Lostbelt No.8 「極東融合衆国 日本」   作:萃夢想天

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どうも皆様、萃夢想天です。

新型コロナの影響が一向に衰える気配を見せない昨今、
いかがお過ごしでしょうか。どうかお体ご自愛ください。

ヘブンズフィールの公開が先延ばしになってしまった事、
本当に残念で仕方ありません。ですが、世情を鑑みれば妥当な
対応であると言えましょう。今しばらく心待ちにしましょう!

さて前回は、とうとうカルデアとゼベルが御対面。
彼らの対話の先に何が待っているのか、乞うご期待ください!


それでは、どうぞ!






第六章四節 根は下り、芽は陽を浴びる #4

 

 

 

 

 

 

緊張で掌に汗が滲むのを実感する。じわりとした不快感を、掌を強く握ることで誤魔化す。

無意識のうちに肩が強張り、不自然に力を入れてしまう。奥歯を噛みしめ気を強く持つ。

 

そして、豪華そうなテーブルを挟んでソファに腰掛ける男性へ、視線を向けた。

 

 

「招待に応じてくれて感謝するぜ、カルデア……堅ッ苦しいか。ま、楽にしてくれよ」

 

 

そう言って力の抜けた笑みを向けてくるのは、この異聞帯を管理しているクリプター。

Aチームの一員にして、私たちが乗り越えなければならない相手と目されている人物。

 

 

「そんじゃ、改めて自己紹介といくか。知ってるとは思うけど、一応な。

 俺がゼベル・アレイスターだ。アンタの先輩になる予定だった不甲斐無い男さ」

 

 

ボサボサとあちこちへ伸びる整えられていない黒髪の隙間から、優しげな瞳が覗く。

面と向かった今でも、この人が汎人類史を白紙に変えた一団の一人とは思えない。

それくらい、彼からは優しい雰囲気を感じている。少なくとも悪人ではなさそうだ。

 

って、そうだ。挨拶しなくちゃ。

 

極地対応型のカルデア礼装のスカート裾をぎゅっと掴み、真正面から見つめ返す。

 

 

「私は、人類最後のマスター。汎人類史人類代表、藤丸立香です」

 

「同じく、マスターのサーヴァント。汎人類史人類代表、マシュ・キリエライトです」

 

 

隣に座ったマシュが私に続いて自己紹介する。彼女のことは同じ元Aチームの彼なら

知っているはずだけれど、二年近く顔合わせていないし、互いの立場も変わっている。

そういう意味で改めての自己紹介は必要だと判断したんだろう。ゼベルさんも頷いている。

 

私たちが今いるのは、この日本異聞帯の国会議事堂内の一室。ゼベルさんに案内されてここへ

やってきている。勿論、最初は疑った。「話がしたいからついてきてくれ」だなんて言われて

無警戒でついていくほど私たちは純粋じゃない。ホームズたちとどうすべきかを話し合って、

ジル・ド・レェは万が一を考え、カリギュラのストッパーとしてノーチラスで留守番になった。

 

此処に来たのは私とマシュ、ホームズと仮契約を結んだ薛仁貴とノートン皇帝の五人だ。

 

 

「現カルデアを代表して参加させてもらった。シャーロック・ホームズだ」

 

「………サーヴァント・アーチャー。このふざけた世を正さんとする汎人類史の英霊である」

 

 

私たちに続き、ホームズと薛仁貴が名乗る。片方は真名を隠したいようだけど。

ゼベルさんはそれを聞いても反応を見せない。彼女の真名を暴くつもりはないのかな。

そして最後に、豪華な調度品が立ち並ぶこの部屋に相応しくない古びた軍服を着る自称皇帝が

堂々とした立ち振る舞いで名乗りを上げた。

 

 

「朕こそ、誰あろうアメリカ大帝国の唯一皇帝! ジョシュア・ノートンその人である!」

 

「………ああ。よぉーく知ってるよ」

 

 

真名を憚ることなく明かすノートン皇帝の言に、頬をひくつかせながら返答するゼベルさん。

これでこちら側の紹介は終わった。後は話し合いの席に付く条件としてこちらが提示させて

もらった条件の一つとして、繋がったままの通信礼装から投影されたホログラムに映る二人。

 

