急募:人類種の天敵を幸せにする方法   作:「書庫」

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  ─────天使みたいなのが空から落っこちてきて、この世界で生きるとしたら、悪いこともたくさんしてしまうと思うんだよ。
 純粋すぎてどんな色にでも染まってしまうんじゃないかなってな…。

 東京喰種/篠原幸紀



5.5:Please answer

 Bernard and Felix Foundation.

 

 通称BFF社。積極的な吸収と合併を進める事により力をつけた欧州の総合企業。

 ISに関しては精度に優れた狙撃用兵装、及びそれを用いるために特化した追加装備に定評がある。

 

 …と大躍進を遂げたBFFであるが、それを語る上で欠かせない男がいる。

 

 男の名は“王小龍(ワンシャオロン)”裏舞台での画策や工作に長け、黒い噂が絶えない人物。その為一部からは『陰謀屋』と悪名高く評価されている。

 彼はBFF発展に最も貢献したと言っても過言ではない。だからこそ彼が社長の席に着くのはごく自然な話だ。何らおかしくは無い。

 

 そんな彼は応接室にて一人の男と対面していた。

 対面者の名はアルベール・デュノア。

 

 彼はデュノア社という一つの大企業社長という席に着いている。デュノア社は量産機IS“ラファール・リヴァイヴ”の開発元であり、そのシェア率は世界第3位を叩き出した。

 しかし、設立当初から技術・情報力不足に悩まされ、未だ生産できるISが第2世代止まりであることから経営危機に陥る。

 その為技術及びデータ収集の為、特定の企業に産業スパイを送っていたのだ。

 BFFはその特定の企業のうち一つだった。

 

「もう一度言おう。()()()()()()()()

 

 王小龍は裏にも精通した男だ。たかだか一企業のスパイ程度が、“真っ黒な男”の手から逃れられる道理は何処にも無い。

 アルベールの足元には黒い革袋が横たわっている。大きさは成人男性の平均身長ぐらいだろうか。

 

 …状況は単純明快。

 だが王小龍は“何も知らない”と言う。

 アルベールにはそれが不気味で堪らなかった。

 王小龍は皺の入った老年の顔を“笑み”にする。

 

「しかし厄介なネズミには退場して貰った」

 

 デュノア社がBFFに送ったのは最も優秀な人材だった。だが結果はご覧の通りだ。

 

「優秀な右腕がいる。私も年だ、変化には疎い。しかし勝手に動かれたのには少々困った。何せ「処分」には手間がかかるのだからな。

 ………私はな、アルベール。手間が嫌いなのだ。だからこそ並べる死体袋の数を三つにしなかった。これは温情では無いのだ」

 

 …アルベールには妻と娘がいる。今ある革袋の数は一つ。二つ足したら三つ。とても単純な計算で、残酷な数字が“父親”にのしかかった瞬間だ。

 アルベール・デュノアは激しく己の采配を後悔すると同時に、相対する男のやり口をただ恐れた。

 

 この男には情がない。殺すと決定したら殺す。それこそ刻みに刻んで家畜の餌とするか、誰とも分からぬ灰にされて海に散らすか。

 そして死体であろうと王小龍は使えるなら使う。アルベールの前にある黒い革袋がその証明となっている。この死体は一人の父親へ強烈な恐怖と不安を抱かせるには、十分な材料だった。

 

「繰り返すが私は何も知らない。

  ───分かるな、アルベール・デュノア?」

「……何が、言いたい」

 

 声が上ずる。恐れで喉が震えるのだ。

  王小龍は“笑み”のまま淡々と語る。

 

 しかしその双眸は昆虫の様に無機質だ。この男はアルベール・デュノアに何も感じていない。威嚇どころか、凄む事すらしない。

 ただ「材料」を並べて、粛々と自分の言葉を話すだけ。それだけで脅迫が成立してしまっているのだから、する必要がない。

 

「私の知り合いはこんな事を口にする。曰く、仏の顔も三度までと。だが私はそれが出来ない。起死回生と自爆特攻、…私が最も恐怖するもの。だからこそ、“恐ろしい死”は必要なのだ」

 

 王小龍は外道であるが傲慢では無い。彼は常に恐怖と共にあり、それを消すために凡ゆる策を講じて行動し続ける。博打など以ての外。堅実な手段で着々と確かに己の足場を固めるのみ。

