空振り三振   作:T-

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大変長らくお待たせ致しました。九話です。
今回はバトル漫画でありがちなヒーロー補正などが多く含まれます。予めご了承ください。

また、だむだむ様、麻婆餃子様、萩史利様、何者_様、騒々呻様、誤字修正のご協力誠にありがとうございます。


九話

首に伸びてくる手を払いのけ、爆破を躱す。そのまま爆風を利用して回転、遠心力を乗せた左腕を彼に叩きつけた。

相手の攻撃を利用した完璧な反撃(カウンター)は横腹に着弾する瞬間、腕を組まれ防がれる。

そのまま距離を取る為後退、させてくれる程甘くはないらしい。息を抜く間もなく再突撃してくる爆豪の拳が眼前に迫った。

体を捻り、横に転がる事で一撃を回避し、左腕をチラつかせ威嚇する事で追撃を遅らせる。その間に立ち上がり、次の攻撃に備えて体制を整えた。

 

「ハァ…ハァ…ンクッ…ハァ…」

 

強い。

強すぎる。

負傷している腕を庇いながらも重い一撃を放ってくる攻撃力も。

 

完璧な反撃を見てから躱す反射神経も。

 

爆破を織り交ぜ、目潰しや軌道変更を即興でやってのけるセンスも。

 

一つ一つの行動を瞬時に決められる判断力も。

 

何もかもが強すぎる。

そしてなりより

 

「きーーーーーーーーー」

 

「ッ!」

 

「クッ!?」

 

そしてなりより、私に喋らせない様な立ち回りをしてくるその技術力が彼の強さをより際立たせていた。

 

私の個性のトリガーは声だ。

 

私の声には聞いた人が抱いている負の感情を引き出し、増大させる音波が含まれている。

どんな善人でも、生きている限り心に何かしらの負の感情を抱く。憎悪や嫉妬でなくても、不安や悲しみなどの感情を少しでも抱いていたら、私の個性に掛かるのだ。

 

それこそ全てを司る神か、負の感情を抱かないサイコパスか、そもそも感情というものが無い機械でなければ、少しでも私の声が耳朶を打った瞬間、後は私の思いのまま。

人が行動を起こす原因の大体を占めている感情、その悪い方の半分を操れる私はたった一人でも敵を鎮圧できる。

 

ーーーしかし裏を返せば、どうって事は無い。

少しでも私の声が耳に入らなければいい話なのだ。私の声が聞こえなければ、個性には掛からない。個性を掛けられない私など、大きい腕を持った動きの鈍い唯の女の子だ。所謂、カモ。

 

そしてまさに今、私は現在進行形でカモに成り下がっている最中であった。

 

「ッラァ!」

 

「ッ!」

 

躊躇なく顔に向けられて放たれた爆炎を、左腕を薙ぎ払う事で相殺する。飛び散った火の粉が、自慢の黒髪をチリチリと焼いた。しかし、爆炎を防ぐ事は出来てもその爆炎に乗ってきた熱風までは防ぐことが出来ない。顔が熱い。腕が熱い。

 

 

ーーーー喉が熱い。

 

 

顔を狙ってくる理由の一つはこれであろう。

私の喉にダメージを与え、声を出させない様にする事で、個性を掛けられ無いようにする気なのだ。

一歩間違えれば一生モノの傷となるが、そこは過剰攻撃による失格を配慮しているのか、リカバリーガールの個性を信じているのか、はたまたみみっちいと言うべきか、絶妙な温度の熱風が喉に入り込んでくるように仕込んでいる。

ここでもまた、センスという物を見せつけられた。

 

しかし、悔しながらも実際この作戦は的を得ている。

先程も言った通り、私の個性のトリガーは声だ。

そして、それに関する最も重要な器官は喉。

これがなくては煽って個性を掛けやすくするどころか、そもそも個性を発動する事が出来ない。

私が爆破を発動させない為、彼の掌をそのまま受けず、払いのける様に、彼も私に個性を発動させない為、やり方はあれだが、声を出させない様に喉を熱したり、聞こえなくする為耳の近くでわざと個性を発動して聴覚障害を起こすなど、色々考えて行動しているのだ。

…それでも顔を、それも女の子のを遠慮なく爆破しようとするのはどうかと思うが。特に君の攻撃の余波で自慢の髪が焦げるんだよ戻らなかったらどうしてくれんの?

