ミリ・コワルスキーと言えば。
そう問われれば、子供たちは揃って『変態』と声を揃えるだろう。
変態は留まる所を知らない。毎日毎晩息を吐くように愛を囁き、生まれたことに感謝しながら大変変態を晒して暴れ回っている所は、1年生以外はまぁまぁ慣れた頃だろう。
天使の定義は様々で、老若男女生死問わず情けないくらいに顔面を緩ませている。
目に見える美人だけなら納得するが、中年の先生にまで大きな愛を表現する癖の広さには皆戦慄するのだ。
そして『変態』の次に出てくる単語と言えば、学生らしく学術面が出てくるだろう。
「あとは魔法生物」
「魔法薬もね」
「呪文学とか変身学や飛行術は微妙ね」
──魔法生物
普段持っているトランクの中に沢山の魔法生物が居ることを知っている生徒は多いだろう。本人が言いふらさないので自ら知った者は少ないが、噂話はすぐに広がる。
少なくとも、同じ学年の者は1人欠かすことなく知っていた。
そしてハリーは同学年の中で唯一トランクに 入ったことがある為、彼女の魔法生物愛をこれでもかと知っていたのだ。
闇の魔術に対する防衛術の授業はこれまでの2年間と比べて非常に楽しい授業だった。
皆の怖いものを知ることができるという意味でもワクワクしていた。
ミリの手番となり、皆が学年一の怖いもの知らずの『恐怖』とは何なのか、注視していた。
「…………魔法生物?」
まさかミリの怖いものが存在の代名詞とも言える魔法生物だとは思わなかった。
ざわりと周囲が動揺している。
「違う、違う違う違う!そんな、そんなわけがない!」
顔を真っ青にしたミリが叫んだ。
「私が!違う!──私があなたを怖いわけが!」
怒っている様にも見えた。いつも飄々としていて、喜び以外の感情を見せないミリが、感情を剥き出しにして叫ぶ。
助けを求めるために先生であるルーピンを見れば、彼もまた呆然と立ち尽くしていた。
「違う……!違うの!」
エミリーは必死に叫ぶ。
「私が怖いのは君じゃない、違うの!やめて、嫌だ、見せないで!」
コワルスキーのボガードが数歩足を進め、あろうことかハリーの方へ向かった。
「あ……」
怖くはなかったはずのものが、ミリが怯えるからと足がすくむ。
──バン!
扉が大きな音を立てて開かれた。
「……チィッ!この馬鹿共は……!」
大きな舌打ちがして、真っ黒な蝙蝠が生徒達の前に躍り出た。
「やめてっ!誰も、傷付けないで!」
「こっちだ!!」
セブルス・スネイプがハリーの前に立ち塞がり、ボガートの標的が変わる。
「いやだ、セブルス!」
スネイプは心から不機嫌な表情を浮かべる。その目には呆れも浮かんでいるようだった。
しゅるしゅるとボガートは魔法生物から1人のグリフィンドール生に変化した。
その生徒は地面に横たわっていて顔が見えない。地面で寝ている様な、そんな姿だ。
「ミリ……?」
覚えのあるストロベリーブロンドと赤いローブ。
誰かがその生徒の名前を呟いた。
でも、違和感がある。寝ているから分かりにくいが、幼さが無いような。そう、まるで──七年生になったコワルスキーを見ているようだ。
「……。リディクラス」
スネイプが杖を一振すると、ボガートはムクリと起き上がって笑顔を浮かべた。
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
心の底から吐き捨てる様に呟いたスネイプ。すぐさまボガートを盛大に洋箪笥にぶち込めば、くるりと方向を変えた。
「諸君、本日の授業は終わりである。月曜までにボガートについてのレポートをそれぞれ調べまとめておくように」
「は、はい」
そう子供たちに指示したスネイプが次に何をしたのかと言うと。
「あの、スネイプ先生……」
「何かねドラコ」
ミリを小脇に抱えルーピンを肩に担いだことだ。
「????」
「!!??」
困惑に困惑を重ね、地面から足がつかなくなった2人は大混乱である。
「……。スネイプ先生の体は痛みませんか?」
「諸君らが1年の時に呪文学で習うウィンガーディアム・レヴィオーサ軽量化の魔法は、人体にも利用できる。以上だ。我輩は先を急ぐため、質問は明日するように」
嵐のように現れ、嵐のように去っていった。
台風の様な一人の変態のせいで仲良くなったグリフィンドール生とスリザリン生は、互いに顔を見合せて、首を傾げる。
「何が起こったんだろう?」
「わかんない……」
「ミリって魔法生物?」
「というかスネイプ先生はレイブンクローとハッフルパフの授業だったんじゃないかしら?」
「そうだったと思うよ。アンソニーが教科書持ってるの見たから」
