少しの前進、ゴールは近いぞゴーゴゴー
とある日の正午。測定後倒れたヴォルフガングは即日退院したが、不眠症治療の為に病棟への通院は依然変わらず続けている。
彼は今現在、中庭にて専属医であるフェットから説明を受けている真っ最中だ。
余程長く聞かされているのか、中性的な少年の顔が“もういいっす”みたいに歪んでいる。さっさとこの場から解放してくれとその顔が暗に告げていたが、医師はそれを理解した上で話を続けていく。
「つまり脳全体を沈静化させて睡眠状態にする薬ってことだ。…一応、効き目が極限的に弱いものを選んだ。長々と説明しちまったが、これでも不調が出た場合はすぐに報告してくれ、薬も飲むのを止めてだな」
少年が持っているのは不眠症治療の為の薬だ。それも極めて効果が薄いもの。
医師がこの薬を処方したのには理由がある。少年の身体がマトモでは無いということ。受けた実験により彼の身体は、構造が常人とは異なっている。
また相当数の薬害に侵されていた過去もあり、気軽に薬を処方する事も躊躇われた。
「不調って例えばどんなの?」
「動悸、息苦しさ、湿疹、頬の赤み…あー、まぁとにかく少しでも体調がおかしいと感じたらすぐにまた此処に来い」
「はーい」
少年の右目は変わらず、濁った視界のままだ。その治療も並行して進めてはいるが…結局、睡眠という体全体を休める時間が少年には圧倒的に不足している為、回復は芳しくない。
それが医師目下の悩みであったが、ヴォルフはその事をあまり気に留めずにいる。彼はいまそれよりも、ISの訓練に精を出していた。無論、訓練時のみ無茶をしないように側には監視者が複数人付いている状態だ。
“有用性の証明”───ヴォルフガングが生きる上で欠かしてはならないこと。その為、彼は限定的に自由行動を許された今でも鍛錬を積み続けている。
…ISに乗る事が楽しいというのも、積極的に努力を続ける理由の一つではあるが。ともかく、彼は意気揚々とIS訓練許可を貰おうと足を運んだ。
しかし、ヴォルフのIS訓練願いは受諾されなかった。これにはさしもの少年も少なからずショックを受けたのか、訓練場近くのベンチで呻いていた。
「…うー……うー…」
「…ベンチの上で呻くな」
そんな近寄り難い少年に声を掛けたのは、銀の長髪と赤い瞳に加え眼帯が特徴的であるラウラ・ボーディヴィッヒだ。
彼女は黒ウサギ隊の中で最もヴォルフと顔を合わせた回数が多い。と言ってもそれは、訓練場で良く会う程度のものである。だがそれでも、互いの顔と名前を覚える程度には顔を合わせている。
とはいえ、ラウラのヴォルフに対する態度は心なしか冷たい。その理由はいたって簡単で、単なる嫉妬である。
ラウラにとって少年の同居人───織斑千冬は尊敬の対象だ。畏敬の対象が、眼前の者につきっきりかつ同居。嫉妬を覚えるなという方が無茶だ。
ちなみに黒ウサギ隊中でも織斑千冬とヴォルフガングの関係は話題になっており、その関係を奇妙に勘繰る者も少なくはない。
ここ最近では日本通(自称)のクラリッサが、とんでもねぇ方向に誤った日本文化を隊員達に教えてしまったおかげで、ただでさえ昼ドラじみた妄想に尾ひれがつきまくった事は未だ新しい。
「……前から一つ聞きたかったのだが」
ラウラはそんな体験もあってか、少年と教官の関係を明らかにしたいと切に思っていた。そして今はそれを叶える絶好の好機。
だからこそ思い切って問うた。
「…貴様にとって、教官は何なのだ?」
「どんな…どんな? うーん…」
ラウラの問いに、傷の首輪を付けた少年は戸惑う。言葉を探して悩み出す。
少女は答えを急かす事はしなかったが、少年の前から動く事はない。それは暗に不回答を許さないという旨を告げている。
ややあってから、少年は口を開いた。
「恩人で、目標かな?」
「恩人…?」
うん、と一度頷き少年は続ける。
「あの人はさ、地獄みたいな所から僕を出してくれた。青空を見せてくれた。その後も色々お世話になりっぱなし。…勉強も教えてくれてるし、必要なものも揃えてくれた…恩はいっぱいあるんだ」
そこまで話して、ヴォルフは顔を伏せた。
