Lostbelt No.8 「極東融合衆国 日本」   作:萃夢想天

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どうも皆様、体調不良と重なりゆく提出書類の増加に苦しめられている
萃夢想天です。皆様も季節の変わり目ということでご自愛ください。
それとアヴェシュタルは来てくれました(すっとぼけ)、石貯めてよかった。
今度はスカディの復刻が来ましたね! まだ未所持の全マスターのもとへ召喚
されることを祈っておきます。

さて、前回は箸休め的な別視点回でしたが、今回からまたストーリーが進行します。
ながらくお待たせしてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです。


それでは、どうぞ!





第三章 肥料は諦めた、次は陽当たりを考慮しよう

 

 

 

 

ロシア異聞帯の崩壊をガリレオが観測してから四日、何度通信礼装を起動しても相手が応じないという事実に、いよいよ厳しい現実を直視せざるを得ないと腹を括ったゼベル・アレイスターだ。

 

カドックの事は今でも逃げ延びてくれているんじゃないかと期待してはいるが、異聞帯が崩壊してしまった以上、アイツに逃げ場はない。カルデアの連中が俺たちの情報を引き出すために捕らえて拷問にかけられてるかもしれないが、それでも生きていてくれるならよっぽど救いがある。

だが俺は俺のやるべきことをしなくちゃな。今の俺がアイツの身を案じても助けられやしないし、助けるだけ助けてもその後がなけりゃ助ける意味も無くなっちまうしよ。

 

そういうわけで消沈しかける意気を半ば強引に吹き返しつつ、俺はある場所へと向かっていた。

 

今回、俺の隣に相棒のフォーリナーはおらず、代わりの護衛としてランサーが控えている。

俺たちが向かっている場所には様々な結界が張られているから、彼女じゃ近付くだけでも一苦労なうえに、そもそも彼女のスキルには【神性 : B-】がある。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「それにしても特別顧問」

 

「はい、なんです首相?」

 

 

俺の前を歩く中肉中背の初老男性、この日本異聞帯の政治を取り仕切る首相から声がかかる。

何故彼と俺が歩いているのか。それは、現在向かっている場所に行くために、彼が必要だからだ。分かりやすく言えば、首相レベルでの権限が無ければ立入りが許されない『聖域』に赴くため。

 

そう、俺たちが向かっている場所はこの日本の中心。公的に「皇居」と呼ばれる土地である。

 

 

「随分と急な話ではないかね? ()()()()()()()()()()()()()()()()()などと」

 

「ええ、まぁ。本当はもっとじっくりと取り組みたかったんですが、ちょいと予定が狂いまして」

 

「というと、例の……彼らの事かい?」

 

「はい。予想以上の速度で他の歴史が存在する世界を崩壊させているようですんで」

 

「……その者たちは、此処に来るのかね?」

 

「必ず来ます。それが明日か一か月後か、はたまたもっと先になるかは分かりませんが」

 

「備えあれば患いなし、か。分かった、君の言葉を信じよう」

 

 

首相にはもう、俺たちの正体や計画の最終段階の事まで話している。彼からの協力も取り次いだ。だからこそ早めに【種】を蒔いておく必要があると確信した。その為に俺たちは皇居を目指す。

 

先を歩く首相やそのボディーガードらの一団の背を追う。遅れないようにやや早足で歩いていると俺の護衛として連れてきたランサーが、数歩先に居る彼らに聞こえない声量で問いかけてきた。

 

 

「殿、無礼を承知で御尋ね申す。何故にあの女怪めを御側に置かれるのか」

 

「今聞くことかよ、後にしろ後に」

 

「……御意。然らばもう一つ。某らが歩くこの場所は、天皇の御殿へ続く道行か?」

 

「あー、そっか。前に行った時はまだランサーと契約してなかったもんな。来るの初めてだっけ」

 

「左様。しかし殿、今代の天皇陛下は()()()()()()()()()殿()()()()()()()()()()()?」

 

 

