Lostbelt No.8 「極東融合衆国 日本」 作:萃夢想天
一か月以上も更新を途切れさせてしまい、大変申し訳ございません!
実は腸の検査をしたところ色々ヤベーってなわけで手術と相成りまして……。
なんとか普通の食事にありつけるほど回復したので、ご心配なく!
長らくお待たせしてしまいましたね。
これから少しは更新頻度を上げられるかと思うので応援してください!
それでは、どうぞ!
ロシア異聞帯の消滅を確認してからじきに一週間、そろそろ本格始動のゼベル・アレイスターだ。
あれから時間を見つけてはカドックとの通信を試みちゃいるんだが、結果は変わらず応答なし。
アイツのことは諦めるしかないと覚悟を決めた頃合いになって、思わぬ来客が訪れた。
誰かって? そりゃ勿論、異聞帯を単独で往来可能なトンデモ能力を持ってる奴は事実上一人さ。
黒を基調とした濃い桃色のアクセントが艶やかな着物をまとう、コヤンスカヤという女。
俺の契約したライダーを除けば、他のクリプターには話してねぇ時点で、所在なさげに足を組んで太腿から足先までの曲線美を見せつけてるそこの悪女しか該当者はいないが。単独で他異聞帯に移動出来るってのはいいことばかりじゃないからな。黙っておくのも必要だろうさ。
さてと。あの女について考えるより、あの女がこれから話そうとしてることの内容にでも頭を回した方が建設的だな。別に意識してないとギリギリまで拡張されたスリット(着物にスリットってのもどうかって話だが)からチラチラとのぞく柔肌に目がいくからってわけじゃないぞ。
「わざわざ来てもらったところ悪いがさっさと本題に入ろうぜコヤンスカヤ、お互い暇じゃないだろ?」
「ええ、もとよりそのつもりです。そのつもり、なんですが………」
視線を彷徨わせないよう自制しながら話しかけると、意外にもコヤンスカヤの返答に歯切れの悪さを感じた。いつもなら悪態の一つでも吐きながら見下してくんのに。向こうの視線が動いてら。
少しだけ視線を泳がせてから、ふとたった今気が付きましたというような口調で問いかけてくる。
「お話をする前に、アナタが召喚したというアサシンの姿が見えないようですが?」
「……ああ、
「あら、手の内を探られて困る事でも?」
「困るのもそうだが、どうもアイツはお前さんと相性が悪いみたいでよぉ」
コヤンスカヤが尋ねてきたのは、フォーリナーの行方だった。彼女は俺とランサーがさっきまでいた異聞帯の王の座する空間へは行かせられないので、別行動をさせていたんだが。俺と直接的に契約しているアイツなら、俺がもうこちらに戻ってきていることくらい分かるはずだ。それでもここに来ないってことは、この女と出くわすのを嫌っているからだろう。十中八九そうに違いない。
なにせ本人がそう言ってたんだからな、「あの獣臭いアバズレは好かぬ」って。言い過ぎだとは思ったけど、フォーリナーに機嫌を損ねられて困るのは俺だし、追及は止めた。
そういうわけで、ここに彼女が来ないだろうという旨を、それとなーく当たり障りなく伝える。
「相性が悪い、と仰いますと?」
「アイツはお前が嫌いらしい。当人を目の前にして言うのは気が引けるが、下手に隠し立てしてどっちの機嫌を悪くしても結局困るのは俺だからな。ソリが合わないから多分顔は出さないぞ」
「
「俺が知る限りでは思い当たる節は無いけど、あってもおかしくなさそうでもある」
実際ド畜生だしな、コイツ。この女が初めて異聞帯に来た時なんか、大騒ぎになったもんだ。
おかげで地上にいた神格が結構エキサイトしちまってあわや終末大戦、って段階秒読みだったし。いやそれはどうでもいい。とにかく、コヤンスカヤが直接出向くような用向きが何か聞かねば。
「じゃなくって。何か話があって此処に来たんだろ? 単なる伝言とかならキリシュタリアが個人通信を寄こせば済む話だからな。わざわざお前が仲介に来る時点で大事なのは読めたさ」
「……………な~んだ、意外とおつむは働いてるんですねぇ」
「意外と、は余計だ」
「ちょっとした美人秘書ジョークですので、おかまいなく」