…話を戻そう。

そんな感じで、爆発音やら増えた妨害を掻い潜り、個性を掛ける為には大きな声を出さなくてはならない。

状況を鑑みるとかなり絶望的だ。

 

しかし不幸中の幸いと言うべきか、幸いにも彼の耳から血が出ていない所を見ると、完璧に鼓膜が破れているという訳じゃないらしい。唇の動きを見ているというのもあるだろうが、私が喋らせない様な立ち回りをしてくるという事は、徐々に聞こえ始めているのだろう。

つまりまだ逆転のチャンスはある。あるのだが…

 

「…ッ…ッ…ッ…!」

 

声が、出せない。

息が整わない。汗が滝の様に流れ落ち、地面に無数の斑点を作り出す。休む暇もなく無理に動いた結果、極度の酸欠状態に陥っていた。目眩がする。足がおぼつかない。

踏ん張っていないと、今にも倒れてしまいそうだ。

 

 

体力が尽き始めた。

 

 

そんな非情な現実が胸に突きつけられる。

無理もない。あれだけ派手に動き続けたんだ。寧ろよくここまで試合を続ける事が出来たなと、我ながら感心してしまう。訓練も何もしていない唯の普通科である私がヒーロー科入試一位相手に、今も二本の足で立てている。最早奇跡としか言いようがない。

 

「フゥ…フゥ…」

 

「……」

 

そんな息も絶え絶え、満身創痍な私に対して、彼は息一つ乱れていない。心なしか先程よりも爆破の威力が上がり動きにキレが出てきた気がする。

 

「……!」

 

「フゥ…フッ!」

 

容赦なく爆炎を放ってくる爆豪。打ち消すため、先程の様に左腕を薙ぎ払う。が。

 

「アツッ!?」

 

相殺できない。飛び散った多くの火の粉は私の右手と首下を焦がした。何とか右手を上げる事で喉へのダメージは避けたが…やはり気の所為ではない、どんどん強くなっている。

君、スロースターターだったのか…!

しかし不味い事になった。ここでのガス欠は正直洒落にならない。

 

声を出すというのは意外と体力を使うものだ。

特に相手にハッキリ聞こえる様な大きい声を出すときは。

しのぎを削る様な戦闘中、しかもこんな爆発音に塗れている中、耳が聞こえづらくなっている相手に聞こえる様な大きい声を出し続けろなど、体力が一般的な私に出来る筈もない。マラソン中に大声出しながら走り続ける人を君は見たことあるか?ないだろ?

 

喋ろうとすれば脳が会話を中断させる程の猛攻を受け。

 

それにビビって立ち止まれば、喉を焼かれそうになり。

 

それを防ぎ、チャンスを伺えば体力が減っていき。

 

焦って攻撃しても躱され、反撃を貰い、返って体力を無駄にする。

 

要するに絶体絶命、所謂危機(ピンチ)と言うやつだ。

 

「シネェ!!!!」

 

「ガハッ!?」

 

熱さに怯んだ隙を見逃さず、避け続けていた彼の拳が遂に私を捉えた。吸い込まれる様に私のお腹にめり込んだ拳は、瞬間、爆発し、勢いを利用して更に深く重い一撃を与えてくる。しかも爆炎で火傷させるというオマケ付きで。

そんな身体が一瞬その場に止まる程のインパクトのある一撃を貰った私は、そのまま吹っ飛ばされ、場外ギリギリまで転がっていく。

 

「カッ…!ハッ…ハッ…!ウ…オェェ!!」

 

胃を殴られた事により、込み上がってきた吐瀉物をみっともなくぶち撒ける。今は女の矜持とか、そんな事を言っている暇はない。冗談抜きの方で呼吸が出来なくなる。視界に火花が散り、身体が全力で警鐘を鳴らす。最早、会話云々の話ではなくなってきた。

 

「…ッラァ!」

 

「アグッ!?」

 

そんな状態でも、彼は容赦なく踵を振り下ろしてくる。

そのまま場外へ蹴り出そうという魂胆なのだろう。

何とか左腕を突き出す事で防ぐが、時間の問題だ。いずれ限界がくる。

どうすれば、どうすれば良い?この危機を切り抜けるには、一体どうすれば良いのだろう。

 

個性を掛ける

 

