クィディッチ。
魔法界で大人気の球技だ。
縦500フィート、横80フィートの楕円形のフィールドの中を、箒で空を飛びながら点を奪い合うサッカーの立体版の様な物だ。
細かい話や、御託は良い。
私は音声拡張の魔道具の前に立ってマイクを握りしめた。
『さァ今年もやって参りました寮対抗クィディッチ杯! 何故か今年から導入された実況に選ばれた! 可愛いと美しいは最も尊ぶべき存在だと思います。グリフィンドール2年生、エミリー・コワルスキーでございます! アメリカのマグル育ちなので箒から理解できなくてマダムに見捨てられました! 解説はこの方!』
『……はい、解説のスリザリン2年生、スタンレー・ノットです。どうして俺がこの馬鹿と居なくちゃならないのが不満でたまりません。スネイプ、チェンジ』
私は大きく息を吸い込んだ。
「箒なんてクソだああああッッ!」
「コワルスキー!」
マクゴナガル先生のストップが飛んできた。
「さてと、クィディッチを知らない人の為にルール説明でもお願いしますね、ノット」
「俺任せかよ」
落ち着きを取り戻した私は試合に向き直った。
『さぁさぁ皆様お立会い、選手方の紹介ついでにノットが解説してくれるというので私ばぶん投げながら語り手に行かせてもらおうじゃありませんか!』
『はい、可哀想なノットです。こういうのエイブリーでもいいと思うんだけど』
『諦めようねー。さぁて両陣営入場! 赤はグリフィンドール、緑はスリザリン!』
歓声に合わせて選手が入場する。
芝生の上をザクザクと歩む姿はまさに有名人の風貌だ。
『赤、キーパーでリーダーのジョンソンに続いて入場です。ビーターを務めるのはグリフィンドール内でも有名なバカップル、ベインとイップ! 家名(敬称略)で失礼します!』
『ゴールを守るキーパーに暴れ玉ブラッジャーをぶん殴るビーターですね。この御二方の妨害がどんなものか気になります』
『続きますチェイサー! コーンとハッキネン、そしてブラックです! あァ、可愛い子の声援を引き受けるシリウス・ブラック。──男性諸君、今なら誰がやったか分かりません、物を、投げるのです』
『次期ブラック家当主に何やらかそうとしてんだコワルスキー!』
グリフィンドールの紹介にシリウスがズゴッとバランスを崩す。下から聞きなれたワンコの怒り声が聞こえた気がしたが進んで無視させて貰おう。
『緑、リーダーのチェイサー、マルフォイが登場! その美しさは留まるところを知らない! キャーーッ! ルシー! 頑張れー!』
『なぁ、お前グリフィンドール生だよなぁ? なぁ!?』
『続きますはキーパーのウィーズリー! ちなみにこの音声拡張具は彼のお手製です!』
『なんでお前グリフィンドール生なんだ?』
『ビーターの御二方も入場です、グリーングラスとノット、あ、兄のほうね。グリーングラスは相変わらずその冷たい視線を私に向けてくれないんですけどどうしたらいいですかね、夏休み木の下で『僕の蛇ちゃん』という練習の成果も何も無い告白を見事成功させた方のノット』
『可哀想な方のノットです! 多分関わることすらしたくないからだと思う! あと俺の兄さんの個人情報バラバラ撒かないであげてくれ!』
兄のテディ・ノットが私に怒りの声を飛ばす。はっはっはっ、聞こえんなぁ。実況解説席は観客席よりも高めに作られてある為、どうしても遠くの声は聞こえづらくなる。
『残るチェイサー、ハーヴェイとハインズも堂々と入ります。う〜〜ん、スリザリン顔面偏差値がグリフィンドールの比じゃない! ……頑張れ、グリフィンドール』
『そんな可哀想な感じに応援されるなら向こうも応援されたくないと思う。なんでこいつを実況に選んだ?』
ノットの持っている疑問はすごく分かってしまう。私、クィディッチなんて去年初めて知ったし、贔屓凄いのに。
まぁグリフィンドールを贔屓するんじゃないんだけど。
そうこうしている間に両陣営の6人が箒を片手に向かい合った。
『さて、主役の登場です。グリフィンドール! 期待の新人! 最近目が悪くなってきたと不安に思っていたのでこれを機にメガネになった! 我らがポッター!』
『微妙に褒めてないんだよなぁ』
『私の発言は解説しなくて良くない?』
一際大きい歓声が観客席から湧き上がる。
クィディッチはスニッチというボールを掴まえてゲームを終わらせるシーカーが主人公だ。
『続いてスリザリン! 盛り上がってまいりました! いつもキレ気味ただし私限定! 同じポジション、同じ学年、そして同じく眼鏡ということでマルシベール』