ランサーからの質問に、俺は否定も肯定もしない。ただ「着けば分かる」とだけ答えた。

実際のところ、俺も此処の原理はよく分かっちゃいないからな。こういう時にアジア圏の神話とかにやたらと詳しいペペ姉ぇがいてくれたらなぁ。確かこの岩穴も日本神話に出てくるんだっけか。

 

総ての答えはこの天然自然の洞穴の奥に。一歩先へと進むごとにじっとりとした冷や汗が額に滲み出てくるのが分かる。生半可ではないプレッシャー、みたいなものがじわじわ伝わってくる。

最初の問いからは首相も一言も発さない。いや、穴の奥に来てからは口を開く余裕すら無いんだ。彼は俺を案内するために此処に来たが、本来であれば余人の立入りを完全に禁ずる場所らしい。

そんな場所に来る機会なんぞほとんど無いだろうから、首相ですら沈黙するしかないんだろうな。

 

もともと日本の中心地にあった「入口」である皇居の門をくぐり数十分、歩きに歩いてようやく終わりが見えてきた。岩肌しかない殺風景な景色がぐにゃりと歪み、本当の姿を映し出す。

 

 

「これは、なんと……!」

 

「まだ二回しか見た事はないが、一生見飽きる事なんざ無いだろうな」

 

 

洞窟の風景が溶けて消えたかと思いきや、次の瞬間にはひどく原始的だが長閑な集落が見渡す限りに続く景色が現れた。最初に見たときは幻術の類かと焦ったが、どうもこれは「本物」らしい。

 

雲一つ浮かばない青空も、風に揺られる生い茂った緑も、実りに実って刈られ干された金の稲穂も何もかも。此処に広がっている情景の全てが、何一つ偽りの無い正真正銘の実物なんだとか。

要は幻覚やら催眠やらじゃなくて、本当に時空間を切り取ってからこの場に固定しているってわけだな。数千年前の過去の現実を切り抜いて、部分的とはいえ現在に上張りするとか大魔術過ぎる。

 

現代の技術と比べて非常に雑だが一応整えられてはいる土むき出しの道を歩き、首相を先頭に一団は木や藁葺きが主体の原始的構造の家屋の中で、一番大きく立派な場所を目指す。

 

そこには篝火にくべられた薪の放つ熱と煙をものともせず、ただ鎮座している老人がいた。

 

 

「…………………」

 

 

一言も漏らさず。御老体はただ丈夫な木枝と縒り藁で拵えられた椅子に腰をかけているばかり。

いつ見ても息を引き取っているのではと思えてしまう姿の老人に、首相は跪いて言葉を発する。

 

 

「天皇陛下に於かれましては、本日もご機嫌麗しゅう」

 

 

首相の言葉にも無反応を貫くあの老人こそが、不思議な異空間に鎮座する日本の天皇である。

外様である俺たちが失礼を働くわけにもいかず、首相や連れてる一行に合わせて膝をついた。

 

 

「……………………」

 

「此方は既に御目通りになられている、海の外より来たる者であります」

 

「御紹介に預かりました、ゼベル・アレイスターにございます。隣の者は私の護衛にて」

 

 

ランサーについての話は省く。そもそもこの老人に対して会話をするという行為に意味は無い。

何故かって? そりゃ、聞こえてもいないんだし、仮に聞こえていたとしても言葉を返せねぇんだからな。会話をしようとするだけ無駄なんだ。天皇陛下はこの異聞帯じゃ単なるお飾りさ。

 

ならなんでこんなことをするのか? それは、この天皇の後ろにいる奴に会うのに必要だからよ。

 

あくまで天皇は前座だ。何の反応も示さない生き人形に対して、敬意を払えるか否かのテスト。

それがこの意味の無い一連の儀式の正体。「神の血を継ぐ者」への礼節を尽くす姿勢そのものが、天皇をこんな風にしちまった元凶と接触するために必要な工程だと考えてくれ。

 

事前に教えられた作法や発言を出し尽くし、ようやく()()()()()()()()()()()へ目通りが叶う。

 

古き時代の日本の神官が着ていたというミコ装束に身を包んだ女性に連れられ、木と藁葺きで建てられた御屋敷の奥へと通される。体中を蝕む重く静かな気配は、どんどんと強まっている。

