悪夢みたいな時間はダンブルドアの登場で一旦止まった。
コワルスキーが俺にメロメロな姿なんて見たくねぇよ。俺を口説くなんて気持ち悪くて寒気と鳥肌が止まらねぇ。
ダンブルドアとマクゴナガルに連れられ、校長室に辿り着く。
燭台の灯りが揺れ、部屋の中の空気は重いのに不思議と落ち着いていて、俺の神経だけがピリピリしていた。
「ふむ、まずは確認から始めるべきじゃな」
ダンブルドアは低く言い、俺に視線を向ける。
事情聴取という名の確認だった。
世間一般では『俺がジェームズ達を売ってピーターを殺した』と言われているが、ピーターが生きているとわかった今、その説は通用しない。
そして俺が思っていた『ピーターがジェームズ達を売ってヴォルデモートをけしかけた』という説も、今となっては分からないのだ。
あのハロウィンの夜に起こったこと、そして脱獄に至った経緯と方法、今夜を迎えるまでどう言った方法で過ごしてどういうルートで侵入したか、二人に包み隠さず説明する。
二人の先生は困ったような、それでいて納得したような顔で頷いた。
「まぁ、ブラックがポッターを裏切るわけが無いですよね」
「一時期お主は大荒れしておったからのぉ……苛烈な姿勢に疑う者は多かった」
たった今、落ち着きを取り戻したものの、俺は復讐に取り憑かれて『闇の帝王の手先』だなんて思われても仕方なかった、とは思う。
「シリウス。お主は目の前のことに集中し、全力で突き進めるところが長所じゃ。しかし、そのせいで周囲を見るのがちっとばかし遅れてしまう。立ち止まって見渡すことも、忘れるでないぞ」
「はい……」
失ったものはもう戻ってこない。
ハリーはジェームズでは無いし、あの子はコワルスキーでは無い。
「分かってるんです、亡霊にしがみついてウジウジしてるのは。俺がどれだけ泣き喚いて復讐したって、死んだ人間が蘇りはしないってことくらい」
「「…………。」」
スゥー、とふたりが息を吸い込んだのを感じながら、俺は言い訳を重ねる。
「でも、俺はヴォルデモートは許せない。ピーターがジェームズ達を売ったってんなら、もっと許せない。俺は俺のために復讐をする、それだけは、止めないでください」
俺たちの信用を裏切ったあの二人に対して、俺は許すことが出来ないだろう。
どうか、せめてピーターだけはそうあってくれるなと願っている。
「……ブラック、その、なんと言ったらいいか」
マクゴナガルはすごく複雑そうな顔をして俺に哀れみの目を向けてきた。
あぁそうだ、哀れまれるような惨めな人生だ。
「…………えぇっと。気を、強く持ってください」
「う、うむ、そうじゃな」
ダンブルドアもその言葉に頷いた。
「おほん。まず、お主にひとつ真実を告げよう。──ピーターは、お主が懸念しておるような人物ではない。儂が保証する」
「……!」
喉がひくりと動いた。
「彼は今、闇の陣営から──具体的に言うなら、お主の父親から身を隠しておる」
「は……?」
「ピーターは、あの男のもとに潜り込んだスパイじゃ。しかし立場を妬まれたか、あるいは見抜かれたか……命を狙われておったのじゃ」
その言葉が、頭の中で何度も何度も反響する。
命を狙われた。
父親が放った刺客に。
その刺客は──
「シリウス。お主は利用されただけじゃ。自分を責めるでない」
ダンブルドアの声が遠い。
まるで深い水の底から聞いているみたいだった。
友を手にかけたあの瞬間が、取り返しのつかない物にならなかったことに、俺は俺を殺したい程安堵した。
俺はその後、すぐにブラック家に戻った。
ブラック家はレギュラスが当主として家を再興しようと様々な努力をし、人も魔法もフルで活用していたが、その顔色は悪い。
更に言うなら、俺がいない間の話だ。ハリーが親父とレギュラスと話をしたとの事。その話のかいあってか、二人は既に俺を正式にブラック家に戻し裁判を覆す準備を行なっていたのだ。
再会の挨拶もそこそこに、それぞれが動き出す。俺はアズカバンから出た寝起きのような脳みそではついていけなかったが、それでも聞きたいことや話したいことがあった。
「レギュラス……」
魔法省に訴える準備をしていた、慌ただしい様子のレギュラスに声をかけた。
レギュラスはこちらを見ずに背を向けたまま告げる。
「当主を、兄上に譲ろうと思います」
「……それは」
