Lostbelt No.8 「極東融合衆国 日本」 作:萃夢想天
新しい職場が家から遠くない場所だと判明したので、
かなり精神が安定しております。引越ししなくて良かった!
さて前回では、
カルデアは喋る地蔵から情報の引き出しを試み、
我らが主人公はアメリカ反乱の完全鎮圧を準備、となりました。
今回、また少し話が飛んだような描写になっておりますが、
お許しください。疑問点や不明点があった場合は、感想欄にて
質問や疑問にお答えさせていただきます!
それでは、どうぞ!
「………ってな寸法さ。これで万事、片が付く」
男がにたり、とほくそ笑む。
喉からこぼれ出たようなくつくつという音は、相対するもう一人の男の眉根を顰めさせる。
「外道め」
「くくく、くはは。ああ、そうさ。外道悪党なんでもござれな俺様よ」
およそ善良とは程遠い顔つきで、自らを悪党と呼んだ男はなおも笑ってみせる。
「はっは………でもよ。そんな外道の入れ知恵を欲しがる、手前様も中々だろ」
「………………」
「へへ、そんな怖い顔しなさんなや」
軽口をたたく男を、もう一人の男は睨みつける。その瞳に、一切の遊びはない。
「安心しな。この俺様が保証する」
「………よかろう。唯一度きり、この身全てを貴様の悪辣に委ねるぞ」
「おう、委ねろ委ねろ。何の未練も躊躇もなく、俺様が
真剣な面持ちの男の覚悟を、悪党はへらへらと嘲笑う。
暫しの沈黙が二人の間を流れる。そのまま二人はそろって空を仰ぎ見た。
「なぁ、手前さんよ」
「なんだ」
彼らの視界の端には、空さえも囲ってしまうかの如く聳える『壁』が映る。
「
「………………?」
唐突に発された一言に理解が及ばず、男は悪党の横顔を見つめる。
悪党はその視線を空に浮かぶ月に固定したまま、己の憂慮を語りだした。
「いやな? このまま俺様たちが、このおかしな日ノ本を変えていいもんか、とな」
「………致し方あるまい。此方が正しくなく、我らの知る日本が正しいのであるならば」
「その『正しさ』とやらは、いったい誰にとっての『正しさ』なのやら」
「……………問答を説くか、外道」
「ぐははは! 悪党が道理を語るなんざ世も末か! それもそうだ!」
風の音すら聞こえないほどの静寂の中、悪党の笑い声だけが空に消えていく。
「だが、まぁ。そうさ。こんな悪党ですら憂いちまうような世の中よ」
「……相済まぬ」
「っく、だははは! おいおい。こちとら天下御免でございって面の手前さんが、
俺様みてぇな悪党に頭下げるのかよ! あーははは! 愉快愉快!」
「…………」
「よせよせ! たかが外道の戯言よ、聞き流せ!」
悪党の態度に腹を立てた男が、冗談では済まされない殺気を放つが諭される。
冷や汗を笑って誤魔化す悪党は安堵の息を漏らし、視線を空から男へ移した。
「んだから、頼んだぜ手前さん。俺様の役割はもうじき終いよ」
「……任されよう。私はせいぜい、貴様の仕込んだ毒として事を成してみせる」
「人聞きの悪い。含ませなきゃ使えん毒なんぞ、悠長にしてる暇のある時しかやらんわ。
時が足らぬ今この時、俺様が忍ばせるは暗器よ。自ら機を見定め動く、そんな暗器よ」
「では、そうしよう。此れより我が身は、【奸悪無限】を成す、一刺しの暗器と成らん」
二人の視線は交錯し、込められた覚悟を互いに認識する。
それだけで、充分だった。
「……ここらでお開きといこう。なに、別れを惜しむような手合いじゃあるまい?」
「………そうさな。外道相手に、偲ぶ心も持ち合わせておらん」
「くっははは! 外道悪党とはいうが、人の心のない怪異の類ではないぞ?」
「たわけ。貴様が人でなければなんだという。それほどまで人の悪を解する者が」
立ちあがり背を向ける男の言葉に、悪党は驚いたような顔をする。
「………いや、ははは。まさかこんな外道を人扱いとは。手前さん、立派な御仁よな」
「世辞など不要。私は成すべきことを成す。その為に必要とあらば、悪をも使うまで」
