ひとりよがりで、ちっぽけで、あまりにも幸せな不幸の話。
「私たち悪戯仕掛け人は、たったひとつのコンパートメントから始まった」
懐かしい懐かしい、愛おしい日々。
「私たち、友達じゃない。それ以外に言葉は要らないと思うの」
初めて、特別じゃないという特別を手に入れた。
あぁ、本当に、人生ってやつはどう転ぶか分からない。
俺は子供の頃から特別な立場に居た。
ブラック家の次期当主、期待と思惑と畏怖が込められた特別。
弟とも折り合いが悪く、子供ながら親の言うことに反発ばかりしていた。家に居場所が無かった。いや、作ろうとしなかったという方が正しい。
そんな俺もホグワーツの入学を迎えた。今でこそ気の置ける友人だが、当時の俺はピーターもリーマスも、ジェームズでさえ、『シリウス・ブラック』の名前を特別視していた。
たまたまホームで出会ったピーターも名前を聞いてビビり散らかし。
ジェームズも女連れだとチクチク嫌味を言っていたし。
リーマスも同室になって緊張した様子だった。
リリーは異性だから距離があり、スネイプと敵対心を持ちあっていた。
「なぁ、お前俺の事どう思ってる?」
「……?シリウスだなって」
「そうかよ」
『シリウス・ブラック』という象徴ではなく、『シリウス』と個人を見てくれたことが、エミリー・コワルスキーの特別ではないことが。
俺には特別でたまらなかった。
1年の終わり。
「エヴィルじゃないか?あれ飛んでるの」
ピーターとコワルスキーだけが、テストに参加していなかった。
不自然だと感じたのは俺だけじゃない。
テスト答案を回収したあと、ふと窓の外を見れば──見慣れた影が、薄曇りの空を旋回していた。
「コワルスキーが野放しにするか……?」
「嫌な予感がする」
思わず口にした俺の呟きを、ジェームズが鋭く拾った。次の瞬間、あいつは迷いなく走り出していた。
俺も、リーマスも、リリーも後に続く。
胸の奥に冷たい塊が広がっていく。足音ばかりが響いて、心臓の鼓動をかき消していた。
「ねぇ!エミリー、テストに居なかったんだけど!」
「分かってる。急ごう、倒れてるかもしれない!」
天文台でボロボロの姿で居る2人を見た瞬間の俺の気持ちなんて、お前は微塵も興味が無いだろう。
「──コワルスキー!」
分かってる。
きっと俺の言葉なんて後回しで、リリーやリーマスの言葉の方が聞こえてて、この心配の声は届きやしないことくらい。
それでも叫ばずには居られなかった。
巻き込んでくれよ、次は。
部外者になるのは、今回でごめんだ。
==========
「──コワルスキーッ!」
卒業前。
大広間で皆が集まっていた。コワルスキーだけはなかなか来なくて。
卒業制作を卒業間際に行うということを言っていたから皆違和感なかった。しかし魔法使いの勘というものか、スネイプがコワルスキーを呼びに向かい、その言葉を聞いてジェームズも向かった。
その数分後、ピーブズが駆け込んできて『例のアイツが、エミリー・コワルスキーを!』と叫んだ。全員が息を飲んだ。
コワルスキーの元にスネイプとジェームズが向かったこともあり、俺は急いで足を動かした。
巻き込んでくれって言ったって、いっつも勝手に1人で突っ走って何でもかんでもやり遂げる。
分かってる。──わかってる!!
俺の言葉はコワルスキーの耳にはいりゃしないって!!聞き流されて派手な背景扱いされて、それで適当に扱われてしまいには笑って誤魔化すんだ!
分かってんだよそんなこと!
ならせめて、スネイプの言葉には反応しろよ!!
頭の中が真っ赤に染まった。見えやしないのに色が見えて、ヴォルデモートが憎くて、悔しくて、また、巻き込まれなかったことが悲しくて。
「ヴォルデモート……ヴォルデモート!!ヴォルデモート!!!あの野郎!!」
俺は、コワルスキーの一番になれなくても良かった。
特別じゃない特別扱いをしてくれるコワルスキーの近くに居て、ただ、一緒に生きたかった。
「裏切り者!!」
──俺は、卿がヴォルデモートだと知っていた。
すぐに分かった。
恐ろしい顔に、膨大な肌を突き刺す冷たい魔力。
だと言うのに、コワルスキーはそんな男を簡単に変えてしまう。
「うわああああああ!!!」
俺が、俺だけはあいつの危険さを分かってたのに。ズルズルと信じてしまった。
「ヴォルデモート!!」
なんでコワルスキーのトランクに居た、なんで投資だって言ったんだ、なんでコワルスキーを殺したんだ。
あんたがコワルスキーと仲良さそうにするから!あんたが楽しそうに笑うから!