 

本物、という表現が正しいか分からん。だって本物とやらに会った事がないし、そもそも偽物がいるのかどうかすらも定かじゃない。それでも、俺は確信を持って目の前の存在を断言できる。

案内された先の広間にて、薄地の布で覆われた上段に座する女の輪郭を見ただけだが、それでも。

 

 

「―――――ご機嫌麗しゅう、女神様?」

 

 

それでも俺には、其処に居るであろう女を、本物の【神】であると断言できるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外界から完全に断絶した「皇居」で、やるべきことを果たしてその場を後にした俺とランサー。

帰り道にまた代り映えのしない殺風景な岩肌が続く洞窟の中を歩きつつ、小声で会話していた。

 

 

「……先程まで某らが見ていたもの。あれは、夢ではござらんのか」

 

「夢みたいに見えたけどな。あれは多分、単純にあの場所だけが現実の時間軸から切り離された事で、一種の異空間になったんだろうよ。あそこだけ時間が過去で止まったままになってんだ」

 

「なっ……なんという」

 

「言葉失くすだろ? 俺も見たの二回目だったけど、未だに信じきれないからな」

 

 

恐るべきはその力であり、その力を行使する存在だ。時間を限定的にでも縫い止める? いやいや冗談も大概にしてくれっての。ちょっと応用すりゃ不老不死すら夢じゃないだろそんな力。

いやまぁ神だから寿命なんて無いのかもしれんがな。一番怖いのが、あれだけの力が単なる事象に収まっちまうほどの存在がいるって事だ。玉を蹴りゃ転がるってのと同レベルで時空間の固定現象をしてのけてるわけ。異聞帯の王ってのは何処もこんなレベルの化け物揃いなのかね。

 

 

「殿、某は殿の御為に死力を尽くす所存。されど、あの女神には、その」

 

「槍で攻撃が通じるかどうか分かんないってか? 安心しな、お前の槍の働きどころは別にある」

 

「……承知。恥を晒すようだが、まるで軍神の如き気迫を宿すあの者に勝てるとは」

 

「如きっていうか、あれは軍神だ。いや、()()()()()()って言い方の方が正しいな」

 

「それは、いったい…」

 

 

普段の豪快ぶりを見ているせいか、目も当てられんほどに弱々しく見えるな、今のランサーは。

でも仕方ないとも思えちまう。誰だってあんなのと対峙してなおも自惚れられるような図太い精神構造してはいない。いや、案外ぺぺ姉ぇなら…? 両性類の無限の可能性を想像しちまうな。

 

とりあえず、ランサーたちにも情報共有はしておくか。アレがいったい、何なのかを。

 

 

「アレこそが、この日本異聞帯が誤った歴史であると認定されるきっかけとなった存在だ」

 

「……………」

 

「本来の歴史―――汎人類史であればとっくの昔に死んでいるべき人物が、ある理由によって時を経てもなお朽ちず衰えぬ存在へと変貌を遂げ、日本という国家の形成に手を加えてしまった」

 

「それこそが、かの女神の正体か⁉」

 

「ああ。()()()()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()()()()()()()宿()()()()()()()()()()さ」

 

 

この異聞の歴史を三か月以上もかけて調査したんだ、何処から歴史がねじ曲がったのかも把握しているとも。汎人類史での歴史を猛勉強してなかったら、多分今でも頭を抱えてただろうな。

ホント、オフェリアやマシュに感謝が尽きねぇ。あの二人が俺の勉強にいつからか協力してくれるようになって、効率が飛躍的に向上したし……やめだやめだ。どうしてもマシュを思い出す。

 

死んでなかったと判明して嬉しい反面、そんな彼女の過ごしたカルデアを追いやってしまった負い目を感じてしまう。少しずつ人間性を開花させてたし、間違いなく「復讐」の感情も知っている。きっと今度はあの子が、奪われた者が奪い返しにやってくる。それは人としては正当だ。

 