「それがご立派だと言ってんのさ。へへ、おべっか抜きで人を褒めんのは久方ぶりよ」
悪党も重たい腰を上げ、男とは反対方向へ爪先を向けて歩き出した。
「じゃあな。二度と会わんだろうけど」
「相見えることなぞあるまい。だが、暫く……」
二人の男は最後の一言を伝え、互いの行く末を見守ることなく歩む。
男は、自分の役割を果たす為に。
悪党は、自分の役割を終える為に。
欠けた月が見下ろす夜空の下、男たちの密かな契りがあった。
それを知る者は、誰もいない。
私たちはいま、喋るお地蔵様の言っていた『神の通り道』とやらを通った。
うん、通った。通っている、じゃなくて、通った。気付いたら違う場所にいたんだよ。
魔術ってそんな事も出来るんだー、なんて魔術知識に詳しくない私が驚いていたら、
魔術に明るい皆さんの方がえらい勢いで驚いてた。新所長とか小刻みに震えているし。
『どうなってるの⁉ マスターたちの反応が一気に十数キロメートルも移動してる!』
『こ、これがあの
『……物質の変換を行う置換魔術なら、似たようなことは可能だろう。だが規模が違う』
慌てるロリンチちゃん、怖がる新所長、訝しむホームズ。うん、いつも通りな感じだ。
マシュもいきなり景色が変わったことでオロオロしてたけど、受け入れつつあるというのに。
ちなみにキャスター、ジル・ド・レェは無反応。正規の魔術師じゃないらしいから、あまり
そういう部分に気を取られないみたい。私と同じだね、と思ったけど私が嫌なのでやめとく。
どうやら『神の通り道』とは、お地蔵様の力を用いたワープの事を指しているのだろう。
こちらに協力してくれると言ってくれた後も少し話したんだけど、その時にお地蔵さまは
自分のことを「道祖」と言ってたんだ。道祖、この言葉には私も聞き覚えがあった。
いわゆる、道祖神。路傍の神様として、旅や交通安全を見守っているのだとか。
その程度の知識しかなかったけど、デッキのスタッフがデータベースで色々と補足情報を
教えてくれたから、間違ってはいない。森にいた神性反応の一部は、道祖のものとのこと。
『いわば、彼らはワープポータルのような役割なのか。彼らが担当する地域への移動は全て
先の通り道……つまり、ワープで行われる。その為に彼らは日本の各地に点在していると』
「ということは、シャドウ・ボーダーによる走行が出来ないデメリットは」
『ほぼ無くなった、とみていい。しかし、それはそれで別の問題がありそうだが』
マシュとホームズが通信越しに話し合っている。つまり、この日本異聞帯ではノーチラスを
維持するために動かしにくいシャドウ・ボーダー代わりとなる足を、ワープで補えるかも。
そう言っているわけですな? しかし、ワープねぇ。いつのまにそんなハイテクが…。
『だ、だが経営顧問! このワープ機能は、異聞帯のそこら中にいる神の持つ権能ではない
だろうか⁉ そんな大層なものを勝手に使用したら、また天罰的な事が起こるのでは⁉』
『……否定はしません。古来より、神に近づいた人間が幸福だった試しがない』
『なら使うのは止めた方が……』
『いえ、問題ないでしょう。名前こそ神々が用いるべきもののように感じられますが、
おそらくこの機能、人間が使うことを主目的としたものではないかと』
いつも以上にビビり散らしてる新所長を、ホームズは持論を展開して安心させている。
でも、なんで神の通り道って名前なのに、人が使うことが目的だなんて思えたんだろう。
気になる。けど、それを聞いてもはぐらかされるに違いない。どうせホームズだし。
しかし、それはそれとして。一気に移動できる手段を発見できたのは僥倖と言える。
このままカリギュラの捜索に移ろうと、ノーチラスのデッキで反応を追えるか尋ねた。
「とにかく、まずはカリギュラ……バーサーカーとの合流が優先だよ! 反応はどう⁉」
『すぐ近くにある。けど、マズイことになった。反応があの壁の中に移動してる!』
「えっ⁉」
すると、返ってきたのはまたも予想外の言葉。バーサーカーがもう『壁』の内側にいる?
