「コワルスキー、僕を置いて逝ったら許さないからな」
失う恐怖に脅えながらそう約束したのは1年の時だ。
言葉を惜しまなかった。
前向きだった。
人を大事にして、感情を大事にする子だった。
清くて。
正しくて。
強くて。
真っ直ぐで。
でも──嘘つきだった。
卒業前。
僕は7年共にいた友人にひとつサプライズを企んでいた。
「違う、スネイプ。そのドレスローブはやめておいた方がいいよ」
「ん?そうなのか?」
「ウエストラインが曲がっているやつは女性用。それに一切他の色を使わない真っ黒だなんてセンスが無い。全くさ、君プリンス家を引き継ぐ予定なんだろ?」
「そうだけど……」
「服の仕立て、モノの価値、見た目、合う合わない。これら全部必須科目だからね?」
「……苦手だ」
「だろうね。ほら、シリウスを見てみなよ」
「……フリルたくさんだ」
「見るからに成金とか、調子乗ってる服だろう?Mr.ロングボトムの母君より派手だ。でもシリウスは着こなす──顔がいいから」
「ブラックの遺伝子め……!」
「僕らはあいつと違ってキュートな顔なんだ、合うものと合わないものを見極めなきゃ」
僕はジェームズ・ポッターに仕立ての何たるかを教わりながら、内輪での卒業パーティーの準備を進めていた。
「ミリーの事だし喜ぶだろうね」
「このご時世だからパーティーが行われないってのは分かるけど、僕ら危機感無くなっちゃうよ」
「俺が良いとこ予約しといたから、卒業式後にあいつ掻っ攫って実行するぞ〜」
「「おー!」」
毎年行われていた卒業パーティー。本来であれば卒業前に行われるのだが、戦時下ということもあり無くなってしまった。それを悲しんでいた友のために。
僕らを繋ぎ止めた彼女に報いたくて。
「ま、リリーが僕と婚約したことをミリーに言うみたいだから、僕は殺されないようにしないとだけどね」
「本当にリリーを幸せにしないと死んでも殺しに向かうからな?」
「スニベルス、君本当にしつこいよ。いやぁすまないね!君の幼なじみ、射止めたの僕だったようだ!」
「ブラック!お前の相方どうにかしろ!最近本当に調子に乗ってる!しつこい!」
「浮かれてるなぁ……。それよりスネイプはまだエバンズの事好きなのか?」
「………………。」
「初恋バカ。本当にバカ。叶わない初恋と、詐欺みたいな初恋はさっさと諦めるのが賢いぜ?」
「シリウスやめて黒歴史同盟」
「いやー!初恋って叶うもんなんだね!まだリリーの手料理食べれたことないけど!」
ポッターなら任せられると思ってしまった。
僕には進みたい未来が2つあって、初恋を叶える未来と、こうやって皆と馬鹿騒ぎしたい未来。
言葉を惜しまない彼女のおかげで僕の言葉数は入学前より増えた。
前向きな彼女のおかげで失恋しても前向きになれた。
彼女が人を大事にするから、僕の世界は僕とリリーだけじゃ無くなった。僕の世界は広がった。とてもいい意味で、色んな人と馬鹿できるようになった。彼女が感情を大事にするから、僕の感情は全て許された。だから卑屈とか恨みとか憎しみとか、喜びとか。僕は僕の感情を殺さず大事に出来た。リリーの決断もポッターのウザさも大事に出来る。
「ねぇエミリー。君のことすごく大事な友達だと思ってるよ。だから──」
「……セブルス、もうエミリーは目を覚まさぬ」
「嘘だ!信じない、信じられない……!いやだ、エミリーは僕が呼んだら絶対起きる!起きてよ、起きて……エミリー。僕と約束したじゃんか……」
ゴロゴロと暗雲が立ち込め、ポツリポツリと雨が降り始めて。世界が泣くようだった。
信じられなかった。
本当に、信じたくなかった。
頭の中にモヤがかかったみたいに、膜が張ったみたいに外側からの言葉が聞こえなくなった。
僕の感情は、僕に発言することを覚えたせいで『悲しい』『悔しい』『怒っている』と訴えてくる。こればかりは己の感情に鈍ければ良かった。エミリーが絶えず注いでくる愛情のせいで、柔らかくなった心に鋭く突き刺さる。大きな大きな穴がぽっかり空いて、その穴から大事な何かが零れていく様な気がして僕は必死に繋ぎ止めようとした。
後に閉心術だと言うことを知るのだが、ぼんやりと卒業式を受ける僕を少し離れた場所で見守っていた。
「その、スネイプ……」
「ちゃんと飯食べろよ?」
