きっとこれは夢なのだろう。
僕、大きくなったらヒーローになるんだ!
目の前にいる鼻垂れ小僧は確かに…個性が発現する前の俺だった。
障助君は優しいから、きっといいヒーローになれるよ〜。
そう言って、俺を抱きかかえてくれたのは、父だったか、母だったか、はたまた幼稚園の先生だったか。
そしたら俺、障助のサイドキックになる!
そう言ってくれたのは誰だったか。
じゃあ私、障助のお嫁さんになる!
そう言ってくれたのは誰だったか。
障助、俺たちずっと友達だぜ。
何故だろう。
障助、遊ぼ!
何故だろう。
障助、ご飯食べよ!
どうして、
皆の顔に黒い靄がかかっているのだろう。
『お前はヒーローになれるような資格を持っていない。』
本当にこれだけだっただろうか。
『何故なら、お前は』
本当に、合格通知に書かれていただけだっただろうか。
『ーーーーーーーーー』
だって、これを、この言葉を最初に言ったのは
「ッッ!!!」
ベットから跳ね起きる。酷い夢を見た。なんだってこんなタイミングで悪い夢見るんだよ。なんで…あれ?俺どんな夢見てたっけ?確かに嫌な夢は見た筈なんだが…。
まぁ忘れるって事は脳が記憶に残したくない、残す必要がないってことだろう。だから暗記で点数が取れないのは、俺が悪いんじゃない。脳が残す必要がないって勝手に忘れたんだ。
なんか自分で言ってて虚しくなってきた。
「今何時…五時ちょっと前くらいか。」
今日は臨時休校。学校はない。どうやら昨日A組が敵に襲撃されたらしい。幸い、重軽傷者は数人出たが死人はいないそうだ。新聞を見ると、『奇跡の生還』やら『A組生徒、敵を撃退!』やら、世間はA組を褒め称えている。
ヒーロー科とはいえ、まだ入学したての高校一年生だ。
そんな人達が、敵を撃退し、なおかつ死人を出さなかったのだ。それはとても凄いことだし、実際伝説に残るだろう。
もし、自分がそこにいたら…怖くて、震えて、足手まといになってるに違いない。
「同じ高校一年生なんだが、一体全体何が違うんだろうな…」
複数の敵を撃退できるほどの戦闘力か。
どんな窮地に立たされても、冷静に行動出来る判断力か。
怖くても、自分を、他を助けようと一歩踏み出せる勇気か。
全部だ。全部当てはまる。
俺には複数の敵を薙ぎ倒せるような戦闘力などない。
せいぜい一人か二人、それを倒してもじわじわと嬲り殺されるのがオチだ。
俺には窮地に立たされても、冷静に行動出来るほどの判断力などない。
せいぜいパニックを起こして周りの足を引っ張るのがオチだ。
俺には恐怖の中、他を助けようと一歩踏み出せる勇気がない。
むしろ俺は助けられる側にいる人間だ。
俺には無いものを、凡人には無いものを持っている奴の事を
「…走るか。」
努力でどうこう出来る話じゃない。そう分かっていながらも、何かをしないと自分の中の決定的なモノが壊れる気がして。
まだ寒い春の明け方、しっかりと準備をした俺は暗い道に向かって走り出した。
「はーい出席とるぞ〜」
担任ののんびりした声がまだ騒がしい教室に響く。しかし体が痛い。昨日無理して、体動かしまくったからどっか痛めたのかもしれない。慣れない事はするもんじゃ無いな。
「はーい全員いるな。さて、皆も知っているだろうが先日、A組が敵に襲撃された。幸い大事に至った人はいなかったが、皆も充分気をつけるように。話は変わるが、ニ週間後は体育祭がある。各々体を作っといて。もしかしたら、ヒーロー科に上がれるかもしれないからな。」
体育祭という言葉に何人かの生徒が反応する。俺もその内の一人だ。そうか、あと二週間か。そろそろ行動に移した方がいいな。
「後は…まぁ特に無いな。じゃ今日も一日頑張って。終わります。」
そう言って担任は教室を出て行く。生徒達は、それぞれの用事で席を立つか近くの奴と駄弁り始めた。今しかない。
「よ〜し。ちょっと皆聞いてくれ〜。体育祭のことで話がある。」
そんな俺の呼びかけに対し、クラスにいる奴らがこっちに注目する。半分は面倒そうに、半分はほぼ興味を持っていない。人徳ねぇな俺。
「早くしてくれよ。俺トイレ行きたい。」
「私もちょっと友達と廊下で話たいんだけど。」
「まぁそう言うなよ。委員長が話すんだ。ちょっとだけでも聞いておこうぜ?」
そう言って教室を出ようとする奴を止めてくれる木津。
俺あんたに一生頭が上がらない気がする。
「じゃ、単刀直入に聞くけど
こんなかにヒーロー科落ちた奴、何人いる?」
「「「は?」」」
空気が凍りつく。さっきまで興味を持っていなかった奴らも、今は敵意を孕んだ目で此方を睨んできていた。