脳裏に桜色が、“もう一人の恩人”が過ぎった。
別段、悲観的な思いをしているわけでは無い。
ただまた同じだなと、そう思っただけだ。
「あの人は自分の国に帰らなきゃいけないから…その前に何かお礼をしたいんだ。でも今の僕の立場だと全然自由に動けないから、指名手配犯とか探せないし…」
「おい待て、何故そこで指名手配犯がでる」
「だって殺したら賞金貰えるじゃん。貰えなくても臓器とか売れるよ?」
自然とそう答える“首輪付き”。その双眸は真剣で、冗談では無いと語っていて、ラウラは確かに絶句した。
彼女とて事情持ちだ。悲劇で狂った存在など既知の者だ。だが目の前の少年は何だ? この少年は狂ってなどいない。欠落しているわけでも無い。タガが外れたわけでもない。
ヴォルフガングという少年は、純粋にそういう存在なのだ。殺し得たモノを糧とする生粋の獣。首輪が無ければ暴れ散らす危険存在。
…止めなければと、導かねばと、そう決意するのに時間はかからない。
それは同情ではなく、危機感から来るものだった。
「…取り敢えず良く聞け。教官に礼をしたいのであれば、そういった手段から一度離れろ。例えば身近で役立つものとかをだな」
「……性能の良い拳銃とか?」
「違うそうじゃない」
その後もラウラによる恩返しの方法講座は三十分程続き、そこでようやくヴォルフガングは“金銭・銃器類を贈るのはNG”ということを覚えた。たった三十分でこれまでの成果を上げたのは後にも先にも彼女のみだろう。
程なくして二人は別れるが、その時はすでに最初の頃にあったどこか冷たい雰囲気はなくなっていた。
そして少年は部屋に帰る途中、与えられた携帯端末でとある人物に連絡を取った。
「…もしもし、マーシュ? レイレナード社でIS訓練って出来たりしないかな?」
強くなることは、楽しい。
戦いもそれと同じく、楽しい。
少年の心は戻りつつあった。
己の魂の場所、つまり“戦場”へ。
「…専用機完成までダメ? …わかった」
そして彼はレンガで組まれた街並みを見る。
洒落た小さな彫刻、其処彼処を彩る自然と、オープンカフェでくつろぐ老紳士、手を繋ぐ親子、熱意を持って技を見せるストリートパフォーマー。
それを見て、彼は微笑む。
「…此処は綺麗だ」
この世界は、分かり易い癌がない。
あったとしても、それは害以外も振りまく。
壊死を待ち続ける詰んだ世界ではない。
何より此処には空がある、緑がある。
だからこそ、彼はこの世界を“綺麗”と称した。
「あいむしんかーとぅーとぅとぅーとぅとぅ
あいむしんかー とぅーとぅーとぅーとぅ…」
懐かしい鼻歌を歌いながら、少年は帰る場所へと足を向ける。
✳︎
とある作業室。そこにいたのはフィオナ・イェルネフェルトと織斑千冬の二名のみで、彼女らは複数枚の書類を確認している。
数ある書類の中にある一枚には、白髪の少年の顔写真が貼られており、その隣の氏名欄には“ヴォルフガング・イェルネフェルト”と記入されていた。
一通り作業を終えて休息時間に入る。ペットボトルのお茶を飲み干してから一息をつく。文字の海と睨めっこを続けていたせいか、目が疲れた。
織斑千冬は眉間を揉み、目薬を差す。清涼感が両目を駆け巡り、ツンとした感覚に涙が滲む。数度目を瞬かせ馴染ませる。
幾分霞が取れた視界で時計を見ると、既に夕日が見える時間帯であることを把握し、今日は早めに帰れるなと少し安堵する。
だが彼女には、帰る前にどうしてもフィオナに伝えたいことがあった。
「…前に、何故あいつを預かったのか聞いたことがあっただろう?」
「ええ…、そうだけど…どうしたの?」
母性を思わせる優しい声。その声になんと無く安堵する。きっと否定されることは無いのだろう。だから安心して、話を続けられる。
深呼吸。こんなにも緊張するとはらしく無い。だけど自然と恐怖はないし、言葉に悩む必要すらも無い。ただなんとも無いように口を開く。
「私は多分、あいつに何かしてあげられると思っていたんだ。無意識にあいつと、昔の私を重ねて見ていた」
女と少年は
そして親は無く、一人で弟を守りながら生きてきた。その道のりは過酷の一言に尽きるだろう。ずっと頼れる者も無いまま戦ってきた。
