Lostbelt No.8 「極東融合衆国 日本」   作:萃夢想天

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どうも皆様、今年最大級の台風という危機に晒されている瞬間に、
缶チューハイ呑んでほろ酔い気分でVtuberの配信を見ている萃夢想天です。
読者の皆様におかれましては、台風による被害を受けていない事を切に願います。

さて、いよいよこの話を書く時が来ましたよ!
もうメインヒロイン(置物)だなんて言わせねぇ!
といっても、この話をうまく頭の中でまとめられず構成に三日掛けてしまったのは内緒。

ただ想定よりも長くなりそうなので、表裏の前後編にしようかと思います。
悲劇のヒロインになんてさせねぇからな! 絶対幸せにしてやるかんなぁ!


それでは、どうぞ!





幕間:表 オフェリア・ファムルソローネから見たゼベル・アレイスターについて

 

_______________________ここは北欧。

 

それもただの北欧地方ではなく、『有り得ざる歴史の末端にある可能性』に存在する北欧の地。

光源である太陽が遥かに巨大に見えるほど近くに感じられるこの【北欧異聞帯】の中心部。

 

およそ人類がどれほどの歴史を積み重ねようと構築しえない、神代の美によって北欧の雪山を見下ろすようにして聳え立つ、氷雪の城。本来なら人の立ち入れない聖域に、私は立っている。

 

そう、【オフェリア・ファムルソローネ】はいま、北欧異聞帯の管理の為に此処に居るのだ。

 

 

『----------オフェリア、君の懸念通りの結果となってしまった。ロシア異聞帯は切除された』

 

 

北欧異聞帯の王が本拠地たる城の一室にて、私は通信礼装の個人回線である人物と通話していた。前回のクリプター会議から一週間程度でこんな通信をしてくる相手など、一人しかいないが。

 

 

「それは………いえ、貴方が冗談を言うとは思えない。本当の事なのね、()()()()()()()?」

 

『ああ。強い歴史ではあったが、残念なことに神を降臨させる土壌にはなれなかったようだ』

 

 

この私を含め八人が集うクリプターの事実上のリーダー、キリシュタリア・ヴォーダイム。

彼には三騎もの神霊がサーヴァントとして従えられているうえに、さらには【異星の神の使徒】を名乗る三騎のアルターエゴたちまでもが協力している。それほどのカリスマを彼は備えている。

 

そんな彼が淡々と告げた、ロシア異聞帯の話題。同士であるカドックが担当していた異聞帯が切除されたというのに、その表情に些かの陰りも見て取れない。どうしようもない不安が私を襲う。

 

 

『カドックについて言葉を重ねるつもりはない。だが、君の抱いた懸念が正鵠を得ていた事には、言葉をかける必要があるだろう。流石の先見の明、君の冷静沈着ぶりには敬意を表するよ』

 

「そんな事………過分な評価よ、キリシュタリア」

 

『そうか。オフェリア、君は君の思うままに異聞帯を管理してほしい』

 

 

どこまでも風格と自信に満ちた彼の言葉に、思わず私は思考を放棄して頷いてしまいそうになる。キリシュタリアのような、誰かを引っ張る指導者のような人物に、どうしても頼ろうとしてしまう自分自身の弱さがどうしようもなく嫌いだ。惨めな気持ちを堪え、彼の話を黙して聞き続けた。

 

 

『空想樹が根付いた後、その世界を発展させるのは我々クリプターだ。異聞帯の王に任せる事は出来ない。彼らが世界を導けば、それはただの繰り返しに他ならない。発展とは革命でもある』

 

「人任せには出来ない……そういう事?」

 

『そうだ。君の異聞帯を治める氷雪の女王は寛大さと冷酷さを兼ね備える。肩を並べるのは大変な重圧になるとは想像に難くない。けれどオフェリア、君にはそれを乗り越えてもらいたいんだ』

 

「…………『人』に出来る行いなら、不可能ではないと言いたいの?」

 

