1.魔法
私達は生きた。
がむしゃらにぶつかって、泣いて笑って、叫んで。愛した。
非科学的なソレは魔法という形を取った。
私達は幸せだった。
それを壊すソレが訪れるその日まで。苦しくて悲しくて虚しくて幸せな日々を。過ごしていた。
大好きな緑を見て、私は笑った。
「私の罪は全部で7つ」
さァ、杖を取って。
泣かないで。
私は生きている。
一緒に幸せを掴むんだ。私達が貴方を殺してあげるから。
たとえ雨が降ろうとも、呪いが降ろうとも。未来は輝やいて、地面は固まる。花は咲く。
「私今ならヴォルちゃんにアバダ喰らっても生きれる気がする」
「笑えんぞ、そのアメリカンジョーク」
今はまだ知らない、未来の私は笑っている。どこかでアイツは感染型の馬鹿だと言われた気がする。
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1971年、日差しの強くなってきた夏真っ盛り。
夏休みに突入した3つほど年上の兄さんと一緒に、普段より遅めの時間帯に朝食の席に着いた。
寝癖のついた髪をくせっ毛だと言い張って誤魔化しながら笑い合う。
「「おはよう母さん」」
「あら、おはよう寝坊助さん達」
声を揃えた私達に母さんはクスクスと笑う。
机に並ぶ朝食は母さん特製のミートパイだ。私は未だに母さんを越えるパイ作りの職人に出会ったことが無い。
パン屋コワルスキー・クオリティ・ベイクド・グッズという人気店を開いている父さんですら、母さんのパイには敵わない。
「父さんはもう仕事?」
「仕込みもとっくに終わって、もう営業時間よ。全く、夏休みだからってリアムは浮かれてるんだから」
「仕方ないだろ! 僕の可愛いミリーと一緒の学校に通えるんだから!」
「それで夜中ミリーと話していたの?」
昨晩、兄さんの通う地元の学校に入学する話で盛り上がっていた。主に兄さんが。
兄さんは私を大好き過ぎて困る。顔の造形はほぼ一緒で、髪型と身長さえ同じにすれば見分けが付かない程なのに。残念だ。
「ミリー、僕のエミリー。今とても失礼な事考えたね?」
「兄さん心読まないで」
「無理だね! 僕とミリーは二人で一つだから!」
「……母さぁん」
「ハイハイ、ほら、早くお食べなさい」
はーい、と返事をして食べ進める。
母さんのパイは温かいココアと共に食べるのが最高に好きなんだけど、夏場の冷たいココアはなんとなく違うので紅茶をお供にミートパイを頬張る。伸びる手と、食べる速度は兄さんと同じだ。
母さんは私達を見てクスクスと幸せそうに笑う。
「見た目だけじゃなくて行動もそっくりなんだから」
「酷いよ母さん!私兄さんみたいに変態じゃないのに!」
「なっ、僕はミリーみたいに可愛い子見かけたら声掛けに行く節操なしじゃないからね!?ミリー一筋だよ!」
「……中身はジェイコブそっくりなのよねェ。あなた達、互いの顔は?」
「「エクセレント!」」
「あァ、彼の血だわ。私の顔が大好きな所」
母親譲りのストロベリーブロンドとグリーンアイと美貌を持った兄さんの顔は、顔だけは素晴らしい。つまり兄さんと同じ顔してる私も素晴らしいと自画自賛する。
母さんを含め、母方の家系があまりにも美形過ぎるので仕方ないとしか言えなくなる。家系と言っても母さんの姉である伯母様としか会ったことが無いんだけど。
「あー、でも私兄さんの顔は1番じゃないよ」
「僕も顔だけを見たらミリーじゃないよ。というか、ミリーの顔って自分の顔でもあるからね……」
「あら、じゃあ誰かしら」
「兄さんの同級生」
「の、イオ嬢」
「普通にご近所さんだったわ、確かにあの子美人ね」
私と兄さんの好みが一緒過ぎてやだ。運命感じるね、って兄さんは私に語り掛けてくるし。
は〜〜! 顔が良くても中身がコレじゃあなぁ〜〜〜!
心の中で思った、というか嘆いた内容は昔から母さんと兄さんにモロバレなので、兄さんから不服そうな視線が飛んでくる。お互い様だって? 知ってるよ!
私は可愛い子を! 愛してるの! 全人類、もはや全生物含めて可愛いは正義なの! 兄さんとは解釈違いです!
