Lostbelt No.8 「極東融合衆国 日本」   作:萃夢想天

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どうも皆様、近頃『就寝直前ガチャ教』に入信いたしました萃夢想天です。
素晴らしきかな睡眠欲、素晴らしきかな睡魔スヤァの加護。崇め讃え給え。
この宗教に入信したおかげで、水着PU2は制覇する事ができました!

どうかこの作品をご覧くださっている皆様にも、睡魔スヤァの加護があらん事を。

さて前回は突如現れた日本出身と思しきセイバーを味方に引き入れたところで
終わりましたね。今回はその直後、謝罪すべく通信をしたカドック君視点での
過去話となります。皆様が想像されるカドック像とはいささか異なってしまう
かもしれませんが、そこは私の想像という事でご理解いただきたいと思います。


それでは、どうぞ!





幕間 カドック・ゼムルプスから見たゼベル・アレイスターについて

極寒。そんな言葉ですら温もりを感じられるほどの、広大なる永久凍土が地表を覆うこの異聞帯。

歴史のとある地点から既定路線を大幅に逸れて、「未来は無い」と切り捨てられた枝葉の末端。

 

それこそが此処、【ロシア異聞帯】である。

 

水どころか空気そのものを物理的に凍結させかねない猛吹雪を、もはや日常の風景とやり過ごす。

僕は外の景色に現を抜かしている暇なんて無いのだから。焦りが歩調を少しずつ早まらせるのを

実感しながらも、それを止める思考時間すら惜しむ自分自身に余計に苛立ち、歩みは加速する。

 

今から五十分ほど前に、クリプター会議において、カルデアの残存勢力がこの異聞帯に出現する

との予言をキリシュタリアから伝えられた。数時間もしないうちに、此処へやってくるらしい。

 

人理継続保障機関カルデア。あの組織に元々所属していた身として、思うところが無いと言えば

嘘になる。しかし、そこに僕の求める(・・・・・・・・)価値があるかどうか(・・・・・・・・・)と問われれば、無いと断言できる。

 

 

「……………カルデア、か」

 

 

二流魔術師の家系に生まれた僕が、初めて存在意義を見出せた場所。それが僕にとってのカルデア

ではあるが、今は違う。かつて僕の居場所はあそこにしかなかったが、今の僕の居場所は此処だ。

誤った歴史が現在まで続く異聞帯、その中で『強さこそが生存における至上』であるこの世界が、

僕のいるべき場所となったのだ。そうだ、僕はもう弱者じゃない。この世界では強者なのだから。

 

ああ、クソ。これからすべき事が山積みだってのに、頭の中で余計な思考が際限なく膨らむ。

苛立ちを抑えるために苛立つ。手段の意味消失なんてバカみたいな事をしてる余裕なんて無いと

分かっているのにコレだ。どこまでも劣等感を意識せずにはいられない、そんな自分が嫌いだ。

 

 

「______________カドック」

 

「………やぁ、キャスター」

 

 

迫り来るカルデアへの対策を講じるべく探していた人物が、向こうからやって来てくれた。

彼女こそ僕がこの異聞帯にて召喚した、キャスターのサーヴァントにして、獣国の皇女。

 

その真名は【アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ】

 

ロシアの前身、ロマノフ帝国最後の皇帝ニコライ二世の末娘という伯を持つ気品ある少女だ。

従来の歴史に記されている彼女は、本当にただ皇族に生まれただけの少女であったのだが、

召喚された事で初めて、彼女が「皇族に代々受け継がれる精霊契約の末代」だと判明した。

その契約した精霊の力を以てキャスターとして英霊の座に登録されたのだとも知る事が出来た。

 

元々狙っていたキャスタークラスの召喚も喜んだが、何よりも僕は、彼女との出会いこそ……。

 

 

「_________ック。ねぇ、カドック?」

 

「ッ………急に人の顔を覗き込むのは止めてくれ、キャスター。心臓に悪い」

 

「もう。この私が名前を呼んでいるのに、反応しない貴方が悪いのよ?」

 

 

まただ、また思考が乱れた。こんなんじゃ、いつまでたっても僕は僕の強さを証明できない。

きちんとした論理的思考から構築した考えを持たないと、僕の有用性が確かなものであると

認めさせる事ができないじゃないか。なのに、クソ。いやに精神がざわつく、何なんだこれは。

 

 

「それに。名前で呼んでいるのよ、マスター。貴方の名を」

 

「……それがどうした」

 

「誰の目を気にしているのか知らないけれど、その程度でこの私の名を呼ぶ事を臆するの?」

 

「別に、臆してるとかじゃないだろ……なんだその目は」

 

「ふん」

 

 

自分の考えすら一貫させられないっていうのに、今度はキャスターの態度に頭を悩ませられる。

彼女の前髪に隠れていない方の青みがかった銀の瞳に見つめられると、何故か僕が罪の意識に

苛まれるような感覚に陥ってしまう。まさか、精霊の魔眼を使って僕に何かしているのか?