だが、この星に生きる「生物」としては、「復讐」なんてのはあってはならないものだ。

 

ゴメンなマシュ。お前の怒りは尤もだし、それは当たり前の感情だ。復讐は自分の過去に対しての決着に等しい行いだ。意味の有無に関わらず、復讐を果たす事で人は前に進むことが出来る。

いわば人が人であるうえでの原動力。それは人として生み出された彼女にも備わっているだろう。

 

でもな、地球上に生きる生物の中で、「復讐」に生の全てを捧げられる生き物は、人だけなんだ。

逆に言えば、人以外の生物は「復讐」に命を賭けない。己が種を、進化を途絶えさせない為に。

 

マシュが人らしさを取り戻す……というより芽生えさせる為に、カルデアに居た頃は色々と模索していたけれど、その結果がどうなったかは想像もつかない。多分、俺と一緒に彼女の人間性の発露を目指したドクター・ロマンだけがそれを知ってる。だから俺は、何があっても彼女を肯定する。

 

さて、いい加減同じ思考にズルズルと引き摺られる癖も直さなくちゃな。切り替えよう。

自分の悪癖を改善しべきだと気付いたところで、長い洞穴の道は唐突に途切れ、陽光が差し込む。ようやく外に出られたな。いや、景色が正常に戻ったっていう方が正しいな、うん。

 

 

「殿! 御下がりを!」

 

 

目下の目的は果たし、次にどう動くかを模索しようとした途端、ランサーの怒号に阻まれる。

急にどうしたなんて言う暇もなく、既にランサーは臨戦態勢。周りを見れば首相のボディーガードたちも銃を抜いて構えていた。此方が一斉に向ける敵意を、数メートル先に居る相手は一身に浴びているというのに、少しもビビる様子が無い。ってか、なんだ。誰かと思えば。

 

 

「はぁ……これだから極東のお猿さんたちって虫唾が奔るんです。無駄に声デカいし」

 

「んだよ、コヤンスカヤかよ。驚かしやがって」

 

「驚かすつもりはありませんでした。そちらの肝が小さいのをこちらのせいにされるんです?」

 

 

薄桃色の艶ある髪を束ねた魔性の女狐、『異星の神の使徒』のうちの一騎、コヤンスカヤだった。

 

正直に言おう。俺はこの女が大の苦手である。嫌いではない、ただ苦手な相手と認識してる。

外見は文句なしだけども。出るとこ出て締まるとこ締まってるし。でも性根が腐ってんだよな。

弱者をいたぶることに快感を覚える真正の屑だ。それを「愛玩」と宣う神経も実にブッ飛んでる。

 

立てば厄災、座れば鬼畜、歩く姿は悪鬼外道。そんな陰険眼鏡美人の目元がキッと尖る。

 

 

「……女性相手になにやら失礼極まること、考えていらっしゃいません?」

 

「女性相手に礼を失する真似はしないぞ俺は。女性相手にはな」

 

「おやおや、これはとんだ失礼を。まさかこの肢体(ボディ)を見ても女性を感じないほどお子様とは存じ上げず。あら、まさかとは思いますがロリータ系の倒錯した御趣味でもお持ちでした?」

 

「お前よく知り合いに『黙ってりゃ美人なのに』って言われない? 言ってくれる人もいない?」

 

「「………………」」

 

 

口を開けば暴言の嵐。あれで傾国の美姫とか自称してんのは笑えるよな。いや笑えんわ実際。

ってか言い争いを繰り広げてどうすんだ俺は。コイツがわざわざ他異聞帯にやってくるってことは相応の用事があるってことだろ。伝言程度なわけがない、ならもっと重要な何かがあるか?