絶望的だ。まず声を出さしてくれる程、彼は緩くもないし、甘くもないだろう。そもそも、体力やらダメージやらでまともに口を開ける様な状況ではない。それに、さっきの解かれた原因が分からない今、再度個性をかけても唯疲れるだけだ。

 

超近接戦闘(インファイト)に持ち込む

 

現実的ではない。これは向こうの得意分野だろう。爆破を織り交ぜた拳は脅威だし、何より素の身体能力が高いため、攻撃、防御、回避、全てが向こうに分がある。

確かに私の一撃は威力こそ高い。が、小回りが利かない。

振り回している間に懐に潜り込まれ、顎に1発、失神KO、というのが一番怖い。容易に想像出来てしまう。

 

降参する

 

あり得ない。こんな考えが浮かんでしまった自分を殴りたい。

そんな事をするくらいなら前の二つを試して負けた方がマシだ。

 

…こんな時ヒーローなら、いや、障助ならどうするだろうか。

正面突破?倒れた振りをして不意打ち?そもそも彼ならこんな状況にならないか。

考えて、考えて、考える。

この間にも刻一刻と敗退と言う二文字が私に近づいてくるのだ。どうするどうする。彼なら、障助なら…!

 

 

 

『左腕が大っきいって…なんか武器みたいで強そうだな!』

 

 

 

思いついた。確かにこれなら相手の意表もつけるし、体制を立て直す事が出来るかも知れない。

後は、タイミングを見定めて、実行すれば良い。

しかしこれで良いと分かっていても、

 

体が、動かない。

 

怖い。怖い。負の感情を操る私が皮肉にも恐怖を感じてしまう。例え治ると分かっていても、理屈が通っていたとしても、所詮人間、結局は感情で動いてしまうもの。そんなことは個性が発現した11年前から知っていた筈だ。

 

自ら痛みに飛び込むのがこんなにも怖いとは思わなかった。

 

こんなにも二の足を踏んでしまうものだとは思わなかった。

正に今、私は感情に邪魔されて理屈を通せない。

 

そう思うと、あの緑谷とかいう奴は本当に凄い奴なんだな。あんなに躊躇なく激痛に飛び込んでいくなんて、とても出来やしない。正しく障助がよく言ってる『ヒーローになる資格』というものを持っている。

それに比べて私は…グゥ!?

 

「はよ死ねェ!」

 

畳み掛ける様に爆豪が爆破の回数をあげ、絨毯爆撃を開始する。そろそろ限界が近い。喉が焼ける。今まで私の命を繋いでいた左腕が悲鳴をあげていた。もう、一刻の猶予を争う事態だ。覚悟を決めろ、不和。

感情論を是としている私だが、今だけは理屈で行動しようじゃないか。大丈夫…一瞬、一瞬だ。その一瞬さえ乗り越えられれば、なんとかなるんだ。ここでやらなきゃ、もう夢に追いつけなくなる…!よし…よし…今ッ!

 

「なっ!?」

 

防御の為に構えていた『左腕』を下げ、控えていた『右腕』を前に突き出す。

突然の自殺行為と急に小さく脆くなった的に意表を突かれる形となったのか、爆豪の攻撃が数発宙を切り、バランスを崩した。

驚愕で染まった顔で此方を見てくる。

 

「ッァーーーーーーーーー!?!?」

 

あまりの激痛に叫び出してしまいそうになるが、ここで喉を潰す訳にはいかない。拳を固く握り締め、奥歯を噛み砕く事で声の流失を何とか防ぐ。

丈夫に変型している左腕とは違い、右腕は普通の高校女子と大して変わらない。か弱く脆い、唯の腕だ。

そんな普通のものであるにも関わらず、攻撃をモロに受けてしまった私の右腕は、見るも無残な状態であった。

白かった肌は爆炎による火傷と殴打による内出血で、赤黒く染まり、素の色が思い出せない程に酷く汚れている。

火傷で溶け、テカテカになった所からは、血や組織液などの体液が垂れ流され、身体が必死に傷を塞ごうと働いている事が伺えた。

うわぁ気持ち悪い…。やだなぁこれリカバリーガールの個性でも跡残ったりするのかな…?障助にはいつも綺麗な私を見て欲しいんだが…。

 

 

ーーけど、お陰で動けるようになった。

 

 