『君には為すべきことを為せる才能がある。その身に炎を抱えつつも、氷の如く冷静たれと己を律する君にこそ、北欧を任せられる。他のクリプターでは、その異聞帯を成長させられないはずだ』

 

 

言葉には尊大さと気高さが感じられる。高貴さともとれるそれらは、一転すれば単なる重荷。

重責、と言い換えていいだろう。誰より実力を証明した彼が放つ言葉だからこそ、それらは不意に鋭い凶器となって、あるいは鈍器のような響く痛みを伴って、私の心をさらに追いやっていく。

 

正鵠を得ていた、と彼は言った。しかし私が言ったのはあくまで、カドック自身についてだ。

彼が異聞帯の運用を正常に行えないだとか、カルデアに攻められたら絶対に敗れるだとか、そんな事を言った覚えはない。まるで彼の異聞帯の消失を見透かしていたかのような物言いをされるのは心外極まりない。いくらキリシュタリアが常から正しかろうと、履き違えないでもらいたい。

 

しかし、そうした自己の感情を表に出しての反論は出来ない。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『カドックの生死については、君が考える必要はない』

 

「…………………え?」

 

『君はカルデアの撃退に集中すべきだ。なに、オフェリアであれば心配も無用だろうがね。

戦力においても申し分なく、君の魔眼は英霊すら射貫く。君の障害となる存在はごく一部だろう』

 

 

続けざまに語られた彼の言葉に、私は戦慄した。

 

カドック。彼もまたクリプターの一人であり、私たちが予定通りに特異点の修復に赴く事が出来ていたのなら、そこからも長い付き合いになるであろう同士だったはずなのに。だというのに。

異聞帯が切除されたという事は、ロシアの空想樹は伐採されたという事。誰に? カルデアにだ。

我々クリプターは空想樹の成長を見守り、異聞帯の発展を促す使命がある。カドックはこの使命に殉じるつもりがあったかは不明だけど、異聞帯の消失に巻き込まれる危険性は充分にある。

 

……考えたくはないけど、カルデアの生存者たちによる報復で、殺されてしまったのかも。

 

仮にもチームメイトで、背中を任せ合う間柄であったはずのカドックの生死を考える必要がない。キリシュタリアはそう言った。言い切った。つまり、仲間の死を悼むつもりがないという事か。

やはり、そうなのか。Aチームの実質的リーダーたる彼は、()()()()()()()()()()()()

 

私たちがカルデアに属していた頃、キリシュタリアの事を酷評した同士がいた。

 

忘れもしない、私の心を捉えて離さないあの人がこぼした、他愛のない呟き。

 

 

『------------()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

最上ランクの魔眼を保持する私を誰もが避ける中、真正面から見つめてきてくれた、優しい人。

人と人とを繋ぐ架け橋のような真似をするくせに、自分に橋がかけられると思わない愚鈍な人。

 

 

この私、オフェリア・ファムルソローネが、生涯この身を傍らに捧げたいと思えた、馬鹿な人。

 

 

彼の名はゼベル・アレイスター。心に巣食う闇を解き放ってくれた、()()()()()()()()()だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼベルがカルデアにやってきたのは、我々Aチームにマシュが加わって八人体制で稼働する事が、先代所長マリスビリーに決定された直後だった。今にして思えば、違和感ある人事ではある。

けれど当時の私にはそんな事を気にかける余裕などありはせず、ただ淡々と命じられるまま人理の修復を担うに相応しい人物であり続けることに必死だった。ただ、逃れたかったのだ。

 

 

私の心は未だ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ゼベル・アレイスターという魔術師について私が知っている事は多くはない。彼は一族の六代目の当主でありながら、魔術師の宿願である【根源】への接続を渇望しない、自堕落的性格である。

魔術の総本山たる時計塔へも在籍できない程の弱小であり、おまけにフリーランスとして雇われる類の魔術師でもない。日頃何をして過ごしているのか不明な、落ちぶれた一門の出身だという。

 

