トム・リドルの日記にはルーティンがある。
──じゃあトム、セッティング終わってるから楽しんでね。後片付けよろしく
毎週土曜のティーパーティーだ。
宿主のミリ・コワルスキーが2年の時、トムは彼女を操りホグワーツを混乱に陥れようとしていた。もちろん混乱に陥れられたのはトムの方になるのだが、それはさておき。
端的に言えばミリの人柄はイギリス、いや魔法界には少ない。あっけらかんとしており、サッパリとした性格。そして恐ろしい程の変態と執着心。
そのどれもが新鮮で、そして何よりミリはトムに体を乗っ取られていると知っていながら明け渡し、料理のアドバイスを求めたのだ。
本当に意味がわからないし、愉快極まりない。
その頃からトムはミリの特別になりたかった。
友などという平凡な立場ではない。愛だの恋だのという薄っぺらいものではない。
「さて、と」
様々な困難を乗り越え、トムが落ち着いたのはミリの体を借りハリー達と交流することだった。ミリ本人とはまだ直接話せてない。
「今日は……へぇ、メロンか。ならアールグレイがいいね」
トムが残りの準備をし、ハリーたちを出迎えるのだ。2年の終わりごろからのルーティンであり、トムもミリの招待客。
ミリの紅茶コレクションから最適な紅茶を選んだトムは鼻歌混じりに己のスペースに目を向けた。
「……オリオン。僕の友よ、一体僕宛に何をしたためたんだい?」
ミリに伝えられていた、オリオンの手紙。
マナーとして香りを纏わせた重厚感のある封筒にはドライフラワーと封蝋、そして魔法が丁寧に編まれている。
「……、折角のミリの食べ物が不味くなりそうな話題だ」
──
拝啓トム
こうして君に筆を取るのは、いつ以来になるだろうかな。
もっとも、君の時間は五年生のままで止まっているのだったね。これは失敬。
この書簡には些細な細工を施してある。
Ms.コワルスキーの手に渡ったとしても、封を解くことは叶わない仕様だけど、きっと彼女のことだ、開けてはいないだろうね?
本題に入る前に、まずはひとつ報告を。
Ms.ミリ・コワルスキーについてだが、現在、私がその後見を引き受けている。もちろん、本人に言ってはいないよ。
目に見えて面倒になることが分かっているからね。
きっと誰も君に言ってなかっただろう?
もし今後君がMs.コワルスキーに成り代わる必要が生じたなら、私の名を出して構わない。それが結果的に、あの子の身を守ることにもなるはずだからね。
さて、ここからが本題だ。
ヴォルデモート卿の復活が近い。
アブラクサスの息子は相変わらず泰然としているようだが、彼はMs.コワルスキーにとっての天敵であり、かつての死因でもある。
用心に越したことはないだろう。
現在、死喰人たちが水面下で動いている。
君にも何らかの違和感は伝わっているのではないかな。
何やら集まって、ハリーポッターを捕らえようとする動きが見え隠れしている。だいたい察してはいるが、殺害ではなく捕獲であるという点が気にかかる。ヴォルデモート卿復活の一手になるのだろう。
Ms.コワルスキーは代表選手だったと聞いているよ。
ハリーポッターは最悪後回しでも構わないし、古い友の帰還だ、私としては必ずしも悲観する話ではないからね。
でも、君と向き合い、改めて振り返ってみて思う。
ヴォルデモート卿は、既に正気の域を外れている。
君も注意しておいて欲しい。
言っておくけど、未来のトムは手強いからね。
──
ヴォルデモートの復活を示唆する内容だ。
トムは思考はあれど人ではない。あくまでも人格のある無機物だ。
別に宿主はミリじゃなくなっていい。今、気に入っているから使っているだけで、絆を深めているハリー達であれば体を貸してもらえるだろう。
「……ミリの死因?」
今まで目を逸らしていた過去がトムの眼前に迫っていた。
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「ねぇトム、授業で質問があるんだけどいい?」
「もちろんだよハーマイオニー。君の勉強の進みは聞いているだけで爽快で、悩みも目を見張るものがある。さて、今はどこで悩んでいるのかな?」
トムはミリの顔で微笑んだ。
