─矛盾─   作:恋音

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7.ピーター

 

 グリフィンドール塔からまるで時間を潰す様に城を練り歩くピーター。心配過ぎて後ろを付いてきたけど全く気付いてなさそう。えー、これどうしたんだよう。

 

 ついに彼は天文学塔の1番上までやって来てしまった。

 もうとっくにテストなんて始まっている時間。

 

 私は危うく感じてしまい、思わず手を伸ばした。

 ピーターの二の腕の部分を掴む。

 

 力いっぱい引き寄せて、こちらを向かせて、目を合わせても、ピーター自身の目の焦点が合ってない。

 

「……ピーター?」

 

 いつも以上に意識がふわふわとしている。おかしい、絶対おかしい。風邪とかそんなレベルじゃない事は確か。

 

「ピーター! ピーターッ!」

 

 肩をゆさぶって見ても何も答えてくれなった。無視はこの世で1番キツイです。

 ホグワーツで1番高い塔だから強い風が吹き荒れる。ローブがバサバサと風を受ける中、ピーターは杖腕を大きく振り上げた。手に持っているのは杖だ。

 

 バッ、と向けられた杖先に光が灯る。

 

「ッ、わぁ!?」

 

 赤い閃光が爆ぜた。

 狙いはどう考えても私だ。

 

 ふっふっふっ、日頃から魔法生物を相手にしてきた私に敏捷性及び反射神経で勝てると思──あっ、待ってお願い待って、連射されるとキツイ。

 持っていたスーツケースに赤い閃光が少しぶつかる。ピキっと何かが壊れる音がしたけど、今は外観の破損より中身の魔法生物の安全確保!

 

 私はスーツケースをスライドさせる様、入口の段差側に投げ飛ばした。

 

「ピーター!ど うしたの!? 私にそんな殺意湧い……てるわけないよね! ピーターめちゃくちゃ優しくて友達思いだもん! え、私友達だよね? だよね? 信じてるよ?」

 

 ゴロゴロと転がりながら避ける、避ける。かすったとしても、当たって無ければどうということは無い!

 あの呪文がなんなのか魔法族1年目にも満たない私には分からないけど、これは攻撃されていて、当たるのは絶対にダメだということだけは分かる。でも体力に限りはあるし、普段から思ってたけどホグワーツほんとに寒くて酸素が薄い! どんな標高してんだバカ!

 

 よし、とりあえず杖飛ばす事から始めよう。

 

「えーっと、えーっと、ダメだッ、コレ教わってないやつだ! 全く脳内にルシーボイスで再生されないッ! いやそもそも! 使えるかわからない!」

 

 1つたりとも魔法を成功させたことがない私が! この状況で出来ると思えない! 火事場の馬鹿力でピーターに怪我させても本末転倒!

 

 答えは物理だ!

 

 床を蹴って蛇行しながらピーターの元へ向かう。赤い閃光が放たれて、一歩下がって距離を取って、また蛇行で進む。

 

 かするだけでは魔法に効果は無いらしい。だけど飛び出た釘に擦れるくらい痛い。

 実体験じゃなくて文字の上で知りたかったね! 血が出ないだけまじだけど私も卵肌はもうボロボロだよ!

 

 

「だから、ピーター・ペティグリュー!」

 

 距離が近くなった。でも私の手が届く前に杖の先が当た──!

 

 

 

「ッ」

 

 当たると思った。

 でも杖に灯った光が一瞬弱まって、杖から魔法が出る前に間に合った!

 

 倒れ込んだ勢いでゴロゴロと転がる。ピーターだけは怪我させるまいと、杖腕はしっかり握ったまま2人の体の間で固定し、私はピーターの頭を抱え込む。

 くっそぅ、勢いを付けすぎた!

