Lostbelt No.8 「極東融合衆国 日本」   作:萃夢想天

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人理の継承権を相争う、その異聞の一片。


其処は氷と炎によって閉ざされた、神々の息吹残る残雪の大地。


遥か中天に浮かぶ、果てなき空の青すら飲み込む偽りの太陽よ。


焼き付けられた瞳から光を奪う炎は、あらゆる生命を灰燼へ帰す簒奪の炎へ。


さぁ、今こそ。


太陽を超え、燿く刻だ。





氷炎の戦乙女よ、黄昏を越えた先へ

 

 

 

 

 

「アナタ、ちゃんと寝てる? 無理を通したら、それこそカドックをとやかく言えないわ」

 

 

氷雪が世界を白銀一色へ染め上げている北欧異聞帯。その中央に王が構えた氷の魔城の一室にて、個人回線を繋げてきて開口一番にこちらを案ずる言葉を投げかけるぺぺの姿に、私は安堵した。

 

事態は予断を許さない佳境へ差し掛かっている。現在カルデア勢力は、この異聞帯に汎人類史がカウンターとして召喚したであろう彼女、戦乙女の原型たるブリュンヒルデを味方に引き入れた。 さらには神霊の複合体までもが力を貸しているらしく、彼らの勢いは時間と共に増すばかり。

 

つい先ほど量産型の戦乙女(ワルキューレ)を100騎ほど引き連れ、ワルキューレの統率個体たる三姉妹が三騎とも出撃していったのを確認して間もない。北欧の大神オーディンにより鋳造されたワルキューレたちを率いる代表人格たる彼女らにしては、鬼気迫る表情だったことが気にかかる。異聞帯の王にして神霊の女王たるスカサハ=スカディの寛大なる慈悲を賜りながらも抵抗を続ける彼らに対し、早急に策を講じなければならない。そんな切迫した心境がペペに読み取られてしまったのかしら。

 

 

「アナタは生真面目で、そつなくこなす子なのは知ってたけど、溜め込むタイプでもあったのね。ここしばらく鏡、見てないんじゃない? ああ、顔色が変ってわけじゃないわ」

 

「………」

 

「顔色じゃなくて表情よ。乙女らしさを微塵も感じないわよ、そんなんじゃ。心配事があるならアタシに相談なさいな。気休め程度かもだけど、気分は多少楽になるものよ?」

 

 

ぺぺの人を見る目、いや、観察眼か。そのあまりの精度に舌を巻く思いで、寄りかかってしまいそうになる自分をぐっと律する。いけない、このまま甘えっぱなしではダメ。それにおそらくペペはまだロシアの件は知らされていない。あくまでキリシュタリアが私個人に教えたことなのだけど、おいそれと話してしまっていい内容ではない。私ではその事を隠し続けていられる自信は無い。

 

 

「いいえ、大丈夫。今はお喋りの時間もないもの」

 

「……あら、そうなの。お互い大変ね」

 

 

明確な否定で会話の流れを断ち切った。申し訳なくなるけれど、いつまでもおんぶにだっこでは示しがつかない。小さなことでも自分の力だけで解決できるようにならなくては。あの人のように。

 

 

「でも、ありがとうぺぺ。わざわざ回線を開いてくれて。貴方も忙しいでしょうに」

 

「いいのよ、アタシが寂しくて我慢出来なかったんだから。こっちは男ばっかりで息抜きしたかったところだしね。気を遣わなくても平気よ、アタシたちの仲じゃない」

 

「………ありがとう」

 

 

感謝の言葉を口にするも、言葉だけではこの感謝の思いは伝えきれないほどに大きい。ぺぺにはカルデアに居た頃から本当に世話になっていて。今もこうして親身になってくれている。献身と言い換えてもいいほどの優しい触れ合いに、何度救われてきたか。

 

私の言葉に満足げな様子で頷いているぺぺ。しばらくしてから、近況について語り合いになった。

 

