急募:人類種の天敵を幸せにする方法   作:「書庫」

11 / 30
 ───殺戮を楽しんでるんだよ、貴様は!
 MGSシリーズ/世界を敵に回した(イーライ)



Today-2 Advent Scorcher(焼き尽くす者の顕現)

 ───おかしい、明らかにおかしい。

 

 白髪の少年を殺さんと、ISを駆る二人の女は困惑した。己が使用するのは最強の兵器だ。女に力を齎した至高の技術だ。だというのに、目の前の少年が、獣じみた獰猛な笑みを見せる彼を殺せない。

 

 四方八方を跳ねる白の軌跡。壁を蹴り、地を走り、砂埃とゴミが舞い、盾となる。照準が合わせられても、発砲まで僅かばかり追いつけない。広範囲を制圧可能な武装を使えば殺せはしよう。

 しかし使えない。この現場を見られる訳にはいかない。だからこそ己の駆るISの武装はライフルとブレードという最低限だった。けれども、本来ならそれで充分なのだ。それだけで殺せるはずなのだ。

 

「ハハッ! ハハハハハッハハ!!」

 

 なのに、殺せない。同じ人間だ、やれる筈だ。だが違う。眼前の少年は、忌々しくもIS適性のある男は、生身でこの兵器に相対しながらも既に五分経過した。その身体に傷はない。当然、こちらも無傷。しかし未だ膠着が続いているのも事実である。

 

 二人のうち一人が、ブレードを手に接近する。常人を遥かに超える速度だ。白髪の少年、ヴォルフガングの脳天から股下まで一閃、矮躯を両断しようと振り下ろされた。

 しかして再認せよ、白き彼は常人とは程遠き者。その肉体は既にヒトの物を遥かに逸脱した。改造された肉体は僅かではあるが、生身でも、“最強の兵器”に肉薄出来る───!

 

「ねぇねぇ!もっと暴れてよねぇ!!」

「頭おかしいんじゃねぇのこいつ!?」

 

 ブレードが落ちるよりも早く、ヴォルフが迫る。肩に刃が当たる。それでも迫る。肩の皮膚が切られ、血が流れ出る。

 それでも笑ってる。駆けながら銃を構え、不意打ちの四発速射。その全てが眉間めがけて放たれた。直撃はした、しかして対象は無傷。

 

 ISに備えられた防御機構、シールドバリア。展開された不可視の壁。

 だがそれも無敵ではない。エネルギーがゼロになれば展開されなくなるし、許容量を超えた攻撃を受ければ、そのままダメージを負う。

 

 削られるエネルギー。微かな反撃は、狂笑と共に行われた。自身が死に迫りながらも、少年は絶えず笑みを浮かべる。

 女は彼を恐怖した。無理もない。こんな怪物と相対して、恐怖を抱かない者など余程イかれている。

 

「〜〜ッ!? 死ね、死んじまえ化け物!!」

 

 恐怖とは思考力を奪うモノ。女は銃を撃つのではなく、銃身で少年を殴り飛ばした。

 がつん、と硬い音が鳴る。ヴォルフは仰向けに倒れ、額から血を流す。

 起き上がる気配はない。女は恐怖に支配された思考のまま、次の行動に移る。手にしていたブレードを投げた。白刃は倒れた少年の体を裂き、その命を奪おうとする。

 

「これで死ぬだろ…」

「とんでもない子がいたもんね……」

 

 二人揃えて安堵の声。怪物が死ねば人は安堵する。だから油断していた。これ以上の恐怖など、あるはずもないと。

 しかしそれは誤りだった。自身の予測を上回る恐怖など、世の常である。

 

 回転し、進む刃は肉を裂く音など響かせない。

 代わりに、()()()()()()()()()()()()()

 

「───…オイ」

 

 有り得ない。有り得てはならない。怖い。夢なら覚めて欲しい。そう二人は願う。されど残酷な現実はここにある。

 ぐにゃり、と背骨を気持ち悪く蠢かせる矮躯。次第に起き上がる少年。ぼたぼたと頭から流れる血。それはさながらブードゥーのゾンビのようだ。

 