 しかし、恐るべきなのはその“堅実な手段”の中に「殺害」が入っているということ。

 本来なら相当なリスクを背負うはずの選択だ。

 だが王小龍は躊躇いなく行う。隠蔽の準備と次第を整え、リスクを潰せば粛々と行うのだ。

 

「これからどうするのかはお前の自由だ。だが自由には責任が伴う。お前の力で守れないのであれば不用意に刃向かうな。私とて人間だ。躊躇いもするし、酒も不味くなる」

「…………仰せのままに、王大人(ワンターレン)

「ならば良い。下がれ。指示は追って出す」

 

 膝を折るしか無かったアルベールの精一杯の皮肉も、まるで通じていなかった。

 

 

 ✳︎

 

 

 いつも通りの夜遅く、私は自室の扉を開ける。

 

「おかえり。今日もお疲れ様、チフユさん」

 

 時刻は深夜帯だというのに、白い同居人───ヴォルフガング・イェルネフェルトは起きたままで私を待っていた。

 辛そうな素振りは見られない。何かあった訳でも無さそうだ。そこに少し安堵すると共に、やはり家事を任せきりにしてしまっている現状に猛省。

 

「早く寝ろと言っただろうが馬鹿者…ただいま」

「だって眠れないからつまんないし、ね?」

 

 バッグを置いて、玄関から廊下へ。

 軽い足音が私の先を歩く。トテトテと小さな音。矮躯を持つ者特有の音。

 リビングの机上にはラップが掛けられた皿が数枚。今日も料理を作らせてしまったか。もっと時間に猶予が出来れば私も作れるのだが…。

 

「今日はクラムチャウダーと、後アヒージョとパンだよ。明日は休みって聞いたから、少し重たくても大丈夫かなって」

「また随分と凝ったものを…いつもすまないな。身体の方に問題は?」

「だから心配しすぎ。別に危篤患者じゃ無いんだから。ちょっと待ってね、今あっためる」

「いやそれくら───…はぁ……」

 

 私の声も聞かず皿を持って台所へ消える。

 どうも彼は自分の仕事を取られるのを嫌がる傾向にある。どうしたものか。このままでは家事をさせたままになってしまう…。

 

「あらうんど ざ こすもす おばざぺいーん」

 

 …鼻歌か。時間帯を配慮して小声で歌っている。台所を除くと髪を一つ結びにし、サイズの合わないエプロンを着用した少年がいた。

 不思議と様になっている。違和感がないのだ。体力に余裕があれば見惚れていたりしたのだろうか。

 

 かん、と少年が鍋の側面でおたまを叩いた。そうしてクラムチャウダーを底の深い皿に盛る。

 並行して温めていたアヒージョも盛り付ける。どうやら二品とも加熱は終わったらしい。

 

 机上に置かれた料理を、断りと感謝の言葉の後に口に含む。どうやらまた腕を上げたらしく、味の濃さが丁度いい。

 ……以前食べた物は…まぁ酷かったな。単純な炒め物だったが、味の暴力というべきだろうか。濃さの余りに眩暈を覚えた程だ。

 

「……ああ、美味くなったな」

 

 とはいえ、流石に一夏程ではないが。

 

「なら良かった」

 

 そんな当たりも障りもない返答をする少年。しかしその顔は微笑みに変わっており、嬉しさを滲ませている。やはり医師のアドバイス通りに成果が出やすい料理から教えて正解だったか。

 最初の方は何をやらせても冷めた印象があったが、それも薄れつつある。ラウラの話を聞くに未だ不安な要素は多いが…随分とマシになった方だ。

 

 夕食を終え、晩酌に入る。酒はシュナップス。フルーツやハーブで味、香り付けをしたもの。度数は40とビールよりは酔える酒だ。

 …未だヴォルフは寝ない。眠れないのはわかるが…流石に体に障るだろう。

 私はそれとなく寝ることを促したが。

 

「まだ起きてたい。どうせ眠れないし、夜は退屈だから」

 

 一向に寝ようとしない。どうしたものか。この辺りも要相談だ。薬を貰っているのにまるで意味をなしていない。

 しかし時が経つにつれ、うつらうつらとし始める。目もトロンとしているので、薬自体はちゃんと効いているのだろう。あとは寝てくれるだけか。

 