あの日。ヴォルデモートを信じてしまったことが最大の罪で悪夢だ。
「シリウス、僕たち結婚するんだ」
「身内だけの小さな結婚式を行うつもりなの」
傷は全く癒えず燻ったままの日々が過ぎた。
舞い込んできた小さな幸せは、祝うにふさわしい幸せだった。
1979年秋。
資産家のポッター家の長男の結婚式とは思えない小規模でささやかな結婚式が執り行われた。
招待客は悪戯仕掛け人と両親だけ。
第一次魔法戦争と後に言われる様になる戦争の最中だ。世界情勢を考えれば不思議ではあるまい。
「うっ、リリー……綺麗だ……」
「ジェームズ楽しそう」
「ウザイくらいにね」
ボロボロに泣いているスネイプをからかいながら、コワルスキーの葬式以来、初めて全員で集まったことに懐かしさと寂しさが込み上げてくる。
「そういえば、お前らは今何をしてるんだ?」
不死鳥の騎士団に全員所属はしているものの、こうしてプライベートなことを話すのは久しぶりだ。
すると──全員顔を背けた。
「おい」
「シリウスにはわかんないだろうね」
「貴族以外は就職困難時期だよ。僕は師匠のとこにいるからいいんだけど」
「僕はプリンス家の資産があるとは言え、就職は出来てないからな」
「──2人はまだいいよ!僕なんて、バイト暮らしだよ!?明日の身も無い!」
リーマスは拳を握りしめて力説した。
「大人になったんだな俺たち」
「これが大人の生活!?」
学生時代。あの時の俺たちは輝いていた。
叩き上げで魔法を学び合い、笑って、叫んで、罵って、称えて。
正しく青春だった。
休みの度に集まって、競い合って、一緒に飯を食べて。
仲良しと言うには殺伐としていたが、変え替えのない友情だった。
ぐるぐると、鎖で雁字搦めにされた友情だった。
「良かったなジェームズ……」
もう、死んでもいい。
コワルスキーの居ない、欠けた世界で俺は何をしたらいいんだろう。
グツグツ煮えたぎる復讐の2文字に支配されたこの世界で、どうして生きて行けば良いだろう。
「実はさ、皆に驚きの報告があって」
「子供が出来たんだ」
──あぁ、生きなければ。
1980年7月31日──
ハリーの誕生は俺とジェームズとリリーの三人で迎えた。俺はこの夫婦の後ろ盾に、そして産まれてくる子供の後見人として生きる理由を貰った。
産声を上げた生きる希望。
「シリウスに、名前を付けてもらいたいんだ」
そう言ったジェームズ。俺は数ヶ月悩んでハリーと名付けた。
産まれて目を開けたハリーは、綺麗な緑の目をしていた。
「エミリー……」
リリーがぽつりと呟く。
忘れようと必死になっていた名前が零れた瞬間、涙が止まらなくなっていたようだ。
「リリーの目はあかるくて、綺麗な緑だ、でも僕の目が混ざったからかな……っ、深く、優しい、っ!ミリーの目だ……」
ハリー・エミリー・ポッターという名前が決まるのにそう時間はかからなかった。
話を聞いた他の悪戯仕掛け人は『なんで男の子にエミリーの名前をつけたんだ』と文句を言っていたけれど、ハリーとあった瞬間『これはエミリー』と納得した。
暖かくて幸せなハリー。
コワルスキーだけがここに居なくて。
コワルスキーだけはハリーを抱けなくて。
コワルスキーだけは思い出の中にいる。
いつか、ハリーが大きくなって名前の理由を聞かれたら答えるつもりなんだ。
「ハリー、君の名前は大事な親友から取ったんだ。優しくて強くて、ちょっと馬鹿で変態だけど。それでも色んな人にうんと愛された、私たちの愛しい友の名前なんだ」
──そう、願っていた。
「シリウス、お前の学友がいただろう」
「……親父」
「あの体躯の小さな、グリフィンドールの……あぁ、そうだ。ドブネズミみたいな男だ」
「まさかとは思うが、ピーターの事を言ってたら許さねぇからな」
「そのまさかだ」
父親の友を侮辱する言葉にカッとなる。
純血主義は、嫌いだ。ブラック家も、闇の魔術も、吐き気がするほど俺は嫌いだ。
「お前は優秀な子だ。そして強く、魔力も良質で、ブラック家
「何が言いたい」
「だが、お前は愚直だ。よくいえば素直で、悪く言えば最高に頭が悪く鈍い」
母親は、この時既に体を壊して寝込むことが多くなっていた。
男だらけの家では、こうした冷戦が時たまに起こる。
しかし、
「そのピーターという男、卿の手下だ」
「……なんだと」
「私は
「──"レジリメンス"」
迷いは無かった。
開心術を父親にかけると、特に抵抗もしなかったためかすんなりと記憶を辿ることができた。
ピーターはヴォルデモートに笑いかけていた。
子供の頃ではない、大人になった、今のピーターの姿。
何かを話し、共に考え込み、真っ黒な趣味の悪いローブをきて腕に裏切りの証を入れていた。
『あの者は不死鳥の騎士団に属しているのであろう?』
『だが、どうやらいい情報を仕入れるようだ』
『なんでも学生時代に我が君を救っただとか』
『私はブラック家の腰巾着だと聞いた』
秘密の守り人はピーターに任せていた。誰だって思う。俺がするだろうと。目立つ俺より、目立たない人物の方がいいから。
リーマスは人狼で体調の優れない日が多い。更に最近はノクターンの、更に深いところで忙しく生活をしているのだという。
だから、ピーターを信じて任せたのに。
予言が下され、ハリー達が危険だからと、守るために協力していたのに。
「ピーター……」
どうしてだピーター。そいつは、その男は。コワルスキーの仇じゃないか!