 

いや、そんなはずはない。僕は彼女に打ち明けている。僕の魔力量が決して多くはないのだと。

だからこそ、自前で魔力の補充や精製に長けたキャスターのクラスで召喚できた事が喜ばしいと

召喚してしばらく経った頃に伝えたのだ。何故かその直後から彼女の機嫌が急降下したのだが。

 

僕からの魔力の供給が乏しいと知って悪戯に使うほど、彼女は馬鹿ではないと確信している。

なら今僕が感じている奇妙な感覚は、「僕が悪いのか」と思わせる何かは、いったい何なのか。

 

 

「…………ん?」

 

「あら、どうしたの?」

 

 

そうしていると、クリプター会議で使用した通信用礼装から、通信が入った時の起動音が鳴り

だした事に気付いた。わざわざこっちに個人用の回線で通信をかけてきたって事は、おそらくは

ペペ……ペペロンチーノの仕業だろう。なんだかんだと面倒見の良いヤツだからな、アイツは。

そう思い通信礼装を起動するべく魔力を流す。直後、ホログラムに移ったのは、予想とは異なる

人物。そう、ゼベル・アレイスターだった。

 

 

『やっほーカドック、元気してる? 寒くてお腹壊してない?』

 

「…………余計なお世話だ。全く、随分と余裕なんだな」

 

 

白銀と濃灰が空と大地を二分するこの世界とはかけ離れた気軽さで話しかけてきたこの男、

クリプターのメンバーの中では最も僕に近しい存在であり、同時に天敵と定めた存在である。

 

アレイスター家の六代目当主。それ以外の誇りある肩書が一切ない、魔術界隈における弱者。

僕が二流の魔術師なら、アイツは三流の魔術師であると、自他共に認める弱卒魔術師。

だけどアイツは、僕が持っているものを全て持っていて、その上で僕よりも勝る部分があった。

 

だから僕は、このゼベル・アレイスターという男が、どうしようもなく認められない。

 

 

『余裕ってわけじゃねぇが、まぁついさっき異聞帯に汎人類史から送り込まれたサーヴァントの

内の一騎をまた、コッチ側に引き込むことができたからな。少し余裕が出来たっちゃ出来た』

 

「………そうかい。順風満帆なようで何よりだ」

 

『皮肉ならもっと隠せってんだ。真正面から堂々と嫌味を言ってどうすんだよ』

 

 

うるさい。余計なお世話だ。気が散る。コイツと話す時はいつもこうだ。

 

魔術師としての腕では僕よりも劣っているのに、この男は僕以上の努力を積み重ねようとしない。

魔術を使った訓練でも僕より成績は下だった。なのにこの男は己の成績に対し不満を口にしない。

カルデア内で過ごす間も僕は鍛錬を怠らなかったが、この男は一般職員との歓談に興じる始末だ。

 

劣っている。格下だ。僕よりも。

 

なのにコイツは、僕が唯一認められたレイシフト適正を(・・・・・・・・)遥かに上回りやがった(・・・・・・・・・・)

 

キリシュタリアやデイビットのような天才たちと渡り合う舞台にようやくしがみつけた僕を、

まるで嘲笑うかのように軽々と飛び越えて現れたこの男の事が、僕は許せないでいた。

 

 

「……それで、わざわざ連絡してきたんだ。要件はなんだ?」

 

 

ふつふつと蘇る出所不明の苛立ちを必死に押さえつけつつ、僕は通信をよこした理由を尋ねる。

 

そのままの状態で、皇女の存在も忘れ、僕はアレイスターという男について思考を巡らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕にとって、ゼベル・アレイスターという男は、いわば天敵のような存在だった。

 

 

アイツが人理修復Aチーム、もといクリプターに加入したのは一番最後だった。

 