「ところでミリー、あの子達の世話は終わったのかい?」
「餌はあげてきたよ。もう少しで無くなりそうだから伯父さんに餌の追加頼まないと……」
世界各国飛び回っている伯父夫婦に餌の追加を頼もうかと思っていたちょうどその時。勝手口からノックの音が聞こえた。ゴンゴンゴンゴンと慌てた様な音だ。
「リアム、妹を守って頂戴」
「もちろんさ」
尋常じゃない様子に兄さんは私を護る様に立って、さらに母さんが私達を守る様に前に立つ。昔母さんが大切な物だと言っていた枝を手に持った状態で、母さんは警戒しながら扉を開いた。
「エミリー!」
「……はい?」
ボサボサの髪、そしてボロボロの服装で我が家に入り込んで来たのは先程餌を頼もうかと思っていた伯父さんだった。
「伯父さん、何して」
「貴方がニュートなら分かるはずよ、キャリアガールの私が昔就いてた誇るべき仕事の内容をね」
「コーヒー淹れにトイレの呪文解除さ」
「まぁこれでも開心術士だから貴方がニュートだって知ってるけど」
「うん、クイニーだね」
お互い腕を降ろして警戒心を解いた。
なんのやり取りだコレ。
「か、母さん。さっきの何?」
「予定外の訪問ではお互いが本物か確認する事にしたのよ、最近物騒だから」
「顔見れば分かるよね?」
「ふふっ。それでニュート、子供みたいにはしゃいでいる所悪いんだけど……あァ、そういう……。ミリー、伯父さんは貴女に用事よ」
ニッコニッコと嬉しそうに笑うニュート伯父さんが手に持っていた枝を仕舞い、懐から手紙を取り出した。
「えっ、顔がいい」
「ミリー、せめて心で言いなさい」
この人が70過ぎてるとか信じられないくらい美しいし本当に父さんより年上? 見た目若過ぎない? 精神的に冒険心忘れられない少年だけど。
赤茶色のフワフワとした髪が特徴の英国紳士。若い頃は人より動物を愛していたらしいけど歳を重ねて、と言うか奥さんゲットしてから身なりにも気を配る様になったらしい。
「ニュート伯父さん久しぶり! ティナ伯母様とアベルは元気?」
「妻も息子も元気だよ、相変わらずだね」
「伯父さんも伯母様も美人なのが素晴らしい限りよ」
伯母様は母さんのお姉さん。流石の家系、母と同じく意味の分からな美貌を持っていて、伯父さんと一緒に世界中飛び回っている。
彼の息子であるアベルは私の6個くらい年上で、全寮制の学校に通っているから手紙でしかやり取り出来ないのが非常に残念。今の時期は彼も夏休みだからイギリスにスキャマンダー家は揃っていたはず。
「また泊まりに来てね」
「もちろんさ」
再会のハグを交わすと手紙を渡された。
「開けてみてご覧」
「うん。あ、そうだ伯父さん。あの子達の餌がもう無くなりそうなの」
「丁度良かった、新しく持って来たんだよ」
ペーパーナイフで封を切り、中から古ぼけた羊皮紙に書かれた文字を読む。
内容は『ホグワーツという魔法魔術学校の入学許可を得たので通ってね!』というものだった。
「………………詐欺?」
「そう来たか」
詳しく聞くと、イギリスにある魔法を学ぶ学校で、11歳から7年間通う全寮制の学校で途中退学したけどニュート伯父さんの母校らしい。
アベルが通っているから安心らしいけど。
「まほ、魔法?」
そんなものあるのかと首を捻ると兄さんからジト目が飛んでくる。私は記憶を掘り起こして、あからさまにおかしいと思った所を口に出した。
「じゃあ、ニュート伯父さんに貰った広がるトランクとか」
「魔法だね」
「父さんのパンのモデルになってる、トランクの中に入った私のペットとか」
「魔法生物だね」
「伯父さんが届けてくれるここらで見ない餌って」
「魔法界のだからね」
「母さんが一瞬で料理を作ったり私の心を読むのも」
「魔法ね」
「──私が可愛い子に目がないのも!」
「それは遺伝」
なんてこった! 身近に溢れる魔法!
いや、地元の学校では魔法使いがいるいないで言い争いしてたり、魔女狩りとかの本が沢山あったりするけど!
