─矛盾─   作:恋音

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3-22.オリオン・ブラック

 

「……どういうことですか?」

 

 

 沈黙が落ちた。

 

 ハリーの声が空気を裂いたあと、室内には重たい余韻だけが残されていた。

 

 オリオンの顔には、戸惑いと、深い後悔のようなものが交錯していた。

 レギュラスは沈黙したまま、微かに佇んでいる。

 

 

「僕も不思議だったんだよ。子供達から聞いた話は、『ハリーの両親はヴォルデモートに殺された』『シリウス・ブラックがハリーを狙っている』『シリウスがピーターを殺した』って言うこと。シリウスがヴォルデモートの手下?僕が実際会ったことあるわけじゃないけど」

 

 ミリの体を借りたトムが、ハリーの様子を伺いながら誤魔化しがちに、だが確信を持って断言した。

 

「シリウスって、馬鹿だろう?」

「「「「…………。」」」」

 

 無言である。

 

「そうなんですか?」

「えぇ、シリウス様は勉強の出来る馬鹿です」

 

 身内と同級生が口を噤む中、ルシウスはハリーの質問にきっちりはっきり答えた。

 

「ヴォルデモートに屈したから学生時代の親友を殺した、なんて。在り来りな物語だけど。それにしては役者が馬鹿すぎる」

「馬鹿すぎる……」

 

「『予言の子を殺す』なんて大仰な任務にヴォルデモートが馬鹿を使う?ありえないね。ヴォルデモートは、シリウスと相性が悪い。重要なポジションにつかせると思えない」

 

「「…………。」」

 

 夏休み、『ヴォルちゃん』と共に過ごしていた経験があるセブルスとリーマスは無言で渋顔を作った。

 相性が良いとも言いきれないが、ほどほどに仲良く過ごしていたため、否定も肯定も難しい。

 

 まぁ、どの道。

 

「少なくとも、ヴォルデモート卿の世界観に、ブラックがフィットするとは到底思えない」

「ノイズだよね、あれは」

 

 ボソッと漏れたセブルスの言葉に、リーマスがコクリと頷いた。

 

「そもそも、ヴォル……彼の『思想とカリスマと恐怖で世界支配したい系集団』の中に『友情で殴る系』が混ざってたら迷惑じゃないですか?」

「しかも人の話を聞かない」

「あと、騒がしい」

「言葉選びが粗い」

「ノンデリ」

「空気を読まない」

「校則は守らない」

「思い込みが激しい」

「素直っていえば可愛らしいけど、愚直も過ぎればはた迷惑」

 

 もはやただの陰口の雪合戦と化しているが、トムはとくに止める様子もなかった。

 むしろ『ほら、言った通りだろう?』という顔でハリーに目配せをしている。

 

 セブルスとリーマスの陰口合戦が一巡したところで、ようやくルシウスがゴホンと咳払いを一つした。

 

 盛り上がりすぎてしまった。

 

 セブルスとリーマスは同時に姿勢を正し、「失礼」と言うが、目の奥には『まだあと12ターンあるんだけど……』と、未練が溢れている。

 

「盛り上がっていたところ申し訳ないけれど、話を戻しても?」

 

 ちょっと面白かったのか楽しげな音色が混ざっていた。

 

「だからまぁ、オリオン。君は何を知っていて何を企んでいる?ハリーの後見人はシリウスだった。そして、シリウスが投獄された状態でも君たちが生きているならハリーはブラック家で育っててもおかしくない。──あのダンブルドアが、マグルでハリーを育てさせた理由は『君が問題だった』からだろう?」

 

 オリオンは静かに目を伏せた。

 

 ハリーはトムが味方してくれている状況に思わず微笑む。

 

「…………予言の子は、ヴォルデモート卿を殺すから予言の子と言われている。トム、貴方はどうしてハリーの前でハリーの為になるようなことをするのですか」

「さぁ、なぜだろうね」

 

 トムは足を組んで胸に手を当てた。

 

「でもこれだけは言える。僕は、ミリに胃袋を掴まれた。おかしな話だろう。日記なんてものが」

 

 少し冗談げに笑う。

 