 

「異聞帯の王は? アナタのとこは比較的話が通じて穏やかだって話よね?」

 

「ええ。女王スカサハ=スカディは確かに、神の視点を以て北欧の残存人類を庇護している。でもそれは、絶対者の視点。神と人という規格の圧倒的な格差が相互理解に齟齬を生じさせているの。彼女の語る愛は、私にはあまりに規模が大きすぎて………」

 

「あらまぁ。コヤンスカヤちゃん……は、あんまりアテになるタイプじゃないしねぇ」

 

 

本当にその通りだ、と無言の首肯で返答してしまう。

 

するとホログラムに移るぺぺの表情が、慈愛すら感じさせる穏やかな笑顔に変わる。

 

 

「じゃあ、アタシからじゃ素直に喜べないかもだけど、一つだけ」

 

「なに?」

 

「アナタの異聞帯の『樹』は大したものよ。もう種子を吐き出しているんだから」

 

「それは私の功績なんかじゃないわ。この異聞帯の土壌が良かっただけ。それに、枯死させてしまって……僅かでもサンプルが確保できていれば、きちんと成果を残せていたら、私は……」

 

 

ぺぺの口から出た言葉は、私への称賛だった。私の結果への正当な評価だった。それでも。

 

 

「もう、そんなにしょげないの。胸を張りなさい、種子の射出は育成が良好な証拠でしょ! つまりは異聞帯の王とうまくいっているってコト。よくやってるわ、おめでとうオフェリア」

 

「……ありがとう」

 

 

私が自分を卑下する度に、その下降速度を上回る速さでフォローしてくる気配りの達人っぷりに、もはや脱帽するしかない。本当にペペは、恥じらいも偽りもなく私を正面から褒めてくれて。それがどんなに嬉しいことか。貴方の言葉だから、私は素直に受け止めることが出来るのに。

 

他者の視線を気にする必要も無いこの世界だからこそ、私は憚ることなく思いを言葉に出来た。

そこでふと、ある事を思い出した。珍しく私がぺぺの言葉を否定するような出来事があったと。

 

 

「でも、ぺぺ。コヤンスカヤの事は好きになれないけど、悪いところばかりじゃないのよ」

 

「え、うそ? そういうのアタシが言っちゃうならまだしも、アナタがそれ言っちゃうだなんて! やだもうなによ、何かいいことでもあったの? きゃ~! 気~に~な~る~!」

 

「そ、そんな反応をするほど大したことじゃないのよ? ただ、ちょっとだけ見直したの」

 

「ふ~ん。良ければ聞かせてもらえるかしら?」

 

「それは………流石に、恥ずかしい」

 

 

本当に大したことではないのだけど、どうしてもこの話を誰かに、ぺぺと言えど話してしまうのは気が引けてしまう。申し訳なく思いながらも羞恥に口を紡ぐ私を見て、向こうが折れてくれた。

 

 

「無理に聞き出すのも悪いかしらね、こういう話は。それならアタシから最後のおせっかいをしちゃおうかしら。クリプターとは無関係な助言だけど、きっとアナタに必要なことだから」

 

「それは、いったい?」

 

「無理は程々に、ね。魔術師としてより、女としての話よ。そっちの異聞帯にお化粧があるかは分かんないけど、自前のファンデーションくらいやっておかなきゃダメ」

 

「え……?」

 

「せっかくキレイな顔立ちなんだから、そんな風に俯きがちなのは損するってことよ、オフェリア。ゼベルの前だけでもちゃんとした自分を見せておやりなさい。いいわね? でないとアナタ、またいざっていう時に尻込みしてチャンスを無駄にしちゃうんだから」

 

「…………ええ。アナタには全部お見通しみたいね、ぺぺ」

 

 

ホログラムに投影されている普段通りのぺぺの顔が、嬉しそうに形を変える。そんな様子を見て私も少しばかり心のしこりが解けたようで、小さく安堵の域を漏らす。

 