ってことは、彼はどうやったかこの『壁』を越えたのか。まさか登ったとか、ないよね?
いくら理性が飛んでるからって、これを人力で登るのは無茶じゃないだろうか。
「マスター。あちらをご覧あれ」
「キャスター?」
「人工の明かりが見えます。それと、人の気配もいたします」
バーサーカーの行方に気を揉んでいると、キャスターが西の方角を指し示してくれた。
彼の言葉に従って西を見ると、かなり薄ぼんやりとだけど、明るい点がちらほらとあった。
さらに、人の気配も感じるそうだ。これはもしかしたら、有力な情報が得られるかも。
情報と言えば、あの道祖から詳しい話を聞きたかったけど、ホームズが却下したのよね。
なんでも、「神と人の視点は異なる。最優先で得るべきは人からの情報だ」とのことで。
言いたいことは分かるんだけど、ううん。カリギュラを追ってるから時間がないにしても、
もう少しくらい話す時間はあったと思うんだけど。いや、ここは名探偵の提案を信じよう。
『ホントだ! 壁の近くと壁の内側、すごい数の生体反応! 該当反応をデータと比較しても
普通の人間と遜色なし。よって、この反応は人間のものとみていい! チャンスだ!』
「行こう。マシュ、キャスター!」
「はい!」
「御供致します」
大した距離じゃないし、走って向かう。ジル・ド・レェとマシュを引き連れて人工の明かりが
見える場所へ近付く。そこには確かに、人の姿があった。数は三人。武装は見られない。
少し乱れた息を整えて、『壁』の内側を何故か怖々と見つめる人たちに、声をかける。
「あ、あのー」
「ひっ!」
「なんだぁ⁉」
案の定、陽が落ちかけて薄暗い森の傍から急に現れた私たちに驚いている。無理もない。
これまでの特異点や異聞帯で出会った人々との交流を思い出す。冷静に、落ち着いて…。
敵意が無いことを示すように、両手を相手に見える位置に固定して、再度声をかける。
「いきなりですみません。驚かせてしまったみたいで…」
軽く頭を下げつつ、笑顔を浮かべる。すると、驚いていた人たちの様子が変わった。
「あ、アンタ……いえ、貴方様は、
「え? あ、はい。そうですけど」
「しし、失礼しました! 許してください!」
「え、え?」
見るからに日本人でないことが分かる肌。白人2人と黒人1人。そんな彼らは私に日本人かと
尋ねてきた。答えた途端、今度はこちらに怯えた視線を向けてくる三人の男性たち。
どういうことだろうか。彼らが話している言葉は私の使っているカルデアの礼装のおかげで
日本語に自動翻訳されているから、意志疎通に問題はないはずだけど。なんか怖がられてる?
