今回は原作キャラである芦戸と切島が相手として出てきます。好きな人は少し苦手に思うかもしれません。特に芦戸。それでも良いよと言う人は楽しんでくれると幸いです。
カツカツと靴音を鳴らし、廊下を進む。
俺は今、己が試合の準備をする為、控え室に向かっていた。結局、あの後接近戦に持ち込んだ心操は、緑谷の自損覚悟の吹き飛ばしにより呆気なく場外負けとなってしまった。
『すまん障助、負けちまった。』
そう、悔しさを堪えた顔で言ってきた先程の光景がフラッシュバックし、唇を噛み締める。ほんのりと鉄の味がした。
あいつは、心操はよく頑張った。
「クソッ、弱気になるな俺…!大丈夫、大丈夫…」
さっきはあんなに大丈夫だったのに、脚が小刻みに震えだす。心臓に鎖を括り付けられているのではないかと錯覚するほど、胸が重く、苦しい。濃家に個性を使われている訳でもないのに、呼吸が難しくなる。
なんとか己を鼓舞しようと吐き出した言葉も、暗く長い廊下に木霊したと思えば一寸先の暗闇に吸い込まれて消えていく。こんなにも廊下は暗く長いものだったか。いや、実際ここまでは暗く無かっただろう、ここまでは長く無かっただろう。きっと、緊張がそう周りを見えるようにしているだけだ。そうに違いない。この現象が唯の緊張による一時的な視覚障害だと、そう勘違いをしてしまおう。
だって、そうでもしないと、
ヒーロー科に恐怖の念を抱いてしまったと自覚してしまうから。
「…ッ!」
あまりの不快感に壁に手をついてしまう。胃から込み上げてくる物を床にぶち撒けようとして、必死に堪えた。
あんなに個性を個性で捩じ伏せられている所を俺は初めて見た。
あんなに全てを理不尽な一撃で無に還された所を俺は初めて見た。
あんなに頑張って勝ち上がってきたのに、呆気なく才能あるものに蹴落とされる所を俺は初めて見た。
少なからず、俺は自信があったのだ。俺たちの個性ならきっと勝ち進めると、油断とも傲慢とも言える、そんな自信が。自分で言うのもなんだか、無理もない話だ。
俺、心操、不和、木津。この四人は対人なら凄まじい威力を発揮する個性を有している。
特に俺と心操の個性は一発掛かったら抜けるのは至難の技、所謂初見殺しという奴だ。
そんな個性を
心操の個性が打ち破られた時、自分も同じ目にあうんじゃないかと恐怖した。
心操が指一本で場外に叩き出された時、どうやって抗えば良いのかと恐怖した。
心操の試合を見て、今までの努力が水の泡と化してしまうのではないかと、勝てないのではないかと恐怖してしまった。
「大丈夫、大丈夫…」
そう言い聞かせても、人間の脳とは不思議なもので一回悪い事を自覚してしまうとずっと頭にまとわりついてしまう。
そんな恐怖に染まっていく心を誤魔化すように、カタンカタンと靴音を大きく鳴らして控え室まで走っていった。
『さぁどんどん行くぜ!第5回戦、酸という強力な個性の上に軽やかな身のこなし!ヒーロー科、芦戸 三奈!vs心操と同じく目立った活躍は無しだがその本性は…?普通科、感野 障助!』
控え室で少し仮眠を取ったら、大分良くなった。これなら皆、いつものおちゃらけ障助と認識できるだろう。
「よろしくね!」
そう言って俺に、手を差し出してきた桃色肌&黒目の女の子は芦戸三奈と言うらしい。なんか木津と若干オーラが似てる気がする。しかし実況から察するに酸を操る系の個性なのか?かなり手強いが俺の個性なら
『緑谷!