 

 背中に床のボコボコした木目がダイレクトに伝わる。これが冬なら防寒具がクッションになって痛みが和らいだだろうに。

 

 漫画やアニメの様に、オチはゴツンと壁に後頭部がぶつかる所で回転が止まった。

 

「痛い痛い痛い! ピーター大丈夫怪我してない!?」

「ッ、ェミ、リ! ぶはっ、助かった! ありがとう頭がしっかりしてきた!」

「そいつァ良かった可愛いな今日も相変わらず!」

 

 意識をハッキリと持ち直したピーターは今までに見たこと無いレベルの真剣な顔だった。そして今までに無い至近距離で可愛い顔を見て私は普通に悶えた。

 

「それ朝も言った…──じゃなくて! お願いだエミリー! 右手が全然言うこと聞かない、早く杖を壊して!」

 

 だろうね! 頑張って杖先をピーターにも私にも向かない様にしてるけど私の力でもギリギリだから! 自分自身の知らない全力を無理やり引き出されてるぅ、って感じ!

 

「無理だよピーター! 杖に魔力溜まってるから折ったらピーターに反動が行く! あとついでに私も!」

「でもキミを殺すよりずっといい!」

「当然のデレに私はこんな時なのに和んでしまった! 誰か私を殴って!」

「殴ってあげるからエミリーのこんな状態でも揺るぎない所に和んだ僕も殴ってね!」

「痛い!」

 

 ピーターは左手で私を叩く。殴るというよりパチンと軽い衝撃を与えたみたいに感じた。

 ギリギリッ、とお互いが全力で杖腕を止めようとする。背中に流れる汗が酷くなってきた。

 

「なんで、こんな事に……!?」

「分かんないけど! 分かんないけど僕は正常じゃない! 誰かに操られてッ!」

 

 杖から手を離させようと手を握ってもこじ開けられない。このままじゃ手自体がボロボロになる。

 

「早く壊して!」

 

 必死な声で叫ぶピーター。

 バチバチと赤い火花が杖先から飛び散る。

 

 こんな状態で杖を折ったら必ず魔法が逆流する。呪文学の教科書に書いてあったという事をルシーの音読で覚えている! 間違いなく暴発だ暴発!

 

「だめ、無理、出来ない」

「僕はここでキミを傷付けるくらいなら! 死んだ方がマシだ! 自覚しろよ! 僕はキミ達を大事な友達だと思ってるんだ! 僕はキミに守られる存在じゃないんだ!」

 

 自由の効く左手でピーターは私の胸ぐらを掴んで訴える。

 

 

「……えっ、ピーターの勇ましさが今までの可愛いフワフワした感じと違ってキュンキュンする。これが……ギャップ……? 嘘だろ最高な扉が今開かれた」

「キミの馬鹿はきっと死んでも治らないねッ!」

 

 可愛いのカッコイイは幸せでしかない。

 はわ……馬鹿にする姿も可愛い……天使……。

 

「お願いだよエミリー。……僕にキミを守らせて」

 

 懇願する表情で言われると心が揺れ動く。ピーターの望みは極力叶えてあげたいけど、それでピーターが傷付けば、最悪死んでしまったら。

 魔法の逆流は普段以上の威力を発揮する。そんな事知ってるはず。

 でも言葉通り、死ぬほど願う事が私の無事なら。

 

 葛藤する。迷い揺れ動く。

 

 

 私は自分が死んでもいいから助けたい。でもそんな方法を見つけられない。

 ピーターの望みを、叶えてあげたい。でも私は助けたい。

 

 天使を優先するか、私を優先するか。

 

「エミリー、大好きなエミリー。お願い、僕のお願いを聞いて。僕が1番願っている事を、叶えて」

「そんな、卑怯な!」

 

 

 

 ──パチパチパチパチ……!

 

 

 

 場違いな拍手が耳に入った。

 力は緩めない、気は抜けない。今少しでも手の力を抜いたらあっという間に杖腕は自由を取り戻す。

 

「いやぁー、素晴らしい友情だよ。予想外だ」

「……この声、トレーネ!?」

「先生、だろ。Ms.コワルスキー」

 

 視線を声のする方に移すと、作り物の様な薄ら笑いを浮かべて優雅に立つ姿がある。

 

「な、なんてセオリー通りな!皆に好かれる顔のいいイケメンは大抵碌でもない奴って決まってるのに!まさかその通りな人材だったとは!恐れ入ったよトレーネもげろ!」

 

 これだからイケメンは嫌いなんだ! これだからイケメンは敵なんだ!

