─矛盾─   作:恋音

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3-21.ブラック家

 

「正気ですか?」

「めちゃくちゃ正気」

「狂気ですか?」

「そうとも言うかも」

 

 学期末。クリスマス休暇に入る少し前。ルシーがハリーと私を迎えに来てくれた。

 

「思ったんだよね、私」

「貴女が思うことは大概ろくなことじゃないという前提を踏まえて聞きましょうか」

 

「──私、ミリ・コワルスキー。よく考えたらまだブラック家出禁にされてない」

 

 ルシーは顔を覆っても美しいなぁ。

 

 

 

 さて、私はハリーと己の欲望の為にルシーに『ブラック家にアポ取って♡』って手紙を書いたらこうやってホグズミードに行く日に訪れてくれたのだ。

 

 ブラック家に訪問するための格好をしているルシーのなんという美しさ。一通り口説いた。一目惚れって言葉じゃ足りない。もう一目で魂ごと養子に出したいって思ったよね。

 

 ハリーと私はシリウスのせいでホグズミードに行けない。ハリーは透明マントと忍びの地図で行こうよ、と誘われていたらしいけど先に私が予定を組み込んでいたので断った様だ。へへ、すまないねロン。

 

 そうして今朝、ホグズミードに行く彼らを見送ってルシーに迎えに来てもらったのだった。

 

「そういえば今年のクリスマスも招待してくれるのよね?」

「えぇ。保護者の方々もお呼びするつもりですので。リアムさんとグレンジャー夫妻のお力を借りてハリーの家族さんも呼ぶつもりだよ」

「えっ、ダドリーたち?魔法嫌い何だけど大丈夫かな……」

「夏休み、Ms.コワルスキーが泊まったと聞きました。であれば大丈夫でしょう」

 

「……何をしている?」

 

 ルシーの雑な信頼が愛おしい。

 私が愛の奴隷に成り上がっていると、門の傍に現れたのはセブルスとリーマスだった。

 

「やぁセブルス。それにルーピン。久しいね」

「ルシウス、コワルスキーとポッターに用か?」

「マルフォイさん?お久しぶりです」

「相変わらず仲良いね。聞いてくれるかい?」

 

 ルシーが私の頭をポンと叩いた。

 

「君達の問題児が私を仲介役としてMr.ブラックに会わせろ、との事だよ」

「行ってくるね!」

「「まてまてまてまてまて!」」

 

 

 セブルスとリーマスの完全なるハモりで引き留められ、あまりの多幸感に、私は内心で奇声をあげていた。

 

 

 

 ==========

 

 

 

「セブルスとリーマスの業務状況はどうなの?」

「後で手を貸せ」

「魔法生物の管理は任せたよ」

「おっけー。でも助かった、ふたりが来てくれて」

「僕も、先生達に着いてきて貰えて安心しました。少し緊張していたので」

 

 ──グリモールド・プレイス十二番地。

 ブラック家の本邸として知られるその家は、マグルの家々の隙間に隠されている。

 

 もっと厳重なセキュリティでもあるのかと思いきや、なんと訪問方法は普通にベルを鳴らすだけだった。

 

 ルシーがドアベルを鳴らす。けれど、周囲の通行人はまるで私たちの存在を認識していない。マグル避けの魔法が強くかかっているらしい。

 

「マルフォイ様!どうぞ、レギュラス様が中でお待ちです」

 

 すると、バチンッと音を立てて、屋敷しもべ妖精が姿を現した。会うのは初めてだけれど、レギュラスから話には聞いていた。名前も覚えている。クリーチャーだ。

 

「それと……」

 

 現れたクリーチャーは、私たちの顔を一通り見渡すと、あからさまに顔をしかめた。

 目が語るとはこのことだ。あれは喋らずとも訴えている。

 

 ──右から、半純血、半純血、半純血、マグル生まれ。……けっ、てね。

 

 噂通りの、筋金入りの純血主義者だ。

 でも、ここにいるのは天使だけなんだから、不躾な目線だけはやめて欲しいかな。

 

 私はその視線を遮るように静かに膝をつき、クリーチャーと同じ目線まで身をかがめた。

 

「こんにちは、クリーチャー。レギュラスの大親友って貴方でしょ?」

 

 困惑した様子のクリーチャーに畳み掛ける。

 

「──レギュラスのちっちゃい頃の写真見せて欲しいなぁ!」

 

 バシーーン!!!