そりゃそうだ。わざわざ時間をとったのに、聞かされた第一声が「あなたは受験に落ちましたか?」だったら誰だって怒る。俺だったらふざけんなと突っかかるところだ。
そう思うと皆優しいな。
「すまん。言い方が悪かった。こんなかにまだヒーローになる事諦めきれてない奴、何人いる?」
「…そんな話をする為に、わざわざ呼び止めたのか?」
「え?うんそうだけど。」
俺の質問に対し、クラスの男子の一人が皆の気持ちを代弁するかのごとく俺に非難の声を掛けてくる。
「やってられるか。じゃあな。」
そう言って、教室から出て行こうとする。
「お前、ヒーロー科受けて落ちたか?」
「あ?」
そんな、奴の背中に再度質問を投げつける。めっちゃ睨まれた。怖い。しかし今は耐えなければ。
「いや、あの入試を受けてどう思った?」
「…もう終わっーーー」
「あんな入試内容じゃ、点数取れないって思ったんだろ?」
「!」
俺の言葉に、そいつを含め何人かが反応する。
「そりゃ…」
「あいつらはロボを薙ぎ倒せるような強個性だが、俺たちみたいな個性じゃロボをポンポコ壊せないもんな?」
「……」
「あいつらは食堂で警報が鳴った時、パニックだった皆を冷静にまとめあげていたもんな?あの時、
「……」
「あいつらが敵に襲われて、死人を出さず撃退したって聞いた時、考えちまったもんな?自分だったら絶対に無理だって。思っちまったもんな?俺らがダメなんじゃない、あいつらが凄いんだって。
ヒーローになれないのも仕方ないって。」
「……ッ!」
もう少し、もう少しだ。
「そんなロボを薙ぎ倒せる程の戦闘力を持ち、パニックを抑え込める程の統率力を持ち、尚且つ敵の襲撃を耐えきった。そんな奴と体育祭で勝負しても、勝てっこない。そう思ってんだろ?正直俺もそう思う。」
「じゃあどんすんだよ!お前もそう思うんだろ?俺たちなんてあいつらの引き立て役でしかないんだって!」
釣れた。
「お前の個性、確か『安全歩行』だったよな?」
「あぁそうだ!崖っぷちにあるような危険な道でも、暑い所でも寒い所でも、歩いてさえいれば安全に移動出来る!それがなんだよ!?」
「良い個性だよな。山岳救助とか、都市災害で活躍しそうだ。」
「ハァ…?何言って…。」
「お前は確か…『体温』だったか?」
「え?俺?」
目の前にいる奴からから目を逸らし、そいつの後ろにいた奴に声を掛ける。
「あ、あぁ。確かに俺は触れた物体の温度を自分の体温と一緒にすることが出来るが…」
「お前も良い個性だ。雪山で遭難してる人に自分の体温を移したら、低体温症解決だな。」
「それまでに俺の体が冷えていそうだが…」
「そしたら、お前とお前が組めば、安全に遭難者の所まで行けて、尚且つ低体温症を解決できるな。災害救助に引っ張りだこ、最高のタッグの出来上がりだ。」
「そ、そうかな。」
二人が顔を見合わせる。あ、照れた。
「こ、個性を褒めてくれるのは嬉しいが、結局何が言いたいんだよ?」
「んー…まぁ要するに…
なんでヒーローになるのに戦闘力の高い派手な個性が必要なんだ?」
「「「!!!」」」
俺の言葉に顔を伏せていた何人かが反応する。
「いや、そりゃ必要だよ?敵と戦うんだ。戦闘力が高ければ高い個性ほど有利だし、ヒーロー飽和社会の今、派手ならば派手な程、注目度が上がって有名になれる。」
俺の言葉にまた何人かが顔を伏せる。
ごめん上げて落とした。
「でも今言った通り、戦闘力が無くても災害救助等で活躍出来る個性持ちはいる。一人でなんでも出来るスーパーヒーローにはなれないけど、チームを組めば大抵の敵には対抗出来るような個性持ちもいる。なんだったら、ロボなどの対機械に弱いだけで、対人には最強の効果を発揮する個性持ちもいるはずだ。」
「……」
「元々体育祭の結果によるヒーロー科編入は俺たちみたいな個性持ちへの救済処置だ。勝てないかもしれない。いや、きっと勝てないだろう。向こうは経験も、地力も、何もかも上だ。」
拳に力が入る。そうだ、勝てる訳がない。
「けど」
でも、どうせ勝てないなら
「せっかくど真ん中に
せめて、一発当たることを願って
「見逃し三振じゃ、かっこ悪いだろ?」
思いっきり振り抜こう。たとえ、
「もし、今の話を聞いて、ダメ元でやってみようと思ったら昼休み食堂に来てくれ。付け焼き刃だが作戦を話したいと思う。じゃ、時間を取って悪かったな。」
そう言って教室を出て、トイレに向かう。
一体何人、この話に乗ってくれるだろうか。
「おい」
「ん?」
振り返ると心操が立っていた。やばい、今来られると…
「さっきの演説、かっこよおおおおい!?どうした!?」
「す、すまん。緊張が解けたら、腰が…」
