Lostbelt No.8 「極東融合衆国 日本」   作:萃夢想天

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どうも皆様、待望の二部五章後編が実装されましたね!
仕事が忙しく、中々ストーリーを進められない萃夢想天です。

前回はキリシュタリア視点での幕間のような話にしましたが、
まさかそれを書き上げた直後に彼の人物像がひっくり返ろうとは…。
おかげでいただいた感想のほとんどがネタバレの嵐に。
あ、私自身はネタバレされるの大好きマンなのでご安心を。

そんなわけで急きょ、前回の最後で作品の結末を変更すべく
読者の皆様にアンケートを取らせていただきました!
次週には閉め切ろうと思っておりますので、
投票はお早めに願います。


長くなって申し訳ありません。

それでは激動の本編へ、どうぞ!





第七章 芽は若葉となり、茎は幹となりて

 

 

 

 

 

 

「―――異聞帯から撤退しろ? それが互いの利になる、そう言ったのかな?」

 

 

ホームズが珍しく驚きの感情を表に出している。でも、それは私たちも同じだ。

 

私たちカルデアが日本異聞帯に突入してから二日目の夕方。異聞帯運営を担当していると思しき

クリプターであるゼベル・アレイスターと直接顔を突き合わせての会談中に耳にした言葉。

それは、汎人類史を取り戻そうとしている私たちにとって、受け入れがたいものであった。

 

そしてそれを、発言者であるゼベルさんも分かっていたようで、ホームズに返答する。

 

 

「ああ、言った。俺は今、アンタらに対し取引を持ち掛けているんだ」

 

「取引、ですか?」

 

「そうだマシュ。取引だ。俺は俺の、アンタらはアンタらの目的を果たすべく動く。

 そのために俺たちが相争う必要は無いんだ。むしろ、争いに発展されると困るのさ」

 

 

先程までカルデアに感謝と謝罪を述べていた口から飛び出してきた、いきなりの取引宣言。

正直なところ、信用できない。信用できる証拠もないし、今の説明だけでは納得できない。

むしろ不信感を抱いてしまう。やはりゼベルさんはこちらを騙そうとしているのではないか。

 

だが、その不明点を補うべくホームズの口がこの場の誰より素早く動いた。

 

 

「戦力や物資資源の乏しい我々としても、無用な戦いは避ける方針ではあるのだがね。

 しかし理由が不鮮明だ、ゼベル・アレイスター。何故、我々を逃がそうとするのか」

 

「なぜって」

 

「我々を始末してしまえば、君は確実に君の目的を遂行できる。加えて異聞帯の崩壊を招く

 恐れを解消できる。君にとってカルデアの撤退は、百害あって一利なしではないかな?」

 

「そりゃそうだが……」

 

「ならば何故そうしない? それとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

名探偵の冴え渡る推理が、ゼベルさんの肩をピクリと跳ねさせる。その反応を見逃さなかい。

続けて、通信越しにダヴィンチちゃんがホームズに代わって畳みかけようとする。

 

 

『代わってこちらに逃げる理由は今のところは無いよ。異聞帯に生活する人々の暮らしを一部

 見た程度だが、危険性は限りなく低い。そこかしこに神性こそ蔓延っているけれども、逆に

 いえばそれだけさ。こちらを襲う魔獣も、人を襲う天敵も、この世界では観測できない』

 

「何故ならば、そう。此処は神々が人の安寧を、暮らしを、護り続けてきた世界なのだから」

 

『北欧のような管理ではなく、インドのような削減でもない。文字通りの共生関係にある。

 人は神を頼り、神は人を支える。凄いじゃないか、まるで楽園さ。ただ一点を除いてね』

 

「……ただ一点。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この弱点さえ無ければ」

 

 

カルデア二大頭脳の見抜いた、日本異聞帯の異常性。即ち、『人類の発展・発達への気概』が

丸ごと消失したかのような歪さ。自分の足で立って歩き、困難に立ち向かう「強さ」の消滅。

それこそが、日本異聞帯の根底にある脆さ。剪定された原因。汎人類史とは異なる選択だ。

 

キャサリンとグロリアさんの自宅で目撃した、神々が人の生活に介入する日常生活。

ダヴィンチちゃんが言ってたとおり、北欧やインドの状況とは違い、そこに感情はなかった。

まるで、機械のようだと私は感じた。汎人類史で発展した便利な機械が、挿げ代わっただけ。

 

