Lostbelt No.8 「極東融合衆国 日本」 作:萃夢想天
ほんま真理の卵ええ加減にせぇよ……人体錬成して扉開けるより難易度高いとか
周回効率壊れちゃうよぉ………。イベント開けたら素材狩りに出かけねば……。
さて、前回はカドック君視点での過去回想となりましたが、今回はヒナコ視点です。
ぶっちゃけFGOプレイヤーで二部加入済みマスターの方々なら彼女の正体をご存知と
思いますが、今回のお話では彼女の正体についてかなり核心に触れる事になります。
ですので、まだ一部途中のマスターや二部三章クリア前のマスターの方々には、念の為
警告させていただきます。
今回は芥ヒナコの正体に触れる内容なので、ネタバレをされたくないという方がいたら
閲覧を控えることをお勧めします。
「うるせぇ、知ったことかよ」という方々は、どうぞこのままお読みください。
それでは、どうぞ!
安寧。何事も起こらないという意味であるなら、これほどこの言葉が当て嵌まる世界は他にない。
平穏にして太平の世界が地平線の彼方の先まで続く、一見して汎人類史よりも劣るものなど何も
ないと思われるだろうこの異聞帯。行き着いた果てに「未来は無い」と断絶させられた世界の形。
それこそが此処、【中国異聞帯】である。
見渡す限りに麦とも稲ともつかぬ穀物の実る畑が広がる朴訥な風景を、心底から「どうでもいい」
ものとして視界に収める。目を開いているから映っているだけで、見る事自体に何の意味も無い。
ただ漠然と、やるべき事が無いという手持無沙汰のままに、
この場所に立ち尽くしていた。大地と空と風、二千年を経てなお少しも変わらぬそれらを見ると、
僅かばかりだが気が晴れると考えたから。実際、周りに人間がいないこの場所は、割と心地好い。
「__________本当に、どうでもいい」
天然の岩肌から見下ろすこの景色も、其処に生きる人間も、
この私にとっては何一つとしてさしたる意味は無いのだ。人間が新たな未来を創造する愚行なぞ、
微塵の関心も湧かない。この胸中にあるのは、今度こそ『あの御方』と共に在る、ただそれだけ。
今から一時間程前、クリプター会議において、カルデアの残存勢力がロシア異聞帯に現れるのだと
聞かされたけれど、そんな事は意に介する必要も無い。所詮人間同士の小競り合い、好き勝手に
していればいいし、こちらは干渉する気が無いのだし、これ以上は考えるだけ無意味と判断する。
人理継続保障機関カルデア、ね。私があの場に留まる愚を犯したのは、全て『あの御方』の為。
もう一度再会が叶うならという一縷の望みに賭けただけ、その為だけに私は人理修復などという
吐き気すら覚える悍ましい所業に手を貸していた。今更あんな人間どもの巣窟に未練などない。
「………………ふん」
そもそも私は、
あり、前提として人間とは異なる私を、人間の集団が容認しておくはずがないのだから。
ほんの些細なつまらない理由で、人は同種すらも迫害する。
肌の色の違い。宗教の違い。言語の違い。身分の違い。境遇の違い。血統の違い。文化の違い。
数え挙げるだけキリがないくらいに、人は人を容認しない。
自己とは異なる他を、一方的に攻め立て、追いやる。あまりに狭量な差別的種族こそが人間だと
私は知っている。なにせ二千年もの時の中で、この身を襲い続けたのが、その人間なのだから。
その点に関して言えば、この異聞帯は割と気に入っている。此処には、
私が担当するこの中国異聞帯において、人間と呼べる存在は、たった一人だけ存在している。
この広大な大地に根差し日々を生きる国民は、そのすべからくが『民』であると、ただ一人の
人間は豪語する。曰く、「天と地の狭間にて、人に生くるは朕一人である」なのだとか。
要するに、畑を耕して安穏と暮らす人の姿をした連中は、『民』という種族の生き物という事だ。
人が持ちうる総ての権利と義務を、ただ一人で背負い込む男こそ、この異聞帯の王。
争いなど起こりようが無い泰平の世界において、私の役目は一つだけしかない。
人という傲慢で際限の無い欲望を抱く怪物の頂点を、この異聞帯へ押し込めておく事だけだ。
70億もの人間が蔓延る汎人類史も唾棄すべきものであったが、人の臨界を極めたる者の近くに
