急募:人類種の天敵を幸せにする方法   作:「書庫」

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 ───人殺しが正当化されることはない、正当化される時代もない。
 MGSシリーズ/世界を救った(デイビッド)



Today -1

 早朝五時。朝焼けが窓から差し込む。瞼越しに光を受けた少年は目を開いた。彼は久方ぶりの睡眠に驚き、身体の調子の良さに納得している。

 

 しかし何故上裸なのかは分からない。暑かったのかな? そんな呑気極まる思考をしながら、彼は身支度を始める。適当なシャツとジーパン。それを纏えば早足にリビングへ。

 

 時刻が時刻故にリビングは無人だ。同居人は疲れもあって未だに微睡みの中にいる。起こすのも憚られるので今朝は自炊。とは言っても茹でるだけの簡単なものばかりだったが。

 先ず、ヴァイスヴルスト。食感はふわふわ、かなり柔らかめ。肉とハーブの香りが食欲を満たしてくれる。主食はシンプルに蒸した芋、そして付け合わせは定番のザワークラフトにした。

 

 教えられた通りよく噛んで食べる。水分もしっかりと摂取し、顔と歯を磨く。後はバッグの中の荷物を確認する。

 専用のISスーツ、自衛用にくすねた銃、携帯食料、携帯電話、財布…問題無し。

 引出しから身分証明書を取り出す。名前欄には、ヴォルフガング・“イェルネフェルト”と書かれている事を確認し、ポッケへしまい込む。

 

  ───最後に、リビングの机に書き置きを。

 

 “Ich sollte gegen 18 Uhr zurück sein.(六時までには帰ります)

 

 

 

  ✳︎

 

「思うに、貴様の思考は物騒が過ぎる」

 

 軍部IS訓練場。例によって例の如く、ラウラと顔を合わせたヴォルフガング。始まったのは常識教育だ。銀髪の少女の指摘に、白髪の少年はきょとんとする。

 ちなみに少年の使用機体はラファール。少女の使用機体はヴォルフの初めて見る機体で、量産品ではないことが明らかだった。

 

「物騒? 主にどの辺り?」

「考えつく手段が大体“殺害”だろう」

「あー…? いや、でも早く済むじゃん」

「…一般社会において、“殺人”は人道に悖る」

「……へーい」

 

 銀の少女は重い溜息と共に黒いISを動かし始める。対して、ヴォルフは分からないと言った顔のままだ。彼はその最中でもラファールで弾幕をばら撒き他の訓練者を圧倒していく。

 こんな会話の中でも二人は訓練真っ只中だ。訓練場には六人。状況は二対四を想定したものであり、“二”はヴォルフとラウラの役割。

 

「人はルール、規則、規範の中に生きるものだ。それから外れれば、もはやただの獣と変わらない」

「……それ、言われたよ。随分と前に嫌なヤツから“所詮は獣だ”って」

 

 ラファールが四枚の羽で四方八方を飛ぶ。プラズマをばら撒きながら弾幕を張る。その雨の中には狙ったように作られた出口がある。

 否、出口がそこしかない。まんまと作られた迷路に引っかかった訓練者はラウラのISによるプラズマ手刀で叩きのめされる。

 

「指摘があったのなら直せ」

「どう直したものかなぁ」

 

 ただ、事務作業のように淡々と。

 

「ルールばっかり守ればいいの? 何があってもルールだけ?」

「……それはそれでどうも違うような」

 

 雑談を交えつつ、二人は四つの訓練機を叩きのめす。時間は然程かかっていない。ラウラとヴォルフガング。二人のコンビネーションの高さは稀に見るハイレベルなものだ。

 理由としては、互いの戦術を訓練場で何度も見ていること、何度もコミュニケーションを取っていることが挙げられる。互いに互いが何と言わんとしているのか、何となくではあるが理解できるのだ。

 

 タイマーが鳴る。訓練時間の終わりが告げられ、皆一斉にISを解除した。

 その際、過日に於いて白い少年から蹴りを喰らい、そのせいで新たな扉を開いた女が息を変質者よろしくはぁはぁと荒げながらヴォルフに近付くが、即座に他隊員に拘束された。この間僅か二秒。

 

 その一連を黙殺した長髪の少年少女は、粛々と常識や一般社会での振る舞いについての講義を続けている。

 ラウラは思う。未だ社会に馴染めそうにないヴォルフを見て、尊敬する教官とて万能ではないのだと。あの方もまた歴とした“人間”なのだなと。

 