「ふむ…これは妙ですね」
「キャスターさん。なにが妙なのでしょう?」
「先のドウソとかいう石像も語っていましたが、やけに日本人とそれ以外との区別が強調されて
いるように思えてなりません。もしかすると、その辺りにこの異聞帯の謎があるのやも」
私の後ろでジル・ド・レェとマシュが小声で話し合っている。彼の言う通り、目の前の人たちの
反応にはどこか違和感がある。それにお地蔵様もマシュたちを「外海の民」と呼んでたし。
これは詳しく聞いてみる必要がありそう。でも、私だと相手が委縮しちゃう……となれば。
「キャスター、お願い」
「おお、なんと! これはこれは。頼りにされているようでなんとも心地よい。
しからば! マスターの言葉に従うのみ! 不肖、この私が拝命致します」
日本人の私が動くのはよくなさそうなので、キャスターに今回も任せてみることにした。
なんだか頼られていることが嬉しいみたいだ。カルデアにいた頃より数段理性的な気がする。
ローブをまとう大男が、欧米圏特有の逞しい体躯の男たちを見下ろしながら、話しかける。
「ご紹介に預かりました。私、こちらにいらっしゃる藤丸立夏様の忠実なる
ございます。あちらの大盾を持つ乙女ともう一人の四人で、旅をしている一団でして」
「は、はあ…」
「ですがつい数刻前、仲間が一人、この『壁』の中へ向かって行ってしまいまして……。
慌てて追いかけたのですが見当たらず。意気消沈しておりましたところ、貴方がたと運よく
出会えた、というわけなのです。我らの経緯は、お分かりいただけましたか?」
「ああ、うん。それは分かったが…」
「が? 他に何かありましたか?」
「なんでアンタとそっちのお嬢ちゃんは、
ジル・ド・レェの流れるような話術に男たちの警戒心が薄まっていくのを実感していると、
彼らの口から奇妙な言葉が飛び出してきた。日本人の私と一緒にいるのが、おかしいの?
私が疑問を口に出すよりも早く、ジル・ド・レェは左手を背に隠し、人差し指を立てる。
男たちには見えない角度でのその仕草は、私に「発言を慎む」ようにする為のものだろう。
彼からのサインに気付いた私は口を開くのを中断し、成り行きを見守ることにする。
「何故、と仰いますと?」
「だって、俺たち外海の民は、日本の民に近付くことすら許されないはずだろ?」
「………ほう」
日本人に近付くことは許されない。そう告げた男以外の二人も、そろって頷いていた。
彼らの言葉に嘘偽りはない。つまり、この日本異聞帯では、そういう常識ってことなの?
「……ええ、ええ。本来であれば、仰る通り我ら外海の民は近寄れますまい。しかし彼女は、
清廉にして慈愛溢れる博愛の使者なのです。こうして私や盾の乙女を側仕えとして侍る事を
御許しになられているのが、何よりの証拠。彼女は、我ら外海の民全てを許される御方!」
「そ、そうなのか……いえ、ですか?」
「えっと、うん。まぁ、差別とか区別はしないよ」
「そうです! 先輩は人種による差別などをする人ではありません!」
「お聞きの通り! 私と盾の乙女が仕えし主人たるこの方は、万人を愛される尊き御人!
恐れることはありません。
またスイッチが入って狂言回し染みた言葉が羅列されだした。でも、効果は上々みたい。
私に対して向けられていた畏怖的な視線が、緩やかになっていくのを感じる。話術すごい。
ああまで持ち上げられると困るけど、実際私は人種差別なんてしないし、したこともない。
だから、これまでと同じように、普通に接したらいいのだろう。平常心を心掛けるんだ。
ジル・ド・レェの言葉を信じた黒人の男性が、おそるおそる声をかけてくる。
「あ、あの、この人たちの言ってることは本当なんですか…?」
「もちろん! いきなり信じてはもらえないかもだけど、人を傷つけることはしないよ!」
笑顔とともに言い切る。私の言葉に、男たちは半信半疑といった表情を浮かべているけど、
少なくとも警戒されっぱなしではなくなったみたい。よかった、これで普通に話せる。
それでもまだ私が中心で動くのはまずそうなので、キャスターに代わってもらう。
