Lostbelt No.8 「極東融合衆国 日本」   作:萃夢想天

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どうも皆様、この作品の完結が果たせるのかどうか
不安を感じている萃夢想天です。

もしかしたら仕事が始まって忙しくなり、数か月に一話ペースでの
投稿になってしまうやも知れません。
それでも楽しみにしてくださる方々が一人でもいらっしゃるならば、
私はこの物語を書ききります。どうかお付き合いください。

前回はオフェリアが意を決したところでした。
彼女の想いの行方がどうなるか、見守ってください。


それでは、どうぞ!







第五章序節 その「眼」を視るのは

 

 

 

 

「ゼベル———大事な話があるの」

 

 

会議室の扉を開くなり大きな声を出すオフェリア。そんな彼女の様子に驚いてしまう。

ついさっきまでオロオロして不安げだったのに、ヒナコと部屋を出て行って五分と経たぬ内に

戻ってきたと思ったらこれだもの。眼を疑うのも無理からぬことだろうと思うのは俺だけ?

 

 

「大事な話って……その、例のヤツ、だよな?」

 

「ええ」

 

 

いとも堂々たる彼女の佇まいに、かえってこちらが萎縮してしまう。

オフェリアがこれから話そうとしている内容はおそらく、俺たちがカルデアにいた頃に

聞けずじまいだったものと考えていい。一年以上かけてようやく彼女から直接聞けるのか。

ただ、内容が予想できない。もしかしたらと浮かれた想像をしたこともあるが、万に一つも

その可能性はないだろうな。そうなると、わざわざ直接したい話ってのは何なのかね。

 

 

「分かった。んじゃ、別の部屋に行くか」

 

「その必要は無いともマスター。吾輩らが席を立てばよいのさ」

 

「ライダー貴様、余計な事を!」

 

「ワハハハ。女王陛下、今この場に我らが残るは無粋の極みというもの」

 

「…………口車に乗って差し上げるわ」

 

「光栄だな! 高貴なる人のエスコートは久々だ、張り切るとしよう!」

 

 

この会議室には俺と五騎のサーヴァント、それとオフェリアとコヤンスカヤが揃っている。

オフェリアと二人で他の部屋へ移ろうかとしたところを、ライダーに止められた。

フォーリナーが目に見えて不機嫌になっているが、それを珍しく宥めすかして俺たちに気を

遣ってくれている。せっかくだし、ライダーの好意に甘えるとするか。

 

 

「悪いなライダー。皆も集まってもらったのに、すまん」

 

「殿、某らは隣室にて待機しておる。用向きがあれば呼ばれよ」

 

「私も観測の際に使用している部屋に行くから、終わったら声をかけてくれたまえ」

 

主人(マスター)……」

 

 

ランサーとキャスターもライダーに倣い、退室する。ライダーに連れられるフォーリナーが

恨みがましい視線を残して、同じように部屋を出ていく。気付けばセイバーもいなかった。

ヒナコも戻ってくる気配はなさそうだし、このままオフェリアと話が出来そうだ。

 

 

「「………………」」

 

「おや? お二人とも如何されました? 私の顔をそんなに見つめて」

 

 

こいつさえいなけりゃな。

 

 

「いや、お前も早く出てってくれよ。オフェリアと大事な話があるんだから」

 

「あら。私がそんな極上のネタをみすみす聞き逃す愚を犯すとでも?」

 

 

そうだった。そういう性格してるよなお前。

 

どうするべきか。コイツがいるんじゃ、大事な話とやらをするわけにもいかないよな。

色恋的な話だったとしてもコヤンスカヤの反応がウザくなるのは想像できるし、逆に

クソ真面目な話の場合でも、コイツに聞かれたら弱みを握られるのと同義だと思う。

 

なんとかこの場からこの女を動かさなきゃならんが、さて。

 

 

「いいわ。コヤンスカヤが同席していても」

 

「え……⁉ い、いいのか?」

 

 

ところが、一番聞かれたら困るであろうオフェリア自身の口から許可が出た。

 

 

「いいもなにも、すぐにキリシュタリアの異聞帯へ戻らなきゃいけないのだし。

 話を終えたらそのまま向こうへ戻るつもりだもの。恥ずかしいけど、その方がいい」

 

「本当に戻るのか?」

 

「貴方とは違って、私はクリプターとしての責務を放棄しない。ああ、ごめんなさい。

 責めているわけじゃなくてね? 単純にけじめの問題。逃げも隠れもしないと示すの」

 

「……そっか。ならオフェリアの意思を尊重するよ」

 

「ありがとうゼベル」

 

 

たった二分かそこらの間に、何があったんだろう。今の彼女の表情は穏やかさに満ちていて、

まるで雰囲気が違う。ヒナコと一緒に出て行った後、彼女の身にいったい何が起きたんだ?