火を熾すという人類の開拓も、偶然から人力へ、人力から燃料へ、燃料から電力へ変容した。

ところがこの日本異聞帯では初めから神が火を熾し、人に委ねないまま時を重ね続けている。

利便性を追求するあまり、機械に頼り縋る汎人類史の一部とこの世界は、ある種似ていた。

 

 

「あまりの悍ましさに流石の小生(わたし)も世を嘆いた。故に神仏へ弓引いた。それだけのことよ」

 

「ワッハハ! 随分な物言いじゃないかお嬢さん! 人の世を助くる神々を悍ましいとは!」

 

「当たり前だ。自らの意思なく生きる者なぞ、死人でなければ家畜も同然。我々人間はな、

 父母ありて世に産まれ、愛に支えられ育まれ、やがて一人で天地に向かい立つのだ。

 神が新たな命を授けるなぞ、あってはならん。その子は、誰の愛が慈しみ育てるのだ?」

 

 

私たちと共に戦うと決めて来てくれた薛仁貴が、ゼベルさんのライダーと舌戦を繰り広げる。

彼女の持論を私も正しいと思った。神様が何から何まで助けてくれる、そんな理想的な世界。

だとしたら、人はいつ人として生きられるのか。神様があらゆる手助けをしてくれるとして、

そんな世界の中で生きる人とは、果たして人と呼べるのか。飼われる家畜と同義ではないか。

 

彼女の言いたいこととは、そういうことだ。頼り切っての生存は、庇護ではなく飼育である。

 

 

「つまらん。見解の相違だ。広大な視座を持たぬ情けなき者の戯言よ」

 

「議会において論ずる自由は其方らにもある。だが、その成否を断ずるは皇帝たる朕の務め!」

 

「なにが(みかど)! なにが成否! 悲も苦もなき神仏の加護厚き天上の世! それこそがこの

 日ノ本なり! 幾億無数の屍山血河を築き上げなお飽き足らぬ汎人類史、栄えるに能わぬ!」

 

「否である! 朕は主を讃え、敬い、賛美しよう! だがそれは我ら人が日々を穏やかに暮らす

 ための心の寄る辺として、死後の救済を約束される方がおられるからこそ! 人は限りある

 生を全うするのだ! 懸命に生きようとする人の輝きが、人を人足らしめるのである!」

 

「ほざけ異国の気狂い! 某は誰が何と言おうと、此方の日ノ本が正しいと信ずる!」

 

 

テーブルを挟んだ構図で、ノートン皇帝とあちらのランサーが討論に火花を散らせている。

ランサーの言葉が私の心をほんのわずかに騒めかせた。彼の言い分も分からなくはないから。

 

それでも。それでもだ。

 

 

「私たちはもう、立ち止まることはできないんです。ゼベルさん」

 

「………汎人類史の為か」

 

「いえ。違います。それだけじゃありません」

 

「じゃあ、何の為に?」

 

「………滅ぼしてしまった世界の為に」

 

 

忘れない。忘れちゃいけない。これまでに私たちが立ち向かった世界に生きた人々を。

だって私たちが彼らのことを忘れてしまえば、彼らの存在を、それぞれの世界の全てを、

知る人がいなくなってしまうんだ。彼らの嘆きも、喜びも、苦しみも、希望も、何もかも。

 

だから、私たちは私たち自身の為だけでなく、異聞帯の人々を真の意味で消し去らない為に

戦い続けなくちゃいけない。汎人類史を取り戻し、異聞帯をただの敵として終わらせない。

それがカルデアの戦い方。私、藤丸立香の、人類最後のマスターにできる戦い方だから。

 

 

「そう、そうか。なるほど。後輩ちゃん、アンタが人理修復達成できた理由が、何となくだが

 分かったような気がするぜ。アンタは意地でも取りこぼしたくないってんだな」

 

「……はい。私には、そうすることしかできないから」

 

「そうすることしかできないって、オイオイ。それをできる人間がどれほどいるんだ?

