?6時?」
「……」
「違う?じゃ6時15分だ」
「……」
「え?違う?じゃあ…6時半か。結構ギリギリに起きてるんだな。」
「……」
「え…もしかして6時45分?」
女の子って色々準備があるんじゃないの?知らんけど。
「……」
俺の答えに首を横に振り続ける彼女。こいつもしかして何十何分レベルの細かい時間で起きてるのか?
「……」
そんな、中々答えに辿り着かない俺に痺れを切らしたのか、彼女は片手の指を全て立てて見せてくる。
「…え?お前五時に起きてんの!?」
早っ!?え?え?女の人ってそんなに早く起きれんの?俺初日の出見るときぐらいしか五時なんて時間に起きたことないよ?
「…ちなみに何時に寝た…?」
もしかしたら、めちゃくちゃ早寝早起きなのかもしれない。俺はいつも十時には寝ているから、九時…いや八時半には寝ていると見た。
「……」
構えていた左腕をあげ、五本の指を立てる。右手と合わせて十本、十時か。
「しかしお前七時間しか寝なくて」
そのあと、全ての指を下ろし俺に向かってピースをしてくる。
十二時…だと…!?
「お前いつも五時間しか寝てないの…?」
寝不足はお肌の大敵じゃなかったの?もっと早く寝ようよ!?
…衝撃の事実は発覚したが、お陰で構えていた左腕を下ろしてくれた。作戦は成功したと言えるだろう。
「しかし…お前、」
この時、殴られる心配が無くなり安堵した俺は油断していたのかもしれない。
「そんなに睡眠時間が短いとか」
普段は心にしまっておくような言葉がポロっと口から漏れてしまった。
「おばあちゃんみたいだな」
「……!」
ドパンッ!っと彼女の拳が俺の鳩尾に炸裂した音が、痛々しく車内に木霊した。
「アイタタタッ…。」
「まだ痛いのかよ。情けねぇな。」
「お前には分かるまい…。あいつの拳にどれだけの威力があるなんて、お前には分かるまい…!」
「泣、泣くなよ。そりゃ俺は殴られるようなことしないからさ。」
「俺もねぇよ…!」
「いやあるだろ。今日のはガッツリお前が悪い。」
ダルい授業も全て終わり、ホームルームも終了した放課後、部活動に入っていない俺と心操は帰路に就こうとしていた。
しかしあいつも容赦ないな。歩く度に重く鈍い痛みが襲ってくるんだが、ワンチャン骨折れてるんじゃなかろうか。ないな。折れてたら、歩くのすらきついだろうし。折ったことないから知らんけど。
「そういえば明日委員会決めるらしいけど、お前どうする?」
「イテテ…え?あー、まぁ適当な委員会に入るよ。」
「学級委員になったらどうだ?推薦してやるよ。」
「そうなったら委員長権限でお前を副委員長にしてやるよ。」
「笑えないな。」
そんな軽口を叩きあいながら、校舎を出て校門に向かう。
しかし前歩いてるツンツン頭、なんかめちゃくちゃ落ち込んでんな。制服を見るに…ヒーロー科か。訓練でヘマでもしちまったのか?っうぉ!?
「すいません!」
そんなツンツン頭を追いかけてきたのだろうか、左腕腕にギプスを嵌めたモジャモジャ頭が走ってくる。怪我してんのにそんな走ると危ねえぞ。転ぶなよ。今転ばれたら俺が足引っ掛けたみたいになるから。
「あいつ…」
「ん?なんだ知り合いか?」
「いや…あいつだよ。」
「何が?」
「入試でゼロポイントをぶっ飛ばした奴だ。」
「え、あいつが?」
俺はもっと筋骨隆々とした大男を想像していたんだが…あんな気弱で優しそうな奴とは…人は見かけによらないんだな。
「なんか言い合ってるが…喧嘩か?」
「喧嘩にしてはちょっと雰囲気が違うような気がするが…」
しかし校門のところで始めないで欲しい。なんか、すごい横通るの気まずいじゃん。向こうも気にしちゃうだろうし。
「早く終わんねーかな。俺腹減ったから早く家帰りたいんだが。」
「まぁそう言うなよ。もし殴り合いの喧嘩になったら、先生呼びに行かないといけないんだからさ。」
だんだんエスカレートしてきたのか、ツンツン頭が怒鳴り始める。そろそろやばいんじゃないのか?