 

それはともかく。コヤンスカヤがニマニマと嘲笑う視線を感じながら、俺たちは話し出す。

 

 

「そんで、大事な話ってのは?」

 

「………うん。私の、これまでとこれからについて、かな」

 

 

柔和な笑みを湛えた彼女につい見惚れてしまいそうになるのを、ぐっと堪え集中する。

 

 

「どういうことだ?」

 

「そう、ね。まずはこれまでについてから話そうと思う。聞いてくれる?」

 

「もちろん」

 

 

一呼吸置き、青い瞳がまっすぐに俺を見つめる。その瞳を、俺も正面から見つめ返す。

すると少しだけ頬を赤く染めた彼女が、もじもじと体を揺する。可愛らしい反応に思わず

動揺してしまう。なんだ、オフェリアは何を話そうとしてるんだ。き、気になる。

 

 

「まずは、あの日。私たちが特異点の修復の為に、レイシフトを行った日の事」

 

「覚えてる。そん時だよな、トイレに行った俺を待っててくれたオフェリアが話があるって

 言ったのは」

 

「そうよ。結局、言い出す事が出来なくて。それを先日までずっと後悔していたの」

 

「後悔、してたのか?」

 

「あの時に伝えていればどんなに、って。北欧の異聞帯で、ずっと悩んでいたのよ?」

 

 

悪戯っぽく言ってみせる彼女に、心臓の鼓動が早まるのを自覚する。どうしてだ?

しかし、あのオフェリアがどうまで悔やむ話ってのが、それ以上に気になってしまう。

話の続きを待つことが出来ずに、催促するような言葉が口から洩れてしまいそうになる。

 

 

「それはともかく。カルデアで人理を修復する魔術師として活動していたあの頃、私は

 誰にも理解しえない苦しみを独り抱えていたの。ずっとずっと、それを耐えてきた」

 

「………………」

 

「貴方とよく話をするようになってから、言った事があるわよね?」

 

「……もしかして、『日曜日が嫌い』ってヤツか」

 

 

無言の首肯。ただし先程までの優し気な微笑みは消え、どこか影が差したような暗い色が

表情を染めている。一瞬で彼女の心の気配を塗り替えるほど、強烈な記憶なのだろう。

 

オフェリアにマシュとの仲を取り持ってほしい、と勘違いされかねない相談をするように

なってからしばらく。仲良くなってから彼女の口から聞いた話だ、忘れるはずもない。

 

両親の期待を一身に背負い、それだけで手一杯な彼女を『魔眼』が内外から蝕んでいった。

胸糞悪い話だと思うが、それより俺は悲しくなった。オフェリアの優しさに対してな。

勝手に期待されて、それに応えようとして堪え続けた。周囲が求める自分を維持し続けた。

どれほど辛く苦しかったことか。俺なんかには想像すらできないほど、心は荒れただろう。

 

 

「これからの人生、ずっと日曜日を嫌ったまま過ごすのだと、半ば諦めていたわ」

 

「……………」

 

「ふふ。でも、貴方のおかげで変われた。日曜日に怯える事はもうなくなったの」

 

「俺?」

 

 

心が押し潰されかねない程の重圧に曝されていた彼女を知っていた俺は、そこで自分の

名前が出てきたことにまたしても驚くことになった。どうしてここで俺の名前が?

