満腹になった穂乃果は、腹ごなしをすべく神田明神まで歩く。男坂の階段を駆け上がる──事はせず、ゆっくり歩いて登る。
「あ、そうだ」
近所故に普段はあまりしないが、誕生日という今日はお参りをする。
お賽銭をして手を合わせていると、
「──あれ、穂乃果ちゃん?」
背後から声がかかった。
振り返ったそこには、
「やー、ここで会うなんて久しぶりやん」
「希ちゃん!」
巫女服に身を包んだ、スピリチュアルな人物が。
「相変わらず元気そうやんな〜。でも突然お参りなんてどうしたん? 何かあるん?」
「うーん特に何かある訳じゃないんだけど、今日って私誕生日でしょ? だから、ちょっと特別感あるっていうか」
「お〜そうやったなぁ。……ごめんなぁ、神社のお仕事入ってなかったら、穂むらに遊びに行ったんやけど」
「いいのいいの! 日付け変わった時にメッセージくれたし、それだけですっごく嬉しかったから!」
それに、と穂乃果。
「?」
「こうして、ここで希ちゃんに会えたし!」
一点の曇りもない笑顔。希が言葉を失うほどだった。
「…………。やっぱり穂乃果ちゃんには敵わんなぁ」
希は小さく笑うと、
「──な、せっかく会えたんだしちょっと寄ってかへん? 外は暑いやろ? 冷房効いてるし、甘酒くらいなら出せるで」
すぐ隣にある建物へ視線をやった。
「うん!」
建物の一室に通された穂乃果は、テーブルと椅子だけの簡素な部屋を見渡した。
「打ち合わせとかで使われる部屋だから、何にも無いんよな〜。空いてる部屋ここしかなかったん。とりあえず、座っててな〜」
希は手を振って見えなくなり、穂乃果は言われた通り椅子に座って汗が引いていくのを待っていた。
「──お待たせ〜」
五分ほどで戻ってきた希は、トレーに紙コップと大きめの魔法瓶を乗せていた。
「ちょっと早いけどウチも休憩貰ったから、ゆっくり休も〜」
自分に合わせたのかと少し申し訳なくなった穂乃果だったが、
「この暑さやし、こまめに休憩取るようにって言われてるし気にせんでいいよ〜。今日はお昼も早めだったし、タイミングもちょうど良かったんよ」
ならいいけど、という穂乃果の前に、希は甘酒を注いで手渡す。
「ほい、よーく冷えてるで〜。甘酒は食物繊維も豊富だし、熱中症対策にピッタリなんよ。──って、和菓子職人には常識だったかな」
「ん〜でもうちは甘酒出してないからな〜」
その言葉に、希は意外そうに目を開く。
「そうなん?」
「うん、ちゃんとした甘酒作るには時間も手間も材料費もかかるから、出せないんだって」
穂乃果は甘酒を一口口に含むと、
「美味しい!」
「ホント? それは嬉しいなぁ」
希のその言葉に、穂乃果はピタリと動きを止める。
「……もしかして、これ作ったの希ちゃん?」
「全部じゃないけどね。職人さんじゃないから、ちょっと手伝っただけよ?」
「それでも凄いよ!」
穂乃果はテーブルに身を乗り出すと、目を輝かせる。
「希ちゃん、うちで働いてみない?」
「えっ、えぇ?」
「希ちゃん、絶対和菓子作りのスジあるって!」
真っ直ぐ見つめてくる吸い込まれそうな瞳に、希は見入る。
「──やっぱり変わらんねぇ」
希は呟くと、
「ん? 何て?」
「それもいいかな、って言ったんよ」
「ホントに⁉︎」
「ホントホント。修行したウチがメキメキ上達したら、きっと次期店長の座はウチに……。そして、穂むらをウチ色に染め上げるんや。まずは、名前を『のぞむら』とかにして──」
「わーダメダメ! それはダメ! やっぱりこの話はナシ!」
穂乃果は自分の紙コップを希の口に突き出すと、
「ムグッ」
無理矢理黙らせる。
残っていた甘酒を飲み干すと、希はニヤリと笑う。
「やっぱり、和菓子職人の道は穂乃果ちゃんに譲ろうかな」
「そうする……」
綺麗に丸め込まれた穂乃果は、改めてこの人物には敵わないと痛感する。
「──ん、さ〜て、と……」
大きく伸びをした希は、立ち上がる。
「休憩終わりなの?」
「うん。元々熱中症対策で細かく休憩する分、時間は短いからね」
「もっと色々話したかったなぁ……」
寂しそうにする穂乃果に、希は笑って残り少ない甘酒を注ぐ。
「またいつでも話せばええやん。ウチはいつでもここにおるし、穂乃果ちゃんだって穂むらにおるやろ? 最近ご無沙汰だったほむまんも食べたいしなぁ」
トレーを片手に、希はウインク。
「またね、穂乃果ちゃん。お誕生日おめでとう」
ヒラリと振られた手が見えなくなり、ドアが閉まる。
「──うん! 『またね』!」