 少なくとも俺には無理だ。世界を救う重荷も、世界を滅ぼす決断も、消えた世界を忘れない

 覚悟も全部。情けない話だが、それを出来るって言いきれるアンタを本気で尊敬するよ」

 

「ゼベルさん……」

 

 

私しかいないから。私がやらなきゃいけない。私が決めなきゃいけない。だからせめて。

そういった思いがずっと心の中で渦巻いていた。マシュにも打ち明けたことのない弱音。

でもこの人は、まるでそれを理解しているかのように言葉に出してくれた。

 

間違いない。ゼベルさんは絶対にいい人だ。いや、今までのクリプターの人たちも全員。

戦いたくて戦ったわけじゃない。それしか選択肢がなかったから、止むを得ず戦った。

けど今回は違う。彼は、私たちと戦わないと言っているし、撤退しろと勧めてくれている。

 

なら、本当に戦わなくてもいいんじゃないかな。戦わずに済む方法が、あるのかも。

 

そんな淡い期待を抱きかけた私を、ホームズの言葉が現実へ引き戻す。

 

 

「汎人類史と異聞帯の成否は討論のしようがない。それに、論点はそこではない。

 ゼベル・アレイスター。もう一度問おう。我々に撤退を勧める君の目的はなんだ?」

 

『私たちと戦う必要がない、という君の言葉の真偽はともかく。こちらはこの異聞帯を確実に

 切除しなくちゃならない事情があるんだ。それでもまだ、争う必要性がないと言えるかい?』

 

 

続けられたダヴィンチちゃんの言葉に、ハッとする。

 

 

『正直なところ私たちは、戦力差が関係しているんじゃないかとは思ってるんだ』

 

「君の契約しているサーヴァントの能力は、断片的ながら大まかに推察できている。

 炎の巨人王すら概念的に切断し得る神霊武装を有するそちらのセイバーは、あの時の刀を

 今は帯刀していない。彼の宝具ないし特殊な武装とみたが、そう易々とは使えまい」

 

『他にも、他の異聞帯にすら介入可能な事象干渉型宝具を持つライダーに、モードレッドと

 打ち合える強さを持ったランサー。さらに、無数の怪物たちとそれを操るフォーリナー。

 キャスターまでいたとは驚きだけど、直接の白兵戦ができるタイプじゃなさそうだ』

 

「言葉に表せば、なるほど君の指揮下には軍に相当する武力が備わっていると見える。

 しかし、彼らのうちの一体何人に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「ッ………べらべらと俺が教えると思ってんのか、名探偵」

 

「まさか。だが、これで逆に浮かび上がる事実がある」

 

 

言論が白熱する。私とマシュはその様をすぐそばに居ながら、蚊帳の外として見るばかり。

 

 

「とある事実。それは―――異聞帯由来の戦力が、あまりに乏しいことだ」

 

『最初は神々の跋扈する日本なんて驚いたりもしたけど、現地人の話を聞いて情報をまとめ、

 それらを集約させてみればあら不思議。この異聞帯そのものに、恐れるべき個所はない』

 

「現地に住まう人からこの異聞帯の成り立ちを触り程度に聞いていてね。おかげで推理が

 捗った。故にここからは口を閉ざすことはない。今こそ、語るべき時であると確信した」

 

 

ホームズの鋭い眼光がゼベルさんを捉える。彼が真実を暴くことを、誰も止められない。

向こうに居るランサーが槍を僅かに動かしたと思った瞬間、背後の薛仁貴が弓を引いていた。

 

 

「侮るなサムライ。指一本動かしてみろ、その大層な兜ごと脳天貫いてくれる」

 

「ぐぅっ……」

 

 

目に見える形での牽制。相手の槍が此方に届くより早く、彼女の矢は宣言通りにランサーの

頭に突き刺さることになるだろう。それを分かっているからこそ、どちらも動けない。

薛仁貴が作った間を利用して一呼吸挟み、ホームズは改めて頭脳に冴える閃きを語る。

 

 

「この日本異聞帯、およそ闘争の概念がなかった。戦争行為というだけでなく、スポーツに

 則った健全な闘争行為ですら。そういった文化そのものが抜け落ちたかのように」

 

『争いのない世界。聞こえはいいが、有史以来人類同士の争いは後を絶たなかった』

 