「…少しでも
フィオナは否定しない。ただ黙って、話を聞いてくれている。大人にも、子供にもこういった存在は複数人いることが必要不可欠だ。
弱音も本音も話せる相手がいなければ、人は強くなれるかもしれないが極度に脆くなる。鉄のみで雑に打った粗悪な剣の様に。
「だが───、今は、あいつが居てくれて良かったと思っている」
始まりはあまり褒められた感情では無いと理解している。それでも投げ出さず、今日までやってきた。だからこそ気付けた。居てくれてよかったと。
家事をしてくれるとか、掃除をしてくれるとか、そういう理由からでは無い。ただ身近に居てくれるだけで充分な存在もいる。知っていた筈の大事な事なのに、いつのまにか忘れていた。
「…そうねぇ」
変わらず、優しい声色。
しかし微笑みはほんの少し意地悪なものに。
「部屋も綺麗になったし、お酒の量も減ったものね」
「…そういう事ではなくてだな…
「…………んんっ」
最後の小声は聞かなかった事にする。
「…そっか。でもまぁ、何がしてあげられるかはともかく、貴女の帰国も近い事だし今までのお礼はした方がいいかもしれないわね」
「……菓子折りとか?」
フィオナは顔を両手で覆った。
勘弁してくれ、そこまでお世話になってたのか。
「物じゃなくてもいいと思う。あの子が喜びそうな事を考えてみるとか…」
「あいつが喜びそうなこと…今度一夏の奴にも聞いてみるとするか」
「弟さん、あの子と同い年なのよね? 良いと思うわ」
「外見からだと全くわからんがな」
身長154に加え童顔かつ中性的な顔。長い髪も相まって先ず男性として見られるのかが疑問だ。髪を切れば多少は男性らしく見えるのだが、髪を切る時間が確保できないのが現状である。
それはさておきと、フィオナは話題を切り替えた。
「…それにしても、あの子の養子登録が間に合って本当に良かった……」
ドイツ軍部はヴォルフの処遇を巡って保持派、保護派、処分派、実験派の四つに分かれていた。
しかし保持派と保護派が徒党を組んだ事により処分派は封殺。処分派は対抗として実験派と組む事を考えたが、派閥同士の目的が「処分」と「実験」では噛み合う筈もなく、頓挫。
結果として勝利したのは保持派と保護派。その為ヴォルフガングは晴れてドイツ国籍と
「…普通はこんな簡単にいかないが…」
「彼も必死だったから…胃薬の量も増えてるし…」
「……そうか」
✳︎
「ジョシュア、今日はどうだった」
「午前中に二度ほどヴォルフガングの方に襲撃の気配があった。事前に拘束し其方に引き渡している」
「いつもすまないな…俺も動ければいいんだが……」
「お前の多忙さは聞いている。だからこそ実働は私に任せろ、お前はお前の仕事に集中すれば良い」
「……俺は最高の友人を持ったな」
「それは私も同じ事だ。それはそうと、知っているかレイヴン。BFF社の社長がつい先日、王小龍氏へ交代した事は」
「…BFF…積極的な吸収と合併で欧州第一位の規模を持つに至った総合企業だったな…その社長にあの陰謀屋が?」
「ああ、しばし裏側も表側も荒れると考えていいだろう。それと株をやるつもりならデュノア社はやめておけ」
「ハハッ、そういうのはアブ・マーシュに言ってやれ」
首輪付き…導火線の火が消えた状態。尚導火線は健在な上ガソリンもある。火種になるのだーれだ。ちっふーには予想以上の情が芽生えた。ちっふーの帰国が近いから近いうちに何か恩返ししたいね。
ちっふー…心情整理完了。別れの時も近いので何か今までのを礼したい。
ACメンバーの殆どは亡国企業とのゴタゴタ時に本格的に大暴れするから待ってて♡
さてさて、IS学園入学まであと少し。ちなみにシャルロットさんには死亡フラグビンビン立ってます。自力で折れるもの(折れやすいとは言ってない)だから安心して良いよ!書庫さん嘘つかない。
P.sこれこら月に一回更新出来るか出来ないかになるよ!ごめんね!でも私にだって進路というものがあるんだ!許せ!
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