 

 これはセブルス渾身の一撃。

 

 

「すまん、ルシウス。止めるのが遅くなった」

「ありがとうセブルス、助かるよ。クリーチャー、すまないね、案内して貰えるかな?」

 

 セブルスに押さえ付けられた私。

 混乱したままのクリーチャーがルシーを案内しようとする。

 

 くっ、セブルスに抱き着かれている(寛大な表現)状態じゃ抵抗も出来ない……!セブルスの匂い最高。花の奥が幸福の花園って感じ。薬草だけど。

 

「ミリ、王様に謁見するんだよ?」

「そうだよミリー。少しだけ大人しくしな?」

 

 ハリーとリーマスからの追加射撃で私はいったん心臓が止まった。愛おし。

 

 

 扉をくぐった瞬間、目の前に広がったのは外観からは想像もできない、まるで宮殿のような広大な空間だった。

 天井は高く、宙を舞うシャンデリアが重厚な金細工で縁取られている。燭台に灯された魔法の火が、ゆらゆらと壁の影を揺らしながら、古い絨毯と漆黒の木製家具を温かく照らしていた。

 

 広さだけでも、ルシーの屋敷といい勝負だ。けれどその趣はまったく異なる。

 

 ルシーの家が、光を集めるような煌びやかさ鏡面仕上げの床に、磨かれた大理石、宝石のように輝く装飾品たちの住む『光の邸宅』だとしたら、ブラック家はその対極。

 

 暗い色調を基調にしながら、黒曜石のように深い艶を持つ壁、緑の絨毯、銀糸で細かく刺繍された重厚なカーテン。隠された財力と歴史の威厳が、静かに空気を支配している。

 

 おそらく、検知不可能な拡大呪文で内部空間をマナーハウス以上に拡張しているのだろう。

 

「わぁ〜〜〜〜!おそら、きれい〜〜〜」

「おや、馬鹿になりましたね」

「ここしゅんごいよぉ!」

 

 わぁ〜〜〜〜〜……あったか〜〜い……。

 空気に金粉がまざっててぇ、世界が全部ふかふかのソファに見える。私も家具になりたい……いやもう家具。ここにいるだけで高級感しみ込んでる。もう私、喋る椅子かもしれない。

 

 なんかもう、天井に吸い込まれそう。お空、お空、おっきいお空、お屋敷のお空~~……えへへ……はわぁ……(語彙:喪失)

 

 これ天井じゃない。天、だわ。

 これ床じゃない。世界の始まりの地面。

 私いま地上に立ってない、ブラック家の尊厳の上に浮かんでる。

 

 わ〜〜〜しゅごいねぇ〜〜〜〜〜(語彙・思考・知性:失踪)

 

「(無視)」

「(とりあえず無視)いいかいハリー、背筋を伸ばし感傷的にならないようにするんだよ?」

「えっ、あの、ミリ大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫」

 

 空間ひとつで脳を溶かされて頭がチカチカしていたら、どういう道をたどったのか分からないがいつの間にか応接間の椅子に座っていた。ふ、ふかふかだ〜〜〜!

 

「レギュラス様を呼んで参ります」

 

 緊張した様子のハリーが、私の袖をきゅっと掴む。

 その直後だった。あまり間を置かずに扉の向こうで足音が止まり、重厚な扉が音もなく開いた。

 

 姿を現したのは──

 

「やあ、ルシウス・マルフォイ」

「ルシウス先輩。すみません、父が……」

 

 オリオン・ブラックとレギュラス・ブラック。父子そろっての登場だった。

 

 Mr.ブラックは最初、穏やかに微笑んでいた。

 けれど、その視線が私の姿をしっかり捉えた瞬間、表情がぴたりと凍りつく。

 

 一方、レギュラスはというと、やや焦り気味の顔で入ってきたものの、私を見つけるとわずかに微笑んだ。

 

 脳みそに新しい刺激が放たれる。

 

「あ、あ……」

 

 威厳のある佇まい、洗練された身のこなし、顔立ちはまるで大理石彫刻。しかし冷たいどころか、目元には深い影があって、それがまた抗えない色気を醸している。

 ただ立っているだけなのに、まるで空間ごと支配しているような存在感。声を出さずに『お前は何者だ』と語りかけてくる、あれはもう呪い。高貴の呪い。

 

 そしてレギュラス。

 え、あの顔面で今の私より年上って何?なにかの神のいたずら?