 

 

「貴方が私を助けてくれたの。鳥籠に囚われた小鳥に、大空を羽ばたく夢を見せてくれた。

 人知れず心の殻に閉じ込められて泣いていた私を、引っ張り上げて見つめてくれたから。

 だから私は変わる事が出来た。変わろうと思えた。()()()()()()()()()()()、と」

 

「それは……」

 

 

彼女が最後に呟いた一言は、どこか俺の心に響くものが感じられた。何故だろうか。

けど、こうまで持ち上げられるのもむず痒い感じがする。そもそも俺は大したことなんか

していないと思う。劇的な何かを彼女に施した記憶は無い。大それたことなんか、してない。

 

 

「それはきっと、オフェリアが変わろうと思ったからだ。俺の影響なんかじゃない」

 

「切っ掛けをくれたのは、紛れもなく貴方なの。私を立ち上がらせてくれたのは他でもなく

 ただ一人だけ。ゼベル・アレイスターなのよ。それだけは間違いありません」

 

「………そう、かな」

 

 

オフェリアの言葉に、胸の奥がじんわり熱くなる。なんでか、妙に泣きたくなっている。

誰かの役に立った。誰かの心を救った。傍から見たらそれは美談で、善行に違いないのに。

それを成したのが自分だという実感がないせいか、彼女の語る名が別人のように思えて。

 

 

「………私を助けてくれたお礼も、マシュや他の人たちとの橋渡しをしてくれた感謝も、

 告げずじまいになっていたわね。改めて感謝を。ありがとう、ゼベル」

 

「ん、あぁ……どうも、でいいのかね」

 

 

嬉しそうにはにかむオフェリアを何故か直視できず、青い左目から視線を逸らしてしまう。

 

その言葉は嬉しいものであるはずなのに、向けられている先が自分だと『理解』できない。

まったく同じ名前の別人に宛てられた感謝のようで。素直に受け入れるのも難しい。

だが、彼女がそうだというのなら、それでいいのだろうと自分を無理やり納得させる。

 

俺からの気のない返事も、オフェリアは笑って聞いてくれた。

 

 

「それと、これからの話」

 

「…おう」

 

「これまでで私は変わる事が出来た。貴方のおかげでね。でもここから先は分からない」

 

 

胸に手を置きながら、神妙な面持ちでオフェリアは話を続ける。

 

 

「既に私は敗れた身。ここからキリシュタリアが空想樹を育成させきったとして、その先に

 私たち人類の生きる世界があるのか、私にも分からない。【異星の神】の目的というのも、

 不透明過ぎて読めない部分が多い。もしかしたら、今ある私たちは消えるのかもしれない」

 

「可能性は、ゼロじゃねぇな。ギリシャ異聞帯に生きる人類が、俺たちにとって代わるのかも

 しれない。結局のところ、人理白紙化の先に何が待ってるかなんて、誰にも分からない」

 

「そう。だからね、ゼベル。私は()()()()、悔いが残らない人生を自分で選びたい」

 

「…………それが、オフェリアのこれから?」

 

 

彼女の語る、人類の未来。俺たちが進もうとしている先にある世界。そこへ至ることへの

不安が少なからずあるということか。誰も知る由のない、無数の可能性が乱立する未来。

そりゃ誰だって怖くもなる。見えない道を迷わず進めと言われて、躊躇しない奴がいるかよ。

 

でも、彼女はそれを選ぶという。仮に存在が消えてなくなる事態が起ころうとも。

堂々と言い張る彼女は、間違いなく強いと思う。俺のような、がむしゃらに走る馬鹿と違う。

俺のは道があるかないかも分からず、ひたすら進んでいくやり方。褒められたもんじゃない。

 

純粋に、ただひたむきに。そんな彼女の正しさを宿す青い瞳が、どこか眩しくみえた。

 

 

「ずっと黙っていることも考えたけど、北欧でそれが間違いだって気付いたの。

 だってそうでしょ? 知らなきゃ分からないし、言葉にしなきゃ伝わらないわ」

 

「そうだな」

 

「……だから、ね?」

 

 

綺麗な青い瞳がわずかに揺らぐ。ずっと俺だけを見つめていた青色が、はじめて視線を

彷徨わせている。緊張、しているのか。頬の赤みが増し、口の動きが緩慢になっている。

恥じらっている、と表せばいいのか。そんな状態になって数秒、オフェリアが目を閉じた。

 

 

(お願い、ナポレオン! 今だけ、臆病な私に力を貸して!)