「……むしろ逆になんで気付かなかったの?」
兄さんがポツリと呟いた。
「待って、じゃあなんで兄さんは地元の学校に通ってるの? アメリカの魔法学校?」
「リアムはノーマジの学校よ。それにしても、リアムがスクイブだからてっきりミリーもだとばかり。癇癪も無かったし」
「ノーマ……? スクイ…………??」
「まぁエミリーは魔力がびっくりするくらい少ないみたいだし」
「衝撃の展開に! 脳みそが理解してくれません! お願いだから1から説明して!」
とりあえず魔力が少ないというのは大問題なのでは?
「キミにプレゼントした動物は魔法生物って分類がされてるんだ。あの子達を育てられるキミは間違いなく才能があるし、好かれやすさはジェイコブそっくりだ!」
「まぁ、はい。えっと母さん、業界用語は?」
「そうねぇ…──」
ニュート伯父さんは興奮している様子なので、母さんが代わりに魔法界の在り方について説明してくれた。
純血とは魔法使いと魔女の間に生まれてくる子供や家系の事で、初代以降混じりっけなしの血を受け継ぐ家らしい。
そして魔法族と、ノーマジと呼ばれる非魔法族が結婚して出来た魔法の使える子供は半純血。お馬鹿兄さんみたいに親に魔法族の血を持っているが魔法が使えない人をスクイブと言うらしい。
魔力が少ないって事は、私はスクイブになりそびれたというわけか。
「あ、でもイギリスではノーマジじゃなくてマグルって言うから覚えておくといいよ」
はァ、つまり伯父さん。
行くことは決定事項なんですね?
……めちゃくちゃいい笑顔でサムズアップされた。可愛いけど泣きたい。
「せめて日本なら良かったのに」
「日本好きだねェ。確かそっちにも魔法学校はあったはずだけど、手紙が来ないし、何よりこれから盛り上がりを見せようと思ってる魔法生物界隈の超新星をアメリカに取られないよう必死に手回ししてたからね」
私知らず知らずの内に超危険生物育ててたのでは。
猫だと思ったら小虎だった、みたいなオチ。
「……日本じゃダメ?」
「そんなにオリンピックが良かったのかい?」
「ううん、あまり興味は無かったよ。父さんは大興奮だったけど。どちらかと言うとその時食べた食文化に衝撃を受けたわ、アレはまだまだ進化するわね」
「……流石料理上手とパン屋の娘だね」
苦笑いで返されたけどその苦笑いすら可愛い。しわしわな目元がさらにクシャってなる瞬間が可愛い。
「──……だよ」
「ん?兄さんなんて言った?」
「ッ、僕はミリーと一緒の学校に行くんだ! 絶対ダメだよ! 通うだけならまだしも全寮制とかより一層ダメだ! あんまりだ! せっかく楽しみにしてたのに!」
「あー、兄さんの癇癪が始まったよ」
夏休み入ってからは特に楽しみにしてたから、私に引っ付きだした。
「ねェ伯父さん、私どうしても行かなきゃいけないの?この状態の兄さん死ぬほどめんどくさいから出来れば兄さんと同じ学校通いたいんだけど。どちゃくそ美人のイオお姉様もいるし」
「最後が本音だね。──答えは却下だ。魔法族と判明したからには魔法を制御する方法も学ばないといけない。多分キミには無いだろうけどオブスキュリアルにでもなってしまったら……」
最後の方は聞き取りづらかったが小さな声で呟いた言葉は耳に入った。多分触れてはならない事なのかもしれない。
両親とスキャマンダー夫妻には謎の絆がある。親族なんて緩い言葉では表せない絆が。
魔法が存在すると分かった今、それは魔法に関係する何かだと思う。
「それにね、エミリー」
肩を掴まれた私は困惑しながらも尊敬する伯父さんの目を見た。
「──伝統ある学校だからすごく可愛い子が多いよ」
「入学します」
「ミリーッ!?」
即決だった。
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9月。イギリスのロンドンにあるキングクロス駅の9と3/4番線からホグワーツ特急が出発する。
今はお昼時だが到着は夜になるそうだ。
「エミリー」
ニュート伯父さんが私の持っているスーツケースをちらりと見て注意をしていく。
「いいかい、分かっていると思うが確認だ」
「うん」
「キミの杖の芯材になったオカミーだけど」
「大きさには注意するよ」
「スウーピングエヴィルは飼い放し禁止、絶対携帯」
「大丈夫」
「デミガイズは脱走しないように気を付けて」
「腰にも気をつける」
「あとボウトラックルはポケットに入れてるね? キミは宿り木だからもしもの時は助けてくれるから忘れないで。例えば死刑になりかけた時とか」
「伯父さんもしかしてそれ経験則?」
答えてくれないけどその笑顔が答えらしい。おいイギリス人、ハッキリ言わんかい。
「口に出すのを遠慮する系の子達はもう大丈夫だね」
「あの子達そんなに危険なの?」
「……キミが小さい頃から見てるから比較的温厚だけど、いやでもエミリーだし、まぁ、餌の援助は出来るから頑張ってくれ」
「適当過ぎるよ伯父さん」
近所の子達みたいに、犬猫の感覚でお世話して暮らしてるから危険性というのもを認識出来ない。うちの子可愛いよォ!