ボロボロになった右腕を引っ込め、構えていた左腕を打ち出す。先程までなら簡単に躱されていた攻撃だが、決死の作戦の結果、バランスを崩している爆豪には難しい。

回避は無理だと判断したのか、掌を広げて受け止める体制になる。着弾した瞬間に爆破を起こし、軌道を変更させるつもりだろう。この一瞬でそこまで判断出来るとは…悔しいが敵ながら天晴れだ。認めたくないが彼も『ヒーローになれる資格』というものを持っている。

 

 

だから、私も負けられない。

 

 

握り締めていた拳を解き、彼と同じく掌を広げる。

そのままパンチではなく、掌底の様にして打ち込んだ。

少し驚いた彼だったが、どうって事はない。予定通りに受け止め、爆破、軌道を逸らそうとして、

 

そんな彼の腕をガッチリと掴んだ。突然の拘束に驚く彼。

その隙を見逃す程、私は馬鹿ではない。

掴んだ腕を振り上げ、彼の身体を持ち上げる。

そのまま後ろを振り向き、遠心力を利用しながら地面に叩きつけた。

 

「カハッ!?」

 

「それっ、もう一本!」

 

何度も何度も叩きつける。ボコリボコリと重低音が響き渡り、その度に爆豪の苦悶の声が聞こえてきた。

衝撃でむせた拍子に血の混じった唾液が飛び散る。それだけで彼の受けてるダメージの大きさが分かった。

 

「これで終わりだ!」

 

最後に思いっきり地面に叩きつけ、上から鉄拳を振り下ろす。

全体重を乗せ、残っていた力を掻き集めた一撃、骨の五、六本は持って逝くつもりで放った。

そんな攻撃を、彼は折れた方の腕も使って受け止める。

冗談じゃない。あれだけダメージを与えたのに…!

 

「全く、君は化け物か何かか…!?」

 

力が拮抗する。正に剣道で言う所の鍔迫り合いだ。

少しでも気を緩めた方が敗北の谷へと転落するだろう。

しかし、彼は倒れていて、力を受け流す事が出来ない。

私は腕の重さを利用して、プレスの様に力を加えられる。

圧倒的に有利なのは、こちらだ。

 

「グゥゥ…!き、君はさっきどうやって私の個性を振り切ったんだい…!参考まで、に、聞かせて貰って、いいかな…!?」

 

こちらのはずなのだ。

 

「聞こえている、だろう?鼓膜は破れていない。分かっているん、だ」

 

はずなのに。

 

「なぁ、答えてくれよ…」

 

どうして

 

「何で君は、まだ立ち上がろうとするんだい!?」

 

どうして、どうして、こんなにも不利な状態なのに、まだ耐えていられるのだろう。

 

どうして、どうして、こんなにも絶望的な状況なのに、まだ立ち上がろうとするのだろう。

 

どうして、どうして、こんなにも有利な筈なのに、追い詰められている様な錯覚を覚えるのだろう。

 

「答えろ!もう聞こえている筈だ!それとももう個性に掛かってしまったのか?怖くて喋れないんだろう?そうだろう?」

 

恐怖感が湧き出てくる筈なのに

 

彼の目は濁らない。

 

「なぁ!怒ったか?怒っただろう!?気持ち悪くなってきただろう!?」

 

憤怒がこみ上げてくる筈なのに、不快感がへばり付いて来る筈なのに、

 

彼の目は濁らない。

 

「なぁ…そうだろ…?ハハッ、当たり前だ、私の個性に掛かっているなら今君の中は負の感情でぐちゃぐちゃだ…」

 

濁らない。

 

「もう、勝ちは諦めたよな?そうだよな。この状況で勝てるわけないもんな。ほら、何も恥ずかしがる事じゃない。君はよく頑張った。今からでも棄権してくれ、な?」

 

濁らない。

 

「ハハッ…そんな気力も…残ってないよな…フフッ…」

 

濁らない。

 

「ハハハ…」

 

濁らない

 

「……」

 

濁らない。

 

「ッ……」

 

濁らない。

 

「ッ…!」

 

濁らない。

 

「…らぁ…!」

 

濁らない。

 

「頼むから…何か言ってくれよぉ…!」

 

唯、『闘志』が雨でも消えない聖火の様に、瞳の中で揺らめいている。それだけだ。

その炎にジリジリと心を焦がされ、すり減らされていく。

 