「どうする?先生呼びに行くか?」
「いや、なんかあいつ帰るみたいだし…大丈夫じゃないか?」
見ると、決着がついたのかツンツン頭が帰っていく。よかった。殴り合いにならなくて。って今思ったらモジャモジャ頭怪我してるからそんなことにはならないか。流石に怪我人に手を出すような奴じゃないだろう。
そんなことを考えていると、物凄い勢いで俺たちの横を何が通り過ぎた。風圧でよろける。モジャモジャ頭もよろける。本当に大丈夫かあいつ。駅の方向が同じだったら一緒帰るか。ヒーロー科のこともよく知りたいし。
「おー!オールマイトだ!雄英で教師やってるって噂は聞いていたが本当だったんだな!サイン貰えないかな!?」
どうやら俺たちの横を通り過ぎた何かはオールマイトだったらしい。すげぇ…!テレビでしか見たことないから感動して鳥肌が…!
そんなオールマイトはツンツン頭の肩に手を掛け、何か話している。が、ツンツン頭が直ぐに切り上げて帰っちまった。すげぇなあいつ。オールマイト相手に堂々とし過ぎだろ。その後、オールマイトはモジャモジャ頭に話掛け、何かを咎めて帰っていった。
あ、サイン貰い忘れた…まぁまた今度会った時に貰えばいいか…。
「あ、あの。さっきはぶつかりそうになってしまってすいません。」
「ん?あぁ大丈夫だよ。こっちも道を塞いじまって悪かった。」
「そ、そんな走っていた僕の方が悪いので…」
サイン貰い損ねてシュンとしていた俺に同じくシュンとしたモジャモジャ頭がわざわざ謝りに戻ってくる。礼儀正しくて優しい人なんだな。強個性を持っている筈なのに全然驕っている雰囲気が感じられない。
「しかし怪我大丈夫か?ヒーロー科って結構危ないんだな。」
「い、いやヒーロー科が危ないというか、なんというか…恥ずかしい話ですが、僕まだ完璧に個性をコントロールできなくて。発動した時に、その部分が壊れてしまうんです。」
「それは…すごいリスキーな個性だな。でも制御できたらオールマイトみたいになれるんじゃないか?聞いてるぜ?お前ゼロポイントをぶっ飛ばしたんだろ?」
「え…!?あ、いや、その、オールマイトみたいなんて僕みたいのが烏滸がましいし他にもみんなすごい個性持ってるしまだ制御できてない僕はダメダメというか……」
「あ、おう、そうか。そ、そういえば自己紹介が遅れたな!俺は感野。
「……であるから僕なんて全然…え?あ!ぼ、僕は緑谷 出久って言います。こちらこそよろしくお願いします!」
「俺もこいつもヒーロー科には興味があるんだ。どうだ?怪我も辛そうだし、よかったら駅まで一緒に帰らないか?」
「あ、あの…とても嬉しいんですが、皆と今日の訓練について反省会をするので…」
「そっか。用事があるならしょうがないな。じゃ、これ俺のケータイのメールアドレス。気が向いたら登録しといてくれ。」
そう言って、メールアドレスが書かれた紙を渡す。ヒーロー科に在籍してるんだ。悪用はしないだろう。しないよね?
「じゃ、頑張れよ、未来のヒーロー。腕、お大事にな。」
「え?あ、ありがとうございます!」
そのまま緑谷と別れ、校門をくぐる。腹減ったなー。ラーメン食いてえ。でも金ないからな〜。
「…おい」
「ん?」
「何考えてんだ?」
「何とは?」
「惚けんな。お前初対面の人にグイグイいくタイプじゃないだろ。」
「そんなことねぇよ。俺は友達百人作るのが夢なんだぜ?」
「…まぁ何か企んでんのは分かった。あんまり羽目を外しすぎるなよ。」
そんなに俺分かりやすいかな?
「…やっぱ俺お前を委員長に推薦するよ。」
「おう頼むわ。ちょっとやりたいことができた。」
ふわりと暖かい風吹き、飛んできた桜が肩につく。
入学式の時は満開に咲き誇っていた桜は、今はもう散り始め、道に桃色のカーペットを作りあげていた。
もうすぐで体育祭か。
そんな事を考えながら、俺たちは駅に向かって歩き出した。
「なぁ心操、お腹へら」
「奢らねぇよ?」
ですよね〜。
キーンコーンカーンコーンっと昼休みを告げるチャイムがなる。その鐘の音を区切りに、授業という呪縛から解き放たれた生徒達は、疲れ切った心身にエネルギーを補給する為、食堂やら購買やら、各々の目的地に向かっていった。
ちなみに俺達は食堂に向かっている。なんで食堂かって?安いし美味いし、なんか高校生って感じがするだろ?