 DADAの教師であるトレーネ(天使に仇なす者)はピクリと笑顔を崩したあと、芝居がかった様な仕草で肩を竦めて首を横に振った。

 

「あァ、愚かなグリフィンドール」

「確かにテストすっぽかしたね。心配してくれてありがとう先生」

「絵画を通してダンブルドアが気付くと思い、発動時間もズラして作ったというのに」

「細やかな心遣いが素敵だよ若作り先生!」

「……一定の衝撃で意思が戻るとは。都合の良かった実験体の成長不足もあってこうなるか。コレは試作品は改良の余地ありだな」

「勉強熱心な先生素晴らしいよ! 流石!」

 

「──エミリー、エミリー。トレーネ先生が可哀想だからその翻訳やめよう」

 

 翻訳機なので全ての言葉をツンデレとして脳内で解読する事が出来るよ。被害者ピーターは首を横に振って私の解読を止めようとしないで。

 

 アノ人、悪イ人間、僕ノ友達、利用シタ。

 

 話の内容を理解出来ない訳じゃないよ。

 

 

 トレーネシスベシ。つまりそういう事だね?

 ピーターを操り人間の試作に使った罪深き業、決して許せるものじゃない。

 

「シナリオはこうだ。ピーター・ペティグリューは魔法に狂い、エミリー・コワルスキーを……殺した」

「ッ! エミリーお願い逃げて!」

「はい? トレーネ! ふざけないでよ!」

「冗談では無い、お前はここで死…──」

 

「──ピーターには毎日殺されてるわ阿呆!」

「ぬ……ぅん? は?」

「天使の可愛さはねェ! 時として驚異的な威力を発揮するんだよ! 常時殺意高めだけどいつでも私は燃え死ぬんだよ! なめないで!」

 

 

 何を常識的な事を言ってるんだと怒り狂う。馬鹿にしてる。いっつも馬鹿馬鹿言われてるけどそんな事分からない程馬鹿じゃないよ!

 ピーターの可愛さは私を気軽に殺せるんだよ!

 

「……もう、これだからエミリーは」

 

 はぁ、と深いため息を吐かれた。解せない。

 

「アバダケタブラ!」

 

 私の知らない呪文がトレーネの杖から飛ぶ。どこかで聞いた事ある様な呪文だが、魔法は一撃でも喰らったらろくな事にならない。未知の魔法なら尚更だ!

 

 ピーターを抱えて数歩だけでも杖の光から逃げる。

 緑の光は地面にぶつかり消えた。

 

 人間にしか効かない魔法、という事は物理的な破壊ではなく失神や毒や体内に効くもの、だろう!

 

「お前が1人を守りながら2人の魔法相手にどこまで持つのか楽しみだな」

「エミリー避けて!」

 

 ピーターの杖から赤い閃光が放たれる。

 

 あっっっぶな! 避けき── 「アバダケタブラ!」 まだ一息も付けて無いわ阿呆!

 

 緑の閃光と赤の閃光をギリギリの状態で避ける。体力がもう持たない。赤の閃光に擦れる割合が高くなってきた。

 緑の閃光は死んでも避ける。アレは絶対少しでもぶつかればアウトだと直感が教えてくれる。

 

「2人分の魔法、そしてお前は攻撃する者も守らなければならない」

 

 トレーネの杖が向いた方向は、ピーターだ。

 

「エミリー僕はいいから逃げて!」

 

 赤い閃光を放つ右手を止めようと左手で必死に押さえるピーターだが、体は左上半身くらいしか動かないみたいだ。

 

 緑の閃光がピーターに放たれる。

 

 赤の閃光を避け切って、ピーターをタックルしたら何とか避けきれた。でもその隙に赤い閃光が私に向かう。

 

 

「はァ! 何この、ッ難易度!」

 

 息を切らしてもう一度緑と赤の閃光を避け始める。ピーターから距離を取りすぎると、いざという時彼を突き飛ばすのに間に合わなくなっちゃう。

 

 トレーネから距離を取りつつ、赤の閃光とトレーネの攻撃を避け、ピーターの杖腕を掴み、杖を取り上げないと!

 

 3人が直線上に来たらピーターにトレーネの攻撃が当たるかもしれない。気が抜けない! 内ポケットに手を突っ込めればまだ違うのに!