巧みな話術をもって、彼はこの男性たちから現地の情報を怪しまれぬよう引き出していく。
一方的に聞き出し続けるばかりでなく、断片的に私たちのことも話に織り交ぜて語る事で、
着実に彼らとの距離感を縮めていった。ホント凄いねキャスター。流石は元フランス元帥。
そうして話をしていく中で、私たちが入手した重要な情報をまとめてみる。
まず、この日本以外には「国家」という存在が無くなっていること。
日本列島以外の土地があることは知っていても、そこに国が、まして人が暮らしているとは
思ってもみなかったらしい。彼らの常識として、「国家」とはこの日本だけを指すようだ。
続いて、日本には「日本の民」と「外海の民」があること。
さっきから気になってたこの二つ。彼ら曰く、あの『壁』の内側に元々暮らしていた人種を
「日本の民」と呼ぶらしく、それ以外の者を総じて「外海の民」と呼称するとのこと。
つまり、生粋の日本生まれが日本の民で、それ以外はみんな外海の民、ってことになる。
最後に、日本の至るところにいる神々の存在について。
彼らは全て、この日本の中心にいる天皇が管理している。数多無数の神々は、基本的には
目の前に聳える『壁』の内側で活動していると言っていた。例外として、道祖のように
『壁』の外側にも配置されている神がいるそうだ。これも、彼らにとって常識らしい。
改めてまとめても、本当に此処が日本だとは思えない。私の知る日本とは完全に別物だ。
そんな事実に、少しだけ安心してしまう自分がいる。此処は私の故郷じゃないんだという、
寂しさだけではない感情が心を揺らす。でも、今は戦わなくちゃ。冷静な思考を取り戻す。
「……なるほど。我々が外海を旅している間に、そんなことが」
「こんな事も知らないなんて、アンタ余程長い間出回ってたんだな」
「大変だったろう。お仲間がいるったって、海にずっとだろ?」
「ええ。あまりに長い旅路でした故。だからこそ、そんな旅路を共にした仲間の消息が
気がかりでならないのです。心穏やかなる隣人よ。なにか心当たりなどありましょうや?」
気付けばすっかり三人の男たちと打ち解けていたキャスター。あの外見さえ気にしなければ、
いい人のように感じるのが不思議だ。互いの距離感が掴めてきた頃合いを見計らって、
ジル・ド・レェは仲間の安否を気にかける風を装い、彼らに問いかける。
ノーチラスのデッキから送られてきた位置データを見れば、このすぐ近くにカリギュラが
いることは間違いない。だったら、彼らが目撃している可能性は決して低くないと思う。
期待を胸に抱いた矢先、さっきまで穏やかな顔をしていた白人の一人がまた慌てだした。
「そ、そういやさっき、浅黒い肌した奴が来たな」
「浅黒い肌……髪の色は青かったでしょうか?」
「おお、そうだ。青い髪してて、なんかブツブツ言いながら近付いてきてよ。
声をかけたら苦しそうに呻くもんだから、ここで休んでいけって言ったんだ」
「そしたらこの『壁』の入り口から中に入ろうとするもんだから、慌てて止めたのさ。
けど、ものすごい力で振りほどかれちゃって……おっかなくて近寄れなくなって」
「んで、急に走り出したと思ったら、そのまま何処かへ行っちまったってわけ」
順番に状況を語る男たち。彼らの話を聞いて、私たちはそれがカリギュラと確信する。
とりあえず彼がこの人たちに危害を加えなかったという事実にホッとした。
「入り口、ですと? この『壁』には入口があるのですか?」
「そんな事も忘れちまったのかい。デッカくて四角い入り口さ。此処から出入りする者が
いないように見張りがついてる。まぁ俺たちなんだが。あんまり意味ないと思うけど」
「それは何故でしょう?」
「だって、
白人の男が何でもないように話す。けど、私たち汎人類史にとって聞き慣れないものだった。
これはもしかしたら、この異聞帯の核心に触れるチャンスかもしれない。そう思った私は、
キャスターと目を合わせる。静かに頷き、彼もそれに応える。また話術が冴え渡るぞ。
そう思った矢先、陽が暮れて夜の帳が下りようとしている日本の空に、咆哮が轟いた。
――――ネロォォオオオオオォオオオ!!!!!