 

 

ぎゅっ、と。俺のと比べて小さな掌が握られた。

 

そのまま、すぅっ、と息を吸い込み。オフェリアはゆっくり、目を開ける。

 

見開かれた左の瞳がほんの一瞬、虹色に輝いた気がした。

 

 

「———ゼベル・アレイスター。私は、貴方の事が、好きです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………よかったの?」

 

 

会議室に差し込む日の光が、白から橙に差し変わる。

 

日が傾く夕暮れ時、日本異聞帯の地図を穴が開くほど見つめていた俺に、ヒナコが尋ねた。

 

 

「…なにが?」

 

「とぼけなくていいわよ。オフェリアのこと」

 

「……お前はむしろ、少しとぼけろよな」

 

 

ヒナコの問いかけの意味を尋ね返すほど、俺は鈍感気取ってないつもりだ。流石に分かる。

 

今日の昼前に、コヤンスカヤに連れられてオフェリアはギリシャ異聞帯へ帰っていった。

それはいい。そうしなきゃ俺も彼女もマズイ事になるのは分かってたから、問題ねぇ。

ヒナコが聞いたのは、そういう意味じゃなく、もっと深く踏み込んだ部分についてだろう。

 

 

「いいんだ、これで。俺も、オフェリアも」

 

「ふーん。ま、本人がそれでいいなら、私が口を出す事もないわね」

 

 

自分から聞いたくせに、さほど関心の薄いような生返事が返ってくる。その通りだけどさ。

しかし、カルデアの頃からコイツとは結構一緒に居たが、まだ知らない面があったみたいだ。

当たり前のように俺の横に来るのは前と同じだが、さて。意趣返しといこうじゃねぇの。

 

 

「ハッ、早速とぼけやがって。とっくに口出してんだろ?」

 

「……何の話かしら」

 

 

相変わらず、隠すのは得意なようだ。一年近くもそばに居た俺が、彼女の正体を見破れない

のも頷けるというもの。いやまぁ、見破るも何も疑ってすらいなかったんだけどね実際。

 

初めて意気投合したのは、データを閲覧する書庫みたいな部屋だったか。俺が不躾な発言で

地雷を踏んじまって、えらく当たり散らされたっけ。そん時に何を言われたのかまでは流石に

覚えてないが、いま思えばあの時に人間じゃないって部分が見え隠れしていたのかもなぁ。

 

ま、とにかく。コイツは隠し事が得意だってのはよく分かった。そこを突いてやるか。

 

 

「オフェリアを励ますなりしてくれたんだろ? 一緒に部屋出て行った時にさ」

 

「私がそんな面倒な事をすると本気で思ってるの?」

 

「なんだかんだ律儀なお前ならやると思う。だから、ありがとうな」

 

「………ふん」

 

 

コイツに回りくどい言い方をする必要はない。ストレートにぶつけるのが正解なんだ。

さもありなん。隠そうともしない感謝の言葉に鼻を鳴らして顔を逸らす。照れてんのか?

 

そうして暫しの間、静寂が二人を包む。俺は視線を地図に戻し、今後の対策を講じる。

さて、どうしたもんかな。バーサーカーとアーチャーを放っておくわけにもいかないが、

中国異聞帯に乱入した際にフォーリナーの仔をかなり消費している。補充を急がねば。

 

賢くないのに頭を働かせなきゃならん実態に悪態を吐くわけにもいかず、溜息を溢す。

すると、隣で手持無沙汰にしていたヒナコが体勢を変えようと動いて……ってオイ。

 

 

「どこに頭乗っけてんだお前。ちゃんと座れよ」

 

「私が人間なんかの命令に従うわけないじゃない。どう座ろうが私の勝手でしょ」

 

「つったって限度があんだろ……動き辛いったらねぇ」

 

「ふん、いい気味ね」

 

 

俺の膝に頭を乗せた、いわゆる膝枕状態。これでも男を捨ててないつもりだ、恥もある。

ヒナコが俺の膝を枕に下から見上げる現状に、思うところがないわけない。平常心平常心。

ええい、もぞもぞするな! そのサラッサラした髪がこすれてくすぐったいんだよ!

