今回は優しい風みたいな感傷的なBGMでも聴きながら読むといいかも
一年の終わりが近づいている。
世間は新年祝いの為に準備が進み始めた。
仕事量を調整する者。
帰省のための旅費を確認する者。
飛行機や電車の席を予約する者。
ともかく過ごし方は様々だ。
ドイツの中央部よりやや離れた所。農場や牧場が並ぶ地域。のどかな道を黒いワゴン車が走る。道はお世辞にも整地されてるとは言い難く、ガタガタと車体は先ほどから揺れっぱなしだ。
運転手の女性、織斑千冬は露骨に顔をしかめており、助手席の少年、ヴォルフガングは不快そうな顔を隠しもしなかった。
何事ないままに、数ヶ月が経過した。
季節は冬。冷たい風が身に辛くなり、防寒具も厚さを増す必要がある。
乗車中の二人は選ぶのが余程面倒だったのか、お揃いの無難な黒いコートを羽織っていた。
二人は今日、顔合わせと今後の相談のために、イェルネフェルト夫妻の家へと向かっている。夫妻は知っての通り、少年の養親になる二人だ。
一年の終わり───つまり。織斑千冬が帰国する日も近い。こればかりは国や肉親の事もあるので、どうにもならない。
これは初めから決まっていた事だ。だから二人は惜しむ事も、物悲しく感じる事も無いはずだと思っていた。
でも現実はいつだって予想を超える。
最初の頃、いつか別離の時が来るとは知っていたが、そこまで気に留めなかった。
時が続いて、確かに会話が増えた。時折惨事が起きたけれど、それを契機に互いの思い入れが大きくなった。
そして今。遠くない内に来る別れの日を意識し始めて、会話が少し減った。別れを惜しむ程度には、情が湧き過ぎたのだ、お互いに。
「…もう直ぐ着くぞ」
「ん」
二人の目に、それなりに大きい一軒家が見える。庭もまぁまぁ広い。他の家と比べて、ほんのちょっぴり裕福そうな家。
周囲には家屋が無く、替わりに畑や森林がある。物静かなところなのだろうと、少年はぼんやりと思考している。
車に気付いたのか、一人の青年が出て来た。
浅黒い肌と、濡羽色の髪と、鴉の様に鋭い双眸。
レイヴン・イェルネフェルト。軍部高官。
一応の戸籍状は少年の義父になった男。
“人類種の天敵”は彼を知っている。
彼の駆け抜けた前生に於いて、己を踏破した者。
ランクNo.9 unknown.
勿論、unknownとレイヴンは似て非なる存在だ。
並行世界の同一存在でしかないと理解している。
車を降りる。心なしか足取りの重い少年に気付いたのか、千冬はさり気無くヴォルフの背中をさすった。
別に酔ったわけではないのだが、少し嬉しかったので少年は特に訂正したりしなかった。
「長い道のり、お疲れ様。
よくここまで来てくれたな、二人とも」
青年が少し柔らかい表情───未だ十分無愛想な面だが───で、二人を出迎えた。
「まったくだ。もう少し中央に近い所に居を構えれば良いだろう」
「俺は静かな方が好みなんだ。フィオナもな」
そうして、二人が他愛もない話をする中でも、少年の足取りは依然重い。
その理由は色々とある。養父と顔を合わせる事への勝手な気まずさだったり、胃の重たさだったり、これまでの道のりで累積した疲労だったり。
だけど、一番の理由は。
「どうした、ヴォルフ? 酔ったか?」
「…なんでもなーいよ」
───この家に入れば、否が応でも実感せざるを得なくなると理解しきっている。
でもその実感が嫌で、歩く速さが自然と落ちる。だけど足はずっと動き続けている。だからきっと家には入る事になる。
そうすると、本当に実感する。
少年と織斑千冬が共に暮らす日々が、確かに終わるという事を。
✳︎
その家の内装は、“普通”の一言に尽きた。
特別性など何処にも無く、凡庸非凡な部屋がそこにある。裕福さを示すような調度品などは一切存在せず、少年は少し拍子抜けした。
軍でもそれなりの地位にいるのだから、内装もそれに準じたものだろうと思っていたから。
ただ拍子抜けと同時に、少し安堵。
金銭感覚は、まともな様子だ。
リビングに入ると卓上には既に五人分の紅茶と、マフィンが置かれていた。
五つある椅子のうちの一つには、金の髪に碧眼を持つ女性───フィオナが席についており、彼女の手によっていくつかの書類も既に纏められていた。
「! 良かった…無事着いたのね…」
三人の姿に気付いたかと思えば、ほっと胸を撫で下ろすフィオナ。首を傾げる千冬とヴォルフに、レイヴンが呆れ混じりに口元を緩めつつ説明する。