彼が加わってもAチームの方針は変わらず人理修復の為の特異点修復に尽力することだった。

これに対する各メンバーの反応は、概ねが賛成といったところで、反対派はほぼいなかった。

むしろ人類の未来がかかっている局面で、「自分は反対です」と言える方がおかしいのだけれど。

しかし、いたのだ。ここに一人。堂々と人類史の修復を行う事に異を唱えるとんでもない人物が。

 

 

「別にさぁ、いいんじゃないの? 遅かれ早かれ滅びるんだし。今がその時なんでしょ」

 

 

新入りの男。魔術師の恥晒し。弱い以外の評価が出来ない男。人理修復の要たるチームの面汚し。ゼベル・アレイスターその人だった。当然彼の言葉に誰もが反発し、逆上し、罵声を浴びせる。

当時すでにカルデアの所長の席を預かっていたオルガマリーまでもが、口汚く彼を罵った。

非難囂々といった状況においても、いやに太々しい態度を崩さない彼は二の口を挟む。

 

 

「別にお前ら全員に死ねって言ってるわけじゃねぇっての。俺だってまだ死にたかないしさ。

俺が言いたいのは、この特異点が自然発生した影響で人類史が危いってんなら、もうそれは回避不可能な事態なんじゃないのって話。仮に人為的なら話は別だが、自然に特異点が発生したんなら下手に人間が手を出すのは止めるべきだと思うんだよね。だってこれ、要は歴史の転換点だろ?」

 

 

彼の発した言葉に、Aチームのメンバーはおろか、他のマスター候補生やカルデアの各部門責任者たちまでもが押し黙る。それは気圧されたからではなく、あまりに突拍子が無さ過ぎる話故に。

数秒後、押し殺したような嘲笑が漏れ始める中、眉間にしわを寄せたオルガマリーが反論する。

 

 

「あのねぇゼベル、貴方状況が分かってるの? 仮に人為的なら、ですって? バカバカしい!

人類の歴史がどれだけ長く積み上げられているか知らないのかしら。仮に人類を絶滅させる目的があるなら、わざわざ歴史を改変させなくても今この時代で大量殺戮を行えば済む話でしょう!」

 

「超自然的現象だと言いたいわけか、オルガ」

 

「当たり前です! 人類の歴史に影響を及ぼせるような存在が居るのなら、現時点でもう我々が存在出来ているはずがないもの。とっくの昔に人類の祖先を消されておしまい。そうでしょう?」

 

「じゃあなにか? 俺たちは噴火の兆候を見せた火山から人々を守る為に、噴火の原因を取り除きに行くってのか。笑わせんなドアホ。どんな手段があったら火山の噴火を人間が止められる?」

 

「自然現象と歴史の揺らぎを同レベルに扱わないでくれる⁉」

 

「同じだオルガ。どっちも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

白熱する論争。私は勿論オルガマリーの言葉に頷き、逆にゼベルの言葉には不快を示していた。

オルガマリーの話は筋が通っているのに対し、彼の話はただの論点のすり替えでしかない時点で、どちらが支持されるべきかは明白である。結局その場は医療部門責任者のドクター・ロマンによって収められはしたが、この事がきっかけで私はそれまで以上にゼベルへの認識を下降させた。

 

そもそも彼はどうして、大多数が首肯する場面で首を横に振ったのか。あまつさえ油に火を注ぐような真似をしてまで、何がしたかったのか。私には分からない。彼の行動が理解できない。

自分の意見にそぐわなかったとしても、それが大衆の合意なのであれば、それに従うべきだろう。誰かに合わせ、誰かと協調し、誰かへ同調する。そうすることで、人の社会は成り立っている。

 

相反する事を行うことは、誰にも認められないはずなのに。それは、良いことではないのに。

苦しむだけなのに、他者から向けられる視線や悪感情に苛まれることになるのに。どうして。

 

 

私の心は未だ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

私はゼベル・アレイスターという人間を見る度に、その非合理性を疎ましく思うようになった。

戦闘訓練を行えば誰よりも真っ先に白旗を上げ休憩に入り、訓練終了後に労いの言葉を私たちへとかけた直後に食堂に入り浸る。カドックと違い、自身の魔術の腕を磨くような姿も見ていない。