 

 

「……あまり心地は良くないわね」

 

「そらそうだろ。ってか、お気に召さないんなら早くどいてくれ」

 

「お前の言うとおりにする方が気に食わないから、このままでいてやるわ」

 

「捻くれてんなホント」

 

 

今の状態で足を動かそうもんなら確実に機嫌を損ねる。分かるぞ、付き合い長いからな。

仕方ない。飽きるまでこのままでいるか。幸いさほど重さを感じないから苦ではない。

ただ、若干の後ろめたさはあるが。オフェリアの想いを聞いた後で、いくらヒナコでも

女性とこんなに密接になっているってのは、流石にさ。傍から見ればクズもいいとこだ。

 

えーと、そうだ。次の討伐遠征にどれだけ戦力を割けるか、再計算しなきゃだったな。

いや、これは俺一人で考えない方がいい案件だろ。会議で皆の意見を聞いて決めよう。

……あ。意見を聞くで思い出した。俺もヒナコに、聞いておきたいことがあったんだ。

 

 

「なぁヒナコ、ちょっと聞きたいんだが」

 

「なに?」

 

「お前さ、()()()()()()?」

 

「………………勘が良いんだか悪いんだか」

 

 

本来のそれとは大きく変わっている日本地図から目を離し、膝元のヒナコへ目を移す。

当人は呆れながら困ったような顔になっている。その言い草、さては図星だったな?

 

 

「お前の方こそ、よかったのか?」

 

「それは……別に、お前が気にすることじゃないでしょ」

 

「そうだけどさ。でも、あの始皇帝の言葉を信じてみてもいいと思うがな」

 

 

彼女の内にある迷いの正体。その見当はついていた。

 

俺たちが中国異聞帯から脱出する間際、異聞帯の王である始皇帝がある言葉を残したのだ。

 

 

『英霊となれ。天仙の女よ』

 

『憎み憎んだ人間の守護者となるなぞ、さぞや其方には不本意だろうさ。

 だがな、その在り方はかつて会稽零式(アレ)が志し、項羽(アレ)の誇りとしたもの』

 

『其方が同じ役を果たすとなれば———少なくとも、其方の行く末を嘆くこともあるまい』

 

『其方は歴史が識ることのなかった、項羽の真実を見届けた存在。その知識を【座】へと

 持ちゆけば、ヤツもまた同じ人理の守護者と認定されるやもしれん』

 

『そうなれば何処かにて、思わぬ再会を遂げる望みも、なくはなかろう?』

 

 

去り際に始皇帝は、ヒナコにそう告げた。それを聞いた時の彼女の相貌たるや。

驚きと嫌悪と、そして僅かばかりの期待。そういったものが混ざり混ざった混沌の表情。

ヒナコの弱った顔なんか滅多に見れんと思ってしっかり見ちまったから、よく覚えてる。

 

始皇帝の言い分は筋が通っているし、可能性は充分にあると思う。

特に今は人理が揺らぎまくってる瀬戸際だし、例外として英霊に祀り上げられるかもと

考えられなくもない。つまり、有り得るってわけだ。ヒナコが迷うのも無理ないよな。

 

 

「でも、私は……」

 

「お前が異聞帯で出逢った項羽とはまた違う形になるかもしれんが、それでもお前の知る

 項羽と再会できる望みはあるんだ。やってみる価値はあると思うけどな」

 

「…………」

 

「あ、それともやっぱり、人間側に立つのが嫌だったりする?」

 

 

膝元から見上げてきていたヒナコの視線が逸れる。また図星か。でも、仕方ないよな。

項羽と、最愛の人とまた逢いたい気持ちと、憎むべき人間を助けなきゃならんのを屈辱に思う

気持ちとが、せめぎ合っているんだろう。そんなことを考えていると、膝元がもぞもぞ動く。

 

 

やっぱり勘が悪い……いえ、鈍いわね

 

「なにボソボソ言ってんだ?」

 

「うるさいバカ、ったく」

 

 

どうやら小言を呟いていたようだ。内容を尋ねたら暴言で返された、酷いヤツだ。

 

俺に暴言を浴びせたヒナコは、そのまま起き上がる。やっと頭を膝から解放してくれた。

痺れてはいないが、くすぐったさは残ってる。あとほんのり暖かい。なんか変態チックだな。

 

起き上がると同時に振り向くヒナコ。彼女の緋色の両眼が、まっすぐに俺を射貫く。

 

