1-1.おはよう世界
私は生きた。
私はとんでもなく幸せだった。
「約束、守れなかったな……」
皆決まって未来のことを約束してくれていた。
真っ白な駅の中、たった1人だけでぽつりと立っている。
どっちが前でどっちが後ろなのか分からないけど、眩い光が照らしている。けれど影は無かった。
「行かなきゃ」
──エミリー
私は迷うことなく、その足を進めた。足元は次第に水浸しになり、1歩1歩が重たくなっていく。
体が段々水に沈んでいく。
白くて。白くて。
暖かい。
とぷん。
「あぁハニー、無事に産まれたよ」
「見えてるってば。ふふ、潰れたカエルみたい」
「僕には分かる、この子はきっととんでも無い美人になるよ」
眩い光に目がくらんで瞬きをすれば、霞む視界の中からぼんやりと輪郭が見えた。
淡いストロベリーブロンドから覗くのはくすんだ……私の好きな緑色。
「ハニー見てよ、この子泣かないのに自発的に呼吸を始めたよ!天才かもしれない」
「リアムうるさいわよ」
──というか私と同じ顔だな。
──というかリアム兄さんだな。
「え…………」
兄さんは目玉がこぼれ落ちそうになるくらい目を見開いた。
その目からボタボタと大粒の涙がこぼれ落ちてくる。目玉がこぼれ落ちないだけマシだけど待って涙っていうか最早ナイアガラみたいな量の涙なんだけど。
「はは、ははは!」
壊れたように狂ったように笑うリアム兄さんは私を抱き上げた。
「帰ってきた!帰ってきた!僕の可愛いエミリーが!」
「ちょ、ダーリン!?」
「……おかえり、おかえりミリー。随分寝坊助だったねぇ」
ちょ、目が回る。
私が手足をバタバタ振り回すとリアム兄さんは歓喜あまって私に抱きついた。身体が悲鳴を上げているけど、それより待って今私の耳にイオ嬢の声が入ってきたって!兄さんより先にイオ嬢でしょ!
「君の名前はね、ミリ・コワルスキーだよ。おはよう」
私、エミリー・コワルスキー。
死んだと思ったけど、兄さんの子供として転生したみたいです。神様ありがとう!!!
1982年、日差しの強くなってきた夏真っ盛り。
「えーー!!なんでよ!なんでよなんでよなんでよ!」
「当たり前じゃないかミリ。僕が許すとでも思ってるの?」
エミリー改めてミリ・コワルスキーとなった私。産まれてようやく2年が経ち、歩いたり話したりすることがようやく問題なくできる様になって来た頃だ。
もちろん前世のアドバンテージがあるのと、早めに発語や行動が出来た方がいいだろうということもあって同じ2歳に比べたらそりゃもう優秀だけど。
「ミリ、おいで」
「もちろんだよイオママ♡♡♡♡」
イオ嬢改めて私のママになったイオママに呼ばれるがままに抱きつく。ママは私を優しく撫でたあと美しく微笑んだ。ギャンかわ。その笑顔だけでご飯3杯は食べられるわ。
「リアムが言う理由も分かるわ。ミリ、貴女がまだエミリーだった頃イギリスで何が起こったかきちんと分かっているの?」
「天使と……戯れてた……?」
「このおバカちゃん!」
「きゃあ!」
こんな美人のママが居ていいのか、私は前世で徳を積みすぎているのでは?