 

「ふふ。それじゃそろそろ切るわ。カドックの方も気になるし」

 

「……そうね。無事だといいけれど」

 

「連絡が取れればいいけど、一向に回線に応答が無いし。ゼベルにも聞いてみようかしら。まぁ、カルデアが出現した後で連絡がつかないなら、つまりはそういう結果(コト)なのかしらね」

 

 

最後にそう言い残して、ホログラムは役目を終えてプツリと消える。いいリフレッシュになったと心から思えるほどに、私の気分は楽になっていた。誰かに話すと、こうも違うものなのか。

それともこれはぺぺが相手だから? なら、もしも相手があの人なら。そうしたらもっと……。

 

夢想に思いを馳せること二秒弱。気付けば音も匂いも感覚すらもなく、私の目の前に人の形をしたナニカが姿を見せた。我々クリプターは、ソレが何か知っている。何一つ知る事は無いソレを。

 

 

「またアナタなの、異星の巫女。なに? 責めているの?」

 

 

一言も声を発することなく、ただ視線を投げ打ってくることによる意志の疎通は、不可能。

 

 

「彼女―――ブリュンヒルデなんて早々に殺せばよかったのに、って?」

 

 

こちらからの問いかけにも反応はあれど応答は無し。会話による意見の交換は、不必要。

 

 

「殺そうとしたわ、したのよ。殺そうとした。本当に。でも……私には出来なかった」

 

 

沈黙ですらない静寂の間に、私は自身の悔恨を吐き出す。

 

 

私は汎人類史の英霊を、ブリュンヒルデを殺せなかった。

戦力に不足は無く、戦略に不備は無く、敗北の戦犯はいない。けれど、殺せなかったのだ。

 

誰かを愛したけれど報われずに散ったかの戦乙女を、どうしても殺すことができなかった。

 

自分を重ねた、なんて冗談でも言えない。神話に登場する戦乙女に自己投影できるほどの自己主張が強い女だったなら、私はこんなにも後悔していない。思いを告げず終いだったあの日の事を。

私が想ったのはむしろその逆だ。きっと私では()()()()()()()()()()()だろうという、諦観。

 

 

「……私には、どうしても……」

 

 

出来なかった。異聞帯の管理運営を預かる者としては、私の契約したセイバーを殺してしまう可能性のあるブリュンヒルデは、確実に消しておくべき相手だと正しく把握していた。

 

 

 

「それでも、私は………」

 

 

いつの間にか異星の巫女の姿は消えていて、代わりに白銀の装甲に身を包む騎士が現れる。

 

 

「また独り言か。クリプターと言えど孤独に呟く夜もある、か? どうしようもなく女だな」

 

「ッ……黙りなさいセイバー」

 

 

其処に立っているのは、私がこの北欧で契約したセイバーのサーヴァント。いえ、サーヴァントなどと呼べるような代物ではない、恐ろしい存在。北欧の地に根強く残る英雄譚の主役として名高い【シグルド】の霊基に侵入した破壊の化身。それこそが私を今も悩ませている最たる要因だ。

 

私は父の影響で北欧の英雄譚「ヴォルスンガ・サガ」を良く知っている。だからこそ物語を彩った破格の大英雄たるシグルドが私の声に応えてくれたと喜んだのに。実際は悍ましい凶悪な炎が彼に成り代わって私の目の前に立ったのだ。それ以来、私はこの男との関わりを避けている。

 

 

「クク。俺を睨みつけてどうする? 他に気を払うべきものがあるはずだが?」

 

「…………」

 

「なお気張るか、やはり面白い女だ貴様は。何を成すのか、今から楽しみでならん」

 

「もう黙って。そして消えなさい、セイバー。霊体化を解けと命じた覚えはないわ」

 

「戦乙女が二騎、スルーズとヒルドが連中に斃された」

 

 

