急募:人類種の天敵を幸せにする方法   作:「書庫」

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 ───俺は思想のために戦わない。俺は戦士だ。それ以上でも以下でもない。
 MGSシリーズ/世界を売った男(ビッグボス)


Today-3:Reminiscence(自覚無き想起)

 冷たい夜は、織斑千冬の思考を、残酷なまでに冷静な物としてくれていた。

 人の目が付かぬ路地裏の最奥。地に転がる三人の女性。一人は頭から血を流し、うつ伏せのまま少しも動かない。他二名は壁に叩きつけられたまま。

 

 中心に立つのは白い少年。長い髪は所々が赤く汚れ、左手にはグロテスクな穴が開いている。

 首には黒いチョーカーが付けられており、それが待機状態に移行した“ストレイド”であると把握するには、さほど時間はかからない。

 

 ──────雨が降り始めた。

 

 少年はゆらり、と女の方を見る。女が己の知る存在だと分かれば、がっかり半分嬉しさ半分といった、複雑な顔色を見せる。

 どうやらまだ戦い足りないらしい。久方振りの闘争に脳内麻薬は過剰に分泌でもされたのだろうか、その顔には酒に酔っているかの様な妙な艶やかさがある。織斑千冬はそれを気味悪く感じた。

 

 雨に濡れ、粘ついた鉄の匂いがやや薄れる。

 死臭すらも……雨で流される。

 

「風邪引くよ、チフユさん」

 

 瞬間、鉄の匂いが一気に濃くなる。織斑千冬の頭には、雨除けとしてだろう、少年の羽織っていた上着が被せられた。

 少年の左手から流れ出る血が、上着にすっかり染み付いてしまっている。

 

「……お前が、やったのか。ヴォルフ」

 

 分かりきったことを聞く。それでも、この光景を、事実を夢だと思いたかった。

 しかし、ヴォルフガング(狼の道)は何でもないかのように、にっこりと笑って、ただこう告げる。

 

「一人だけね、残りは止めたよ。三人やると殺し過ぎって言われるかなと思って」

 

 少年は自らの縛鎖を千切り、今宵獣へと成り果てた。ただ己の悦楽のために殺し尽くす、野蛮な存在。幾ら彼に法を教えても、命の尊さを教えても、一度戦いに戻ればこの通りだ。

 あくまで捕食者であり、獣。善悪や事情など関係なく、ひたすらに闘争を楽しむことしか知らない、哀れな存在、それが少年の正体だ。

 

 織斑千冬はもう何も言えなかった。何処かで間違えたとか、何がいけなかったとか、最初からそういう話ではなかったのだ。

 幾ら常識を教えようと、倫理を教えようと、法令について教えようとも───()()()()()()()()()()。不足に過ぎる。少年には届かない。

 

「…狙われたと、気付いていたな?」

「うん」

 

 少年は己の命が狙われた事など知っていた。

 

「その上でお前は、私達に何も言わなかった」

「楽しみたいからね」

 

 しかし彼は誰にも庇護を求めなかった。何故なら「戦いたかったから」そこに自己への頓着などない。彼に取っては己の命など、唯一知る娯楽のための消耗品に過ぎない。

 

「巫山戯るな、下手をすれば死んでいた」

「でも生きてる」

「…そういう話ではない」

 

 静かな声だ。しかしそこには赫怒が込められている。静かに荒げられた声に、少年は目を見開く。彼に取っては初めてだったのだ。眼前の女が、此処まで感情を露わにする瞬間を見るのは。

 

 織斑千冬は膝を降り、少年と目線を合わせて両肩を掴んだ。双眸には決意が宿る。確固たるものだ。意地と言ってもいいかもしれない。

 少年は目をそらすことが出来なかった。理由なんてわからないのに、何故か織斑千冬と目を合わせたまま固まってしまう。

 

 雨音が二人の声を隠そうとする。

 

「平穏は退屈か?」

「……それなりに」

 

 小さな問答。

 

「戦いは楽しいか?」

「そりゃあもう!」

 

 それは歪さを克明にする。

 少年はそれを恥じず悔いない。

 女はそれを知っていて、腹を括る。

 

「───ハッキリ言おう、お前は“異常(イレギュラー)”だ」

 

 そして彼女は、分かりきっていたけれど、口に出すことを憚っていたその一言を発した。

 少年は大して変わらず動じない。だから何なのだろうとでも言いたげな目だ。

 