「ベイビー?貴女の前世の最期はなんだったかしら?」
「うぐっ」
「コワルスキー家は貴女を亡くす辛さを身に染みて分かっているのよ?貴女をみすみす、死因蔓延るイギリスに行かせるとでも思うかしら?」
「でっ、でもイオママ!私イギリスには沢山友達が居て」
「ミリ♡」
「抗えない…………」
イオママのとんでもない美しさの前に抗議をやめてしまった。心の中は涙がナイアガラの様に流れてくる。いや現実からも宗教的な美しさを前にして涙が止まらない。
あ、ナイアガラの滝と言えばナイアガラの滝に済む水竜の噂が気になった結果ヴォルちゃんと一緒にコードレスバンジーをして水ポチャした記憶があるな、でも結局噂は噂でしかなくて見つけられなかったんだよね。
帰ってきてリリーにめちゃくちゃ怒られてしまった。ただでさえ魔法が使えない私が一般人なら死ぬような行動をしたのがお気に召さなかったらしい。可愛すぎて血反吐ものだよね。
おかげでリリーの説教の怖さは2人して身に染みたよ。
説教と言えば、リーマスが説教する時って決まって腕を組んで見下してくるの最高だと思う。監督生として下級生のやりすぎた後輩を叱っていることが多い。確か呪われた金庫だとか危険なものに首を突っ込もうとしたのを判明したとかで。ホグワーツって頭おかしいくらいに危険なものが多いわよね。
「……。あ、そうそうミリ。母さんがミリのためにミートパイを作ってくれたって」
「ほんと!?私、あれだーいすき!」
パン屋コワルスキー・クオリティ・ベイクド・グッズという人気店の店長である祖父と祖母(感覚的には未だに父と母)のジェイコブ父さんとクイニー母さんの手料理が食卓に並んでいる。
リアムパパがパン屋の跡継ぎということもありイオママと共に実家暮らしなので、エミリーであった頃と生活がそんなに変わってないのがありがたいところだ。
「でもやっぱり私イギリスに行きた……」
「早く着替えて食べてしまいなさい。今日はスキャマンダーさんが来る日よ」
「任せてママ。光の速さで味わって食べるわ」
そういうことなら急いで食べるから待っててね麗しのママとニュート伯父さん。
美味しい食事に頬をとろけさせていると、勝手口からノックの音が聞こえた。ゴンゴンゴンと慌てたような音だ。
「イオ、ミリを頼むよ」
「え、えぇ」
兄さ……リアムパパはソファの収納スペースから銃を取り出し、警戒しながら扉を開いた。
えっ、銃なの?
「エミリー!」
「伯父さ……」
「貴方が本当に僕らの伯父であるなら分かるはずです。エミリーが最初に手を取った生物のことを」
「ユニコーン、と言いたいところだけど、最初の生物は君のことだねリアム」
「ちょっとキモいよ兄さん」
「どっこいどっこいよミリ」
イオママに咎められた。好き。
「それより銃をそろそろ下げて欲しいね、私でも流石に銃は厳しいから」
リアムパパは警戒心をといて銃を下ろした。
「……手紙でリアムから聞いていたとは言えど、本当にエミリーなのかい?」
「えっ、顔がいい」
この人90間近とか信じられない位美しいしこんなに綺麗な老人がいてたまるかって感じなのだけど。衰えるところを知らないその美貌もだけどいつまでも少年心を忘れない表情とか含めてあまりにも人間じゃない、もう神秘。
「伯父さん、魔法生物達は元気!?うちの子ちゃんとご飯食べてる!?リアムパパから伯父さんが世話してるって聞いて一安心していたのだけど、私ったらこの体躯じゃない?お世話をするにはまだ肉体が出来上がってないから伯父さんに任せる他なくって。あ、そうそう、魔法薬の棚の上から3段目の奥側に貴重品が入ってるからそれだけは魔法生物に倒されないように……」
「あの、それより君は本当に?」
