シリウス・ブラックが脱獄したと思っていたら子供達に洗われていた黒い犬畜生を見た時の僕の気持ちなど誰にも分からないだろう。
本当に、分からないだろう。
2学年時のDADAの教師であり詐欺を働いていたロックハートは、コワルスキーの論文作成が終わってすぐにルシウスに引き渡した。恐らく彼の事だ、忘却が使われていることだから表立った罪にはしないだろうが、今後ライターとしてマルフォイ家で扱き使われることになるだろう。エミリーではなく、ミリに対して非常に感謝していた事から何かあればコワルスキーを出せばいい。
恐らく、他者からかすめとった功績ではなく己の唯一の才能を褒められて満たされたのだろう。……その気持ちは分からなくは無いが。
「セブルス・スネイプ。やぁ久しいな」
「大臣。お久しぶりでございます」
突如現れたのは現在のイギリス魔法省の魔法大臣をしているコーネリウス・ファッジだった。
サラザールの遺物のバジリスクの捕獲に成功し、特徴と対策の論文の大雑把な要約が書かれたという数日前に発行されたコワルスキーとバジリスクの写真付きの日刊預言者新聞を読み返していたところだった。
「突然すまないね。シリウス・ブラックが脱獄したということを早く伝えねばならないと思って」
眉をしかめる。
ファッジ曰く、ハリーを保護しなければならないとの事だ。家にいる限りは安全なのだろうが、家を出られれば危険が伴う為必ず監督者の元に居るようにと。
「それを、我輩に伝えろと?」
「あぁ!」
ペチュニアと幼なじみでもありハリー・ポッターの教師である僕が適任なのだと言う。生粋の魔法界の人間はマグルの中では紛れ込めない。
仕方なく、その任務を引き受ければ──
「………………ポッター、なぜコワルスキーがいる?」
「今年の夏はこっちでお泊まりです」
「…………………………苦労するな」
去年はコワルスキーがポッターをアメリカに連れて行っていたな、と思い出す。今年も何かするとは思っていたが、まさかペチュニアの家とポッターの間を取り持つつもりか。
シリウスに狙われるのであればポッターもコワルスキーもそう変わらない。1週間後に迎えに来る事にして、僕の家に2人を招くことになった。
「──リアムさん!」
一週間の内にしたことは様々な手続きだ。まずコワルスキーはアメリカの人間のため保護者に許可を取る必要がある。その次にマクーザだ。
「セブルス……?どうしたんだい?ミリなら居ないけど」
「コワルスっ、ミリの場所は把握しています。それよりシリウスが脱獄しまして。イギリスの魔法省がハリーの保護を求めたのですが、ミリも保護が必要だろうという僕の判断で2人まとめて僕の家に招こうかと思うのですが、その許可を……」
不躾な言い方だったがリアムさんにはそれだけで分かったようで肩に手を置いた。
「聞き流すことも大事だよ?」
「………………すみません、あいつの求愛は既に結構聞き流しています」
「大正解。良かった良かった」
一家団欒の時間にお邪魔したようで、リアムさんとイオさんの他にエミリーの両親と、あと知らないおじいさんが混ざっていた。
「初めまして。セブルス・スネイプです」
「あぁ、『あの』セブルス。それよりシリウス・ブラックが脱獄したというのは本当かね?」
「はい……」
「私はイオの父の……──マリウス・ブラックという」
思わず目を見開いた。
「今のブラック家がどういう状態なのかは知らないが、私はシグナス・ブラックとバイオレッタ・ブレストロードの間に生まれたスクイブだ。訳あってアメリカに根を下ろしたが、元はイギリスのブラック家だ」
シグナス・ブラックと言えば、シリウスとそう遠くない血筋だ。
「ご兄弟にポラクス・ブラック様がいらっしゃいませんでしたか?」
「あぁ、1番上の兄だ」
「ポラクス様の孫がシリウスです」
ポラクス様の娘がヴァブルガ様。つまりレギュラの母君。
本家筋のオリオン様とは少し遠いかもしれないが、シリウスとは近い。
「………………っ、く……!ふふっ、んんっ」
「どうしたのセブルス?」
「いや、ふふ、まさかコワルスキーとブラックが親戚になるとは思ってもみなかったので」
「あぁ、笑いを耐えてたやつか」
「セブちゃん相変わらず笑い上戸ねぇ」
「私はシリウスと会ったことが無いが危険では無いのか?」
「父さん、シリウスとは会ったことあるわよ?エミリーが亡くなった時に来てくれた子達の中に。もちろんセブルスも居たと思うけど」
「はい。いました。厳密に言うと初対面では無いですが、直接挨拶をしたことが無かったので」
イオさんが代わりに説明をする。シリウスは、凶悪犯とは言われているがその実ほぼ冤罪。
詳細は省くが警戒自体はしなければならない。
それにしても。エミリーの時代では使えなかった魔法がミリになって使えるようになったということは、スクイブとは言えまさかブラックの血が関係しているとか?