立たざるを得ないというのも、私にとっては嫌悪して然るべき最悪の環境に変わりはない。
それでも、私はその嫌悪を堪え続ける。此処には、汎人類史にいない『あの御方』がいるから。
人の世に【暴虐の覇王】などという忌むべき名を刻まれた、私にとって代え難き唯一の存在。
自らを「歴史を拓く為の時の歯車」と称される御方___________【項羽】様がいらっしゃる。
今度こそあの御方と共に在る。異聞帯が滅びる時は、その内包された歴史の全てが滅び去る。
ならば私は、私たちは二度と離別する事は無い。この異聞帯が滅びる時は、私の滅びる時だから。
「__________マスター。風靡を愉しまれておられる中、失礼致します」
「………………セイバーか」
泡沫の世界との心中を固く誓う心情を察したのか、背後から凛とした覇気満ちる声が届いた。
振り返る必要も無い。私をマスターと呼ぶのは、召喚したサーヴァント以外に有り得ない。
彼こそ私がこの異聞帯で召喚した、セイバーのサーヴァントにして、遥か過去に面識のある麗人。
その真名は【蘭陵王】________本来は「高長恭」と呼ばれた、音容兼美の勇ましき忠臣である。
当然彼はサーヴァント。つまり、既に死を迎え英霊の座に登録された存在であり、本人ではない。
しかし、偶然にもこの有り得ざる中華の大地にて召喚した英霊が、過去にそれなりの交流を経た
相手であった事は望外の喜びだった。中国の歴史においては、私の倫理観で「まとも」であると
判断できるような英霊は、恐らくこの蘭陵王くらいのものだと思う。他は自己主張が強過ぎる。
無論私は項羽様をお召び出しするつもりだったのだが、この異聞帯では未だ御存命であられた。
だからどう足掻いても英霊としての召喚は出来ないし、そもそもこの異聞帯では特殊な条件以外
での召喚は不可能になっているらしい。認めるのは癪だが、あの異聞帯の王が言うなら虚言とは
思えない。ここは素直に、蘭陵王という私の命令に忠実な使い魔が引けた事に喜んでおこう。
「何用か?」
「はっ。異聞帯の王が、マスターを御呼びです」
「チッ………直接呼べるくせに。あの妖怪より妖怪染みた化け物が」
「その、『悠久の間を憂いておる娘の邪魔をするのも忍びなかろう』との事で」
「大陸全土を覗き見し放題の変態が、よくもまぁ言えたものだな」
わざわざ私を呼びに来た理由を蘭陵王に尋ねると、どうやら彼は異聞帯の王に私を招集するよう
伝言役を命じたようだ。ああ、またアレの相手をしなきゃならないなんて。早くも頭痛が……。
だが、ここで挫けるわけにはいかない。二千年もの放浪を経て、ついに項羽様と共に在る事が
出来る世界に辿り着くことが出来たのだ、諦めてなるものか。その為なら多少の苦も耐えよう。
私の吐いた悪態を聞き流した蘭陵王は、その面貌をすっぽりと覆う黄金の仮面の奥で苦笑する。
彼は生来から生真面目でありながら、心配りの出来る『悪くない人間』という印象だったのだが、
仮にも主従契約を結んだ相手を擁護しないだなんて。やっぱり人の良い奴って、どこか変だ。
「………如何なさいましたか、マスター?」
「……? 急に何だ、セイバー」
「あ、いえ。すみません。今、マスターが誰かを慮る様な表情をされていたように見えて」
そう思っていると、まるでこちらの考えを見透かすかのような言葉を、蘭陵王が返してきた。
この男は本当によく気が利いて、そのせいで早すぎる死を迎えた様な、そんな性を背負っている。
武功だなんだと逸り猛る戦闘狂いの人間どもとは決定的に異なる性分が、蘭陵王という人の形を
成しているのだと思うと、人類が皆こうであれば良いのにという下らぬ夢想を抱いてしまう。
そう、お人好し。お人好しだ。こんな風な男が、蘭陵王亡き二千年後の異国にもいたのだったな。
「…………そんな顔を、していたか?」
「いえ、私の気のせいでしょう。御気分を害された事、御詫び致します」
「………………別に。ただ、珍しい人種がお前以外にも居た、というだけの話よ」
「______________左様でございますか」
何やら仮面の奥で笑みを深めた様な蘭陵王の態度に、形容し難い感情を持て余してしまう。
「言いたい事があらば申せ。別段、私とお前との間に隠し事なぞあるまいに」
「(この孤高の御方が、嫌う以外の人の有り様を語る事があろうとは)……特に思いつきませぬ」