「何で!何で倒れない!?何故動ける!?さっきは、さっきは恐怖で蹲っていたじゃないか!?なのに、どうして…ッ!?」

 

憤怒、嫉妬、不快感、破壊衝動、不安、苛立ち、悲壮感、焦燥感、倦怠感、停滞感、諦念、羞恥心、空虚、恐怖、憎悪、殺意、憂鬱、喪失感、落胆、屈辱、失望、戦慄、萎縮、不機嫌、

後悔、罪悪感、乱心、緊張、孤独感、哀感、絶望感。

あらとあらゆる負の感情を与え、引き出し、増幅させる。

本来ならば錯乱してしまってもおかしくない量の感情を、彼の心の中でぐちゃぐちゃにかき混ぜた。

ーーーそれでも尚、止まらない。目の中の炎は、消えない。

 

「〜〜〜…!君、化け物だ…化け物だよ…!図太いなんてレベルじゃない。こんなにも負の感情を、私の声を聞いているのに聞いているのに聞いているのに聞いているのに…!どうしてそんな顔が出来る!?何故そんな目を向けられる!?ふざけるなよ…!私の声を聞いて何もないなんて、そんな、そんなヒーローみたいな事があってたまるか!今までそんな奴はいなかったんだ!みんなみんな!私の声を聞いたら、直ぐに負の感情を抱いてしまう筈なんだ!だから、だからずっと黙って生きてきたのに…街でも車内でも学校でも担任の前でも近所の人の前でも友達の前でも心操の前でも木津ちゃんの前でもおばあちゃんの前でもおじいちゃんの前でも父さんの前でも母さんの前でも、想い人(障助)の前でさえ!ずっと黙って生きてきたのに!」

 

押しつぶす腕に力が入る。最早、この後の事なんて気にしない。

ーーー気にしていられない。

それ程までに焦っている。思考がぐるぐると回って、火を噴きそうだ。余力を残している暇はない。次の試合に出れなくても良い。どうせ次は木津ちゃんだ。元々負けるつもりだった。今、全てをこいつに叩きつけないと気が済まない。

 

「君に分かるか!?友と笑えず、想い人に言の葉を伝えられず、肉親とすら話せない、その辛さが、苦しさが、惨めさが、君に、分かるか!?こんな個性じゃ満足な仕事に就くなんて夢のまた夢だ!喋れないから!日常生活を送るのさえ難しい!喋れないから!

助けを呼ぶ事なんて出来やしない!何故かって?喋れないからだ!あぁ、腹が立つ!君みたいに個性に恵まれ、才能に恵まれ、望む場所に行ける奴を見ると腹が立つ!さぁ、いい加減負けてくれ!!」

 

ミシリと骨が軋む。それが、爆豪の物なのか、私の物なのか、はたまた両方なのか、分からない。唯、何方も限界が近いという事が

 

 

「ワーワー煩ぇな、そんなに喚かなくても聞こえてんだよ」

 

「!」

 

思考を遮る様に、彼の声が聞こえてくる。それはとてもスラスラと口から出てきていて、本当にダメージを受けているのかと疑ってしまうほど流暢だった。

 

「…今更喋り出すとは、随分と舐めてくれるじゃないか。そんなにも弱者()を弄ぶのが楽しいか?」

 

「テメェが怯えた顔して喋れって言ったんじゃねぇか」

 

「わ、私は怯えてなどいない!怯えているのは君の方だろ!さっきまで、緑谷って奴に対して怖がっていたじゃないか!本当に何をしたんだ!?この短時間で感情が、特に負の感情が消える筈が無い!」

 

「…あー、なるほどな。さっきから急に喚き始めたと思えば、テメェの個性をどうやって解いたのか知りてぇって事か。そういや最初に〝私の個性は絶対に解けない〜〟みたいな事自信満々に言ってたもんな。そりゃ焦るか。」

 

「クソ…どこまでも舐めた真似を…!そうだよ、なんで君が私の個性を解いたのか、その原因を知りたいんだ!さっきからそう言っているだろう!?」

 

彼の言葉を聞いていくうちにドス黒い感情が湧き出てくる。思考が激情に流され、どんどん熱が上がっていってしまう。

簡単な煽り言葉にも阿保みたいに反応してしまい、冷静な受け答えが出来ない。会話を武器とする私にとって、有るまじき事態だ。ッ!?

