─矛盾─   作:恋音

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5-6.ハーマイオニー

 

 ずっとずっと、違和感があった。

 

 

 ハーマイオニー・グレンジャーは、その違和感に見て見ぬふりをしていた。その違和感に気付いてしまったが最後、自分の友達を失う気がして。

 

 

 

 最初の違和感は──セブルス・スネイプの態度だった。

 一年、二年の時と違い、三年に上がった年。闇の魔術に対する防衛術の教師としてリーマス・ルーピンがやってきた。

 

 

「──スネイプ先生、ミリを見る時の目つきみたいだ」

 

 スネイプがルーピンに向ける視線と、スネイプがミリに向ける視線が一緒であることにハリーが気付いた。

 

 ハーマイオニーはその違和感に興味本位で首を突っ込んだ。

 

 

「スネイプ先生、様子が変よね?」

「まぁ変だけど、どうせ今年もミリに振り回されてるんじゃん?」

「それはそうだけど」

「スネイプ先生がそろそろ疲労でどうにかなっちゃったとしても、おかしいことは無いけどな」

 

 

 観察していれば、やはり1、2年の頃より様子が変だということは確定した。いつもより悪口がストレートで、生徒への減点も、なんだか違う。

 

 

 そして決定的に違ったのは、ボガートの事件からしばらく経ってからだった。

 

 

 

「…………距離、近くない?」

 

 ハーマイオニーはロンとネビルとよく過ごしている。ハリーはドラコに構うのが割と好きなようで、ミリを見習ってか各寮を転々とすることが増えてきた。

 なぜこのふたりと一緒にいるかと言うと、互いに学び合える関係性だからだ。

 

 ハーマイオニーには魔法界の常識など知らない。その点、二人であれば幼少から常に魔法界で生活しているから、疑問に思ってもすぐ答えてくれる。逆にロンは教科全体、ネビルは魔法薬と魔法薬学以外の授業が苦手なので、学年一の秀才にいつでも聞けるという利点があった。

 

「近い気もする。生徒と教師の距離感じゃないよな」

「ちょっとネビル、ロン、不躾よ」

 

 一時期無視をされて堪えるとうなっていたミリが、スネイプとルーピンに許しを得たのか今までのよそよそしい距離感とは売って変わって、まるで……。

 

 

「トラウマになるくらいスネイプ先生達はエミリー・コワルスキーの死を悲しんでいらっしゃるの。ミリのことだから、自分がエミリーだと錯覚されてても『どうでもいい』で流してしまっているんじゃない?」

 

 その違和感に無理矢理蓋をした。

 

 

 それは四年になっても続いた。

 シリウス・ブラックを見ていれば分かる。『彼ら』は友人を亡くして、狂ってしまった。

 

 欠けた『エミリー・コワルスキー』と、そっくりな親戚の女の子。

 

 友人を失い狂った彼ら。

 エミリーとしての役割をミリに押し付けて。

 ミリはそれがしあわせだと笑っている。

 

 歪で、幸せそうで、悲しい人達。

 

 

「あまり、触れるのは良しましょう」

 

 

 いつか彼女がエミリーではない違う存在なのだと、気付いてくれることを願って。

 

 

「今はまだ貸してあげましょう」

 

 

 ミリの友人は私たちなのだから。

 同じ時間を歩んでいるのは私たちなのだから。

 

 ハーマイオニーは全ての違和感に『答え』を出した。自己採点では100点満点だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリーの家族が、生きていた。

 

 

 

「こんにちはドラコ。Mr.マルフォイ、Mrs.マルフォイ」

「やぁグレンジャー」

「こんにちはMs.グレンジャー」

「元気そうねMs.グレンジャー」

 

 4学年目が終わり、夏休みに入ってしばらくするとポッター家から招待の手紙が届いた。一応純粋に遊びに来て欲しい、という文言だが、闇の帝王に対抗するための集まりでもあるのだろう。

