メインシステム、戦闘モード起動します
ようこそ、戦場へ。
あなたの帰還を歓迎します
早朝5時、ドイツIS訓練場控え室。
傷の首輪を持つ少年、ヴォルフガング。彼が着ていた服はロッカーに押し込まれており、彼は代わりに“ウェットスーツの様なもの”を身に纏っている。
“様なもの”と言うには理由がある。それはウェットスーツと言うには分厚過ぎるのだ。また各部にはベルトの様な帯が取り付けられており、それは少年の矮躯を補強しているのは明白だった。
彼の纏う黒い装束の正体はISスーツ。
ISを効率的に運用するための装備品。
少年の物は特別仕様であり、普通の物より丈夫に出来ている。その為、外見も通常のISスーツよりも幾分か重厚に見えるのだ。
「…動きにく……」
…その分動きやすさに欠けるが、そこは仕方のないこと。
少年は溜息と共に髪をヘアゴムで束ねる。それで一通りの準備は終わり。彼は動きづらそうに歩き、控室から訓練場へと赴いた。
訓練場には先んじて白ジャージを着た織斑千冬がタブレットを片手に待っていた。その隣には訓練用ISラファール・リヴァイヴが待機している。
彼女は少年に気づくと、タブレットの画面を二、三度指で叩く。液晶にはラファールのデータが表示された。
「来たか、ISスーツの方に問題は無いか?」
「…ギチギチして動きにくい。脱いじゃダメ?」
「我慢しろ、お前の身体の為だ。人体模型の様にバラバラになりたいのなら話は別だがな」
「着てまーす…」
うげ、とした顔で少年は頷く。いくら彼でも肢体が四散するのは嫌らしい。
「さて、今朝言った通り、今日お前には実際にISを動かして貰う。またその際、レイレナード社と軍部からの要望であるお前の戦闘データも収集する。手は抜くなよ、お前の将来を決める一日だ」
そう言って、千冬はタブレットをヴォルフに渡す。
「ラファールの装備は、お前の専用機“ストレイド”の初期装備を準拠に編成されている、エネルギーブレード、マシンガン、プラズマキャノンだ。
…アブ・マーシュの奴は“他の武器も使える様にした方が後々楽になる”と言っていたが、一先ずこれを搭載させた。どうだ、やれるか?」
黒髪の女が少年に問う。少年は黙って液晶を眺めていたが、次第にくつくつと笑い声が溢れ始める。
彼の瞳に、普段の様な無垢さは何処にも無い。獰猛に尖り、動向の開いた双眸は、今もなお静かに佇む機体に向けられる。
「チフユ。多分僕ぶっ倒れると思うから」
するり、とヴォルフの真白な指が鋼の塊を撫でる。傷の首輪を付けた少年は恍惚に笑い、まるで甘い紫煙を頬張るかのように息を吸った。
待つ闘争へ期待し興奮する、アドレナリンが脳髄を席巻する。最高に酔える量だ。脳内麻薬に浸かって、気分は随分と良くなった。スーツの不快感なんてどっかへ消え失せている。
「その時はお願いしていい?」
「───ッ…!」
織斑千冬は、少年の陶酔しきった微笑みを見てざわりとした感触を覚える。
これが子どもの浮かべる笑みか? 否だ。今目の前にいるのは誰だ? これがあの少年? 誰かとすり替わったのかのではないのか? 本当にそう思い込んでしまいそうになった。
そう思って、彼女はヴォルフを網膜に写し直す。居るのは困り笑顔で頼みごとをする白い少年だ。
…肩の力が抜ける。今のは何だったのか、微かな不安と共に少年の要望には溜息を吐いた。