キリシュタリアを中心としたチームの輪が出来上がる直前くらいのタイミングで、アレイスターは

僕たちAチームの前に姿を現した。その時点で、コイツは特別なんだと僕の中の劣等感が囁いた。

アレイスターは開口一番、僕らに向かってこう口にした。

 

 

「自己紹介する前に、トイレ行かしてもらっていいですか………割と、ヤバめなんで」

 

 

よく、覚えてる。あの人を小馬鹿にした様な薄っぺらい態度に、僕だけでなくオフェリアや芥も

業を煮やしてたのを。ペペは誰に対しても世話を焼くから律儀にトイレまで案内してたけど。

キリシュタリアもべリルもデイビットも、まるで興味を示してなかったから、僕もあんな浮ついた

魔術師崩れを相手にする気なんか、これっぽっちも無かったんだ。出会って間もないこの頃は。

 

 

 

数週間後、僕はアレイスターを心の底から憎いと思うようになっていた。

 

理由は勿論、アイツが僕の唯一示すことの出来る有用性、レイシフトの適正値が僕なんかを遥かに

上回っている事を知ったからだ。あの時の僕は、自分の足元が崩れ落ちていく感覚に襲われたよ。

 

マスター候補の一人として閲覧できる限りの情報から見ても、アレイスターという男は三流程度の

実力しかない弱卒の魔術師で、天才とは呼べない様な僕ですら「弱い」と断言できる素質の無さ。

何よりアイツは、魔術師として「論理的かつ効率的な思考」が、全くと言っていいほど出来ない。

 

魔術師ならば、人道にもとる行為が「効率的」であるならば選択して当然である。

これは僕に限った話じゃない。魔術の世界に生きる魔術師は皆、有益であれば残虐とされる行為も

実行するという事は、いわば常識なのに。それなのにあの男は、「ヤダよ」の一言で切り捨てた。

 

 

「自分の生存の為に他を害するのは自然な事だ、それはいい。それ自体は何の問題も無いさ。

けどな、自分の欲求の為に他を害するなんて傲慢は、生存と進化を続ける他の生物にとっちゃ

迷惑極まりないだろうが。俺はそんな事したくないね。人間が地球に見限られる要因増やすのは」

 

 

そう語っていたアイツの目は、今まで見てきたヘラヘラしたようなものとは、全く違っていた。

一度も目にしたことが無かったアイツの本気、だったのだろう。本気でそう思っているのだろう。

気にくわない。特に「自分は人間とは違う」とでも言いたげな言葉に、どの口がと返したかった。

 

 

 

観測された特異点の修復が目前となった頃。僕の中の憎しみと怒りが、頂点に達した。

 

カルデアという組織を新しく引き継ぐことになった、オルガマリーという年若い少女が所長の座に

就任して色々とうるさくなったという要因もあるが、それ以上にアレイスターとの確執が決定的な

ものとなる。最終調整と称された実力テストで、僕は総合成績でアレイスターに敗北を喫した。

 

許せなかった、アイツが。

 

キリシュタリアのような恵まれた天才がすぐ近くにいて、同じAチーム所属で、カルデアという

狭い空間内で常に『比較』され続ける現状に苛まれる僕を、何もしてないアイツが飛び越える。

 

許せなかった、自分が。

 

僕は僕に出来る努力を怠った事は一度も無い。だから少しずつでも実力は伸びているはずだ、と。

慢心できるほどの力量も無いくせに驕り、下に見ていたはずの男に追い越され、見上げる現状に。

 

僕は自分でも制御できない感情に振り回され、ついにアレイスターに掴みかかってしまう。

 

 

「お前は………いつもいつも、そうやって! どうしてだ⁉ 僕の方が、お前なんかよりずっと‼」

 

 

思考が、感情が、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられる。それでも方向だけはただ一方向を指し示して。

天才に勝つ為に、天才に負けない為に。天才を追い越す為に、天才に追い縋る為に。その為に。

 

お前なんかが。お前なんかが。お前なんかが。

お前なんかより。お前なんかより。お前なんかより。

 

 

「僕の方がずっと…………ずっと‼ 勝つ為の努力を! 見返す為の研鑽を! 僕の方が‼」

 

 

上のはずなのに、と。

 

そう怒鳴ってやるはずだった僕は、いつの間にか潤んでいた視界で捉えたアイツの目を見た途端、

急速に勢いを失っていってしまった。熱が引いていった。あれだけの猛りが、感情のうねりが、

何もかもすうっと自分の奥底へ沈んでいくのを感じた。それほどまでに、僕は見つめられていた。

 