 

 

 今すごく魔法に怯えて魔女狩りする一般人の心が分かる。これは怖いわ。守れない未来が凄く怖い。

 

 

 何度も何度も試しても、流石はDADAの先生。狙いを狂わせたりなんてしないし的は的確。

 私の隙をつこうとしてくる。

 

 ピーターを操る何かは動き自体は単調だけど、追尾的な操作があるのか魔力を溜める以外で止まることは無い。

 

 

「あァ、もうこうしましょう」

 

 トレーネが諦めた様な声で杖を構え直す。

 

「DADAの教師として最期の授業をしてあげますね」

 

 

 そう言う『トレーネ先生』は、普段の様な落ち着きがあった。私に笑顔で辛辣な言葉を吐いて、皆から好かれた先生。40に見えない外見故に美容に力を注いでいる女の子から人気を集めていた。

 

 

「教える魔法は武装解除呪文。基本的に相手を傷付けず、武器を取り上げて無力化するだけもの。 魔法界での決闘に使える呪文として、非常に初歩的かつ攻撃的な要素が少ない術です」

「そうですかそれはありがとう! 私実技劣等生なので運頼みで貴方に掛けますね!」

 

 ピーターの元にようやく辿り着いて腕を掴みあげる。ホッと安堵の息を吐いてトレーネを見た。

 

「エミリーお願い、逃げて……!」

「ごめん! 私にはそのお願い叶えてあげるの、ちょっと無理みたい!」

 

 泣きながら懇願するピーターに私は残酷な笑顔を突き付ける。苦しませているのが私だと分かっている。傷付けるのを嫌がっているのに私はその行為を助長させている。

 

「その呪文はこうです。──エクスペリアームス!」

 

 初めて聞いた魔法は紅色の魔法で、私はその発音を口の中で転がしながらピーターを抱きしめた。

 

 

 本当に武装解除するだけなら、避けきる体力のない私が出来るのはただ一つ、盾になる事だ。

 しかしその魔法は予想以上の威力を発揮していた。

 

 

「ちなみに、優秀な使い手であれば人を吹き飛ばす事も可能です」

 

 

 

 カランコロンと何かが転がる音がした。

 

 

 魔法に押し出される。吹き飛んだその先は、空だ。

 ホグワーツで1番高い天文学塔の頂上から見える、天候の悪い曇り空。

 

 

「エミリーッ」

 

 体が浮遊を感じ取れば、ピーターが()()で抱きつく。まるで少しでも守る様に。

 

「杖、あの呪文で外れたみたいだね」

「うん。ごめんエミリー」

「そのまま抱き着いててッ!」

 

 私は随分と運が良いらしい。両手の自由が効く、そして高い高いこの塔は地面まで距離がある!

 

 私は内ポケットからトゲトゲとした1つの繭を取り出して投げ、名を叫んだ。

 

 

「──エヴィル!」

 

 

 青と緑の毒々しく、蝶の様な美しい空を飛ぶ体。

 人の脳を吸う習性があるスウーピングエヴィルは、その力強さで私とピーターの体を支えた。地面に着く前に、彼女の背に乗ったのだ。

 

 成体になりきってない彼女の背は私1人が乗るので精一杯。私がエヴィルに掴まり、ピーターは自力で私にしがみついてて貰わないと支えきれない。

 

 彼女にバランスを取れと言うのは難しいので私は己の腕力に物言わせてしがみつく!

 

 

「エヴィル、キミは最高だよ!」

 

 しがみつくというか抱き締める状態になっているが、甲高い声で鳴いて誉高い自分を誇っている様だ。んーー!大好きー!

 

「し、死んだかと、思った」

「まだ生き残ったとも言えないよ……!」

 

 エヴィルが空中を旋回して、天文学塔へと戻ってきた。

 トレーネは目をひん剥いて私達を凝視した。

 

「スウーピングエヴィル、だと!?」

「あらァ? トレーネ先生、もしかしてご存知なかったかしら?」

「馬鹿な、あのトランクに触れてな……!」

 

 みーんな知ってるスーツケースの魔法生物。でも護身として身近にいる魔法生物には気付いてなかったみたいだ。

 

「ピーターは杖を!私じゃ殺しちゃう」

「うん!」

 

 天文学塔に降り立った私達は二手に別れた。また操られるかもしれないけど魔法である事に変わりは無いと思う!私の個人的な考えだけど!