 

「君、まだこんな力があったのか!?腕折れてる筈じゃ!?」

 

倒れている所に全体重を乗せた拳をぶつけたのにも関わらず、彼の腕が浮き上がり、徐々に押し返され始める。当然、力を抜いた訳ではない。寧ろ最初よりも更に力を加えているのだ。いくら私が女子で、体力が枯れ始めているとしても…これは規格外すぎる。まるで、物語のヒーローかの様な…

 

「クゥ…!」

 

「俺も、良く分かりゃしねぇし、詳しく説明する、つもりもないがッ」

 

倒れている状態から、上体を起こし、膝をつき、地面を踏みしめ、中腰の姿勢になっていく。その間、力を入れ続けているが、ビクともしない。

ーーーこれが、文字通り力の差という奴なのか。

 

「テメェの過去やら境遇やら知ったこっちゃねぇ、自分語りなんて、うんなもの他所で、やれ!ここに立つ以上、勝つ事以外考えんな…!ウジウジウジウジ、ムカつくんだよ!ぶっ殺したくなる。何でテメェはここにいんだ?アァ!?」

 

「黙れ…!君、本当にヒーロー志望か!?じゃあなんで…!」

 

じゃあなんで、そんなに『苛立ち』というものを抱いているのに、私の個性に掛からないのか。

なんで、目が濁ってないのか!

「あぁ腹が立つ!デクの野郎も!半分野郎も!テメェも!どいつもこいつも見ていて腹が立つ!」

 

まさか

 

「腹が立つ腹が立つ!」

 

こいつ

 

「腹が立ちすぎて!」

 

感情が

 

 

 

 

「今の俺は頗る冷静だボケェ…!」

 

感情が振り切れたのか!?

 

感情の許容限界(キャパオーバー)

 

悲しみを背負い過ぎた人が、逆に笑ってしまう様に。

 

恐怖を感じ過ぎた人が、逆に肝っ玉が据わり始める様に。

 

緊張し過ぎた人が、逆に楽しくなってくる様に。

 

怒り過ぎた人が、逆に冷静になる様に。

 

短時間で受け取る感情が多すぎた場合、脳が限界を迎えてしまい、本来の感情とは別の感情に入れ替え、若しくは一時的な制限を掛け、精神を守る。要するに一種の防衛本能だ。

また、私が自分の感情を乱してしまったのも、彼の感情抑止の要因に繋がっているだろう。

人は、他人が自分と同じ負の感情を持っていて、それが自分より大きいものだと、落ち着き、冷静になって、物事を客観的に見る傾向にある。

『まぁ俺も気持ちは分かるけど落ち着けって!』という状態になるのだ。

さっきの私は、かなり焦り、怒り、怯えていた。普段はそういうのが怖くて無表情を心掛けているのに、思いっきり顔に出た。

正に自滅。自分で自分の首を締めていたのだ。

 

「なんだそれ!?そんな、そんな馬鹿げた話があって良いものか!」

 

実際あるのだろう。

 

「それだけで私の個性を解くなんて…」

 

それだけで解けてしまう程度のレベルだったのだろう、私は。

 

「こんな理不尽な事が存在するなんて…!」

 

この世は理不尽で溢れかえっている。そんな事、齢四歳の時から分かっていた筈だ。

 

「ハッハッハ!さっきまであんなに感情がどうたらこうたら言ってたクセに、今は自分がその感情に苦しめられてんじゃねぇか!こういうのはなんて言うんだっけ?確か…滑稽すぎて笑えないって言うんだろ?」

 

そんな既視感のあるセリフで煽ってくる爆豪。普段なら気にしないが、状況が状況、ズブリズブリと心に刺さっていく。言い返え、せない。

 

「余りにも惨めだから、もう一つの理由…って言うか信念か、しょうがねぇから教えてやるよ」

 

「な、に?」

 

嵌めた筈の泥沼に引き込まれ、踏み台にされた私が見るに耐えなかったのだろう。情けを掛けたのか、私にもう一つの解いた要因を教えてくれる。いや、これは情けというか、冥土の土産か。

 

「ヒーローってのはよぉ、どういうものだと思う?」

 

「?そりゃあ…人助けをするものだろう?」

 

「笑わせんな。お前の個性じゃ人助けなんて夢のまた夢だろ。」

 

「なんだと…!」

 

