トントン、と小気味よい音を響かせながら包丁を動かす。
一週間立ち続けたキッチンだ。どこに何があるかはもう把握している。とはいえ、棚に並ぶ調理器具も食器も、ほとんどがまだ新品だ。磨かれた銀器は灯りを跳ね返し、使い込まれていない鍋は肉がくっ付かない。
何種類かのローストしたお肉を、ひと口大に切ったマッシュルーム、人参、ポテト、ブロッコリーといった野菜と共に盛り付けたサンデーロースト。
重たくならないように調節したソースを使って作るビーフシチュー。
サンデーローストで余った羊肉を使ったシェパーズパイに、断面の見栄えがいいスコッチエッグ。
メインをひと通り整えると、今度は山のようなキャベツに取り掛かった。
ひたすら細く刻み、ボウルへ放り込み、マヨネーズと砂糖、酢を混ぜたドレッシングで和えていく。最初はあれほど嵩のあったキャベツも、揉み込むうちにじわじわ水分を吐き、気づけば半分ほどまでしんなりとかさを減らしていた。
デザートには、大皿いっぱいの甘酸っぱいルバーブ・クランブル。横には、とろりとしたカスタードを添える。甘味が苦手な者向けには、角切りのチーズを混ぜ込んだ塩気のあるスコーン。それから、食卓が華やぐよう色とりどりの果物を盛り合わせていく。
作る順番を計算しながらクリーチャーと共に仕上げていった。
「それからパンよね」
パンを仕込むには作り始めが遅すぎたので、クリーチャーが魔法を使って二次発酵まで進めてくれた。
ぷくぷくと膨らんでくるパン生地を寝ませ、休まった生地から形成して行く。こっちはビーフシチューとも相性がいいハードパン。それからこっちはバターを折り込んでクロワッサン。あと最近ハマっているイタリア料理のフォカッチャ。
ジェイコブ父さんがよく作るデミガイズやボウトラックル、ニフラーの形のパンも魔法使いには受けそうだと思ってどんどん焼いていった。
「すっげー、魔法みたい。魔法を使ってないのにどんどん出来上がっていく」
「この手際の良さは慣れてなきゃ出来ないわ。私たちが下手に手を出したら逆に邪魔になるかも」
「ミリ、僕お腹空いちゃった」
「夏休みになるとミリのご飯食べられなくなっちゃうことだけが唯一のネックだったんだよね」
「コワルスキー、甘くて食べやすいものはあるか?僕は今日、お肉を食べられる気分じゃない」
「ハリーは味見ね。出来上がったパンがあるから食べる?ドラコは……うーん、パンプディングでも作ろうか?ちょっと多めに。好きでしょ?」
「「食べる!」」
ハリーとドラコが同時に声を上げた。
「ポッター、僕は夕食に参加しない。部屋でプティングを食べているから、何かあったら呼んでくれ」
「それはいいけどさ、ドラコ。僕今まで君に伝えようか迷っていたことがあったんだ」
「ん?」
「すごく今更なんだけど、いままで魔法界ってポッターは僕一人だったから問題なかったわけ。でも今となってはどうだい?ポッターは三人もいる。三人もだ!」
大袈裟に身振り手振りをするハリーの姿に、ドラコは視線をやや逸らして言った。
「……分かったよハリー」
「うん!」
ニッコニコのハリーと照れたようなドラコの姿に私はニコニコが止まらない。
「あー、そういえば、僕も兄弟が多いから、ウィーズリーなんていっぱい居るんだよなぁ」
「僕も、今日はロングボトムってお祖母様もいるんだよね……。呼ばれたら分かんないや」
言外に『名前を呼んでよ』と伝える男の子たちに、ハーマイオニーはクスクスと笑っている。
「……お下がりの方のウィーズリーに出来損ないの方のロングボトム」
「ひっでぇー!」
「出来損ないだって!いいのドラコ、僕恥も外聞もなく泣くよ!?」
「ハハッ」
ドラコは口元をやや隠し気味にしながらも、軽快に笑った。ぎゃんかわ!!