「この声は…!」
「先輩!」
目の前にある『壁』がビリビリと震えたと錯覚するほど、空気を揺さぶった特大の咆哮。
意味のない絶叫でも、理性なき奇声でもない。もはや聞き慣れた、親愛による喜の爆発。
狂気の坩堝の中にあってなお、彼の中に残っている「姪」への愛おしさの発露。
彼女の名前を大声で叫ぶような者は、一人しかいない。確信に至り、即行動に移る。
突然の出来事に震えて怖がる男たちを安心させ、これが探していた仲間の声と伝えた。
そして、彼を迎えに行くために『壁』の中へ入れてほしいと頼んだ。
「い、入れてくれもなにも、日本の民はもとから居たんじゃないか」
「あ、そっか」
「ですのでこの場合は、戻るというのが正しいのでしょう」
やっぱり奇妙な感覚だ。未知の世界に「戻る」というのは。それでも躊躇はしてられない。
彼の身に何かが起こったのは間違いない。居場所が判明した以上、すぐ合流しなければ。
「行こう!」
マシュとジル・ド・レェを連れ、男たちに再度お礼を述べてから、入り口を走ってくぐる。
知らない世界へ足を踏み出す恐怖を押し殺し、響き渡る声を頼りに一直線に向かって行く。
マシュが盾を構えながら私の前に、キャスターは私の隣に来て魔本を手に準備している。
轟く声が近付いてくるにつれて、他の声や音も捉える。雑多な喧噪とは思えない音の連続。
それまで敢えて黙していたデッキからの通信が入ってきた。
『この先で戦闘が起こってるみたい! そこにカリギュラの反応もあるよ!』
「急ぎましょう、先輩!」
「分かった! キャスター!」
「お任せを。我が魔本から眷属たちを喚び寄せ、先んじて向かわせます」
募る焦燥。少しでも早く、という思いが私の走りを加速させる。それでもあくまで一般人の
足だから、決して速くはない。到着まで何もしないよりはマシだと自分に言い聞かせて、
思い付き限りの手を打つ。細かい指示もなく意図を汲み取ってくれたキャスターが、手に持つ
黒魔術の本を用いて触手の怪物を召喚。それらを車輪のように重ねて、高速移動を開始する。
正直遠慮したいところではあるけど、四の五の言ってる場合じゃないのはよく分かってる。
私もキャスターの用意した海魔車輪に乗せてもらい、比べ物にならない速度で大地を滑走した。
『視界が開けるよ! もうすぐだ!』
「マシュ、オルテナウス起動、戦闘態勢!」
「了解!」
「キャスター! バーサーカーを発見次第、海魔を使って拘束!」
「承知致しました」
ダヴィンチちゃんのオペレートに従い、いつでも戦場で動ける準備を整えておく。
一瞬で過ぎ去っていく風景を気にする余裕もないまま、ついに目的の人物の姿を捉える。
「いた、バーサーカー!」
「では手筈通りに。お行きなさい、我が傀儡たち!」
海魔車輪に乗ったまま戦場に飛び込むと同時に、作戦行動を開始。
マシュはオルテナウスを起動して私の護衛兼迎撃を、キャスターは暴走しているであろう
バーサーカーの捕縛と彼の戦っている相手への牽制を同時に行う。
その手筈だった。
「―――む、マスターか。余を迎えに参ったのだな、大儀である」
ところが、有り得ないはずの返答が返ってきたことに、瞠目してしまう。
「え、え?」
「マスター、いま、バーサーカーさんが……言葉を…」
流石のマシュも驚きのあまり固まってしまう。つまり、私の聞き間違いではない。
「余の振る舞いは運命である。暫し、待つが良い。余が敵を葬り尽くすまでな」
厳かに、されど堂々と語られた言葉を、私たちは受け止めきれずにいた。
いかがだったでしょうか?
次回も早めに投稿いたしますが、
来週からは忙しくなるのでご了承を……。
遅くなる場合は活動報告の方へ書き込みを
するので、そちらをご確認ください。
まぁ活動報告なんて4年以上触ってませんが…。
次回もお楽しみに!
ご意見ご感想、並びに批評や質問などお気軽にどうぞ!