「……でも、ただ味が良かったからじゃない。ミリは、僕を人間として扱った。過去の亡霊とか危険な魔法道具としてじゃなく、ティーカップをもう一つ置いて、話し相手として、席を作ってくれた。もちろん、僕とミリは同じ体を使ってるわけであって、対面で会話したことはないのだけど」

 

 彼の声が少しだけ静かになる。

 

「彼女は僕のこと何も知らない。そして僕も彼女のことをあまり知らない。でも、ハリーの口から教えられるミリは愉快で、おかしくて。悔しいな、僕もミリに会ってみたいよ」

 

 1番近いのに1番遠い。

 複雑な状況の彼らには人伝の情報でしか分からない。どうやって笑うのか、どうやって話すのか、言葉の温かさも、何も知らない。その言葉は、もはや掴まれたのは『胃』ではなく『心』だと言っているようなものだった。

 

「僕はミリであり、ミリはミリだ」

 

 でも知ってることは、彼女が友達を大切にするということ。まるで信者のように、それが生きる意味とでも言うように。

 

「そんな人間が、ハリー・ポッターという少年の幸せを願ったなら──それを裏切ることは、僕自身を裏切ることにもなる。……それだけの話だよ」

 

 そこには理屈も使命もない。ただ、選んだ結果としての想いがある。

 

「論理じゃない。感情ってやつさ。ああ、面倒なものを知ってしまった」

 

 トムは肩をすくめて苦笑した。その顔は、誇りでも憂いでもなく、ただまっすぐな穏やかさを宿していた。

 

 そんな彼の視線が、ゆっくりとオリオン・ブラックに向けられる。

 

 その眼差しに、オリオンはほんのわずかにまばたきをし、そしてぽつりと呟いた。

 

 

 

「私は……──もう随分前に狂っている」

 

 

 オリオン・ブラックには心酔する人物がいた。

 

 誰よりも成績が優秀で、冷静で、鋭く、何よりも特別だった男。

 トム・マールヴォロ・リドル。

 

 オリオンは彼に魅了されていた。決して盲目的な崇拝ではなかったが、彼の言葉には理があった。血の尊さも、才能の限界も、世界の歪さも。どれも正しく。そして──美しかった。

 

 当時のオリオンは純血というものに誇りを持ち、それを当然の基盤として生きていた。

 

 だが、トムはそれより遥かに先を見ていた。血ですら序列の道具に過ぎず、最終的には魔法が世界を均すという思想。

 その時の衝撃といったら、饒舌に尽くし難い。

 

 オリオンは、信じていた。彼こそ、ダンブルドアを超えて魔法界の新しい発展と栄光を築き、純血魔法族が支配者になる。そしてその頂点には彼がいて、オリオンはそれに従うのだと。

 

「君の作る世界を、僕も共に見届けたい」

 

 そう言った日のトムの笑みは、確かに喜んでいるように見えた。

 

 

 のに──

 

 トムが『死喰人』という集団を作り始めたとき、オリオンの中の歯車が、静かに、しかし確かにずれ始めた。

 

 

 

 

 

 

「レギュラス、ルシウス。腕を見せてくれるかい?」

 

 オリオンが静かにお願いという名の命令を下すと、二人は静かにそでを捲りあげた。

 そこには、髑髏に蛇が巻きついているうっすらとした刺青のような何かがあった。

 

 死喰人の証。

 

「……ハリー・ポッター。覚えておくといい。闇の魔法使い、死喰人にはこの証がある。……そして──私にそれは無い」

 

 無実を証明する為に言ったのでは無い。

 

 無いという不名誉が!あまりにも悔しく、辛く、己を惨めな目に合わせる!