 

何事においても適当に済ませてしまう真性のダメ人間を、初めて目にしたのだと思う。

魔術の腕は三流程度で根気強くも打たれ強くもない、長所を探す事が何より困難に思える人物。

そんな彼の姿を見る度に私の中に苛立ちが募り、次第に態度に表れ、やがては言葉に変わった。

 

 

「ゼベル! 貴方はまたそうやって楽をしようとしてばかり! 恥ずかしくないのですか!」

 

「何度言えば分かるの⁉ 魔術師として相応しい知識と責任を持つ事、基本中の基本です!」

 

「今日も遅刻ですか! これで何度目になるか覚えていますか? 覚えてない? 七回目です!」

 

 

カルデアのどこにいても、彼について目のつくところは欠点ばかり。否、欠点しか見当たらない。いったいどうしてこんな人物が人理修復を担うマスターの、その最高峰のAチーム所属なのか。

幾度注意しても遅刻癖は治らないし、努力しようとする意思も感じられない、無価値な男だ。

少なくとも私は彼を、そう判断していた。あの日、あの出来事さえ体験していなければ。

 

 

Aチーム発足から数か月後。私はAチームの数少ない女性である三人のうちの一人を見ていた。

彼女の名は、「マシュ・キリエライト」という。このカルデアの中で生まれ育った少女だ。

基本的に無菌室で育てられた彼女は、なんというか、人というよりも機械染みた雰囲気を漂わせるようで、実際の受け答えも冷淡そのものだった。いや、あれは冷淡でなく、単調というべきか。

 

彼女は聞かれたことに答えるだけで、自己主張をしないし我を通さない。実に模範的な態度だ。

そんな彼女の姿を見た時から私は、一種の共感(シンパシー)を感じてやまなかった。どこまでも無垢なマシュという少女に、私は一方的に自分を重ねてしまった。今にして思えば、恥ずべき考えよね。

 

何も知らずに、教えられずに育ったからこそ、我を通す事すら知らない真っ白で純粋な彼女と。

両親や周囲から期待を受けて育ったからこそ、我を通す事を良くない事だと定めた無粋な私が。

 

同じ存在なはずがないのに。それでも当時の私は、彼女もまた自己を抑え込んでいるのだと勝手に決めつけ、彼女となら分かり合えるのではないかと希望を抱き、繋がりを得ようと必死だった。

 

 

「あ、あの、マシュ?」

 

「はい、なんでしょうか。オフェリアさん」

 

 

この日も私はたまたま廊下で出会った体を装って彼女を待ち、声をかけた。あの頃の私にもっと勇気があれば、彼女の自室に赴く事もできたでしょうけど……遠慮してしまって出来なかったの。

私は彼女と仲良くなりたかったし、今以上に話をしたいと思っていたのよ。でも一般的な魔術師であれば、友人を作ることよりも魔術の研鑽を重ねる事を優先しなければならない。それが普通。

葛藤の末に私はいつも弱気になってしまい、マシュと接点を作る機会を棒に振ってしまう。

 

今だって声をかけたはいいけれど、何を話せばいいのか頭に浮かんでこない。せっかく彼女が立ち止まって話を聞いてくれてるのに。お茶会のお誘い? お茶会の用意もしていないのに?

 

 

「オフェリアさん? どうかしましたか?」

 

「えっ、いや、その…………何でも、ないわ。ごめんなさい」

 

 

結局うまい口実が浮かばず引き下がろうとしてしまう。でも、今日は諦めない。ここですごすごと引き返すわけにはいかないと、自分を奮い立たせる。このままでは弱い自分を繰り返すだけよ。

会釈をしてどこかへ向かおうとしているマシュにたどたどしく声をかけ、足を止めてもらう。

 

 

「何かご用ですか?」

 

「よ、用というほどではないのだけど。も、もしかしてこれから何か予定があるの?」

 

「はい。これから一時間三十分ほど、映像資料の閲覧を行うつもりですが」

 

「そう、そうなの」

 

 