 

「クソ、アバダケタブラ!」

 

 緑の閃光がピーターに向かって飛ぶ。キュイッ、という耳を(つんざ)くような鳴き声に脳みそを揺さぶられたトレーネは杖を取り落とした。

 私は取り落とされた杖を思いっきり別方向へ蹴った。

 

「一応言っておくけどトレーネ、私乱闘騒ぎには慣れてるから。マグル育ちを舐めるなよ」

 

 ファイティングポーズを取る。

 魔法なんて使わないマグルの喧嘩手段は全て物理、アメリカのニューヨークにだって治安の悪い所はある。クラスメイトにポカやからしていじめられたから喧嘩でやり返すしかなかったんだよ! 魔法なんてありゃしない!

 

「くっそ!」

 

 懐に手を突っ込んだトレーネに嫌な予感がして殴り掛かる。体格差によって思いっきり殴れなかったがカスリはした。チィッ!

 彼の取り出したのは予備の杖だった。

 

「ハッ、魔法使いが杖1本だけだと思うなよ」

「──エクスペリアームス! 武器よ去れ!」

 

「ッ!」

 

 その隙に杖を拾い切ったピーターが自分の杖で紅色の閃光を飛ばした。操られていた時と違い、自分の意志で放った魔法だ。

 

 

 トレーネの2本目の杖は弾け飛ぶ。

 

 いい魔法を教わったね、流石ピーター! 飲み込みが速い!

 ジェームズとシリウスが優等生過ぎだし、リーマスの方が魔法に馴染みやすい感じがするから見落としがちだけど、ピーターは魔法が上手だ。同学年にはそうそう負けないし、下手したら上級生にも勝る。

 

 悪戯仕掛け人は私以外皆桁違いなんだよ!泣いてない!

 

 

「チッ!」

 

 私に走って近付くトレーネ。

 彼は多分私の杖を奪う気だ。

 

 どうせ魔法使えないし窓からトレーネの杖ごと投げ捨ててやろうかと思ったその時、ビュンッと銀色の魔法がどこからが飛んできた。

 

「「…え?」」

 

 その魔法を背中から浴びたトレーネは途端に笑い転げ始める。どうなってるのこれ。

 

 呆然とした表情でピーターと顔を見合わせる。

 

「さっきの魔法はリクタスセンプラ。くすぐりの術だ」

 

 階段から登って来たのはスリザリンのローブを纏った黒髪の天使。私達を見て安心した様に眉を下げて小さく張り詰めていた息を吐いた。びっくりした、神から使いが現れたのかと思った。

 え、天使って神様のものなの?

 

 そしてセブルスはトレーネを冷たい目で見下ろした。

 

「ン゛ッ、ここに天使がいる! 待ってて私の天使! 私が神様を言いくるめて天から救い出してあげるから!」

「お前は何をとち狂った」

 

 呆れた表情で私を見るセブルスは口元にひっそりと笑みが浮かんてんいた。

 

「──インカーセランス! 縛れ!」

 

 セブルスが続けて放った魔法により、天文学塔にあった縄でトレーネを縛り付けた。

 

「……なんて羨ましい!」

「「馬鹿」」

 

 セブルスの呪文で身動き取れないくらい縛られるとか最早ご褒美じゃない! エミリーめちゃくちゃ羨ましくてたまらない! 馬鹿とか言ってる天使がとても可愛くて心臓が苦しい!

 

 

 

 ドタバタと複数の足音が聞こえてくる。足音から見て恐らく4人。馬鹿だなぁ、足音くらい消しておかないと危険な状態だったらどうしたんだよもう。

 

「ミリー! 何があったの!?」

 

 案の定、リーマスとリリーとジェームズとシリウスの4人だった。ジェームズが息を荒くして聞く。

 

 ボロボロでボサボサの乱闘跡があるピーターと私。そして何故かいるセブルスと、縛られているのに笑いすぎて苦しそうにしているトレーネ。私の可愛い魔法生物、エヴィルはトレーネの上に乗ってちょこちょこ動きながら『吸っていい? 吸っていい?』とアピールしていた。きっと美味しくないよ、ダメです。

 

