───正直なところ、イチカの戦いは見られたものじゃなかった。仕方がないとはわかっているが、それでも酷いと言いたかった。
あれでは本当に動く的のままだ。
「…まぁ、こうなるな」
チフユも大して驚いていない。
初心者と代表候補生、その差は歴然だ。
そもそも、イチカとセシリアの相性が悪い。
セシリアの周りには幾つかの遠隔機動兵器がくるくると回っていて、セシリア自身も遠距離武器を使っている。
それに比べ、イチカの武装はブレード一本。かなりの変態構成だ。白式を作った企業? 組織? は何を考えて初心者にこんな機体を渡したのだろう?
「チフユ、あのくるくるしてるやつは何?」
「織斑先生と呼べ。…あれは“BT兵器”と言い、簡単に説明すると操縦者の思考で稼働する装備だ。
第三世代のISはこういった特殊兵装の搭載を目標にしている。セシリアの使用している“ブルー・ティアーズ”は、その試験機とも言えるな」
「山田先生」というチフユの声にヤマダが一枚のディスプレイを見せてくる。そこに表示されていたのはセシリアの駆るあの青い機体こと“
これは紛れもないセシリア・オルコットの専用機である第3世代型IS。射撃を主体とした機体であり、搭載している兵装はチフユの言った通り殆ど射撃類ばかり。
データを見ながら思ったことを口にする。
「セシリアはこの機体のテストモデルに選ばれる程には、射撃に優れてるってこと?」
「……お前は戦いに関しては頭の回転が早いな」
「失礼な。戦い以外でも早いよ、例えばクロスワードとか新作スイーツの当たり外れの予想とか」
「…ああ、そうか」
ぐっしゃぐっしゃと髪を撫でられる。声は心なしかいつもより柔らかくて、何だか心地良い。それと先に待っている戦いに対してワクワクが止まらない。
落ち着く心と、浮き足立つ心が並行している。なんだかぐちゃぐちゃな心だ。
そんな自分をおかしく思って笑っておく。
そんな事をしている間でも試合は続く。チフユの目は厳しく、ホウキはさっきから穴が開くんじゃないかってくらいに試合に見入っていて、こちらから話しかけても反応することはないだろう。
「…お前はどう見る?」
なんて思っていたら、ホウキの方から声をかけてくる。多分勝負の行く末についてだろう。誤魔化しても仕方ないので、さっさと正直に述べてしまう。
「八割の確率で負け。良いところに行っても驚かせるだけ。よっぽどなことがないと何もできないままで終わり」
「…───」
こと“戦闘”に至り、経験と相性は大きなアドバンテージだ。これを覆すには余程の特異性を持つか、そもそも技術とか経験とか組み合わせとかの外で勝負を行うしか無い。
例えばの話、策略に長けた老兵がいた。しかし彼を破ったのは若手の参謀家だった。
彼は「老兵の上司の弱点」というアキレス腱を熟知していたからだ。
経験や実力で遅れをとっていても、相性次第では大番狂わせなんて当たり前だし、逆に相性が悪ければ圧倒的に不利となる。
「経験値の差が大きすぎるし、そもそもブルー・ティアーズと相性が悪いから付け焼き刃じゃ無理。
勝負するなら───“イチカが持ってて、セシリアに無い経験”とかかな」
「なるほど…」
イチカの間合いはブレード一振りだけ。セシリアの間合いは長・中距離特化。何度も言うが相性も悪いし、経験と実力でも負けている。これは勝つ方がおかしい状況だ。
覆すには持ってる手段を余程巧く活用しなければならない。
それはそれとして、だ。
「……イチカってさ、何だろ…苦労人だよね。僕がいなくても、多分イチカはこうなってた。理由は違うと思うけど…」
…“ドイツはロクな教育も受けさせていないのか”というニュアンスを含んだ言葉に、食ってかかった時のイチカの顔が鮮明に思い浮かぶ。本当に、心の底から怒っていた、怒ってくれたのだろう。
出会って直ぐ、面識も限りなく薄い。それなのにこんな事をしている。極度のお人好しか、それとも何らかの強迫観念か。
理由が何であろうとも別に良い。ただ、予想を裏切って欲しいなとは思える。
ああ、なるほど。
僕はイチカに勝って欲しいのか。
強くなって欲しいという思いも、戦って欲しいという思いもそこにはない。
純粋な、ただ…何故か勝って欲しい。
おかしい、これはおかしい。
どちらが勝とうと僕には関係がない。
ただ楽しみの順序が違うだけだ。
なのに、どうして?