顔も見たくないと明確に拒絶の意思を示しているのに、セイバーは喜々として私の言葉へ反抗してみせる。そのうえ、こちらの戦力であったワルキューレの統率個体のうち二人を失った報告を、まるで己の手柄を誇示するが如くまくしたててきた。粘ついた赫奕の瞳が、私の左目を射貫く。

 

 

「カルデアはいずれ再び此処へ至るぞ。遭うのが愉しみだな、オフェリア」

 

「…………やめて」

 

「おまえ風に例えるなら、そうさな―――『日曜日の訪れは近い』とでも言おうか」

 

「ッ‼」

 

「嗚呼、実に。実に待ち遠しいぞ。心地よい響きだ」

 

 

そう言い残して、セイバーは再び霊体化して姿を消した。おそらく消えただけでこの部屋から出て行ったわけではないのだろう。今も私が狼狽える様子を見て悦に浸っているに違いない。

 

それにしても、カルデアがここまでとは想定外だった。ブリュンヒルデを引き入れた時点で戦力的にはかなり強まったと認識していたけれど、まさかワルキューレの二騎を倒して向かってくるなんて。また、来てしまうのね。マシュ、貴女は。駄目よ、駄目。来ないで、来ないで、来ないで。

 

 

「日曜日がまた、来るというの――――」

 

 

寒さとは違う感覚で身が竦む。両腕で体を掻き抱いても震えが止まらない。嫌、嫌、嫌。どれだけ祈っても日曜日はやってきてしまう。また私を閉じ込めるの。なんで、どうして。誰か、誰か。

 

 

『     ク  ク     』

 

 

誰かの嘲笑うような息遣いを聞いたような気がして。

 

それを確かめる間もなく、私の意識は深く深く沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に私の意識が回復した時には、既に()()()()は始まってしまっていた。

 

偽りの太陽は昏き孔となりて、大英雄の霊基の中に封じられていたはずの厄災が、その本来の姿を取り戻す。万象を焼き滅ぼす神話のエンドマーク。星の終末装置として生まれた破壊を齎す炎の巨人王。そして、かつて私の命尽きかけたあの日に魔眼が捉えてしまった、終焉に取り残された灯。

 

其は、炎の巨人王――――スルト。

 

この異聞帯にて女王が制御下に置いていた巨人種たちよりも遥かに巨大なソレは、遥か霊峰の尾根すら膝丈程度に見えてしまうほど、圧倒的な巨躯を誇る。文字通り、生ける災厄と呼ぶべき姿。

 

その足元に近寄る巨人種が哀れにも踏み砕かれ、逃げ遅れた氷の獣は瞬時に溶けて消える。

万物万象、悉くを無に帰す在り方は、孤高とすら形容できる。冠を戴かずとも君臨せし孤高の王。

 

私は気付けばその肩に乗せられているけれど、事実として、彼に寄り添える者は誰もいない。

彼と同じ視座から世界を見渡せるモノなど、在りはしない。神ですら見下ろす厄災の具現なれば。

 

何者をも凌駕する巨人の王たる彼の闊歩に揺られ、私はただ焼け落ちる世界を眺めるだけ。

 

 

(キリシュタリアにもゼベルにも、誰にも通信が繋がらない……スルトの魔力の影響ね)

 

 

冷静に俯瞰しながら、この状況を覆す方法などないのだと結論付ける。もはや取り返しのつかない段階にまで至ってしまったのだから。スルトを、星の終末機構を目覚めさせてしまったのだから。

 

 

(…………燃えて、焼けて、滅んでいく。何もかも全て)

 

 

一種の解放感すら覚えてしまうほどに、スルトという規格外の行進は私に畏怖を植え付けた。

どうしようもない現状から目を背けて、何も考えたくないと揺らぐ焔を停止した思考で見つめ続ける。ゆらゆらと燃え盛る命の残滓を光の宿らない瞳で眺める私の脳裏に、ふと何かがよぎった。

 

 