 

「ウィーズリーとロングボトムは?」

「あの二人なら家族が一緒だから、別で来ると思うの。だからマルフォイ家と一緒に行動できて安心したわ」

「まぁ、行くのは僕だけだが。100歩譲って僕ならまだ子供同士が友人だからという言い訳ができる」

 

 マルフォイ家がポッター家に遊びに行くことは流石に時期的にまずい。

 それが分かっているため、ハーマイオニーは苦笑いを浮かべながら頷いた。

 

「そういえば、ハリーからの手紙ではスネイプ先生達もいらっしゃるそうよ」

「てことはルーピン先生とシリウス様もいらっしゃるな……。スネイプ先生の我慢が限界に達しそうだ」

 

「……、楽しそうですか?」

 

 ルシウス・マルフォイは一言そう問いかけた。

 ドラコとハーマイオニーは、お互いに顔を見合せ、少し悩む。

 

「言われてみれば、楽しそうと言ってもいいかもしれませんね。グレンジャーも思うだろ?」

「え、えぇ、そう、かも?」

 

 ひとつ、ふたつ。

 計算の途中式が間違えている気がした。

 

 

 

 

 

「騎士団は成人済みの魔法使いだけで形成される。参加資格は()()()()()()だけだ」

「卒業してない私はその資格がない、ってことかしら?」

「コワルスキーッ!」

 

「皆が危険な目にあったり、苦労していたり、悩んでいたり。私の友達がそんな状態にあるのに、私だけ『守られる側』に立つなんて、腹が立つわ。私も仲間に入れてよ」

 

 その言葉を聞いて、隣にいたはずの彼女がハーマイオニーの方向を見ずに勝手に歩き出してしまった。

 

 いや、本当はずっとずっと遠くにいたのかもしれないけれど。目が曇って見えなくなってしまっていた。

 

 

 

 

──エミリー・コワルスキーとは、彼女の血縁で。そして……卒業前のあの日、名前を言ってはいけないあの人に殺された子です

 

 

 

「お前はアイツに、ヴォルデモートに狙われる。今はアイツも混乱しているだろうが、その混乱さえ終われば真っ先に狙われるのはお前だ」

 

 

── お前が狙われる!コワルスキー!お前が狙われるんだ!ヴォルデモートも復活するかもしれねぇ!お前をもう二度も、失ってたまるか!コワルスキー、二度も死なせない、大丈夫、大丈夫だ、俺がお前のこと殺してでも守るから!

 

 

 

 あの時は、シリウス・ブラックがミリをエミリーと勘違いして錯乱しているのだと思っていた。

 

 エミリーはヴォルデモートに殺された。

 そして『彼ら』は、ミリにエミリーを重ね。

 ミリはそれを受け入れている。

 

 もしも、条件分岐の話だ。

 前提条件で、本当に今まで見ようとしなかった式を入れてみよう。

 

 

──私エミリーなんだよ?

 

 

 冗談のようなミリ・エミリー・コワルスキーの言葉が。

 本当にエミリー・コワルスキーであったなら。

 

「ぁ………………、」

 

 全てが腑に落ちた。

 

 

 

 

 

 

「そうさミリー。僕らは君が大事なんだ、それは分かって欲しい。怖がりな僕らを許して欲しい」

「……腹を割って話す必要があると思うけど。私はただ守られるだけで満足するような人間じゃない」

「知ってるよ!分かってんだよ、お前の性格なんて!それでお前は勝手に進んで死んでいくんだろ!お前は俺たちに置いてかれてるような気持ちなんだろうが、俺に、俺達にとってはお前がずっとずっと先まで進んで行って、置いてかれないように必死なんだよ!」

「ブラック、頭に血が上りすぎよ」

「……悪い。エバンズ。とにかくコワルスキー、お前が二度も死ぬところを見たくない。これは総意だ。だからお前には危険な目にあって欲しくない」

 