 

「———アンタは、いいの?」

 

「なにが」

 

「私が、英霊になっても」

 

 

真剣な表情で俺の答えを待っている。彼女の問いは、俺個人の主観を尋ねていた。

ヒナコが英霊になる。すなわち、虞美人として英霊の座に登録されることになるわけだ。

 

良い点を挙げれば、彼女の望みが叶うこと。項羽との再会が不可能ではなくなるという点。

悪い点を挙げれば、今此処に居る彼女がいなくなること。芥ヒナコが、消えるという点。

 

他にも色々とあるんだろうが、パッと思いついたのはこれくらいか。ふむ、どうかね。

俺はヒナコの意思を尊重したいが、そのヒナコから俺の主観が問われている。うーむ。

ま、俺の言葉は参考程度に留めてもらおう、最終的な決定は彼女が下すんだから。

 

 

「お前の望みが叶うなら、試してみる価値はある。俺はそう思う」

 

「………………そう」

 

「けど、うん。ヒナコが項羽と再会するためには、それしかないとしても」

 

「……?」

 

「———それで【芥ヒナコ】がいなくなるかもって考えると、嫌だな」

 

 

やっぱり、そう思ってしまう俺がいる事を、否定はできない。申し訳ないけどさ。

引き止めはしないが、それでも残された側、置いて行かれた側の立場になって考えると、

どうしても後ろ髪を引きたくなってしまうもんだ。それが相手の為にならないとしても。

 

それが、人間の弱さで。

それが、人間の愚かさで。

 

なにより俺が嫌悪すべきものである。人の人らしさこそ、俺が最も嫌悪する部分だ。

そして、それはヒナコも同じ。人間の悉くを唾棄する彼女には、俺の言葉は不快なはず。

でもそれでいいんだ。俺は、ヒナコにも、そして虞美人のお前にも幸せを見つけてほしい。

 

 

「そう。それがお前の、ゼベルの答えなのね」

 

「ん、まぁ。毒にも薬にもならんアドバイス程度に考えてくれりゃいいや」

 

 

緋色の瞳が、穏やかに細められる。常日頃から険しい顔してる彼女にしては珍しい。

こんな表情してるのは、だいたい愛しの項羽様を語っている時ぐらいなもんだが。

 

不思議に思いつつも、珍しいもん見れてラッキーくらいに考えていた俺は、気付かない。

芥ヒナコを自称する彼女が、今まで見たこともないような優しい顔をしていたことに。

 

 

「じゃあ、決めたわ」

 

「早くね⁉」

 

 

一大決心くらい重要なところを、随分あっさり決めたのかと驚いてしまう。

一度は地図へ戻しかけていた視線を振り向けてしまうくらいに。そこで、目が合った。

煌々と燃えるような緋色の瞳が、夕焼け色の光が差し込む室内でも、やけに目立つ。

 

 

「英霊になる。項羽様の真実を、英霊の座とやらに認めさせてやるのよ」

 

「……そっか。なんか、ヒナコらしいな」

 

「らしいってなによ。そもそも、芥ヒナコという女を良く知る人間なんて、お前以外には

 存在しないんだから。らしいなんて言葉使わなくても、一目瞭然でしょうに」

 

 

彼女の不意の言葉に、思わず動悸が早まるのを感じた。そうか、考えたこともなかったな。

確かに彼女は虞美人として永遠を生きていて、人の世に潜む隠れ蓑として芥ヒナコという

名前を使っていただけなんだ。一番長く接してた俺しか、芥ヒナコを知らないのも納得だ。

 

俺しか知らない人が居る。そう考えると妙に嬉しくもあり、同時に切なくもなる。

きっと言葉で表すことはしない。それを口にしてしまえば、俺はエゴを押し付けてしまう。

それだけはできない。ヒナコは、アイツは律儀で生真面目で、優しい女だからな。

引き止めちゃいけない。ここは、見送ってやるべきだ。最後まで俺たちらしい関係のまま。

 

 

「英霊になる。きっと大変だぞ。それに言っといてなんだが、項羽と再会する確証は…」

 

「そこよ」

 

「は?」

 

「項羽様と再び見える確証がないのは分かってる。だから、()()()()()()()()()

 

 