(―――あ、れ? わたしは、なんで。こんなコトしているの。おしえて、だれか)

 

 

ほんの瞬き程の合間に、へらへらと軽薄そうに笑う誰かの姿を、思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愚かな。クリプターと言っても随分違うもんだな、アイツは。女を捨てられん弱者め」

 

 

スルトが北欧の大地を炎で埋め尽くさんとする最中、異聞帯の王の知覚範囲から離れた北欧の片隅にて。褐色の肌に灰白の軽鎧をまとった女と、並び立つように巨人王を見上げる悪女がいた。

 

 

「此処の女王といいあの女といい、男を見る目のねぇ連中ばっかりか」

 

「そうですねぇ、それに関しては同意しますわ。行き遅れた神々の花嫁も大概ですが、優秀であるがゆえに凡愚に惹かれる戦乙女とか、二番煎じも甚だしい。よくて三文芝居な結末でしょう」

 

 

防寒使用の厚い衣服に身を包む悪女コヤンスカヤは、まさに崩壊しかかっている眼前の世界をせいぜい喜劇の演目程度にしか見ていない。ステージ上で道化が演じる愚者の真似を心から愉しんでいる様子に、槍を携えた褐色の女―――カイニスは心底から侮蔑したような表情を浮かべる。

 

 

「チッ。もういい、この異聞帯の結末(オチ)は見えた。オレは戻る。テメェはどうすんだ?」

 

「そうですねぇ。一面の銀世界、リゾート地にでも改修すればさぞ繁盛しそうなものですが」

 

「ハッ! 人間の滅んだ世界で、何を相手に商売する気だよ」

 

「お得意様はいらっしゃいますのでそこはそれ。ですが、あの巨人が土地を景気よくボーボーと燃やしてしまっているんで、商機はパァ。御破算みたいですし、そろそろ退散するとします」

 

 

コヤンスカヤは演技染みた身振りで撤退を宣言する。

 

 

「オフェリアちゃんの顛末を見届けてから、ね」

 

「……キリシュタリアへの報告ならオレが先に済ませてやる。テメェの出る幕はねぇ」

 

「いやん。せっかく情報を高く売ろうと思ってたのに。また商機が潰されちゃうなんて」

 

 

何か良からぬ企てを自身のマスターに持ち掛けようとする気配を察知したカイニスは、先んじてコヤンスカヤの行動を潰しにかかる。対して、またも胡散臭い反応で疑いの目を躱してみせる悪女。余計に苛立ちを募らせる結果となったが、気分を落ち着けようとここで話題を切り替える。

 

 

「やかましい…………ところで女狐」

 

「コヤンスカヤです。ええ、はい。どうかされました?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

カイニスが悪女の背後へと視線を向ける。そこには呼吸音すら耳に届かぬほどの寡黙を貫いたまま仁王立つ人物がいた。その腰に帯びた獲物は、カイニスの文化圏には無かった細身の剣があった。己がいるギリシャの異聞帯にて交戦した汎人類史の英霊の中に、同じ類の武器を持っていた者がいた程度の知識しかないが、それでも男が東洋の英霊であることはカイニスにも分かった。

 

やおら殺気を湧き立たせ始めたカイニスに対し、問われた悪女はおどけた態度で答えてみせる。

 

 

「ああ、こちらの方ですか? 残念ですがNFFサービスの商品ではございませんので、万が一にも戦闘行為などなさいませんように。非売品なうえに、借り物という扱いになっておりますから」

 

「借り物だぁ? ってことは、どこぞの異聞帯のサーヴァントか?」

 

「ふふ。こちら、世にも珍しい『人を殺さぬ東洋のサムライ』でして」

 

「サムライってのは東洋の剣士だったか………っつーことはあの雑魚の異聞帯産か」

 

 