……油断は禁物か。女の子とはいえ、立派なヒーロー科。
…しょうがない。さっきまであんなに弱気になっていたんだ。今更形振りなんて構っていたら、さっきのお前はなんだったんだとなってしまう。
「あぁ、此方こそ宜しく!」
そう上部だけの笑顔を貼り付け、握手を交わす。
普通の人なら、この光景を見てスポーツマンシップがどうたらこうたらと賞賛するだろう。
しかし前も言ったが俺はそんなに気持ちの良い人間ではない。
個性を発動するため、彼女に意識を向ける。
カチリと体の中で何かが噛み合う音がした。
『さぁ、互いに握手を交わし挨拶をしたところで早速行ってみよう!第5回戦、レディー…』
あぁ怖いと先程の感情が滲み出てくる。
一撃で仕留められないだろうかと、個性を打ち破られるのではないかと、そんな不安が俺を蝕む。
『スタート!!』
ーーだから、この感情を克服する為、遠慮はしない。
個性を掛ける。途端、さっきまで笑顔を見せていた彼女の顔が驚愕に染まった。
「な、何こーーー」
何が解除のトリガーになるかわからない。その為考える暇を与えない方が良さそうだ。
言葉を告がせないように、彼女の鳩尾に右腕を叩き込む。
突然の激痛に腹を抑えてうずくまろうとする彼女の頭を掴み、額目掛けて膝を振り上げた。
ゴッという鈍い音を立てて、彼女の額から鮮血が散る。
そのままふらりふらりとよろけながら、背中から倒れていった。頭に重いの一発食らったんだ。脳震盪を起こしたんだろう。これだけやったなら流石に大丈夫だと…
本当に?彼女はヒーロー科、しかも敵の襲撃を耐え抜いたA組だ。心操の試合みたいに、勝ったと思っていたら急に…なんて事は十分あり得る話だ。
それに、いくら急所を狙ったとはいえたった二発で戦闘不能に陥るだろうか?もしかしたら、先程の倒れる前までの行動は俺を油断させる為のフェイクである可能性もある。
…もう二、三発は叩き込んだ方がいいかな。
そう不安と焦燥に駆られた俺が、追撃しようと倒れている彼女に向かって一歩踏み出そうとして
「あ、芦戸さん…行動不能。よって二回戦進出は感野障助くん!」
審判であるミッドナイトの声が俺の足を止める。
あ、本当に戦闘不能になってたんだ。俺を油断させる為やらなんやらは、俺の考えすぎか。あんまり考えすぎるってのもダメなもんだな。
担架で運ばれていく彼女を見送り、控え室に戻ろうと踵を返す。
『開始瞬間に芦戸が混乱していたがあいつの個性か!?遠慮なく攻撃を加えた感野、一回戦突破だ!てか本当に容赦ねえな!女の子だぜ!?』
(あいつ人の顔目掛けて躊躇なく攻撃したぞ)
(戦闘能力は高そうだが…個性を見せてない分判断がしづらいな。しかしエゲツなかった。)
(女の子を甚振って何が良いんだろうな。あんなに力があるんなら場外に持ってけばいいのによ。)
(騎馬戦の時は、普通科にしては面白い奴だと思ったんだがな…)
そんなブーイングが俺の背中に投げつけられた。まぁ言われてもしょうがない。それぐらいエグい事をやった自覚はある。
ただ話を聞くところ、個性を把握出来た奴は居ないっぽい。
一回戦目にバレなかったのはかなりデカイな。芦戸も気絶していたし、次の奴に伝える事は出来ないだろう。
これなら二回戦もかなり有利に戦いやすくなった。
そのまま控え室に戻り、顔を洗おうと洗面所に向かう。
「…しかし酷ぇ面だな。」
備え付けの鏡に自分の姿が映る。15年も見続けてきた己が顔は対して汗もかいていないはずなのに、酷く昏く汚れているように見えて。
「……」
そんな汚れを落とそうと俺は手に水を掬い、パシャリパシャリと顔に打ち付けた。
『カァウゥンタァ〜!』
「クッ…!」
「効かなぇってのこのボーイッシュ女が!」
観客席に戻ると、歓声と共に戦闘音が聞こえてくる。見ると、個性だだ被りの内の一人、切島と木津が殴り合っていた。
そっか、俺の次の試合って木津の奴が出る試合だったっけ。
「お疲れ。しかしお前本当に容赦なかったな。ちょっと引いたぜ?」
「うっせ。こちとら普通科、余裕がねぇんだ。お前だって分かるだろ?」
「まぁ確かにな」
横から心操が労いの言葉を掛けてくる。容赦ねぇ容赦ねぇと厳しい言葉ばっかだな。そりゃ俺だって少しやり過ぎたと思っているさ。少しだけな。
『切島の攻勢に木津、全く手が出せない!これは勝負あったか!?』
視線を木津達に戻す。どうやら木津は切島の攻撃に手をこまねいているらしく、防戦一方だ。今も飛んでくる拳を、腕を交差させ、必死に受け止めている。真っ正面からとかあいつ凄え根性だな。怖くないのか?それにしても痛そうだ。
切島の奴は鉄野郎こと鉄哲と違い、ガチガチに体を角ばらせている。そのため硬く尖った角が出来上がり、攻撃力が上がってしまう。
