「第3回、コワルスキー被害者の会!」
グリフィンドールの男部屋の中で、そんなことをシリウスが言い出したことをよく覚えている。
リーマス・ルーピンには、かけがえのない友がいた。
「ミリーの被害者って普通に全学年に居そうだよね」
「最もたる被害者ってセブルスなんじゃないの?」
「あいつは割と望んで傍にいるから今は例外!今後は仲間に入れる、かもしれない。多分」
シリウスの宣言にみんなが苦笑いをする。その通り、第17回辺りで参戦し始めるのだが、同室ということもあり4人は話を弾ませた。
「明日の朝一の授業ってなんだって?」
「魔法薬学だったかなぁ」
「ジェームズ!ピーター!話を聞け!」
「なんだってんだい兄弟。ミリーに何をされたの?」
「……………。スネイプにちょっかいかけたら魔法生物の糞を投げ返された」
「クソ爆弾じゃなくて!?」
「アッハッハッハッハッ!本物投げられたの!?」
それはシリウスが悪いんじゃん。
リーマスはそんなこと思いながら机の引き出しに入れたチョコレートを1粒取り出して口の中に放り込んだ。
「クソ〜っ、あの第一印象詐欺師」
「エミリーの第一印象は儚げな美人だからね」
「貴族って見られてもおかしくないよアレは」
「んー。僕はエミリーよりエバンズの方が貴族っぽいと思ったよ。コワルスキーは近所に住んでそうかな」
「近所(アメリカ)」
「海を渡ってるんだよねぇ」
リーマスは己の罪を懺悔するかのように胸の前で手を握りしめ、3人に向かった。
「神よ」
「はぁーい」
「ジェームズの神様ムーブクッソ軽いな」
「神様、懺悔します。……僕、エミリーの事一瞬いいなって思ってました」
「センス悪い?」
「神様の発言が酷い」
ジェームズがリーマスに向けて庭先で泥だらけになりながら庭小人と泥投げ遊びをしているエミリーの姿を発見した時のような顔をした。
「えっ、というかミリーの事好きってこと?」
「いやー好きって言うよりはいいなーって感じでさ。ほら、見た目すごく美人だし」
嘘だ。本当は好きだった。
リーマスは思春期特有のごまかしで『べ、別に好きじゃねーし』をした。
「アハハ、ミリーって見た目だけはモテそうだけどね中身はそこまでモテそうじゃないじゃん!ねぇシリウス、ピーター」
ジェームズがさぞかし馬鹿にしたように笑って同室を見やると、シリウスとピーターは明後日の方向を見ていた。
「えっ…………」
「だってエミリー、というかすっごい可愛い子に毎日朝から可愛い可愛い言われるんだよ……?」
「俺は別に、見た目はそんなじゃないんだけど。俺の事邪険に扱ってくるやつなんていねぇから……」
少なからず、友情では無い感情を抱いていた事はある様だ。リーマスは良かった僕だけじゃなかったとホッとした息を吐いた。
「君ら正気?」
「もう正気。大丈夫、コワルスキーみたいな変態は絶対恋人に無理」
「分かる……。自分だけならともかく皆に言ってるんだから、特別にはなれないよね」
「うん。すごく、その、気持ちが萎える」
あくまでも我らは初恋被害者。初恋継続のジェームズには分からないだろうが、初恋は叶わないのだ。初対面だったからフィルターがかかっていただけ。
見た目と好意で初恋を奪われた訳ではないシリウスに少し引っかかったが、リーマスとしてもド黒歴史で仲間を見つけた安堵感から深くは考えなかった。というか考えたくなかった。
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「──どうして……」
エミリーが眠っている。
セブルスがエミリーを抱きしめて見たことないくらい泣いている。ジェームズが2人を背中に庇っている。
リーマスの人生は卒業前に転落を迎えた。
最高の友達、最高の仲間。これから先の人生も、就職は上手く出来なかったけど皆がいるなら乗り越えられると信じていた。
「どうして君が居ないんだよ!!!」
勝手に置いていった彼女に向かって、口汚く罵りたかった。きっとそんなことを言っても喜ぶだけなのだろうけど。
卒業後、リーマスは1番落ちるところまで落ちたと自覚している。殺人こそ起こしてないものの、ノクターンに出入りし犯罪スレスレの仕事をした。
ジェームズとリリーの結婚も参加はしたが、めでたい席なのに心に大きく空いた穴が邪魔をして上手く祝えなかっただろう。