見透かしたような物言いまで、蘭陵王とあの男は実に似通っている。せいぜい四半世紀程度も
生きていない若造のくせに、何故にこうも達観した様な物言いがこの私相手に出来るのか。
思い出せば思い出すほどに、あの男___________ゼベル・アレイスターの印象が強まっていく。
そこでふと、気になる事を思いついた。お人好しがお人好しの話を聞けば、どう反応するのか。
あの男は常から『他は己より優れたる存在』などと言うばかりで、自分とよく似た相手に関する
話を口にしたことはなかったと記憶している。なら、いい機会だ。蘭陵王で試してやろう。
「それならそれで構わんが。ふむ、王の御前に戻る道中、声一つ漏らさないのもつまらぬ。
せっかくだ、セイバー。お前に聞いてもらいたい話がある。素直な感想を述べるがいい」
「それは………この蘭陵王、マスターの言の葉に耳を揺らす法悦、有り難く承ります」
「ええい固い、固過ぎる。もっと気を抜いて聞け。せいぜいが無聊の慰めの為の小話よ」
しかし、私が項羽様の雄姿を口伝する以外で、それも人間の話を聞かせる事になるなんて。
マリスビリー、カルデア先所長を名乗っていたあの男に、唆されるままがに足を踏み入れた先の
カルデアで出逢った、
______________________有象無象、全てが。
カルデアに腰を落ち着けて一週間、いや全然落ち着けるわけが無いが、とにかく当分の寝床として
足を運んでそれくらいになるが、やはり何処を見ても人間が密集する閉鎖空間は、反吐が出る。
この身は人間とは異なる作りで出来ている。人間どもが言うには、『受肉した精霊に近しい存在』
なのだとか。正直どうでもいいが、その曖昧かつ傲慢な線引きのせいで、私は時の回廊を彷徨った
挙句に居場所を奪われ続けた。変わらぬ若さを保ち、瞬く間に傷は癒え、生命力を吸う我が在り方
そのものが、人間共にとっては受け入れ難い『吸血種』、その上位たる『真祖』と定められて。
積極的に人間に牙を剥いた事など無ければ、そもそもが吸血という行い自体を忌避している。
なのに奴らは「自分たちと違う部分がある」というだけで、容赦なく奪い、蔑み、壊し、殺す。
そんな連中がひしめく檻の中へ閉じ込められ、私の機嫌が良くなる試しなど有りはしなかった。
全ては、項羽様ともう一度御逢いする為に。
ただその為だけに、私という存在はあらゆる苦痛に耐え抜き、この場所にいるのだ。
そうして、どれほど経った頃か。人理修復の最前線を担うAチームなどに担ぎ上げられてしばらく
した辺りだったか。想定されていた7人が急遽、8人体制になる事がマリスビリーから伝えられた。
今更一人増えたところで変わりはしない。我が視界に映る人の群れがまた少し濃くなるだけだと、
そう思い普段通りに自分が人ではない事を隠し通す芝居を打つだけと、そう考えていた。
そこにあの男が、ゼベル・アレイスターが現れた。
Aチームに加入したそばから、手当たり次第に片っ端から話しかけている姿を、よく目撃した。
長き時の放浪で学び得た「魔術師」という存在への認知が、この男の出現で書き換えられたのを
感じ取った。魔術師は魔術師と、そうでない者らはそうでない者らと。良くも悪くも一つ屋根の
下であっても二分化していた連中にも、新参者であったあの男は形振り構わず首を突っ込んだ。
ある時は魔術師共と魔術の話を。またある時は魔術とは無縁の技術者とよく分からん話を。
またある時は厨房で食事の支度の手伝いを。ある時は無菌室にいるという人造英霊の見舞いを。
何かにつけあの男の周囲には、人間がいた。当人の集まるところならば必然的に諍いも起こり得る
ものだったが、そうした喧噪はどうしてか耳にした覚えはない。だけど、あの男へと向けられた
陰口などは、割と耳に届いていた。所詮、同種すら爪弾きにする人間の行いと、無関心を貫いた。
しかし私は、あの男と関わりを持った今を以て、その事を不思議と後悔していない。
Aチームに8人目が加わり数週間。人の多く集まる場所を避けていたは、自然と物音の小さい方へ
足を向けていき、カルデアデータベースの閲覧室に赴く機会が増えていた。ほぼ無意識下である。
意外にもこれが功を奏した。私はよく、書物を読むふりをして周囲の様子を窺うようにしている