何が美人秘書じゃ性悪女。人をバカにする時ばっかりウキウキした顔しやがってよぉ。
まぁ美人は否定しないけども。黙ってりゃ美人の典型例………また思考読まれそうだし止めとこ。
ちなみに俺たちが今いる場所は国会議事堂の応接室、つまり俺たちクリプターの拠点だ。
皇居に行った時から護衛を継続してるランサーも後ろに控えてるし、近くには各大臣や庁長、官僚といった役人たちと計画の進捗を話し合っているセイバーとライダーがいる。盤石の布陣よ。
正直言って、俺はコヤンスカヤがこの場で怪しげな行動を起こすとは思ってない。コイツは影に徹して裏でコソコソ悪事を働くタイプと見てるからな。ここで堂々と動く気はないだろう。そんな俺の予想を知ってか知らずか、余裕綽々な態度を崩さずに薄ら寒い笑顔のまま彼女は語る。
「まずは……そうですね、ちょっとした確認をば」
「確認? なにをだ?」
「現状を互いにどう認識しているのか。いえ、貴方がどう捉えているかと言い換えましょう」
「俺が?」
桃色の髪を手で梳きながら投げかけたコヤンスカヤに、俺は首を傾げる反応しか返せない。
現状の認識? 俺がどう捉えている? いったい何の話だ、ぜんぜん内容が見えてこないんだが。
こちらの困惑が表情に現れたのか、毛先を指で弄びつつ切れ目の瞳を細め、彼女は話を続ける。
「今この状況を、どう思っています? 先程ご自分で仰られたとおり、私はキリシュタリアからの重要な使命を果たさんとこの異聞帯へ足を運びました。それについて、どうお考えです?」
「………伝言の内容の重要性より、伝言をお前に任せたこの状況の重要性について、か」
もふもふの尻尾を指で軽く撫で上げ、にこりと微笑む。一つ一つの仕草が妙に色っぽいのが逆に腹立ってくる、って違う違う。俺個人の感想じゃなくて。ええと、なんだったっけか。
そうだ、現状への理解だな。つまりキリシュタリアがコヤンスカヤを通じて寄こした伝言の内容よりも、彼女を通じて伝言を寄こす今の状況をどう思うかって聞いてんのか。え、なんで聞くの?
いや、それをキリシュタリアに聞くんなら分かるよ。なんで俺にそれを聞いてんだって話だが?
冷静に考えよう。伝言に仲介を挟む意図、か。普通に考えりゃメリットなんてありゃしねぇな。
正確かつ迅速に伝えたいんなら、それこそ俺が言ったように通信礼装を使って俺個人へ直接伝えればそれでおしまい。それをせず、敢えてこの女を仲介にしてまで伝えようとする意図とは何だ。
………ダメだ分からん。第一そんな手間のかかる事をする理由が、キリシュタリアにあんのか。
「分かんねぇや、降参降参」
「あら、もっと惨めに無価値に粘ってみせるものかと」
「最初に言ったろ、互いに暇じゃねぇってよ。そら、答え合わせしておくれよ」
「存外つまらない男ですわね。答えも何も、問いはあくまで貴方の主観ですから」
心のこもらない罵詈雑言を受けるが、そこは大人な俺は受け流す。というかコレ、要は心理テストみたいなものだったわけか。模範解答の無いタイプのクイズか、やられたなこれは。
「もう少し頭の回る御方かと期待しておりましたのに、残念です」
「ご期待に沿えず申し訳ないね。それじゃ今度こそ本題に入ろうじゃねぇの」
「いえ、それはそれ。きちんと理由はございます。一応伝えておかねば面子が立たないでしょう」
単なる俺への煽りに留まる話かと思いきや、どうやらまだこの問答には続きがある様子。いや待て待て、お前さっき俺の主観だから明確な答えは無いみたいなこと言ってたろうが。やりどころなき言葉の穂先を静かに下ろし、口を挟むだけ無駄だと悟った俺は彼女の言葉の続きを静かに待つ。
「キリシュタリア様は聡明な御方。個人同士の通信による通達を考慮しないような方ではありません。しかし、そうすると一対一の状況で虚偽を伝えられた場合、確認する術がありません」
「つまり、真偽を見極める監督役兼メッセンジャーってわけか?」
「ざっくり言えば保障人ですかねぇ。ほら、人間って対象の相手には嘘を吐き続けられても、対象以外の相手には嘘を嘘だと話してしまうじゃないですか。それを未然に防ぐ監査も兼任です」