ハーマイオニーはトムにとって異性ではあるが、ハーマイオニーにとってトムはミリの見た目をしているためとても話しやすい。
さらにいえば5年までの学習を完璧に終えている相手ならば、聞かずには居られない。
「ここなんだけど」と分厚い参考書を袋から取り出した姿にトムはおやと顔を喜びに染める。
「探知不可能拡張呪文、上手くいってそうだね」
「そうなの!トムに教わってから、本をいくら借りても重たくなくなって大助かりよ」
「良かった。なんせその呪文、勉強好きのレイブンクロー生に必須なものだからね。ハーマイオニーにも必要だと思ったんだ」
そんな勉強好きの様子を見て、ロンはお菓子を頬張りながらため息を吐いた。
「せっかくのお茶会なのに勉強の話ばっかして、先にお菓子無くなっても知らないからな!」
「ウィーズリーは品性の欠片を少しは持ったらどうだ?口の中に物を入れたまま喋るな」
紅茶を飲んでいたドラコは軽口を叩くが、二人の間に険悪な雰囲気はない。そんないつもの様子をハリーとネビルが見ていた。
「ところで」
トムはある程度区切りがいいところに至ったため、皆に問いかけた。
「三大魔法学校対抗試合の最終課題がもうそろそろだったよね?ミリの様子はどうなんだい?」
「聞いてくれる!?」
「聞いてよトム!」
「ほんっとに腹立つの!聞いて!」
「聞いてください、お願いします」
「本当に聞いて」
一斉に飛んでくる声に、トムは一瞬だけ言葉を失った。視線を泳がせ、ほんのわずかに口角を引きつらせる。
どうやら、相当に覚悟が必要な話題らしい。
「──ほんっっと!ミリってば自分のことに関して無頓着なの!!」
ついに堪えきれなくなったというように、ハーマイオニーが机を軽く叩いた。怒りというより、もどかしさがそのまま声になっている。
「あの子、課題でズルしたって噂になって!悪口言われているのよ!」
「……悪口、か。直接的な嫌がらせは?」
トムが静かに問い返すと、ハーマイオニーは一瞬だけ言葉に詰まり、それから歯切れ悪く続けた。
「……ミリって荷物は全部あのトランクに入れるし、肌身離さないし、あの中に危険な魔法生物が入ってることは皆知ってるから、その、ね?」
なるほど、とトムは顎に指を添えた。
物に向かう勇気はなく、しかし鬱憤は溜まる。その矛先がどこへ向かうかは、想像に難くないが、物に被害がないのは確定らしい。
……運がいいのか、悪いのか、分からないなこいつ。
「しかもミリってば、好みじゃない人間の言葉が全然耳に入ってこないからさ」
今度はネビルが限界だと言わんばかりに両手を振り上げた。必死さが滲んでいる。
トムはミリと会ったことが無いため、『好みと好みじゃない人間で頭に入ってきやすいか心に届くか別れる』という性質だけは把握しているが、果たしてそんなトンチキな理論で存在して行けるのかは疑問である。
「本当に耳に入ってないのかい?」
「そうなんだ。驚く程にな。僕ら以外の言葉は名前が入っていなければ遠くの草木のさざめき程度にしか思ってないだろう」
ドラコとしては、むしろ魔法生物が隠れているかもしれない草木の音の方が余程聞いているかもしれないとは思っている。
「しかもだよ、ミリさ、悪質な呪文とか受けて!」
「なんだって…!?」
トムの声が、わずかに低くなる。
物に手を出せない分、人に向かう。その最悪の予想が、現実だと気付いて目眩がした。
「エンゴージオとか、スラグラスエルクトでナメクジ口から出しっぱなしとか!」
「……随分悪質だな」
「そうなんだよ、やり返しもしないんだぜ?」
トムは眉を寄せたまま、思案に沈む。
ハーマイオニーは小さく首を振り、追い打ちをかけるように言った。
「彼女、なんて言ったと思う?」
「……不穏すぎるね。少し覚悟する時間をもらっていいかな。……よし、聞こう」
「『ラッキー、このナメクジ魔法薬の材料に出来るのよね』『ぺしゃんこ薬の最速作成組まなきゃ』よ!」
「しかもエンゴージオしたの顔だったから、『特大級の美女が通ります!』って言いながらケラケラ笑って魔法薬学室に……」
流石のトムもドン引きである。
「……ポジティブも過ぎればただの恐怖だよ」
どうやったら能天気、いや、緊張感がない、いや、しっちゃかめっちゃかな、いや、コワルスキー(動詞)を出来るのだろうか。