「ここに来るまでにお前達が奇襲を受けないか心配していてな、何かをして無いと落ち着かないと言って徹夜までしていた」
よくよく見れば、フィオナの顔はやや青白く、目元にもクマのようなものが見えた。
それに少し驚愕する来客者達だが、結局のところ何事もなく顔合わせが進む。
織斑千冬が先ず話したのは現在の少年の状態だった。ヴォルフの身体は、殆どが正常な機能を取り戻してはいた。
しかし全身や首の傷痕は消えなかった。
また薬の効きが鈍くなっていて、その為、もし病理に発症した場合は完治までに長い時間がかかるかもしれない事。
精神、身体共に余す事も隠す事もなく全てを話した。彼の行いも、在り方も、全てを養親に話して行く。
戸籍や修学状況についても話した。
気に入っている物や趣味についても話した。
…人を殺した事も、隠す事なく。
養親となる夫妻は、時折心配の色を帯びた目で少年を見る事はあっても、決して侮蔑、軽蔑、憐憫の感情で少年を見る事はなかった。
少年ことヴォルフと言えば、己の事を夫妻に語る千冬を見ていた。
…織斑千冬の顔は、必死さがたやすく見て取れるものだった。単なる業務の引き継ぎを行っているのでは無く、“託している”と、今なら理解できる。
「…ふへっ」
だから、過日の言葉が、見捨てないと言う宣戦が、嘘では無いのだとわかった。それがどうにもくすぐったくて、少年は微笑んだ。
そうして多くを語り、多くが了承された。
“託す”下準備が終わり、さぁ帰宅しようと千冬とヴォルフが席を立った瞬間。
「待ってくれ」
レイヴンが二人を引き止める。
青年は席を立ち、ヴォルフの目の前に立ち、目線を合わせようと膝を折る。
頬を微かに緩ませ、歯切れ悪くこう言った。
「…少し、君と話がしたい」
「───…」
少年は固まる。意外な展開。予想にもなかったアクションだ。出来れば遠慮したいとまで思ったが、今の彼には断る理由が無かった。
凝り固まった首でヴォルフは渋々と頷く。千冬はそれを見て、少し目を細めたが、フィオナの“大丈夫”という囁きに少し安堵したかのような顔になる。
「…少し長引きそうだ。フィオナ、オリムラと少し話していてくれ」
「…わかった」
黒い青年が手を差し伸べる。
白い少年はそれに戸惑った。
よく見ると、青年の手は自信なさげに震えている。少年はそれに気付くも、どうしたらいいかわからないまま固まっている。
するとレイヴンは苦く笑い、静かに手を下ろす。
「…すまない。距離感がよく分からなくてな。ともかく、書斎で話そう。なるべく短く終わらせられるように努力する」
「…えっと、はい」
ガッチガッチである。傍目から見れば不安でしか無いほどに初々しい。
場所は二階の書斎に移る。四方が本棚に囲まれ、簡素な机や幾つかの写真が壁に載っている凡庸な部屋。窓から映る空は、暗色に染まりつつあった。
レイヴンが席に座ると、ヴォルフもすごすごと席に座った。二人は机を挟んで対面する形になっている。
「あー…、何と言えばいいか…」
青年は仏頂面を気難しいものに変え、言葉を探そうと何度か口を開閉し、時間にして数分後、彼は意を決した様に言葉を発した。
「…人を、殺したんだったか」
「……自衛…じゃ無いけど」
「ああ、さっき聞いたさ」
再び気まずい沈黙が流れる。
ヴォルフは警戒心を最大に高め、姿勢を落とす。
しかし、彼の危惧はまったくの杞憂だった。
「…俺は…その、元傭兵でな。沢山殺した。凄い殺した。だからこそ君に人の命について教えられる立場ではないし、資格もない。
人殺しがいくら命の尊さを語ろうとも、説得力が微塵もないだろう?」
苦笑と自嘲を、青年は重ねた。また傭兵だという証明の為か、彼は己の服を大きく捲り上げた。彼の体には火傷跡、銃創、剣創、多種多様な傷跡が克明に刻まれていたが、一つ共通点があった。
青年は服を直した後も、苦笑のままだ。
ぎこちない仕草で、もう一度手を差し伸べる。浅黒い肌の手は、自信なさげに揺れているけれど、何度だって差し伸べられた。
もう片方の手の指で、頬をかく。苦笑いのまま、息を一吸いして、次いで言葉を口にする。その双眸は、決して少年から目を逸らさないままで。
「───同じ人殺しのよしみだ、這い上がるつもりなら手を貸すし、いくらでも底から引き上げる。落ちようものならぶん殴って何度でも引きずり上げる…ま、それでも養父としては落第点だろうが、よろしく頼むよ」
カラッと、微笑んだ何処か穏やかなその顔。言葉と笑みを受けたヴォルフは、違和感を拭えぬままで、戸惑った声色で返す。