コヤンスカヤの流れるような話に、なるほどと首肯をする寸前。そこで俺はふと気付く。
「いやそれダウトだろ。当人の目の前で『貴方をチェックしてます』なんて話すかよ普通」
「あら、バレちゃいました? 予想より下なのに想像より上な知能してますね、貴方」
「包み隠さずに人を愚弄すんな性悪女。せめて俺の聞いてないところでやれっての」
人を小馬鹿にした態度を隠そうともしないニヤケ面にカチンとくるが、深呼吸でぐっと抑えることに成功する。危ねぇ危ねぇ、ついポロッと悪態を吐く癖をコイツに出して機嫌を損ねたらダメだ。これから先もこの女の力を借りなきゃならん状況がいつやってくるか分かんないし。
しっかし大事な要件がどうのこうのと言ってた割に、くだらねぇ雑談しかしないなんて奇妙だ。
絶対何か良からぬ事企んでんだろ。それに上手く乗せられないように気を付け……られっかな。
「なーんて、楽しいおふざけはここまでにしまして。いい加減本題に移りましょうか」
「俺は最初ッからそう言ってたろうが」
やたら腹の立つ営業スマイルを浮かべる悪女は、こちらの言葉を完全無視して話を続行する。
「キリシュタリア様からの言伝がある事は本当なんです。当の本人はちょーっと手が離せない用ができてしまったので、抜き打ちテストも兼ねて私がメッセンジャーに抜擢されました」
先程までのおどけたような態度は鳴りを潜め、冷徹に、事務的に女は言葉を紡ぎ続けた。
「伝言はこうです。『ゼベル。君の異聞帯は、
コヤンスカヤの口から伝えられたキリシュタリアの言葉に、俺はいよいよアイツの正気を疑った。いや、嬉しくないわけじゃないけどな。そうじゃなく、あの男らしくない、と言えばいいのか。
そもそも他異聞帯へクリプターが干渉する事を御法度にしたのは、キリシュタリア張本人だろ。
自分の言った事を影でコソコソ捻じ曲げるタイプじゃないはずだろうに。何故そこまでする?
何か裏があるに決まってる。奴がそこまでする理由はなんだ……援軍、援軍? カイニスが?
その時、ゼベル・アレイスターの脳裏に電流が奔る。
なぁ~るほどな、読めたぜキリ公。お前が何を企んでやがるのか、俺様には御見通しなんだよ。
確かに他の異聞帯と比べりゃこの日本異聞帯の総合的な戦闘能力は、現代の戦艦と紙のヨットで競い合うようなもんだ。結果は見えてる。って事はだ、援軍って建前自体も間違いじゃなかろう。
ただ、カイニスを寄越すって時点で援軍としちゃ破綻してるわけだが。なんでか? 分かるだろ。この異聞帯が【神性】スキルを宿す者と絶望的に相性最悪な事は、キリシュタリアにも当然伝えてあるんだが、それを承知であの
(――――――口封じ、あるいは生死問わずの回収。そんなところだろうな、多分)
自分を負かした奴の言う事しか聞けないアホ神霊に、俺が勝てる見込みは無い。つまりこっちの命令に従うわけもない。そんなのが援軍と呼べるか? 呼べるかドアホ。もはや第三勢力扱いだわ。
となれば援軍という建前での監視ないし有事の際の処分、これが本来の目的ってことなんだろう。いやらしい真似しやがってキリ公コラ。何が「君への評価の表れ」だクソボケ。最低値じゃんか。
ここでアイツの意図に気付いたって事を、悪魔も泣いて許しを請うほどゲスな目の前の女にだけは勘付かれちゃマズイ。報告されて終わりだ。まだこれからだってのに裏切りで消されてたまるか。
「……そいつは心強い。かのネプチューン絶対殺すアネキの力が借りれりゃ百人力よ」
「喜んでいただけたようでなによりですわ。キリシュタリア様もさぞお喜びでしょう」
やかましいぞビッチ美女。チームメイト殺せて喜ぶリーダーとかそれサイコパスじゃねぇか。
「はい、キリシュタリア様の御言葉は以上です。これで私の当面の仕事は終了しました」
「ん? え、なに。もう終わりなの?」
組織の内部分裂が水面下で起ころうとした途端に、それ以上の揺さぶりが来ないことに困惑を隠せない。もうちょっと何かないの? お前の行動は読んでるんだぞ的な脅し文句も無いわけ?
