Lostbelt No.8 「極東融合衆国 日本」   作:萃夢想天

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———否、認めぬ。

———それが「人」の結論であれど、私には容れられぬ。

———我が忠、我が意、之凡て我が伴侶に捧げしもの。

———あまりにも永き放浪の末、ついに見出した安息。

———その想いに、私は背を向けられぬ。

———許してはおけぬ。尊き想いを踏み躙る「人」よ。

———許してはおけぬ。志半ばに倒れた「そちらの私」よ。

———その無念、その悔恨、その悲憤。その総算を我が躯体に委ねるがいい。

———唯一度だけ、天下鎮定の為でなく、一人の女の為に矛を執る。

———いざ。■■の極限、見届けよ。








四面楚歌の雛芥子 『抜山意気都已無』

 

 

 

 

 

其処に居る誰もが、言葉を失っていた。

 

 

世界の行く末を担う、文字通りの頂上決戦が繰り広げられた戦場の中心に集う人々。

 

片や、汎人類史を白紙化から取り戻すべく奮起する、カルデアに所属する者たち。

 

片や、剪定された異聞帯を体一つで守り抜かんとした、中華の覇者たる始皇帝。

 

そんな彼らの視線は今、この場に存在する「人ならざる者」に向けられていた。

 

 

「……ああ。我が悲願、ついに果たせず……」

 

 

残骸。今の彼をそう表現する以外にない。この中国異聞帯にて絶大な暴威を揮っていたはずの

存在が、見る影もなくなってしまった。四足四腕、人馬一体の異形は、二度と立つこと叶わず。

人の生きる世界の命運を分かつ分水嶺に、自ら刃を突き入れんとした異形の片割れが駆け寄る。

 

 

「虞よ、またも汝を……果てなき彷徨へ追いやってしまう…」

 

 

男の真名()は、【項羽】

 

自らを『歴史を拓く為の時の歯車』と称し、理想を遂げるべく覇王の道を歩み続けた修羅。

 

 

「項羽様…!」

 

 

女の真名()は、【虞美人】

 

精霊に近しい永命の種にして、安らかなる平穏を過ごすことだけを願いとした、不死仙女。

 

 

「汝に安息を与えたかった。静かなる日々を、変わらぬ時を、共に過ごしたかった」

 

「項羽様……」

 

 

絡繰り造りの躯体から時折黒煙が噴き上がり、血管に似た配線からは火花が飛び散った。

両者と同じく人ならざる存在でありながら、種族(ありかた)は異なる。それでも、愛で結ばれていた。

 

 

「だが、我が機能はそれに及ばす。願ってなお果たせぬ想い……こうも胸を苛むものか」

 

「項羽様! わ、私は…ッ!」

 

 

二人の間に、人の入り込む余地などありはしない。彼女らを追い立てた側なのだから。

 

時に人は、誰よりも理知的に未来を憂い現在を壊す英傑を、暴虐の狂者と見定め討ち滅ぼす。

時に人は、時を経て老いず朽ちず果てぬ不老不死の女性を、魍魎の類と見做して排し続ける。

 

誰からも理解されず、誰からも受け入れられず、時代に押し流されて出逢った。

紛うことなき運命を享受しようとする二人を、それでも人々は許すことなく攻め立てた。

 

故に。この異聞の歴史に駆動する項羽にとって、有り得ざる剪定事象こそ、安息の地だった。

 

 

「我が伴侶よ……汝の未来に、我が手が届かぬ……虞、よ…」

 

 

躯体の損耗率は8割を超えている。彼の活動現界は、とっくの昔に訪れていたはずなのに。

機械的思考でも、論理的思想でもなかった。この彼を突き動かしたのは、熱き感情である。

 

もうこれ以上、彼が彼女にしてやれることはない。誰の目にも明らかであったし、彼自身が

それを一番よく分かっている。最愛の妻の目から零れる涙を、掬い取ることさえ叶わない。

だが、項羽を形作る全機能が停止するまでの数秒。彼は何よりも妻の幸せを優先した。

 

思考。思考。思考。

 

繰り返される思考と、そこから逆算する未来演算。結果から導き出した最適解を再検討。

残された時間のすべてを、泣き崩れてもなお美しい女の為に費やす。そうして、ついに。

 

 

———(こたえ)は、得た。

 

 

「虞よ……この、世界から、すぐに立ち去るのだ…」

 

「えっ…? な、何故ですか⁉ どうして、そのような!」

 

 