「闘争時のテンションに頭が固定されている。日常に帰ることを拒んでいる。平穏が退屈に感じられて、どうしようもなく耐えられない。命を奪う行為も、お前にとっては作業の一つにしか過ぎないのだろう」

 

 その表情は上着と髪の作る影のせいでよく見えない。しかし唇の端から血が流れ出ている。何故かは分からないが、少年は少し悲しくなる。

 

  雨が次第に弱まり始める。傘も差さずにいた二人はとっくに濡れ鼠。何方か一方が泣こうが泣くまいが、涙が雨かは判別がつかない。

 

 両肩を掴まれ、目を逸らせない少年は、自身の耳から音が遠のいていくのを感じる。何も聞こえなくなる。緊張とも違う。ただじっと見つめられたまま、どうすれば良いか分からずにいる。

 

 そうやって固まる少年から、人を殺めた者から、獣と成り果てた男から、織斑千冬は決して逃げない。彼をただの殺戮者では終わらせない。それは己に課した義務か、それとも犯した過ちの償いの為か、そうでなければ単なる情からか。

 

 いずれにせよ、彼女は言ったのだ。

 

「だからこそ、覚悟しておけ。私はお前が平穏に生きられるようになるまで、お前を離しはしない。絶対にだ」

 

 人類種の天敵を知る者からすれば、正気を疑うような宣言を。

 

 しかし───たかが一瞬、されど一瞬、首輪付きの呼吸が戸惑いに止まる。一応、少年は彼女の発言した内容を理解出来ている。聞き間違いでもない。だからこそ心の底より驚いている。

 

 その隙を見逃さず、“最強”は畳み掛ける。

 

「私はお前を見限らない。見捨てない。お前が獣で無くなるまで、私はお前を絶対に逃さない。それを胸に刻め、忘れるな」

 

 それはある種の宣戦布告と言ってもいいだろう。それを覚悟で彼女は言葉を吐き、顔を変える事なく少年の左手を取った。

 左手は穴が開いている。血はとっくに止まったが、見るも無残な傷はじくじくと蠢き、少年の脳髄と神経に痛みを提供し続ける。

 

「……すまんな。傷がまた、増えてしまった」

「……そこは、謝らなくて良くない?」

 

 ようやく出せた声は、何故か震えていた。理由は依然として分からない。

 …しかし少年は少しの安堵を感じている。それに困惑する。なんだか靄がかかったようで上手く話せない。ぼんやりとした思考だ。どうしていいか分からない。それでも女は少年の手を引いてくれた。

 

「痛いだろう、早く治療するぞ」

 

 何時もとは少し違った微笑みで。

 

 

 

 

 今日この日、今宵が明確な分岐点。歴史を分ける分水領に近いもの。その決め手となった言の葉が、静かにされど力強く少年の元へ届く。

 

「…お前の身体は、お前のものだ。どう使おうと、私は何も言わん───が、お前の無事と息災を祈るものがいる事を、考えてみろ。これは宿題とする。期限はないが、必ず提出して貰うぞ」

 

 精密に回り続けるはずの歯車に、一石が投じられた。それはとても脆く、すぐさま砕けてしまうだろう。しかしひと時の歪みはいずれ重大な欠陥を生み出すには十分なのだ。

 

 獣の回路は、静かに狂い始めた。

 

 

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 レイレナード社個人開発室。アブ・マーシュはレイヴン・イェルネフェルトと互いに遣る瀬無さを帯びた笑みでいる。

 彼等の視界にはヴォルフガング専用IS“ストレイド”のデータが収まっていた。

 

「…初期化と最適化、いつやったんだ?」

「Hmm….訓練時のデータから当てずっぽう。ま、再調整はまた今度やるさ」

 

 ISは本来ならば最初に搭乗者のデータ入力である「初期化」と機能整理の「最適化」を行い、搭乗者に最も相応しい形態にする必要がある。

 その結果起きる最初の形態移行が「一次移行(ファーストシフト)」だ。装甲の形状なども若干変化し、それによって初めてISは“搭乗者の専用機”となる。

 

 アブ・マーシュはその二つを搭乗者の訓練データのみを使用して行った。無論粗雑な仕事となってしまったが、結果は今宵の通り。

 とは言え、付け焼き刃故にいずれガタが来るのは明白だ。後日ヴォルフガングと共に正確な初期化と最適化が行われるだろう。

 