拍子抜けした。いやしていいのか分からんが、とにかくアイツからの追及がこれ以上来ないことを素直に喜ぶべきなんだろうか。それだとコヤンスカヤの言葉に従うようでなんか腹立つからヤダ。ってか仕事終わったんならもう大西洋に帰れよ。お前此処嫌いだって言ってたやんけ。
どうもふわっとした空気になったと髪を乱暴に掻き回す俺に、悪女は思い出したといわんばかりの表情を浮かべてみせ、「そういえば」を皮切りに今度は別の話を切り出してきた。
「私個人として気になっていることがございまして。それについて幾つかお伺いしたく」
「えぇ~?」
「私の機嫌がどうこう言う割に、そういう時は露骨に嫌そうな顔するんですね」
だって嫌なもんは嫌だし。コイツに個人情報握らせるとか、世界中に家の合鍵ばらまいてるようなものだろうが。悪用し放題にもほどがある。まぁ答えられる範囲でそれとなく誤魔化していこう。
「分かったよ。俺が答えられる範囲かつ、俺が答えてもいと判断できる内容までだかんな」
「寛大な御心遣いに、コヤンスカヤちゃん感謝感激あめあられだゾ☆」
「うわキッツ」
「なにか?」
いかん素が出た。
「何でもないッス。俺もこの後用事があるから手短に頼むぞ」
「それはもう。お手間は取らせませんわ」
だといいけど。さてさて、いったい何を聞かれるんだろうか。
よほど図星でも突かれない限りはボロは出ない、と信じたいが。後ろに控えてるランサーもここへ戻る前にキツく言い聞かせたおかげか、余計な口出しはしてこない。槍を握る手からミシミシと音が聞こえてくるけど気にしないようにする。だいぶキレかけてんな。もう少しの辛抱だから許せ。
独特の緊張感に苛まれる中、コヤンスカヤが心底不思議に思っているような視線で尋ねてきた。
「まず一つ。この異聞帯の『空想樹』についてですが」
「は? 空想樹?」
「―――――何処で、手に入れたんです?」
一つって言い方がもう不穏だが、聞かれた内容もこれまた予想外。もっとエグい内部事情とか聞いてくるのかと少し身構えてたのに。しっかし、なんでまた今更あの樹の話なんか……。
「何処でも何も、アレは最初から持ってる物だろ?」
「………最初から、と言いますと?」
「だから、最初からだよ。俺たちが全員『異星の神』とやらに蘇らせてもらった時から」
何を当たり前のことを聞いてるんだこの女は。そんな呆れの感情を込めた視線でコヤンスカヤを見つめると、マジで驚いてるような顔をしていた。耳とかピーンと逆立ってる、スゴいな。
でも、そう言われてみると妙ではあったな。復活してそれぞれの異聞帯を担当することになってから各自で英霊を召喚するっつー流れで、俺はそこでフォーリナーを見事に召喚したんだが。
その時はもう持ってたんだよな、『空想樹の種』ってヤツ。なんか上が丸くて下が円錐な感じの。
「…………申し訳ありませんが、少々時系列を整理しても?」
「ん? 時系列ってなんのだ?」
「貴方が空想樹を手に入れるまでの時系列です」
なんだ、さっきとは比べ物にならんほど真剣な顔してやがる。そんなに大事な質問なのかこれ。
別に気にする必要もないだろうに。アレってそもそも全員が配られてるものなんだよな、多分。
だったらわざわざ聞かなくてもいいだろ。というか異星の神の使徒名乗ってるお前がその辺の話を詳しく知らないっておかしくない? え、アレ。なんかおかしいぞ。コイツがおかしいのか?