 

 

「槍を収めろランサー。コイツはコレでも一応使者なんだ、分かるな」

 

「しかし殿! 彼奴からは薄汚れた気配がしよる! あの女怪と同等かそれ以上の穢れが!」

 

「二度言わせんな、納得しなくてもいい。ただ分かれ。いいな、槍を収めろ」

 

「コイツだのコレだの穢れだの。まったく、女性の扱いのなっていない坊やですこと」

 

 

コヤンスカヤとまともに話すのも嫌だが、それよりも機嫌を損ねるのはもっと嫌だ。後が面倒的な意味もあるが、なによりコイツの助力が得られないのは駄目だ。俺にはコイツの力が必要だ。

 

こちらが話し合いをする姿勢を見せたからか、首相ら困惑する一同を無視して女狐が話し出す。

 

 

「おこちゃまの軽口くらい、ビジネスモードの私にはそよ風のようなもの。それはさておき、私がこんな異聞帯に足を運んだことにはもちろん理由があります。情報伝達だけで来たりしません」

 

「だろうな、分かってるさ。お前この異聞帯嫌いだもんな」

 

「……ここからの話は、一応サービス利用者との独立した契約上のものになりますので、場所を変えてお話ししたいものですが。いかがなさいます?」

 

「はいはい、聞かれたくない話なんだろ? そういうわけで首相、俺たちはここで失礼させていただきますんで。次はまた国会の後で時間がお互いに空いていれば」

 

 

見知らぬ美女がいきなり現れた挙句、政府関係者である特別顧問と堂々と秘密会談をしようとしているなんてふざけた状況を、首相は黙って頷く事でやり過ごしてくれた。後で説明しなくちゃな。

異聞帯の王への対応はひとまず済んだし、この女狐相手にどう情報を引き出すかを考えるか。

 

こっちの弱みを一つでも多く見せないようにしようと覚悟を決め、異聞帯皇居を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コヤンスカヤ―――を自称している彼女は、魔性の笑みを常に湛えていながら内心葛藤している。

 

彼女は己が【異星の神の使徒】である事に否やはなく、むしろその方が個人的な理由で動きやすくなると考えて逆に立場をうまく利用していた。本心をひた隠し、激しく、密かに暗躍していた。

 

自分にとって人間とは「愛玩」の対象である。だからこそ、目の前にいる人間が解せないのだ。

 

 

彼の名は「ゼベル・アレイスター」という。何の取柄も才能もない、三流弱小魔術師である。

 

 

弱い分には何も問題は無い。弱者であれば弄ぶことも容易いうえに、掌の上でよく転がる。

人間は時に弱さを強さに変える場合も確かにある。しかし強さと弱さは陰陽、表裏一体なのだ。

彼女は何処までも「人の弱さ」を知り尽くしている悪の権化である。故に、()()()()()()

 

 

(この男、『人が人であること』を厭い嫌う。しかし『人が人であること』を信じている)

 

 

矛盾する思考を許容できないでいる。人である以上、己の弱さを厭うもの。己の醜さを嫌うもの。されどこの男はそうならない。己を含めた人の弱さを認め、醜さを受け入れる。信じ難い存在だ。実に腹立たしい生き物だ。弱者らしくケダモノであればよいのに。コイツは何なのか。

 

 

(それに――――個人的にもこの男が気になって仕方ない。いや、不可解過ぎて気に掛かる)

 

 

コヤンスカヤは異星の神の使徒である以上、上司にしてクライアントの異星の神からのオーダーをクリプターに示さなければならない。契約内容は非効率的であろうとも実行するのが律儀だが。

とにかくそんな彼女は、契約書の隅々にまで目を通すタイプの彼女だからこそ、気が付いた。

 

 

(―――異星の神が欲したのはキリシュタリアただ一人。ただ彼の反吐が出るほどの独善によって彼以外のクリプターたちも息を吹き返した。それはいい、問題はその後だ)

 

 

この星の歴史という土壌を根本から変えるべく、クリプターを用いて【種】を蒔いた異星の神。

だが、彼女が目視で確認した数は、()()()()()。神が呼び戻した歴史の枝葉は、七つしかない。

 

クリプターもといAチームは、マシュ・キリエライトを含めても9名いた。彼女を除いても8名。

筆頭のキリシュタリア、魔眼のオフェリア、人外のヒナコ、偽名(ネームレス)、論外のカドック、畜生のべリル、埒外のデイビット、そして矮小なゼベル。都合8名、間違いなく。そう、8人いるのに。