「そんな事より、今は最強のケアをした方がいいんじゃない?」

「…それはフィオナの役割だ、俺には不足だよ」

「今日も家に帰らないつもりだろ、お前また押し倒されたいの?」

「あ゛?」

「sorry sorry.にしても、フィオナちゃんを行動させないのは意外だったな、あの子にも探してもらってたら、あの少年を見つけ易くなってただろうに」

 

 指摘を受けた青年は軍帽を目深に被り、表情を隠す。

 しかし茶髪の青年は見透かしたような顔をする。

 事実それは間違いではない。アブ・マーシュは眼前の軍人とは友達なのだから、レイヴンの思考など丸分かりである。

 

「現状はあまりにも危険すぎる。…危険な可能性は間引くに越した事はない」

 

 苦笑を浮かべ、青年は言う。彼は全てを守りきる自信がなかった。だからこそ少年の捜索を最強に一任し、己の妻には役割を与え、体良く軟禁し、そもそも危機から遠い状態に置いた。

 

「……嫁さん大好きやろーめ」

「さて、何のことやら。…あ、お前明日顔の形変わってると思えよ?」

「Why!? ちゃんと謝ったじゃん! 何が不満なんだよオイ!?」

「すまんな、俺の黒歴史に触れた以上私刑からは逃れられない」

 

 ふはは、と笑ってない笑い声と共に青年は個室を去る。彼はこれより少年を襲撃した者達と、それを命じた者達の調査にかかる。長い戦いにはならないだろうと、アブ・マーシュは勝手に予想する。

 

 彼は口にチョコレートを放り込み、甘味に舌を委ねる。疲労に染み渡る感覚に少し酩酊。睡眠を取ろうとする頭を無理やり起こし、引き出しから出した複数枚の書類に目を通し始めた。

 

 すると唐突に携帯電話の着信音がなる。アブ・マーシュは気怠げな面持ちで応答した。

 

「はいはい、こちらレイレナード社技術顧問アブ・マーシュ」

 

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

『アブ・マーシュ、私だ』

「ジョシュアか!調査の方はどう?」

『やはりお前の推測通りかもしれん…“デザインド”被験体の数と、埋葬された遺体の数が合わん。解剖医の話によると、遺体の殆どは脳髄と脊椎が摘出されてる状態だったらしい』

「───それ不味いな、すごく不味い。……これなぁ、何処かの企業も結構奥深くまで絡んでそうだなぁ…」

『欧州圏のBFFが関与している可能性は?』

「あの狸爺は危ない橋は渡らない、無しだ」

亡国機業(ファントムタスク)の動きはどうなっている?』

「実働部隊は変わらず沈黙、情報系撹乱系の奴等は静かに動いてるが、意欲的って感じじゃない。好き勝手してるって感じなのがレイヴンの見立てだ…案外、トップの連中が死んじまって宙ぶらりんなのかもな」

『───なるほど、引き続き調査は続行する。お前の方でも何かわかれば教えてくれ』

「わざわざ悪いね、気をつけてよ、ジョシュア」

『ああ、お前も気を付けるようにな』

 

 

 

「───生体パーツ、ねぇ…。

    久々に“アスピナ”の資料、漁るか」

 

 

 

 




(前回に頂いたコメントを見ながら)皆ラウラ先生に藁にもすがる思いやん…

ちっふー「もう逃がさねぇぞお前!!」
そんなわけで覚悟を決めた最強でした。
今回はやらねばやられる状況だったのでセーフセーフ(すっとぼけ)

今回は分岐点。もしフィオナさんが脱走して首輪付きを見つけていたらRTAよろしく彼が一気に真人間に近付きます。母は強え。しかしその場合はその場合で厄介問題が山積み。
千冬さんの場合は真人間化は他ルートより遅くなるけど、後々の問題が山にならない。(但しヘタを打てば天敵コースに突入する)といった感じで。

~この先やりたいと思ってる回~
・フィオナのレイヴン押し倒し騒動
・篠ノ之とマーシュの邂逅
・ドイツ大人組飲み会(多分絶対やる)
・ラウラ先生の授業
・おりむーテレフォンショッキング(絶対やる)

IS学園入学まであと少し…頑張れ私。

UA20000記念話

  • ドイツ大人組飲み会
  • IS学園掲示板
  • レイヴン押し倒され騒動
  • ヴォルフ女装話
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