ピーターとセブルスは仕事が忙しいのかパタリと連絡が途絶えた。というよりリーマスが人との繋がりを絶った。
だから、ジェームズやリリーの訃報を知ったのも、ピーターの訃報を知ったのも、シリウスのアズカバン行きを知ったのも後になってからだ。
「どうして!どうして!ミリー、君が居れば僕たちはバラバラにならずに済んだのに!」
悪戯仕掛け人だけではなく。きっと闇の帝王と噂される彼だって。
「皆……どうして……」
自ら関わりを拒絶していたくせに、全部ぽっかりと無くなってから後悔する己に反吐が出る。
だから脱狼薬も飲まなかった。飲めなかった。
自分のために作って開発してくれたエミリーを冒涜しているような気持ちになって。
何よりセブルスに合わせる顔がない。
「ごめんよセブルス、僕は独りで苦しむから、君も1人で苦しんでくれ」
傷の舐め合いをするよりも、幸せだった日々を忘れてしまいたかった。
満月の度に傷が増えていく。
醜い傷だった。
1年、2年。10年。
年月が去り、時間は記憶をあいまいにさせる。
リーマスの狙い通り、生きるのでさえギリギリの生活を送っていれば辛かった思い出は過去のものになっていく。そんな時にダンブルドアから『ホグワーツの教員にならないか』という連絡が入った。
ガタンゴトンと、日頃の疲れのせいでぐっすり寝入るホグワーツ特急。
懐かしい夢を見た。
「ねぇリーマス。忘れないで、あなたは1人じゃ無いから」
「ミリー」
「月が憎い。夜が近づく度にリーマスは月に魅入られてしまうから。でも、次の日の朝に貴方におはようと言う瞬間は何よりも幸せな時間ね!」
いつでも君の言葉は暖かかった。エミリーに嫉妬されるなら、月も悪くないな。なんて。
顔も表情も、何年も1人で思い出さなければぼやけてくる。声も、どんなのだったっけ。
でも、匂いだけは覚えてるよ。
狼は嗅覚が優れてるんだ。
そう、だって今みたいに。
色んな獣の匂いが混ざった、お世辞にもいい匂いとは言えないけれど、太陽や薬草やサバンナみたいな落ち着く匂い。
──トロリと黒い液体が夢の中で漏れた。圧倒的な不快感の中、冷えた空気が喉の奥にツンと来る。
目が覚めた。
背中がまっさきに飛び込んだ。子供たちを守るように立ち塞がるグリフィンドールのローブ。ストロベリーミルクティーの様なふわふわとした髪が冷気に馴染む。
これは現実なのか、夢なのか。一瞬で分からなくなってしまった。
「──ミリー……?」
掠れた声で呼びかければ、一瞬にして思い出が鮮明に甦る。
「おはよう、寝坊助さん」
その顔も、表情も、仕草も、匂いも。全部全部同じなのに。
思い出よりも幼くて、思い出よりも綺麗で。
思い出より自分自身は薄汚く落ちぶれてしまった。恥ずかしさが出てくるよりも先に、危険に自ら突っ込もうとするエミリーの幻にリーマスは一旦止めに走った。
「(懐かしい…………)」
ジェームズに似た子。この子はきっと昔に会った事があるハリーだろう。
エミリーに似た子は、いいや、似てるなんて言葉じゃ抱えきれないくらい同じだ。
「危険な物に近付かないように。もっとも、君は言っても聞かないんだろうけど。僕らの願いだよ」
ヴォルデモートになんて近付くからあの子は命を落としたんだ。
幸せな気持ちになれないのは、きっとディメンターのせいだ。
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「こんばんはセブルス。久しぶりだね」
「急に正門に行けと言われた時は殺してやろうかと思ったが?」
夜、セブルスの私室へ赴けば待ち構えていたのか不機嫌そうな男が出迎えた。
リーマスは旧友との再会に歓喜あまって抱きついた。
叩き落とされた。
「手紙のひとつも寄越しもせず、全くもっていい度胸ですな?」
「ごめんよセブルス。流石我が友だ!」
「世辞が下手である。グリフィンドール5点減点」
「ちょっ、教師はノーカンでしょ!?」
「では適当な理由をつけてコワルスキーに減点を落とすこととしよう」
「うわあ……」
とんだとばっちり宣言にリーマスは懐かしい名前に対して同情を向けた。
「…………アレと話したのか」
「鋭いねェセブルス」
どうせ居座るだろうと思い、ティーカップを2つ用意した男はリーマスを見下ろした。
「ミリと話したよ。恐ろしいくらい、ミリーに似てた」