 

「あのさぁ、カドック。ずぅーっと思ってたことがあったんだけどよぉ、言わせてくれや」

 

 

そして、その次にアレイスターの発したあの言葉も、よく覚えている。

 

 

「お前さ、前々からずっと『勝つ』だ『見返す』だの言ってるが、誰に対して言って(・・・・・・・・)んだ(・・)?」

 

 

ヒュッ、と。喉が震えたあの感覚は、未だに鮮明に思い起こす事が出来るほど強烈だった。

 

そこからもアレイスターの言葉は続き、それらは僕の低迷する思考を激しく揺さぶった。

 

 

「カドック、お前がすげぇ努力してるのは知ってるよ。ずっと難しそうな魔術式とにらめっこ

してる時もあったし、飯の時間に部屋に籠って効率的な魔力の運用を模索してんのも何となく

察しがついてたさ。そんで、それだけすげぇ事頑張ってるお前は、何処の誰に勝ちたいんだ?」

 

 

正直、言われた時はアイツの言葉の意味を理解できなかったよ。何を言われたのかすらも正しく

認識していなかったかもしれない。それほどにアレイスターの言葉は、僕の核心を突いていた。

 

そうだ、そうだ。僕はこれまでずっと、『勝ちたい』と。『見返してやる』と息巻いてばかりいた

けれど、実際のところそれらの思いの矛先は、いったい誰に向いていたものだったのだろうか。

 

キリシュタリア? ああそうだ。彼のような恵まれた天才に追いつこうと、僕は努力を重ねた。

デイビット? ああそうとも。奴のような異端の才能を超えてやろうと、僕は研鑽を重ね続けた。

他にも僕の実力じゃ勝ち目の無いような実力者は、このカルデアだけでもかなりの数はいる。

分かってるさ、そんな事。だから僕はそういった連中に負けない為に、勝つ為に_________え?

 

 

「別に俺はカドックの努力を否定したいわけじゃないし、むしろ応援してすらいるんだけどさ。

誰に勝ちたいのかも曖昧だし、そもそもお前、『どうやって勝つ』のか、方法はあんのかよ?」

 

 

ああ、忘れもしない。

 

アイツが柄にもなく真剣な顔で呟いたその一言が。

 

 

「________________________い」

 

「ん?」

 

 

僕の中に渦を巻き、荒れ狂うばかりだった、独り歩きするごちゃまぜの感情と私怨の塊は。

 

 

「_________________なにも、ない」

 

 

跡形も無く、消え失せたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感情の制御が利かなくなり、アレイスターに掴みかかったあの一件から、僕らの交流は盛んに

なっていき、僕は彼に対して劣等感なんてものを抱くことは、キレイさっぱり無くなっていた。

 

今思い返しても恥ずかしいが、格下に思っていた相手に冷静に諭されるのは、かなり堪える。

それも、「僕がしてきた努力を正当に評価してくれていた」相手からなら、余計に辛くなる。

 

アレイスターが他のクリプターの面々とも頻繁に交流するようになった頃に、根の詰め過ぎで

様子を見に来たペペから、彼についての印象を尋ねてみたことがある。

 

 

「そうねぇ……アタシのイメージ的には、チャレンジ精神の旺盛な登山家、かしらね?」

 

「……どういう意味だ?」

 

「そもそもアタシ的に、魔術師は登山家みたいなものって認識があるの。ホラ、全ての魔術師は

根源っていう山頂を目指してるじゃない? 過程や方法を度外視して、雲に隠れた山頂を目指す

有様はピッタリだと思うのよ。アナタもそうでしょ、何が何でも勝つって山頂を見据えてたし」

 

「止めてくれペペ。からかわれるのは嫌いだ」

 

「アラ、ゴメンなさい。けど、ゼベルはなんて言うのかしら。すっぱりと諦められると言うか、

良くも悪くも判断が早いのよね。自分がどこまで出来るのかを見極めるのが恐ろしく速いの。

でも彼はそこで終わらずに、『じゃあどこまでいったら無理なのか』を確かめようとするのよ」

 

 