「かの中国異聞帯を統べた始皇帝ですら、世界統一を果たすべく戦争を繰り広げたのだ。

 その結果の全土統一。その結果の争いなき世界。では、この異聞帯ではどうか?」

 

『人々の中に、争いの概念は存在しない。おそらく、本当に彼らは争いを知らないんだね。

 日本異聞帯に現存している人類は、一度も闘争行為を選択したことのない人類だろう。

 けど課題も問題も残ったまま。人種、思想、環境、理想。あらゆる価値観が最初から

 一つになっていたはずはない。そうなれば、何者かが強引に集約させたことになる』

 

「そんなことが出来る存在、あるいは概念。我々はそれを、神と呼ぶ他あるまい」

 

 

息の合ったコンビネーションで、示し合わせたかのようにパズルのピースを埋めていく二人。

疑問を挙げながら、少しずつ真相に辿り着こうと言葉を紡ぐ。まさに探偵の推理が如く。

 

 

「それはつまり……!」

 

「ああ。この異聞帯におけるあらゆる戦闘行為を、神々が担ったんだろう」

 

『その結果、人々の中から闘争の概念が消え、超常の権能を揮う神々によって世界丸ごと

 平定されたんじゃないか。私たちはそう考える。でも、そうなると辻褄が合わないんだ』

 

「どうしてなの?」

 

「マスター・立香。思い出してほしい。神々が人を助ける場合、どんな結末になるかを」

 

 

ダヴィンチちゃんへ疑問を投げかけた私に、ホームズが助け舟を出してくれた。

神様が人を助けたらどうなるのか思い出せ、か。これまでの私の体験を想起しろって事ね。

 

私は思い出す。女神の領域へと至った獅子王が、どのようにして人類を救おうとしたか。

私は思い出す。三女神の一柱、冥府の管理者が、どのようにして人類を救おうとしたか。

私は思い出す。北欧にて終末を生還した女神が、どのようにして人類を救おうとしたか。

 

いずれも、その結末は―――超常存在による徹底した管理世界だった。

 

 

「思い出せたようだね。そう、神という上位存在にとって、人類はあくまで管理対象。

 人を助けるという行動を彼らがとった場合、高確率で神による人類管理が発生する。

 けれど、この異聞帯ではそうなっていない。あくまで人が主体として生活していた」

 

『あまつさえ、神々が人の生活を支えるなんて。まるで便利な機械か道具だよ』

 

「となれば、可能性はひとつ。居るんだろう? ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ホームズの確信に満ちた言葉を受けて、ゼベルさんは小さく顔を顰める。

彼の反応を何よりの証拠と受け取った名探偵は、止まることなく推理を続けた。

 

 

「現地人から情報を得た時、その支配者が君ではないかと疑った。可能性は低かったが。

 しかし君が我々をこの会談の席に招いた時点で、その可能性が皆無になったのだよ」

 

『何故なら、この場に異聞帯の存在が誰一人としていないからさ』

 

「ダヴィンチちゃん、なんでそんなこと断言できるの?」

 

『この世界の人類に闘争の概念がない。つまり、()()()()()()()()()()()ってわけ!』

 

「では、何故それが神を支配する可能性を排する確証になるのですか?」

 

「初歩的なことだ、ミス・キリエライト。神々すら支配する力を有しているのであれば、

 わざわざ英霊を召喚する必要なんてないからね。異聞帯に現存する神々を侍らせればいい。

 だが彼はそうしておらず、英霊を複数騎従えている。それこそが何よりの証左だとも」

 

 

尤も、彼がなぜ複数騎も従えられるのかという疑問は残るが、と小さく呟く名探偵。

 

確信に満ちたホームズの言葉に、私も納得してしまう。言われてみれば確かにそうだ。

神様が人に代わって戦争をして世界を統一した。そんな神様を従える力があるんだったら、

最初から神様に護衛させたらいい。それをしていないのなら、それができない証拠か。

 

苦虫を噛み潰したような表情で名探偵を睨みつけるゼベルさんに、ダヴィンチちゃんが語る。

 

 

『そうなると、神様を支配できる存在というのが、この異聞帯の王と呼ばれる存在かな。

 神々を支配することが出来るのはより強い神様くらいなもんだけど、違うんだろうね』

 

「それでは同じだ。いや、異聞帯の王が何者であるか、というのはあまり重要ではない」

 