 

『ヤッホー、はじめまして! 万能の天才こと、ダヴィンチちゃんさ!』

 

『そしてこの私こそ、カルデアの所長を預かる、ゴルドルフ・ムジークだ!』

 

「……所長? アンタが?」

 

 

二代目ダヴィンチちゃんとゴルドルフ新所長の二人が自己紹介をすると、ゼベルさんの表情が

初めて変化を見せた。彼が懐疑的な視線を向けたのは、ちょび髭を蓄えた新所長にだ。

 

 

『な、なんだ若造! 私がカルデアの全権指揮官であることに、何か文句があるのかね⁉』

 

「若造て……俺、アンタと二つしか年違わないんだがね。あ、俺26だから」

 

『え、嘘。ホント?』

 

「マジマジ。意外と若く見られるってのは嬉しいもんだ。いや、じゃなくって。

 アンタが今のカルデアの所長ってことは、オルガマリーは………そういう事か?」

 

 

ゼベルさんの口からでた人物の名前に、私とマシュの二人はそろって息を呑んだ。

彼は知らなかったのか。今まで他のクリプターたちは誰も尋ねてはこなかったから、

てっきり周知されていたのかと思っていたのに。その一言で私は「あの日」を思い出す。

 

業火に包まれ、荒廃した無人の都市。襲い掛かってくる動く骸骨や人型の黒い靄。

かつてのカルデアが一番最初に攻略対象とした、『特異点F』と呼ばれる始まりの地。

私が人類最後のマスターを背負った始まりであり、マシュとの長い旅路の始まりであり、

そして……私たち二人が初めて残酷な別れを目の当たりにした日でもある。

 

今でも忘れられない。恐怖と焦燥に押し潰されそうになりながら懸命に立つ彼女の姿を。

 

 

―――どうしてこんなことに……ああ、もう!

 

―――なんで残ったマスターが候補生のアンタなの! せめてアイツがいれば……!

 

―――いや! イヤ! どうして⁉ まだ私、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

私はオルガマリー所長との付き合いは短い。出会ったその日に死に別れたのだから。

それでも彼女と話をするうちに、人となりなんかは分かるようになったし、信頼関係も

気づけていたと自分なりに思っている。だからこそ、彼女のあんな最期は忘れられない。

 

そうだ。あの時、彼女はしきりに「ゼベル」と呟いていた。まだマスターになりたてだった

私は気を配る余裕なんてなかったから、彼女の言葉を関連付けることなんてしなかった。

思い返してみれば、彼女は自分を裏切っていた「レフ・ライノール」以外にもう一人、

頼りにしていた人物がいたじゃないか。どうして今まで気が付かなかったんだろうか。

 

オルガマリー所長があの燃え盛る特異点で心の支えにしていた人物の一人が、今目の前に

いるこの人に間違いない。そう考えれば、彼が彼女のことを尋ねてきたのも納得がいく。

 

 

「オルガマリー前所長は、その……」

 

「いや、いいよマシュ。そっちの後輩の顔みりゃ、察しはつく」

 

「………私が守り切れなかったばかりに」

 

「俺は現場にいなかったから何とも言えん。そうだったかもだし、そうじゃなかったかも

 しれない。ただ、どんな形であれ看取ったのはお前たちだ。ちゃんと覚えててやれ」

 

 

怒るでもなく、悲しむでもなく、ただ諭すように語りかけてくる。ゼベルさんの言葉は

不思議と私とマシュの中で膨れていた不安や葛藤を沈めてくれた。まるで先生みたいだ。

 

話題が話題だったためか、緊張から一気に沈んだ空気が漂いだした室内。

そんな重苦しさを払拭するかのように、対面に座るゼベルさんがおどけた口調で切り出す。

 

 

「そちらさんの自己紹介をしてもらったことだし、今度はこっちの番といくか。

 俺はさっきしちまったから、次は俺のサーヴァントたちにやってもらうかね」

 

 

ぶっきらぼうに述べたゼベルさんが「おーい」と気の抜けた呼び声を発した次の瞬間。

彼の座るソファの後ろに四人の男性が並ぶように現れ、彼の隣に美麗な女性が腰を下ろす。

いきなり現れたように見えたけれど、これはたぶん最初から霊体化させていたんだろう。

 

座ってくつろいだままの姿勢で、ゼベルさんの言った通りに背後の男が声を上げる。

 

 

「ワハハハ! では吾輩からだな! 吾輩はマスターに仕えしサーヴァント・ライダー!

