「ミリー、君には早急に、今すぐに守護霊の呪文を覚えてもらいたいと思う」
「リ、リーマス。圧が、圧がすごい」
クィディッチが終わってすぐ、リーマスが私に防衛術を仕込み始めた。
ちなみに、過去に比べて魔法が使えるようになったとはいえ未だに実技劣等生。リーマスが仕込む魔法はどれもこれも難易度が高くて、嬉しい悲鳴を上げていた。
「せめて守護霊!」
守護霊の呪文、とっても難しいけど実は簡単にマスター出来ちゃった。あの、鍵となるのって幸せな思い出なんですね……エブリデイ幸せすぎてやり方さえ分かったら幸せパワー愛情パワーでユニコーン出てきわ。
少し安心したのか、リーマスは私の守護霊をみた瞬間泣きそうな笑顔を浮かべた。
リーマスが息巻いて私をせっつくのも無理はない。ハリーが試合中ディメンターに襲われたのがよほど精神的に来たのだろう。同じグリフィンドール生だし、私がハリーの護衛が出来れば安心だろう。
教師と生徒じゃ物理的に会えない時間の方が多いしね。その点私ならくっ付いておけるもの。
「リーマスもハリーが大好きだもんね」
「いや、まぁ否定はしないけど。ピーブズ的には、多分初代が死んだのがトラウマで、蘇った初代を少しでも守ろうと必死になってるだけな気がするぜ?」
「それはそれで可愛くって好き!」
ピーブズにどこが愛しいか語っていれば、ハリーが私の傍に来た。
「やぁミリ」
「どうしたのハリー」
「クィディッチの時にミリが助けてくれたってセドリックに聞いて」
クィディッチはハッフルパフの勝利に終わった。それから週末いっぱいは医務室で安静にしていて、ハリーは初めての敗北に落ち込んでいた。
もちろんお見舞いには行ったけれど、人気者のハリーの周りには常に人がいて。私は毎日の挨拶だけしてリーマスのところで守護霊を習っていたから。
ハリーは少し緊張した様子で私の所に来た。
「少し、悩みがあって。聞いて欲しいんだ」
「もちろん!」
場所を移して欲しそうだったので、天文台に誘って景色のいい場所でハリーの隣に座る。
時間は夜の為、手を伸ばせば星空が掴めそうだと思った。
なんだろう、なんの悩みかな。ハリーは私では考えられないくらい大変な子だし、少しでも気が楽になってくれたらいいのだけど。
「あの、黒い犬を見たんだ」
試合中にシリウス(仮)の姿を見たらしい。
「僕、なんだかよく分かんなくて。あの犬は本当にシリウス・ブラックなのかな。あの犬がディメンターを連れてきたのかな」
ぽつりぽつりとハリーが抱いてる不安が私に漏らされた。
「シリウス・ブラックは、本当に悪い人……?父さんや母さんと友達だったのに、ピーターやルーピン先生と友達だったのに。スネイプ先生とはちょっとわかんないけど。でも、皆シリウス・ブラックが危険な人だって言う。もう、わかんなくなっちゃって」
「少なくともハリーをこうやって悩ませてるシリウスの存在は、私にとって凄く不快極まり無いのは確かね」
茶化したわけではないのだけどハリーが笑ってくれた。嬉しい。
「ディメンターに襲われた時。女の人の悲鳴が聞こえたんだ……」
「女の?」
「もう僕にはわかる。あれは、母さんの最後の声だ。……ヴォルデモートから僕を守ろうとする母さんの声と、ヴォルデモートの引き攣る様な笑い声」
寝る度にそんな夢を見るせいで魘され、起きてしまうらしい。
「リリー…………」
未だに、まだ信じられないでいる。リリーとジェームズが死んだだなんて。……ピーターは生きてた、殺されてなんかいなかった。だから、ひょっこり生き返ってくれないかなんて思って。
ヴォルデモートとかいうやつ、許せないな。