 

 

 苦しい。

 心臓が爆発してしまいそうだ。

 

 これまでの4年間を考えて考えて、ハーマイオニーは熱が出ているんじゃないかと錯覚した。

 

「ハーマイオニー、大丈夫?なんだかしんどそうだ」

「ハリー……貴方は……何も気付いてないの」

「何が……??」

 

 鈍すぎるハリーにハーマイオニーは追加で目眩がしそうだった。

 

 ハリーが一番ミリにも親達にも近いのに、何も気付いた様子は無さそうだった。いや、気付かない方がいい。出来れば気付くのは私だけでいい。ハーマイオニーはそんなことを考えながら席を立った。

 

 向かう先は──誰か分からない女の子の所。

 

 

「その、ミリ……」

「うん?どうしたのハーマイオニー」

 

 いつもの様子で自分のことを呼んでくれるミリが、抱えきれない存在になってしまう。それでもハーマイオニーは答えを聞かなければ居心地が悪かった。

 

 だって、解がミリ=エミリーであれば、ヴォルデモートに狙われるのはミリということだから。

 

「ゆっくりでいいよハーマイオニー」

 

 躊躇ったハーマイオニーに優しく微笑むミリ。

 その時点で泣きそうだった。

 

 もし彼女がエミリーなら、ハーマイオニーなんて存在は子供も同然。それはあまりにも、遠すぎてしまう。

 

 

 何度も、何度も、ハーマイオニーは考えた。

 

 ミリが『ミリー』や『エミリー』と呼ばれようと、彼女はその呼び掛けに答えた。一学年下のルーナもミリのことをエミリーと呼ぶから、すぐには気付かなかった。

 ミリはどう呼ばれても『自分』のことだと捉えた。

 

 天使か天使じゃないかという区切りが大事で大きい区切り。そんな大雑把な括りだから、相手どころか自分が男であろうと女であろうと、どうであろうと、生者も死者も関係ない。

 

 どちらでもいいと。

 

「──『どちらでもいい』のでは無くて、『どちらも貴女』だったんじゃ、ないかって」

 

 

 彼女は聡い。

 そして天使の言いたいことをすぐ理解してしまう。

 

 だからハーマイオニーは気付いてしまった。

 その瞳は優しくて、ハーマイオニーが問いかけたい本質に気付いているということに。

 

「ミ……」

 

 ミリ。

 

 貴女は、ミリでもあるけれど、きっと。貴女はそうなんでしょ。貴女は──

 

「エミリー」

 

「なぁに」

 

 やっぱり、エミリーだった。

 ハーマイオニーの意図をわかって返事をしたミリが、何も否定をしなかった。

 

「(私は貴女が、エミリーで無ければいいとずっと思っていた。だから気付かないフリをして、ずっと見えないフリをして、ミリと話していた)」

 

ミリ(エミリー)はヴォルデモートに殺されたんでしょ!?」

 

「……違うよ」

「でも!」

「エミリー・コワルスキーは、自分の手で死んだの。愚かにも、自分がなんでも出来ると思って。大事な人を傷付けて、死んだの」

 

 ミリが死んでしまうなんて、ハーマイオニーには耐えられない。絶望してしまう。

 大事な人になってしまったハーマイオニーは、必ず傷付いてしまうだろう。

 

 まるで今のように。

 

 

 やめて。離れていかないで。置いていかないで。

 ミリは私の友達であって、ルーピン先生やスネイプ先生のように、私たちの人生を諭す立場にならないで。大人にならないで。

 

 

「ミリ、ミリッ!」

「ハーマイオニーどうしたの?」

「私、貴女にとって何!?」

 

「友達。それで私にとっての天使だわ。大好きよハーマイオニー」

 

 ハーマイオニーの心配を知ってか知らずか、変わらず惜しみない愛情を注ぐミリ。

 