「少し特殊な状況の為、責任をもって彼女を保護します」
「うん、あまり喜ばせ過ぎないようにね」
「…………善処します」
多分無理。
そうして許可と手続きを終わらせ、再びペチュニアの家に向かえば真っ黒い犬が居るとは思わないだろうが。
「この黒い肉球の生物はダーズリー家の飼い犬と言うわけではなさそうだな」
先程まで洗われていたのだろう。水気の含んだ毛から考える。パッドフットは僕が気付いているのにも気付いている。
コワルスキー、お前エミリーだろ?動物もどきのブラックの姿を知っているだろ?なぜ気付かない?気付いていて気付かないふりをしている……わけでは無さそうだな。
だがワームテールを見たら気付くんだろうな(確信)
「2人を保護する必要あるか?」
子供たちに呑気に洗われている犬っころを魔法界の勢力を上げて見つけ出したり接触されないように保護する必要。無いだろ。絶対。
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「……快適だな」
夏の間、コワルスキーとポッターを招いて僕の家で生活している。僕はバジリスクの抜け殻やアクロマンチュラの毒液の活用方法を研究しているためそこまで交流はしてないのだが、家事慣れしたふたりがいる生活は快適の一言だった。
「ポッター」
「はい、なんですか?」
「必要なものがあればすぐに言うように」
「あ、じゃあゴミ袋が欲しいです。外の雑草を抜いて整備したいので!」
「コワルスキー」
「なぁに?」
「ポッターに子供らしいことを教えろ」
「料理の仕込みしてるからそれが終わったら教えるね。んー、この家おもちゃらしいもの無いもの」
あってたまるか。
ポッターは全般の家事を、コワルスキーは料理を担当していて何かと快適。マグル式の生活で慣れているから魔法を使わなければならない場面では呼ばれるが、基本干渉してこない。
コワルスキーは中身が大人だからともかく、ポッターは正真正銘の子供だろうに、子供らしさが全くない。
「ハリー、トランプゲームをしない?スネイプ先生もババ抜きしてくれるよ」
「ルールだけは知ってるけど、ミリ弱そう」
「弱いだろうな」
「やってみなきゃ分かんないじゃない!」
僕とポッター相手だと微塵もポーカーフェイスが出来ないと思っていたが、蓋を開けてみれば気持ち悪い観察眼で僕とポッターの表情のくせを見抜いて圧勝してた。
「気持ち悪い」
「とても気持ち悪いですね」
ドン引きしていた。
「コワルスキー、毎日食事を作ってくれるのは助かるが、手伝う……というか代わるからな?」
「でも……──私の食事が今天使の体を作ってると考えたらあまりにも幸せすぎて」
「…………ポッター、除草剤」
「多分除草剤じゃ効かないと思います」
コワルスキーだけでもアメリカに返すべきだったと今でも後悔している。
「それにしても……。コワルスキーの作る料理はエミリーにそっくりだ」
「っ!」
「特に日本の食材を好んで使うところなどは」
「家に!いっぱいレシピがあったから再現してるの!アハハ、エミリーが残しててくれたのかな?」
冷や汗をタラタラと流しながら『嘘です!』と全身で訴えている。誤魔化しが下手くそなことは目をつぶろう。
「そっ、そういえば昨日スネイプ先生居なかったじゃない?」
「あぁ、学会に用があって」
「その隙にファッジがやって来てね、マーリン勲章の話が出たの。二等を頂けるんだって」
「やっとか」
遅い提案にため息が漏れる。ファッジとしてはイギリスに取り込みたいのだろうが、コワルスキーはアメリカ国民だからな。
無論、僕が強請れば多分イギリスに揺れる。頑固なところはあるので、頷かせるには少々難しいが。
「──そういえば」
「どうしたの?」
不思議そうな顔をするコワルスキーの額にデコピンを入れる。
リーマス・ルーピンが次のDADAの教師に選ばれた。久しぶりに会う旧友と、脱獄した旧友。
僕らの世代が大集合になるわけだ。
「いや、何。……早く学校が始まって我輩の家から出ていってくれないかと思っていただけだ」