「でも!ヴォルデモートは、なんだか泣いてる様に笑ってたんだ……、もう、誰を憎んでいいのかも分からない。分からないんだ。最初はスネイプ先生の事も嫌いだったけど、あの人を嫌うのも違うって思ったんだ。優しい人だし」
「わかるわ」
「僕、ヴォルデモートでさえ憎めない。あの笑い声が、ずっと頭に残るんだ。僕のこの、理不尽な状況への恨みはいったい誰にぶつければいいの!?母さん?ヴォルデモート?それともシリウス・ブラック!?もう、分からないよ……」
私が勝手にヴォルデモートに恨みを込めている傍らで、いい子のハリーは『恨めない、憎めない』と苦しんでいた。
ハリーはきっと憎しみを原動力に頑張れる子だったのだろう。でもいい子すぎて憎めなかった。
なんて……なんて尊い……。
「うっ……」
「ミリ?大丈夫?」
「ハリーが、いい子すぎて今世界全てに感謝の言葉を振りまきたいわ……リリーに愛と、チュニーに感謝状とダドリーにキスを送りたい気分。バーノンさんにはいいお酒」
「父さんには?」
「何を言ってるのハリー。ハリーの親はここにいるわ。リリーと、私。ジェームズ?知らない人ね」
「君が何を言ってるの?」
心底不思議です、みたいな顔をしているハリーも可愛いわ。
「ねぇハリー、少し手を繋いでもいい?」
「うん、いいよ」
「あ、幸せ。幸せすぎるからエクスペクトパトローナム」
私の幸せな感情が爆発したのか爆発するような眩すぎる光が天文台を包み込み、ユニコーンが走り回った。
「眩しい……めちゃくちゃ眩しかった……」
「この呪文、ハリーのために覚えたの」
「ほんと?」
「あっやっぱりリーマスに覚えろって圧かけられたから覚えた感情もある……」
「正直だね。そういうところ好きだよ」
「幸せすぎるからエクスペクトパトローナム……」
幸せがゲシュタルト崩壊しそうだわ。
「とにかくね、この魔法はディメンターに対する防衛術なの。この魔法があればディメンターは寄ってこないから」
「あ、特急の中でルーピン先生が使ってたやつ?」
「そう!天才ねハリー!」
バタバタしていたのに覚えていられるなんてどれだけ天才なの?しかも私と違って体調を崩してたっていうのに、学習能力と記憶力の高さ、天才すぎ。
「私がハリーを守るからね。ディメンターに近付かせたりしない」
「良かった。僕ディメンター怖かったんだ。……ミリが守ってくれるなら一安心かも」
繋いだおててから温もりが伝わってくる。任せてハリー。
でもきっと根本的な所は解決できてない。
「ハリー。ハリーは誰を憎めばいいのか分からなくなってるのがきっと一番の悩みなのよね」
「うん」
「私は誰でもいいと思うわ。安牌はヴォルデモートで、次点でシリウスで、あとはそうね、勝手にハリーを置いてったジェームズとか。きっとセブルスでもリーマスでもピーターでも、ハリーに恨まれ憎まれても飲み込んでくれるわ。だってハリーを一人にしたのは変わらないもの」
「えっ、君の言う天使でも?」
「大人の宿命よ。甘んじて受け入れるべきね。天使でも」
個人的にはあまり良くないけれど、みんな大人だもん。ハリーから恨まれたって許せるよ。器の狭い人じゃないもの、私の友人は。
ダーズリー家で一人で耐えてた時間、誰だって介入出来たはずだった。もちろん私も。知らなかったとはいえ、探りもしなかった。
私はそれが許せない。
「あとは、エミリー・コワルスキー」
「どうして……」
「もちろん私も。むしろ私を恨んでハリー──ちゃんと興奮出来るから安心して」
「あぁ………………(諦め)」
えぇ、ハリーに力強い感情を向けられるだなんてしあわせ、そんな、エクスペクトパトローナムだわ。
「ハリーも大変ね。優しいから憎まれ役ですら憎めなくて」
「君のせいだよ」
「私?」
ハリーは膝を抱えて私に視線を向けた。