のだが、端から見れば「まるで本に齧りついている」ように見えるらしく、ついには勤勉家だと
知れ渡るようになっていたのだ。こういった手合いは物静かで無口なのが基本らしく、こちらから
接していくような人種に見られなくなるのだと知り、我ながら偽装は完璧であると誇らしかった。
と、内心自惚れていたのも束の間、ついにあの男と接触する時が来てしまったのだ。
「いよー、ミス・芥。お隣、座っても?」
「…………好きにすれば?」
一番最後にチームに加入してきた男、ゼベル・アレイスター。
同じチームの一員という事で、この男は他の人間よりさらに注意深く観察する必要があると私は
判断して、警戒を怠らずにいた。向こうから接してくるより早く側から離れたり、声をかけられて
しまっても「急いでるから」とか理由を付ければ、それ以上しつこく食い下がる事は無いなど。
完璧な対策ではないが、それに近いものは講ずる事が出来ていた。当時はそう錯覚していたのだ。
一応の許可を取ってから私の隣に腰を下ろしたその男は、いきなりこちらに話しかけてきた。
「早速で悪いんだが、『ミス・芥』って呼び辛いから、ファーストネームで呼んでもいいか?」
「どうでもいいわ」
「なら好きにさせてもらうさ」
図々しいというか、目的がまるで見えない。いや、所詮人間なんてどれもこれも変わりはしない。
自分の事が何より大切で、最優先を己に設定して憚らない。迫害と弾圧を好む異常な種族である。
きっと打算的な目的があって話しかけてきたに決まっている、あるいはもっと俗物的な欲求に
従っての事に違いない。人間の汚い部分を掛け値なしに、私はある意味で信じ切っていたのだ。
「なーヒナコ。ちょっと気になってたことがあるんだけど、聞いてもいい?」
「…………手短に」
唐突に、というか本当に急に馴れ馴れしくなったこの男に、何の脈絡も無くこう尋ねられて、
逆に警戒しない方がおかしいだろう。目線すら向けず「集中してます」感を相手に与えるような
やや高圧的な話し方を意識する。過去の経験上、最も効果的な『人間の遠ざけ方』である。
これで今までは上手くいっていた。この男にも通じるだろうと、思えば高を括っていたか。
「その本、そんなに面白い? 昨日より結構ページ遡ってるけど、読み直してんの?」
「ッ⁉」
その一言は、衝撃だった。
思わず視線を男のいる方へと向ける。だが当の本人は「あれ、地雷踏んだ?」などと呆けた
戯言を垂れるばかりで、こちらの警戒を勘付いてすらいない。いったい何なのだ、コイツは。
「なんか、マズイ事聞いちゃった?」
「…………言ってる意味が分からない」
取り繕ったところでもう遅いが、努めて平静な態度を整えて返事をする。
本のページが遡っている、だと? この男、私が本を読まずに周囲を窺っている事に気付いて、
敢えてとぼけたふりをしているのか。本はあくまで壁や視界の遮りに使うばかりで、ページ数に
気を配ってなどいなかった。適当に開いたページを、コイツは記憶して訝しんだというのか?
「大した意味は無いけど……でも、昨日よりページ遡って開いてるって事は、一日で一冊を読破
して読み直すくらいには、面白い内容なのかなって気になってさ。俺、結構読書好きだし」
「…………そんなのじゃないわ。もういい? 話す気分じゃないの」
普段から間抜けを演じていたのか、この男。不特定多数と接触をしていたのは、情報収集の為と
観察のカモフラージュを兼ねていたのか。こういう潜めた『裏』を持つ人間は、厄介極まりない。
これ以上話せば話すだけこちらの情報を引き出される。それを避けるべく、ここで話を打ち切る
流れに強制的に持ち込む。かなり怪しさを残すけど、ここで正体を露呈されるよりはマシなはず。
「気分じゃないとこ済まないが、もう一つだけ聞かせてほしい事がある!」
開いていた本を勢いよく閉じ、生じた焦りに駆られるまま立ち上がって閲覧室から出ていこうと
するが、それを言葉で制されてしまった。おのれ、ここで追い詰める腹積もりか。
今は閲覧室に私とこの男の二人しかいない。ここでこの男を消すのは簡単だが、その後に起こる
面倒事を考えると、安易に口封じも出来ない。クソ、この私が人間風情に踊らされるとは……!