「…まぁ、時にはルールを破る必要もあるだろう。しかし、そのような事は稀と考えて、普段は規則に則った行動をしろ。仮にそのようなケースにあった場合、度が過ぎた行動には出るな、分かったな」

 

 本日の講義を締めくくる。織斑千冬とラウラ・ボーデヴィッヒによる昼夜で行う常識教育の効果はまちまちだ。若干遅くはあるけれど、ヴォルフは少しづつ規範を大事にするようになって来ている。

 不安はあるが、それも消えていくだろう。そんな風に考えながら、ラウラは疲労を溜息と共に吐く。

 その原因たる少年は天真爛漫な微笑みで、茶化すようにこう言った。

 

「はーい、センセイ」

 

 そんな一言共に、少年は走り去る。時折“あれを私に言って欲しい…っ!”などと聞こえたが、ヴォルフはそれを空耳と片付けた。あれは恐ろしいものだ。逃げないとやばい奴だ。

 ロッカールームで着替えを行う。ISスーツを脱ぎ、いつもと同じ傷を隠す服を着る。首元の傷は隠せないのは仕方ない。というか少年は元より気にしてないのだが。

 

「……ん?」

 

 ヴォルフは着替えの最中、違和感を持つ。“見られている”感覚が確かにあった。あの変態のものではない。恐らくは己に敵意、殺意を持つ何者か。

 そっと、バッグの中に入れていた銃───デザートイーグル.50AEのセーフティを外し、周囲を警戒。すると、その動作だけで違和感は消えた。

 

「…慌ててる、武器持ちは予想外だったかな?

 …あー…マズイ、このままだと、武器を用意される可能性大だ」

 

 やはり戦場にいなければ鈍る。内心でそう歯噛みしながらも、少年は懊悩する。今此処で“見えざる的”に向かって盗品の銃をぶっ放す訳にもいかない。だが住居に帰れば、住居ごと爆破される可能性も無きにしも非ず。

 理想なのは、帰路途中に始末すること。幸い、此処はIS訓練場。下手な動きは“見えざる的”でも出来ない筈だ。勝負は此処から離れた時となる。

 

 そうと決まれば久々の白兵戦準備だ。携帯端末で周辺地域を確認しつつ、少年は口元を歪ませ悪辣な笑みを浮かべた。

 

 ───()()()()()。この独特のスリルが、戦術を組み立てるこの瞬間が、最高に楽しくて堪らない。

 “見えざる的”は、“首輪付き”の燻っていた闘争本能に火をつけた。

 …不運という他はない。統率された猟犬ではなく、野蛮極まる獣に餌として認識されたのだ。汚らしく食い散らかされるのは自明の理であろう。

 

「…アハッ」

 

 ニタリ、と獣は歪に、けれど綺麗に笑う。

 

 彼はやって来た「本当の殺し合い(極上の餌)」を前に興奮を抑えられない。

 努めて冷静になろうと深呼吸。

 ばくばくと興奮で喧しくなった心臓を、ゆっくりと落ち着かせながらロッカールームを出、そのまま興奮に急かされた様に早歩きで訓練場を後にする。

 

 先ずヴォルフガングは大通りに出た。己を何処からか観察する感覚は、訓練場を後にした瞬間から発生していた。

 数にして恐らく三つ。それ程遠くない距離で、機を伺う様にこちらを見る。

 

「…うーん」

 

 自身を見る感覚が、やや尖る。殺気である事は明白だろう。ヴォルフはそっと通行人の一人を盾にする様に歩く。すると殺気は薄くなる。

 先刻からこの繰り返し。現在時刻は午後三時。訓練場を後にしておよそ一時間程経過した。

 両者に大きな動きは見られない。アクションを起こすには人が多過ぎる。どうしたものかと頭を悩ましていた時のこと。

 

 

 

 

 

 

 

  ───よう、“首輪付き”───

 

 

 

 

 

 余りにも懐かしすぎる声が、背後から響く。

 しかし少年は振り返りなどしない。静かにベンチに腰を下ろし、声の者もまた少年と背中合わせの形で腰を下ろした。

 

「……君もこっちに?」

「さぁ、どうだかな」

 