「やっぱり君を恨もうかな」
微笑んだハリーの可愛さと言えば。腎臓売っぱらって来たって足りない笑顔。
「ミリは人の色んな所を見つけるのが上手だから。ミリのせいで、僕は人の表面上だけじゃない所まで見れるようになっちゃった」
「んぎゃう」
「ダドリーの事も嫌いだったけど、ミリのせいでそこまで嫌いじゃ無くなっちゃった。叔母さん達を恨んでたのに、ミリが僕に魔法をかけたんだ。ミリのせいで僕、本当に幸せになっちゃった」
ハリーは泣きそうな顔で笑っていた。
けれどその笑顔は、無理やり形づくられたものじゃなくて、胸の奥にしまい込んだ想いが静かにこぼれ出たような、そんなやさしいものだった。
彼の緑の瞳が、朝露みたいにきらきらと光っていた。陽に透ける木の葉のような色。そこにはまだ、迷いも、傷も、ほんの少し残っていて。けれどそのすべてが、彼のまっすぐさを際立たせていた。
「ハリー……」
「そっ、そういえばさ。シリウス・ブラックもなんだけど、純血貴族って星の名前が多いね!」
話を変える様に照れながらハリーが空を眺めた。
小さくて強い光が瞬いていた。
「ねえ、あれがシリウス?」
私は笑ってうなずいた。
「うん。一番明るい恒星。でもね、あれ、実は二つあるの」
「え?」
私は指で空をなぞるようにして、説明を続けた。
「シリウスAとシリウスB。ひとつに見えるけど、ちゃんとよく見るとふたつある。昔の人は、ずっと夜空を見てたから、そんなことにも気づけたんだって」
ハリーは黙って空を見上げていた。彼の横顔が、ほんの少しだけ夜に溶け込んで見えた。
『じゃあ……』とハリーがぽつりと呟く。
「人も、そんなふうに見えるときあるかな」
「どんなふうに?」
私が聞き返すと、彼はちょっと首をすくめた。
「笑ってても、実はすごく怒ってたり。怖そうでも、ほんとはすっごく優しかったりとか。嫌味に聞こえても、思いやり深かったりとか。……見えない方のシリウスみたいにさ」
私はなんだか泣きそうな気持ちになって息を漏らすように笑った。
「あると思うよ。人にも2つ目のシリウスがいる。目を凝らさないと見えないけど、ちゃんとそばにいる。ちゃんと、その人の一部なんだよね」
ハリーがまた笑った。今度は少し照れたような、でもあたたかい顔。
私はその笑顔をそっと胸にしまう。彼の中にも、たぶん今、いろんな光がある。私は、全部受け止めたいと思った。
「恨んでもいいんだよ、ハリー。君の気持ち、ちゃんと受けとめてくれる」
ハリーは一瞬、何かを飲み込むように瞬きをしてから、空を見上げた。
「そういえば2つ目のシリウスって言ってたけど、君は浮気者だから多面体だね」
「それって褒めてる?」
「褒めてる褒めてる。まぁ、悪口も少し」
そんな他愛もないやりとりに、二人して吹き出す。星空がほんの少し近づいて見えた。
シリウスのすぐそば──目には見えないけれど、確かにそこにあるもうひとつが、そっと瞬いた気がした。
ハリーと星を見上げながら話していると、ふいにレギュラスの顔が浮かんだ。
同じ話をしたなぁ。
あの子も優しい子で、家ではあまりかまってもらえなくて、いつも少し孤独そうだったな。ダドリーさんの家で育ったハリーと、違う場所で似たような気持ちを抱えてる気がする。
そして成長した今、どんな感じになってるのかめちゃくちゃ見に行きたいがすぎる。
「そうだ、レギュラスにシリウスの話、聞きに行こうよ!」
思わず私は声を弾ませた。
ハリーは驚いた顔で振り返ったけど、すぐに笑ってうなずく。
「それってブラックさん、だよね。突撃か……でも、楽しそうだね」
「じゃあルシーに頼んでクリスマスに会えるようにお願いしておくね!」
あぁ、私はなんて幸せ者なんだろう。