「うっ、ハーマイオニー達に会いたい気持ちとこの幸せ空間を離れたくない気持ちが……!」
楽しみだと思う気持ちが年々大きくなっている。
それから、君を驚かせる瞬間も。
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新学期が始まった。
コワルスキーとポッターは漏れ鍋に送り、新学期の準備のため一足先にホグワーツへ向かう。今年はきちんと特急に乗ってくれなきゃ困るので、万全を期したが、途中でディメンターに襲われたという報告が来て気絶するかと思った。ミネルバは倒れた。
「久しぶり、セブルス」
リーマスと再会したはいいが、リーマスがまさかコワルスキー本人に『初恋だったんだ』などと言う個人的大爆笑必須エピソードが振ってくるとは思わなかった。
僕は何もしないよ。僕は、な。お前が勝手に1番知られたくない相手に暴露しただけの話だ。
ひとまず何もしないと誓ったのでピーターにも秘密にしておいてやろう。何も知らないところで勝手に巻き込まれたピーターには同情するよ。ブラックにはしないが。
コワルスキーという共通の台風を手に入れた3年生共は他の学年に比べ、寮の格差や確執が少なく、傍から見ても仲が良い。
その影響か分からないが、彼らの後輩は上級生に比べると仲良くなってきている。
「コワルスキー」
「なっ、なに?」
「……パッドフットという名に覚えは?」
授業中そう問いかければ、コワルスキーは瞳をウロウロと彷徨わせた。
お前は、本当にあの犬に気付いて無いのか?忘れてる可能性はあるか?
様子を伺う限り、問題なく覚えているようだが気付くほどの可愛さがブラックにないせいで気付いてない様だ。そうか、変態か。
次の授業はレイブンクローとハッフルパフの合同授業で、彼らの授業を見ているとアンソニー・ゴールドスタインが文句を言うように雑談している姿が耳に入った。
「コワルスキーと親戚だなんて最悪だ」
「お前が変にちょっかいかけたからだろ」
「ボガートの後で良かったな。授業の前に出会ってたらアンソニーの怖いものがコワルスキーになるところだっただろ?」
ボガート。
恐怖を模写する真似妖怪だ。かつて僕らも出会ったことがある。
どうやら今の時間はグリフィンドールとスリザリンが合同で闇の魔術に対する防衛術を受けている様だが、話を聞く限りボガートだろう。
「ゴールドスタイン、雑談をするな。2点減点」
減点をしてコワルスキーに思いを馳せる。何故か胸騒ぎがする。
コワルスキーの怖いものってなんだろうか。
「待て……」
「スネイプ先生?」
彼女の死因を思い出した。彼女は……ヴォルデモートに殺された。
エミリーであるなら、ボガートがヴォルデモートに変化する可能性がある。
「急用だ、今すぐ実験を中止し自習をするように」
僕は生徒の返事も待たずに急ぎ足でDADAの教室へ向かった。
──コワルスキー。
「お前は、そんなものが怖いのか」
駆け込んだ先で見たのは、リーマスの人狼姿に動揺するコワルスキーの姿だった。
コワルスキーとリーマスは動揺し尽くして動けたものじゃない。
君が怖いのは、リーマスじゃない。そんなことはすぐに分かる。
君が怖いのは──リーマスが友を傷付け、僕らの友情が崩壊してしまうことが怖いんだろう?
「こっちだ!」
「いやだ、セブルス!」
生徒を庇えば、ボガートは変化する。
『コワルスキー……エミリー!起きろ!』
僕は物も言わなくなってしまったエミリーの亡骸を抱きしめて、居なくなった恐怖に震えた。
僕の言葉になんの返事もしなくって、僕を1人にする君が、本当に怖かった。
静かに眠る君が、恐ろしくてたまらなかった。今でもずっと。
「馬鹿馬鹿しい」
エミリーが死んだ時の姿を模したボガートは、起き上がってケラケラと笑みを浮かべていた。まるでなんて事ない日常みたいに。
セブルス。
声のない亡霊がその形で口を開いた。
「僕の亡霊は、お前じゃ無い」
おかえりエミリー。
この言葉を君に伝えるとき。一体どんな顔をするだろうか。