「…自己管理能力も身につけておけ、何から何まで面倒見きれん」
「あははっ、だよね。でも今日だけお願いだよ。今週の台所当番全部僕にしていいから」
「…………………今日だけだぞ」
「はーい」
少年に装着されたラファールが起動する。それと同時、彼と同じく訓練用のISを身に纏った三人の軍人がゆっくりと降りて来る。
三人の操縦する機体は少年と同じくラファール。その内一人は二門のガトリング砲を追加装備したモノを装着していた。
少年はマシンガンを持ち直す。彼と相対する三人の軍人もまた構えをとる。
「時間制限は無し。試合や通常模擬戦同様、ヴォルフのシールドバリアーのエネルギーがゼロになった時、又はお前達三人のエネルギーがゼロになった時に測定を終了する」
説明と共に千冬は訓練場の観戦席へ移る。訓練場にはゆるりとした空気が流れていた。
三人の軍人が、眼前の少年を脅威とも戦力とも見ていないからだ。
彼女達は教官から“初心者に歩幅を合わせろ”と事前に言われていた。
事実今日出て来たのは線の細い少年だ。しかも適性はDと来た。これは手加減も難しいだろうと、そう油断しきっていた。
「お前達、準備はいいか?」
今日この日、彼女らはその侮りを心の底から悔いる事となる。
「開始しろ!」
始まりの瞬間、少年はガトリングを装備したラファールに爆速で両足蹴りをお見舞いした。
✳︎
ガトリングを装備したラファール搭乗者である
遅れながらやって来た爆音と共に、現状を理解する。教官から開始の一言と同時、即座に白い少年は両足を此方に向けてかっ飛んで来た…つまりは単なる
ただ、現実を理解した時にはもう遅かった。彼は即座に足を目一杯開き、武装であるガトリングの銃身部分に足を引っ掛ける。
そしてそのまま、右手のプラズマキャノンを数度機体にゼロ距離で数度放つ。
ゴリゴリと削れるエネルギー量。慌てながらも迎撃しようとした時には既に手遅れで、ブレードを最後の一撃に貰った。
「───良い、良いねこれェ…!」
一名、数秒で脱落。少年はそんな戦果などに浸らず、悦楽の笑みを浮かべてマシンガンを構え直す。
「うっそでしょ…?」
二機のラファールの片割れ、茶髪の女がそう呟く。嘘だ、ありえない。そう現実を否定したくとも、結果は揺るがない。
───あれが初心者? 巫山戯るのも大概にして欲しい。私の知っている初心者と違い過ぎる。あの少年は、あの例外は一体何なのだ。
彼女はその恐れを振り払おうと、銃器から弾幕を張る。流石は軍人というべきか、恐怖に囚われても照準は少年に合わせていた。
「ハハ、アッハハハッハハッ!!」
だが当たらない。適性D相応の動きと速度だ。練度の高い軍人なら簡単に撃ち落とせる筈なのだ。だというのに、少年は四枚の多方向加速推進翼を駆使し、縦横無尽に飛び回り弾幕の隙間を縫う。
このままでは不味いと判断したもう一人のラファール操縦者である金髪の女も、武装をアサルトカノンに切り替え援護射撃を行う。
開ききった瞳孔で、少年は弾丸の雨を見る。避けられないと悟ったのか、
「はぁ!?」
「イかれてる!あいつ正気か!?」
大幅に削れるヴォルフのシールドエネルギー。しかし尚彼は回避動作を見せない。寧ろ速度を増していく。茶髪の女は弾を撃ちながら後退していたが、ついに追いつかれた。
その刹那、女は己の鳴らす銃声の中に紛れて、鈴の音の様に透き通った歌声を聴く。彼女は当然幻聴だと思った。しかし違った。違ったのだ。