───疑問を抱えたまま、僕はホウキと同じように試合を見ている。負けたらからかってやろうかな、と普段の自分なら絶対に思わない思考に、困惑を感じながら。
───
セシリアが駆る機体「ブルー・ティアーズ」には、手も足も出なかった。俺と白式は何も出来ず、ただ的のように打たれるばかり。
「…わかっちゃいたけど…やっぱ強いな…」
思わずボヤいた言葉。我ながら情けないと思いつつも、態勢を立て直し、何とか回避の動作に体を持っていく。何発も食らっていれば目も慣れた。ギリギリだが被弾する回数は確かに下がって来ている。
それでも当たるもんは当たる。ガリガリと削れるシールドエネルギー、敗北条件はこれが尽きる事。俺の命はほぼほぼ風前の灯だ。
「当然でしょう? ISを使い始めて時間の浅い貴方が、私に勝てるはずもありません」
俺のぼやきやに返すセシリア。その目は高慢ではなく、自信と経験が宿っているのであろうが──どうも、俺にはそれが曇っているように見えた。
吐き捨てるように、それでもまだ諦めていないことを伝えるために、俺はこう返す。
「一つだけいいか? 今言わないと、言う機会がなくなりそうだ」
「…………?」
怪訝な視線が俺に刺さる。
今はそんな事はどうでも良くて、単に伝えたい言葉を吐いた。
「二度とヴォルフにあんなこと言わないでくれ」
───そこだけは譲れなかったし、譲りたくもなかった。そこだけは許容できなかったし、したくもなかった。
だからこうして、立ち続けている。
無様に撃ち抜かれながらも、睨んでいる。
「…いいでしょう。ただ、私に一度でも攻撃をできたらの話ですが」
「そうかよ、…なら、やるしかねぇよなぁ!」
出された条件に、体が熱く滾った。
だん、と強く足を踏み込む。
我ながら無謀すぎる戦いだと分かっている。
実力差なんてものは理解していた。少しでもISに関して知れば知るほど、経験の差がデカいのだと思い知らされて、決して届き得ない壁と差があるという事実を飲み込むしかなかった。
目の前にいるセシリア・オルコットは、どうしようもないほどに凄い奴なんだって。
───だからと言って諦めていい理由にはならない。
何度でも抗う。無様でも、惨めでも構わない。
幾ら地べたを這いずり回ろうとも、折れることだけはしてやらない。
ブレード…雪片二型を手に強く握り直し、前を見る。
「…あいつは気にしないだろうけどな」
気にすることも出来ないと思う。
だって、多分だけどその心は壊れやすくて、だから守ろうとして強くなった。
強くなるしかなかった。そんな気がする。
ただの思い込みなら、それでいい。だがそうだとしても、友人を馬鹿にされて、いい気持ちでいられるわけがない。いたらそいつは男じゃない。
自己満足? 八つ当たり? 好きなだけ笑うといい。好きなだけ言えばいい。外野の野次なんてどうでもいい。俺は、あいつの今とその先を守れるようになりたいだけだ。
ただ、失った時間の分まで色々と楽しんで欲しい。熱中して欲しい。そこに水をさして欲しくないだけなんだ。
「でも、だから俺が代わりに戦うんだ。お前に、もうあんな事を言わせないように」
なぁ、“白式”最初から、俺のわがままに付き合ってもらって悪いと思ってる。
けど、けどさぁ、ほんの一回だけで良いから…今は俺に力をちょっとだけ貸してくれよ。
「───ッ!」
白式は、本来の色を取り戻してくれた。
思わず口が綻ぶが、今は気にしていられない。
「
その単語の意味は抑えてある。搭乗者のデータ入力である「初期化」とそれによって機能整理である「最適化」を行うことで搭乗者に最もふさわしい形態にする。
この「一次移行」はその第一段階に該当し、装甲の形状変化が発生。それによって初めてISは“搭乗者の専用機”に変貌する。
手に持つ“雪片二型”が輝きを得る。鮮烈な月明かりのようなそれは、刃の形を取り、一つの強大な武器と化す。
白式の場合、その名を“零落白夜”持ちうる力は諸刃の剣。自身のシールドエネルギーを引き替えに、敵ISのシールドエネルギーを叩き斬る剣。
ああ、まったく。素人にしちゃ厳しすぎる激励と選別だ。
「───ッ!? お行きなさい、ブルー・ティアーズ!!」
勝負は一瞬。疾走は純粋に速さを要する。正眼の構えをとり、確かに狙いを定めた。そうすれば後は疾走あるのみ。当たって砕け散り、飛沫を少しでもぶち当てる。速く、早く、疾く! 全ての攻撃を身を捻り、かわし、そうして俺はあの青色を打倒しなければ───!