銀の髪をなびかせながら私に中指を立てて来るマルシベール。愛いやつめ。そんなに私が大好きか。
『個人的にはスリザリンに勝利して欲しいけど、一応解説なのでグリフィンドールの方も解説していきたいと』
『──えっ、私めちゃくちゃスリザリン応援する気満々で旗とか作って来たんだけど』
『お前もうアバダくらってろ!』
『あ、それ去年のDADA教師が天文台塔で私に向かって何回も使ってきたやつだァ。あの緑のやつでしょ、アブラカタブラみたいな呪文の』
『えっ』
『え?』
『……お前、マジか』
『なにその反応怖い』
空気が凍った。
『この馬鹿には後で鉄拳をあげるとして』
『そこは解せない』
『試合がもうすぐ始まるぞ。審判、腕を上げます』
『よォし、いくぞぉ!────クィディッチ!開始!』
ピーーーッ、という音が高くに響く。
晴れた空の元、赤い革の張られたクアッフルが空を舞った。
と言っても実況は初めて。
ここからはダイジェストでお送りしよう。
『はっ!? ちょ、ノット見た!? グリフィンドールの恋愛脳リア充ベインとイップがボールを操ったよ!?』
『──アレは〝ブラッジャー逆手打ち〟って技術だ。逆手で棍棒を持ったビーターがブラッジャーを後方に飛ばす錯乱技だ。あの御二方の凄い所はそれで敵チームにぶつける所だ』
『べ、勉強になります』
叫んで。
『おい? コワルスキー実況どうした? なんでフリーズしてんだ?』
『……どうしよう』
『実況しろ』
『チェイサーマルフォイ、クアッフルを箒で叩き落として何者に邪魔されることなく点を獲得した瞬間小さくガッツポーズして、恥ずかしかったのか慌てて箒を握って地面スレスレを走ったかと思うといつの間にかクアッフル持ってた。全ての所作が美しすぎてむしろ逆に引く』
『その行動を実況しろって言ってんだろうが!』
叫ばせて。
『はい、ブラック得点。今だビーター! 余裕ぶってるイケメンの画面にブラッジャーぶち込んでやれ!』
「っざけんなコワルスキィイイイッ!」
『あー、グリーングラスと兄さん、一応さっきのコワルスキーの発言については手加減してやってくれ』
『ノットはなんでグリフィンドールの味方するの? あんたスリザリンでしょ?』
『その言葉そっくりそのまま棍棒で殴り返してやるよ。カレ、ブラック家、オレ、ノット家。いくら所属が別寮チームでも相手を尊重するし、ぶっちゃけお前の贔屓が酷すぎていくら敵だろうと可哀想に思えてくるから』
『えっ、それってキミの言う穢れた血も?』
『……お前以上に、ふざけた人種が、いるのか、俺には、もう、分からないッ。お前なんで半純血なんだよ! お前が親マグル派だったら俺は迷う余地なく侮辱出来たのに……ッ!』
嘆かれたり。
『……おいメガネズ、長いんだよ。麗し部類、スリザリン選手のマルフォイとグリーングラスを中心に実況してるけど、うっかりミスで魔球が飛んでくるだよね。ぶつかりに行こうとしたら可哀想な方のノットに止められるんだよ。早くしてよ』
『まだ1時間だろ。あと今年に入って頻発するグリーングラスのうっかりミスはマクゴナガル先生やマダム・フーチが黙認している辺り学べ!』
背側にめちゃくちゃ穴が開いてたり。
『じゃあスニッチを追い始めたメガネズの為に魔法生物のスペシャリストの一番弟子がスニジェットの魅力をお話しよう』
『実況しろっ!』
『別名ゴールデンスニジェット。魔法省分類はレベル4で、まぁ可愛らしい』
『……専門知識と専門技能のレベルが低く感じる言い方はやめてくれ!』
『いやいや、スニジェットは危険性が高いんじゃなくて、保護重視です。魔法生物規制管理部が主に管轄しているの。──体は美しい金、瞳は赤く、くちばしが細くて。そして最も素晴らしいのは丸いあのフォルム! あの体で繰り広げられる超スピードは堪らないよ、いやほんと』
『えっ、お前まさか所持済み?』
『残念、流石に許可くれなかった。学生だから環境的にも絶滅危惧種だけはやめてくれって言われてさぁ』
嘆いたり。
『そう言えばニュート・スキャマンダーが最近起草した実験飼育禁止令』
『……。』
『何か言え問題児』
『……法として暴走を止められるようにって』
『どうしようクィディッチに関係ない話なのに必要なさそうで必要そうな豆知識がゴリゴリ出てくる…』
話題が脱線したり。
『もうこれ私とノットの会話を全公開してるだけだよね!』
『基本お前が実況しないからだ!』
『えー、してるじゃん?』
『特定の人間のみ追うことを実況とは言わねェよ! それはただの追っかけだ!』
叫ばせて、叫ばせて。さらに叫ばせて。