チームのムードメーカーにして気配り上手なペペの評価に、僕は首肯するより他になかった。

確かにアイツは、魔術を用いた戦闘訓練なんかでも真っ先に「ギブアップ!」と宣言して敗北を

認めようとする。でもその後は必ず、自分の反省点と相手の行動への評価を欠かさなかった。

そしてそれは当然、僕が相手の時でも当てはまる。まだ諭される前の僕は、上から査定するような

態度が気にくわなくて苛立っていたけど、僕を真っ新な視点で評価していたのだと思い返せば、

アイツなりの努力を重ねていたのだと考えを改めさせられる。

 

 

「自分の限界を正しく認識できるって、意外と素晴らしい能力よ。特にカドック、アナタには

喉から手が出るほど必要な能力でしょうね。アタシは自分に出来る事しかしないから良いけど」

 

「僕には必要な能力?」

 

「努力は大事だけど、努力のやり方を間違えちゃダメって事。アナタ、最近寝てないでしょ。

ダメよ、寝る時は寝て体力を回復させなきゃ。何が何でもがむしゃらにやり続ければ結果が出る

ってものでもない事は、アナタが一番よく分かってるはずじゃない。客観的自己分析、大事よね」

 

 

ペペに痛いところを突かれた。けど、アレイスターとのやり取りが増えて、今までのような息が

詰まりそうなやり方は減っているはずだ。それでも、たまに三日三晩寝ずに魔術式の見直しをする

時だってあったけど、前みたく頻繁じゃない。まぁでも忠告されたし、今日は早く寝るとしよう。

 

自分の中からは出てこない意見を聞けるのも、他人と話をすることで得られる貴重な情報である。

アレイスターとの関わりで学んだ事をぺぺとの会話で実践した僕に、ぺぺはポツリと呟いた。

 

 

「………でもあの子、本当に不思議よね」

 

「………不思議? アイツが?」

 

「ええ。不思議。アタシも結構ゼベルと話すんだけど、その度に話し方のズレが気になって」

 

「話し方のズレ?」

 

 

ズレ、とは何だろう。何かズレているのだろうか、あのアレイスターが。

いや、魔術師としてはかなりズレているのは分かる。魔術師と言うより、一般人に近い感性だと

思ったことも何度かある。それの事を指しているのだろうか?

 

 

「そう、ズレ。Aチームってホラ、あんまり人付き合い少なかったじゃない? でもゼベルってば

お喋り大好きだって言うから、よく食堂とかでも一緒に過ごす事があるのよね。それで二人で

色んな話をするんだけど………なーんかあの子、人間の事を嫌ってる風に話す事が多いの」

 

 

ぺぺの口から語られたのは、普段のアイツの姿からは想像できない様な、別の一面について。

しかし僕はその「人間の事を嫌っている」という見方を、不思議と否定せずに納得してしまった。

脳裏に浮かぶアレイスターの発言の数々。その中でも特に僕の中で強く印象に残った言葉がある。

 

 

『自分の生存の為に他を害するのは自然な事だ、それはいい。それ自体は何の問題も無いさ。

けどな、自分の欲求の為に他を害するなんて傲慢は、生存と進化を続ける他の生物にとっちゃ

迷惑極まりないだろうが。俺はそんな事したくないね。人間が地球に見限られる要因増やすのは』

 

 

魔術師の考え方の話だったはずなのに、それをまるで「人間という種全体」についての事である

かのような語り草で切り返してきた。思えばアレイスターという男の思考の根底には、絶対的に

揺るがない「何か」があったのだと今にして思う。それがぺぺの語る人間嫌いなのかは不明だが。

 

それでも僕は、アレイスターという男を十全に理解しえなくても、信を置いてもいいと思った。

 

立場も僕らは近しく、実力も似たり寄ったりで、改めて『比較』する必要なんかまるで無い。

そんなアイツを僕は心底から見下しつつも、どこかで「彼に負けている」という低い視点から

見上げていたのだろう。そして実際、彼に目を覚まさせられるまで、二人の差を意識するあまり、

自分が本当に成し遂げたかった本懐が形骸化していた事に、気付けなかったほどなのだから。

 

アイツが人間を嫌っている? ハッ、それがどうした? 僕だって最初から恵まれた奴が嫌いだ。

嫌いの規模が違うだけで、見ている視点が違うというだけで、所詮僕らに大した違いは無い。

人間が嫌いだと感じ取ったペペの勘を疑う訳じゃないが、人間の事を毛嫌いしているんだったら、

人類の未来を保証する為の人類史修復になんて手は貸さないと思う。

 

