ハリーは通い慣れたクィディッチ競技場で行われている第三の課題を観戦していた。
課題の内容は簡単に、そしてすごく単純に言ってしまえば迷路だ。6mはある大きな生け垣の中で起こる妨害を乗り越え、優勝杯を手に取る。それがこの
──こんな感じの課題だよ、トム
──ありがとうハリー
ハリーはトムの日記に書きながら忍びの地図を見ていた。地図を見ていれば迷路なんて丸わかりなのである。ラッキーだ。
教員たちは皆生け垣のそばで救援信号に備えているため、シリウスは泣きわめきながらスネイプに引きずられていった。
代わりと言ってはなんだが、ハリーのそばにいるのは特別ゲストのリーマス。
「忍びの地図が偶然にもハリーの元へ行くだなんて、驚きだな」
リーマスは感心したような納得したような顔でハリーの地図を眺めていた。
「えっと、先生はこれについて知ってるんです、よね?」
「まだ細かいことを話していなかったか…」
リーマスがハリーの隣に座って地図の表を見る。
「ここに名前が書いてあるだろう?」
「はい、ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングス?」
「これ実は僕の作った地図なんだ」
「え……!?」
思わずハリーが顔をあげる。
まるで悪戯のネタバラシをしたようなリーマスの子供っぽい笑顔が目に入った。
「僕はムーニー。こっちはピーターのことで、こっちがシリウス。そしてこっちはハリーのお父さん」
「……悪戯仕掛け人だってことは知っていましたけど、この地図ルーピン先生が作ったんですね」
「そう。僕ら割と脱走してたからね。僕は監督生だったしジェームズ達と違って見つかるとねぇ、就職もあったし」
懐かしそうに微笑むリーマスの姿に、いいなぁという素直な感情が浮かぶ。
一生を共にする友人というのは、とてもいいものだ。ハリーにとっては間違いなくそう。
「おっ、闇祓いとミリがぶつかったね」
課題の様子を眺めていると代理代表選手であるミリが闇祓いと戦闘を繰り広げていた。
「運動神経すごくいいよなぁ……」
「彼女体力だけはあるし魔法が使えない分拳で行くから」
「拳で」
ハリーはリーマスのことを割と好きだ。シリウスと出会ってより一層リーマスが身に纏う落ち着きや空気感がハリーにとって心地良いのだ。
「その地図はハリーの身を守るためには有効だけど、敵の手に渡れば君が狙われやすくなるから気を付けるんだよ」
たとえば闇陣営に地図の使い方が割れてしまえばあっという間に監視出来てしまう。警戒を強めるようにリーマスが忠告すれば、それを分かっているのかわかっていないのか、ハリーは軽い調子で『はーい』と返事をした。
「本当に分かってる?」
「分かってます!」
見抜かれたみたいでハリーの肩がギクリと跳ねた。図星なのだ。
「ハリー、実はね、悪戯仕掛け人って4人じゃないんだよ」
「えぇ!?」
「ふふっ、地図の表には4人の名前しか書いてないし、僕らの方が目立ってたからね。残りの彼らは目立たないようにわざとしていたから」
リーマスはクスクス笑ったあと、優しげな瞳でハリーを見下ろした。その視線を受けたハリーは背筋がソワっとむず痒くなる。
「……ハリーはセブルスに似てるね」
「スネイプ先生に?」
そんなことは無いと思うけど。
ハリーの頭の中に浮かんだ言葉はこれだ。
「もちろん性格はそこまで……あぁでも頑固なところは大いに似てる。まー、何が言いたいかと言うと、境遇がね。セブルスはいわゆる放置子で、ホグワーツに行くまではぶかぶかの服に栄養失調で、それはもうこの世の全てが恨めしくて噛み付きますと言わんばかりの目をしていた。世界がとっても狭くて、彼の世界にはリリー以外居なかったから」
「母さんが?」
「セブルスとリリーが幼馴染だったのは?」
「おばさんから聞きました」
「そう。……僕もだけど、セブルスは特に、寮分けされる前に彼女と出会えたことが大きかった」
その『彼女』がリリーでは無いことに気付いた。
「エミリー、ですか?」
「あぁ!本当に、彼女が居なければ僕らはこうして語り合えることも出来なかっただろう」
ハリーは己の思考を撤回する。
「それは、すっごく、似てるかも」
セブルス・スネイプとハリー・ポッターはある種同族だ。家庭環境に恵まれず孤児にも等しい。いじめられっ子で陰険で、満足に食事を取れなかった。