 整った輪郭、繊細なまつ毛、目元の柔らかさと理知的な光が共存していて、つまり完璧。パーフェクトブラック。王子じゃん。というか王族じゃん。いや、存在そのものが雅。

 

 私の中の語彙が正座している。

 口では言えないけど、昔日本で見て衝撃的だった千手観音が脳内で拍手してる。スタンディングオベーションで頭割れそう。

 

「Ms.コワルスキー?大丈夫ですか?」

 

 ルシーの声が入ってくる。

 

「ミリ?」

「おい、コワルスキー」

「ミリー?」

 

 綺麗という言葉では足りない。もはや『視覚の暴力』『概念の上書き』『神のご機嫌で出来た存在』と呼ばせていただきたいん。

 

 造形という暴力。静止画でも息が止まる。まして動くなんて、私への拷問では?

 

「ミリ?ミリ???」

 

 顔面のパワーがありすぎて、会話という文化が崩壊していく音がする。

 

「先生!先生、ミリが呼吸してない!!」

「レギュラス!そのキラキラを鎮めろ!」

「トム!トムと交代して!ミリに呼吸させて!」

 

 

 

 ==========

 

 

 

 ハリーがミリの荷物入れの中から取り出した日記に要件を書く。

 

 瞬間、意識が入れ替わった。

 違和感はない。彼女の意識との交代は、もう慣れたものだ。

 

 ただ一つ問題があるとすれば──

 彼女が呼吸を止めたままトムに譲っていったということだ。

 

「っ……!」

 

 喉が焼けるように痛んだ。

 肺が酸素を欲しがり、胸がぎゅっと軋む。それでも慌てず、体は深く呼吸を繰り返す。すー……はー……すー……はー……。

 数度の呼吸で酸素が脳へ届くと、視界がじわりと安定していく。

 

 

 トム・リドル。それはミリが持ち運んでいる日記であり、ハリーにとって、毎週末ミリの身体を借りたトムとティーパーティーをする仲。要はもう1人の友人だ。

 

「トム…………!良かった、ミリが死んじゃうかと……!」

 

 目の前にハリーがいる。

 彼はもうすっかり慣れた様子で、彼の仕草からミリではないと理解しているらしい。目が合うと、彼は微笑んだ。

 

「えっと、ハリー。どういう状態だったか聞いてもいいか?そして……どうしてブラック家にいるんだ?」

 

 安心した顔をしたハリーが見て、そしてようやく背景が違うことに気づいた。

 ここは、ブラック家。ホグワーツではない。ミリの部屋でもない。

 

 トムはゆっくりと首をめぐらせ、周囲を観察する。

 

 安心した表情のルシウス・マルフォイ。

 焦りを見せるミリのナイトのセブルス・スネイプ。

 それから、混乱状態の彼は最近良く聞くリーマス・ルーピンだろう。

 

 そして……。

 

「──オリオン?」

 

 トムの視線の先。

 驚愕に固まったように立ち尽くしていた男が、ぽつりと呟いた。

 

「Ms.コワルスキー……?貴女、なぜ生きて。いや、名前が」

 

 これは、僕の手には負えないな。トムは静かにため息を吐いた。体の痛みはもう抜けていたが、代わりに空気の緊張が肌を刺すようだった。

 

「ルシウス、この状況。君が1番理解しているね?説明を頼むよ」

「もちろんです」

 

 ルシウスは優雅に一礼すると、顔色ひとつ変えずに口を開いた。

 

「発端はMs.コワルスキーが『レギュラス様に会いたいな♡』と抜かした事です」

「レギュラス……オリオンの次男だっけ。ハリーを狙ってるシリウスの弟」

「えぇ」

「馬鹿なの?」

 

 ホグワーツ側の人間とルシウスは無言で頷いた。馬鹿です。

 

「私がMs.コワルスキーとハリー・ポッターを迎えに行った際、保護者もとい手綱役としてセブルス・スネイプとリーマス・ルーピンを同行させました」

「あぁ、やはり彼がリーマスか。ミリからよく聞いてるよ」

「そしてオリオン様とレギュラス様にお会いすることになりましたが── 美しさの衝撃で呼吸を忘れまして」

「繋がった。ハリー、いい子だ。この大ボケ女の命を良く救ったね、ここで僕を持ち出すのは総合的に良い判断だ」

 

 体の支配権をトムに移してしまえばミリの肉体はとりあえず守られる。

 それに──この状況に立ち会うには、ミリよりもトムの方が適任でもある。

 

「さて、そろそろ君たちも僕がミリ・コワルスキーではない事が分かっただろう?」

 