「怖がっちゃ駄目でしょ、僕を殺しに来たんでしょ? その為に兵器だって持ち出したんでしょ?」

 

 白髪の化け物が、ぶつぶつと呟く。だらりと垂れ下がった頭。血を変わらず垂らし続け、幽鬼のように身体をゆらゆらと揺らし、迫る。

 少年の手には、IS用のブレードが握られている。脱力しきった腕は、巨剣を地に付けたままだ。地と金属が擦れ、ガリガリと音が鳴る。

 

 おかしいだろうと、二人の女は最早笑ってしまう。溢れた感情は歪な形で表層化したらしい。乾いたそれは、夜の闇に溶けていく。

 今宵は満月らしい。月光を背に浴びた白き者が、死神が迫る。果てし無く怖い。優位なのは、間違いなくこちら側の筈なのに、何故私達が追い込まれているのだろう。理解したくとも出来ない。

 

「なら殺し合わないと駄目だよ、それでもっと僕を笑顔にしてよ。こんなの全然つまんないよ、餌がお預けなんて最悪だよ、泣きそうだよ」

 

 むくれた子供のような顔。欲しかったおもちゃを取り上げられたような顔。決してこの場にはそぐわない言葉と表情。あまりにもちぐはぐ過ぎて、訳が分からな過ぎて、理解出来なくて。

 ───ああ、なんで私達がこんな目に会わなきゃいけない? 女の内一人がその思考に思い至って、震えながらも立ち上がって。

 

「ふ、ふざ、ざけるな…ッ」

「あ、あんた…、どうしたの?」

 

 次第に、沸々と怒りが込み上げてきて。

 

「おま、お前なんか死ねばいい!! お前みたいな男なんてさっさといなくなれば良いんだ、そうすれば私達が───!」

「どうでもいいよ、早くやろう?」

 

 言うまでもなく、今宵ヴォルフを襲撃したのは女尊男卑思想の者ら。それ故に見当違いの恨みを少年に向け、命を狙った。

 しかし今は違う。彼女らは、自身の身を、迫り来る怪物から守る為にヴォルフを殺さんと、意思を固めた。

 

 震える指が引き金にかかる。放たれる無数の実弾。恐怖でブレた視界と腕ではマトモに狙いが定まる筈もなく、壁や地が抉れるばかり。少年はブレードを盾にし、その場をやり過ごす。

 思わぬ反撃に少年は破顔する。忿怒した女は弾を切らしたライフルをリロードする。それは本当に微かな一瞬で、しかしそれでも確かな隙だった。

 

 カキン、と一斉に何かを抜く音。その直後少年は四つの楕円球体をブレードの腹で打つ。

 かつての相棒からの選別、対人用グレネード。四つとも全てが放物線を描き、見事ISの至近距離で爆ぜる。大幅に削れ行くエネルギー。

 

「頑張れ!」

 

 にったり、にこにこ。殺されようとしているのに、やはり笑う少年はISに向け、甘ったるい声で声援を送り、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もブレードを振り回す。

 

「頑張れ、頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れぇ!!」

「うるっさいのよぉ!!!」

 

 到頭女の駆るISのシールドエネルギーがゼロになると同時。蒼白な顔を怒りに歪めた彼女は、持てる全力で少年を殴りつけた。

 盾にしたブレードが軋む。力の流れと向きに従い、矮躯が吹っ飛び、壁に叩きつけられた。

 

「カッ………ッ」

 

 ごぼ、と口から血が漏れる。しかしそれでも、彼は笑ったまま。楽しいと、だからやめられないと、そう目で語りながら再び立とうとした。

 

「悪いけど、ここまでよ」

 

 しかし、無茶なものは無茶だ。ヴォルフの体はあくまで少年、かつ生身の人間。超技術の塊で武装した者には届かない。

 銃口が額に突きつけられる。ごり、と冷たい感触が額にめり込む。少年の命が散るまで僅か。なのに変わらない者は変わらない。

 

