終わりと始まり
「どうして!卿!どうして、コワルスキーが、何故殺して、どうして、どうして……!」
「……。セブルス」
「どう、して!?リクタスセンプラでもなんでも、するのに、また間に合わせるのに!知らないとこで、なんで、そんな」
「……すまない、セブルス……」
その日セブルス・スネイプは1人の友人を失った。
過去一走った。過去一叫んだ。
べチャリと地面に転がるように歩くことすら忘れて友人の元へ這った。身体が崩れ落ちるとはまさにこの事だろう。エミリーの体を抱えると、抜け殻のように軽く、氷のように冷たかった。
「コワルスキー……エミリー!起きろ!」
『ウボァ!?セブルスの名前呼び貴重すぎて脳裏に焼き付いた』
「なぁミリー、起きてくれよ……僕がお願いしてるんだ」
『任せてセブルス!貴方のお願いならなんだって叶えてしまえるんだから!』
「り、リリーが、内輪で卒業パーティーをやろうって、言って、たんだ……」
『卒業パーティー無いって聞いてたのにそんなサプライズなことあっていいの!?言い値で払うよ、世界、ありがとう』
「お前に試験に追われてる時に内緒で……服まで買いに……行ったんだぞ……」
『なんで私がその時一緒に居れなかったの!?くっ、一生の不覚だわ!』
「起きてよ、僕の相棒なんだろ……。僕ら、一緒に生きるんだろ」
──。
痛いほどの沈黙が流れる。
たとえ寝ていたとしても、天使の声掛けに対して返事をしないなど有り得ない。ホグワーツが誇る人智を超えた変態。
返事をしないなんて、あるはずが無いのに。
「……こわるすきぃ」
眠るように穏やかな、満足したような顔をして。未練なんて全然ないみたいな顔をして。
セブルスは悲しさを飲み込む程の怒りに覆われた。
「この
怒ったら謝るだろ。泣いたら慰めるだろ。悲しんでたら、笑うだろ。なんでしない、なんでずっと動かないんだ。
7年間で築かれた確かな信頼がそこにはあった。
グワングワンと吐き気を催す程の痛み。
「──スネイプ!」
涙でびしょ濡れの泣き虫の肩を掴んだのはハシバミ色の瞳をした男、ジェームズ・ポッターだった。
ジェームズは式典前にいきなり抜け出したセブルスと、ピーターから『ミリーを追いかけてセブルスが森に向かった』と言う言葉から、ずっと嫌な予感が止まらず急いで追いかけてきたのだった。
「ポッター……っ」
「な、何?ミリーが寝ちゃった……って、事は、絶対無いよね……」
ジェームズも事態を把握し始めた。ジェームズだってエミリーとは7年間共にいる。セブルスがこんなにも目の前で泣いていて、エミリーが眠っていられるはずが無い。
血の気が引いていく感覚を覚える。そして血の気が引いたからこそ、冷たくなった頭で仮説を立てた。
「──Mr、これは一体、どういう事かお聞きしても?」
赤い目を視界に捉えたジェームズからは隠しきれない怒りと殺意があった。
大きな感情の裏側で、『ヴォルティーグがミリーを殺すだなんて有り得ない』と微かに期待していることをしっかりと隠して。
対するヴォルティーグ……否──ヴォルデモートは、ジェームズに恐れを抱いていた。全身の至る所から警告が鳴り響く。
「(あぁ……こいつは、今のうちに……)」
ダンブルドアの様に強大な敵になるその前に。
「ポッター!」
「なにスネイプ、僕今からこいつを…」
「──コワルスキーが、悲しむだろ」
「…………は、」
殺意に気圧されてもなお告げたセブルスの言葉に、単語にならない息を吐き出したのはどちらだっただろうか。
殺す。と、そう抱いていた言葉が急速に縮まる。
その時、大広間から続々と人が集まってきた。
先頭を走るのはもちろん、悪戯仕掛け人だ。
「っ、何が起こって」
「本当なんだ!あいつが、エミリー・コワルスキーを殺したんだ!!」
キンキンとつんざくような金切り声でピーブズが叫ぶ。嘆き、悲しみ、後悔して、隠すように。
「あいつがアバダをエミリー・コワルスキーに放ったんだ!嘘じゃない!見たんだ!」
ピーブズが言うから、視線はヴォルデモートに集まった。
「──