ジェームズやダドリーといったガキ大将に目をつけられるような背筋の丸まった人生。
──そして彼女に世界を広げられた。
救われた。
「先生、僕はずっと他人が羨ましかった。僕には両親がいなくて、まるで奴隷や召使いのように使われて、そして特別な力があると知ってから自分が主人公になったみたいな気持ちがあったんです」
「そうだろう、君は大人を恨んでもいい」
「でも僕、ハリー・ポッターにはミリが居たんだ」
親が欲しかった。無償の愛情が欲しかった。
ずっと寂しかった。
「僕、本当に幸せなんだ」
ハリーは祈るように地図の上の名前を撫でた。
ミリ・コワルスキー
「絶対僕のことが大好きで、間違えたことは叱って、優しく教えてくれて、人との関わり方とか、線引きの仕方とか、遠慮を無くす方法とか、踏み込み方とか、全部教えてくれる。人の信じ方とか、どこにお金をかけるべきなのかとか、観光地の過ごし方とか」
泣きたくて泣きたくて、幸せだ。
「まるで──親みたいだ」
「ハリー……」
「僕には両親が居ない。でもミリがいる。僕のこと我が子のように思ってくれるミリがいる。僕にはミリ・コワルスキーがいる。だから僕、スネイプ先生のことすっごくよく分かります。スネイプ先生はきっと、エミリーに救われたんだなって」
「……セブルスだけじゃないよ、救われたのは。もちろん僕らも、彼も」
今の『彼』は多分ハリーにとって知らない人なのだろう。
ハリーはリーマスに満面の笑みを浮かべた。
「僕、トムともよく話すんです。僕らにはミリがいる。おはようもおやすみも、額にキスをしてくれる人がいる。僕もトムも、そしてスネイプ先生も、ボタンをかけ違えただけなんだろうなって。僕らはすごくすごく、『彼』になっていた可能性がある」
要するにハリーはヴォルデモートになっていたかもしれない。セブルス・スネイプもヴォルデモートになっていたかもしれない。
逆に、ヴォルデモートはハリーのように救われていたかもしれない。
寂しくて、繊細で、弱くて、拠り所が無い。
「彼にもミリが居れば良かったな」
「ハリー……」
リーマスはその真意をきちんと読み取れた。
そしてリーマスは目を閉じる。
「(よく分かってるな〜〜〜〜〜〜〜)」
そりゃ学生時代には居なかったと思うけど、実はそのヴォルさんもコワルスキーに影響を与えられているのだ。本当に子供の直感鋭い。
「だから何が言いたいかって言うと、すごく遠回りしちゃいましたけど……」
ハリーは一点の曇りもない笑顔を浮かべている。
「ルーピン先生が僕に対して申し訳ないとか思う必要は無いですし、僕は幸せです。年末の試験さえなければもっと幸せですけど」
「元先生としてそれは聞き逃せないなぁ?」
「アハハ!」
こんな冗談の言い方や人の感情の機敏もミリから学んだことだ。
ハリーにとってミリの影響はあまりにも大きい。
そしてハリーは再び地図に目を落とした。
「……あれ?」
ふと違和感に気付く。
クィレル先生の名前が無い。
つまりはミリのカバンが無いということなのだが、確かに自室に置いていたはず。どういうことだ?と首を傾げるハリーの元へ、一人の名前が近付いた。
「Mr.ポッター、課題中にすまない、少しよろしいかな?」
「あ、はい、もちろんです」
クラウチだった。
ハリーは地図と日記を懐に入れたあと、リーマスに言ってくる旨を伝える。
さてさて何の用だろうか。
第二の課題のように地図を使わないように別室待機などをするのだろうか、それとも人質役か。
そんなことを考えてながら、ハリーはクラウチに連れられ会場から少し離れたところに向かった。
「クラウチさん、何の用ですか?」
「すまない。少し聞きたいことがあって」
「僕で良ければ。あ、でもミリについては理解が及ばないので勘弁してください」
「それは私も分からないし理解してはならないと思っている」
「アハハ……ですよね……」
そしてクラウチはハリーの手を取った。
ハリーは少し首を傾げる。
「聞きたいことはひとつだが、これは質問ではない。どちらかといえばお願いごとであり、命令でもある」
「はい」
「──我が君の役に立ってくれるだろう?」
バチン。
ポートキーとも似た感覚がハリーの内臓をぐちゃぐちゃにする。浮遊感と箒にでも乗ったような方向感覚にぎゅっと目を閉じる。
目を開けば、そこは確実にホグワーツではなかった。
