「トムがヴォルデモート……」
ハリーの顔に浮かんだのは、恐怖でも怒りでもない。ただの困惑だった。
若干口を開けたままフリーズしたが、結局のところ1年間『無害なトム』と暮らしてきた安心感が勝ったらしい。そこに加えて、ミリに対する同情や共感や仲間意識など、それらが複雑にミックスされ、警戒心は物の見事にすっとんでいく。つまり『まぁいっか、それはさておき』となったのだった。
「うーん。でもさ、エミリーとミリってやっぱりそっくりだよね」
「うん。僕もそう思うよ。どっちとも直接会ったわけじゃないんだけど」
キャッキャと盛り上がるハリーと、ノリノリで返すトム。
この空間だけ、季節外れの陽気なピクニックでも始まりそうな空気が流れていた。
一方。それを見つめる大人たちの目線は完全に死んでいた。
「……集合」
オリオンが低く一言呟くと、ハリーとトムを除く全員がピタッと動きを止め、ゆっくりと半円を組むように自然と並んだ。
何の打ち合わせもしていないのに連携が取れすぎているが、これもまぁスットコドッコイ星人がいるせいである。
「……どういうことだ?あれは、結局エミリー・コワルスキーなのか」
オリオンが口を開いた。
「はい、エミリーですよ」
「はい。間違いなく、我々が学生時代のコワルスキーの、転生体です」
ルシウス、セブルスが速攻頷く。
本来であれば隠すべき神秘であるだろうが、あの、張本人が露出狂かのごとくオープンすぎる。
そもそも、ルシウスが爆弾のようにぶちまけている為、それを誤魔化せるほど貴族──いや王族は甘くない。
そもそも誰が知ってんだバカ娘。
内なる怒りを堪えきれないためか、とある男の眉間にシワがよった。誰かって、相棒様である。
情報を保守しようと、そういった概念は無いのだろうか。頭の中に『情報、ここに眠る』いう言葉の墓石が建てられた。しかも棺桶には本人が元気に詰め込まれている。率直な感想を述べるが、墓から這い上がってこないで欲しい。
「お前たちも苦労するな……」
わぁ、まるでトムに狂わされている自分を見ているようだ。分かるよ、無茶させてくるんだよな、ああいう信頼度MAX星人って。
過去に『オリオン、君なら出来るだろ?』という枕詞で様々な無理難題を押し付けられた男が同情した。
そういえば昔どこかのスリザリン生も『君なら飲まなきゃ解除できない毒薬とか作れるよね?』などと無茶振りされてたな、と過去を思い出す。
「……えぇ、本当に」
疲労がめちゃくちゃ滲んでいる。
そっと胃に手が添えた薬学教授の姿に、同じく教授のリーマスが自分の未来を見ているようで遠い目をしてしまった。
「だが、それでも。生きてさえいてくれたなら」
言葉は静かだった。誰にも届かなくてもいい、ただ自分の胸に置いておくためのように。
死んだはずだった。
もう二度と会えないはずだった。
それなのに今ここにいる。そばにいる。手の届く場所に。
彼女はもう『色褪せた思い出』ではない。生きて、喋って、怒って、笑っている。
……結構うるさく、致命的に浮気性で、情報を隠す気もなく、振り回してくるけれど。
セブルスの口元が、ゆるやかに緩んだ。
「我輩は、それでいい」
それが本音だった。たとえこれからも苦労が絶えなくとも、彼女が『塗り直された日常』にいるのなら、それでいいのだ。
「──ところでハリー。ミリが何のためにブラック家に来たのか聞いてる?」
トムの質問に大人たちはハッとなる。そうだ。これまでのあれやこれは割と蛇足だったのだ。
「あぁ、うん。シリウス・ブラックのことよく知らないから。聞きに行こうよって誘ってくれて。『2つ目のシリウスを見に行こう』って」
「……っ!!」
ハリーの言葉にハッとしたのは、レギュラスだった。
「2つ目のシリウスって?」
「トム知ってる?実はお星様のシリウスって2つあるんだよ?」
「そんな馬鹿な……!いや、でもそうなると実視連星なのか?」
50年前の日記でしかないトムは、特にマグルで発見した新しい知識に疎い。ハリーは、いつも勉強を教えてくれるトムにまた再び教えられることが嬉しくニコニコ微笑む。