 敵意を向けてくるのはレギュラスとリーマス。そして『わかって』いるのはセブルスとルシウス。

 戸惑いの渦中に居るのはオリオンで、全く分かってないのがハリーだ。

 

「……僕はトム・マールヴォロ・リドル。ホグワーツ5年生の意識だ。わけあって、ミリに乗り移ることができる、過去の亡霊だよ」

「ト、ム?本当に、トムなのか?」

「オリオン。見た目が違ってても君なら僕がすぐ分かると思っていたんだけどな。ホグワーツに入ったばかりでも君は……」

 

 言葉を選びながら、トムはわずかに目を細めた。

 回想するように、しかし懐かしみに浸るわけではなく、距離を置いた眼差しで。

 

「君はとても優秀だった。家系の名を盾にせず、努力で周囲を黙らせるタイプだった。……そういえば僕に礼を言っていたね、何度か」

 

 オリオンが息を呑むのが分かる。

 それが動揺なのか、記憶の断片の呼び起こしなのかは──わざわざ確認するまでもない。

 

「僕が教授職についたお方達を知識量でボコボコにするのを楽しんでいたじゃないか。あぁ、それとも、下々の生活が初めてでお茶すら入れられなくて失敗していた様を語った方が良かったかな」

 

 トムはクスクスと微笑む。

 その笑みは優しげですらあったが、同時にじんわりと底冷えするような重さがあった

 

「それにオリオン、君先生をしてたんだっけ?ミリが言ってたよ、推し教師の授業が──」

「──あっ!」

 

 間髪入れずに響いた、リーマスの大声。

 

 場の空気がビクリと揺れる。

 あろうことか、貴族たちの会話に、全力で割り込んだのだ。

 

「あっ、あー……あはは、あの、その……僕が、ミリに、教えてしまいまして!」

 

 わざとらしいほどの笑顔で両手を広げながら、リーマスは必死に取り繕う。

 

「昔の教員リストの話をしていて、それで、ちょっとした雑談です!」

 

 オリオンはリーマスやセブルスが最高学年の時にDADAの教師をやっていた。

 そう、あくまでもミリではなく、彼女の前世である『エミリー』がだ。

 

 トムはミリがエミリーの生まれ変わりだなんて知らない。というか伝えたことはあるのだが、わりと妄言扱いしていた。

 

 ──このトム・リドルと呼ばれる憑依者はコワルスキーの神秘について知らない。

 

「(オリオンさんにはまだ言わない方が……)」

 

 場の空気を読まず、貴族の対話に突っ込める愚直さと勇気、それを持ち合わせているのは、この場ではリーマス・ルーピンだけだった。

 

「(よくやったリーマス)」

「(ありがとうセブルス)」

 

 アイコンタクトだけで会話する。

 

「……トム、君なんだな」

「あぁ。君と一緒に日記を作ったじゃないか」

「体の、持ち主は……トムにとってのなんだ?私の記憶が正しければ、あまりにもエミリー・コワルスキーにそっくりだ」

 

 トムはその言葉に眉をひそめた。

 

「エミリー・コワルスキー?……なんと言ったかな

確かミリのミドルネームにエミリーって入ってたはずだけど」

「うん、ミリ・エミリー・コワルスキーって言うんだ。僕も同じミドルネーム。エミリー・コワルスキーって言うのは、ミリの叔母さんの事だよ」

 

 トムの疑問に、ハリーは意気揚々と答える。知識量で全く敵わないトムに、唯一何かを教えられるチャンスだった。

 

 

「──エミリーですよ」

 

 ニッコニコの笑顔でルシウスがぶちまけた。

 おいこら待ておっさん。

 

「オリオン様、このバカ娘は『しめた、ミリならブラック家出禁になってないじゃん』など言ってましたから」

「は?」

「……はい?」

 

 オリオンとトムがほぼ同時に疑問符をうかべた。転生を知っているセブルスとリーマスと、そしてレギュラスは心の中で天を仰いだ。

 取得しといて良かった閉心術。

 

「……ルシウス・マルフォイ。どういう事かな」

「エミリーです」

「馬鹿な!あの子は、殺されたはずだ!だから私はシリウスをアズカバンに──っ!」

 

 失言。

 

 

「…………どういうことですか?」

 

 ハリー・ポッターの声が、場の空気を切り裂いた。

 誰よりも知らされていなかった少年の、心からの問いだった。

 

 

 彼の目には、信じていた大人たちが、皆なにかを隠しているようにしか見えなかった。

 

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