それこそ、唯のパンチが肌を掠めただけでもまるでナイフで切り裂かれたかのような裂傷を生んでしまうのだ。
そんなものを受け止め続けているあいつの体は最早ボロボロだった。服は破け、体中に裂傷を刻んでいる。あいつの攻撃を受け止めている腕は赤黒く腫れ上がり、血が滲んでいた。
手の甲は皮が破け皮膚下の肉が露わとなっており、反撃した証拠と結果を示している。うわぁ痛そう。
「クソッ、しぶとい!はよ倒れろ!」
「グゥ…!」
そんな状態にも関わらず、倒れる気配がない木津に対し痺れを切らした切島が殴打の回転数を上げる。
凶器とも呼べる拳の嵐を食らった木津の腕がメキィと音を立て、ダランと垂れた。え?折れたんじゃね?まだ粘るかあいつ。もうそろそろいいだろ。
「これで終わりだ!」
『圧倒的に攻め続けた切島、腕が使えなくなった木津に今留めの一撃を…!」
ヒーロー科がこんな絶好のチャンスを見逃す筈も無く、ガードが出来なくなった方の体に向かって渾身の一撃を繰り出す。
ゴキッとまた鳴ってはいけない様な音が会場に響いて、
「ガァァ…!?!?」
『エ!?何だ!?攻撃した切島が急に膝をついたぞ!?しかもボロッボロだし!what's!?」
攻撃を放った筈の切島が脇腹を抑え蹲る。よく見ると、体中に裂傷や打撲を拵えていた。どうやら腕も折れているらしく、必死に腕を上げようとしているがピクリとも動かない。
そんな、それらの傷は何処かで見たことある様な傷ばかりで。
『てか木津!お前なんでそんなピンピンしてんだよ!怪我はどうした!?』
「ふぅ〜痛かった〜」
攻撃を食らいまくってた木津は傷一つない姿で立っていた。
あらとあらゆる傷を操作することが出来る!自分にできた傷を相手に移すことも可、相手の傷を好転、悪化することも可、特定の傷を無効化することも可だぞ!しかし、痛覚などの体の機能は正常に働き続けるため、衝撃による脳震盪や激痛のショックによる気絶等は普通にする!顎を狙われない様に注意しよう!
いやぁ個性が個性とはいえ、骨折られた所を見たときは流石に冷やっとした。いくら操作出来るとはいえ、まだ真っ正面から攻撃を食らい続けるとかあいつ根性ありすぎんだろ。ホントに女か?
「チクショウ!」
そう言って、移された傷たちを庇いながら切島が立ち上がり、木津の横っ面に硬化した拳を叩き込んだ。あいつもあいつで根性あるな。
本来ならば肉が裂け、骨が砕け、鮮血が舞う程の威力がある一発だが
「…!?」
「どうした?なんかしたか?」
切島の顔が驚愕と絶望に染まる。
確かに叩きつけた拳は、衝撃で仰け反らせただけで、傷一つない澄まし顔がそこにあった。
肉弾戦になった時、もっとも怖いのはあいつだからな。
その気になれば、銃弾でさえ耐えぬくことが出来る個性だ。
まぁ、一発や二発だけだろうが。
「さっきはどうもありがとう!お礼と言っちゃあなんだが、きっちりともらった分は倍にして返してやるよ」
「グッ…!?」
先程の状況が一転、切島が防戦に回り、木津が攻勢に出る。
思いっきり硬化されている所を殴りまくっているが、手の皮が破けていない所を見ると、今はそういう傷を無効化するように個性を発動しているらしい。さらに殴った所にできた小さな傷を悪化させている。うわぁ酷い。可哀想に。
まぁなんにせよ、今回は相性が悪すぎたな。モロあいつの得意な絡め手少ないタイプの奴だったし。
『圧倒的に攻められていた状況を一転させ、個性を使って反撃に出た木津、切島を打ち倒して逆転勝利ィ!二回戦進出だぁ〜〜!』
「ヨッシャァ!!」
わっ、と歓声が上がる。見ると切島の顎に木津の繰り出した右ストレートが綺麗に決まっていた。脳を揺さ振られた切島はそのまま倒れこみ、戦闘不能に陥る。
「俺、あいつだけは怒らせない様にする…」
横を見ると心操が自分の顎を抑え、青ざめていた。
当たり前だろ?あいつの一発を女子のものと思っちゃダメだから。もう男というか、最早ゴリrやめとこう。めちゃくちゃ殺気を感じた。あのまま続けていたら俺の命はなかっただろう。
「何はともあれ、あと試合に出てないのは不和だけか。相手は…爆豪…爆豪!?」
あの派手な個性に戦闘力、騎馬戦でみせた技術力にセンス。
非の打ち所と言えば性格ぐらいしかねえ、あの爆豪と!?
まじかこいつ初戦からやばい奴と当たるとか運ねぇな!
いや、寧ろあの性格の方が不和の個性だと有利に立てるのか…?うーん分からん。しかしまぁ何にせよ、
「波乱の予感がする…!」
そんな準備をするため控え室に向かう不和の背中を見て、一抹の不安どころではない量の不安を抱えながら、不和の勝利を祈る。どうか、無事に終わりますように。
熱中症には気をつけよう!