だからきっとアイツは、人間の事を嫌っていて(・・・・・・・・・・)()人類を憎んでいる(・・・・・・・・)というわけではないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり過去を見つめなおすだなんて柄にもない事をするもんじゃなかった。

 

自分の情けない部分をもう一度真正面から受け止めなきゃならないってのは、どうしてか堪える。

やっぱり僕って奴は、凄まじいほど人との接し方に難があるのだと、客観的に再認識させられた。

そんな思いをしなきゃならないのも、この礼装越しに呑気に話しかけてくる馬鹿野郎のせいだ。

 

 

『___________っつーわけで、ええと、その。なんかゴメンな?』

 

「……………つまり要約すると、『会議中の僕の言動が気になって、過去に自分が何かやらかして

機嫌を損ねたままなのかもしれないから、とりあえず謝ろうと通信してきた』って事なのか?」

 

『んー、まー、なんだ。かいつまんで言えば、そう解釈出来ん事もない、かもしれない』

 

 

ああ、コイツは絶対に馬鹿だ。大馬鹿野郎だ。そんな事でわざわざ魔術師が通信してくるか普通。

自分で言うのもなんだが、人道を弁えるタイプの魔術師にもそこまでお人好しなのがいるとは到底

思えないし、思いたくない。こんな風な馬鹿ばっかりが魔術界隈にこれ以上いたら逆に悲しいぞ。

 

全く……コイツは文字通りに歴史ごと世界が塗り替わったとしても、変わりはしないんだな。

 

無駄に親切心を持ち過ぎるというか、天然気質というか。本当にオフェリアと芥には同情するよ。

こんな奴のどこが良いのか、同性の僕には理解が及ばない。鈍感が過ぎて腸が煮え繰り返る。

第一真面目一辺倒なオフェリアもだが、あの無関心一辺倒な芥ですらも惹きつけているのだから

心底恐れ入る。これで当人だけがクリプター女性陣の感情に気付いていないのだから質が悪い。

一体何度ペペがオフェリアとアレイスターとの仲を取り持ったと思ってるんだ。と思ったところで

知らないんだから意味無いよな。この話題は考えるだけ無駄だ。末永く不幸になれ鈍感馬鹿野郎。

 

心の中で罵倒しまくった事で少しはモヤモヤが晴れた気がする。最近忙しすぎて眠る時間もかなり

削っていたからな、その分のストレスも含まれているだろう。というか一因はコイツにもある。

僕は確かにアレイスターを認め、信頼することにはしたし、いわゆる友人関係のような不透明な

間柄に近しい状態となるのも受け入れた。だが、魔術師として負けを認めてはいないからな。

 

 

「………ハッ、脳の容量が少ないと苦悩する機会も少なくていいな」

 

『おい何だこの野郎。怒ってるんならハッキリそう言えよ、どの部分が悪かったか反省してから

ちゃんと謝るからさ。ぐだぐだ長引かせるとお互いの為にならないだろ。マジでゴメンなさい』

 

「………くくっ。別に怒ってるわけじゃないさ。お前の困惑する反応が面白かっただけだ」

 

 

本当にコイツは、どうしてこうも斜め上の思考をしてるんだ。察しの悪さにまた苛立ってきた。

 

 

違うんだ、ゼベル・アレイスター。

 

この僕、カドック・ゼムルプスは。

 

 

未だ『対等』であるお前と、同じ条件下で競い、そして。

 

 

「_____________勝ちたいのさ、お前に」

 

『は?』

 

「………気にするな。僕が意思を固める為の、決意表明みたいなものだから」

 

 

遥か高みを、手の届かない頂ばかりを捉えていた僕に、並ぶ肩を見つめる事を気付かせてくれた

お前だからこそ、勝ちたい。共に才能に恵まれず、共に弱く生まれ、故に目を向ける事の無かった

一番最初に近づくべき道標。頂上へいつか至る為の道程。天才を超える礎とすべき同格への勝利。

 

ああ、焦る必要なんてなかった。そうお前が気付かせてくれた。そんなお前への、挑戦だ。

 

一息で勝てない相手に挑まなきゃならない理由は無い。愚直に、一歩一歩、踏破すればいい。

山に登る前から山頂に着いた後を考える愚かしさは捨てた。着実に目の前にある一歩分の高さを

どう乗り越えるかを熟考し、実行し、反省し、改善し、また実行する。そこに恥など一切ない。

トライアンドエラー? 上等だ。生まれ持った上質の才能を、泥まみれの低劣な努力で追い抜く。

清々しいじゃないか。やってやる。僕はただ、僕が正しいと思う努力を重ね続ければいいのだ。

 

どうせお前の事だ。僕が思っている以上に、僕の事を抜け目なく見定めているんだろう?