引き留めてしまって心苦しいけど、今日こそはぺぺの助けを借りずに自分の力だけでマシュと会話をしてみせると誓ったのよ。何としても食い下がろうとして彼女の予定を尋ね、光明を見出す。

 

 

「その、映像資料の閲覧というのは、私も同伴してはいけない、かしら?」

 

「………オフェリアさんも、ご一緒にですか?」

 

「もちろん無理にとは言いません。けど、もし良かったら、私も」

 

「構わないと思います。ですが、オフェリアさんの参加も連絡しておきますね」

 

「え、ええ! お願いするわ!」

 

 

藁にも縋る様な思いでマシュに提案する。少し考える素振りを見せた彼女の口から、なんと許可が下りた。てっきり断られるかと思っていたけれど、これは嬉しい誤算だわ! 私頑張ったわぺぺ!

 

通信端末で私が映像資料の閲覧に参加する旨を伝えたマシュに案内され、私はやや夢見心地な状態でカルデアの区画を歩く。って、しまった! こういった何もない時間を会話で穴埋めするのが相手の心象を良くする方法だってぺぺに教わったのに! 何にも活かせてないじゃない私!

 

過ぎた時間は巻き戻らない。わずかな間に何もできなかった自分を悔やみながら、マシュの足が止まったことに気付き俯きかけていた顔を上げ、それと同時に表情の筋肉が凍り付く。

 

 

「ね、ねぇマシュ。そういえば聞き忘れていたけれど、資料の閲覧ってどこでするの?」

 

「そうですね、場所の通達を忘れていました。すみません。事後報告のようになってしまいましたが、映像資料の閲覧を行うのは、ゼベルさんの個室ということになっています」

 

 

呆然と、後悔。一挙に押し寄せてくる感情に足元がおぼつかなくなり、それを何とか耐え抜く。

落ち着きなさいオフェリア。よく考えるの。相手はあのゼベル・アレイスターなのよ。

何を考えているのか分からないあんな男が、警戒する事も知らない無垢で清純なマシュを部屋に呼び出して何をするつもりなのか、考えたくもないけど想像はつく。この子を騙してその後は…。

 

させない。させるものですか。絶対に許さないわ、このケダモノ。最低最悪の下種め。

何があっても私がマシュを守る。大丈夫、私には魔眼があるもの。たかが三流程度の魔術師なんかに負けるはずがありません。冷静に対処しなくては。心を落ち着かせるのよ。

 

努めて平静たらんと呼吸を整える私に、マシュは不思議なものを見る様な視線を向けてくる。

安心してね、マシュ。私が貴女を守ります。魔術師として、一人の乙女として、必ず。

 

 

「失礼します、ゼベルさん。マシュ・キリエライト、本日もお邪魔させていただきます」

 

「えっ⁉」

 

 

決意を鋼のように硬質化させている私をよそに、マシュは慣れた様子であの男の部屋をノック……ってちょっと待って! 貴女いま「本日も」って言った⁉ ま、まさか既に毒牙に⁉

 

動転してマシュが室内へ入っていくのを止められず、慌てて後を追うようにして入室する。

一刻も早くあの子を連れ出さなくては。そう意気込んで飛び込んだ部屋の中では。

 

 

「おう、いらっしゃいマシュ。今日はちっと難しいテーマの映画を選んだんだ」

 

「ご丁寧にありがとうございます。楽しみです」

 

「そう言ってもらえりゃなによりだ。んで、お前はなにそこで突っ立ってんだよ」

 

 

ポップコーンとコーラを持ってスクリーンの前に待機する、マシュとゼベルがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

照明を落とした室内で光源はスクリーンのみ。そこには私の知らない『物語』が描かれていた。

 

私のバカ。ちょっと冷静になれば分かる事だったでしょう。気が動転し過ぎていたにしても。

だとしても警戒するに越したことはない相手ではあるわ。あら、ポップコーン美味しい。

 

………じゃなくって!