硬くなったパンではないけれど、多めの卵液に浸して柔らかくなったパンを液ごとオーブンに入れる。
「マルフォイのお坊ちゃまにこうしてお目にかかることが出来るとは……光栄な……しかし穢れた血めが……クリーチャーに無礼を働く……嘆かわしい……」
「クリーチャー、スープって大丈夫そう?リリーとジニーは脂肪分の高いスープが好きじゃなくて」
「……穢れた血に言われずとも……クリーチャーはお坊ちゃまの優秀な下僕……不快な……あぁ嘆かわしい……」
「確かに、レギュラスの優秀な友達だもの。クリーチャーったら最高だわ。クリーチャーを通してレギュラスの素晴らしさが伝わってくるなんてとんでもなく幸せな事ね」
「…………。」
クリーチャーはムスッと口を噤んでしまった。
盛り付けの準備をしていると、オーブンから美味しそうな匂いが漂ってきた。
よし、パンプディングが完成したみたい。
「ドラコ、どうぞ」
「ありがとう」
火傷をしないようにお盆とカッティングボードの上に乗せたスキレット。ドラコはそれを受け取るとお礼を言って部屋に向かっていった。
「私は料理を魔法でひょいひょい運べないからクリーチャーに任せてもいい?」
パチンと指を鳴らしたクリーチャーがドヤ顔で料理を浮かせた。
「あ、もう行くの?」
「パンを口いっぱいに頬張ってるハリーってとんでもなく可愛いわ……。料理が出来たから会議してる意地悪な人達に持っていこうかと思ってね」
「手伝うよ」
ハリーが私の持っていた料理を取るので、私は手ぶらになってしまった。お手伝いしてくれるハリー、本当に天使だわ。
「私もお手伝いしたいところだけど、クリーチャーが持ってくれているから何もすることがないのね」
「屋敷下僕妖精って本当にすごいや。あーあ、僕の家にも居ればなぁ」
「ロンの家には居ないの?僕の家にはいるけど、恥ずかしがり屋であまり出てこないんだ」
「もちろん居ないよ。居たとしても庭でキーキー言ってる庭小人しかいないぜ。ぐるぐる回して遠くにぶん投げないと、農作物を荒らして最悪なんだ」
野生のノームは大変でしょうね。対策は地道なものしか今のところ発見されてないからね。
でも折角だし、危険度が低くて人との生活の身近にいる魔法生物の生態について本腰入れてみようかな。
会議中の部屋に近付くと、そこにはフレッドとジョージとセドリックがこっそり会議を聞こうとしていた。
「よ、ハリー。気にならないか?」
「何が?」
「大人たちが君に何を隠しているか、だよ」
「そうだぜ。君だって当事者じゃないか」
「フレッドとジョージの言っていることはまあ分からなくは無いかな。だってハリー、僕も君も、それからミリも。あれの復活を目の前にした。僕らには知る必要があるんじゃないかな?」
セドリックの説得にハリーは小さく微笑んだあと首を横に振った。
「今、僕は知るわけには行かないんです。僕にはまだ力が足りないので」
「意外だな。ハリーは知りたがるかと思っていたんだけど」
実は私もセドリックとは同意見だったかも。
と言うよりは、ハリーたちの年頃の子は真実を追求するのが好きだし、ハリーたちが一年の頃は賢者の石を守るんだって勢いで突進して行ったから。
てっきり大人が隠していることを暴こうとしているのかと。
よく見ればハーマイオニーやロンやネビルも、ハリーの意見に同意しているように思えた。私の知らないところで何かが起こってる…!