「アベル、エミリーに基礎的なこと教えてあげてね」
「あーーー、まぁ、魔法生物以外なら」
「アベルは魔法生物苦手科目なの?」
「違いますー。あんたらが頭おかしいだけですー。お前なァ、幻の動物とその生息地読み切っただろ」
「8割くらいは」
「そ! れ! は! ……8割読んだじゃなくて覚えた、だろ。この魔法生物オタク共」
私と伯父さんを見比べる従兄。
あー、分かる、伯父さん魔法生物オタクだから話題に興味無いと専門用語だらけの会話は辛いよね。まぁ、私は好みの合致したから幸せだったんだけど。顔の。
「私記憶力あんまり良くないけど美形であるニュート伯父さんの話なら雑談でも覚えてる……」
「ここまで来ると変態の領域だよ」
「もちろんアベルの話も覚えてるよ」
「コワルスキー家って全体的にもうダメなんじゃない?」
伯父さんと叔母様譲りの美貌で冷ややかな目を向けられてもご褒美にしかならない。困った。
「──うわぁぁん! 僕の愛しのミリー! 僕も、僕も一緒に行くんだ! 僕も乗るんだ! 運命が残酷だよォ!」
ここにも困った奴がいた。
案外適当な父さんに天然の母さん、そしてこのシスコンの兄よ。コワルスキー家死んだな。
兄さんはやっぱり変だと思う。あと涙と鼻水で顔面がぐっちゃぐちゃになっててなるべく近付いて欲しくない。
「ミリィいいい! 酷いこと思わないでくれよォお! それだけミリーを愛してるんだよぉおお!」
「兄さん心読むのやめよう!?」
私もうそろそろ思春期入るんだけど母さんも兄さんも私の心読み過ぎじゃない?
隣のアベルにお前がわかりやすいだけだ、って指摘されたから精神的ダメージを受けてる。まさかアベルですら心を読んでくるとは……!
「……組み分け決まったら手紙書くね」
「ミリィい! やっぱり帰ろう! ほら帰ろう! ダメだ何ヶ月も会えないとか僕が死ぬぅう! あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!」
「ティナ叔母様、個性的な面々の面倒お願いしますホントに」
「えぇ、任せて」
「……」
「エミリー?どうしたんだ?」
喋らない私を不審に思ったのかアベルが首をかしげて聞いてきた。
「…………美しい人が生きているだけで奇跡を感じる。ティナ叔母様今日も奇跡をありがとう」
「俺の従弟妹がこんなにも頭おかしい」
そう言って立ち去ろうとする従兄。
うわぁ! 1人にしないで! 私も一緒に行く!
「ミリーぃいい!」
「今生の別れじゃないんだから! それじゃあ行ってきます!」
エミリー・コワルスキー。可愛いは正義、美しいは罪という世の中の神秘に気付いたが故に生きるのが楽しくてたまらない普通のアメリカ人です。……果たして、小さな頃から魔法生物を飼育している私が普通かと言われたら疑問なんだけど魔法界では普通だよね!
主人公はファンタビの2人に子供がいたら、という捏造設定です。親世代入学から始まるこの物語のテーマは『愛』、愛じゃよ愛とか言ってるユニークな校長を中心に色々ぶっ飛んでます。子世代から特にぶっ飛びます。と、思ったけど親世代でも大分ぶっ飛んでるので楽しんでください。諸君、仲良い親世代とか大好きじゃない?
混沌の恋音ワールドへようこそ。