 諸君らとは以前に出会ったが、時間も余裕もなかったので挨拶もままならなかった!」

 

 

ノートン皇帝とは違い、ビシッと綺麗に仕立てられた軍服を着こなす、大柄な男性。

豪快な笑い声をあげているあのサーヴァントは、中国異聞帯で遭遇したうちの一騎だ。

ライダークラスのサーヴァントってことは、宝具が多彩だから要警戒しなくちゃ。

 

続けて、ゼベルさんの背後に並び立つ他のサーヴァントたちが名乗りを上げる。

 

 

「某もまた、殿に仕えし者なり! 日本一の槍の冴え、次こそ見せてくれよう!」

 

「私はキャスター。以上だ。マスターから君たちの『観測』は不要だと言われていてね。

 個人的な興味で観測してみたいとは思うが、これでもサーヴァントの端くれという自覚は

 あるつもりだ。今回の召喚では縁がなかったと諦めよう」

 

「………儂は剣客。剣の英霊に数えられし、一介の侍。他に語り聞かせるものもない」

 

 

それぞれの自己紹介が終わったようで、一度話題が区切られる。ひとりひとりの発言が短く

まとまっていたので、聞く側としてはありがたい。その分得られる情報量も少ないけど。

 

思案に耽る横顔も様になっている名探偵を横目で見る。彼は今、常人の私では理解できない

速度で色々なことを考えているんだろう。そちらのことは彼に任せておけばいいかな。

この中で知っているのは、直接戦闘をしたライダーとランサー。あとは北欧異聞帯で戦闘は

しなかったけど、姿を見た和装のサーヴァント。剣の英霊ってことは、セイバー確定だ。

 

そして、初めて見る人物が二人。一人は自己紹介で語ってくれたキャスター。

なにやらこちらを観測したいとか言っているが、どういう意味かはさっぱり分かんない。

これがあの英霊の真名やスキルなんかを暴くヒントになるかもしれないけど、古今東西の

英雄や伝説どころか世界史すら詳しくない私じゃ、いくら考えても答えは出ないと思う。

 

それだったら、他のことに意識を集中させなきゃ!

 

 

「ふむ。最後は妾かしら?」

 

 

話し合いに臨む意気込みを改めた瞬間。ゼベルさんの隣に腰掛ける女性が口を開いた。

同性としては羨ましいと感じてしまう美しさが全身を飾り立てる、豪奢で高貴な女性。

高圧的で見下したような物言いだと感じたのも、きっと気のせいなんかじゃないだろう。

 

 

『霊基パターン照合、完了。マスター、彼女のクラスは【フォーリナー】だ』

 

「フォーリナー⁉ それって……」

 

『うん。カルデアが現在記録している霊基パターンが最も少ない、異色の規格外(エクストラ)クラス。

 そのどれもが超常的な力を有している。まさか彼がそんな存在を召喚してたなんてね』

 

 

煽情的な笑みを浮かべていた女性が、ほんの一瞬だけ視線を鋭いものへと変えた。

敵意のようなものを向けられて更に汗ばむ。いったいどうしたのだろうか。

 

怯えていることを悟られないように努めつつ、相手の様子をそれとなく窺う。

すると、女性の方はこちらを睨みつけているけど、ゼベルさんは手で額を押さえていた。

 

 

「かぁ~……そうか。そっちもサーヴァントのクラスを特定できんのか。

 それにしてもフォーリナーなんてレアクラス、他にもいるのかよ。予測できるかクソ。

 なんだよもう……アサシンだっつって誤魔化すこともできやしねぇ」

 

『おやおや? 腹を割って話そうと言ったのは君じゃなかったかい?』

 