同室だったノット達が僕を気遣う様に肩を叩いて悲しんでいる。彼らだってエミリーと仲が悪いわけじゃ無かったから、ショックを受けているだろうに。
僕はそんな感想が生まれたことに酷く驚いた。僕は相手の立場に立って考えられるような人間だっただろうか。
それはエミリーのせいだと言うことにまた気付いて落ち込む。
僕は言葉が増えた。前向きになった。世界が広がった。
彼女のせいで。
エミリー・コワルスキーという呪いのせいで。
僕を1人で苦しませてくれないなんて、不幸の中心にいるように嘆けないだなんて。大罪だ。
与えられたものがあまりにも多すぎた。健康も学生生活も友情も考え方も生き方も。こんなにも影響を受けているから、体が引き裂かれたように痛いんだ。
「ダンブルドア先生」
「セブルス。卒業以来じゃな。……まだろくな食事を取っておらぬようじゃな。どれ、ミートパイでも届けさせよう」
「……コワルスキーの葬式の後、僕は闇陣営に入りました」
ダンブルドア先生は驚いた顔をした。
「何故じゃセブルス。エミリーを殺したのは……」
「分かっています。エミリーが大事です。だから、エミリーが大事にしたいものを大事にしたい」
死に顔は幸せそうな寝顔だった。
安心したように幸せそうに、その顔が忘れられない。忘れたくない。
「ヴォルデモート卿の目的を探ります」
「危険じゃ。危険すぎる」
「それに、僕が危険になればなるほど、エミリーは僕を守るために化けてくれるかもしれない」
正直怖くはないんだ。危険だと思ってはないんだ。
エミリーは彼を信じていたから、僕も信じる。ヴォルデモート卿は僕に謝ってくれたから。その言葉を信じたい。
もしかしたら、エミリーが僕にしてくれたように、闇陣営の彼らとも手を取り合えるかもしれない。
「信じてないんですかダンブルドア先生。エミリーなら僕が泣いたら絶対来るんだ」
酷く寂しいよ、隣に君が居ないのは。
ダンブルドア先生はとても険しい顔をしていたが、僕の譲らない心を見て最後に一つだけ質問をした。
「どれほどの時が経っても、友を信じると?」
悩む余地がなくてとても助かる質問だ。
「──永遠に」
ゴーストになったっていいから。僕らの前から居なくならないで。
君がいないと、僕らは離れ離れになってしまうんだ。
僕らには君がいればお金も名声も何もいらないんだ。真の友がいれば、他にはもう何も要らないから早く戻ってきて。
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リリーとポッターが亡くなり、ブラックが捕まる。レギュラスは当主になり、ルシウスも当主になった。
僕もプリンス家を継承し当主となったが、暫定的なもので教師業を優先している。
リリーの子、ハリー・ポッター。
ヴォルデモート卿が消滅した原因でもあり生き残った英雄とも言われる可哀想な子供だ。
幼い頃は死喰い人としての活動と、被害を食い止めるための活動で動けなかった。しばらく経てばペチュニアに虐待まがいの生活を強いられていると聞いた。
後見人が何も出来ないせいで申し訳ない。匿名で援助だけはしておいた。
「……っ!?」
1991年。新入生にコワルスキーと全く同じ姿をした子供が混ざっていた。
ハリー・ポッターもジェームズ・ポッターと同じ様な姿だが2人は表情も仕草も全く違う。
だからこそ浮き彫りになる奇妙さ。
彼女は表情も仕草も、全く一緒に見えてしまった。帰ってきてたのかと、夢だと錯覚するほど。
零れ落ちそうになる涙を必死で堪えて、直視しないで済むように目を背けた。
目の奥がじわりと痺れて、鼻の奥にツンとした痛みが突き刺す。
忘れた時など、一時もない。
眉間にシワを寄せて涙を堪えれば、ミリ・コワルスキーはグリフィンドールに振り分けされた。
「セブルス……あの、も、ももしかして、こ、コワ、コワルスキーって……在学中あああ貴方と被ってい、いた有名な……」
「の、親族であろう。名前から考えて、姪の可能性が大きい」
「…………あの、ぼ、帽子切り刻むとか、きこ、き、聞こえるのだけど」
「左様であるな」
エミリーも一年の時ハッフルパフに入りたかったと駄々を捏ねていたが、リリーとブラックに止められて引き摺られていたな。リリーと同じ寮だからとケロッとしていたが。