「よく分からないけど、ミリがぶっ飛んでる変なやつだってことは分かったよ」
「僕もそう思う」
くすくすと笑う2人。
そのかたわら、眩しいものを眺めるように目を細めたレギュラス。
レギュラスはかつて学生時代にエミリーと『2つ目のシリウス』の話をした。
『知ってるかいレギュラス! シリウスって星は2つあるんだよ』
『えっ、そうなんですか?』
『そーなの、実視連星でね、私の予想ではもうひとつのシリウスは地球と同じ位の大きさなのかなーって思ったりしてる』
『うーん、そんなに大きいんですかね』
『予想だから夢見てもいいの!』
『人間は目だから! よぉーーく見ないと! もう1つは見つからないんだよね!』
『そうですね!』
第一印象だけじゃ分からない。
「変わってないなぁ……」
時を超えて、己と同じように悩んでいる少年を流れ星のように救い取って行くのだ。
レギュラスはミリがエミリーであるということは知っていたが、今日この日まで彼女にまだ会えていなかった。だけど、一切変わってないところが人々の口から溢れてくる。
レギュラスはヴォルデモートが怖くなかった。よぉーーく見た結果……──彼には深い悲しみと後悔が渦巻く人だと思ったから。
なんて哀れな人なのだろう。
誰かを失って苦しんでいる、不器用な一面が見えた。
まるで湖に沈んでしまっているような。
「僕シリウスに会ってみたいな。えっと、ピーターとマグルを殺したのは悪いことだけど、1番懸念されてる『ヴォルデモートの手下』じゃなかったってことなんでしょ?」
「聞いた感じ、むしろハリー側に取り込まなければならないと思うね。そのシリウス、どうせブラックの血は濃いだろうから」
「でも参っちゃうな。トムもいるから、僕ヴォルデモートでさえもあんまり怖くないんだ」
「ハリー、君は未来の僕に殺されかけてるんだよ?そこは危機感持とうよ」
「うーん……」
多分コワルスキーの能天気が移ったんだろうな。
誰もがそう思っても仕方のないほど、ハリーの発言は軽やかだった。悪意も緊張もなく、空気のようにふわりと場に漂っていた。ただ、その発言に全員が何とも言えないモヤモヤを覚えたのも事実だった。
「……コワルスキーは、なぜ生まれ変わったのでしょうか?」
レギュラスの疑問には、間を置かずオリオンが答えた。低く、慎重に、懸念を滲ませながら。
「さて、な……。ただ、色々と知られれば好奇の目だけでなく、実験や研究対象として囚われることも十分ありえる。それこそ、Ms.コワルスキーの血は、純血貴族なんて比じゃないほど」
沈黙が落ちる。
「……魔法省も問題だが、1番の問題はあの方だ」
「あの方、ですか?」
「あのトムではなく、ヴォルデモート卿の事だ」
脳破壊されている為か普段のような丁寧な口調が出てこない。そんな中オリオンはリーマスの疑問に答えた。
「あの方の目的は──『永遠』だ。日記を作ったのもそれが理由である」
「そうだったんですね?」
リーマスの声はどこか納得に近かったが、同時に、明確に何かを掴み切れていない様子だった。
その鈍さに、オリオンの眉間がわずかにぴくりと跳ねた。
「理解していないようだな? ……Ms.コワルスキーを殺害したのは、他でもないあの方だ。あの方が『Ms.コワルスキーを永遠に生きるものとして狙う可能性』は大いにあるのでは?」
ヴォルデモートが永遠の命を得るために分霊箱を作っていることをオリオンは知っていた。
死して蘇った者。
神秘の中にありながら、なお魔法的な矛盾を孕む存在。
……エミリーの神秘は、まさにヴォルデモートが狙っているような状態と同じではあるまいか。
──と、懸念点を親切にも伝えたのに。
「……?」
「……??」
リーマスとセブルスが同時に疑問符を浮かべた。
「あの人がミリーを好き好んで狙うかな?」
「金を積まれても断った方だ」
即答。もはや経験者の口ぶりである。
「──失礼ながら、先輩方」