 

見せつけてやろうじゃないか。キリシュタリアに、デイビットに、そしてお前に。

僕が積み上げてきた努力は正しいものだった、と。そう断言してくれたゼベル・アレイスターに。

 

お前が正しいと断じた僕の努力が、正しく結果を残すのだと、お前自身に見せつけてやるさ。

 

 

「……そろそろカルデア対策をこっちのサーヴァントたちと話し合っておきたい。無駄話はこの

あたりでお開きといこう。付け加えておくが、僕はお前に対して特別怒ってるわけじゃない」

 

『無駄話ってお前…………まぁいいや。本当に怒ってない? 本当に?』

 

「くどい。そっちもまだやる事があるんだろう? ぺぺみたくお節介焼く暇があるんだったら、

新しく引き込んだとかいうサーヴァントの性能の把握に努めるんだな」

 

『ん、それもそうだな。いや、これからって時に悪かったなカドック。じゃあ、またな』

 

「……………ああ、また」

 

 

別れの挨拶もそこそこに切り上げ、態度から言動に至るまで腹立たしいあの男の虚像が消え、

極寒のロシアに吹き荒ぶブリザードの咆哮が戻ってきた。どこまでもマイペースな奴だったな。

 

礼装に魔力を流すのを止め、随分と長話をしてしまったと時刻を確認してから、ふと気付く。

僕が礼装通信をしている間、ずうっと背後からこちらの様子をじっと窺い続けて待っていた、

キャスターの存在をすっかり忘れていた事に。防寒対策がされた城中なのに、肌寒さを感じる。

 

 

「__________________ずるい」

 

「………なんだって?」

 

「なんでもありません。それよりもマスター(・・・・)、作戦会議を急がなくてもいいの?」」

 

「あ、ああ。そうだけど………何を怒っているんだ、アナスタシア?」

 

「ッ! 別に、怒ってなんかいないわ。名前の事も、その笑顔の事(・・・・・・)も、今は関係ありませんもの」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれアナスタシア! どうして急に…………はぁ」

 

 

振り向いた途端、キャスターもといアナスタシアが何故か機嫌を悪くしてしまい、僕を放って

自分だけ異聞帯の王が座する寝室へと歩き去ってしまった。何がどうなっているのか分からない。

名前がどうとか笑顔がどうとか言ってた様な気がするが………とにかく、一刻も早く彼女の機嫌を

回復させなくては。これからカルデアがやってくるのに、サーヴァントとマスターの関係が悪化

どころかシベリアの早朝なみの極寒ぶりだなんて、いよいよ致命的だ。笑い話にもならないぞ。

 

 

「……………アイツの女難が移った、か? ハハハ、笑えないな」

 

 

こんな下らない理由で、僕の人生と誇りをかけた『証明』が頓挫してたまるか。

息すら凍り付くロシアの城の廊下で、人知れず頬を手で叩き気合を入れ直し、歩き出す。

 

 

「_____________やってみせるさ。僕にも『正しく』世界が救えると、証明してやる」

 

 

 

 

 







いかがだったでしょうか!

投稿が遅れて申し訳ありません。何分夏が過ぎれば忙しくなってしまいますので。
読者の皆様にお楽しみいただけるよう努力してまいりますので、この作品を読んで
楽しんでいただけたのなら幸いです。


さて、今回はカドック君視点での少々粗目な過去回想でした。
最後のシーン、皇女様は見ちゃったんでしょうね。
どれだけ悪戯しようとも眉間にしわを寄せるだけのマスターが、同性の友人との
会話をしている間だけは垢抜けた笑顔をうっすらと浮かべている事に。
そりゃ焼餅もバーニングしますわ。あーあ、この主従てぇてぇなぁ。

それはそれとして、僕はぐだアナ(ぐだ男×アナスタシア)派です(ぐう畜)



オリジナルサーヴァントの真名について

  • 早く明かしてほしい!
  • カルデアとの対峙まで秘密
  • 番外編があるではないか、書け

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