「…これを話す為だけに、二人で?」
意外だった。危険視されてると思った。だから釘を刺されるか、何かあると思って身構えていたのに、現実はこうだ。
拍子抜けと言えば違いない。だけど自然と、安堵している己もまた存在していた。
「フィオナもオリムラも、この手の話はあまり良い顔はしないだろうと思ってな…」
レイヴンは“女性は怖いぞ?”と遠い目で語る。
“───…詳しく聞く事はやめておこう。何か地雷を踏み抜く気がする”
その直感に従って少年はレイヴンに曖昧な返事を返す。レイヴンもそれに頷いた後、ハッとした顔で更に言葉を口にした。
「ああそれと、無理に俺を父と呼ばなくていい。君に取ってはチフユの方が親しみやすいだろう? 好きに呼んでくれ、俺もフィオナも気にしない。
だから、そのまぁ、なんだ…形式上とは言え少しは親でいさせてくれ」
少年は、再度、困惑に固まった。
彼が人殺しである事は、二人は知っている。その経緯や動機も、また彼の異常性も間違いなく全て知っているのだ。
だのに、養母は心配の上徹夜までした。眼前の義父は何度でも引き上げると言う。親でいさせてくれと言う。
目の当たりにしていないだけと言われればそれまでだが、それでも理解が遠い。困惑しかない。でも思考はおかしいくらいに冷静だ。養親の言葉に、嘘偽りはない。確信めいた直感がそう告げる。
本心で、彼らは言うし行動する。行動の伴った言葉ほど強いものはない。
…気付けば、少年は口を開いた。理解している、眼前の男は間違いなく「鴉」であることには変わりないと、同一の存在であると。しかし溢れ出した言葉は止められない。それは確かな音となって響いた。
───“
…変化は微細であるが確かに起こっている。これが少年にとって幸せな事かどうかはさておき。
✳︎
───取り残された者達は、粛々と時間が過ぎるのを待っていた。時計の針が鳴らす音は、二人の女の耳朶を静かに打つばかり。
沈黙を破ったのは織斑千冬だった。彼女は俯いたまま、ポツリと言葉を溢す。
「……私は、全てを言おうと思う」
「…二つとも?」
「………初めて会った時にもヴォルフに言ったが…、その時のあいつは……まともに言葉を理解しているかもどうか、正直怪しいところがあった」
“織斑千冬”は、目を閉じた。
織斑計画、白騎士事件。これら二つに、千冬は深いどころでは無い関係にある。
白騎士事件以降にISが兵器として世界に知らしめられ、今の社会が生まれた。
織斑計画の成功体である千冬は、そのISに於いて最強の座に至った。
そして───ヴォルフガングは、…織斑千冬をモデルに、被験体へ思い付く限り、倫理観を度外視した改造を施す“デザインド”による産物だ。
「……このままでは、駄目だと分かっていた。もっと早くに言うべきだったんだろう。それでも、結局
何を怖がっていたのか、何故再度の告白を先延ばしにし続けたのか、その理由は未だ分からないけれど、ずるずると先延ばしにしてしまって、ここまで来てしまった。溜まりに溜まったツケが来たのだ。
フィオナは、手を伸ばす。伸びた先は俯いたままの友人の頭だ。そしてそのまま、フィオナは柔らかに、労わるように千冬の頭を撫でている。
呆気に取られた千冬に、微笑みながら、言葉を。
「卑怯なんて、…言わないで。貴女、ずっと頑張ってるじゃない。
労りと賞賛。嘘偽りないそれは、確かに「強い女」へ届いたのだと思う。
証拠に、本当に、微細に、微かに、和らいだ表情を千冬は浮かべている。それでも彼女は、未だ顔を伏せたままだ。当たり前な話。一言二言で持ち治る時もあれば、そうでない時もあるのが「人間」なのだから。
「……ああ、でも、深夜に整理整頓の方法を聞いてきたのは流石に驚いたけど」
「…酔っていて前後不覚だったんだ…」
場を和ませようとか、思い出を少しだけ語る。
そして、その上で金髪の女は力強く言った。
「貴女だから、きっと…絶対に大丈夫」
ちっふー…出生から過酷すぎて…ぶっちゃけもっと恵まれていいと思ってる。さすがに辛い…辛すぎない?
ヴォルフ…変化が少しづつ如実になっている。でもそれが幸せに繋がるのかと言えば…
レイヴン…不器用さん。今回は話術がクリティカルしたのでベストな結果を収める。
フィオナ…良心。ヴォルフと話したかったけどレイヴンに取られたのでちょっとむくれてる。ちっふーの相談によく乗るようになってた。
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