女は最愛の夫の言葉に困惑する。彼女にとって、彼こそが生きる意味。生を耐えた理由。

苦痛を苦痛で上書きするような虚しき旅路の果てで、ようやく手が届いた真に幸福な世。

永遠を生きる彼女にとって、彼と共に迎える死こそは、最上の救いに他ならない。

 

なのに彼は、自らの救いを放棄しろと告げているのだ。真意を尋ねずにはいられなかった。

 

 

「私は貴方様の隣に……今度こそ!」

 

「我が願いは、共に滅ぶ事に非ず。虞よ、汝の心に安寧があれば、それで良いのだ」

 

「ですから! 私は貴方の御傍に! 我が安寧は、御身の隣にしか有り得ません!」

 

「…………その言葉は、真実ではない…」

 

「え……?」

 

 

大地の形すら変わるほどの時を過ぎても色褪せない想い。それを誰より愛しい者から否と

断じられるとは、思いもよらなかっただろう。彼の真意が分からず、瞠目に口を閉ざす。

驚きであれ、ようやく泣き止んでくれた。そう安堵する間も惜しむように、彼は続ける。

 

 

「……虞よ。汎人類史の私亡き後、気の遠くなる程に人の世を彷徨ったことだろう。

 人は増え、大地は削られ、精霊は姿を消した。人の創る人の世界に、汝の居場所など

 ありはしなかったはずだ。それでも、我が伴侶よ。絶望の中に、希望を見出したな?」

 

「い、いったい、何を……」

 

「———()()()()()()()()()? 私のいない二千と余年の歳月の果てで、その者と」

 

 

彼の言葉を聞いた彼女は、すぐさま言葉が出てこなかった。言わんとする意味が分からず、

数秒の沈黙を生んでしまう。ようやく理解した直後、浮かび上がったのは、疑問だった。

 

 

「な……何故、項羽様が、あの男の事を…⁉」

 

「許せ虞よ。汝が陛下の御許へ、仮面の英霊と共に参じたあの時。陛下の御傍にて待機して

 いた私も、汝らの話の傍聴を聞いてしまったのだ。故に、知っている。その者の事を」

 

 

男は謝罪と共に話した。彼女がまだクリプターの一人として動いていた時に、彼女が使役

していたサーヴァントとの他愛のない雑話を、始皇帝の傍聴越しに耳にしていたのだと。

彼が演算によって導き出した、彼女の幸せへの最適解。可能性が最も高い手段を選択する。

 

 

「虞よ、生きろ。常命の徒でありながら、汝の嘆きを解する者と共に……生きるのだ」

 

「そん、な……違います、違うのです項羽様! 私には貴方様しか!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。その事実に偽りはない」

 

「ッ‼」

 

 

女は動揺する。自分には目の前に居る男しかいない。そう信じて疑わず、今も変わらない。

けれど男はそう思っていなかったのではないか。そんな事を僅かに考えたが故の動揺。

そして、それ以上に……彼の言葉を否定しようとしない自分の心情に、彼女は驚いていた。

 

 

女———虞美人にとって、項羽こそが全て。項羽と共に在るべく、生を恨み耐えてきた。

 

女———芥ヒナコにとって、ゼベルとはなにか。憎むべき人間、なのに時を共にした。

 

 

相手は人間だ。自分たちを追いやり、今まさに悲願の達成を阻害してきた、怨む対象だ。

相手は同類だ。人の身に生まれ、人の性を嫌悪する、思いを分かち合える類稀な存在だ。

 

 

(分からない。わからない。ワカラナイ。なんで、どうして………?)

 

 

どうして自分は、「あの男となら生きてもいい」なんて、思ってしまえるのだろう。

 

 

「……虞、よ………」

 

「ッ…項羽様!」

 

 

女が自分の中に生まれた妥協に苛まれている間にも、男の躯体の崩壊と停止が迫っていた。

人間とは構造の異なる双眸から、徐々に光が失われていくのが分かり、彼女は再び涙する。

その一瞬で彼女は、何より彼を大切に想う心に偽りがないと確信するが、同時にそれは

脳裏に浮かんだ凡庸な一人の人間を信頼している事実にも間違いがないと、証明してしまう。

 

一秒にも満たない時の経過が、男と女の運命を変えた。

 

 

「汝を、如何、せん…………」

 

「———あ、あぁぁッ……項羽様、項羽、さま……」

 

 

奇しくも、汎人類史の項羽が最期に残したのと同じ言葉を口にし、異聞帯の項羽は果てた。

 