『あ、ポッター、箒が制御不能に陥りました。普段の彼には有り得ない程の暴走具合に振り落とされそうです』
『おおいコワルスキー!? そんな淡々と実況する場面じゃねーよな!? 普通に実況投げ捨てて慌ててもいいと思うんだが!? アレ、お前の親友だろ!?』
『実況しろって言ったり実況するなって言ったり、ノットってホント面倒臭いねェ。あ、スリザリンのハインズが点を獲得』
ジェームズが箒に振り回されたり。
……。
…………。
『はぁあああぁぁぁああぁっ!?』
「うるさっ、あと反応が遅い」
拡張具から口元を離したノットが隣で小さく文句を垂れる。私は勢いのあまり手摺にぶつかったが、しっかりとジェームズを見る。
ブンブンと振り回されている箒に必死に捕まっていた。
『か、解説のMr.ノット。これどうなっているの?』
『全部が全部素人の俺に解説できるものだと思うなよお前!』
『貴族様頼りにしてまーす』
拡張具越しに会話をするとノットは目を凝らして箒を確認する。あれか?これか?とブツブツ呟いて考えている。
ブンブン振り回され続けているジェームズの姿にシリウスは腹がよじれるほど笑っていた。なぜならジェームズがずっと笑っているから。
「多分、錯乱呪文。箒に掛けられてるのは間違いないけど」
「さくらん」
── 呪い、そうだ錯乱呪文を掛ければいい。僕らの歳で高度な闇の魔術を使えるだなんて思わないだろ?
……。
…………。
脳裏にちょっと有り得そうな可能性が浮かんだ。
咄嗟に天使を疑うのはどうかと思うけど、些細な雑談でもスペルも単語も少したりとも間違えることなく覚えている私の超人的な脳みそが今ばかりは憎い。
……脳裏に浮かぶセブルスも可愛いが過ぎるな。
『愛してるよセブルス!』
『お前の思考回路ホント読めねェ! なんでそうなった! おい! 誰かコイツの翻訳してくれ! ご指名だぞスネイプ!』
スリザリン席でレギュラスと一緒に観覧していたセブルスが全力で首を横に振った。
「……!」
『──そうこうしている内にスリザリン点を稼ぐ稼ぐ! さぁグリフィンドール、主役の行動不能に驚いている暇はないぞ!』
セブルスがどこかを見て驚いた顔をしたあと私に視線を合わせた。遠い距離に居るのに、セブルスがよく見える。
セブルスは私が合わせられるようにゆっくりと視線を観客席の1部に動かした。その先では目を開いてブツブツと呟いている様子のスリザリン女子生徒がいる。
『おおっと身に力が入ったグリフィンドール、チームプレイでスリザリンと対立し出す! しかし! ここぞとばかりにスピードを上げるマルシベール! リア充ビーターも妨害工作に動き出しました! 勝負はまだ終わらないようでーすッ!』
『おわっ、やめ、おい肩を組むな! 仲が良いとか勘違いされたら俺は自殺したくなるから!』
ゴーゴー! と拡張具を持った腕を振り上げて、肩を組んだノットの耳元でボソリと呟いた。
「……表現は怒ったままでキープして、ゆっくり視線を動かして。セブルスやレギュラスの位置から見て右30°」
「……アレは、パーキソンだな。様子がおかしいけど」
「……そう、あのパグ顔のかわい子ちゃん。錯乱呪文の術者を見つけたんだけど、ノットが注意出来る家?」
「……難しいな。大体スリザリン以外に対する優しさをノット家に求めるな」
「……ふぅん。多数の人間の視線がある状況では家柄的にスリザリンの味方は絶対しなければならない訳ね」
「お前なぁ」
遠回しな言い方を翻訳する。ノットはまだ親の庇護下にある存在だからノット家の方針には逆らえないみたいだから、彼がパーキソンって人を注意する事は出来ないわけか。
『あっ、見てみてノット、ジェームズが箒ごと落ちた』
『少しは心配してやれよグリフィンドール生!』
『怒らないで私のキティちゃん♡』
ちゅーーっ! とほっぺに愛のキッスを送るとノットは私の脳天に拳を振り下ろした後、顔を怒りで真っ赤に染めて突き飛ばした。
『もう限界だ! あ、マクゴナガル先生ちょっとよろしいですか、コワルスキーが…──』
『いやんいけず』
いてて、と思いながら腰をさすって立ち上がり直すと場から笑い声が響く。実況と解説席の傍にいたマクゴナガル先生に私の文句を報告しようとヅカヅカ向かう去り際のノットと目が合った。
私は私の企みに乗ってきてくれた事に嬉しくてニンマリ笑うが、ノットは顔の赤みなんて知りませんと言いたげな無表情でこちらに視線を送っていた。
いやぁ!スリザリン貴族凄いな!私を嫌がりながらマクゴナガル先生にチクリに行く機転が聞くんだから!