「………………一つだけ。私に答えられる範囲で。それに答えたらすぐに出てくから」
「いや本当に悪い。不機嫌にさせて悪かった。でもこんな状況じゃなきゃ、話せないからさ」
男に背を向けたまま、質問とやらに条件を付け加えさせた。こうして少しでも保険をかけておけば
質問の内容を制限することも出来る。けどこれほどの相手に、どこまで通用するか分からない。
マリスビリーにこの事を伝える? いや、あれもまた「人間」であり、「魔術師」という存在だ。
利己的な欲望に従いあらゆる他を排斥し、迫害し、弾劾する生き物。人間である事は変わらない。
そんな奴がこの状況下で私に利する行いを取るだろうか。否、決して私を助ける事は無いだろう。
________________詰みだった。
自分と相手の二人だけの状況でしか話せない質問だと? もはや勘ぐる必要もあるまい。
我が正体を暴きにかかり、それを担保に私を意のままに扱うつもりだ。そしていざ私が反抗しよう
ものならば、たちまち私の事はカルデア中に知れ渡り、そしてまたも私は人外の誹りを受ける。
そうとしか考えられなかった。
けれど、この男は私が内に秘めた諦観と絶望を、あっさりと裏切った。
「ヒナコってさ、
呆然と、困惑。
それらが過ぎ去った後に沸き起こったのは、怒り。
私が人間との接触を避けたがるのか、だと。人間共が私という存在を否定し続けたからだ。
事の発端は全て人間からだった。私はただ、あくまで項羽様の御傍に置かれる事だけを望み、
引き裂かれてなお死が叶わぬ身体と共に生きていただけなのに。それをお前たち人が恐れた。
全て、全て、全て。お前たち人間が始めた事なのに。
私にとってはただ過ぎ行く時の流れでしかなかったが、二千と余年。およそ一つの生命として
あまりに膨大な生の継続に、溜まり澱み切っていた奥底で、何かが煮え滾る感覚を思い出す。
そして、弾けた。
「__________________決まっているだろう」
「え、何が?」
「嫌いだからに、決まっているだろう‼ 人間が、人間共の在り方が、人間であふれた世界が‼」
抑えなど、利くはずもなかった。
一度堰を切って溢れ出た衝動は、止める事は出来ず、ただ枯れ果てるまで垂れ流される。
この時、私は自分が何を口走っていたかをほとんど覚えてはいない。気付けば怒気で肩を震わせ、
呼吸も荒く目は血走って紅くなっていたようだが、幸いにも背を向けていて気付かれなかった。
どれほどの醜態を晒したか、勢いが収まってからふと冷静さを取り戻したところでもう遅い。
ここまでぶちまけたのだ、この男ならばとっくに私が人とは異なる身である事を見抜けたろう。
口封じも下策、言い逃れも不可。諦めるしかなかった。我が最後の望みが成就する事はない、と。
しかし。
今にして思えば、この時。
私は僅かながらでも、この瞬間を以て救われたのだと、確信できる。
「______________________
人の集う巣窟の中に在る異分子が辿る末路を想像し、絶望が影を落とした時、男がそう呟いた。
「………………え?」
その言葉の意味が分からなかった。だって、振り返ってみても、この男は完全に人間なのだ。
同じ境遇にある人外の仲間を見出した様な呟きをしたようだが、目の前にいる男は人である。
コイツは何に同調を示したのか。自らの発言を覚えている限りで遡り、そこでやっと理解が及ぶ。
「今、『お前も』って…………それじゃ、アンタ」
「いや、奇遇なもんだなホント。
これが、ゼベル・アレイスターという男との、最初の出逢いだった。
結局、あれから特異点修復のレイシフト開始まで、私の正体が人ではない事はバレなかった。
いっその事、この男になら打ち明けてみようかとも思ったけど、その一線を自分から破ってしまう
必要性を感じなかったから、言わずにいた。そのまま私たちは、汎人類史を裏切って今に至る。
人間の事が嫌いだと言い切ったあの男、ゼベルとはその後少しずつ話す機会が増えていき、やがて
用事が無い時にはアイツの部屋に入り浸るようになった。わざわざ周囲を警戒し続けてなければ
ならないような空間にいるよりも、こっちの事情を(半分誤解でも)理解する相手のいる空間の方が
幾らかマシであるというだけ。他意は無い。本当に無い。絶対に無い。無いったら無い。
話を聞けば聞く程、ゼベルはおかしな男だという印象を抱いた。
そもそもの前提として、コイツは人間が嫌いだ。なのに他人と積極的に関わる事を止めない。
嫌いな相手にわざわざ関わってやる必要など無い。私のように接触を断てば済むだろうに。
何度かそう言ってはみたが、ゼベルは困ったような表情を浮かべ、毎度のように語った。
「確かに俺は人間が嫌いだ。でも、人間の総てが嫌いってわけでもないんだわ」
そう言っては日々の訓練を欠かさず行い、人として、魔術師としての時間を過ごしていた。