懐かしさが心の奥の柔らかいところをぐちゃぐちゃに掻きむしる。僕らはバラバラになってしまったというのに。
「スネイプ先生、ずっと見られてますよ」
「知りません」
ミリ・コワルスキーの視線が痛いほど刺さる。
どうしてそんなに僕に注視するんだ。
「チュウ……」
焦ったような様子で逃げ込んできたネズミを机の下で袖に隠す。
どこまで一緒なのか分からないが、対策をしておく上で重要だろう。
「コワルスキー……」
その謎は、想像以上に早く解けることになる。
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「──シレンシオ!」
今学期初授業。
オリエンテーションからコワルスキー節を炸裂させたため、混乱して痛む頭を自覚した。
気持ち悪い。
不気味なほど一緒だ。
自分のことが大好きなところや、口説き文句、グレンジャーやドラコに対する態度。何もかも同じだった。
エミリー・コワルスキーとリアム・コワルスキーは似ているようでちがう。もちろん見た目は似ているのだが、愛情表現などはリアムの方が大人しい。むしろリアムの中身はジェームズ・ポッターに似ていると言ってもいいだろう。
だから、エミリーを知らない子供がエミリーと全く同じ育ち方をするとは思えないのだ。もし、見習うなら親のリアムだろうに。
それにロングボトムと組ませたが、大雑把な癖にきちんと作成している手際に酷く既視感を覚え、指先が震えた。
「うわぁ!?な、急に何!?」
ガシャンと素材が地面に叩き落とされた音。そちらを見てみれば困惑した様子のロングボトムと鍋の火を止めるコワルスキー。そしてサラサラとメモ帳に文字を書いている姿が見えた。
……その文字も書き方も、エミリーの癖は1番そばで見ていた。
「火を止めて入れなきゃ爆発するの?よく知ってたね、ありがとう……助かったよ……」
なぜ、マグル生まれがそんなことを知っている?
どういたしましてと言いたげに微笑む顔が本当に蘇ってきたような錯覚に陥る。
心臓がバクバクと痛い。
真実を突き止めなければ、潜入にも支障をきたす事になるかもしれない。
授業が終わり、後片付けと次の準備を終わらせると拭いきれない違和感の無さに恐怖が何度も蘇る。せめて、違うところが見つかれば。
追いかけるとちまっとしたグリフィンドールが横並びで歩いている姿が目に入った。
ミセスノリスがその行先を防いでいる。
なんと声をかけたら良いか頭の中で考えていると、ポッターが呟いた。
「……そういえば猫ってゴーストすら居ない様な場所をじっと見てるよね」
コワルスキーはその質問を聞いて笑顔を浮かべると嬉しそうに答える。
「──それはフェレンゲルシュターゲン現象って言うのよ」
足が止まった。
「そうなんだ?僕、初めて知った」
「私もよ。語源はどこから?」
「30年か40年前くらいにドイツのシュターゲンさんって人が付けたらしいの。愛猫の名前はフェレンゲル」
「へぇ、自分の名前が発見したものに付けられるのって、すごく面白いじゃん。まあ覚える方はたまったもんじゃ無いけど」
脳裏に蘇るのは自分が1972年、学年で言えば2年の時の記憶だ。
女子トイレでハロウィンの計画を企んでいたところ、『可愛い成分が多すぎる』だなんていいながら何も無い空間を見つめるエミリー。
もちろんそこには透明マントを被った4バカが居たのだが、そんな変態センサーはさておきエミリーの姿が猫に見えた。
「えー?その現象って何か名前あるのかなぁ……」
「あれはフェレンゲルシュターゲン現象と言うぞ」
「初めて知った」
「だろうな」
知るはずが無い。だって──僕が適当にその名前を付けたから。
「20年前にドイツの物理学者が発表した研究結果だからな」
「フェレンゲルさん?」
「いや、フェレンゲルは愛猫の名前だ。シュターゲンが学者名」
「へぇー!賢いねぇセブルス!可愛い!」
疑うことを知らず情報源も調べずに僕の言うことだからと愚直に信じるエミリー。
「…………コワルスキーって馬鹿なんだなぁ」
それがなんだかうれしくて。
だからそれは、僕とエミリー達じゃないと知りえない言葉なんだよ。
「──おめでとうコワルスキー、貴様が今期1番初めの罰則だ」
「なんで!?」
決まっているだろう。勝手に死んだお前を、僕が許すはずがないんだから。