子供のような顔をしたピーブズは誰も見なかった。
「ヴォルデモートッ!!!」
怒声をあげて杖を振りかぶるのはシリウス・ブラック。
そして彼は、ブラック家の次期当主として、闇陣営を内部から変えようと企む者にとって最もしてはならない行為──ヴォルデモートに死の呪文を放った。
「アバダケタブ……」
「やめてよシリウス!」
必死の形相で杖腕にしがみついたのはピーターだった。小さな体躯を必死にまとわりつかせ、シリウスを必死に止める。
「邪魔すんなピーター!」
「何が起こったのか僕にもわかってない、わかんないよ、ただ、その呪文だけはやめて……!お願いだ……僕とミリーの前で使わないで……」
パニック状態のピーターの必死な訴えだが、頭に血の昇ったシリウスには止まらない。慌ててリーマスがピーターに力を貸す。
リーマスだって分からない、ピーブズの言葉を理解出来ていない。だって殺そうとしても死なないくらい豪胆で、笑顔の絶えないエミリーが殺されただなんて、信じたくない。でもここでシリウスを止めなければ、友として後悔する。
だって口に出したそれは許されざる呪文だ。法として止められてるそれを使えば、まともに友人付き合いをすることも怪しくなるかもしれない。
「シリウス……!止まって!」
「リーマスもピーターも退いてろ!」
傷付けられた獣のように敵意剥き出しでヴォルデモートを睨みつけるシリウスの傍らから、赤毛の女性が飛び出した。
「エミリー、セブ、ジェームズ…!」
「リリー」
亡骸を抱きしめるセブルスを庇うようにリリーが寄り添った。必ず守れる様に、ジェームズと共にヴォルデモートと対峙している。
「──闇の帝王ヴォルデモート、お主、何故エミリーを毒牙に掛けた」
偉大な魔法使いアルバス・ダンブルドアが一拍遅れて現状を把握すると、ニワトコの杖を構えて問いかけた。
「…………なぜ、いやそうだ、俺様がこの女を殺した」
数秒の沈黙の後、ヴォルデモートは引つるような薄気味悪い笑い声と共に杖を空に向かって振るう。
厚ぼったい墨を散りばめた様な雲の隙間から髑髏に巻き付く蛇……闇陣営の死喰い人と呼ばれるもの達の服従の印が覗き込んだ。
「刮目しろ、そして我が名を記憶に刻み込め!俺様はヴォルデモート卿。貴様らの、この魔法界を支配する偉大な魔法使いの名だ!」
1977年。
春が死ぬ時。
新たに訪れた季節は暗雲立ち込める絶望の時代であった。
==========
──訃報
バリン、と。グラスが割れる音がする。
ルシウス・マルフォイは心臓が割れたのではないかと錯覚するほどの痛みに襲われた。
「………………そう、か。我が君が」
マルフォイ邸に送られてきたのはその日の死者の名前がのる死亡新聞と、ジェームズから送られてきた簡潔なエミリーの死亡を知らせる手紙だった。
ブラックではなくポッターがマルフォイに手紙を送るなど、その場で起こっている状況の混乱具合が見て取れるようだ。
「……はぁ…………」
ひとつ、ふたつ。息を吸って吐けば己の罪を自覚する。だんだん痛みに慣れてきて、ルシウスはなぜだか笑えてきた。
「人任せにした罰か」
ヴォルデモート卿と同族の関係はルシウスとて把握していた。というかそもそもエミリーへの手紙に教えて、と書けば天使に関係すること以外隠し事ひとつなく送られて来る。
だからルシウスはヴォルデモートを信頼していた。エミリーを信頼していた。
「……大事なものは、自分で守らなければならないんだね」
距離を離して関わらないことも、自分より強い者に託すことも、どれもルシウスにとっては違ったのだ。大事なものは腕に抱えて、飛び出してしまわないように繋ぎ止めておかなければいけなかった。
「……。きっと、彼女は羽ばたく方が綺麗なのだろうけど」
ままならない。
我が君にも考えあっての事だろう、でなければ消すには惜しい伝手だった。
ルシウスはそんな真実にも近い予想を立てて眉間に皺を寄せた。
「信じられない……な……」
声が震える。
たかが新聞一枚、手紙一枚。
親しい者の死というのはこれほどまでに狂おしい。