 私はそっとヴォルフを寝室へ誘導する。久方ぶりの睡魔に襲われている彼の意識は朦朧真っ最中。少し背中を押すだけで勝手に歩いて行く。

 寝室、というかはヴォルフの自室に着く。ベッドは未だ一度もその役割を果たしておらず、それ故にシーツは綺麗なままだ。

 ベッドの上に少年が座る。睡魔に抗えないのか、そのまま壁にもたれかかる。

 

「…ん? 服に油が付いたままだぞ」

「うん…着替え…ふぁ…ないと…よっと」

 

 服の汚れを指摘すると、のそのそと着ていたシャツをおもむろに脱ぎ始める。

 ……この辺りの常識も教えるべきだったな。

 

「ん………」

 

 ぺさ、とその辺にシャツが落ちた。

 ヴォルフは上裸のままシーツに身を落とし、ぼんやりとしている。

 その時私はというと、何故かベッドに横たわっているヴォルフを見つめていた。

 

 ……彼の印象は、“真白”だ。

 

 白い髪と肌、しかしその身体には傷痕が刻まれた。それはこれから先も、消える事はない。薄くなる見込みもない。

 ───今でも、それが悔しいし苦しい。もっと早くに保護出来たら、と思わずにはいられなかった。

 

 …瞳を見る。ぼんやりと開いた双眸の色はルビーと遜色変わりない。それ程までに透き通っている。いっそ本当にルビーを加工して眼球にしてますと言われた方が納得出来るぐらいだ。

 

 総じて、彼を綺麗だと思っていた。白い布に溶けてしまいそうな少年の姿に、以前読んでいた一冊の本にあった一節を思い出す。

 

 “私は神の子、腐敗したこの世に産み堕とされた”

 

 …ヴォルフの髪を撫でる。柔らかで、さらりとした感触。手入れされた女性の髪質と変わらない。

 するとヴォルフの手が、撫でる私の手に触れた。ほぼ反射的な行動だろう。当の本人が困惑しているようだ。

 

「……ん」

 

 しかし驚いたのは、彼が私の手を握ったまま瞼を閉じた事。薬がだいぶ効いてきたのだろう。健やかな寝息が聞こえる。

 しっかりと睡眠をとった事に少し安堵。布団をかけてやり、起こさないようにゆっくりと握られた手を解く。

 

「……おやすみ」

 

 そうしてその場を後にする。自室への廊下を歩く途中、無意識の内に握られた手を見ていた事に気づく。…少し顔が熱い。

 

「……いかん、飲みすぎたか」

 

 …流石に酔いが回り過ぎたのだろう。私も早々に寝る事にする。どうせ明日は休日だ。少しぐらい寝すぎても何も問題はない。

 

 

 

 

 ああ、でも───あの瞳は綺麗だったな。

 

 

 

 

 ✳︎

 

 

 レイレナード社個人用開発室。

 茶髪の天才アブ・マーシュは何やら渋い顔で自身のパソコンと向き合っている。

 

「うわぁー…、マジか。あのハッキング本当に天災からのだったのか。あーあー随分と凶悪なウィルス送ってきちゃってまぁ」

 

 くるん、と金槌が青年の手の平で踊った。

 

「ま、俺のパソコンが一台お釈迦になるのは確定でしたっと」

 

 次の瞬間、どがしゃぁん! と喧しい音を立てて機械の板が正真正銘のガラクタと化す。

 

「とは言え、“本命”のプロテクトを解くには、お前だからこそ時間がかかると思うけどな? 聞いてるんだろ、シノノノ・タバネ」

『……何だ、気づいてたんだ』

 

 アブ・マーシュの携帯から唐突に若い女の声が響く。声の正体は言わずもがな篠ノ之束だ。

 

「Hello hello hello. 俺お手製のカウンターのお味はいかがかな?」

『いやぁ、流石にあそこまでタチ悪いのは予想外だったよ。お前マジ巫山戯んなよキチ野郎。お前のおかげで束さん秘蔵のコレクションフォルダは電子の海の藻屑だよ』

「ウケる」

 

 天災の恨みを買いながらも“ウケる”で済ませる天才。束の恐ろしさを知る者からすれば信じられない行動だ。人はアブ・マーシュを命知らずの馬鹿と評する事は間違いないだろう。

 