「
「…本当に気でも触れてるんじゃないのアンタ!!」
少年だ。ヴォルフガングの歌声だ。獣の如き眼光が、茶髪の女を捉えて離さない。彼によってマシンガンによる応酬が始まった。
銃口は至近距離、逃れようとしても離れられない。金髪の女による援護が入ると、ヴォルフは被弾の一瞬を、茶髪の女を盾にする事でやり過ごす。
「
「何なの…!?これじゃ本当に化け物よこの子!」
怪物が歌と共に命を刈り取りに迫る。そんな幼い頃に聞いた御伽噺を想起させるには、充分な恐怖が其処にある。彼女らは悔いる。たとえ子供が、たとえ男が、たとえ低適性者が相手でも、侮るべきではなかった。
「
侮った結果がこれだ。
何の変哲も無いはずの民謡が、今や恐怖の象徴と化した。彼女らが自信を喪失するのに時間はさほどかからなかった。信じられないと嘆いた。
対照的に。
傷の首輪を付けた少年は、この一時一時を味わい尽くす。久方ぶりに味わった闘争のテンションが、ヴォルフに酩酊感を与える。
歌う歌う。踊る踊る。正しく少年は「酔っ払い」だ。その結果がご覧の通りの歌劇である。
悪夢の如く時間は僅かで過ぎ去る。
少年の
茶髪の女にはブレードによる引導を。
金髪の女には弾幕による幕引きを。
白髪の男には微かな命が残った。
時間にしておよそ三分。ヴォルフよりも先に三人の軍人が操るISのエネルギーが尽きた為、今回の能力測定が終了した。
それと同時、白髪の少年は口から大量に血を吐き出す。いきなり激しく動いた結果としては当然だ。
「っ… あぇッ、はッ…! っ…」
少年の意識が明暗する。彼はえづき、血を吐き続ける。倒れそうになる身体を銃身で支え、必死に顔を上げた。
蒼穹が白い少年を見下ろす。さやわかな風が、汗ばんだ柔肌を撫でる。
ヴォルフは笑う。心の底から、万感の思いを込めた笑みを浮かべた。
「〜〜〜〜ッ楽しかったぁ…!!」
その一言で最後。彼の意識は完全に途絶える。制御を失った肉体は重力に従い、地に着こうとしていた。その矮躯を支えたのは、少年が吐血した時点で駆け寄っていた織斑千冬だ。
「誰が血を吐いて倒れるまでやれと言った馬鹿者が。心配をかけるな全く…」
彼女は呆れた声で眠る少年にそう呟く。
「…救護班、私はこいつを病棟まで運ぶ。それまでの間あいつら三人を頼むぞ」
「了解です!」
彼女は溜息を吐き、ヴォルフを抱えたまま医務室を目指して歩き始めた。
付添い人は長い銀の髪を持つ少女だ。
やや早歩き。呆れはしたが心配はしていない訳ではないのだ。微かな不安はそのまま歩くスピードと歩幅に変換されている。
付き添いの銀髪少女は、千冬を見失わないように精一杯だ。それを見て千冬はほんの少しだけ歩く速さを抑えた。
「ラウラ、お前からヴォルフはどう見える?」
道すがら、そんな事を問いかける。
ラウラと呼ばれた銀髪眼帯少女はやや待って口を開いた。
「…所感ですが…。印象としては“獣”です。それも“勝利のみ”を貪る愚鈍な。
しかし、戦いを至上の娯楽としている輩とは違うように見えました」
ラウラ・ボーデヴィッヒは語る。己の視点から見た少年の印象を。
黒ウサギ隊の中でも屈指の実力者である彼女ですら、ヴォルフに不安と恐怖を抱いた。今の少年には勝てるだろう。だが彼がこれから先、今よりも力を付けたとしたら?