自分もだが、この知らせを聞いてショックを受ける愛しい妻の心労を考えると嘘であって欲しいと心から願っている。
エミリー・コワルスキーの死は魔法界全体を揺るがすような大事件にはならない。だが確実に、じわりじわりと侵食した光も闇も丸ごと飲み込むようなソレは、1人また1人と影響を受けている。
ルシウスとてその1人だと言う自覚はある。
「あぁ我が君……実に愚かな……」
==========
ザアザアと雨が降る。
あれから、1週間。
予定より1人少なくなった卒業式をなし崩しに終え、悪戯仕掛け人達はアメリカの地を訪れていた。
冷たい墓標の前で佇む6つの影。
魔法使いとしてはローブが正装ではあるが、アメリカのマグル社会で育てられたエミリーの通夜や埋葬にはマグルの友達も多く、黒い礼服で慣れない作法で別れを惜しんでいた。
「……僕のせいだ」
「違う」
マグルの友人たちは気を使ってか、異様な雰囲気の6人に近寄りたくなかったが故か、真相は分からないが次第に人は居なくなっていた。
「間に合わなかったから」
「違うって言ってるだろスニベルス!間に合わなかったのは僕の方だ!1年の時も、いつだって!間に合わなかったのは……僕の……」
セブルスとジェームズが墓前で揉め始める。
高学年に入り傲慢さが鳴りを潜め、恐ろしい程の冷静さを身に付けたはずのジェームズは決まってセブルスの前では冷静になり切れない。
「やめましょう2人とも……。貴方達が喧嘩したら、エミリーが悲しむわ」
「そうだよ、きっといつもみたいに……。エヴィルを転がして、警告してくるはず……だよ……っ、」
涙も枯れ果てたであろう、リリーの落ち込んだ顔から紡がれた言葉をピーターが泣きそうになりながら同意する。
リリーはピーターの頭をそっと手繰り寄せ同じ傘に入れ、子供をあやす様に撫でた。
「クソッ、所詮あいつは闇の帝王だったってだけだろ」
忌々しげに、地面を転がる小石を蹴飛ばし行き場をなくした怒りを発散させる。
シリウスは最初にヴォルデモートの正体に気付き、ジェームズに教えた人物だ。ヴォルティーグとヴォルデモートの噂の差が激しすぎるあまり危険性を軽視していたし、油断していた。だって、エミリーの事を気に入ってるって言っていたから。
この女なら嘘偽りなくやってのけると思っていた。
「……なんで、ミリーの事、その…殺し、たの。かな」
リーマスが言いづらそうに震える声で疑問を口に出すと、シリウスは不機嫌そうに言うまでもないだろと吐き捨てた。
「闇の帝王は『純血を尊び穢れた血を認めない』っつー思想だろ。コワルスキーは純血じゃないし」
「でも、むしろ僕らには純血の方が少ないし、彼女は半純血だったし、僕も半純血で」
「それにこの中でマグル生まれなのは私だわ。彼が殺すならエミリーより私の方」
「どうでもいいだろ!コワルスキーを殺したのはあのクソハゲ野郎、本人が言ってたし現場も見た!」
リリーの言葉を上塗りするようにシリウスが吠えた。
「あいつが!信用も信頼も全て裏切って!俺らをだまくらかして!殺したんだろ!」
「……どうだろう。僕は、あの人に謝られたんだ」
「所詮口だけだろ!あのクズの考えることなんて、考えるだけ無駄だ!なぁジェームズ」
「…………」
シリウスの問いかけにも関わらず、ジェームズは墓石を見下ろしながら雨に打たれていた。
「ジェームズ、傘をささなきゃ」
リリーがそっと傘を差し出した。
「ミリーって、好きな食べ物何かな?」
「え?」
「ミリーって、ホグワーツに来る前はどんな生活してたのかな」
「……。」
「僕ら、ミリーのことあんまり知らなかったのかもしれない」
墓石に刻まれた名前を見てジェームズが後悔したように俯く。
エミリー・ジェニー・アウローラ・コワルスキー
「見慣れない名前だね、スパイラルホーン」
ミドルネームがあることすら知らなかったのだ。
エミリーは己のことをあまり語らなかったし、天使という冠が着くだけでそれら全てが好物だった。
リリーも危惧していた優先順位の低さがこんなところで後悔として押し寄せるとは思わなかった。