「…気持ち悪いわね、本当」

 

 傍観に徹していたもう一人の女。彼女は己の片割れが冷静さを欠いた時点で、恐怖も相まり、かなり焦った。だが結果は予想と変わらなかった。

 力任せに暴れ続け、恐怖を怒りで無理やり押さえつけていた相棒は、現在肩で息をしながら吐瀉を吐いている。さもありなん。出来るなら自分だって吐きたい気分である。

 

「貴方はここで死になさい、イレギュラー」

 

 それはこの少年を殺してからにしよう。私達女性が、この十年のうちで得た立場を脅かしかねない、このどうしようもない忌子を。

 

 

 

 

 

  ✳︎

 

 

 

 

 今宵、ドイツの一部地域が医療設備を除き、停電が発生した。原因は不明と公表されたが、下手人は言うまでもなく二人の天才である。

 篠ノ之束、並びにアブ・マーシュ。今回の両者の思惑、目的は全くの別物だが、その過程と手段は同一だったらしい。

 

 鴉と鸛が、遣る瀬無い面持ちで佇み共に煙草へと火を灯し、紫煙が闇に沈んだ町に流れていく。

 碧眼の金の髪を持つ女は、ただぼんやりと空を眺めるしかなかった。

 

 夜の街を走る一人の女。最強とまで謳われた彼女は、星と月の光を寄る辺に、休む事すら忘れて一匹の獣を探し続けている。

 そんな折に、空に一条の黒が走る。不吉極まり無いそれは、彼女の中によぎる嫌な予感を煽るには充分すぎたのだろう。

 

 

 

 

  ✳︎

 

 

 

 

 本当に、それは奇跡としか言いようがない。

 

 女が少年の頭を吹き飛ばそうとした、その瞬間に───その黒い機体は空から降ってきた。

 

 吹き荒れる風、吹き飛ばされる少年。女と男を阻むその機体は、まるで鴉のような風貌を持っていた。

 先鋭と流線形を主体として組まれたモノ。暗く、鋭く輝くそれは、ある種の神秘さすら感じられる。諸人がこのISをみれば、恐らく皆一様にこう評する事だろう───至高の存在(アリーヤ)と。

 

「…スト、レイド?」

 

 ヴォルフガング、首輪付きはその機体の名を呼び、触れる。鴉の如きISは、歓喜するように、赤い光に包まれ形を変える。

 光が晴れる。ISはその姿を消したが、代わりに少年に変化が起きていた。

 少年の首には、傷跡を隠すように黒いチョーカーが装着されている。

 

 ぶちり、と凄絶に少年は笑う。一連を眺めていた二人の女が、再度発砲する。

 しかし少年は、それを気にも留めない。チョーカーを愛おしげに、人差し指の爪先で撫でて、静かに呟いた。

 

「───Ich liebe dich!!!」

 

 その言葉に応えたかのように、ヴォルフガングの身体へISが装着される。

 鴉の意匠を凝らした装甲。独特の複眼が搭載されたバイザー。比較的装甲は薄いが、限りなく人体に近いマニュピレーターを持つ腕部。膝部分、爪先が尖った脚部。総じてスマートなデザインの機体だ。

 

 発砲された筈の実弾が、突如動きを鈍らせる。ストレイド特有の能力である慣性抑止フィールド、プライマル・アーマーがその効果を発揮した。

 少年はそれを攻撃に転化する。その場に広がる無色の波動。その威力は存外にも高く、二人の女はいとも容易く吹き飛ばされた。

 

 アサルト・アーマー。フィールドを圧縮し暴発させる機能。その代償はシールドエネルギーの過半と、ハイリスクだ。

 しかしその分、威力及び利便性は他の追随を一切許さないが…使用する瞬間を見計らうには、相当以上の熟練が必要となる。

 

 女が体勢を立て直す。少年の額に銃を突きつけていた女が駆るISのシールドエネルギーは、先程の反撃で三分の一を下回った。

 焦りと共に再びライフルを構え、空中を旋回しつつ、射撃を行う。そのスピードは限界速度ギリギリだ。彼女は心から完全な侮りが消えた。

 