たまらずレギュラスが手を上げた。ちょっと待ってくれませんかという顔をしている。
「なん、ですか。そのまるで、まるで『昔から知り合いでした』とか『あの方とコワルスキーはマブダチでした』とか言いかねない雰囲気は?」
そこまで言って、背中に冷たいものが走った。
「……え、まさか、ほんとにそういう?」
誰も答えない。
いや、答えられなかった。空気が、変に生々しかったからである。
「セブルス・スネイプ」
オリオンの指名。
「……実は、我輩達は学生時代、決まって『あの方』と共に過ごしておりました」
「…………コワルスキーも、え、兄も?」
「あぁ」
「………………まさか、ポッターやエバンズも?」
「…………あぁ」
お空綺麗。
レギュラスが天を仰いだ。
はよ言って欲しい。毎年闇陣営や父にバレないように会ってたタイミングで言って欲しい。
「……。夏になると決まって姿が見えないと思っていたが」
オリオンは逆に納得してしまった。
「………………1991年、ちょうどコワルスキーが2度目の1年時。クィレルという教師に取り憑いていたあの方と再会している様子ですので、その、あの、もう、知られていてもおかしくは無いかと」
「セブルス待って、それは聞いてない。あの人蘇ってるの!?」
「蘇ってはない………とは、思うが。消滅もしてない。その上あの隠す気皆無のコワルスキーと出会っているのだから、まぁ」
バレてるよなぁ。
「……確か。その時、私の息子とハリーがそばに居たはずですが」
ルシウスの援護射撃で、大人たちは一斉にハリーに視線を向ける。
トムと楽しく話していたハリーは流石にビクリと肩を震わせた。軽いホラーだ。
「ハリー・ポッター。君、ヴォルデモート卿と1年の時遭った覚えがあるのか!?」
「あぁ……そういえば……」
ハリーは一瞬だけ、部屋の隅に置かれたミリのスーツケースをちらりと見ると、思い出したように頷いた。
「ヴォルデモートなのかわかりませんけど。クィレル先生の後ろにくっついてたイボみたいな頭とお話しました」
「イボみたいな」
「お話」
「ミリは『やっほー』って挨拶してましたけど」
「ダメだ手遅れ」
「やっぱりな」
しん……とした空気が流れる。
その場にいた全員が、どこからボタンをかけ違えたのかを考え始めていた。
「……え?僕、なんかおかしいこと言ったかな?いや僕はおかしいこと言ってないと思う。おかしいのはミリってだけで」
それはそう。
キョトンとするハリーに、誰も何も言えない。言葉が出てこないというより、言葉を使ってどうにかできる範囲を超えている。
「………………」
沈黙の中、レギュラスが口を開いた。
「私は、父や兄に代わりブラック家の当主として家を守ってきました。……申し訳ございません父上。そしてコワルスキーの事も知っていました」
「それは……」
「私は守りたかった。再び潰える未来があってたまるかと」
誰も止めない。というより、彼の崩壊はもう始まっていた。
「……命の危険はありました。それでも、コワルスキーの存在を秘匿し、コワルスキーを守れるなら!危険な嘘でも構わなかった……!」
震える手で顔を覆い、虚空に向かって叫ぶ。
「やっほー!? やっほーって!? コワルスキー!貴女って人は!?!?!?!」
「落ち着けレギュラス。失血するぞ」
「してます!感情と魂のヘモグロビンが家出しています!!!」
とうとう崩れた。ブラック家、末弟、ついに狂ってしまった。いわゆるSAN値ピンチである。
「……しかし、まぁ。うん……」
不意に聞こえたのは、ルシウス・マルフォイの声だった。貴族らしく静かで、それでいてもうすべてを諦めた男の声音。
「──やはりブラック家と言いますか。ブラック家の血は、どこか致命的に……何かが欠けているように思えますね」
「失礼な!!」
「具体的には?」
「脳の安全装置です」
ルシウスの言葉。何も言い返せないのが悲しい。
ブラック家の精神が脆すぎるのか、ブラック家と相性が極端に悪いやつがいるせいなのか、ちょっと分からなかった。