 渋い声。何処か狂気をにじませた声。声の持ち主が纏う服はモッズコート。腕には鎖で縛られた女のエンブレムが貼り付けられている。

 知っている。ヴォルフガングは、首輪付きは、人類種の天敵はそのエンブレムの持ち主を、共に数多の命を殺した最高の相棒を知っている。

 

「煮え切らない返事。ははっ、何だよ。僕が作った妄想だって?それともゴーストだったりする?」

「さてな、…好きなように捉えればいい。俺も自分の身に何が起こったのか分かってないんだからなぁ」

 

 オールドキング。“人類種の天敵”の共犯者である男。誰よりも狂い、苛烈な思想を持った殺戮者。首輪付きが“人類種の天敵”となったきっかけ。

 

「…人気者だな? 仕掛ければ良いだろう」

「人が多過ぎる。巻き込まれるよ」

「今更そんな事を気にする必要があるのか?」

 

 彼は独善的テロリズム思想の危険人物だ。故に周辺被害や、人命の危険など一切考慮しない。その証拠に、前生に於いては無辜(とは言い難いか)民が暮らす航空プラットフォームクレイドルを落とし、約1億余りの人類をその手で殺している。

 そして彼は生温い夢など見ない。殺したのならば己は殺人者に過ぎず、革命とは所詮大量殺人と認め、その上で殺される覚悟もある。それがオールドキングという男だ。

 

「俺達は何処に行こうと泥の中だ。今更、躊躇する必要などないさ。選んで殺すことと、無作為に殺すこと、どう違う?」

「何も変わらない。どちらにせよ殺すんだ。そこに善も悪もない…んだけど、今の僕はやりたい事がある。だから此処で司法のお世話にはなりたくない」

「……そういう事か」

 

 ヴォルフは何も知らない者を、戦火に巻き込む事に躊躇はない。現在の彼は、獣よろしく教えられた事を守っているだけだ。なので巻き込む必要があればヴォルフは間違いなく周辺通行人を巻き込み戦闘を開始する。

 今はその必要がない。だからこそ派手に動かない。今日この大通りを通った人々は、知らずの内に幸運に恵まれていたのだ。

 

「…君は、会えた?」

 

 此処には何処かで見た顔ばかりだ。だから、首輪付きはオールドキングもまた同じ事に苛まれているだろうと、そう勘ぐった。

 

「…いたさ、…今も生きている。リリアナもリザも、此処ではな」

 

 オールドキングが、前生に於いて率いた組織はリリアナ。駆ったACの名はリザ。何方も女性の名だ。

 使用した武器の名は“SAMPAGUITA”ありふれた花の名前。だがその花言葉は───“永遠の愛を誓う”という、何とも殺戮者には似合わない言葉。つまりはそういう事なのだ。

 

「そっか」

「…お前どうだ、会えたのか」

「僕? 会えるわけないよ、もうあの人は、遠い人だ」

 

 袂は既に分かたれたのだから。そう思って少し寂しくなる。かつての相棒は素っ気なく“そうか”と返して、それ以上は何も聞かなかった。

 やや待って、夕日が見え始める。オールドキングは煙草を咥え、火種を起こす。一つのため息と共に紫煙を吐き出した。

 

「…俺達は結局は人殺しの人でなし、戦争屋には変わりない。だがどうしてか、此処にいる。生きている」

「……不思議だね。外道の死後に地獄(Gehenna)なんて無ければ、楽園(Ēlysion)も無い。あるのは、僕等はまだ生きているって事実だけなんだ」

 

 碌な末路は辿れない。その通りだ。しかし死後、悪は裁きを受けるという文化。二人が過去、面白半分に縋ったそれは無く、変わりに「生き直している」という奇妙な現象の体験中だ。

 それが可笑しくて、分からなくて、恐怖がある。だけど二人は笑う。だって楽しいのだ。この訳のわからなさが、どうしようもなく。

 

 そして、そもそも、ヴォルフには───

 

「でもさ───、それでも、生きているなら夢は見たいし、叶えたいよね?」

 

 今、彼にはやりたい事が出来た。

 その告白の後、父親のような笑い声。

 短くも確かなそれは、少し長く続いた。

 

「……餞別だ、貰え」

 

 ごとり、と四角い箱を渡す。少年は中身を見て驚愕するが、同時に破顔した。

 おもちゃを手に入れた無垢な子供のように笑い、戦術が増えた事に歓喜する。

 