ガタガタと洋箪笥の中でボガートが動く音だけが響く。
ひとまずハリーは、ミリが置きっぱなしにしているトランクを手に取った。
「コワルスキーっていっつも大荷物だよな」
「これ?」
「うん、それ」
「たしかに。この中ドラゴンとかバジリスクとか入ってるよ」
「えっ……!?」
「魔法生物が、この中に?」
あまり生態をよく知らないスリザリン生が驚愕の声をあげた後、後退りして距離をとる。
「だから、僕不思議なんだ。肌身離さず魔法生物を持ち歩いてるミリが、まさか魔法生物を恐れてるだなんて。想像もしなかった」
「めちゃくちゃ怖そうだったもん、ミリだって怖がるよ」
思い出してネビルが震える。
剥き出しの歯からヨダレが滴り落ち、今にも食べられそうだった。
「ハリーに向かっていったのに、よく怖がらなかったな」
「うーん。でもね、ロン。アレより怖い魔法生物、この中にいるし」
「距離置いていいかな?」
なんなら魔法生物以外も居るのだが、ハリーはいい子なので口を閉じた。
「でもミリは『私が怖いのは君じゃない』って言ってたわ」
「まぁ、何かしらあったって事なんじゃない?見た目が怖いと架空で怖がるっていうよりトラウマとかのタイプだと思う」
ラベンダーがパーバティーの言葉に一旦納得の表情を浮かべる。
「でも……俺はスネイプ先生の真似妖怪の方が気になるかも」
「先生、コワルスキーが怖いんだな」
「気持ちは凄くわかる。僕も一瞬チラついた」
今度はスリザリン生が口々に言い始める。
「でも、私ならミリが起き上がって這い寄ってくる姿の方が怖いわ。スネイプ先生のボガートはまるで寝てるみたいだったから」
ハーマイオニーの反論にドラコは首を傾げる。
「静かな方が怖くないか?」
「そう?」
「あぁ、鼻血出して倒れた瞬間とか、こいつの変態もそこまで行くのか……ってなったし恐怖を感じた」
「倒れ……──っ!」
ハリーは思わず口を押えた。
「……あれ、ミリじゃない」
「え?」
「あれ、きっと、違うんだ。あれきっと……エミリーだ……」
エミリーの名前に聞き覚えがない面々はハリーの真っ青な顔に心配そうな表情を浮かべた。
「大丈夫かポッター」
「ありがとうドラコ……。でも一人で抱えたくないから暴露させて」
「英雄殿、巻き込み型の自爆は止してくれないか」
心配して損した、とドラコは思ったものの、顔色は悪いままだ。
「僕の両親とスネイプ先生と、あと多分ルーピン先生って同級生だったんだけど」
「あの二人同級生なのか!?」
「というか両親って……」
「そこはひとまずどうでもいいんだ。スネイプ先生にはもう1人同級生が居てね。エミリー・コワルスキーって人が居たんだ。ミリの叔母さん」
「あれ、ハリーのミドルネームってエミリーじゃなかったっけ?」
「そうなんだよ、エミリーから取られてるみたい」
ミドルネームとは言え、見るからに女の名前を付けられ同情を寄せた。もっとも、ハリー本人は微塵も気にしてない様だったけれど。
「エミリーはミリにそっくりらしくって。見た目も、性格も」
「うわぁ……」
「でも……卒業する前に」
ハリーの言葉に全員ゾッとした。
つまりは、そういうことだ。
「先生は多分、亡くなった時を見てしまったのね」
「僕きっと、ミリが亡くなってるの見たら、ぜっっったいトラウマになる。だってあんなにおしゃべりで飄々としてる人が、物言わぬ死体になって、そんな、そんなのって」
ミリは必ず返事をする。無視などしたこと無いだろう。
動かないのも静かなのも、彼らは一気に恐ろしくなった。
「スネイプ先生がミリに当たり強い理由って」
「あれは素直にコワルスキーがうざいしうるさい」
「フォローしたくても全然無理だった。確かにうざいしうるさい」
無言の時間が続くと、廊下ならピョコリと半透明の何かが顔を出した。
ピーブズだった。
何故かミリに懐いており、長年ホグワーツにいるとも聞く。
「なぁなぁ。セブルスが2人を担いでどっか行くとこ見たんだけど、何があった?」
「ピーブズ、ボガートって知ってる?」
「うん知ってる!ピーブズあれ好き」
かくかくしかじかと生徒たちが口々に起こった状況を説明すると、ピーブズは頭を抱えた。
「……セブルスのボガート、ピーブズにも盛大にダメージ入るんだけど」
「じゃああれはエミリーなの?」
「うん。絶対そう。誓ってもいい」
ピーブズの表情に皆が口々に感想を言い始める。そんな中、ピーブズはハリーを見た。
「ハリー、悪戯仕掛け人について聞いてみろよ」
「フレッドとジョージ?」
「いーや。もうちょっとだけ、前のやつ」