「それにしても今日も美しいね伯父さん、ところでティナ叔母様とアベルは?もちろん伯父さんもとっても素敵な紳士なのだけどね、私個人的にはその伯父さんがメロメロになってるティナ叔母様の魅力に心酔しているのよ!はぁ……ゴールドスタイン家の魅力ったら留まるところを知らないんだから、きっと歳を重ねても叔母様は益々綺麗になるんだわ」
「あっ、エミリーだコレ」
伯父さんは額に手を当てて空を仰いだ。
「ティナは下のパン屋でクイニーに挨拶してるよ。ちなみにアベルはリアムに子供が出来た事だけしか知らない。キミがエミリーだって言うのは知らないままだよ」
伯父さんはそのまま私の死後何が起こったのか教えてくれた。
多くの人が参列してくれて、伯父さんが魔法生物を預かってくれたこと。兄さんとイオ嬢だけでなく、アベルも結婚して今は子供が1人いるらしい。何それ、会いたいんだけど。
「そして昨年、君を殺した『例のあの人』は色々あって打ち破られた。死亡を完全に確認出来たわけではないけど、向こう10年くらいは様子を見なきゃね」
例のあの人……つまりヴォルちゃんの事か。彼には謝罪とお礼を言わなきゃいけないけど、死んでしまったのなら伝えられないか。
うーん、それはすごく残念だ。
「…………ニュート伯父さん、僕はノーマジ?で、すくいぶ?だし、あまりよく分からないのだけど今イギリスにあの人は居なくて、治安は……」
「うん。少しずつ良くなってきてはいるよ。いなくなってたった1年だけど」
「ミリがその、僕的には全然微塵も許せないんですけど。ずっとミリが訴えていて」
「あぁ。会いたいって感じの事で間違いないかな」
「そうなんで………………っえ、あ、嘘。そんな、それじゃあ」
「今読んだんだね……?そう、私も止しておいた方がいいと思う。彼女のためにも」
ニュート伯父さんとリアムパパが話し合いをしている。うーん。恐らく私がイギリスに行きたいし友人に会いたいと駄々を捏ねていることなのだろうけど、リアムパパはどんどん顔色が悪くなって来ている。
「あの……?2人とも?」
「──そうだエミリー!魔法生物の世話はまだできないと思うから図鑑や飼育方法や資格の試験内容の本を沢山持ってきたんだ!身体が成長したらアメリカで資格でも取ろうか!」
「えっほんと!?ドラゴンブリーダーとかも!?」
「うん。行ける行ける。今のアメリカ魔法省は私に大恩があるからね、幼くとも実力を示せば試験くらい早めに受けさせてくれると思うよ」
「わぁい!ありがとうニュート伯父さん!」
「もちろん、忖度無しで」
私は喜んで拡張魔法のかかった袋を受け取った。この中にたくさんの魔法生物に関する資料が入ってあると考えたらワクワクして夜も眠れないわ。
「ところで私イギリスに行きた……」
「ティナに会いに行こうか」
「もちろん!!!!!(大声)」
ティナ叔母様にはしっかり泣かれましたが、抱きしめられて役得でした。
3歳
「兄さん、大人同伴じゃ無ければ外出も出来ない状態なの厳しいわ」
「アメリカの治安と外見年齢考えてから言ってね」
「よってそろそろイギリスに遊びに」
「隣の花屋でイオの誕生日ブーケを買ってこようかと思うんだけど、どの花が似合うと思う」
「薔薇一択」
「行ってきまーす」
「はーい!…………あれ?」
6歳
「イギリスに旅行!行くの!!」
「ミリ、ハニーがマリウスお義父さんの招待で会食に向かうんだけど、イオに似合うドレスを選んでくれないか?」
「する♡」
8歳
「ねぇクイニー母さん。私、イギリスのスキャマンダー家に遊びに行きたいなぁ」
「そういえばそろそろニュートが試験の為にアメリカに来るって言ってたような……?あのニュートを前にしてそんな身なりでいいと思っているのかしら?おめかししましょう」
「うん!……うん?」
10歳
「ブリーダー試験合格おめでとう!まさか本当に歴代最年少でドラゴンの資格を取れるとは思っても見なかったよ」