一言でいえば、バカなのだ、あの男は。人が嫌いだと公言しておいて、それで終わらせない。
いつか聞いた気がしたが、ゼベルは「嫌いになったままで終わらない」在り方を貫いている。
自分が何を嫌いなのかを自覚してから、その理由を確かめ、そこから克服の方法を探っていく。
何故嫌いかを特定出来たら、次にヤツが考えるのは、どうすればソレを嫌わなくなるか、だ。
私が嫌う人間性の最大たる『排他』を、あの男は嫌い、疎み、それすらも乗り越えんとする。
だからだろうか。あの男が「そういうもの」であると認識してから、抵抗が無くなったのは。
よく私の人間嫌いの愚痴を聞いては、同調を示したり、誤解を解こうとしたりと、忙しない
男であったが、不思議と他の人間と同一視できなくなっていた。あの男に慣れたのだろうか。
自分の中に次々と湧き上がる嫌悪の念を吐き出しては、ゼベルが首肯するのを見届ける。
ゼベルが「人の何が悪いのか」を説くのを聞いては、所詮何も変わらぬと一蹴して嘲る。
そんな日々を過ごすようになってから、私はいつしか、周囲の人間共を気にかけなくなった。
「おのれ人間共め…………! 末代まで呪ってやろうか………!」
「昼飯の食券が切れてただけで呪われた側は、たまったもんじゃねぇなぁ」
「中華セットなんて、中国出身者以外が食べる必要など無いだろうが!」
「文明の発達と多様化による文化交流の弊害だな。異国の料理は抗い難い魅力がある」
「食べたい時に食べたいものが食べられない…………いや、調理を怠る人間の傲慢……?」
「清々しいほど暴論だな。あとヒナコ、素が出てるぞ、素が」
「んぐっ」
特異点修復まで一か月を切る頃には、ほとんどの時間をゼベルと過ごすようになっていた。
人間共に対する悪感情は少しも衰えていないけれど、目の前の例外くらいは許容できる程度に
なってもいたが。まぁ、わざわざ本で片手が塞がることが無くなったのは、良い事ではある。
有象無象の他人なんぞ、意識する価値も無い。ゼベルが、理解者がいれば、他は気にならない。
無論、正体を隠す必要が無くなったわけじゃない。人間の中にたった一つ、異種生命が存在する
と明らかになってしまえば、全てが水の泡になる。でも、理解者の協力が得られた今となっては
以前ほど気を張り続ける事は無くなった。そういう意味でも、私にとってこの男は価値がある。
我ながらなんと単純な事か。
そう頭を抱えたくなったりもしたが、二千年以上の孤独な生存に、私が思っていた以上に私自身
耐え切れなくなっていたのだと思う。たった一人理解者が得られただけで、この有り様なのだ。
それに理解者といっても、私の正体までは知らない。あくまで人間嫌いを共有しているだけ。
だというのに、何のしがらみも無いという事が、こうも心地好いか。そう思わせてくれる。
人間嫌いの理由が、私が人外であるからとは、気付いていない。あの男は気付こうとしない。
ただその事実を認め、「そういうものなのだ」とあるがまま受け入れる。詮索もしてはこない。
人のどうしようもない性を、人の身に生まれながらも、それが「異常である」と認められる。
そして一度認めたからには、そこで曖昧に終わらせず、きっちりとした決着を果たさんとする。
あぁ、その在り方はまるで________________項羽様のようで。
悔しいが、認めよう。もはや言い訳はしない。ああ、そうさ。
こういう考えを持った人間もいるのだな、と。そう考えを改めさせられるほどには。
一瞬だけ、本当に一瞬の間だけだが、夢想した。あまりの恥辱にすぐ掻き消した、泡沫の可能性。
(もしも、もしも。項羽様が人として世に生を受けていたなら、お前のような男だったかも)
そんな有り得もしない幻を、人間嫌いの男の隣で、瞬きの合間に思い描く。
人という生き物に我が拠り所を奪われ続けたこの私が、遥かな時の果てに人の歩みに寄り添う。
何度考えても気分が悪い。眉根に皺が寄る。屈辱より、怨念より、さらに勝る嫌悪に苛まれる。
それでも、この男が、ゼベル・アレイスターという存在が傍に在る限りは。
「ところでヒナコ」
「なに?」
「ちょうど今、俺の手の中にどうやら最後の一枚だったらしい食券があるのだが………」
「よこせ。というかお前か、中華セット頼んだの」
「最近はヒナコといるせいか、中華方面のブームが到来しておりまして」
我が心の平穏は、保たれるのだ。
「___________という男がいた、それだけの話だ」
柄にもなく思い出話を誰かに聞かせるような真似をしたせいか、妙に気恥ずかしく感じる。
項羽様の絢爛たる武勇伝ならばいくらでも語れようが、私の傍らにいるだけの男の話なんて
どうして誇らしく語れようか。まぁ目的は単なる暇潰しと蘭陵王の反応が見たいが為なのだし、
あまり小難しく考える必要はないか。しかし、いやに顔が熱い。あの王の側に近付いたせいか?