「……なんで、トレーネ先生が笑い転げてるの?」

「失神呪文はその時々によって起きるか分からない、だからいっそずっと身動き出来ない様にしたらと思って」

「なんでそんな事知ってるんだスネイプ」

「お前達の、悪戯の、被害者、筆頭は、僕だ」

「「おぉ、ごめん」」

 

 フン、と顔を背けて不機嫌そうに鼻を鳴らすセブルスが可愛い。

 

「あの、ごめん、簡潔でいいから答えて欲しいんだけど。なんでトレーネ先生が?」

「ジェームズより先にコードレスバンジーをしてしまった」

 

 リーマスが軽く手を上げて聞く。『なんで』がかかった目的がそれぞれ違ったみたいだ。天使の疑問に私が間髪入れずに答えた。でもリーマスは納得してくれなかったみたいだ。

 

「ごめん分からない、細かく言って」

「僕が言うよ」

 

 ピーターは私達2人に起こった出来事を話す。

 ついでに、とピーターは壊れた状態で転がっていた腕輪を魔法で拾い上げた。

 

「これ、トレーネ先生からクリスマスに貰った腕輪。多分コレに操られていたんだ。これが外れた瞬間スッキリしたし」

「気に入ってたのにね」

「うん」

 

 じっと見続けるピーターを尻目に、セブルスは口を開いた。

 

「僕が駆けつけたのはコワルスキーのペットが引っ張って来たからだ」

「えっ、なんで私の魔法生…──おぐふッ!」

 

 背中に、背中に突進してきた毛深い生物。後ろから抱きしめられてご満悦なんだけどボロボロの今、耐え切れ無い。

 顔から地面にぶつかった。鼻が特に痛いです。

 

 

「私の腰が大好きな子なんてデミガイズのイズしかいない。賢いなぁお前はァ!」

 

 セブルス連れて来てくれてありがとう! と抱きつく。地面に座り直して膝の上に乗せた。腰は勘弁して。

 

 スーツケースを見たら鍵が壊れていた。

 あちゃー、バキって鳴った音の正体はアレの破損音か。んん、ままよ! 結果オーライ!

 

「僕らは、旋回してたエヴィルを見て駆けつけたんだよ」

 

 ピーターを連れてジェームズが私に近付く。

 するとジェームズはピーターごと私達を抱きしめた。

 

「……ありがとう。頑張ってくれてありがとうッ!」

「なんでジェームズがお礼言ってるの」

「生きててくれてホントに良かった、直ぐに駆けつけられなくてごめん! スネイプも、ありがとう……ッ! 本当にありがとう!」

「ぼ、僕はただ、イズに呼ばれただけだ……」

 

 ジェームズの体温が冷えた体温と混ざって心地いい。

 心臓の音が近くで聞こえた。

 

 ピーターの鼓動、ジェームズの体温。

 

 

 生きてる。

 

「怖、怖かった……ッ! 怖かったよジェームズ!」

 

 死ぬかと思った! 死ぬかと思った!

 魔法も全然使えなくて、未熟で、銃も無いのに、ピーターの様子はおかしくて!セブルスが来てくれるまで生きた心地がしなかった!

 

「うん、怖かったね」

「痛いよ、痛い。う、痛いよジェームズ。苦しいよ、背中が痛い、肺が痛いいいい……ッ!」

「すぐにマダムのところ行こうね」

「うわぁあぁあ! ピーター生きてるぅうッ!」

「キミのおかげで生きてるよ」

「遅いよ馬鹿ぁあぁあ!」

「遅れてごめんね」

「誠意が全く見えない! 誠意は期間限定高級チョコレートの形をしているはずだぁあ!」

「手厳しい」

「うぅ、リーマスに貢ぐ……」

「キミが食べるんじゃないのか」

 

 ぐずぐずと泣きながらジェームズにしがみつく。

 先生になんて勝てるわけないじゃんか! 運があって良かった! しぶとくて良かった! ピーターが腕輪に打ち勝とうとしてくれて良かった! 諦めないで良かった!