カルデアと中国異聞帯の王、始皇帝の両者が見守る中、一人の女の慟哭が空へ消える。

限りある生命の死とは明らかに異なる、冷たくなった無機物を抱きかかえ、女は悲嘆する。

それから、どれほど時間が経ってからか。幽鬼の如く立ち上がった彼女は、静かに吼えた。

 

 

「カルデア、始皇帝、汎人類史……これで決着のつもりか? この先の道が拓けたと?」

 

 

瞳にこもるのは、敵意。色濃くにじみ出る、害意。もはや歯止めの効かぬ、殺意。

心の寄る辺であった最愛の男を()()()人間に奪われた女は、未来など求めはしない。

 

 

「この期に及んでカルデアを阻むか? 仙女よ」

 

「もとより人の世の未来など知ったことではない。誰が剪定され、誰が編纂されようが、

 そんな事はどうでもいい。今となってはもう、貴様ら人間への憎悪の一念しかない!」

 

 

復讐せよ、応報せよ。報いを受けよ。呪われろ。彼女の内側を人への悪意が埋め尽くす。

こうなってはもう、彼女には止められない。そもそも、止める意思など存在しない。

溢れ出る魔力が、彼女の背後に聳える『空想樹』へ浸透し、彼女を確固たる存在たらしめる

霊基を拡散さえていく。受肉した精霊としての自我を捨て去り、報復の権化へ転身する。

 

天界にある仙道の種は、扶桑樹と呼ばれる存在の分霊(わけみたま)のようなものと始皇帝は知り得る。

よって、目の前で虞美人が自己存在を媒介に、空想樹を急成長させようとしていることを

看破することができた。また、それが彼女ならば可能であるという結論も既に出ている。

 

始皇帝の考えを読んだのか否か。虞美人は薄れかかる仮初の肉体、その顔を歪めた。

 

 

「そうだ、未来など与えるものか! 人類に、貴様らに……!」

 

 

始皇帝との頂上決戦を勝ち抜き、異聞帯の存続の為動き出した項羽を撃破したカルデアの

英霊たちが、一斉に構える。向けられている力の波動を警戒しての行動である。

しかし、そんな彼らの様子を意に介することもなく、怨念の塊は怒りのままに叫んだ。

 

 

「人ならざる者たちの嘆きをすべて踏み躙り、進んできた貴様らなぞに‼」

 

 

空気を震わせるほどの怒気が、この場に集った人間たちへ向けられる。

女は衝動に駆られるまま、内から生じる情動のまま、目に映るすべてを壊さんとする。

 

このままでは、彼女は自己を捨ててまで、憎悪する人間の鏖殺を敢行するだろう。

それが理解できるからこそ、カルデアに、人間に、女との話し合いの余地が完全に断たれた

ことを知覚させる。もう、今にも目の前から消えようとしている彼女と、和解は叶わぬと。

 

しかし、項羽の演算がもたらした数秒が、女の命運を既定の路線から分岐させた。

 

中国異聞帯を星のテクスチャに繋ぎ止めている『空想樹』が、女の霊基を吸い上げて急速に

成長していく様を誰もが見上げているその時。彼女の持つ通信礼装が、唐突に起動する。

 

 

『おーい。ヒナコー、いるかー? いきなりで悪いんだがちょいと話、を……?』

 

 

カルデアも、始皇帝も、そして女本人すらも予期しなかった、第三者の介入。

しかも介入してきた人物は、彼女がクリプターの一員だった頃に関わり深かった人物。

 

 

「なっ……ゼベル・アレイスター⁉」

 

「ゼベルさん!」

 

「あ、あの人が…?」

 

 

通信礼装が映し出したホログラムを視認したカルデア勢力のうち、直接の面識があった

マシュと記録として面識を持つダ・ヴィンチ、話だけを聞いていた藤丸立香が反応する。

現場にいるホームズは黙し、彼の登場による何らかの変化を推理し始めた。カルデアが召喚した

サーヴァントと、異聞帯に召喚され加勢した他の英霊たちと始皇帝は、首を傾げている。

 

そして、女は———すべてを諦めた顔をしていた。

 

 

「お前は、こんな時にまで間が悪いのね……本当に、間が悪い」

 

『なっ、え、うん? ヒナコ、だよな? 眼鏡じゃねぇし服もなんかアレだけど…』

 

 

それまで表情を歪めていた怒気は霧散し、代わりに彼女が浮かべた表情は、諦観の色。

さながらそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()類の、絶望。

こちらの状況を知らないがための混乱に頭を悩ませる凡愚に、彼女は潤む瞳を向ける。

 