『戦う相手になるから重要には違いないけど、それより注目すべき問題は他にもある』

 

「この世界の成り立ちを示して見せたところで、改めて告げさせてもらおう、クリプター。

 異聞帯の天敵たる我々カルデアを相手取る必要がないと語る、君の目的とは何なのか?」

 

 

ほんの僅かな情報から、世界の過程すら見抜くほど鋭いホームズの観察眼が見開かれた。

 

 

「それは―――――」

 

 

彼の口から大いなる謎を暴く答えが紡がれるという寸前。事態が急変する。

 

ゼベルさんの背後に構えていたサーヴァントの一騎。キャスターが血相を変えて詰め寄る。

 

 

「マスター、緊急事態だ! 異聞帯を覆う『嵐の壁』を破り、何者かが侵入してきた!」

 

「なに⁉ 何者かって、そんなことができるのなんて、アイツしかいねぇだろクソ‼」

 

 

にわかに騒がしくなるテーブルの向こう側。私たちは急展開に追いつけず混乱してしまう。

するとホログラム投影されていたダヴィンチちゃんが消え、慌ただしい様子で戻ってきた。

 

 

『大変大変! 沖合から真っ直ぐこちらへ進行してくる反応あり!』

 

「なんだって?」

 

『速度も反応も相当だ! というかこの反応、神霊クラスじゃないかな⁉』

 

「単独で異聞帯へ介入可能な神霊クラスの英霊⁉ そんな…!」

 

 

モニターに表示される数値に驚愕するダヴィンチちゃんと、驚きを隠せないマシュの反応を

見てようやく私は事態の重さを理解するに至る。それって、かなりまずいことなんじゃ?

 

正確に危機感を測れない私を差し置いて、ソファから立ち上がったゼベルさんが吐き捨てる。

 

 

「カイニスだ! あの野郎、ついに寄越してきやがったのか!」

 

「……どうやら、君はこの反応の正体と目的を正しく理解しているようだね?」

 

「ああ、理解したくなかったがな。最悪だ。ここでアイツに来られるのはマズイ…!」

 

 

険しい顔で沈黙すること数秒。何かを決断したらしいゼベルさんは振り返り、自分が従える

サーヴァントと向き合う形になり、それぞれに命令を下し始める。

 

 

「こうなったらやるしかねぇ、時間はないが無理やり作る! キャスター、ライダー!

 今すぐ準備に取り掛かれ。あまり猶予はないからな、なるべく多く魔力を溜めろ!」

 

「いよいよだな! 任された!」

 

「侵入者はどうする気だ、マスター」

 

「こっちで対処する。お前は自分の役割を全うしてくれ」

 

「……分かった」

 

 

まずは彼の命令に従い、キャスターとライダーが霊体化して姿を消した。どこか別の場所へ

出て行ったのだろうか。霊体になったサーヴァントの居場所なんて私には分からないけど。

 

 

「ランサー!」

 

「はっ!」

 

「お前の力が必要だ、頼んだぞ」

 

「某にお任せあれ!」

 

 

次に、武者鎧をまとったランサーに言葉をかける。何をするかまでは分からなかったけれど、

何か大きなことを始めようとしているのは分かった。これは、止めるべきなのかな。

どうしたらいいのか迷っていると、再び通信越しにダヴィンチちゃんの声が聞こえてきた。

 

 

『このままだと反応がノーチラスの近くを通る! 偽装を施してあっても近過ぎると目視で

 捉えられちゃうかもしれない! ここにいる戦力だけじゃちょっと心配だよぉ!』

 

「……理性と狂気の混在するカリギュラ帝に正式な魔術師ではないジル・ド・レェ元帥。

 残るはノーチラス維持に不可欠なキャプテン・ネモに君だけか、ダ・ヴィンチ」

 

『正直厳しいと言わざるを得ない!』

 

「同感だ。故にこの場においてのみ、彼の言う通りに撤退を推奨する」

 

 

どうやら迷っている時間すら惜しいようだ。このままではノーチラスが危険に晒される。

そうなればノーチラスに居るスタッフの皆も、新所長も危ない。ゼベルさんの言っている

異聞帯からの撤退まではしないけど、此処からノーチラスまで戻ることには賛成だ。

 