『というかさ、お前の“本命”のプロテクト何なの?クッソ単純なものが無量大数とかお前正気?』

「でも単純な作業って面白いだろ? 努力するしか道はないぜ? それはお前だってわかると思うけどな、IS開発者」

 

 天災からの返答はない。しかし頷くのも否定するのも癪だといった印象をアブ・マーシュは感じた。そして彼は意地悪く笑う。

 

「一つ言っておくよ、シノノノ博士。お前はもうちょっと、他人の事を知るべきだ。馬鹿なんだから」

『は?知ったような口利かないでくんない?大体凡人に毛が生えた程度なお前の言葉を私が真に受けるとでも思ってんの?死ねば?』

「はいはい、んじゃ“本命”ハッキング頑張ってねー。俺の命ならいくらでも狙えば良い。全力で向かい会ってやるよコミュ障女」

 

 ぶちん、と通信と共に何かが切れた音。

 開発室には茶髪の男の溜息だけが静かに響いた。

 彼はコーヒーを淹れ、静かな休息をとる。

 その最中に、天災との初邂逅を思い出す。

 

  ───何が天災だ!たかだか頭がバケモンじみてるだけで実際は痛い言動でニヤニヤするコミュ障でダッセー服着た恥知らずの厨二病ナルシストかよふざけんな!!!!!

  ───お前がふざけんなよぶっ殺すぞ!?!?

 

 我ながら、よく今生きてるなと思う。

 いや、未だ俺が殺されてないのはきっと───。

 

「…ま、仲間が欲しいのは誰だって当たり前か。殺人鬼だろうと狂人だろうと冷酷無比の機械だろうと…一人ぼっちは寂しいからな」

 

 お前の予想に反し、世界は楽しいよ篠ノ之束。

 お前や俺が思うより、凡人は複雑なんだ。

 世界は簡単じゃないし、人もそうだった。

 

 どんだけ立派な頭があっても、お前も俺も結局何も分かっちゃいなかったんだ。

 

 

 




時間が確保出来た+さくさく書けたので投稿 次回はいつになるか分からないので今のうちに謝罪しときます。ごめんなさいね。
さて、今回はその事情を加味して少し長めの後書きを。

まずはアルビノについてをば。

アルビノはご存知の通りメラニン色素の欠乏による遺伝子疾患が起きた生物のことを指します。肌は白く、目が赤くなったりするのが有名でしょうか。本当は細かな症状があるらしいですが、今は割愛。

翻ってヴォルフの症状ですが、ストレスと薬理的な“改造”が要因によるメラニン色素の死滅、あるいは欠乏化によりアルビノ同然の症状が起きています。謂わば人口のアルビノです。

  そして、古来より白い動物は、その希少性や見た目の美しさから、“神の使い”などとして崇められてきました。アルビノも例外ではありません。

いやー、それにしても“デザインド”は偶然の産物とは言え一体何を作ってしまったんでしょうかね? 現在のところ彼は“殺す事”以外のことを覚え始めていますが。まぁ天災に目を付けられたので、結局は時間の問題ですね、アハハハ。

陰謀屋は迫真のヤクザムーブ。これから先アルベールはどう動こうが糞爺の掌の上です。いやー乱世乱世。まぁ多分娘さんは助かると思いますよ。ところで生きてさえいれば幸せって何処まで適用されますかね? なんて冗談はさておき、はてさてデュノア家はどうなることやら。

ちっふーには心情変化が巻き起こり中。保護対象に向ける感情が大変化中。首輪付きもちっふーに大分心を許してます。寝込みを見せている所からもそれは伝わるかと。
しかし別れとは訪れるもの。一年間は会えないですねぇ。その間に何としても一夏とは会話させたいところではあります。

そしてアブ・マーシュとウサギ博士の関係を少しほめのかし。未だアブさんが生きてるのも何となく分かるかなぁとは思います。

アンケートは終了です。皆さま投票ありがとうございました。しかし膝枕人気でしたね…褒め頭撫でも良い所まで行きましたが、あと一歩でした。
それでは今回はこの辺で。投稿がなかなか安定しませんが、それでも見ていただけたら感謝感激でございます。ではアデュー!
P.S感想は大変励みになってます。いつもありがとうございます。正直言ってモチベ維持の為にドンドン欲しかったりする(豹変)


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  • ドイツ大人組飲み会
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  • レイヴン押し倒され騒動
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