最近Vtuberを見てます(学校が始まらない)
げんなり。それが織斑一夏の状態だった。
今現在進行形で机に突っ伏す黒髪黒目の男は、だらしなく開いた口から「うぼおおおおお…」と人が出してはいけないような声をあげている。
側から見ればゾンビのようなものである。彼がここまで疲弊しているのは、言わずもがな周囲がほぼほぼ女性という環境のせいだろう。そもそも彼自身がIS学園に入るつもりがなかったのも、一役買っている。
加えて、だ。さっきから延々と来る背後からの視線も織斑一夏の精神を削いでいた。
新しい環境。慣れない大勢の女性。後ろから来る視線。一人の男をゾンビにたらしめる状況はとっくに揃っていたわけで、休み時間にこうしてダメージを声に吐き出すのは当然だった。
「…いや…その、大丈夫か一夏…?」
「…箒か…久しぶりだな……はは…」
6年ぶりに再会した幼馴染みである“篠ノ之箒”相手に懐かしむ、再会を喜ぶ会話にまで持っていけない。それが出来る気力が無い。
ただ再会は嬉しいので笑顔は浮かぶ。なおその笑顔、どう見ても末期の者が浮かべるそれである。
「何がそこまでお前を追い込んだのだ…」
「視線を浴び続けるのって辛いんだな…テレビに出てる人は凄いって思い知らされたよ…」
「一夏? 戻って来い? なんかズレてないか?」
乾いた笑いを浮かべたまま意気消沈。箒はそれを見て叱咤の一つでもしようと思っていたが、ここまでの惨状となれば一周回って心配の方向に心が傾いた。
どうしたものか、と箒は悩む。彼女も彼女である悩みを抱えていた。数ある悩みのうちで最も新しく、しかし今一番懸念しているもの。
内容が内容なため、関わりかねない一夏に打ち明けておこうと考えていたが───その一夏がこの有り様だ。
「……明日にでも回そうか…」
ため息と共に仕方ないと後回し。本来なら積もる話もあったのだが、どのみちこの短い時間ではきっと話尽くせないだろうと判断する。
しかし時間にはまだ余裕がある。なのでちらりと視線を横に流し、一夏の後方にいる存在に彼女は目を向けた。
それが持つのは白い長髪、赤色の瞳、中性極まる顔立ち、黒のチョーカー。即ち、もう一人の男性操縦者ヴォルフガング・イェルネフェルトである。
彼は隣席の生徒とゆるっゆるな会話をしていた。
「ゔぉるゔぉる…んー…いまいちかも〜」
「何でもいいよ? 呼びやすいなら何でも」
「んー…ゔぁおー?」
「ヌホトケ、それは絶対無し」
「顔怖いよー?」
その様は何とも“普通”で、そこに箒は違和感を持つ。どうにも“姉から聞かされたあの男の総評”と一致しない。
箒は入学直前に失踪していた実姉から、唐突な連絡を貰っていた。その内容は“今話題になっている男性操縦者達の一人、ヴォルフガングに気を付けろ”というもの。
“───あれはね、根本から
だから、何かあったら私に連絡して箒ちゃん。その為のコードは渡しておくからさ”
しかし蓋を開けて見ればあの様だ。揶揄われたのだろうかと眉を顰めつつも、念のため警戒はしておこうかと悩む箒だが───その思考を寸断するかのような大声が。
「イチカイチカー!! これ美味しいよこれ、ヌホトケに貰った!! 甘いから疲れも取れるよ!!」
「ごっばぁ!?」
「人と人の交通事故!?」
後方からかっ飛んできたヴォルフと、席に座っていた一夏が激突する。まさかの光景に頭痛を覚えてきた箒。
どんがらがっしゃん、床に倒れる白い少年と机に額を叩きつけられる黒い少年。
入学初日から凄まじい。この有り様を見ながらも何か言いたげにしている金髪の生徒がいたが、今はともかく二人の安否確認だ。
「無事か二人とも!?」
「大丈夫〜?」
「無事だよ、受け身取れたよ」
「…俺なんかしたかなぁ?」
奇跡的と言うべきか、二人とも無事だった。ひっくり返りながらもヴォルフは平気そうに笑っていて、一夏は頭を抱えながら自身の日頃の行いを真面目に振り返り始めようとしたのだが───彼はここで、気のせいだと思っていたものを再度目にする。
床に転んだヴォルフの制服の袖が多少捲れ上がる。そこにあったのは、やはり痛々しい傷跡で、それは手首をぐるりと一周していた。
心臓を掴まれた錯覚を、一夏は覚える。自分の背中が影となって見えていないのか、周りの反応はない。
「…ヴォルフ、ちょっといいか?」
「? いいけど?」
そこから一夏の行動は早かった。ヴォルフの手首を制服の袖ごと掴み、周囲に確証を与えないようにし、早足で廊下へと立ち去る。
周りの女生徒達の大半は姦しい雰囲気をより濃く放ったが、しかし篠ノ之箒だけは確かに違和感を抱いていた。
「…おりむー、怒ったのかな〜?」
少し困り顔ののほほんとした雰囲気の生徒───ヴォルフにヌホトケと呼ばれていた───が言う。
「…いや、恐らく何かに気付いたのだろう。そういう所だけは鈍く無い男だ…」