 

 

 

 

 

「──君を死喰人にはしない」

 

 それは、トムなりの敬意だったのかもしれない。

 だが、オリオンにはそうは聞こえなかった。

 

 自分は『選ばれなかった』。部外者だ。

 

 ルシウスにも、レギュラスにもあるものが、自分には無い。

 どれほど信じ、尽くしたとしても、決して側近にはなれない。

 それは、排除と同義だった。

 

 彼の誇り高き純血主義者としての自負が、それを許さなかった。

 

 

 

 

「……私は、彼の一番になりたかった。私こそが彼の手足として働き、彼の力になり、彼の築く未来を傍で見たかった」

 

 それからのオリオンは変わった。

 彼はブラック家の権威を盾に、冷徹さを研ぎ澄ませていった。シリウスの父として、名門の柱として。

 しかしその根には、埋められない空洞が残っていた。

 

 だから、ダンブルドアを消したいはずのトムの為に、ホグワーツの教員に己の手がかかったものを送り込んだ。

 その目論見も、空洞も、まとめ塞ぐように現れたのは。

 

「エミリー・コワルスキー。彼女が私の前に現れた」

 

 彼女は不思議な女だった。血筋に驕るでもなく、才覚を見せびらかすでもなく、ただ愛を持って他人を見つめていた。

 あれは脅威だった。けれど同時に、救いでもあった。

 

 初めて出会ったあの日、自分でも驚くほど機嫌が良かったのを覚えている。

 羽根ペンは三本折ったが、それもまぁ、些細なことだった。

 

 彼女は思慮深く、手引きしたのが誰なのかさえ見越していた。だが、その目には必ず闇から引っ張りだそうとする力強さがあり、誰かを陥れようとする冷たさはなかった。

 ただ、未来を見据えていた。

 

「会ったことないタイプで、無礼だし、能天気だし。私が敬愛するあの方と全然全く似てないのに」

 

 それがトムと重なった。

 若き日の、理想に燃えたトム・リドルと──。

 

 オリオンの中で、再び熱が灯った。歪な感情だったが、確かに熱だった。

 

 だが、それも長くは続かなかった。

 

「──彼女は、ヴォルデモート卿の手により殺された。私の知らぬ間に」

 

 またしてもオリオンは『部外者』だった。

 

 選ばれなかったのは一度きりではない。

 それは確信になった。自分は、あの人の世界に『必要のない存在』だったのだ、と。

 

「よりにも寄って、私が闇の魔術に対する防衛術の教師だった年に、だ。私はあの方に選ばれない」

「父上……」

 

「──だが!!!」

 

 オリオンは静かだった内情に怒りを点した。

 

「ピーター・ぺティグリュー!やつだけは、許せなかった!」

 

 誇り高き純血の魔法族。

 その目には、血統の理と誇りに対する強い信念があった。

 それが、ピーターの存在によって!酷く!無惨に!踏みにじられた!

 

「私が選ばれず、なぜあんな……純血未満の小汚い小童が!あの方の手足として重宝されているというのだ!」

 

 言葉が鋭く跳ねる。

 怒りの矛先はもう完全に定まっていた。

 

 バチ、と誰かの魔力が揺れる音がした。場が凍る。

 オリオンの視線がぐるりと巡り、次の瞬間には鋭くハリーへと突き刺さった。

 

「ハリー・ポッター。ピーター・ぺティグリューの事は知ってるかな?」

 

 恐怖ゆえにか、ハリーは小さく息を止めた。

 

「は、い。父と、シリウスと、ルーピン先生と親友だったと」

「あぁそうだ、ああ!グリフィンドールの小童が!冗談にも程がある!あいつは!──闇の手先だ!」

 

 それに激しく動揺したのはリーマス・ルーピンだった。

 

「ピーターが……どうして……!?」

 

 信じた友の名が、あまりにも異なる文脈で叫ばれた衝撃に、リーマスは自分の呼吸すら忘れそうになる。

 

 オリオンはそれを見ても、哀れみのような視線を一つ落としただけで、止まらない。

 

「……。私にも情報は集まってくる。どうやら『ヴォルデモート卿の命を救ったから』だそうだ……。分かるか?分からないだろう、分かってたまるか!」

 

 歯噛みするように低く言い、怒りで声を震わせる。

 

「あの方は!私ではなくピーター・ぺティグリューを選んだ!!!だから私は殺したのだ!シリウスをけしかけて!ピーターが裏切り者だと教えて!」

 

 それは選ばれなかった者の誇りの断末魔だった。

 静まり返る室内。

 

 

「(あっ、そうか。確かに、ヴォルさんを殺そうとしたシリウスをピーターと一緒に止めてたっけ)」

 