「うぅ……ミリー……」
グズグズと溶けるのでは無いかと思うほどの顔をしたピーターが傘も放り出して墓石に抱きついた。
「うぇ……うう、うううう」
唸り声は雨音に消される。
その時、トランクを片手に持った老紳士が現れた。悪戯仕掛け人達もエミリーの葬儀で顔を見た事はあるけれど、名前は知らない人物だ。
「まずは、ホグワーツ卒業おめでとう……。そして、エミリーの為にわざわざアメリカまで来てくれて、本当にありがとう」
顔に疲労を滲ませた優しそうな男はセブルスが抱えていたトランク──エミリーのスーツケースを指さした。
「1週間その子たちを世話してくれた、んだよね?ありがとう、あとは預かるよ」
「…………っ。あの、失礼ですがお名前は」
「私は、ニュートン……ニュート・スキャマンダーと言います」
「……ニュートってあの?魔法生物学の教科書の著者だっけ」
「あぁ、コワルスキーの親戚だ」
「っ!?」
親戚関係を知らなかったシリウスがセブルスの言葉に驚きニュートを見る。
「私の妻とエミリーの母は姉妹でね。血縁関係はないけど、大事な親族だよ」
セブルスと、そしてリリーはスラグホーン・クラブで話を聞いていたのもあって素直に受け止めた。
未練がましいが素直にトランクを手放せなかった。慣れてるだけで中の魔法生物の世話を1から100まで出来るわけでは無いと考え直してニュートに手渡した。
「……よろしくお願いします」
「もちろん」
ニュートは我が子を撫でるようにトランクを確かめる。
「約束していたんだ。お互い死んだ時はお互いの魔法生物は任せる、と」
アメリカの魔法界で育つはずだったエミリーをイギリスに引きずり込んだのはニュートだ。彼はこの結末に責任を感じている1人。
エミリーの入学前の幼い頃を思い出していた。
「私が受け渡すもんだと思っていたんだけどね。まさか私がエミリーの形見を受け取るとは……思ってもみなかった……」
「すみ、ません」
「君たちが謝ることじゃない。君たちは、絶対に悪くない。……エミリーに誓ってもいい」
「彼女は贔屓な選民主義なので公平性はよろしくないかと」
「…………。ふふ、たしかに」
無理矢理笑った表情でニュートは中の魔法生物の確認もあるため『これで失礼するよ』と言い姿くらましをした。
「あのスキャマンダーの親戚かよ……。あぁもうほんと、言えよな」
恨めしそうに呟いた。
「そろそろ戻ろう……。コワルスキー家に挨拶をし直さなきゃ」
エミリーの生家に向かえば、出迎えたのは拳だった。
「ミリーをイギリスなんかに行かせるんじゃ無かった!」
兄のリアム・コワルスキーである。
大事な片割れであり庇護すべき存在の愛しい妹の訃報に、彼は1週間泣き叫んでいた。
傍らで恋人のイオが支えていたが、イオも小さな頃から可愛がっていた妹分を失った身。ショックも大きく、止める気力も無い状態だった。
「返せよ、僕のミリーを返せよ!」
「リアム……。彼らに言ったって仕方ないだろ」
目を真っ赤にしたリアムに詰め寄られ、それらを全てシリウスが受け止める。ギリッと奥歯が悲鳴を上げ、拳も真っ白になるまで握りしめられていた。
興奮したリアムを宥めるのは疲れ果てた顔をした父親のジェイコブ・コワルスキーだ。この一週間、店を開けるどころか食事も喉を通らず、店に残されたパンは、リアムの彼女のイオやその父親が同情して片付けてくれていた。
酷く感謝したが、口に出せる程落ち着いて居なかった。無論、それはその2人も分かっていたが。
「すまない……。みんなも知っているが、息子は娘を随分愛していたから」
「……えぇ。痛いくらい、分かってます」
ジェームズが代表して頷く。
泣き腫らした顔をしているのはこの場にいる誰だって同じことだった。
「通夜も、ミサも、埋葬式まで。娘の側にいてくれてありがとうね」
「いえ、こちらこそ願ってもないことでした」
「……未だに、信じられないんだ。何度も何度も寝顔を見たのに、いや、見たからこそ眠ってるようにしか思えなくてね……」