大人になってるぅ……!愛おし。
「ん……?」
部屋の中から微かに音が聞こえた。
「コワルスキーとハリーには何も伝える気はない。それより監視を増やすべきだ。余計なことをしないように、勝手に暴走をしないように」
「あのねシリウス、ハリーもミリもあなたの子ではないのよ?」
「あぁ分かってるさモリー。そして君の子でも無い」
「我が子同然です」
「ハリーは僕の子だからな?それより──」
なるほど。
声を聞く限り大事な会議ではなくなんともどうでもいいことを話しているようだ。割り込んで良さそうだ。
「──お邪魔します?」
私は入口をノックして入っていった。
「コワルスキー」
「ディナーが出来たから今すぐ会議を片付けてご飯にしましょう。可愛い子供たちがまだかまだかと楽しみにしてるの。腕によりをかけた料理、せっかくだから皆で食べましょう」
気まずそうに視線を逸らすのが何名か。
「ええっと、スタージス。机の上の紙、片付けてもらってもいい?」
「え、えぇ。……Ms.コワルスキー」
「ファーストネームでいいのに」
「やめて。私、貴女の親しい人物枠に入れられたくないの。私の推測がきちんと正しければ、本当に、絶対嫌」
断固拒否という姿勢を保った騎士団のひとり、スタージスは杖を一振して机を片付けてくれた。
何を言うまでもなくクリーチャーが机に料理を載せてくれた。
「ありがとうクリーチャー。貴方の分の料理もキッチンに置いてあるの気付いた?」
「……ふん」
姿くらましでクリーチャーは消えていってしまった。もう少し会話してくれたっていいのに。
「……じゃあ夕食にしようか」
ジェームズの言葉に皆は会議を切り上げてディナーとなった。
何人かの騎士団員は気を使って帰ろうとしていたけれど、私の料理を目の前にして帰らせる訳もなく、皆席に座ったまま料理を食べることになった。
部屋にいたジニーも降りてきて、ハーマイオニーのそばに座る。その近くに他の子供たちも座って、リリーの隣にハリーが座った。
子供たちに学校での話を振りながら、和気あいあいと空気が流れていく。
そろそろ食事も終わりかける頃、私は口を開くことにした。
「ねぇ、なんで私を混ぜてくれないわけ?」
和やかだった雰囲気の中だったのだけど、急にピリッとした空気に変わった。
「騎士団は成人済みの魔法使いだけで形成される。参加資格は
「……卒業してない私はその資格がない、ってことかしら?」
「コワルスキーッ!」
図星だったのかシリウスが私を睨みつけた。
「皆が──」
私はまどろっこしいことが嫌いなので紛らわしい言い方を無くしてはっきり伝えた。
「危険な目にあったり、苦労していたり、悩んでいたり。私の友達がそんな状態にあるのに、私だけ『守られる側』に立つなんて、腹が立つわ」
セブルスやピーターは闇陣営にいて、リーマスも潜入したり説得に向かったり、シリウスも命を狙われたり、リリーやジェームズがこうやって光陣営を動かしていて。どう考えても皆危ないのに。
「──私も仲間に入れてよ。皆に巻き込まれたいの。お願い、私を仲間はずれにしないで」
私一人だけ、時間に取り残されている。
「……」
「…………」
無言の時間が過ぎていく。
どうしよう、心臓がバクバクしてきた。私だけ、私だけが死んだから。
私がいないことが当たり前になった世界で、私だけが要らないと言われてしまったら。
……。
いやそんなことは絶対ないな(確信)
私が愛した天使がそんなことを思うはずがないし、癖から何から何まで把握している私が断言する。愛しの天使がそんなこと思うはずなくない?(再確認)
私が再び生きていることに泣いてくれた人達。
私との再会に心から喜んでくれた人達。
そんな大事な人達が、私を大切に思ってくれてないわけがない。
「駄目だ!」
だからこのシリウスの否定ですら、私は傷付かずに済む。
この言葉は私の存在を否定するためにあるのではないのだと。