 しかし、それを嘲笑うかの如く。

 

 鴉の眼光は、瞬時にして女の前に現れた。無論、言うまでも無く瞬時加速(イグニッション・ブースト)での追跡だ。

 驚愕する女をよそに、ストレイドの左手に顕現したレーザーブレード“DRAGON_SLAYER”が鋭利に光る。それは躊躇い無く振るわれ、女の駆るISに残っていたシールドエネルギーを更に削ぐ。

 

 ピタリ、と守りを喪いつつある女の身体へ、銃身が当てられる。少年が右手に持つマシンガン“HIT MAN”は容赦なく、無慈悲に弾丸を乱発する。継続して響く銃声。叩き込まれ続ける質量。

 ISには絶対防御という機能がある。シールドバリアーが破壊され、操縦者本人に攻撃が通ったとしても、この能力があらゆる攻撃を受け止めてくれるが、その代わりとして、シールドエネルギーが極度に消耗する。

 

「落ちろ」

「な゛っッ!?」

 

 ガイン、と少年はその黒脚で女を空から叩き落とした。狩りを終えた捕食者は、静かに地上へと降り立つ。叩き落とされた者の意識はすでに無い。

 残る一人の戦意は完全に喪失したのだろう。銃はその辺に投げ出され、女自身は地にへたり込み、時折静かに乾いた笑いを零した。

 

「……ふーん」

 

 至極つまらなそうな声だ。遊んではくれないのか。そんな落胆が声に現れている。興味を失ったのか、少年はISを解いて、そのまま立ち去ろうとする。彼が背を向けた、その瞬間こそが分岐点だった。

 

「ぁぁあああぁぁあああああああ!!!!!」

 

 油断大敵、不意打ち上等。唯一意識ある女は、勇気を振り絞って背後がガラ空きとなった少年に向けて、アサルトライフルを乱射する。

 戦意喪失のフリはこの一瞬の為の、最後の大博打。落とされた仲間の敵討ち。全てはこの一瞬の為だけの賭けだった。

 

 幸いにも、少年は生身に戻っている。これならば恐らく殺せる。その確信と共に雄叫びを上げ続け、弾丸の雨を怪物に浴びせる。

 チャンスはここしか無い。だからこそ、確実に、絶対に今仕留める。その気概と一心で漸く行なった反撃。

 

 だが、それも───

 

Super(最高)

 

 かつて世界全てを敵に回した獣には通じない。

 女が次に目にしたのは。少年の腕部に部分展開されたIS、ストレイド。少年はそれを盾に、最後の猛攻を防いだのだ。

 

 ゆっくりと獣が近づいてくる。女はそれでも再度弾丸を放つ。やけっぱちと笑われるかも知れないが、少年は心中で女へ敬意を抱いていた。

 諦めない者、足掻こうとする者、抗う者、それは少年が最も尊敬する者だ。

 故に少年は決して眼前の遊び相手、否───己の“敵”を決して嘲りはしない。

 

 女は、人類は、改めて「天敵」に相対して本能的に恐怖する。己はこれからきっと死ぬ。その確信がある。だけども諦めなどしない。ただひたすらに、「生きたい」という、その一念で発起する。

 未だ交戦意思は失われていない。だから戦いを続けている。

 

 互いに、最後の一撃を用意する。

 

 女は銃を構え直し、狙いを定める。

 少年は背後と腕にのみISを展開する。

 

 ブースターの唸る音が響く。

 次に響いたのは、殴打の音だった。

 

 

 

 





バッカみたいに疲れた。久々にこんな文字量書きましたよちくせう。
最近不定期投稿ですんません。多忙はまだまだ続くので更新は殊更不定期になります。でも続けはするから安心してね!

UA20000記念話

  • ドイツ大人組飲み会
  • IS学園掲示板
  • レイヴン押し倒され騒動
  • ヴォルフ女装話

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。