急募:人類種の天敵を幸せにする方法   作:「書庫」

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幕間である。後々重要な事につながったりするのである。



4.5:Hello my ……

 同居が始まり一週間。月曜のよく晴れた日。

 織斑千冬とヴォルフガングの部屋に、一人の来客がやってきた。ボブカットにしたブロンドカラーの髪と、スカイブルーの瞳を持つ女性。

 名をフィオナ・イェルネフェルト。遠くない先、少年の養母となる人物だ。

 

 そんな彼女の第一声はこれである。

 

「…私、部屋間違えてない?」

 

 嫌味でも無く、ただ純粋に不安そうな顔でそう彼女は言った。

 それも仕方ない。今まで最早壊滅的ないし野盗に襲われた様に散らかった部屋が、ある日突然綺麗になっていたのだから。

 フィオナのこの発言に、織斑千冬は申し訳なさそうに“間違えてないさ”と返した。

 

 

 

 

 リビングには白い長髪をヘアゴムで纏めた少年、ヴォルフガングが“メアリー・シェリー著:雑種でも分かるIS操縦法操縦の基本”と書かれた冊子を読みながらソファの上で仰向けに寝転がっている。

 熟読中なのか、来客には気づいていない様子だ。

 

「客が来た時はしゃんとしろ」

「ぐべっ」

 

 千冬が本の上から手刀を落とす。本と共に顔面へ衝撃を叩き込まれた少年は、呻き声を上げながら起き上がった。

 …シャツの上に長袖のパーカーを羽織っているが、シャツ自体のサイズがあっていないので、かなりヨレヨレだし、傷痕の残る肌が見えている。

 それを見た金髪の女は黒髪の女、織斑千冬に問うた。

 

「…サイズ、あってないんじゃ……」

「ん、ああ…買いに行った時、これしか無くてな…」

「持ってきて正解だったわね、この辺りの服屋って品揃え悪いもの。仕方ないわ」

「すまん、助かる」

「気にしないで、大丈夫よ」

 

 カサ、と紙袋を手渡す。中には衣類が複数枚入っており、そのどれもがヴォルフのサイズに合ったものだ。

 少年は背伸びをして紙袋の中を覗き、内容を把握すればチフユ共々フィオナに感謝しながら頭を下げた。

 

 …その間、少年は猛烈な既知感と奇妙な感覚に苛まれている。当たり前だ。前生で己を踏破(ころ)した存在と瓜二つの人間を目の当たりにしているのだから。

 

 ヴォルフは最近SF小説を読んでいる。今生の己が置かれた状況を理解する為だ。

 そこで彼は唯一しっくりきた答えを見つけた。所謂平行次元世界(パラレル・ワールド)の存在である。

 ある時空から分岐し、それに並行して存在する別の時空、“もしもこうだったらどうなっていたのか”という形が実現した完全なるIFであり、自身はそこに居るのだろうと一応の折り合いをつけている。

 だからこそ、フィオナやレイヴンといった()()()()()()()()()()に会った時、動じないだろうと思っていたが…やはり慣れないのだ。

 

「? どうしたの?」

「…ううん、何でもない」

 

 閑話休題。

 ともかく、少年は彼女が今日来た要件を訪ねる。

 

「今日は、服を届けに来たのと…それと、部屋が大丈夫かあの人に見て来てくれるように頼まれたの」

「………なるほど」

 

 あの人とは十中八九レイヴンの事だろう。話題の真ん中である織斑千冬は露骨に目を逸らす。それを見た金髪と白髪は互いの顔を見合わせ、脱力したかのように力なく苦い笑みを浮かべた。

 場の雰囲気に耐えられないと悟った千冬は、ガシガシと頭をかいてややぶっきらぼうな声色で。

 

「せっかくだ、茶でも飲んでいけ」

 

 と、強引に空気を変えた。

 

 

 

 

 入れたのは紅茶。茶菓子はカヌレ。二人の女性はその二品を堪能する。

 少年は気を利かせたつもりか、一人自室に篭ってISについての学習を進めている。

 

 テレビはついていない。鳥の声がよく聞こえ、爽やかな青空が映るガラス窓は開いており、澄んだ空気が流れて来る。

 ───この場には清涼な沈黙が満ちていた。

 織斑千冬もフィオナ・イェルネフェルトも、今は互いにこの静謐な時間を安らかに過ごしている。

 

「本当、言うとね」

 

 苦笑いと共に、ブロンドカラーの髪を持つ女が口を開いた。

 