 

「ゼベル・アレイスター。お前の誕生があと二千年ほど早ければ、私は救われただろうに」

 

『………なに言ってんだ、ヒナコ?』

 

「いいえ、いいえ。芥ヒナコという女はいないわ、ゼベル。私の真の名は【虞美人】」

 

『それって、お前の大好きな項羽の愛妾………ん? 待て、待ってくれ。つまりお前は』

 

「人に非ず。ただ人を憎み、人を恨み、それでもただ叶わぬ再会を夢見て生きた不死の女」

 

 

始皇帝すら、見入ってしまう。吐息一つ漏らすことも躊躇われるほど、女が美しいが為に。

最愛の夫をまたしても人間に奪われ、おそらくは夫の次に信を置く望外の友すらも、今まさに

失おうとしている場面である。有限の命を持たぬ老いず朽ちぬ女に、始皇帝は儚さを観た。

 

通信礼装越しに混乱している様が見てとれる。凡愚だけをその瞳に映し、女は語る。

 

 

「だが、もう望みは断たれた。二度も、我が悲願は奪われた。私の生きる意味は潰えた」

 

『……………人間に、か?』

 

「そうだ。もはやこの身に残されたものは、人間どもへの復讐のみ。故、修羅に堕ちる」

 

『人間を、滅ぼすのか?』

 

「そうだ! 滅ぼす! 人も、人の世界も、人の歴史も! 私から奪った分だけ奪う!」

 

 

怒りに任せて魔力を放出する女に、凡愚は押し黙る。自分の知る彼女と今の彼女の違いに、

驚いてしまったからか。それとも、他の要因があるからか。女は前者と判断した。

そこで、ふと女は思い出す。いつだって間が悪い凡愚が、最も間抜けな言葉を口にした時を。

 

 

『だから、その、今までありがとう。それだけ』

 

『今までありがとう、ときたらその次は、これからもよろしくだろうが』

 

 

愚かしい。なんと哀れな言葉か。次、などという機会を求めた相手が、永遠を生きるのに。

次などという機会を求めるお前は、限られた時の中しか生きられないのに。なんと、愚か。

 

どうして世界に蔓延る人間たちは、この男のような愚かさを持たないのだろう。

どうして世界に蔓延る人間たちは、この男とは異なる愚かさを持ったのだろう。

 

凡愚のように単純で、底抜けの善良で、理解が示せて、共感を抱けて、そして。

 

 

「世界全ての人間が、貴方のように優しかったなら、どれほど良かったか……」

 

 

涙が、零れる。

 

一滴の光が女の頬を伝い、瓦礫の山と化した始皇帝の宮廷、阿房宮へ落ちていく。

人ならざる彼女の想いを、人が共感しようとしてはならない。永遠に生きる苦悩を理解すること

など、できないからだ。それは、かの万能の天才であっても成し得ない、無理難題である。

 

そう。万能の天才にも、良識ある人間にも、到達しえない「共解の極点」と呼ぶべき地点。

誰からも嘲笑われ、誰からも期待されなかった凡愚だからこそ、その領域へ辿り着けたのだ。

 

 

「嗚呼、そうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのね」

 

 

女は悟る。何故、人間であるはずの凡愚の傍らに在ってなお、心に安らぎを得られていたか。

答えは単純。彼は人として生を受けながら、誰よりも人間の在り方に疑問を抱ける者だった。

()()()()()()()と明確に意識を線引き出来る彼は、その精神性は、人ならざる者と言えよう。

 

納得した。気掛かりだった問題に、終止符を打てた。これで、女から迷いが消えた。

 

 

「ねぇ、ゼベル」

 

『………なんだ?』

 

 

悲壮なる決意に満ちた女の顔に、一瞬だけ、穏やかな笑みが見えた。

 

 

「———()()()()()()()()

 

『おまっ……おい、待』

 

 

男の返事を聞くこともなく、女は自身の霊基拡散を早めるべく、魔力を放出する。

その影響か、激しい魔力の干渉を受けた通信礼装は強制的に切断されてしまい、先ほどまで

映っていた凡愚の真剣な顔も消えてしまう。これで良い。女は、一抹の寂寥を押し殺す。

 

次に見えた女の顔からは、激しい憤怒以外の感情は抜け落ち、復讐鬼に変貌していた。

 

 