ヒナコが意気揚々と口にした言葉を理解するまで数秒。経過してすぐ、呆気にとられた。

 

 

「いや、無茶言うなって。個別指定の召喚とか、俺なんかに出来るわけないだろ」

 

「無茶も無理も知ったことじゃないわ。私と項羽様を再会させる為の努力をしなさい」

 

 

前々から我を通そうとする性格なのは知ってたが、こうまでとは。いくらなんでも酷過ぎる。

なのに、なんでかね。頼られてるとは違うのに、嬉しくなっている自分がいるんだよな。

 

 

「はぁ……無茶苦茶言いやがる。俺が三流魔術師だって知ってんだろ?」

 

「人の道理も魔術師の理屈も知るものか」

 

「でしょうね。ったく……分かったよ、ゼベル・アレイスターの全てをかけて誓うとも」

 

「言ったわね?」

 

「言っちゃったよ」

 

 

高圧的に釣り上がる瞳に、肩を賺してみせる。別に魔術的な誓約(ギアス)があるわけじゃなし、破った

ところで呪われるわけでもない。それでも、男が一度口にした以上は、やれるだけやるさ。

 

フォーリナーの仔を、召喚に使う魔力リソース分も確保しなきゃならんよな。

納得するかなぁ。たぶん納得しないと思う。項羽だけならまだしも、ヒナコもとなると。

ただ、やってみなきゃ分からん。ヒナコが英霊になれるのかも分からんのだから。

 

って、そうだ。それ以上に召喚が難しい理由があるんだった。

 

 

「でもさ、特定の英霊を狙っての召喚は、基本的に難易度クソ高いんだが」

 

「そうなの?」

 

「カルデアに居た時習ったろ……通常、英霊の召喚には触媒が不可欠なんだよ。

 狙ってる英霊にまつわる遺物とかを用いての召喚じゃなきゃ、基本的に無理だぞ」

 

 

今言ったように、英霊の召喚には基本的に触媒を用いる。それがないと、完全にランダムで

召喚することになっちまうから、戦略もへったくれもなくなるわけだ。俺は経験済み。

だから、項羽はおろか虞美人も召喚できるか怪しいわけだ。いかん、初手で詰んだ。

 

 

「……触媒、ね」

 

「そうさ。例えば生前使ってた武器やら、身につけてた物とか。そういうのだ」

 

「……………それって、本人と関わりが強ければ、特に質とかは関係ないわよね?」

 

「多分な。でも、古いものは贋作とかレプリカなんてこともあるらしいし、信憑性は薄い」

 

「触媒は本人に近ければいい、と。ふーん、ふーん……」

 

 

触媒の話をしてから、なにやら企んでいるような顔をしている。チラチラこっち見てるし。

 

まさか、項羽の触媒を集めて来いとか言うんじゃなかろうな。それはどうにもならんぞ。

歴史的な価値ある遺物は取り扱いが厳重だし、人の命をたやすく破滅させられる額の金が

必要になる場合もあるって話だ。そんなの俺に払えるわけないし、家にも貯蓄なんぞない。

ただ、それを正直に言って聞いてくれるタチじゃないし、どうすっかなぁ……。

 

降って湧いた難題に頭を抱えそうになる。今更「無理」なんて言えるわけないし、クソぅ。

どうしたものかと考えを絞り出す事を試みる。必死になるあまり、周りの事を忘れるほど。

頭から湯気が出るんじゃないかと思うほど思考を巡らせる。他を気にする余裕は無かった。

 

だから、反応が遅れた。

 

 

「ゼベル……」

 

「ん、なン————ッ⁉」

 

 

気づいた時には、視界いっぱいにヒナコの顔があって。それ以外が見えなくなっていた。

 

 

「ん、ん…」

 

 

なんだ、何が起きてる。

 

分からん。分からんが、心臓の鼓動が煩く感じる。

 

熱い。熱い。どこが? 顔か? 口の中か? 胸の奥か? それとも全部か?