コヤンスカヤの言葉に耳を傾けたカイニスは、相手の出所が知れた瞬間に殺気を倍増させた。

侮辱を受けたわけでもなく、ましてや口もきいていない相手である。しかしカイニスは己に絶対の自信を有しており、常から相手を下に見るタイプであった。自尊心が助長する性質なのだ。

 

そんなカイニスは、我慢ならなかった。東洋の異聞帯と聞き、さらにサムライとくれば出身が日本とかいう小島であることは明白。そんな弱小英霊如きが、何を澄ました顔で突っ立っているのか。海神ポセイドンの権能を持つ神霊たる己を、まるで眼中にないと言わんばかりの姿が気に食わん。

 

つまるところ、見当違いの八つ当たりである。

 

 

「おいサムライ。極東の三下風情がオレ様を前にして平伏しないってのは、どういう了見だ?」

 

「……………………」

 

「あの、カイニスさん? 私の話聞いてました?」

 

 

暴論を吐き散らすカイニスにも、男は眉一つ動かすことなく、ただ一点のみを見据えるのみ。

そんな姿を見てさらにヒートアップするカイニスを、流石のコヤンスカヤも宥めようとするが。

 

 

「テメェの話なんざ知るか女狐! オレはテメェに言ってんだよサムライ!」

 

 

ついに槍を握りしめて臨戦態勢を取り始めたカイニス。しかし男は隣で騒ぐカイニスを意にも介さずに、ただ巨人の王が歩く様を見上げ続けている。余裕綽々の風体に、ついに我慢の限界がきた。

 

 

「―――――殺す」

 

 

携えた槍の穂先が眼前の男を捉え、刹那すら長く思えてしまうほどの神速を以て肉薄。

 

カイニスは確信する。殺った、と。

 

海の上でなくともカイニスは強い。ましてや極東の島国からポッと出てきた剣士風情に、自身の一撃を知覚できるはずもない。サーヴァントはエーテルで肉体を構成している為、死体は残らない。死に晒しの恥をかかずに済んだな、という手向けの言葉でも送ってやろうという余裕すらあった。

 

だが。

 

 

「な、に………?」

 

「あちゃ~。だから言ったんですよカイニスさん、『戦っちゃダメだ』って」

 

 

間違いなく男の心臓部を貫いていたはずのカイニスの槍は、スルトの歩いた余波で舞い散る火花に照らされているばかり。肉を裂く感覚もなければ、骨を断つ感触もない。ただ、虚空を突いた。

瞬間、ハッキリと知覚する。神速から放った攻撃は、躱されていたのだ。島国の弱小英霊に。

 

奥底から怒りが膨れ上がり、今にも爆発しようとしていたその時。初めて男が口を開いた。

 

 

「―――我が心に陰りなく。()とは()にして、()なる()。これ即ち()なる一()なり」

 

 

すらり、と。カイニスですらいつ抜いたのか分からぬ刀の切っ先が、褐色の首元に届く。

憤慨を口から発するよりも数段早く、生殺与奪を握られたという事実に、冷や汗が滲む。

 

カイニスには【神性】というスキルが備わっている。これは神に連なるもの、ないし神の血を引く者、もしくは神と縁の深い存在に付与されるスキルであり、神性スキルを持たない者からの攻撃の一切を無効化する破格の性能を誇る。それもまた、カイニスが己を誇り憚らない理由の一つだ。

 

けれどカイニスは超常的な直感で理解していた。今まさに首の膚を裂こうと切っ先を向ける刀で、自分は傷を負うであろうと。つまりは、このサムライも神性にまつわる力を持っているのだと。

 

 

「喚くなよ女。儂は剣客なれば、神霊なにするものぞ。我が刃、如何なる者も阻む術なし」

 

「くっ………クソがッ!」

 

 

なおも抵抗しようとするカイニスに、いよいよとなって悪女が仲裁に割って入る。

 

 

「はいはい、お戯れは其処までに。これ以上は看過できませんよカイニスさん?」

 

「うるせぇ! オレに指図するなとあれほど―――」

 