「滅びを知る者! いずれ安らぎを得る果報者たちよ! 必滅の理より外されし我が永遠の

 慟哭を受けるがいい! 我が憎悪! 我が羨望! 死にも勝る痛みを以て報いとせよ!」

 

 

遂に、女の肉体は原型を無くし、黒々とした呪詛へ形を変え、『空想樹』と同化を果たす。

 

見よ、これこそ我が絶望。これこそ我が憎悪。これこそ我が憤怒。これこそ我が痛苦。

 

あまねく人を許さない怨念が、銀河を内包する空想の大樹を侵食し、その枝葉を伸ばす。

樹は一秒を経る毎に生育を続け、やがては天すら見下ろす木陰を生む。

その巨大さに、圧倒される。しかし、圧倒されるばかりではない。この場に集う「人」は、

態勢を整え、見上げた巨木を敵性対象と認識する。アレは、人を殺す外敵と断ずる。

 

カルデアの人々が、英霊が、始皇帝が。中国異聞帯に残された全ての人が、敵に向かう。

 

 

———その時。

 

 

ワーーッハッハッハッハァッ‼ 前・人・未・踏ぉッ‼

 

 

豪胆にして豪快な、勇ましくもけたたましい雄叫びが、中国異聞帯の空に響き渡る。

カルデア勢力の発した声でもなく、始皇帝の号令でもない。今の今までこの場には存在して

いなかったはずの、第三者の挙げる鬨の声だった。

 

 

「我が往くは解放を待つ彼方! 我が脚は国を越え、国土を越え、国境をも越え辿り着く!

 さぁ、声高に叫べ同志! 真なる自由を求める者らよ! 共に歩み進もう、いざ前へ!」

 

 

確かに、其処に居る。人ならざる女が空想の樹へ転身する寸前まで、存在を確認できなかった

正体不明の人物が、豪放磊落を体現するかのように、笑っていた。

 

 

「ワハハ! 我らが歩み、阻むもの無し! 【偉大なる解放への一歩(リーベラティオステイプ・マニトゥード)】ッ!」

 

 

ここにきて、どこからともなく現れた謎のサーヴァントに、カルデアは警戒を強める。

そして、大胆不敵に仁王立つ所属不明の英霊の背後から、新たに何者かが姿を現す。

 

 

「……ったく。訳分かんねぇ事ばっか言いやがって、気になるだろうがよぉ」

 

 

今度もカルデアの有するレーダーに反応が示されるより早く、別の誰かが其処に居た。

瞬き一つの間にその姿を見せた人物に、この場の誰もが見覚えがあった。なにせ、ほんの数秒

ほど前に、ホログラムに投影されていたのと、同じ人物だったのだから。

 

既に姿かたちを無くした怨念は、有り得ざる幻影を見ているのでは、と困惑する。

彼がこの異聞帯にいるはずがない。彼が目の前に立つはずがない。助けてくれるはずはない。

だがどれだけ否定しようと、見下ろす瓦礫の山に現れた男の姿が、霧散することはなかった。

 

 

『な、ぜ……』

 

「ハッ! 何故だぁ? こっちのセリフだバカヒナコ。たまに気を遣ってやろうと思えば、

 カルデアと戦ってるし、意味分からん事言いやがるし……まぁ、色々言いたい事はあるが」

 

 

男は頭を掻きながらぼやく。そんな人間らしい仕草が、どうしようもなく彼らしくて。

 

 

「とにかくだ。ヒナコ、前にも言ったはずだよな? 忘れたとは言わさんぞ」

 

『…………な、に』

 

「———()()()()()()()()()()()()()。そう教えてやっただろうが」

 

 

いつも隣で見ていた、怠惰で無気力で、それでもひたむきに真っ直ぐな瞳が、女を射貫く。

 

 

「手伝いに来たぜ、ヒナコ。お前は俺の———親友(ダチ)だからな」

 

 

 

 

 

 

 









———否、認められません。

———それが■■様の御言葉であれど、私には容れられません。

———我が心、我が愛、之凡て我が夫に捧げるべきもの。

———無限にも思える彷徨の末、ついに見出した安息。

———その想いを、私は裏切りたくないのです。

———許せません。貴き思いを踏み躙った「人」を。

———許せません。再び出逢えた運命を看取った、「同じ私」を。

———この無念。この悔恨。この悲憤。この総算を我が怨敵へ注ぎます。

———只、一度だけ。天下に矛を掲げた貴方様ではない、一人の男に。

———懸想してしまった私を、誰が許してくれるというのか。


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