「コワルスキー、分かってくれ、お前を巻き込む訳にはいかない」
「シリウス」
「お前はアイツに、ヴォルデモートに狙われる。今はアイツも混乱しているだろうが、その混乱さえ終われば真っ先に狙われるのはお前だ」
シリウスがそう言い放つのを聞いて、ハーマイオニーが真っ青になった。天使を怯えさせるだなんて大罪よ。
「そうさミリー。僕らは君が大事なんだ、それは分かって欲しい。怖がりな僕らを許して欲しい」
ジェームズが周りを見渡して頷いたあと、そう言葉を続ける。
「……腹を割って話す必要があると思うけど。私はただ守られるだけで満足するような人間じゃない」
「知ってるよ!」
ガタンとシリウスが立ち上がる。
「分かってんだよ、お前の性格なんて!それでお前は勝手に進んで死んでいくんだろ!お前は俺たちに置いてかれてるような気持ちなんだろうが、俺に、俺達にとってはお前がずっとずっと先まで進んで行って、置いてかれないように必死なんだよ!」
「ブラック、頭に血が上りすぎよ」
「……悪い。エバンズ」
リリーはこくんと紅茶を飲み干して口元を拭った。シリウスがその冷静さにつられて再び着席する。
「とにかくコワルスキー、お前が二度も死ぬところを見たくない。これは総意だ。だからお前には危険な目にあって欲しくない」
決して譲らないという態度だった。
愛しい友人たちに視線を向けると、頷きこそしないものの反対や反論、迷っている姿を見せていない。
「よろしい」
本当に総意のようだ。
──ただ一人を除いて、だけども。
「私は私で勝手に動くからいいよ、方法が無いわけじゃないもの」
「ま、まて!お前が自らの意思で暴れ始めるとろくな事にならねぇから!」
「コワルスキー1度冷静になれ!」
「知らないもん。いくらセブルスに言われたってちょっと話は聞くけど」
「聞くのかよ」
そりゃ聞くよ。
だってセブルスは、この中で唯一『私を巻き込んでくれた』から。
一緒に守ろうとしてくれた人だから。
「ふふっ、私って頑固だもん。ほんと、大変ねぇ?私との交渉役」
「自覚してるなら頼むからちったあ大人しくしてくれよ……っ!」
「君相手にどれだけ頭を抱えてきたものか!」
シリウスとジェームズは同時に私に文句を送った。優しい彼らは、私との話し合いの際、ジェームズかシリウスを交渉役にする。
二人が出てくることが私にとって最大の『話し合い』になるの。優しい人達だわ、本当に。
「ミリ・エミリー・コワルスキーを一年相手にした程度でギャーギャー騒ぐとは実に嘆かわしい忍耐力であるな……」
「うるせぇスニベルス!三大魔法学校対抗試合に反対してなかったてめぇにだけは言われたくねぇな!?」
「貴様のソレはただのデモであろう」
「だーーっ!腹立つな!」
めちゃくちゃ可愛く煽り散らかすセブルスの鼻息を瓶詰めにし愛しさを醸造し寿命にすら蓋をしたい。
「──今年のハロウィンは!お前らを負かす!!」
「あっれぇ!?急に僕も巻き込まれたな!?」
「不満かジェー!」
「まさか!大歓迎だとも!」
「よかろう、受けて立つ。コワルスキーが」
「私だけなんだ!?」
「この情勢で一番暇なのは貴様であろう」
「セブルスに言われるならそうなのかも……」
ふと視線が気になって横を向けば、ハーマイオニーが眉間に皺を寄せて私のことを眺めている。えっ、皺すら愛おしいの天変地異の始まりじゃない?
「ねぇミリ、貴女……」
「どうしたのハーマイオニー」
「いえ、考えがまとまらないから後で話すわ」
私の返事すら聞こえてないような様子で、ハーマイオニーは再び思考の海へダイブしていった。あーあ、ここまで暑いと海に行きたいな。
「ところでさ」
私の問いかけは熱くなった頭を冷ますのにちょうど良かったらしい。
「──ヴォルデモートって誰?皆知ってるの?」
悲鳴が上がった。主に親友たちから。
そんな化け物を見るような目で見ないでもいいじゃん、興奮しちゃうでしょ。