「言ったぜ。腹割って話すつもりではあったが、ガラ空きの背中まで見せつけるつもりは

 なかったってだけさ。あーあ、せっかくキリ公には隠し通せたってのに」

 

「キリ公…? それは、キリシュタリア・ヴォーダイムを指しているのかな?」

 

「他に誰がいるってんだ」

 

「ふむ……? つまり君は、君のサーヴァントのクラスを、クリプターのリーダーである

 キリシュタリアに隠しているということか。それは、彼に知られたくない事情がある、

 そう言っているようにも聞こえる発言だと認識できるのだが?」

 

「……………御想像にお任せするわ」

 

 

げんなりとした表情で額に当てていた手をひらひらと動かして見せるゼベルさん。

カルデアが誇る二大頭脳に発言の端から端まで探られて、一方的に情報を引き出される状況に

対し、最後の手段である黙秘を選択した。こう言っては失礼かもだけど、あんな姿を見ると

勝手ながら親近感というか、敵対関係であることを忘れてしまいそうなほど情けない。

 

深い溜息を隠すことなく盛大に吐き捨ててから、ゼベルさんがこちらに向き直る。

 

 

「まぁ、自己紹介はこんな感じで充分だな。んじゃとっとと本題に移るか」

 

「腹を割って話したい。そう言った君の本題とはなにかな?」

 

「焦んな、今から話すから。んで、そうさな……簡単に言やぁ、謝罪と感謝ってとこだ」

 

 

ボサボサの髪を乱雑に掻きながら、彼はぶっきらぼうに呟いた。

 

謝罪と、感謝? 唐突に飛び出てきた二つのワードが、今の状況と結びつかない。

いったいどういう意図があるんだろう。より一層彼の発言を注意深く聞く姿勢をつくる。

こちらの様子の変化を待っていたのか、少し間を空けてからゼベルさんが語り始めた。

 

 

「まず一つ目、謝罪の方から。コイツはカルデア全体に向けたものでもあり、人類最後なんて

 大層な二つ名を背負わせちまった後輩ちゃん。アンタに向けたものでもある」

 

「……私に?」

 

 

いきなり私の事を話題に出されるとは思っておらず、自分の顔を指さして確認してしまう。

そんな私の行動に静かな頷きで返したゼベルさんは、ソファに座ったまま頭を下げた。

 

 

「本来なら48人のマスター全員で人類史を背負う予定だったにも関わらず、故意じゃなくとも

 たった1人にとてつもない重荷を押し付ける形になってしまった事。ずっと謝りたかった」

 

「ゼベル、さん……」

 

「済まなかった。辛かっただろう、苦しかっただろう、逃げ出したかっただろう。

 それでも君は、君たちは、成し遂げた。俺たちAチームが他に一人でも生き残っていれば、

 君の負担は今ほどではなかったかもしれない……いや、もしもの話に意味はないな」

 

「貴方は、いったい?」

 

「―――ごめんな、本当に。何の力にもなれなくて」

 

 

ぽつり、と。彼の口から零れ出た言葉は、私の心にすんなりと入り込んできた。

人類最後のマスターとして、色々な人と出会ってきた。それこそ、星の数に比するほど。

優しい人。穏やかな人。楽しい人。怖い人。危険な人。虚ろな人。本当に、多くの人がいた。

 

だから、なんとなく分かる。彼は、ゼベルさんは、本当に私たちに謝意を示していると。

 

まさか敵対すると思われていたクリプターに謝られるとは思わなかったのか、通信で一緒に

話を聞いているノーチラスデッキ内の皆も、言葉を失っているようだった。

特にマシュは目を見開いて、嬉しそうに口角を上げている。久々に見る、心からの笑顔だ。

 

 

「いえ、大丈夫です。確かに辛いこともいっぱいあったけど、でも」

 

「でも?」

 

「それ以上に嬉しいことも楽しいことも、いっぱいあったから」

 

「………マシュはどうだ?」

 

「はい。私も、先輩の意見に賛同します。とても、とても楽しい旅路でした!」

 

「……そっか」

 

 