俺は別に人前で話す事に慣れてるわけじゃない。今でも心臓がバクバク言っている。今思うとよく耐えられたな、俺。
「……本当お前って奴は、最後の最後で締まらねぇんだから。ほら。」
「す、すまん。」
地べたに座り込んでいる俺を見かねて、心臓が手を差し出してくる。そのままその手に捕まり、ゆっくりと立ち上がろうとするが、中々足に力が入らない。
「……なぁ障助」
「ふっ…くっ!ん?どうした?」
「実際、勝機はあるのか?」
「……皆で力を合わせたらきっと勝てる。っと言ったら嘘になるな。」
「…そうか。」
「さっきも言ったが、経験も、地力も、何もかも向こうが上だ。俺やお前、不和や木津に、クラスの数人はヒーロー科に対抗出来るような個性を持っているが…それでも、奴らは今まで訓練してきて、敵を相手どった。その差はでかいと思う。」
「…まぁそうだろうな…」
心操の頬に影が差す。しかし、こればかりはしょうがない。下手に誤魔化すより、はっきりと伝えた方がこいつのためだ。
「まぁそんな落ち込むなよ。それに、それこそさっき言ったじゃん。」
「え?」
「こんな一年に一回しかない大チャンスがきたんだ。見逃し三振じゃカッコつかないだろ?」
「…そうだな。思いっきり振っていくか。」
「そうそうその意気その意気。思いっきし振って、空振り三振バッターアウトだ。」
「なっちゃダメだけどな。」
そんな事を話しながら教室に戻る。しかしこいつめ、すっかり覚悟の決まった顔しやがって。ホント、頼りにしてるぜ?お前の個性、めちゃくちゃカッコいいんだからよ。
「しかし…皆来てくれるかな?」
全然来てくれなかったらどうしよう。あんなに威勢の良い啖呵を切ったのに、誰も来ないって…ただのうるさい奴だ。軽く死ねる自信がある。
「その事なら心配ないと思うぞ。」
「?」
「今、木津と不和が皆に呼びかけている。実際、お前の言葉に動かされたのか、数人は既に自分達の個性について話しあっている。良かったな。お前の演説、無駄にならなくて。」
「…そうか。」
友達って暖かいな。
そう思った俺は、絶対にヘマはしないと心に誓い。
キーンコーンカーンコーンっと、無情にも一時限目を報せるチャイムが廊下に響き渡った。
時は放課後。俺と心操は敵情視察をするべくA組の前に来ていた。え?昼休みはどうだったって?殆どの皆来たよ。俺は一生木津と不和に頭が上がらない気がする。何かお礼をしないとな。
しかしすごい人集りだな。入り口が見えない。やはり皆考えることは同じか。
「意味ねぇからどけ。モブども。」
なんとか前に出ようと体をよじっていると、どこかで聞いた事のある声が聞こえてくる。てか口悪いな。モブて。本当にヒーロー科かよ。ってあの時のツンツン頭じゃねぇか。
「どんなもんかと見に来たがずいぶん偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?こういうの見るとちょっと幻滅するなぁ」
「ああ!?」
そんな中、心操がツンツン頭に話し掛ける。いいぞ心操。ガツンと言っちまえ。
「普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって人、結構多いんだ。知ってる?」
「?」
「体育祭のリザルトによっちゃヒーロー科の編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ。」
ツンツン頭の後ろにいた緑谷が反応する。そうか。お前個性制御できてないもんな。
「敵情視察?少なくとも
調子のってっと、足元ごっそり掬っちまうぞっつー宣戦布告にきたつもり。」
よく言った!でも敵情視察は本当だからね?宣戦布告の方が俺初耳だよ?まぁ別にいいけどさ。
「すまん。カッとなってつい言っちまった。」
「全然大丈夫だ。遅かれ早かれ、あいつらにアピールするつもりだったし。カッコ良かったぞ。」
「…そうか」
「照れんなよ〜」
「うるさいよ。そんな事より何か分かったのか?」
「全然?」
「ダメじゃねぇか!?何しに来たんだよ!?」
「冗談だよ。少なくとも、あのツンツン頭はどんな奴か分かった。」
ありゃ自尊心の塊だな。ああいうタイプは会話である程度コントロールできる。不和や心操だったら簡単に倒せるだろう。
「ったく…ホント、頼むぞ?」
「あぁ任せろ。お前こそ後二週間、しっかりと体作っとけ。」
さぁ、残り二週間、俺の働きにより勝てる確率が変わってくる。気張らなくては。待ってろヒーロー科。油断してっと本当に足元ごっそり掬っちまうぜ?
そう意気込み、俺たちは各々の準備を開始した。全ては、ヒーローになる。その夢のために。