 胸から湧き上がる安堵と、そしてハーマイオニーの知らない場所で子供を終わらせてしまったミリ。

 

 子供がするような喧嘩や苦労や成長を、ミリは全て終わらせてしまった。『彼ら』と共に。エミリーとして。

 

「なんでハーマイオニーが泣いてるの?」

 

「分からない、分からないのっ、貴女のことが、分からなくてくやしくて、っ、私のミリが彼らに取られちゃったの……!」

「流す涙でさえ美しいなんてハーマイオニーの前世は一体何をしたって言うの?世界でも救った?」

 

 ハーマイオニーが気づいても気付かなくてもコワルスキーはコワルスキーのまま。

 高飛車な女の子が救われてしまったように、その明るさで救ったに違いない。

 

「ぐすっ、それなら、貴女の前世はきっと、色んな人を救ったのね」

「そうかな?」

「えぇ」

 

 

 そうよ。絶対にそう。

 そうでなければおかしいもの。

 

 セブルス・スネイプが笑えるのも。

 リーマス・ルーピンが孤独じゃないのも。

 ピーター・ぺティグリューが戦えるのも。

 シリウス・ブラックが当主になれたのも。

 ジェームズ・ポッターが怒っているのも。

 リリー・ポッターが笑えるのも。

 

 全部、全部。

 

 

 ハーマイオニーは、いたたまれなくなって適当言ってミリの前から逃げ出した。

 

 耐えられなくなっていた。

 エミリーだと実感してしまって、駆け出す。

 

 誰もいないところに行かないと、このドロドロとした汚いものが出てきてしまいそうだ。

 

 すると廊下の曲がり角で人とぶつかり、思わず転けそうになったところを、誰かがグイッと支えた。

 

「っと、ハーマイオニー?」

 

 そこにはミリと同じ瞳で、綺麗な赤い髪を持った女性がハーマイオニーを受け止めていた。

 

「そんなに急いでどうしたの?大丈夫?」

 

 リリー・ポッター。

 

 コワルスキーの一番の女友達(おなじひと)

 貴女がいなければ。

 

「っ、あ」

 

 酷いことを考えてしまった。

 友人の親になんてことを考えてしまったのか。ハーマイオニーは自分が汚くて醜くて恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。

 

「ごめんなさ、ごめんなさい」

「ハーマイオニー……、何に怯えているの?私でよければ、話を聞かせてもらえるかしら?」

 

 首を小さく傾げながらも目を逸らさずに真っ直ぐ見つめて問いかける。

 

 その癖が、ハーマイオニーの中でミリと被った。

 

「……貴女を見ていると、ミリと被るの。口調も、仕草も、瞳も。全部」

「それは……」

「──敵わないなって!なっちゃうの!私がもっと早く、貴女よりも早くミリと出会えてたら……っ、一番の友達になれたかもしれないのに。貴女の存在が……大きすぎるから……」

 

 エミリーと同室だという女性。

 七年間衣食住を共にして、生まれ変わった今でも大事にされている。大事にしあっている。

 

 どう足掻いても勝てないと諦めれば話は早いけれど、諦めるほど大人になりきれていない。

 

 ハーマイオニーに出来るのは嘆き、悲しみ、理不尽だって怒って、奇跡を喜ぶしかない。

 

 

「手を伸ばさなかった癖に、馬鹿みたいだわ。あぁほんと、気付かなければ良かった」

 

 友達が出来にくいハーマイオニーにとって、初めて全てを受け入れてくれた友達だったのに。

 ハーマイオニーはミリの一番の友達にはなれないのだと悟ってしまった。

 

 これが恋だなんて安い気持ちじゃないけれど、苦しくて切なくて、なんだかまるで失恋してしまったようだった。

 

 

「9点のテストの解答用紙ずっとマシだった」

 

 エミリー(ミリ)が誰も恨まず、幸せに、生まれてきてくれたことだけは今もずっと嬉しいと感じている。

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