「…手榴弾、四つもいいの?」

「惜しいが…まぁ、仕方ないさ。…怖い女達が待ってるからなぁ。俺は一足先に行かせてもらう」

「そっか…なら、そろそろ僕も行ってこようかな」

 

 モッズコートの男が立つ。顕になった手の薬指には、銀色に光る輪があった。

 ヴォルフガングもまた立った。顕になった手首には、痛々しい傷痕が残っている。

 彼ら二人は背を向けたまま拳を合わせた。そして声を合わせ、たった一言。

 

「「もう二度と会う事は無いだろう」」

 

 別れの挨拶は、それだけで充分だった。

 

 

 

 さて、これより始まるは殺し合い。

 路地裏に入った少年。彼の前に現れた三人の女性。彼女らは武器を掲げ、無害そうな顔をした無垢な瞳に向ける。

 

 しかし少年は笑う。歪に楽しく愉快げに。次に鳴るのはサイレンサーを介した銃声。水のような物が飛び散る音。

 携帯電話の着信音。薄い機械の板を手に取ったのは、血に塗れた白い手だ。

 

「どうしたの、チフユさん?」

『おいお前今何処にいる』

「少し厄介ごと。大丈夫。すぐ帰るから」

『お前───』

 

 ぷつん、と通信を切る音。

 がたん、と携帯電話が路地裏に落ちる。

 

 少年は鼻歌を歌う。その歌曰く、私は思想家であり、射手であり、進む事しか知らない子供であると。

 倒れ伏した一人の女の頭からは血が流れ出て、赤い水溜りが出来た。少年の右手には風穴が開いている。彼の左手には重厚な拳銃が。

 

「戦いは良い、僕にはそれが必要なんだ」

 

 怯えた残りの二人は、自縛を解いた獣の眼光を前に萎縮する。されど双眸の色を、屈辱からの憤怒へと変える。

 そして勝ち誇ったかのような顔で、高らかに何かを叫んだが、少年にとってはどうでもいい事だ。だからそのまま発砲する。

 

 しかし標的は死なない。突如起こった閃光と共に、銃弾が弾かれる音。叫んだ二人の女は機械の鎧を、技術の結晶を、───人殺しの道具としてISを、その身に纏っていたのだ。

 

「……最高」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ✳︎

 

 

「…アブ・マーシュ、あいつの、

 ───…ヴォルフの専用機を出せ」

「Ah…良いのか、レイヴン? あの子ならきっと本当に殺すぞ?」

「死なせる訳にもいかないだろう。手段も選べない。責任は俺が取る。チフユにも俺から話しておく。だから頼む。あの子を死なせるな」

「…… ま、仕方ないか。OK.お前の覚悟には応えるよ。しかし、まさか女尊男卑派が此処までやるとはねぇ…予想外も予想外だよ」

「大方、亡国機業に煽られたと見て良いだろう。何度か不審な通信記録が残っていたが…本当に行動に起こすか、普通」

「…………さぁー?よっぽど煽りが得意な“天災”でもいたんじゃない? おーいジョシュア、聞こえてるな? ストレイドをハンガーにかけろ、俺のカタパルトで飛ばすから───」

 

 




ドイツ編最終局面スタート。血生臭くなりそう。話変わりますが、最近、もしや私はショタコンなのではないかと疑問を抱き始めました。

オールドキング…首輪付きと同じ現象が発生した殺戮者その2。リザ、リリアナに関しては私の解釈である。今生ではミュージシャン兼マフィアになった模様。やっぱり殺人者じゃないか(絶望)
 IS世界には概ね首輪付きと同じ感想。というかリザとリリアナが生きてる時点で言うことなし。しかし相棒からラブコールが来れば「とぅーとぅーとぅー」の悪夢が再び。

首輪付き…ひっさびさの殺し合いにワクワク。最高に楽しい、今日死んでも良いくらいにはご機嫌。
ちっふー…努めて冷静。一刻も早く首輪付きとの合流を目指す。内心気が気でない。
レイヴン…アブ・マーシュに首輪付き専用機を出す事を依頼。承認される。
女尊男卑派…亡国企業と“とある人物”に煽られた。首輪付きを殺そうとしてISまで持ち出している。
オールドキング…最終的に皆殺せばいいのだ。




UA20000記念話

  • ドイツ大人組飲み会
  • IS学園掲示板
  • レイヴン押し倒され騒動
  • ヴォルフ女装話

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