かの少年は恐らく、そう遠く無い内に己を超える。その事実はすんなりと受け入れる事が出来た。それ程までに驚異的なのだ。
「…戦う事しか知らない。まるで、誰かにそう植えつけられたみたいに」
気付けば、そんな事まで語っていた。
「…正しく“首輪付き”か」
織斑千冬は、担いだ少年の首の傷に触れた。
“首輪付き”とは彼を揶揄する渾名だ。
最初は彼の存在を知ったとある若い軍人が、ヴォルフの事をそう呼んだ。
傷の首輪を付けているからと、そんな簡単な理由。しかし首輪とは本来獣を手繰る為に取り付けるためのものだ。
「…私の目には、仔犬にしか見えないが」
「アメリカン・ピット・ブルテリアは仔犬だとしても充分危険だと聞きました」
「よく知っているな、お前」
しかしまぁ、と少し頬を緩ませて彼女は言う。
「こいつには、戦いの事以外も教えなければならない。血生臭い事だけに特化しても、真っ当に生きられる道理はないのだからな」
✳︎
「……あいつ、アブ・マーシュ……何なのあのカウンター…時間差で数増して再来とか、無害なソースコードとほぼ同化とか、1秒ごとに解除コードが変わるとか、頭おかしい…」
地獄の底から這い出るような声が、とある移動ラボに響き渡る。
「あいつだけはいつか絶対殺す……」
声の正体は篠ノ之束。単独でISの基礎理論を考案、実証のみならず、全てのISのコアを造った自他共に認める「天才」科学者。
そんな彼女が、今は疲労感と無力感に打ちひしがれていた。
「……ああ…」
彼女の顔を、青い光が照らす。
光源は彼女の眼前にあるブルースクリーン状態のコンピュータだ。
「束さん秘蔵のコレクションがぁぁぁ…!」
殆どのデータは守れた。しかし今日、彼女の秘蔵品である妹と親友の盗撮写真集は電子の世界から消え去った。南無三である。
「はぁ……思い出したらムカついて来た」
溜息を吐きつつも、篠ノ之束の指先は生き残ったコンピュータを操作した。
彼女は至極単純にドイツ軍部のデータバンクに侵入し、最奥部の機密ファイルに不正アクセスし、とあるデータを開く。
開いたデータ名は[実験log#5]モニタに血に汚れた手術衣を纏う白い少年───“デザインド”被験体、NO.53の姿が表示される。
「…こいつは“危険”だよ、ちーちゃん。守る必要なんて本当はないの」
今この場にいない親友を思い、彼女は呟いた。
「さっさと消した方がいいんだけど───まだ気になる所もあるし、今は生かしといてあげよっと」
彼女はデータ面でしか少年を知らない。
しかし天才であるが故にか、彼女は察した。
ヴォルフの歌っていたはアイルランド民謡Danny boy両親や祖父母が戦地に赴く息子や孫を送り出すという設定で解釈されることも多かったそうな。
現物の著作権は当然切れていますが、和訳版の方は切れていなかったので和訳は独自のものです。
・感想コーナー・
隊員A「美少年の開脚は眼福でした(真顔)」
隊員B「彼はジャパニーズシマヅか何かか?」
隊員C(ポルナレフ状態)
首輪付き専用ISスーツ
見た目は「プロメア」のリオが来ている服の白いひらひらが無い版みたいな感じ。内臓、骨格、皮膚の施術痕が開かない又は悪化しない様に補強する役割を持つ。これを来てなかったら瞬間加速時に全身がバラバラだよ!(RD感)
Q.ちっふーと首輪付きのご飯事情
A.フィオナさんが来るまでは首輪付きが作ってました。下手するとちっふーはカップ麺とか惣菜ばっかになっちゃうからね、体壊すね。そんな訳で今は当番制です。月水木土が首輪付きで、それ以外はちっふー。
首輪付き…炒め物ばっか、というか焼く以外の調理法を最近まで知らなかった。味付けは濃い。傭兵時代(前世)の名残。
ちっふー…和食を作りたいが、海外だと日本製品はクッソ高いので代わりにジャーマン料理とか作る。
天災兎のデータ状況
盗撮類…全滅、サルベージの目処有
IS類…半壊、バックアップ有
その為…全滅、バックアップ有
アブさん「やったぜ」
束「ぶっ殺すぞ」
UA20000記念話
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ヴォルフ女装話