こちらの話を聞いていたようで、ゼベルさんは肩越しに此方を一瞥し、微笑みを向ける。

 

 

「そのまま虚数潜航で彷徨海に撤退しておけって。その方が確実に安全だぞ?」

 

「やけに我々の生存にこだわるようだが?」

 

「懐かしい顔ぶれに、親しい人たちに、死んでほしいやつなんかいるもんかよ」

 

「………まさか、本当にそれだけの理由で?」

 

「だけじゃねぇよ。が、大部分ではあるな」

 

 

ダヴィンチちゃんと通信でやり取りをする最中に、ゼベルさんと対話するホームズ。

そこで彼の言葉に込められた思いを幾許か知ることができた。

 

私はゼベルさんとほぼ初対面みたいなものだし、どんな性格なのかも人伝いに聞いただけ。

それでも、「死んでほしくないだけ」で敵である私たちを見逃そうとする彼の在り方を、

何故だか彼らしいと思ってしまう。出会い方さえ違えば、私たちは分かり合えたのかも。

 

浮かべていた笑みを引き締めたゼベルさんは、残る二騎のサーヴァントに指示を出す。

 

 

「フォーリナー! お前は俺と来い。事此処に至った以上、選り好みは許されんぞ」

 

「仕方ありませんわね。ええ、ええ。我が主人(マスター)、しかと拝命致します」

 

 

彼はフォーリナーと何処かへ向かうらしい。此処は彼にとって拠点なのだから、てっきり

残って防衛に専念するのかと思っていたけど。って、私たちものんびりしてられない。

 

せっかくクリプターであるゼベルさんと平和的に話し合えていたのに。このまま話し合って

いればもしかしたら、互いに手を取り合える可能性だってあったかも……しれない。

残念だけど、今回はここまでだろう。でも、彼は話の通じない脅威でもないし、カルデアが

倒すべきと断じるほどの悪でもない。どうにかしてまた、こんな会談の場を設けたいな。

 

争う以外の方法で、分かり合える可能性が少しでもあるのなら。

 

 

「で、セイバー!」

 

「此処に」

 

 

残った最後の一騎。和装のセイバーを呼ぶゼベルさんは、予想外の命令を口にした。

 

 

「カルデアと一緒に行って、そのノーチラスとかいう艦を護ってやれ」

 

「え⁉」

 

「………主殿、御乱心なされたか?」

 

 

彼の下した命令。それは、カルデアの要にして生命線である、ノーチラスを守らせること。

驚くどころの騒ぎじゃない。彼の命令はもはや、仲間に対して行うやり取りのはずだ。

今はまだ、敵対関係にあるのに。だというのに彼は、私たちを守るよう命じていた。

 

流石にマスターの命令を受け入れ難いようで、冷徹な瞳が静かにゼベルさんを射抜いた。

当事者じゃない私が目にしただけでも背筋の凍りそうな視線にも、彼は微動だにしない。

 

 

「言ったろ。カルデアに死んでほしいわけじゃねぇ、って。それに俺はもうクリプター同士の

 出来レースからは降りたンだ。アイツらにとって敵でも、俺には関係のない話だっての」

 

「……待ってほしい。それはつまり、君はクリプターを脱退したということか?」

 

「おお、そうだ。言ってなかったっけ?」

 

「言っていないし聞いてもいない。しかし、だが……いや、今はとにかくノーチラスだ」

 

 

ゼベルさんが衝撃的なカミングアウトをしたんだけど、ホームズは優先事項を考慮して

彼への推理を中断したようだ。いや、でも、クリプターを辞めてるってことだよね?

ってことは本当に、私たちの味方になってくれるんじゃないかな? なってくれそうだし。

 

彼はこの異聞帯に執着しているようだけど、もしそれが無くなったのなら、その後は。

 

淡い期待がまた膨れ上がってくる。もしかしたら、もしかするかもしれない。

ノーチラスへ戻る途中、マシュやホームズにこの話をしてみよう。マシュは賛成してくれる。

 

 

「とにかく命令だ、セイバー。お前は白兵戦において敗北知らず、だろ?