挑発に乗るな。落ち着け、落ち着くんだ私。まだ、きっとチャンスはある。

だから今だけは落ち着くんだ。感情を心の奥底に閉じ込めてしまえ。

 

「ヒーローってのはさ、どんなピンチでも絶対にかっちゃうんだよな。分かるか?少なくとも、俺が憧れたヒーローはそうだ。」

 

「…さっき自分語りは他所でやれって言ってなかったか?」

 

「まぁ人の話は最後まで聞けや。でな?そのヒーローが言ったんだよ。

『どんなに怖くても、笑っちまって臨むんだ』ってな。」

 

「ッ!」

 

「どうやら分かったみたいだな。そうだよ、

 

 

 

ヒーローが怖くて止まっちまったら、一体全体どうすんだって話だよなぁ!」

 

「ヒッ…!」

 

想いと共に、とても堅気とは思えない凶悪な笑顔が目の前に浮かぶ。そんな顔に今日一番の恐怖を感じてしまった私は、思わず一歩下がってしまい、

 

その一歩が命取りとなった。

 

力が緩んだ隙を見逃さず、腕を横にずらされる。そのまま逸らされた腕に引っ張られ、身体が開いてしまった私に肺を潰される様な一撃が叩き込まれた。

 

「ッァ…!ーーー…!ッー、!」

 

息が出来ない。意識が朦朧とする。一度地に膝をついてしまった今、脳内麻薬が枯れ始め、色々先送りにしていたもののツケが回ってきた。もう立ち上がる気力すら残っていない。

自分の中の弱い部分が、もうそのまま寝てしまえと囁いてくる。私の個性に掛かった時、彼はこんな気持ちだったのだろうか。

 

「(あぁ、終わった)」

 

決定打になったのは、あの時の一歩。

あの一歩に全てが篭っていた。

 

私という恐怖が立ち塞がった時、彼は弱音も吐かず最後まで抗い、あまつさえ一歩を踏み出して来た。

 

彼という恐怖が立ち塞がった時、私は対して抵抗もせず、弱音を吐き、あまつさえ一歩下がってしまった。

 

彼は恐怖に立ち向かったヒーローで。

 

私は恐怖に縮み上がり背を向けて逃げ出す凡人だ。

 

「(やはり私になんて…)」

 

私になんて、ヒーローという夢は大き過ぎたのだろうか。

気持ちでは負けるつもりはない、寧ろこんな個性上人に役立つ使い方なんてヒーローしかないのだから、人一倍想いは大きかった筈だ。その重みに潰されてしまっては世話ないが。

何もかもが足りなかった。

戦闘力も、判断力も、気力も、体力も。

何より『勇気』が私には不足している。あの試験では、もしかしたらこういう窮地に立たされた時の行動を見ていたのではないだろうか。

そういう事なら、試験官の目は正しい。

私は『ヒーローになれる資格』というものを持っていない。

今日の試合を通して実感した。

 

ザッザッと彼が近づいて来る音がする。顔を上げる事すら出来ない為、正確な距離は分からないが、私の首を刈り取る死神の足音ということは分かった。

 

「(あぁ、悔しいなぁ)」

 

悔しい。とにかく悔しかった。せっかく皆の想いを貰ってここに立っているのに、無様な姿を晒してしまった事もそうだが、何より弱者の、凡人の一撃が届かなかった事が何よりも悔しくて悔しくて堪らなかった。

このまま負けてしまったら、クラスの皆はどう思うだろうか。

 

よく頑張ったと褒めてくれるだろうか。

 

やってくれたなと貶して来るだろうか。

 

皆の事だ。優しく出迎えてくれるに違いない。障助達も色々と手を回しているだろう。これが終わったらお礼に何か奢らないとな。

そんな事を思いながら、深い深い思考の海に沈んでいき、視界がどんどん暗転する。あぁ、もう瞼を上げる事すら限界だ。少し、ほんの少しだけ寝てしまおう。この微睡みに身を委ねてしまおう。きっと大丈夫。また障助が起こしてくれる。

 

薄れゆく意識の中、ミッドナイトが試合を終わらせようと、手を上げて行くのが見えて。

 

刹那、私の視界は闇に呑まれていった。

 

 

 

 




夏季休暇も終わったので、誠に勝手ながら更新速度が遅くなる可能性がございます。申し訳ございません。

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