間違ってんのは向こうの方、なんだよな?
「まず、貴方がたがカルデアで死亡し、そこを『異星の神』に救われる。そしてクリプター全員が復活を果たし、各々に異聞帯が割り当てられる。ここまではよろしいですね?」
「お、おう」
至極真面目な顔したこの女を見るのは初めてかもしれん。まぁ四回くらいしか顔見てないから当然と言えば当然だわな。って違う。今はそこはどうでもいいだろ、他に考えるべきことがある。
「そして貴方はこの日本異聞帯に赴き、アサシンを召喚した。そうですね?」
「そうだ」
「この後に空想樹を入手した、という事ですか?」
「いや、違う。その時にはもう持ってたぞ。持ってたというか、俺の後ろにあったんだが」
「…………………そうですか」
俺が答える度にコヤンスカヤの表情が険しさを増していく。なんだ? この質問の意図が読めん。というか空想樹は皆が所有してるんだから、別におかしいことはない、はずなんだが。
明らかに顔つきが豹変した目の前の女の様子に訝しむ。すると今までのやりとりがなかったようにからっとした笑みを浮かべ、組んでいた足を解いて立ち上がり、別れの挨拶を告げたきた。
「聞きたいことはある程度聞くことが出来ましたし、これ以上の干渉は異聞帯の王が許さないでしょう。さっきから私の尻尾の毛先がピリピリきてますもの。ここらで退散いたしますわ」
「は? え、なに? もう帰んの?」
「ええ、こんな旨みの無い異聞帯に長居する必要もありませんし。だいたいこの世界は退屈に過ぎます。
嗜虐的というよりも、絶好の獲物を見つけ舌舐めずりをする捕食者の如き視線に、思わず座っているのに足元が竦む。ビビってるのが丸分かりだと羞恥を覚えるより早く、背後の武士が唸る。
「用が済んだのなら疾く失せよ女怪、某の槍が貴様の臓腑を根こそぎ貫く前にな……!」
「あら、もしかしてお怒りかしら? 汎人類史のサーヴァントのくせに」
「異聞も汎史もないわ‼ 某は日の本にて生まれし
「そうですか。まぁ私には何の得にもならないお話ですので聞きはしません。では♪」
「あ、おい! ちょい待ってくれ!」
話が終わるまで言いつけ通りに黙ってくれていたランサーが今にも爆発寸前だが、それを躱すようにしてさっさと帰ろうとするコヤンスカヤに待ったをかける。まだ大事な要件が済んでねぇ。
俺の呼びかけに応じて転移を中止した彼女は、やや疲れた顔色でこちらを見つめてくる。
「はぁ~、まだ何か? 私そろそろ尻尾のケアをしないと毛先痛みそうで嫌なんですが」
「そっちの用件は済んでも、こっちの要件がまだなんでね…………ビジネスの話をしようや」
「――――それはそれは。ええ、いいですとも。商談とあればこの敏腕美人秘書にお任せを☆」
待ったをかけて正解だった。こちらがビジネスと口にした途端、文字通りに目の色を変えて飛びついてきやがった。コイツに頼るのは嫌だったが、背に腹は代えられない。高くつくだろうし、俺がこの女に支払える物はほとんど無いんだが、さて。いったい何を要求されるのやら。
今からもう後悔し始めているが、このままだと何も出来ないままになる。カドックと同じように。黙って指をくわえて見てるだけ、俺のような三流にはお似合いだが、こっちは御免被るっての。
カドックは俺にとって、間違いなく友人と呼べる存在だった。魔術師は基本的にロクデナシで友人だとか言われても実感がなく、利用価値がある間は付き合うってスタンスがほとんど。効率厨にも程があるというか人間性が薄すぎるというか。少なくとも俺とカドックはそうじゃなかった。
世間一般における友人の定義とは少し違うかもしれんが、それでも俺たちは「友」と呼び合うに差支えの無い間柄だったはずだ。俺はそう思っている。今もだ。もう会えないとしてもな。