 

静かだったはずの部屋で、爆裂しそうな心拍音と、微かな息だけが響いていた。

 

 

「っ、はぁ……」

 

 

訳も分からないまま呆然としていると、いつの間にか口内を迸る熱と快感は消えていて。

残ったのは少し乱れた呼吸と、口の端から零れた透明な液体。まだ顔から熱が引かない。

 

今のは、なんだ。

 

 

「ひ、ひなこ?」

 

「ふふ。ほんと、ばかなんだから」

 

 

悪戯が成功した子供のような微笑みを浮かべ、舌で唇を舐めるヒナコ。鼓動が痛い。

違う、そうじゃない。俺が聞きたいのはそうじゃなくてだな。

 

 

「触媒と、召喚の前払いみたいなものよ」

 

「な、ん? え?」

 

 

熱で脳みそが煮立ったように、思考がぼやけてしまう。触媒? いまのが、か?

 

 

「召喚に必要な触媒。本人に近ければ近いほどいい、そうよね?

 それなら、ただ一度だけの思い出を。泡沫の想いを込めた一瞬を、覚えていなさい。

 ()()()()()()()()()()()()()()のならば、それは何より勝る強い縁になるでしょう」

 

「なんだよ、それ。おまえメチャクチャだ……」

 

「油断してるヤツが悪いのよ」

 

 

突然の暴挙に硬直したままの体に、満足げな顔をしたヒナコが寄りかかってくる。

 

 

「私が仮に英霊となり、それに連なって項羽様も英霊になったとして。二人が同じ場所に召喚

 されるようなことなんて、ほぼ有り得ない。可能だとすれば、カルデアか、この異聞帯か。

 とにかく、人理が揺らいでいるこの一時しか実現しえぬなら、一縷の望みに私は賭けたい」

 

「……ああ。だから俺も出来る限りはやってみるさ」

 

「そうね。貴方が私と項羽様を召喚出来たのなら、それは虞美人(わたし)にとって絶対不変の幸福よ。

 けれど、もしも。私だけを召喚して、項羽様を召喚出来なかったとしても、それでいいの」

 

「なんでだ? 項羽と逢えなきゃ、お前は」

 

「いいの。それならそれで———芥ヒナコ(わたし)は貴方に逢えるのだから」

 

 

そう語った彼女の顔は、嘘偽りなく、幸せに満ち溢れていた。

 

分かったよ。お前がそう言ってくれるなら、俺は誓いを必ず果たす。

 

 

「ところでゼベル」

 

「ん?」

 

「さっきの、その、アレ。貴方は、初めてだったの?」

 

「……いや」

 

「……………そう」

 

 

何が、とは聞かない。誰と、とも聞いてこない。つまりはそういうことだった。

 

沈黙が流れる。もう陽は落ちていて、暗がりはすぐそこまで迫ってきている。

今日がもうすぐ終わりに向かう。そして明日が始まり、明日が終わり、また始まるのだ。

ここまできたら、長く語る事もないだろう。そう思ったのを感じたのか、隣に座っていた女が

おもむろに立ち上がった。きっと、今此処に居る彼女が戻る事は、ないのだろう。

 

気配が薄れていく。人ではない彼女の存在が、希薄になっていく。

 

せめて。どれだけ待つことになるか分からんが、せめて。

 

暫しの別れくらいは、明るく送ってやるのが俺の務めではないだろうか。

 

 

「ヒナコ」

 

 

女が、振り向く。

 

 

「ゼベル」

 

 

女の言葉に、笑顔で頷く。

 

 

()()()()()

 

 

ただ一言、そう告げる。

 

 

「………ええ。()()()()()()()()()

 

 

女は俺の言葉に望むかたちで応え、そのまま姿を消していった。

 

あっという間に暗闇で染まった室内に、俺は一人ポツンとソファに座っている。

隣に誰かが座っていた形跡はなく、温もりもあまり感じられない。

 

それでも。

 

 

「……………頑張るか」

 

 

顔の熱だけは、一向に引くことはなかった。

 

 

 

 

 

 







いかがだったでしょうか?


ヒロインはオフェリア、ヒロインはオフェリア。
何度も復唱しているのに、これが信じられない不思議。

オフェリアの想いはゼベルに届いたのか。
ゼベルが彼女にどう応えたのか。
それは、読者の皆様のご想像にお任せします。
ですが少なくとも、オフェリアの心は、満たされているでしょう。


で、なんでヒナコが一番ヒロインムーブしてんの?


次回、いよいよカルデアが日本異聞帯攻略を開始します!

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