「『次期当主』をアズカバンに閉じ込めた罪は重い。魔法省にはそこから圧力をかけます。賠償金の額も出しているので、おそらくファッジならビビるでしょう」
「…………だろうな」
「僕はブラック家ではありますが、この家に耐えられる血と才能は持ち出せていません」
レギュラスは、だからこそ俺に当主になれと言っている。
「……僕はピーターが生きている事を知っています。今となっては……えぇ、知られても。精神も安定しているので大丈夫でしょうが」
俺が居なかったこの10数年の間に、親父の周囲を取り巻く環境が変わったらしい。
「お袋は……」
環境が変わったといえばもうひとつ。ギャンギャンとうるさいヒステリックババアが居ない屋敷は、とても静かだったということ。
「……母上は、もう」
お袋の部屋に絵が置かれていた。埃こそ籠ってないものの、人の気配はまるでない。
つまりはそういう事だ。
「いや、いい、何も言うな。不甲斐ない兄ですまなかった」
レギュラスは疲れたように首を横に降った。
「いえ、いいんです。恨んだ時もありましたが、それでも、母はここには居ません。残された男たちで、家と、魔法界をこれから盛り上げていかなければなりませんから」
「レギュラス……」
「それに……貴方には面し、辛い思いをさせますし」
「……?」
裁判は特に問題なく執り行われた。
俺がブラック家に戻って、たった1日のことだった。
マルフォイのやつも協力したせいか、あっという間に判決がくつがえった。
出来レースのように、最初から最後まで俺は『はい』以外答えられる質問が飛んでこず、形だけの裁判でピーターの名前がひとつたりとも出ることなく終わった。
本当に事前に用意をしていたのだろう。
無罪判決が下され、正式にブラック家の当主に変わった。
「マルフォイ」
「シリウス様、ご機嫌はどうですか?」
「はっ、最高の気分だな」
老けたマルフォイに嫌味を言う。
「いいのか?ヴォルデモートに属する人間としては、俺は邪魔だろう?」
「おや、オリオン様のご子息で、我が君の覚えがめでたい者に力を貸す事に、何も問題ありませんよ」
あぁいやこういう男に舌打ちが飛び出る。
「そういえば」
「あ?」
「うちの息子のドラコとハリーは大変仲が良く。この前のクリスマスも泊まりに来たほどでしてね?しかもMs.コワルスキーが1年の頃からの写真を録り溜めているようで」
「ヒョッ」
俺の喉から信じられないような声が出た。
「シリウス様?どうされましたか?」
「ミリに少しだけ会ったんだ」
「……ほう?」
「あいつ……俺やジェームズのこと好みだって言うんだ……!嫌だ、信じられない……!俺のコワルスキーはそんな事言わない……!」
あの子はコワルスキーじゃないけど、コワルスキーと同じだから頭がなかなかにバグってしまう。
俺はコワルスキーの特別じゃない立場だったからこそ友人関係になれたのに、俺を口説くコワルスキー、あぁ、それにあんなにもジェームズとそっくりのハリーまで可愛い可愛いと……。
ハリーは確かに可愛い。それはもう目に入れても痛くないほどに。
だけど、コワルスキーが言うのは違うだろ!
あぁいや、あのコワルスキーはミリだから、俺のコワルスキーじゃなくて。
「混乱する………………」
「…………貴方、可哀想な人ですね。困ったことがあったらうちを頼ってくださいね」
「……?お前の家にあるものは大概うちにあるが」
「──まともな精神状態の人間」
いねぇかもな。
大なり小なりおかしくなっている。一番まともなのがレギュラスだろう。
客観視できるほどには己が狂っている自覚があるため、俺はマルフォイの言葉を受け取った。
「この後、ホグワーツに向かうとおっしゃられてましたね?」
マルフォイも理事長として息子に会いに行くようで、道中を共にすることになることは容易に考えられた。
「ああ、ブラック家の当主になったし、改めて迷惑かけた友人や教師、それからハリーに会いに」
あとは何をする必要があるだろうかと指を数えていると、マルフォイの表情が固まっている。
「……水分をまず多めにとって、それからウィゲンウェルド薬、鎮静水薬……はいらないですかね。おっと、1番大事なものを忘れるところでした」
マルフォイはあーでもないこーでもないと俺に余計なアドバイスを与えてくる。
なんだなんだ?そんなにいらない世話を焼いて、俺に恩でも売るつもりか?