 

 

「もう。映画を鑑賞するのなら、始めからそう言ってくれたらいいのに」

 

「私はお伝えしたはずですが?」

 

「マシュ、お前さんのことだから『映像資料の閲覧が~』とかって誤解を招くような言い方して、ものの見事にオフェリア誤解させたんだろ。はーやだやだ。俺に女襲う度胸なんてあるかよ」

 

「すみません。以降は事実を正しく認識して、齟齬が発生しないよう通達します」

 

「えっと……ごめんなさい」

 

 

私が警戒していたゼベルは、接してみればなんともフランクな人物なようだ。今のところは。

まぁよく食堂でぺぺや技術スタッフなんかと楽しそうに話しているし、目立った悪評も耳にした事もないから、悪逆非道ということはないのでしょう。スコーンと紅茶も用意してくれていたし。

 

 

「マシュが連絡よこして『オフェリアさんも招待して構いませんか?』って聞くもんだから?

てっきり仲良く打ち解けて談笑しつつ来るんだと思って? お茶菓子用意してたのにさ?」

 

「…………返す言葉も、ないわ」

 

「はは、冗談冗談。怒っちゃいない。まぁ事情を知らない奴から見りゃ、幼気(いたいけ)な少女拐す変態男って構図になるわな。むしろそこまでマシュを気にかけてた事を知れて良かったぜ」

 

 

見透かした様な彼の言葉に、思わず赤面してしまう。そ、そうよね。そうなるわよねこの場合。

何の関心も抱いていないなら心配になる事もないと、彼はそう言いたいのでしょう。

でも、それを彼が知って何か得をするのかしら。というかそもそも何故自室に彼女を呼んだの。

気になってもそこまで踏み込んだことを聞くべきか悩み、そこで踏み止まってしまう。

 

 

「………さてマシュ。ついでにオフェリアも。今観た映画の感想は?」

 

「感想、ですか?」

 

「そ、感想。映画観終わったら感想を言い合うのも、醍醐味の一つなんだが。相手が居なきゃ話し合いなんてできないだろ? だからオフェリアと映画の感想を語り合ってもらおうかなと」

 

「私も?」

 

「他に誰が居るんだよ。俺とマシュは何度も意見交換してるから、別視点の感想も聞きたい」

 

 

そうこうしているうちに、いつの間にか映画の感想を話し合おうという流れになっていた。

な、なんだかすごく段階を端折ってしまっているような気がするのだけど、いいのかしら?

こういうのって普通、まずお友達になって親睦を深め合ってしばらくしてからでないと、あまりに性急に過ぎるのではないの? それとも、いまどきのお友達って、そういうものなの?

 

って、今はそれどころじゃない。映画の感想をマシュと話さなきゃ。感想、感想ね……。

 

映画というものを頻繁に観る事はないけれど、観た事自体はある。街の劇場とかでだけれど。

今回観たのは、記憶を失ってしまった青年が、失った過去を探す旅にでるというストーリー。

青年が過去を取り戻そうとする度に、彼の過去を知る周りの人々が時に助け、時に邪魔をしつつ、その道中で巡り合った女性と恋仲になる。けれど互いの過去が二人の愛を引き裂こうとする。

記憶を取り戻す事が本当に幸せなのか、本当の幸せはどこにあるのか。記憶がある事は幸せか。

壮大な旅路の果てに、二人はようやく答えを見つけ出す。そこで映画は終わりを迎えた。

 

正直なところ、こんなに素晴らしい映画をこの男が選んだという事実に一番驚いている。

 

 

「感想と言えるか分かりませんが、なんだか、胸の奥が温かさで満たされていくような」

 

「ほう? 論理的なマシュにしちゃ、珍しく感覚的な答えだな。良いぞ良いぞ」

 

「良い、のでしょうか。正確な自己分析を伝達できていませんが……」

 

「自分が今どうなってるかを正確に伝えるのは機械にもできる。でも心は機械じゃ答えられん。 そうだろ? 映画で主人公とヒロインの恋を観てどう思った? 機械ならその状態を機械的に分析して、ホルモンバランスの変調だとか分泌だとかしか言えないだろうがな」

 

「機械のような正確さは、必要ない。という事でしょうか」

 