「シリウス、私の可愛い子よ。ピーターの場所を教えよう。もう二度と、失わぬように」
俺は急いでピーターの元に向かった。
1981年、ハロウィンの日。
悪戯仕掛け人の思い出の日。
「ピーターッ!!!裏切ったな!!!!」
「シリウス……」
ヴォルデモートは、コワルスキーだけじゃなくジェームズとリリーの命まで奪っていった。
ハリーのおかげで温くなっていた復讐の熱は、もう取り返しがつかないくらいまで燃え滾っていた。
「ヴォルデモート……必ず、必ず」
お前を殺す。
完膚無きまでに叩きのめして。
生まれてきたことを後悔させてやろう。
お前がコワルスキーにしたように。ジェームズとリリーにしたように。
お前の大事な人物を奪って。お前を殺してやる。
アズカバン。
そこは地獄をすり潰して塗り固めたみたいな場所だった。
湿った石壁はいつも汗のような水滴を垂らし、錆びた鉄格子は凍えるほど冷たかった。
牢獄の外では、見えぬはずの影が這い回り、絶え間なく囁きが耳をかすめる。
「コワルスキー」
気づけば、その名を口にしていた。
声を出さなければ、自分が自分でなくなる。
狂気に侵され、名も形も溶けてしまう前に。
ディメンターの冷気が心臓に食い込んで、ひたすら過去ばかりを引きずり出してくる。
笑い声、泣き声、愛しい顔。
救えなかった無数の後悔が、錘となって胸を押し潰す。
ハリーのことは……忘れていた。
俺にはただ、死んだ人間の事をひたすら思い返していた。
「どうして……どうして……!!コワルスキー!ジェームズ!リリー!」
愛おしい友達はみな、あいつの手によって死んでしまう。
リーマスやスネイプだってそのうち。
俺があの日、ヴォルデモートを見逃したから。
コワルスキーを救えてたら。
コワルスキーさえいれば、きっと未来は。
止まったままの時間。
後ろ向きに流れる空気。
自分に負わされた無実の罪などどうでもよかった。己の名誉より、ただ復讐を果たしたい。
──ホグワーツの2年生がサラザールの遺物・バジリスクを捕獲……
「コワルスキー……?」
日刊預言者新聞の一面に載った姿は夢にまで見たコワルスキーの姿だった。
「ありえ、ない……」
理性が叫ぶ。これは子孫だ、偶然似ているだけだ。
リアムの子かもしれない。ジェイコブの晩年の子かもしれない。
冷静な思考は必死に否定する。
だが。体の奥の大きな何かが暴れていた。
「コワルスキー……!」
もう干上がったはずの涙が、滝のように流れ落ちる。
鉄格子に縋って新聞を必死に睨みつける。
「コワルスキー、コワルスキー」
会いたい。
会いたいんだ。
もう枯れていたはずの涙がとめどなく流れる。たかが新聞1枚で鮮明に思い出が蘇ってくる。
魔法界の新聞は魔法薬によって動く。
立つ仕草も、胸を張る仕草も、目の細め方も。──笑い声も。
「あぁ……あぁ──!!」
恥も外聞もなく、泣き叫んだ。
今向かう。
未来に会いに。
コワルスキー。
俺はお前のことが好きだよ。……もちろんお前は初恋詐欺なので友として、だが。
なぁ、コワルスキー。俺はどれだけお前の事を愛していると思う?
灰になったお前の骨は、とても不味かったよ。
スネイプに引き続き、スーパーシリウスタイムです。