私も、マシュも、そろって同じ答えを出す。そうだ、人理修復の旅は、楽しかった。

彼の言う通り、他にもマスター候補生が生き残っていたら、もっと効率的かつより良い結末を

迎えられていたかもしれない。でも、結果は変わらない。一瞬一瞬を必死に生きて積み重ねて

辿り着いた私たちの「今」を、私は疑わない。これが私の答えなんだって胸を張れる。

 

ゼベルさんは私たちの答えを聞くと、満足げに瞳を閉じて、同じ言葉を繰り返した。

しばらくの間をおいてから、彼はホログラムに映るダヴィンチちゃんに視線を移して語る。

 

 

「言い訳に聞こえるだろうが、生き残ったカルデアの皆にも謝罪をさせてほしい。

 かつてのカルデアをカドックんとこの兵隊が襲撃した件、止めてやれず、済まなかった。

 俺はなんとか襲撃だけは止めるよう頼んだんだが、クリプター間での会議で決定された

 方針を覆すだけの力がなかった。許してくれ、とは言わない……ただ、謝りたかった」

 

『ゼベル・アレイスター。君の発言を信じよう』

 

『な、何故かね? コイツはクリプターなのだぞ⁉』

 

『彼はカルデア所属時から、職員やスタッフと交流を深めていた。魔術知識の有無を問わず。

 万能の天才である私や医療部門の人間以外で、カルデア全職員の顔と名前を覚えている

 人物は、彼くらいなものさ。人付き合いの上手さは、立香ちゃんと似ているかもね』

 

「はい。加えてゼベルさんは私を……私に、人間性を芽生えさせようとしてくれました」

 

 

頭をもう一度深々と下げるゼベルさん。彼の発言をダヴィンチちゃんとマシュの二人が

瞬時に信用に足ると判断する。新所長が反論しようとしたけど、すぐに説き伏せられた。

 

特にマシュの語気は普段と比べてとても強く、芯の通った真っ直ぐな思いが伝わる。

 

 

「私はマシュを信じてる。だから、マシュの信じる貴方も、信じたい」

 

「……ありがとな、後輩。けど、許される気も信じてもらう気もない。俺がしてるのは

 一方的な懺悔でしかないからな。聞いてて気分のいいものじゃないとは思うが」

 

「ううん。ゼベルさんのひたむきな思いを知れて、私は嬉しいです」

 

「そいつは、どうも」

 

 

頬を掻きながら、不自然に微笑む目の前の彼に、意識しない本当の笑みが久しく表出した。

マシュの言う通り、ゼベルさんは優しい人なんだと確信する。でも、だからこそ気になる。

カルデア職員の皆と交流をするような人が、どうして人理白紙化に加担しているのか。

 

前回攻略したインド異聞帯。そこを担当していたクリプターの一人、ペペロンチーノさんは

【異星の神】が死か再生かを選ぶよう伝えてきて、再生を望んだ代価として異聞帯運営に

協力しているのだと教えてくれた。ゼベルさんも、同じような理由なのだとは思うけど。

 

ゼベルさんが下げていた頭を上げて、私たち全員を見回してから話を続ける。

 

 

「さっきの流れで伝えたい感謝ってのも分かるだろうが、一応言葉にしておきたい。

 後輩、マシュ。俺たちが押し付けた重責を果たしてくれて、本当にありがとう。

 そしてカルデアの皆。今日まで生き残ってくれてありがとう。また逢えて嬉しかった」

 

 

ハッキリとした語調で、彼は私たちへ向けた思いを言葉にした。

 

本当に、本当に色々な思いが込められた言葉だと感じる。通信越しにもスタッフの数人が

堪えきれずに嗚咽を漏らすような音が聞こえてきているし、私も瞳を潤ませてしまう。

 

今までの旅路で、多くの人々に出会い、そして別れてきた。

その中には、私たちとは分かり合うことのできなかった人もいた。私たちと敵対して

辛い記憶として心に刻まれた出来事もあった。だから、余計に嬉しく思えてしまう。

 

人理修復の旅を終えて初めて、私たちの行いを認めてくれた人と出会えたことが。

 