「時には必要だろうさ。けど、恋だとか愛だとかを、機械が出来ると思うかね?」

 

 

会話するというより、諭す様な語り口を聞いて、この男が何を考えているのかを悟った。

もしかしたら彼は、私よりもマシュの事を考えてくれているのではないか、と。

 

 

「はいオフェリア、第一問!」

 

「はぇ⁉ な、なに?」

 

「人と人が愛し合うように、機械と機械が愛し合えると思いますか!」

 

「機械が、機械と? ええと、待って。考える時間を頂戴。いやその前に、私あまり機械の事」

 

「詳しくないとか知りませーん。直感的にアンサーミー! 5、4、3、2、1!」

 

「え、え? 待って、待って! えーと、えーと…………で、出来ない、と思う」

 

 

唐突に問題を仕掛けられ、焦ってしまう。おまけに制限時間まで設けられてまともな思考をする猶予も与えられなかったせいで、とても滑稽で幼稚な答え方になってしまった。恥ずかしい……。

 

私の答えを聞いたのに特に何の反応も示さず、彼は同じ質問をマシュにもした。

 

 

「マシュはどう思う? 機械同士で愛は芽生えると思うか?」

 

「それは、非常に難解な疑問です。それ以前に私は、人の愛というものへの理解が不足しているので、現段階でその質問に対する結論を出す事は出来ません」

 

「難しく考えるな。マシュ、YesかNoで答えるんだ。制限時間は5秒間」

 

「………………そう、ですね。希望的観測ではありますが、愛に芽生えてほしいと考えます」

 

「なーるほど。〝する〟か〝しない〟かじゃあなく、〝してほしい〟のか」

 

「少なくとも私はそう思いました。ですが、これは映画の感想ではないのでは?」

 

 

マシュへの質問の答えは、出来る出来ないではなく、してほしいという願望に近いものだった。 それを聞いた時、私は驚きに目を見開いた。あのマシュが、()()()()()()()()()()()()()()

 

私と同じ、籠の中の鳥。そう身勝手に押し付けていた彼女は、まさか私よりも自由な存在だったと気付かされてしまい、もう頭の中は混乱してしまっていた。きっと顔色は蒼白だったことでしょう。なにせ、これで私は正真正銘、誰一人として境遇を分かち合えない独りとなったのだから。

 

一族の中で生まれた、最高傑作。さらには最上ランクの魔眼を宿した、逸材中の逸材。

ファムルソローネ家においての私の価値は、それだった。それだけでしかなかったのよ。

 

両親は私に期待を寄せた。これで一族の中から【根源】へ到達する者が現れるのだと、そう信じて疑いもしなかった。とても、喜んでいた。けれど父も母も、その先を口にしたことは一度も無い。

魔術師の本懐は【根源】への到達であり、何も間違ってはいない。しかし接続を果たした者は、人として二度とこの世界に戻る事は無いと伝えられている。そこへ娘が行く事を、喜んでいる。

 

私は、私自身の未来を望んでは、いけないのだろうか。

 

期待を一身に背負い、相応しい所作を学び、力を蓄え、そうして時計塔で学を修め、今に至る。

このカルデアには同じ時計塔出身の魔術師が何人かいて、私の噂を知る者が大勢いるのだ。

魔眼の保有者は、基本的に煙たがられる。異質な力を有する瞳に覗かれる事を好む輩はいない。

だから私の居場所は、此処にも、何処にも無いのだと。そう諦めていた。彼女に出会うまで。

 

同じ籠の中の鳥。ならばせめて同じ籠の中で一緒にいようと、外を眺めるだけにしようと。

 

でも、本当の彼女を私は見てしまった。自分を貫ける無垢故の強さを、目の当たりにした。

 

 

なら-----------私の居場所は、何処にあるというの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の心は未だ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 






いかがだったでしょうか?
少し予定より長くなりそうだったので、ここらで区切りました。
なるべく早いうちに後編を書き上げますので、お楽しみに!


ご意見ご感想、並びに質問や批評などお待ちしております!

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