 カルデアが逃げるだけの時間稼いでくれりゃそれでいい。だからさ、頼むよ」

 

「……………」

 

 

ゼベルさんの命令、もといお願いにセイバーが目を閉じる。熟考しているのだろうか。

ほんの数秒程度の合間の沈黙。それを破り、腰の刀に手を置いた姿勢で薄く目を開いた。

 

 

「しからば主殿。この儂にひとつ、妙案なぞございますれば」

 

「マジか。流石だな、頼りになるぜ! んで、どんなんだ?」

 

「はっ。しかしその策を成す為に、必要な物がありまする」

 

「なんだ、また鋳霊神装でも借りたいのか? だったら取りに行かなきゃだが」

 

 

すぐさまこの国会議事堂を出立する準備を整え、通信越しにホームズとダヴィンチちゃんが

情報をやり取りするのを聞きながら、私は立ち上がり裾を整えつつゼベルさんの様子を見る。

 

なにやら話の中で聞き慣れない単語が飛び出したな。鋳霊神装って、なんだろう。

けれどセイバーには作戦があるらしい。ゼベルさんは随分と彼を頼りにしているようだけど、

その姿はなんというか、魔術師らしくない感じがする。それでいてどこか既視感を覚える。

 

武装を展開したマシュに促され、退室すべく部屋の扉へ向かう私たちを気に留めることなく、

セイバーはゼベルさんと話している。そしてほんの一瞬、ゼベルさんの視線がノーチラスへ

帰艦しようと動き出した私たちの方へ向いた。それだけの間。瞬きほどの僅かな時間。

 

たったコンマ数秒程度。そこで、私が目にしたのは―――――鈍い銀の冷たさと、赤。

 

 

「セイ、ばー。おまぇ、な、に?」

 

 

誰も気付かなかった。誰も見ていなかった。だから、誰も止められなかった。

 

和装のセイバーが手にする刀が、ゼベルさんの胸を深々と突き刺したのを。

 

 

「ゼベルさん⁉」

 

「きさ、貴様ぁぁぁぁああぁぁぁぁぁああああッ‼‼」

 

 

突然の凶行に思わず声を挙げた私だったが、それよりも早くフォーリナーが慟哭と共に

セイバーへ攻撃を仕掛けた。足元から出現する黒い何かを操り攻撃するも、既に血糊塗れと

なった刀をゼベルさんから引き抜いていたようで、殺到する黒を瞬時に切り伏せていく。

 

力なく倒れる体を駆け寄って抱きかかえるフォーリナーが、下手人を憤怒の形相で睨む。

 

 

「おのれ下郎‼ よくも我が主人を‼」

 

「……なに。ただそこな男の命潰えれば、それで済むというだけの策よ」

 

 

刀についた血を払い拭ったセイバーは、氷のような凍てつく視線を投げかける。

 

 

「臓腑を骨肉ごと貫いてやったが、命長らえたか。やはり、慣れぬことはするべきでないな」

 

 

さっきまで自分のマスターの命令に忠実なサーヴァントを演じていたのだろうか。

一人の人間の命を奪おうとしておきながら、表情と同様に冷徹な言葉を胸に穴の開いた彼に

吐き捨てるように告げた。裏切りか、それとも他の何かか。私には見当もつかない。

 

 

『え、な、なに? ゼベル・アレイスターと思われる生体反応が急激に低下してる?』

 

『な、何が起こったのかね経営顧問! あっちもこっちも展開が急過ぎるわ!』

 

「……見たままを率直にお伝えするのなら、あちらのセイバーが主人を裏切ったとしか」

 

「ぜ、ゼベルさん! そんな、ああ、血があんなに…!」

 

 

フォーリナーの怒号を聞いて室内へ引き返してきたホームズとマシュが惨状を目撃する。

続いて薛仁貴が刀を抜いているセイバーに番えた矢先を向け、ノートン皇帝は両手を合わせて

祈るようなポーズを取り、何かを呟きだした。一瞬で形成された混沌。不明瞭な状況。

 

それらが混濁する室内で次に動きを見せたのは、胸を貫かれたゼベルさんだった。

 

 

「なに、し、やがんだ……て、めぇ」

 

「主人! ダメです、口を閉じて! 傷が広がります!」

 

「なぁ、なん、でだ………こたえ、ろよ……【山岡田 鉄太郎】、ゴボ…」

 

 

口の端から血を吹き溢しながら、ゼベルさんは虚ろな視線をセイバーへ向けようとする。

そのなかで微かに聞こえた、人の名前のような言葉。それが、セイバーの真名なの?