自らの正体を晒さぬ為、そしてクリプターとしてこの地に立つ意思表示の為に着ている制服が
厚いからかもしれん。などと考えながら、ふと当の話し相手である蘭陵王の反応が先程から無い。
振り返って様子を窺おうとした途端、仮面を被った麗人たる彼が、穏やかな眼差しを向けてきた。
「…………善き語りでありました。この蘭陵王、感激のあまり言葉に詰まるほどに」
「大した話じゃないと言ったでしょう」
「いえ。我がマスターの心に安穏を齎したる異国の御仁に、全霊の感謝を捧げたく思います」
月明かりに照らされる野原の白百合が如き嫋やかさに、人にあらぬこの身すら一瞬たじろいだ。
それにしても、これほどまで堅物だったか、この男。良くも悪くも柔軟だったゼベルとは唯一
違う部分だな。同じお人好しの人種であっても、違いはある。これが知れただけで良しとしよう。
あまりに真っ直ぐ過ぎるセイバーの眼差しに耐えられないと悟り、さっさと王の招集に応じようと
入口の門を通過しようとしたその時、会議の際に使用した通信礼装が個人での回線を通知する。
会議が終わって一時間程度しか経っていないのに。訝しんだが、例のカルデア来襲の一件で何か
進捗があったのだろうと考え、個人回線でそれをする必要があるかという別の疑問に直面した。
ええい、出れば分かる事だ。もしまた下らん小競り合いの話だったら、すぐ回線切断してやる。
そんなことを思いながら礼装を起動すると、見知った人物の姿がホログラムに投影された。
『おいーッスヒナコー。久しぶり、というかさっきぶり?』
「あっ………んんっ! 一時間ぶりね、ゼベル」
まさか、ついさっきまで過去でのやり取りを思い返して懐かしんでいた相手が、個人回線なんかで
いきなり話しかけてくるなんて予想できるわけがない。予想外過ぎて変な声が出てしまった。
なんだおい蘭陵王、なんだその目は。やめろ、生暖かい目で見つめるな。違う、違うからな。
この男がさっき話した男であってるが、別に何事もないんだからな。だからその微笑みをやめろ。
声? いやそれはその、ちょうど話をしていた相手が出てきたものだから驚いた、それだけだ。
嬉しくなんてなってない。恥ずかしがることはない? 恥ずかしくなんかない。ないったらない!
『んー? アレ? おっかしいな、まだ本性モードの喋り方じゃないって事は、キレてない?』
「いきなりなんだその言い草は。こちらの都合を考えない辺り、流石は人間ってところだな」
『え? 今キレてる? え、なんで? ちょっと待って、どうなってんの?』
「ええい、相変わらず押し付けがましい男だな! 何の要件だ⁉」
急に通信をよこしたかと思えば、わけの分からん事をぬかしては勝手に混乱する始末。
バカだバカだと前から言ってきたが、ここまで手に負えなくなっているとは思わなかった。
照れ隠しは逆効果だと? だから違うと言ってるだろう蘭陵王貴様! 私には項羽様という御方が!
