トムはミリの体の中に入ったまま校内を歩いていた。
毎週土曜のティータイムの後、慣れた様子で片付けをして向かった先は校長室だ。
手馴れた様子で事前に聞いていた合言葉を口にすると校長室へ入るための階段が出現する。トムはミリの体で悠々とその階段を上がって行った。
そして校長室には不死鳥と話している白髪の老人、校長であるアルバス・ダンブルドアの姿がそこにあった。ダンブルドアは来訪した人物の姿を見て、『なんだお前か』みたいな顔をして視線を戻した。
「ミリや、お主がここに来るとは随分珍しいの。何用じゃ?」
その姿にトムはおや、と不思議そうな顔をする。
ダンブルドアは開心術の使い手ゆえか、よく人と目を合わせた喋り方をする。トムの記録の中にあるダンブルドアの癖と違った対応に違和感を抱いたが、トムは軽く黙ったあと、意を決したように口を開いた。
「──ミリの死因って何?」
単刀直入の話題に、ダンブルドアは視線を上げずに答えた。
「何を言う……。ミリはまだ死んでおらぬじゃろう、それを尋ねるのであればエミリーであり、お主の死因はヴォルデモートであろう」
「ミリとエミリーの関係って、なんなの?親戚?」
「おかしなことを。両方ともお主じゃよ。自分を見失っておるのか…………」
ここで妙な違和感がダンブルドアを襲った。ダンブルドアは過去一の速度でミリを見る。
ミリの姿は、気品が溢れていて上品で、どこか光でも舞っているように美しい気配を漂わせていた。あの、もっとはっきり言うと変態度が無い。
「お主……ミリではないな……?」
「嫌だわダンブルドア先生、どうしてそう思うの?」
とっても女の子らしく、ミリの言い回しに似たような返事をしたトムだったが、ダンブルドアは嫌そうな顔をしていた。
「ミリはそんな普通の女の子ではないからじゃよ」
「……。ほんとにどんな子?」
「もっと変態臭い」
「もっと……変態……」
ちょっと再現が難しいな。
トムは顎に手を当てて考えた。たしかに、最近少し歩くだけでもハリーたちにはトムかミリか見抜いているように感じる。
やはり直接会ってみたいなと言う気持ちが強くなった。
「それで、お主は誰じゃ?ミリでは無いことは確かで、闇の魔術の気配も感じる……」
「そりゃそうだ、だって僕は分霊箱なんだもの。本体は……置いてきてるけどね?」
「分霊箱!?」
ホークラックス。闇の魔法使い達が不死を目指す際に使われる闇の魔術だ。
そのあまりの凶悪さから禁止されている魔術で、それを知る者も多くは無い。ダンブルドアはホグワーツでその存在すら匂わせず、いかなる研究であっても禁止していた。
「まさか……そのような物がミリに……」
「おっと、杖から手を離してくれるかな?ミリの体を傷付けてもいいなら話は別だけど」
「──トム」
おや、バレてしまった。
トムはダンブルドアの恨めしそうな目を見てくすくすと笑った。
「お主ミリの前で姿を見せたな?」
「いいや見せてないよ。僕と彼女は、文字だけで友になった。……どうせ見せたらうるさくなるけどね」
そのタイミングが楽しみで仕方ないのだ。
マグルの父親譲りの外見を憎らしいと思うことは多かったが、ミリが好きな顔の系統を今はよく知っている。であれば、だ。
トムは己を客観視すれば、ミリの好みに当てはまることを確信していた。
「……何を企んでおる」
「愉快な余生だよ。割と今の状況は満足してるさ。気の置けない友人と、飽きない生活と、美味しいお菓子に、優秀な生徒達。ダンブルドア、僕はね、このくだらない平凡を壊す男に対してなら牙を剥けるよ」
「……!」
「たとえ未来の僕でもね」
ダンブルドアに心を開かせるための言葉でしかないが、ほんのちょっとだけ、本心は混ざっていた。
トム・リドルという魔法界に訪れたばかりの少年が抱く未来や魔法界での生活は、差別や権力争いなどとは遠く、憧れと冒険心と安心と楽しさだったのだから。
実際五年間で現実を叩き込まれてしまったが。無垢な少年が抱くにふさわしい現状がここにはあった。
「……ミリが僕と同い年だったら、僕はヴォルデモートなんて存在にならなかっただろうね」
「そうじゃろうな(確信)」
いやもう、ほんと、否定のしようがない。
タイムターナーが60年以上遡れるのであれば是非ともコワルスキーには時間旅行を楽しんで頂きたいものだ。
「それでトム。お主の聞きたいことはなんじゃ。わざわざミリに憑依してまで、何を聞きに来た」
「最初に聞いたけど──『ミリの死因』だよ。今、この子は生きてるじゃないか。なぜオリオンやアブラクサスの息子やセブルスは死因などを匂わせるんだい?」
トムの質問に、ダンブルドアは少々回答に悩んだ。
しかし、トムを信じてみることにした。
「──1971年。ホグワーツにアメリカから入学した子がおった。その子はとても明るく、グリフィンドール生でありながらもスリザリン生と共に過ごし、寮の垣根を次々と壊して行った」
「……1971年、ね」
「その子は良い意味で暴君でのう、好みか好みじゃないかの性癖はあったが、基本的に寮や年齢の差はなく、様々な人物を様々な出来事に巻き込んで。情勢があったにもかかわらず、歴代ホグワーツ学年の中で飛び抜けて寮に違いが無かった」
「へぇ……」
ダンブルドアは思い出を懐かしむように紡いだいく。
「彼女が七年の時、そう、あの時はDADAの教師はオリオンであった。……彼女には特に仲のいい生徒がおり──」
リリー・エバンズ。
ジェームズ・ポッター。
シリウス・ブラック。
リーマス・ルーピン。
ピーター・ぺティグリュー。
「そして……」
「──セブルス・スネイプ?」
トムの確信したような質問に、ダンブルドアは無言で頷いた。
「卒業式の、ほんの少し前」
全てが終わり、全てが変わったあの時。
「彼女──エミリー・コワルスキーはヴォルデモートに殺された。駆けつけたセブルスの、目の前で」
「……。」
「わしや他の友も駆けつけた。雨の降る中、わしが見たのは、眠るように倒れたエミリーと、その亡骸に泣き付くセブルス。そしてヴォルデモートと敵対したジェームズじゃったよ」
トムが何かを言おうとするが、話は終わってなかった。
「──時は代わり1980年7月31日」
「あぁ、ハリーが生まれたんだね」
「アメリカで1人の女の子が生まれた」
「…………うん?」
ちょっとなんか気持ち悪い波動を感じたな。
「その子供の名前はミリ・コワルスキー。トム、お主が入っておる女の子のことじゃよ」
「ちょっと待って」
「待たぬよ。ハリーと同じ誕生日に生まれたミリ・コワルスキーの事は詳しく語らぬよ」
「そこ聞きたかったんだけどね!?」
「そして1991年に入学してきた女の子は、わしにこういった。『生まれ変わっても忘れなかった天使の思い出をオブリビエイト程度で忘れるわけなくない?』と」
「きっっっっしょ……」
オブリビエイト効かないってマ?