 

途切れ途切れの言葉を遮ることなく静かに耳にしていたセイバーは、淡々と返答した。

 

 

「それは仮初の名だ。儂は……否。私の真名は、【山岡 鉄舟】なり」

 

 

和装のセイバーこと山岡鉄舟という初老の剣客が、何でもないようにそう語った。

 

 

「は、ぁ…? そんなわけ、ねぇ、だろ。ますたーの、俺に、は、真名が……」

 

「開示されるのであろう? 百も承知よ。すべてはこの時を成就せんとする(はかりごと)であった」

 

「馬鹿な! 真名を秘するスキルや宝具があったとしても、マスターにまで隠しおおせる程の

 ものなどあるはずがない! そも、それが仮に真実であれば、それほどの隠形を成せるのは

 一級レベルのアサシンクラスでもなければ――――アサシン、だと? まさか貴様!」

 

「主は無能であれど、片腕が有能であるか。救われたな小僧。女、思い描いた通りよ。

 私は人を斬らぬ侍。それは変わらぬ。変わったのは、変えられたのは、私自身の性質。

 即ち、『他者に悪性を与え、暗躍の成功率を引き上げる』という外道非道なりし悪辣の術(スキル)

 

 

知る人ぞ知る。されど何者も知らぬ其れを――――【奸悪無限】と呼ぶ。

 

 

「其方らが討ち取った英霊のうちの一騎には、私と共謀した悪党(アサシン)めがいたのだよ。

 奴の術をかけられた私はまさしく獅子身中の虫。懐に忍ばせた暗器そのものと成った」

 

「それと貴様の真名偽装に何の関係が!」

 

「忘れたか? この術は悪事の成功率を高める力がある。私もかつて偽りの名を高らかに

 告げて回った事があってな、相性が良かったのだ。真の己と虚の己、実に容易く扱えた」

 

 

カルデアの与り知らぬ事情が矢継ぎ早に語られる様を、対岸の火事のように見つめるばかり。

私は、私たちは、どちらの味方をすればいいのか。この状況ではそれすら判断が難しい。

 

室内に居る誰もが容易には動けない。そう思った直後、フォーリナーが激憤を露にした。

 

 

「許さぬ……許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ‼ 許してはおけぬ‼ 極東の畜生風情が‼

 その五体を細切れにしてなお飽き足らぬ‼ もはや苦痛や死で贖えると思うな―――」

 

 

だが、怒髪天を衝く勢いの彼女の姿が、突如として消え失せた。

それだけではない。彼女が抱いていた血塗れのゼベルさんも一緒にいなくなっている。

 

 

「消えた⁉」

 

「令呪による転移でないのは明らかだ。マスターである彼による行動だとは思えない。

 さて。目下のところより大きな問題があるわけだが。お聞かせ願えるかな、山岡鉄舟」

 

「……そうさな。うむ。時間も残されておらぬ故、早々に語り聞かせてやるべきか」

 

 

高級品と思しき絨毯を赤黒い染みが汚していくのを目の当たりにしながら、部屋に残された

私たちと突然の裏切りを敢行したセイバー、もとい山本鉄舟が正面から向き合う。

 

冷徹に俯瞰する視線が私たち全員を巡り、少し間をおいてから静かに話を切り出してきた。

 

 

「では、明かそう。私の目的を。そしてあの小僧の目的―――『人理抹消』についてな」

 

 

 

 

 

 

 








いかがだったでしょうか?

一週間以上かけて少しずつ書いたので久々のボリュームになりました!
まぁ仕事に追われる影響で誤字脱字やミスが増えているやも知れませんが。

これを書きながら本編を進め、先日オリュンポスをクリアいたしました。
まさかまさかの展開。キリシュタリアという一人の人間の見せた意地。
彼の夢見た理想。それは奇しくもゼベルと対比になるものでありました。


さて、ここから物語は佳境を越え、終盤へ差し掛かります!
あと、オリュンポスをクリアしたことでキリシュタリアへのイメージが大幅に変更になったので、追加で彼の幕間的お話を書くかもしれません。


それでは次回をお楽しみに!

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