 

 

 ジェームズに続いてシリウスまで3人の輪に加わる。

 

「見直したぜコワルスキー」

「見直すまでもなく高評価しとけよぉ!」

「その頑張りはピーターとコワルスキーしか知らないのかもしれないけど、よく頑張ったな!」

「次はテメェも一緒に落ちてやる!」

「おう、巻き込め」

「このイケメンがあぁああ!」

 

 頭を胸に寄せて体重を預けると、優しく頭を撫でてくれる。普段では有り得ない優しさに涙の勢いは強くなった。

 

「エミリー」

 

 優しい声でリーマスがシリウスから私の頭を奪い取って抱き締める。

 

「お疲れ様。おかげで僕は大事な友達を失わずに済んだ」

「うわぁあ! 幸せ過ぎて昇天しそう!」

「エミリー、キミも大事な友達枠に入ってるからね?」

「ヴェッ、天使過ぎて精神が凄い勢いで修復されていく」

 

 ひぃんっ! おんなのこになっちゃう!

 いつも毒舌魔王(好き)なのに急に王道王子様(好き)になるやつぅ!リーマスの属性付与が全て私の弱点属性!

 

「エミリー!」

 

 ニッコリ笑顔の天使はリリーの姿をしていた。むしろリリーが天使。いや、女神……?

 

「セブ、照れないの」

「て、照れてなんて無い」

 

 小さく両手を広げて5人の輪の中に近付く尊い幼馴染コンビ。えっ、セブルスまで私を癒してくれるの?

 

「むしろ私から抱き着きに行くーっ!」

 

 グリフィンドール男子に未だぎゅうぎゅうされている状態なので方向だけ変えて2人に両手を広げて抱き着きに行こうとする。動けないので優しい天使は近付いてくれた。

 

「今は泣いてもいいから、素敵な笑顔をまた見せてね。諦めないでくれて嬉しいわ」

「……良く、持ち堪えてくれた。僕も、怖かった。コワルスキー、僕を置いて逝ったら許さないからな」

「ゔォヴェアッ(心がしんどみの頂点に達する音)。あなたもわたしもウォルマート……」

「なんだよそれ」

 

 クスリとセブルスが笑う。涙を若干浮かべて、震える手で抱きしめてくれて。

 えっ、だき、抱き締めッ!?

 

「可愛いが過ぎるぞこの人達!」

 

 思わず動揺して叫んでしまった。不甲斐ない。

 いつもの反応にセブルスはいつもの調子で呆れた目をする。

 

「ちょっとスネイプ、エバンズに近過ぎ。有罪」

「……女性の趣味がいいから仕方ない」

「えっ、まって、まって」

「語尾にハートが付くように言えよ」

「まって♡」

 

 私から手を離していつもの馬鹿げた調子に戻ったジェームズを皮切りに、周りは思わず笑みを零す。秘密は秘密、皆の秘密なんだよジェームズ。言わないけど。

 

「ねェ」

 

 笑い声やいがみ合う声を背景に、ピーターが耳元に口を寄せて来た。

 

「あの時、最初から、僕意識だけはあったんだ」

 

 そうだったのか、とピーターを見返すと、彼は言葉を続ける。

 

「キミは魔法も下手っぴだし、馬鹿だし、一部の人間に対して思考能力が溶けるし」

「突然の罵倒。天然ピーターに悪口仕込んだの絶対リーマス。ご褒美」

「でもね、僕」

 

 ピーターは笑った。

 初めて出会った時と違って、私に向けて信頼を寄せた笑顔を。

 

「キミが来てくれた時から僕はもう怖くなかった。僕を僕より考えてくれるキミがいた。──ありがとう、()()()

 

 

 拾い上げた奇跡は輝いて見えた。

 空から飛んだ時の力強さを覚えてる。

 

 

「どう、いたしま、し……てぇあぁ」

「締まらないなぁ!」

 

 クスクスと笑うピーターと抱きしめ合った。生きている実感を感じていた。

 

 

 

 

 ちなみにトレーネは笑いすぎて気絶していた。




操られていたピーターの赤い閃光は麻痺であるステューピファイです。
トレーネ先生は、不死鳥の騎士団を結成されて焦っていた闇の魔法使い。ダンブルドアを殺そうと独断で狙っていた様です。魔法道具作成が学生時代から得意だった模様。

次の話で点数やら夏休み突入やら。頑張るぞい。感想待ってるわ♡

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