ジェイコブは信じられないと何度も何度も口に出しながら憔悴しきった顔で項垂れている。
「私はノーマジの中では魔法界に関わって来た人物の一人だろう。だが所詮それまでだ、魔法界については妻やニュートやティナ……それに君たちの方がよく知っている」
「そういえば奥様は……」
「気力を保ってたけれど、今は疲れも祟ってか倒れてしまって……。病院に」
「ご挨拶……しそびれましたね」
「君たちにとっては我が家にとっても子ども同然だから、いつでも来てくれていいんだ」
か細く微笑んだジェイコブは思い出したかのようにリビングに向かう。
「…………夏休み以外にもね、君たちのことを手紙で嬉しそうに書いてくれていたんだよ」
ジェイコブは机の上に置かれた箱の中から開封済みの手紙をいくつか取り出した。
見覚えのある便箋がいくつかある。悪戯仕掛け人達も、この手紙を書いている姿を昨日までのことのように思い出せた。
「……っ!」
ボロボロと涙が出るのを止められず、口元を必死で押さえ嗚咽を殺す。そんな仲間の背をさすり合い、肩を寄せ合った。
ジェームズとシリウスの2人は貴族ということもあり、気丈に振る舞った態度でジェイコブと接していたが。
「ジェームズ君はリアムにすごく似てると。そしてアメリカ人みたいで馴染みやすいと。あぁ、でも最近の手紙にはきっと偉大な事を成し遂げる男になる、ってかいてあったな」
「ミリーが……」
「シリウス君は気安い仲だったんだろうね。遠慮なく言い合えるのがとても心地いいと、将来魔法界を背負うのであれば陰ながら支えたいと書いてあったよ」
「……。教えてくれて、ありがとう、ございます」
「セブルス君は可愛くて仕方がないようで。いつもいつも褒め言葉ばっかりだったけど、思い出すようにご飯をしっかり食べてくれないの、と……文句を言っていたよ」
「………っ、………直接言え、あの馬鹿」
「リーマス君はすごく頼りになると。リーダーシップもあって美丈夫で将来有望だと。ふふ、いつか可愛いお嫁さんが絶対できるって思われてたみたいだね」
「フィールドワークに、一緒にって、誘われて……ました……」
「ピーター君の根性には目を見張るものがあるって手紙に書いているよ。本人の評価が低いけど、思い切りの良さや吸収速度のおかげで助けられたことがいくつも書かれていたよ」
「ミリー……。そんな、僕だって、何度助けられてた……」
「リリーさんはね、色々なことを教えてくれたとよく書いてくれてたよ。マナーや身嗜みから化粧まで。己を蔑ろにしがちなエミリーをすごくすごく、それこそ姉妹のように大事にしてくれたのが伝わってね」
「いえ、いいえ!私は結局、エミリーに1番大事なことを教えられなかった!私は……っ!もっとエミリーに、自分を大事に……大事にして欲しかっただけなのに……!」
ついにとうとう、比較的気丈に振舞っていたリリーが膝から崩れ落ちた。
「私、エミリーに企んでたイタズラあったのよ!?なんで、どうして置いて行っちゃうの!貴女なら文句言いながら、お祝いしてくれると思っていたのに……。沢山手紙、書くからぁ!返事をちょうだいよエミリー……!」
机には多くのシンパシーカードと呼ばれる故人や遺族に送るメッセージカードや色とりどりの花が積まれていた。中にはどうやって届けられたのか分からない土が付いた花なども。恐らく野生の魔法生物達からだろう。
白は慣習として宜しくないとはわかっているものの、イギリスで共にすごした魔法使い達は皆、決まって真っ白な百合の花を贈っていたのだという。そこには純血も半純血もマグル生まれも、教師も生徒も関係なく名前が刻まれてあった。
エミリー・コワルスキーは、種族も国も差別も立場も全てをひっくるめて愛されていた。
そうしてエミリーの短い物語は完結を迎えた。
大人になり、立場が変わり、彼らを繋ぎとめていた鎖が錆びて崩れ落ちる。
1度だけ、魔法が使えるなら。
──1980年7月31日
「おはよう、僕の愛しい子。君のミドルネームはね、僕の大事な人の名前なんだ」
新しい物語の表紙が開かれた──。