「…!」
「面あり…にも、行かねぇか…!」
けど、駄目だ。届かない。エネルギーの消費も、最初に受けた攻撃の数も多すぎた。セシリアは眼前の俺を見て、目を見開いているけれど、こんなのはただの一発芸だ。驚きの隙をついたに過ぎない。
だから、自惚れない。まだまだ学ぶべき事は多いし、俺は白式についての理解を深めないといけない。そう思えば思うほど、目の前の存在のデカさが、本当によくわかる。
ああ、だからこそ悔しい。
そんなことを考えながら、俺は自身の敗北を知らせる音声を、静かに受け入れていた。
───
「悪いヴォルフ! すげーだっさく負けた!」
「エネルギー管理も満足に出来んか、
リンクスを名乗るなよ貴様」
「いやなんだよそのキャラ…リンクスって何だ」
「いやなやつのモノマネー」
「辞めてしまえそんなモノマネ!!」
「ともかくお疲れ様。へーい」
「…ん、ああハイタッチか。へーい」
「イチカ、かっこよかったよ。最後の」
「…織斑先生には、彼はどう見えますか」
「───よく言えば攻撃的な純粋さを持った男。悪く言えば人の形をした闘争本能だ。だがそれがやつの全てではない。一緒に過ごすとわかるが、ヴォルフは合理的な選択を取る。散らばっているのなら一つにまとめる。単独で撃退できるならそうする」
「……………」
「“出来るならばやる”それがヴォルフの性質だ。
…だがお前にはどう見える? 篠ノ之」
「……私には、ただの子どもにしか見えません。一夏とはしゃぐ様は、本当に友人と遊ぶ子どもにしか。確かに所々に危険を伺わせるところは見られますが…」
「つまり、そういうことだ。やつの心には子どもと大人が捻れて同居している。だから一瞬は空虚に見えるし、かと思えば狂っているように見える。言うなれば、多面体の鏡だろう」
「…多面体の鏡……違う側面がいくつも…」
「束に何を言われたか知らんが、どうするかはお前が決めろ。これからヴォルフとセシリアの試合が始まる。それも判断材料にすれば良いさ」
ヴォルフ…“戦いたい”と██が同時に発生。少なからずマトモになりつつあるが、その弊害が発生の兆しを見せている。天秤がガッタガッタだなお前。なんか段々某遅効性SFの首狩り鶏に近付きそう(下書きを見ながら)
一夏…覚悟キメてんねぇ! 多分一番怒らせちゃいけない人ランキングのダークホース。白式のコアは後方保護者面してるし、こいつは多分無意識に兄貴面してるとこあると思う(執筆中にこいつが一番勝手に動く)類が友を呼ぶってやつか。
セシリア…ど素人を相手にしていたと思ったらまさかの薩摩隼人並みの覚悟勢に変貌していた。代表候補生だが素人に王手一歩前まで行かれたため、数日前のヴォルフの言葉が内心めちゃくちゃ刺さっている。
箒…いきなりめちゃくちゃ語り出したなこの人…と千冬に対して思ったが一応言葉には出さないでおいた。
千冬…思いの外めちゃくちゃ語ってしまいヴォルフに聞かれてないかどうか内心気が気でない。
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束…(・ω・`)
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