………でもこの異聞帯の項羽様は、貴女を存じておられない……………口を閉じろ、セイバー。
余計な事ばかり口にする、これだからお人好しという人種には心底から腹が立つ。
何よりこういった手合いは、常に自分以外の為に行動を起こすのだから、始末が悪いのだ。
蘭陵王、おまえといいこの通信越しのバカといい。人間なら人間らしく我欲に塗れていなさい。
一転して沈痛な面持ちを仮面越しに浮かべるセイバーをよそに、ゼベルの反応を探る。
『何の要件って、そりゃあアレよ。さっきの会議で怒らせちゃったなーって思ったから』
「思ったから?」
『あ、謝ろうと、思いまして…………そしたらなんか、余計に怒らせちゃったみたいで………』
「…………………………本当に、バカなんだから」
声を聴くだけでも充分伝わってくるのに、映像が投影されている分、割増しでこの男の愚かさが
ひしひしと感じられてしまうではないか。たかだか謝罪一つの為に連絡をよこすのかこのバカ。
本当に人間は愚かで低能で、見下げ果てた劣悪種族だ。何千年経とうと、何も変わりはしない。
けど、こんな愚かしさであれば、許すこともできるだろう。
「別に怒ってなんかないわ。今さっきまではね」
『それ結局怒ってるじゃないッスかヤダー。はー、要らん地雷踏んだなこりゃ』
「当たり前でしょう。気分を害された私への賠償は、あるのよね?」
『…………和風ランチセットの食券で手を打ちませんか?』
「バカ」
ゼベルの語る、人間の悪性。これを全人類が世界中に蔓延させた結果、人類史が形成されたと
するのなら、やはり人間という種族は滅びて然るべきだ。星すら貪る害獣と化した人類なんぞ、
とっとと絶え果てるといい。それが嫌なら、このゼベルのように、自らの悪性を克服してみせろ。
それくらいでもしなければ、少なくとも人類以外の生命体として、人類の繁栄など許すものか。
もういっそのこと、これくらいのバカばっかりになってしまえば、私も気が楽だ。
「………………ねぇ、ゼベル」
『やっぱり中華セットじゃなきゃダメ?』
「違う。あーもう、とことんまで間抜けなんだから」
『いつにも増してヒナコが辛辣過ぎて全俺が泣いた。んで、どうかした?』
いよいよ吹っ切れるしかない。このバカに分からせる為には、ハッキリさせておくしかない。
「____________あり、がとう」
『は?』
「だから、その、
私はこの異聞帯と運命を共にする覚悟でいる。自分から滅びを受け入れるつもりは毛頭無いが、
もし仮にカドックを下してカルデアが攻めてきたら。あるいは異聞帯の王がこの異聞帯を囲む
嵐の壁を突破して空想樹との接続を破棄するような事になれば。二度と、ゼベルには逢えない。
ならせめて、せめてこれくらいは。項羽様を失った歳月の中で出逢った、泡沫の君思わす人に。
感謝の言葉を贈るくらいは、してやってもいいだろう。
ほんの気紛れ、それくらいの感覚で放った言葉は、意外にも喉を通り胸を焼く熱を帯びる。
この男の事だ。きっと「人間嫌いのお前が人間に感謝するなんて、明日は槍でも降るのかな」と
戯言を口にするに決まっている。お前みたいなバカな人間の考えなど私にはお見通しなのだ。
『………………おいヒナコ』
そう思っていたのに。この男は、ゼベル・アレイスターは、私の予想をまたしても裏切った。
『一言、足りてねぇぞ』
「え?」
『
…………この異聞帯が滅びる時が、私の滅びる時。そう心に固く誓っていたというのに。
「_________________うん。これからもよろしく」
『あい、ヨロシク。そんじゃこれ以上怒られたくないんで、通信切りますね』
どこまでも自分勝手なあの男は、そう言って最後まで一方的に話し続けた挙句に姿を消した。
通信礼装を解除したのだから、投影された姿も消えて当然だが、それが人の傲慢さを想起させる
ようでまたしても腹立たしく思える。これ以上怒られたくない? ええ、怒ってるわよバカ。
「…………マスター、宜しかったのですか?」
「……口を閉じろと言ったはずよ、セイバー」
「差し出がましい具申をお許しください。ですが、このままではあの御仁とは……」
「ふん。別に、構わないわ」
ああ、本当に腹が立つ。なんだあの烏滸がましさは。図々しいにもほどがある。
『今までありがとうの次は、これからもよろしく』だと?
まるで、また逢えるのが当たり前みたいな、人間らしい身勝手な口振りで。実に愚かだ。
そして。
「_______________生きてさえいれば、きっとまた逢えるわ」
本気でそう思い始めてしまっている私も、実に、愚かだ。
いかがだったでしょうか!
なんだこの文字数は、たまげたなぁ………手が止まらんかったんや。
勢いに乗るとこれだけ書ける。自分がまだ作家として完全に落ちぶれちゃいないと
再確認できたので、それはそれでオッケーですかね。ゼベぐぅ、てぇてぇなぁ。
さて、次回はカルデアの方に少し触れてみますか。
彼ら視点で、物語を一度軽く振り返ってみるのもよいでしょう。
それでは皆様、次回をお楽しみに。
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オリジナルサーヴァントの真名について
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早く明かしてほしい!
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カルデアとの対峙まで秘密
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番外編があるではないか、書け