 

『……ゼベル・アレイスター、君は……』

 

『だ、騙されてはいかんぞ技術顧問! これが奴の演技で、我々を罠に嵌める魂胆がある

 可能性もゼロではないのだからな! ま、まぁ、その可能性は低いとは思うが……』

 

「ゴルドルフ氏の言葉も頷ける部分こそありますが、それにしては脈絡が無さすぎる。

 我々を罠にかけて一網打尽にするつもりならば、もっと実用的な話題を取り上げるのが

 彼にとっての利となるはずだ。今の話には、彼自身に対するメリットがほとんどない」

 

『そ、それは、確かに。だが…!』

 

「ゴルドルフ新所長の御心配は尤もですが、それでも私はゼベルさんを、信じます!」

 

「マシュ……」

 

 

心配性が顔を覗かせる新所長に、ホームズが理論的に、そして意外にもマシュが感情的に

反論してみせた。やっぱりマシュはゼベルさんに、私が知らない思い入れがあるんだろう。

 

私が横目で見つめるのに気付いた彼女は、紫水晶(アメジスト)のように力強く輝く瞳で彼を見据える。

 

 

「ゼベルさんは常に、誰かと誰かを繋ぐ架け橋のような役割を果たしていたように思います。

 そのおかげで私は、オフェリアさんと友達になれました。人としての感情や感性を持って

 世界を見るようになりました。今の私を形作る要素に、間違いなく彼も存在しています!」

 

『そうだぜオッサン! 俺たちカルデアスタッフはな、ゼベルと長い付き合いなんだよ!

 下らない世間話から趣味、仕事の内容や魔術の研究。どんな奴とも、どんな話であっても

 きちんと向き合ってくれる、コイツはそういう男さ!』

 

「ムニエルさん……」

 

「ムニエルさんの仰る通りです。カルデアで生まれ育った私にとって、かつてのカルデアは

 生まれ故郷にして家。そこで暮らす人々が家族と言えます。優しくて、頼りになって、

 暖かく接してくれた。私にとってゼベルさんは、そう、兄のような人なのです!」

 

 

普段より数段強い語気で、彼女は言い放った。色彩に満ちた瞳が相対する男を映す。

 

マシュの思いの丈を聞いたゼベルさんは、一瞬だけ目を見開き、穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

「そうか。お前、そんな風に思ってくれてたのか。俺みたいなのが兄貴ねぇ」

 

「はい。だからこそ、腑に落ちません。それほど優しい貴方が、何故……」

 

「クリプターなんぞになって、異聞帯の運営に協力してるのか?」

 

「そう、です」

 

 

柔和な笑顔のまま、彼はマシュの疑問を受け止める。それは私も気になっていた。

マシュもダヴィンチちゃんもスタッフの皆も、ゼベルさんへの信頼がとても大きい。

それだけ彼という人物がカルデアで受け入れられていた証拠でもある。なのに、なぜ?

 

先程とは変わって、不安げに揺れるマシュの瞳を覗き込むように、ゼベルさんは答える。

 

 

「複雑かつ個人的な事情が相まって、な。詳しく話してやりたいところではあるんだが、

 生憎と時間が無くてよ。だからわざわざ、こうして話し合いの場を設けたんだ」

 

「それで君は次に、我々に何を話すというのかな?」

 

 

彼に相槌を打つ形で、ホームズが本題を促す。名探偵の催促に、ゼベルさんが応えた。

 

 

「―――すぐにこの異聞帯から撤退するんだ。これは、お互いのためになる」

 

 

真摯な表情で語られた一言は、私たちには受け入れ難い忠告だった。

 

 

 

 

 








いかがだったでしょうか?

仕事を終えてから帰宅し、時間を作ることができたら
最新話を途中保存で少しずつ進めていく……時間がかかりますが、
土日にまとめて書くよりは効率的にやれています。

長くなりそうだったので二分割させていただきました。
すぐに後編の執筆にとりかかります!
また、今後の動向は活動報告をご覧ください!

それでは次回をお楽しみに!


ご意見ご感想、並びに質問や批評などお気軽にどうぞ!

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