「キリシュタリア様への報告事項、このままじゃ増えちゃうか・も☆」

 

「……………チッ‼」

 

 

ふざけた態度が気に食わないと叩き伏せることも考えたカイニスだったが、流石にマスターを引き合いに出されると躊躇の思考がよぎる。結果、業腹だが矛を、もとい槍を収める事とした。

 

 

「この屈辱は忘れんぞ、サムライ野郎…………次会ったらその首刎ねてやらぁ!」

 

 

憤怒に顔を歪めたまま、捨て台詞を吐いて北欧異聞帯からカイニスは離脱する。そんな様子を見送ったコヤンスカヤは、「自業自得って概念、逸話的に身に染みてるかと思いきや」と疲れた表情を浮かべていた。しかしすぐに普段通りの取り繕った笑顔に切り替わり、男に飄々と語りかける。

 

 

「さて、些細なぶつかり合いこそありましたが。いかがです?」

 

「……如何、とは?」

 

「とぼけちゃって。神霊を相手取ったご感想とかありません? 強敵だった、とか」

 

「無い。先の手合いは武人とは呼べぬ。ただ力を悪戯に振るう能無しよ」

 

 

淡々と語る男に、コヤンスカヤは「そうですか」とつまらなさそうに興味を失くす。

 

今度は男の方が彼女に問いを投げかけた。

 

 

「さて。儂は我が主の盟友()()()()()という娘を救いに参った次第。いつ出向く?」

 

「依頼者の意向に沿うやり方が望ましいので、あなた様の出番はもう少し後になりますかね」

 

「ほう? かの巨人の肩にいた娘、よからぬモノに魅入られておるようだったが」

 

「だからこそ、時を待つ必要があるのですわ」

 

 

くつくつと高慢さを隠しもせずに嘲笑う悪女に、さしもの男も眉根に皺を寄せ目を細める。

 

 

「外道めが。その必要とやらは、貴様にとって必要だからであろう」

 

「あら、もしかしてバレてます?」

 

「主殿より娘の事を少なからずお聞きしている。貴様の狙いは、娘の眼とやらだな」

 

「うふふふふ」

 

 

厭らしい嗤いに尻尾をくねらせたコヤンスカヤは、試すように問いを返した。

 

 

「それでお侍様。私の目的が彼女の魔眼だと知ったうえで、如何なさいますの?」

 

「………()()()()。主殿より仰せつかった命は、娘を助けること。貴様は娘の眼が欲しいのであれば、死なすことは避けるだろう。眼などくれてやる。儂は殿の命に従い、娘を救うのみ」

 

「それはそれは………やりやすくて助かります」

 

 

邪魔立てはしない。互いに過度な干渉を控える。商売相手として申し分ないと、悪女はほくそ笑む。凡愚な主に仕えるには惜しいくらいの人材だが、下手に手を出す理由もないと欲を抑える。

 

そうしているうちに、炎撒き散らす巨人の王は目視すら危険なほど眩い光を束ねた剣を振り上げ、異聞帯に100程度しか存在しない集落の一つのある場所へ向けて、握った光源を叩きつけた。

スルトの一撃をカルデアがどうにか持ちこたえるだろうと予期していたコヤンスカヤは、そろそろ刈り入れ時が近いことを鋭敏に察知。絶好のタイミングで接触するよう行動を起こす。

 

 

「では参りましょう、()()()()()()()()()()様?」

 

 

北欧の氷原に、暴力的なまでの白き光が聳え立つ様を眺めつつ、侍と悪女は歩み始めた。

 

 

 

 

 








—————刻限はすぐそこに。


—————白き大地、青き空、そしてそれらを飲み込む、赫。


—————星すら焼き尽くす終焉に向け、虹の橋が架かる。


—————誰かの声が、残響となって乙女に届く。


—————灰は灰に、塵は塵に。


—————しかして虹は、光を放つ。


—————征け、黄昏の先に待つ彼方へ。

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