「ふん。だが、エミリーより恐ろしい。最近の新聞はどうやら読んで無いようだが、ドラゴンとバジリスクを手懐けているぞ」
「!!??よくミリーが言ってた憧れの魔法生物!?それをあの子が!?ミリーより酷い!」
「左様」
同じと見て舐めてかかると痛い目を見る。そういった警告をしてくれているのだろう。
相変わらず優しさが分かりにくい男だ。
「仕草も何もかも一緒なのに、ミリーより聞き分けが良くて助かったよ」
「ほう?」
「ディメンターに向かって行こうとしたのを止めた所」
「…………はぁ」
心配している時は怒っているようにも見えるほど眉間に皺を寄せる。
懐かしい仕草にリーマスはクスリと笑を零した。
「ねぇセブルス。ハリーとミリは元気だった?」
「やかましすぎるほどにな。つい昨日まで我輩の家に泊まっていたくらいだ」
「そうだったんだ?」
「試薬で部屋を出ることは少なかった為、ほとんど別行動ではあったが食事は同じ机で取っていた」
「……羨ましいな。これならもう少し早くホグワーツに戻ってくるんだったよ」
「さてさて。どうであろうなぁ?貴様は自分の意思では戻ってこなかっただろう」
「うっ、痛いところ突くね」
リーマスは心臓を押さえた。
そうだ、思い出に浸るのが怖くて怖くて仕方なかったんだ。
「もう、僕ら2人しか居ないんだ」
「…………。」
「お願いだよセブルス。君まで居なくなったら、僕はもう生きていけない……」
「……リーマス」
「未だにシリウスがピーターを殺したりお兄さんにジェームズ達を売ったりしたのは信じられない。でも、僕は自ら真実を見ないようにしてた。もう、信じられるのはセブルスだけだ……」
項垂れたリーマスの頭に、セブルスはひとつ薬を飲むと片手を置いた。
「撫でてくれるのかい?」
「ふんっ!」
「いだぁ!??」
筋肉増幅薬でリーマスの頭を思いっきり握りしめたのだった。あまりの痛みにリーマスは涙目で友を非難する。
「酷いよセブルス!こんなに傷付いている僕に!」
「我輩は」
セブルスはリーマスの目を見た。
「僕は、コワルスキーが勝手に死んで行ったことをいまだに許していない。ポッターやリリーについても忘れてやらないが、あの二人よりコワルスキーの死に関しては張本人への怒りと呪いしか残ってない」
「そりゃ……いやあ……否定も何も出来ないけど肯定も出来ないよ」
「死んだら祟り殺すと本人にも宣言していた」
「物騒!」
「陰気臭く落ち込むより、殺したいほど憎めば良かろう。コワルスキーはそれを受け止めないような狭い心と正常な性癖を持ち合わせてはおらん」
「君ってやつは……」
後半に関しては同意する。
彼女ならどんな感情を抱いていたとしても変わらず愛してくれるだろう。
エミリーの愛情を余すことなく一身に受けていたんだ、それくらい分かる。
たとえ死んでも、喧嘩をしても、遠く離れても。上手く言葉が伝わらなくて誤解しあっても。エミリーは絶対に変わらない。
「本当に友達思いだね、スニベルス」
「その名前はそこまで気に入ってないんだがなムーニー」
「そうだ。さっきミリにも教えたんだけど、死人に口なしだし君にも秘密を教えるよ」
「ほう?」
「君とジェームズ以外、3人ともミリーのこと好きだったんだよ。一瞬ね」
「……………。なるほど?」
セブルスは少し考え込んだが、リーマスに向けて微笑んだ。
「それはとても、いい情報だ。ピーターとブラックも。ほう、そうか」
「最近夢に見てね。共感性羞恥っていうか黒歴史を抱え込みたくなかったから、巻き込み」
「これはこれは。草葉の陰から泣く犬と鼠の鳴き声が聞こえてきそうである。よりにもよって姪に教えるとは」
「いいだろ?時効だよ時効」
悪戯を企んでいる笑顔にリーマスは首を傾げた。
「知っているかリーマス。ホグワーツの秘密がどういう末路を辿っているのか」
「それ教員にも通用するの!?」
「冗談だ」
「君の冗談、すごく分かりにくいよ。君が僕の初恋を広げたら君の初恋も広げてやる」
「…………休戦と行こう。僕は何もしない」
「おーけー。僕も何もしないよ」
「……………………ふ、」
「あっ!セブルスそれ笑ってるだろう!?キミの笑い上戸はしばらく止まらないんだから!」
心から沸き立つワクワクとした感情は、本当に何年ぶりだろうか。
リーマスは、これから迫り来る事件など微塵も気付かず、この尊い時間を噛み締めた。