 納得する出来事を思い出してリーマスは一人で納得した。

 

「(なら、どうしてミリーはピーターが生きてるって言って……?セブルスは生きてると知っていて……?)」

 

 オリオンの言葉だけでは、真実までたどり着かない。

 

 

「……シリウスは、私にとって最も誤算な存在だ」

 

 オリオンは呟くように言った。怒鳴るでもなく、苛立つでもなく。ただ、苦いものを噛み潰すように。

 

「私が育てた息子だ。少しという言葉では足りないくらい粗暴で。誇り高く、優秀で、そして──あまりにも正しすぎた」

 

 手が震えている。

 

「あの方を一番愛していたのは、私だ。あの思想に、世界に、すべてを賭けたのは私だった」

 

 静かに続く言葉には、歪んだ熱があった。

 

「だが、シリウスは違った。あの子は、私が崇めた彼を憎んだ。殺そうとすらしていた。エミリー・コワルスキーが死んだとき、あの子は壊れたんだ。私よりも、彼女を、彼を、強く想っていた。ヴォルデモートを殺すと言った」

 

 シリウスがエミリーに歪んだ熱を持っていることは分かった。愛だの恋だのではない。

 

 己も抱いた『純血の己ですらなし得ないことを成し遂げる素質のある人物』へのクソデカ感情。

 

 トムとエミリーがどこか似ている所を知った。

 だからシリウスが復讐にこぎ着くのは、手に取るようにわかる。

 

「シリウスは私に良く似ている。シリウスは友想いだ。それこそスリザリンらしい。──そうだろ?」

 

 視線の先にはセブルスとリーマスの二人。シリウスをよく知る二人は、悩む余地なく頷いた。

 

 

「それが実現すれば……私はどうなる?彼女を殺したのがあの方なら、私が生きている意味は何だ?シリウスがあの方を殺したら、私は──」

 

 そこまで言って、あえてミリを、トムを見ていなかったオリオンの視線がトムに向いた。静かに、見守るように冷たいその瞳に叱られているような気がしてふいと視線を逸らした。

 

 静かに、だが確実に言い切った。

 

「私は、命を失う」

 

 オリオンにとってトムは、神に等しい。

 だが、シリウスは違った。トムを敵と見なし、破壊しようとする側だった。

 

 親子であっても、相容れなかった。

 

「だから私は、シリウスを隔離した。アズカバンに閉じ込めた。……息子を救うために、ではない。あの方を守るためでもない」

 

 一呼吸。

 

「私自身を守るためだ。あの子が彼を殺したら、私は……もう、存在する意味を失ってしまう」

 

 

 あぁ、これは正しく『狂っている』のだ。

 ヴォルデモートとエミリーの二人の生死によって、オリオンは狂わされてしまった。

 

 

 

「馬鹿だなぁ」

 

 ややあって、トムが口を開いた。

 

「シリウスも馬鹿だと思っていたが、オリオンも馬鹿だったんだね。意外だったよ」

 

 皮肉ではなく、罵倒たっぷりにトムが口を開いた。

 ミリの、コワルスキーの見た目をしたトムが喋っているだなんて、頭がおかしくなりそうだ。

 

「──君は僕の友達じゃないか」

「……は?」

 

 貴族らしくない間抜けた声に、トムはくすくすと笑った。

 

「死喰人は僕にとっての部下であり信者。でも、君は僕の対等で特別な、友人関係だ。分かるかい?分からないとは言わせないよ。君のちっぽけな頭でも理解できるような言葉のつもりだけど?」

 

 ジワジワと心から何かが湧き上がってくる。

 喜び?困惑?後悔?怒り?

 

 その感情にまだ名前を見いだせないでいた。

 

「オリオン・ブラック。君は僕にとってのなんだい?」

 

 たったその一言で。全てが救われたような気がした。

 

 

 

「えっ、ごめんなさいちょっと割り込んでごめんなさい。……トムって、ヴォルデモートなの?」

「うんそうだよ」

「うんそうだよ!?」

「残念ながら、ミリは知らない」

「なんで知らないの!」

 

 ハリーが頭を抱えた。




主人公:不在
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