「……本当に何?」
「僕らも4年間の付き合いがあるが、未だに分かっていないですよ」
7年オーバーの付き合いがある大人共が理解を拒んでいることを子供たちはまだ知らない。
「ミリも大概どうかと思うけど、あのリータ・スキーターってやつが出した新聞にも憤慨してるけどね」
ロンの言葉にトムは深堀して聞いたが、出てくるのはでっち上げたアンケート記事だ。
もちろん、正式発行される前に確認したシリウスが却下を下したため、正式な新聞としては乗らなかったのだが。
「ミリの事『アメリカに捨てられた悲劇の少女』とか何とか言っちゃってさ。どこから知ったのか、ミリの親がスクイブなことを悪く、あわれむように言うんだ」
「ミリは、どういう家系だっけ?」
「両親ともにマグルよ。ただ亡くなった叔母さんとお婆さんが魔法族だわ」
それはさぞ話題に富んでいるだろう。
話によれば『そんな哀れな生まれならば不正するのも仕方ない』と言ったような腹の立つ文を書かれていたらしい。
「……まぁもちろん僕が潰したがな」
「うん、ドラコと、シリウスがね」
マルフォイとブラックが手を組んだのであれば間違いないな。トムは友人のことはよくわかっているし、ここまで家の血がはっきり出た子孫であればマルフォイらしく、ブラックらしい考えや結末に向かうに違いない。
「終いには!」
「まだあるのかい?」
ハリーの言葉にトムが警戒を見せる。
「──シリウスがずっとミリの参加反対のデモ運動してる」
「ごめん、ブラックに関しては諦めてくれ」
ブラックという概念は、根っから折れないし激しいしうるさいししつこい。魔法界の王族と言われている癖に、追われるより追いたい派で、実力も資金も立場もあるから非常に厄介極まりないのだ。
「……。だと思ったよ」
肩を竦めるハリーだったが、ふと思い出したことをトムに問いかけた。
「この前の占い学でのことなんだけど奇妙な夢を見たんだ」
「奇妙な夢……?」
「うん、ワシミミズクの背中に乗っていて、大きな蛇と、禿げた小男と、あぁ、あとあの人。ピーターさんが話をしていたんだ」
「ピーターって言うと……あぁ、オリオンが憎んでる闇の帝王のお気に入りだっけ?」
夢だと言うのに引っかかった。あまりにもリアルだったから、ハリーはずっと覚えている。
「多分、小男はヴォルデモートだったんだ。ピーターさんのことをワームテールっていいながら、ヴォルデモートはフクロウから手紙を受け取って、ワームテールの失態は償われたと言って、それから、えーっと、僕のことを狙ってるって。その後」
「その後?」
「ピーターさんと楽しそうにティーパーティーしていたよ」
「…………何をしてるんだい?何かの失態を罰せず楽しそうにティーパーティー?」
多分、それ夢だな。トムはそう思った。
「でも、額がすごく痛かったんだ。傷を通して、ヴォルデモートが泣きそうだと思ったんだ。胸が張り裂けそうで、寂しくて」
「(額の傷……未来の僕に傷をつけられたと言っていたな……。生き残った男の子、ハリー・ポッター。なるほど、僕は人ではなく本の記憶だから繋がらないだけか……)」
それと同時にトムは『ヴォルデモートハリーの記憶を辿り情報を得る可能性があり、大人達が秘密を守るためにハリーに対して情報を隠す可能性』に思い至った。
知りたい年頃の少年が真実を隠されるのは、何かと反抗するだろうということも。
「よく聞いてハリー。君とヴォルデモートは繋がりやすくなっている。ハリーが彼の記憶や思いを辿れるように、彼もまたハリーのことを覗いている」
深淵もまた理論だ。
残念なことに非常にガチなので、闇の一派はスパイを放っているのとなんら変わりないだろう。
「これからきっと大人は君に隠し事を多くする。ヴォルデモートに知られてはならないから、と。でも君は知りたいはずだ」
「うん……僕のことなのに、隠し事をされるのは、嫌だな。理由が分かっていても上手く飲み込めない」
「君に出来ることは、開心術と閉心術を手に入れること。どうだい?君たちも習ってみる?」
トムは未来に備えて先生をしていた。
かつて自分が進みたかった、得たかった未来はここにあった。
ハリーの相談先は原作では校長だったけれど、ここではトムです