「少し、…かなり不安だったの。貴女の事も、あの子の事も。最初の(あの)頃のあなた達は、本当にいつか壊れてしまいそうで、怖くて…でも医師の人に任せるしかなかったから」

 

 抱えていた不安を吐露する。

 実験より生み出された二人。その心情は想像を絶する程に苦しいものだった筈。だからこそ、フィオナは二人が心配だった。

 織斑千冬は黙って、彼女の言葉を待つ。それが千冬なりの彼女への向き合い方でもあったから。

 

「だから…今日、あなた達二人を見て、ほっとした。私の不安なんて、最初から杞憂だったんだなって分かったの」

「……そうか」

 

 憑き物が落ちた様な、晴れやかな笑顔を見る。

 しかし数秒挟み、眉間にシワがよる。

 出来上がった剣幕を見て、千冬が僅かに目を見開く。急激な表情の変化に何事だと思い、とっさに身構える。

 しかし次にフィオナが口にした言葉は、なんて事はないただの小言だった。

 

「話は変わるけど…せめて洗濯ぐらいは自分でやりましょう?」

「む、なぜ分かった?」

「……そこは否定して欲しかったわ」

 

 顔を伏せる金髪の女。彼女の“少年が基本的な家事をこなしているのではないか”という懸念が的中してしまった瞬間である。

 

「家事は苦手でな…」

「仕方ないとは分かっているけど…」

 

 知っての通り、織斑千冬は家事に対してはからっきしな上に、常日頃から多忙な人間だ。掃除や洗濯など溜め込むのが常である。

 なので月に一度大々的な掃除が行われる。時折協力していたのがフィオナである。彼女は千冬の性質を把握していた。

 

「推定15、6歳に自分の下着洗わせる二十代の女性が何処にいるの」

「……字面が酷いな」

「分かったなら改めましょう?あの子、まだ子どもよ?」

「いや、分かってはいるんだ。しかしやろうと思った時には殆どの家事がもう終わっていてな、一度前に───」

 

 『私がやるからやらんでいい』

 

「と言ったら」

 

 『は?』

 

「普段高い声しか出ない喉から重低音がした」

「家事方面の信用ゼロじゃない…」

 

 フィオナは嘆いた。この一週間で一体何があったのだ。少し落ち込んだ気分を晴らそうと、互いに紅茶を口に含む。

 その後、互いの顔を見合わせてから一拍を置き、場の雰囲気をフラットに戻した。その少しの後、フィオナがゆっくりと疑問を口にする。

 

「…どうして、あの子を預かろうと思ったの?」

 

 彼女はずっと気になっていた。

 

 少年が保護された当時、織斑千冬という人間は多忙であった。非番の日がきちんと設けられてはいるが、基本的に夜や夕方に家へ帰って来る機会は少ない。いつも戻って来るのは深夜の時間帯が常であった。

 はっきり言って余裕の無い生活だった。少年を預かってから、その様な事情も加味され、今は以前より大分ゆとりのある生活とはなったが。

 

 世界最強は打算家では無い。故にどうしても気になったのだ。何故あの様な余裕なんて何処にも無い状況の中でも、自身にとって相対するのも苦しいであろう存在を預かろうと思ったのか。

 

 その返答もまた、ゆっくりと返された。

 

「……考えた事もなかったな。あの時は…ずっと何かに必死だった気がした」

 

 

 

「ただ今は、そんな必死さなんて何処かに行ってしまったかの様に思える」

 

 ティーカップを手に微笑むその姿には、いつもの凛々しさなど無く───ただ穏やかで、肩の力が抜け切った姿であった。

 

 

「今も、少し…いや、かなり苦しくはあるがな」

「……私は力になれそう?」

 

 

 常に胸を締め付ける圧迫感を解く日。

 いつか来るその日を、織斑千冬は忌避している。

 

 

「ああ、もしかしたらいつか頼るかもしれん」

 

 

 

 

  ✳︎

 

 

 フィオナが帰路に就き、時が過ぎる。いつも通り家事は少年がこなした。やはり千冬に対して家事方面の信頼はゼロらしい。

 いつも通りの一日が過ぎ、織斑千冬は寝床に就き少年もまた自室へと戻った。

 

 時刻は深夜二時。千冬は起きた。理由は単に変に目が覚めただけだ。

 ごく稀にこういった事は誰にでもあるだろう。

 

「……」

 