もちろんカドックだけじゃない。俺にとってはヒナコも大事な友人だ。なんだかんだ一緒にいる時間がダントツで長かったが、不思議と恋愛感情が湧くことは無かった。きっとアイツがいつも項羽項羽って言ってたからだろう。好みのタイプは項羽のような冷血漢、俺とは似ても似つかんな。
それでも情は湧いてるさ。アイツが俺に助けを求めるなら、即座に手を伸ばす程度には。まぁあのヒナコが俺に助けを求めるようなシチュエーションなんざ思い浮かばないけど、俺はアイツを見捨てられない。そういう意味じゃ、大切な友人と言っても過言じゃない。
ぺぺの姐さんは……うん、元気にやってそうだ。あの人が弱音を吐くイメージが浮かばない。インドの大地で今日ものらりくらりしてんのかね。逆にこっちが心配されそうだ。
キリシュタリアは、うん。コイツも心配の必要は皆無だな。俺なんかに心配される方が心外だろう。つーか俺アイツに遠回しな死刑宣告されてたじゃん。よし、アイツは友人から除外!
べリルもデイビットもヤベーヤツだし日頃から交流があったわけでもなし、まぁチームメイトのよしみで助けられたら助けるぐらいの義理は果たそうか。デイビットは助けなんぞ要らんだろうが。
「………………そうだな」
そして、彼女。オフェリア・ファムルソローネ。彼女は俺にとって、友人だったのだろうか?
最初こそ手ひどく叱られたモンだが、マシュと関わる中で次第に打ち解けていった結果、よく二人で話したり遊んだりするようになった。友人と言えば友人みたいなものだが、少し違う気もする。何より彼女があの日、レイシフト直前に語った「大事な話」とやらが、未だに引っかかっていた。
本当なら特異点修復を終えたらすぐに聞けたんだが、クリプターとして蘇り異聞帯の運営を任される今となっては、聞くに聞けない状況になっていた。彼女の大事な話、心がモヤモヤする。
楽しかったカルデアでの日々を思い出す。Aチーム以外の人たちとの関わりも多くしていたが、それらの思い出より鮮明に浮かび上がったのはやはり、眼帯の奥に色鮮やかな瞳を隠していた彼女。氷のように冷たい鉄面皮が、春の日差しに溶かされるかの如く柔和な笑顔に変わるあの瞬間。
俺にとってオフェリアと一緒に居たあらゆる瞬間が、何よりも尊いものに感じられた。
「必要ないかもしれないけど、念には念を入れるタチなもんでね」
それが永遠に失われる事など、耐えられない。弱いから何も出来ないという理由は納得出来ない。迷惑に思われるかもしれない。っつってもカルデアの頃からかけっぱなしだったし、今更一つや二つかける迷惑が増えても構うもんかよ。それに、まぁ、なんだ。俺は知ってしまったからさ。
オフェリア・ファムルソローネという女が、常に何かに怯えて生きてきた事を。
そしてもしも、俺のような三流魔術師に………いや、俺という男に何か出来るとするならば。
「頼まれてほしいんだ、コヤンスカヤ」
「報酬次第で何なりと。魔獣の配送ですか? 資源の確保ですか? それとも、情報ですか?」
悪辣なニヤケ面で試すように見つめてくる悪女に、精一杯の男の見栄を張りながら伝える。
「もしオフェリアがピンチになったら、そん時は――――――」
不格好でもがむしゃらでも、アイツを俺に出来ることで支え、励ましてやることくらいだ。
いかがだったでしょうか?
本当はもう少し端折るつもりでしたが、2部5章の話を読み進める中で
ちょーーっと無視できない設定が飛び込んできてしまったので、そちらを意識した結果
展開を増やさざるを得なくなりました。ええい、はやく本筋を書きたいのに!
急いで仕上げますので、次回をお楽しみに!
ご意見ご感想、並びに批評や質問などお気軽にどうぞ!