「──ここまで子供たちを守り抜いた二人に感謝を忘れないように」
先生方が、親父が、レギュラスが、マルフォイが。
俺に対して変に優しく、哀れんだような目を向けてくるのか分かった。
「──シリウス」
何故か目隠しをしていた変な子供だったが、目隠しを取るとしんどくなるほどコワルスキーにとんでもなく似ていて、俺は直視が出来なかった。
俺は死んでもコワルスキーと結婚したくない。特にミリとは、いくら歳が離れてると思ってるんだ。
百歩譲ってコワルスキーなら同い年だったが。
ハリーは元気よく別のところへ向かっていった。これから先ずっと会える。俺はそこのことだけが心の支えだった。
すると何を考えたのかミリは小さく呟いた。
「……レギュラスが弟になってMr.ブラックとヴァルブルガ様が義両親にはなるなら最高なのでは……?」
恐ろしいことを企んでねぇかコイツ。
「一緒になりましょうシリウス、大丈夫、私は幸せ」
「誰がするか!」
お前が幸せでもうちの家族が諸々幸せになる……か?
「レギュラスと両親目当てじゃねぇかよ!」
少なくともコワルスキーの目当ては分かっている。
俺を利用する気満々だろ。
……違和感が、あった。
俺のことを特別じゃない扱いをして、俺なんてただのおまけみたいに扱って。
お前の人生に俺はただの友達でしかなくて、特別じゃなくて。
少なくとも、俺が好きだからと求婚する子では無い。
心臓が爆発したように熱くなる。
俺の直感は、当たる。
これは俺がブラック家という魔法界の中でも純血中の純血だからこそだろう。
理論とか、理由とか、俺に必要なのはそういうものではない。
俺が感じたことが答えだ。
コワルスキー。
なぁ、コワルスキー。
「……シリウス」
静かに名前を呼ばれた。
言葉が溢れるより先に、胸の奥がじわりと熱くなった。
「……会えて、嬉しいよ」
あぁ、俺の友よ。
視界がぼやけて、喉の奥がツンと痛くて苦しくなる。
嫌な痛みじゃない。
「……、っ、……!」
名前を呼びたいのに言葉が上手く出てこない。
俺は、ずっと呼びたかった名前をようやく絞り出した。
「──コワルスキー!」
間違いない、間違えない。
ずっと、ずっと、ずっと!
涙が落ちて止まらなくて、喉が痙攣して声が上手く出なくて。
「お前さ……お前……っ、死ぬなら、死ぬって言ってから死ねよ……!」
「ふふ、何それ」
「お前がっ、コワルスキーが、死ぬなんてって!思ってもみなくて、それで、俺、俺は……!」
ごめんっ、ごめん!
俺がお前のこと見てなかったから、ヴォルデモートを信じたから!
「ごめん、ごめ……!俺、俺……!コワルスキー!」
俺はお前が居ない間にジェームズとリリーを失ってしまった。ごめんコワルスキー。懺悔してもし足りない。
謝りたい。
でもそれ以上に俺は。
「……コワルスキー、会えて嬉しい。本当に嬉しい。また会えるなんて、奇跡みたいだ」
あの時の変わらない姿で、コワルスキーは『シリウスは真ん中頭』だと言った。
なんだよそれ、そんな例え方お前の他に誰がするんだよ。
水分を取っててよかったし、喉は焼けきれるかと思ったから回復薬は助かった。
あぁ、お前とスネイプがハリーを守ってきたのか。マルフォイのアドバイスに、不満ながらも感謝した。
「なぁコワルスキー」
「何?」
「お前さ、俺と一緒に暮らさねぇ?」
「結婚?」
「それは嫌だ。困る。ただ単にお前から目を離したくないんだけど」
コワルスキーは普通に嫌そうにした。
この時、俺は嫌そうにしたコワルスキーを力づくでも黙らせて閉じ込めておくべきだった。
まさかアズカバンに入れられたり危険な目にあったり、殺しかけるはめになるとは思って無かった。
100話です。スーパーシリウスタイムあと1話くらい書きます