 周囲を見渡す。綺麗になった部屋。以前の様なゴミ屋敷ぶりは何処へ行ったのだろうか。寝台の隣にある小机に置いておいた水を飲みながらそう思っていると、ペンの走る音が彼女の耳に届いた。

 廊下に出ると、ヴォルフの部屋から聞こえて来た事が把握できる。少年の部屋の扉は閉まっているが、隙間から間接照明の光が漏れていた。

 

 部屋に入ると、白い髪を無造作に乱した少年がクロスワードパズルを解いていた。何やら苦戦しているらしく、眉間にシワが寄っている。

 千冬は少年の側に座り、静かな声で聞いた。

 

「…寝れないのか?」

「……うん、でもずっと起きているのは暇だったから…これをやってたんだ」

 

 少年の抱えた不眠症。これは回復の目処がまだ立っていない。一日毎に医師から診療を受けた事で過眠症の方はなんとか治療出来たが、不眠症の方からは中々抜け出せずにいる。

 とは言え、以前よりはマシだ。内臓疲労も肉体的な疲労も変わらず慢性的ではあるが、病理が一つ減った事で精神的な疲労の要因は確かに減ったのだ。この調子で、不眠症の治療も未だ続いている。

 

「うーん……」

 

 からんと、シャーペンが転がった。

 どうやら途中で行き詰まったらしい。

 ぺしょ、と机に頭を投げ出した少年。

 

「ペルーのウルバンバ谷に沿った山の尾根にある15世紀のインカ帝国の遺跡ってなに…?」

 

 うごごご、と呻きながら訪ねるヴォルフ。どうやら自分の力だけで解けなかった事を悔いているらしい。

 黒い髪を耳にかけながら、千冬はやや考える。聞き覚えはあるが、記憶は奥底にあるらしい。しかし思い出すのにあまり時間はかからなかった。

 

「マチュピチュだ」

「マ、チ、ュ、ピ、チ、ュ…あ、ホントだ」

 

 文字により一列が埋まる。どうやらそれでクロスワードの答えは出たのか、少年は雑誌を閉じて本棚にしまい込んだ。

 

「…ふへっ」

「どうした?」

 

 唐突に少年の頬が緩み、薄い腹が震える。

 

「い、いや、チフユが何か真面目な顔で、マチュピチュだって言ったのが、なんか、じわじわ来て、ぷ、あはははははッ!ごめんもう無理お腹痛い!」

「…お前のツボはよくわからん」

 

 そう言った女の口元は、少し緩んでいた。

 

 時刻は午前二時。誰もが寝静まる時間。ただ近所の事を考えて、小さく笑う声が密やかに響いている。

 

 

 

 

 

 

  ✳︎

 

 

 

「Hello hello? レイヴン?」

「こんな夜更けに何の用だ、アブ・マーシュ」

「いや制作途中のストレイドなんだけどさ、途中でハッキング食らって今クラッシュカウンターぶち込んだんだ。ついでに逆探知もしたとこ」

「……それで?」

「ハッキングした奴がどーも“天災”っぽいんだよ、これが。いやまぁ、確証はないからなんとも言えないんだけど」

「篠ノ之束がか?何故?」

「さぁ?取り敢えずこの案件は確かに伝えといたぞ。あとこれは社長にも伝えといた。お前も十分気をつけといてな」

「…亡国機業(ファントム・タスク)の事でも多忙だというのに。次から次へと仕事が舞い込んでくるな、今年は…」

「…Oh. …今度飲みにでも行くか?」

「……ジョシュアも連れて来てくれ」

「Ok んじゃ、その日まで胃をぶっ壊すなよ」

 

 

 




〜IS参考書一覧〜
・雑種でも分かるシリーズ
・いい的にならない方法百選
・月間月光
・メノ・ルー直伝操之技
・週刊とっつき
・ウォルコット姉弟による戦術指導

・クラッシュカウンター
ハッキングした奴のパソコンを強制的にブルスク状態にする血も涙もないカウンター。相手(のデータ全て)は死ぬ。篠ノ之博士のデータの運命や如何に。
・カヌレ
おいしい

・ジョシュア
姓名はオブライエン。実は織斑千冬の近所に住んでる。アブ・マーシュと共にアスピナからレイレナード社へ移った人。フィオナ、レイヴンとは友人関係。最近は絵を描いている。犬の散歩が趣味。


UA20000記念話

  • ドイツ大人組飲み会
  • IS学園掲示板
  • レイヴン押し倒され騒動
  • ヴォルフ女装話

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