 

 

(―――――異星の神以外の手によって生き返った人間が一人、確実にいる)

 

 

この答えに辿り着いた時、真っ先に目を付けたのは、ゼベル・アレイスターという男だった。

 

普通に考えれば、彼という答えは浮かび上がってくるはずもない。それほど弱いカードなのだ。

ヒナコを名乗った真祖モドキなら分かる。アレはそもそも殺そうにも死ねぬ存在である。

べリル・ガット、及び、デイビット・ゼム・ヴォイド。名が挙がる候補とすればこの両名。

 

逆説的に理論立てる。残る枠は4名、オフェリアは可能性がある。彼女の魔眼ならそれが叶う。

残り3名、カドックは論外。あの程度の弱者にはやり直しの機会(コンテニュー)が幾つあっても足りはしない。

残り2名、偽名(ネームレス)の男も可能性はかなり低い。なにせあの男は、生きる執着なぞ皆無に等しい。

 

そう考えると、やはりというか、残りは1名。ダークホースとしてゼベルの名が残った。

 

これは理屈ではなく、もはや【獣】の直感に等しいものだった。確証はないが断言できる。

ゼベル・アレイスターという男は、異星の神以外の何らかの方法により、再び生を得ていると。

ただ、そうなると別の疑問が生じる。仮にあの男が偶然か必然で蘇生したとして、その次だ。

 

 

(あの男が異聞帯を形成できるはずがない―――――空想の樹の種は、七つだけなのに)

 

 

キリシュタリアの大西洋、オフェリアの北欧、カドックのロシア、ヒナコの中国、偽名のインド、べリルのブリテン島、デイビットの南米、そしてゼベルの日本。合計8つの異聞帯が存在するが。神の蒔いた【種】との数が合わない。これは絶対に有り得ないはずの現象である。

 

この事実に直面した際、コヤンスカヤはまずゼベルの異聞帯を警戒した。そして実際に足を運んで異聞帯がどのような歴史の転換により始まったのかを見届け、ついに確信へと至った。

 

そもそも異聞帯とは、異星の神がこの星に降臨するための土壌の更新の為にある。【空想樹】が星の歴史に異聞帯という別のテクスチャを張り付けるピンの役割を果たす。これが人理の白紙化。

ここで目を向けるべきは、異聞帯の役割だ。神が新たに君臨するべく行った偉業、まさにそれだ。

 

 

(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。というよりも、()()()()()()()()()()())

 

 

神が降りるべき土地を生むための行いで、自らを破滅させかねない環境が生まれるのは不自然にもほどがある。たとえ異星の神と言えども、神というカテゴリに属する以上あの土地は牙を剥く。

何かがおかしい。ゼベル・アレイスターという凡庸な男が一人で成せる行いでないことは明らかであるが、そうなると協力者がいることになる。しかしそれほど強力な協力者がいるのなら、使徒の自分が察知できないはずがない。ないない尽くしの悪循環に陥りかけ、一度思考をクリアにする。

 

コヤンスカヤは数多無数の智謀を巡らせる。目下の目的はハッキリしている。あの男を探る事。

その為に必要なものを想定する。色香では堕ちない、人の性を唾棄するゼベルには逆効果だろう。とにもかくにも、まずはゼベル・アレイスター個人の願望を知る必要がありそうだ。

 

 

(ま、それはそれとしてこの異聞帯には二度と来たくありませんね。()()()()()()()()()()()())

 

 

異聞帯に唯一存在する国家の政治を束ねる建物の応接室へ通されたコヤンスカヤは、息を吐く。

 

 

(ゼベル・(ZEBEL)アレイスター(ALEISTER)………【私は( I )星である(S T A R)姓は無く、(ZE)中立として(EE)鐘を鳴らす(B E L L)】ですか)

 

 

 





いかがだったでしょうか。
ようやく話が進んだかと思いきや…。
ですがこれで下準備は整いました、次回から本格始動です!


それでは皆様、次回をお楽しみに!
御意見ご感想、並びに質問や批評などお気軽にどうぞ!

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