トムはそんな事を考えた。
エモい雰囲気から一転した怒涛のキショキショ情報の勢いはさすがのトムもドン引きだった。
しかし、あることに気付いて顔を青くした。
「……ダンブルドア、僕の、ヴォルデモートの願いは死ぬことのない永遠だ」
「トム」
「本当にこの子が『転生』だなんて馬鹿げたことを成し遂げたのなら、それはすごく……魅力的だ。ホグワーツの朝食であっさりしたスープが出てくるくらいに」
ヴォルデモートに狙われる。
オリオンが遠回しであれど警告をトムにした意味がよく分かる。
あの能天気な女は永遠の道の途中にいるようなものなのだ。
「……トムや、お主はミリを狙うのか?」
「狙ってるよ。ずぅっと。ミリが二年の時からね」
「頼むトム……ミリを失わせんでくれ」
ダンブルドアにとってはもはや人質に取られているようなものだった。
「…………。ずっと狙ってるさ、この子の特別の席を。でも、セブルスがなぁ〜〜〜大きすぎるんだよ〜〜〜」
くっっっそでかいため息を吐き出され、ダンブルドアは思わず目をぱちぱちとする。
「いやもうほんと、口を開けばと言うか、文字を書かせばセブルスセブルスリーマスピーターセブルスセブルスオリオンセブルス。ノイローゼになるって」
「……まぁ、セブルスは今ミリに1番近い天使じゃからの」
「三年の時はリーマスリーマスととんでもなくうるさかったよ。……あーあ、バジたんを唆して恐怖のどん底にホグワーツを貶めようとしても、ミリの動揺を誘おうとしても、興奮するばかり!」
「そりゃ魔法生物相手じゃから」
「ほんと……」
トムは遠くを見ながら子供のような表情をした。
「なんで僕と共に生まれてくれなかったんだろう」
きっと未来はもっと良いものに変わっていただろう。誰も理不尽に死ぬことなく、きっと誰も彼も都合よく救われていた。
「……儂も同じことを思うよ」
もしニュート達と共に、もしくはダンブルドアと共にミリが居たのであれば。
どんな世界になっていただろうか。
「ねぇダンブルドア。僕は分霊箱だ」
「うむ」
「だけど、分霊箱は他にもある」
トムの自白に近い言葉にダンブルドアはなんだか無性にミリを殴りたくなった。こう、グーで。
あっさりと、この時代のラスボスとも言える存在の弱点やプロフィールがモロバレになっている。どうしてそうなる。
「ダンブルドアが気付いているか分からないけど、ハリーも分霊箱だよ。多分、他にもある。僕はただの物でしかないからはっきりは分からないけれど。僕は最初の分霊箱だ」
一番目、ということを最初の分霊箱が知っているあたり、計画的に増やす予定だったのだろう。
ダンブルドアは深くため息を吐いて俯いた。
「僕とミリはこうして同じ体を使っているけれど、ミリのピンチを僕は気付けない。ミリやハリーからの合図がないとね」
「お主の言い方だとハリーとも親しいようじゃな」
「ハリーだけじゃないさ。ドラコにネビルにロン、それからハーマイオニー。毎週会っているよ」
ダンブルドアは心当たりがあった。このトンチキな状況をもたらした、というか確実にやる女が一名。
「ミリ・エミリー・コワルスキー……」
「おや正解だ。そうだよ、ミリが言わなきゃこうはならなかった」
ダンブルドアは再び深いため息を吐き出した。
「トム。儂はミリを信じておる」
「教師の鑑だねぇ?」
「それと同時に、だからこそミリの信じておるものを、信じたいと思うておる」
ダンブルドアのアイスブルーが、トムの緑の瞳を突き刺した。
「トム、ミリを頼んだぞ」
「……。はっ、言われなくても。僕を誰だと思っているんだダンブルドア。どんなやつが相手だろうと、僕は負けやしないよ」
「──ブラックにはちょっと負けるけど」
「実力の問題では無い事はしみじみと分かる。儂も無理じゃ」