やや“だけ”を強く強調して箒は言う。そこには若干拗ねたような声色があった。
✳︎
───今日が入学初日なのは、ある意味幸運だったと思う。教室で再会した友人と話を明かすか、新たな友達を作る事に皆勤しんでいるのか、休み時間だけど、廊下に出ている人の数は多く無かった。
念のため、死角になりそうな所で足を止める。そこで漸く俺は掴んだままのヴォルフの腕を離した。
…身体が軋むような感覚。喉元から迫り上がる嫌な予感。話を切り出そうと口を開くも何と言ったら良いのか分からなくなる。
「イチカ、どうしたの?急に?」
何かおかしな事でもあったのか、そう言いたげな顔をしたヴォルフは、今だと俺の中では“謎めいた訳のわからない奴”から“助けが必要かもしれない奴”へと印象が変わりつつあった。
覚悟を決める。戻れなくなるかもしれない、なんて漠然とした嫌な予感に囚われたままでいて、何か出来たかもしれないのに、何もしないままでいるだなんて嫌だから。
「…───袖を、まくってくれ」
最後の一線を飛び越えた。
「…見えてた?」
「多分、前の席のやつの何人かは見えてる」
そうしたら“あっちゃー”なんて軽々しい態度で、でも怒りなんて湧いてこない。
寧ろ危機感の方が強くなってくる。見たく無い、けど見ないといけない。俺のそんな葛藤なんて知るかと言わんばかりに、ヴォルフは前置きなしに袖をまくった。
「…ッ……!」
…酷いとか、惨いとか、それどころじゃ無い。
いいや、そもそもそれ以前に───
裂かれた痕、貫かれた痕、縫われた痕、焼かれた痕…きっと他にも色々ある。
教科書でしか見たことがない注射針の痕は、数え切れない程にある。
こみ上げた吐き気を飲み下し、何とか抑えた。
「…本当に、詳しくは話せないよ。話したらイチカが危なくなる」
…全部に合点もいった。千冬姉が一年間いた理由も、千冬姉と距離が遠くないのも、素直に飲み込めた。それと同時に、恐ろしくなった。
推測でしかないけれど、恐らく男性操縦者と判明したのはヴォルフが先で、そこからはあの傷を作るような“こと”が続いた。
そこから千冬姉に保護されて、今に至ったのだと思う。
ちょっと生まれが違えば、多分俺もこうなっていた。男性操縦者は希少だなんて痛いほどわかってる。でもその行く末を、俺はきっとしっかりと考えてなかった、考えることから逃げようとしていたのかもしれない。
「あー…、えっとさ、気に病まなくて良いよ? イチカじゃどうにも出来ないじゃん」
わかってる、わかってんだよ。
だから、頼むからもう─── そんな何とも思ってない目を、しないでくれよ。
それは悲し過ぎるんだ。あっちゃいけない筈なんだ。泣いて良い筈だ、怒ったって良い筈なのに、どうしてこんな事になったんだ。
…俺はきっと、いや絶対に、運が良かった。けど、今はそんな事で喜べない、寧ろ自分のことがよく分かったし、だからこそ此処で腐ってる場合じゃないはずだ。
「…よし」
決めた。俺は、決めた。絶対にこいつを楽しませる。より多くの楽しみを、今は知って欲しい。
その為に必要なものは…今は少ないけれど、日が進むに連れて揃うはずだと思うから。
「なぁ、ヴォルフ。今日の授業が終わって暇になったら、何か遊ばないか?」
我ながら不器用で不自然な誘いだと思う。でも今は、ちょっとこんな感じの言葉しか思いつかなくて、後から後悔した。もっとこう、他にあるだろ俺。
「ああ、いや。やる事があるなら全然後でいいが…」
「───…」
微妙そうな顔はしていない。ただ、面食らったような顔をする。驚きから少しづつ表情が変わっていく。
懐かしむ様な、どこか納得したかの様な顔。
「今はまだ忙しいでしょ、でも落ち着いたら遊ぼ?」
「……ああ」
…これはきっと、間違ってない。
間違ってないよな、大丈夫だよな。
「ところでさ、傷ってやっぱ見えない方がいい?」
「…その辺ちゃんと先生と相談するか」
取り敢えず、いまは教室に戻ろう。なんだかんだ休み時間にはまだ余裕があるから、準備も間に合う。流石に連続で出席簿アタックは食らいたくない。
教室に帰ると何だか騒がしかったけど、何かあったのだろうか。
傷に関しては前の席の方が何人か見れてます。
他は見えたり見えなかったり。
皆様こんな反応
・「気のせいだと思う」
・「踏み込まない方がよさそう」
・「よく見えなかった」
おりむー決意。目標は絶対“楽しい”を味合わせる。何気にまだ未達成の「戦い以外の楽しみを覚える」の開放ルートに進んでますね…
現状いろいろな事をやってみたりするけど大体「時間潰し」的な感じなので、なかなか他の“楽しい”を得られてないのよね。あれこれ難易度馬鹿みたいに高くない?
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