「アメリカのドラゴンと出会えたのは僥倖すぎたわ。アメリカの魔法省ってスタイリッシュで素敵ね。マグル社会に馴染」
「ノーマジ」
「ノーマジ社会に馴染み深くって……あれ、というか私ってそもそも魔法使いなの?未だに癇癪で魔法とか前世含め使ったこと無いのだけど」
「不用意に前世のことを言わないこと」
「は〜い」
「さて、約束通りミリに合格祝いとして魔法生物を渡そう。ミリ・コワルスキー、君の叔母さんが使っていたものだ」
「ところでイギリ」
「魔法生物達に早く会いに行こうか」
「もちろんだわ!……あれれ?」
──ポストを覗くと、手紙が入っていた。
「なんで、なんでイギリスのクソッタレ学校から手紙が届くんだよーー!!!!!!」
燃やしても燃やしても届けられる手紙に、白旗を上げたのは兄さんの方だった。
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9月。イギリスのロンドンにあるキングクロス駅の9と3/4番線からホグワーツ特急が出発する。
今はお昼時だが、長時間の移動のため到着は夜になる。相変わらずの話だ。
「ミリ」
ニュート伯父さんが私の持っているスーツケースをちらりと見て注意をしていく。
「いいかい、決して死なないこと」
「──うん」
何よりも心のこもった言葉。
私はどうしても、ホグワーツに行きたいと願った。だからアメリカでブリーダーの試験を受ける時、こっそりニュート伯父さんと一緒のイギリス学校に通いたいと願ったからきっとイギリスから入学の案内が来たんだ。
「キミのお母さんとお父さんは、任せてくれ」
「うん、『私』のせいで魔法嫌いになっちゃったもんね」
すごく嫌がっていたけど、私はイギリスの魔法界で会いたい人が沢山いる。ごめん兄さん。
ニッ、と笑って辛そうな顔をするニュート伯父さんに語りかける。
「ねぇ伯父さん。私、エミリーを誇りに思うよ。あれだけ尊い人生を歩めた人間って中々いないんじゃないかな」
「でも、死んでしまっては、元も子も、ないじゃないか」
「死んで何も残せないって、誰が決めた?」
年老いてしわくちゃになった頬を、11歳の手で包む。
「私も昔、同じことを思ってた。でも、とっても勇敢で、馬鹿で、そして誰よりも頼りにしてる男に教えてもらったんだ。大切な人の中に生きてるって」
あの可愛くない天然パーマの男を私は思い出していた。
「私はエミリーの人生を否定したくないの。残せてないなんて、嫌だ。エミリーの人生は無駄じゃない、元も子も、あるんだよ」
「……ッ、残せて、」
伯父さんは苦しそうに眉間に皺を寄せていたけど、私の小さな手を両手で包んで小さく息を吐いた。私と目が合う。
「よく聞いて、そして約束してエミリー……いや、ミリ。どんなに辛いことがあっても、希望は捨てないで欲しい。足掻いて、足掻いて、どうしようもない事を、知ったとしても命がある事に絶望しないで」
「……うん。苦しんでも、悲しくても、希望は捨てない。──そこに可愛い子がいる限り!」
きらーん、と決めポーズを取るが、伯父さんは罪悪感塗れの顔をした。挙句の果てに私の胸ポケに在中するウトラに向かって頼んだとか頼んでいる。
「今生の別れじゃないんだから!それじゃあ行ってきます!」
「ふはっ、それはどっかで聞いたセリフだね」
エミリー改めてミリ・コワルスキー。可愛いは正義、美しいは罪という世界の神秘に気付いたアメリカ人で、そして悪戯仕掛け人の1人、スパイラルホーン。
ユニコーンの角のように何度でも蘇って会いに行くの。
「──許しておくれミリ。真実を伝えることが出来ない意気地無しの私を」
この作品実はダブル主人公で、続いての主人公はミリ・コワルスキーっていう名前でエミリーの姪っ子でした。