……いやほんと、私何も出来ないし、普通にノットをおちょくっただけだからね。違和感なくいつもの調子でツッコミノットは私に怒り散らすし。凄いな。
視界の端にブラッジャーが掠めた。
『ッ、ブラッジャー、ポッターの元へ向かいます。未だに箒が暴走気味のポッターの脳天にッ! あ、避けた! 3回、避けました。更に大きく飛び上がり勢いを増すブラッジャーッ!』
「飛んでいけやぁああぁッ!」
大きく自分の箒で振りかぶったシリウスがブラッジャーにぶつかりに行った。と言っても箒で軌道を逸らしたと言った方が正しいだろう。
『ここまで聞こえていた飛んで行けという発言でしたが実際は己の箒が折れてまでしても方向を逸らすしか出来なかったのですが、まぁイケメンなんてそんなもんですよね、うん』
「ちゃんと俺の魅力を実況しろよ」
いつの間にか目の前にまで飛んできたシリウスは私に叱咤を飛ばす。その後ろからジェームズが飛び上がって空へと向かっていった。箒は錯乱から解けたようだ。チラリと向ければホッとした様子のセブルスが私を見てサムズアップしていたので、ちょっと冗談じゃないくらい可愛い。セブルス錯乱呪文かけようとか言ってたから反対呪文も使えるの? すごくない?
『おお! マルシベールを追うポッター! グングン一気に空高くまで上昇していく!』
ジェームズは空へ向かう。空へ、空へ!
赤と緑が競い合う中、ジェームズが左腕を伸ばす。2つの箒は急降下し始めた。恐らくスニッチが下へ飛び出したんだろう。
押し合い、競い合い、スニッチを追う2人。ふと、マルシベールの体当たりでジェームズが体勢を崩した。
右手が箒から離れる。なのに左手はスニッチを追いかけたままだ。
ジェームズは地面に向かって…──
『──220対290でグリフィンドール逆転勝利!』
私の声に、ホグワーツ生は盛大な歓声と拍手を惜しみなく送っていた。
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ドタドタと廊下を走る。息が切れても足を止める事はなかった。
「ジェームズッ!」
「医務室ではお静かにMs.コワルスキー!」
ホグワーツの校医であるマダム・ポピー・ポンフリーの注意が飛んで来るがそんなこと全く気にせずベッドでヘラヘラ笑うジェームズの元へと駆け寄った。
「箒で振り回された時に全身傷だらけだっただろうに、ブラッジャーで右手を折ったね」
「よ、よく見てるね」
「しかもマルシベールとの最後になんで怪我しやすい様に左手を伸ばしたの!」
「ス、スニッチが」
「平静保って実況するのかなり辛かったんですけど!反省して!もうあんな無茶をしないって約束して!」
都合の悪い事になると、嘘はつかないにしろ、視線を逸らすのはジェームズの癖だ。
「……ごめん」
きっとこの謝罪はまた無茶をするって予感しているからだろう。
「死んだら元も子もないでしょ……ッ」
「それは違うよミリー」
ジェームズは慌てた様子で私の目を見た。
「死んで何も残せないって、そんなの絶対無いよ」
「いや、でも死んだらクィディッチこれ以上出来ないんだよ?かわい子ちゃんとイチャイチャ出来ないんだよ?」
「まぁそれ以上は望めないだろうね。でもね、僕は死んでしまっても君達の中に絶対生きているじゃないか」
私は1歩ずつジェームズに近付いて頬に触れた。
生きている温度が手のひらに伝わる。
私は両手でジェームズの頬を包むと……──捻り潰した。
「いや、それとこれとは話が違うでしょうが」
「ひゃい、しょのとーりでひゅ……」
はい、クィディッチのお話でした。
かける呪文は解除付きじゃないと使う意味ないですよね。脅し的な意味で。セブルス・スネイプ、と言うより親世代が全体的にチート過ぎて私はこっそり叩き上げ世代と呼んでいます。子世代はゆとり世代。孫世代はみのり世代。ちなみに爺世代は混沌の始まり時代です。