「今日は何食おうかな〜。」
昨日はラーメンだったが、今日は無性に米が食いたい。
天丼にするか、カツ丼にするか、はたまた親子丼か…ランチラッシュの作るご飯はなんでも美味いから迷うところだ。
「腹減ったな〜。早く飯食いに行こうぜ。あたし天丼頼むから、障助はカツ丼頼んでくれよ。そんでもってシェアしようぜ。愉花は何食べる?」
なんか木津に決められた。米食いたかったし別にいいけどさ。
「……」
「親子丼ね。オッケー。」
え?なんでわかるの?今不和一言も喋ってないし、ジェスチャーすらしてないよ?エスパー?エスパーなの?だから貴方の個性はそんなんじゃないでしょ?
「いや顔見ればわかるだろ。幼馴染だし。」
いやわかんねぇよ!幼馴染だからていう次元超えてるよそれ!しかも今さらっと心読まれたし!
「どういう原理だ?俺が鈍いだけなのか…?」
「心配すんな障助。あれは俺でもわからない。」
そう、言いながら中華丼を頼む心操。俺のカツ一切れあげるから、一口頂戴?
「安心しろ。二切れで考えてやる。」
「何をどう安心すればいいのか全くわからないんだが。」
お前もさらっと心読むなよ。
「お前結構顔に出るからわかりやすいぞ。」
「え、そんなにわかりやすい?」
「少なくとも俺たちにとっては。」
マジか…顔出ないタイプだと思ってたから結構ショックだ。
「おーい、ここに座ろうぜ〜。」
「……」
そんな落ち込んでる俺に、席を取ったのか木津たちが呼んでくる。向かうと、しかっりお冷まで用意されていた。こういう所を見ると、やっぱ女の子なんだな〜と思う。
「カツもーらいっと。」
席に着いた途端にカツ取って来やがった。しかも一番大きいやつ。前言撤回、本当にこいつ女かよ。
まぁいいか。あとこいつのエビ天取ってやる。
「じゃ、食うか。頂きまsーーーー」
ウウーーーーーーーーーー!!!
和気藹々とした食堂内に突然警報音が鳴り響く。びっくりしてカツ落としちゃったよ。俺のカツ…。
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難したください。』
「セキュリティ3?」
「校舎内に誰か侵入してきたんだよ!君たちも早く逃げろ!」
え?そんな奴いんの?ここ雄英だぜ?プロヒーローがいつも在中してるのに…さてはそいつバカだな?しかし向こうもそんな事は分かっていて入って来てるのだろう。相当自分の個性に自信があるんだな。ちょっと心配になってきた。
「だ、大丈夫だと思うが一応避難しておくか。」
「ん?まぁ慌てんなって。もうちょいゆっくり食わしてくれよ。」
木津さん!?こんな時まで男気溢れなくていいから!?逃げよ!?
「……」
不和さん…黙々と食べてないで逃げようよ…。危機感持と?ほら、左腕が重いならおんぶしたあげるから。
「お、おい、早くしないとまずくないか?なんか非常口詰まってるし…。」
心操、お前はいつも通りで本当よかった。
しかし不味いぞ。こんな事始めてなのか、パニックを起こしてる。こんな所でコケたら…ゾッとするな。
「みんな落ち着いてー!ゆっくり避難!おかしも守ろうぜ!」
そんな呼びかけなど虚しく、パニックはどんどん大きくなっていく。本格的に不味くないか?このままじゃ怪我人が出るぞ。
『大丈ー夫!!!』
なんとか落ち着かせる方法は無いものか…そう考えていたら、頭によく響く大きな声が聞こえてきた。声の方向を見ると、非常口の上にビターっと張り付いている。あれだ、非常口の上についてる人のマークに似ている。しかしどうやって登ったんだ?
「唯のマスコミです!何もパニックになる事はありません!ここは雄英!!最高峰の人間に相応しい行動を取りましょう!!」
そんな呼びかけに、さっきまで大パニックだった食堂が静まり返る。すごいな。制服を見る所に…アイツもヒーロー科か。やっぱり人を助ける立場になる人間は俺みたいな凡人と一回りも二回りも違うんだな。そりゃそうだ。あの入試をくぐり抜けているんだ。こんな騒ぎを纏められるアイツもまさしくヒーローになれる資格をもっている。
『お前はヒーローになれるような資格を持っていない。』
ぞろぞろと散っていく人々に紛れて、そんな考えが浮かんできてしまった俺は、昏い思考を振り払おうと、すっかり冷めてしまったカツ丼を頬張った。
冷めても美味いな。流石ランチラッシュ。