城を取り囲む山もなく、広く暗い、草が伸びた墓場に来ていた。
イチイの大木があり、小さな教会もある。暗がりのそばに墓石のような物が見える。暗闇に溶けて輪郭すらも怪しいが誰かがいる。
「クラウチさ……」
「黙れ」
冷たい牽制の声に、ハリーは気を引き締める。
そしてよくわかった。
こいつはバーテミウス・クラウチではあるが、クラウチ氏ではない。
「バーテミウス・クラウチ・ジュニア……っ!」
「ふん、それなりに状況判断は出来るようだな」
クラウチ・ジュニアはポリジュース薬で己の父親に変身していた。第三の課題の最中のみではあるが、ハリーの持っている地図対策だ。
地図の情報は闇陣営も知っている。
そのため名前が一緒という事を逆手にとってハリーに近付いたのだが。
「──にげて!!!」
「は……」
「クラウチさん、逃げて!ミリから!今すぐ!」
「………………(すごく嫌そうな顔)」
「クラウチさんが逃げたって聞いてからミリが『バーティが私に会いに来てくれるかもしれないってこと!?♡』って!」
「ほんっっっっっっっっっっっっっ………とうに、嫌だ!」
まさかの避難勧告。
心からの悲鳴が出てきた。
ハリーは非常に善意で言ってる。何よりマッドアイに化けていたクラウチジュニアを見抜いたホグワーツが誇る暴走機関
「率直に言うと逃げて欲しい」
「今お前が普通言うか……っ!?」
「うっ、額が痛い……。ここは僕に任せて先に逃げて……!」
「(声にならない怒りの叫び)」
それどころじゃない子供に自分の心配されるってどういうテンションで相手すればいいんだ、そうクラウチジュニアが怒り狂っていると、何かを抱き抱えた男がハリーの前に姿を現した。
「──!」
ピーター・ぺティグリュー。
ハリーの中で彼だけはよく分からない。味方なのか敵なのか。
「本当にワンチャン彼女なら追ってきそうだからやるなら早くやろう」
「(声にならない叫びセカンド)」
ハリーは何が何だか分からないまま、クラウチに引き摺られて墓石に括り付けられた。
鍋が運ばれてくる。大きな鍋で、大人はしゃがめばその鍋の中に入れそうな大きさだ。
額の傷から悲鳴のような痛みがジクジクと全身に広がるようだ。
「いっったぁ」
あまりの痛みに涙が出てきそうだ。
「それじゃあ3分クッキングの時間だ」
「3分クッキング。」
「まず、父親の骨」
ピーターが杖を振るうと、ハリーの足元の地面がパックリ割れ──。
「を事前に取り出していたものがこちらになります」
「あ、事前に用意してたんだ」
スっと地面は静かに元に戻っていった。
「それから下僕の肉」
ピーターはマントの下からナイフが取り出された。小指のかけた腕も一緒に覗く。
「片手で良いって聞いたのでナイフではなく呪文でスパッと切り落とします」
「切り落と……!?」
「ハリー、しっかり目をつぶっているんだよ」
リーマスにも似た優しい忠告にハリーは反射的にぎゅっと目を瞑る。
スパンという音と、液体が落ちる音が耳に入ってくる。
「ぴ、ピーターさん!?」
「それから──敵の血」
左腕がじくんと傷んだ。その痛みで目を開ければ、ハリーの左腕の外側がナイフで切り付けられ血が流れていた。
「ごめんね………………本気で後が怖いけど」
「…………否定できないので、傷薬を貰えると助かります」
「もちろん。ウィゲンウェルド懐に入れておくね」
傷薬だ。
さて、一体どうしようかとハリーは呑気に考えた。
ハリーは分からないだけであって、ピーターに嫌悪感を抱いていない。同じくクラウチジュニアに関しては被害者とも思っている。何にって、コワルスキー族のである。
そしてヴォルデモートですら、恨んでいない。
「──我が君!!」
だから大鍋でグツグツ煮込まれて復活したヴォルデモートを見て、ハリーは思った。
「え、トムってこんな顔になるの?いやトムの顔見たこと無いけどオリオンさんの言い方的に美形だったはずだよね?トムはどうやってこうなっちゃうんだろう…………」
「ツッコミどころが多い!!!!!やめろ!!お前はコワルスキーか!!!ワームテールはひとまずローブを寄越せ!!!」
普通状況が分からなくなるのはハリーのはずなのに、復活したてのヴォルデモートの方が浮かべた疑問符の数が多かった。
「けほっ、煙が目に……」
「ハリー・ポッター!!!!」
美形に拘るな、お前はコワルスキーか。