「──あれ、穂乃果ちゃん?」
家を飛び出した穂乃果だったが、予定は何も無い。照りつける太陽の日差しを避けてすぐ近くの日陰でどうするか考えていると、聞き馴染みのある声が聞こえた。
「……花陽ちゃん?」
声のした方を見た穂乃果は、小さく手を振りながら駆け寄ってくる人影を見た。
「こんな所でどうしたの?」
「そ、それはこっちのセリフなんだけど……。今、穂乃果ちゃん家に行く所だったの」
「私んち? どうして?」
「穂乃果ちゃん、今日お誕生日でしょ? だから、そのお祝いがしたくて」
「わ、ありがとう花陽ちゃん!」
大喜びで花陽の手をブンブン振る穂乃果は、ここにいる経緯を簡単に伝える。
「へぇ、海未ちゃんが。最近会ってないなぁ」
「相変わらず元気だよ〜。それに、相変わらず厳しい!」
「あ、あはは……」
高校時代に、当事者になった事もある花陽は乾いた笑い声を漏らした。
「──あ、でも穂乃果ちゃん、海未ちゃんにお店番代わってもらって出てきたんだよね?」
「ん? そうだけど、それがどうかしたの?」
花陽は少し思案顔で、
「そうすると、今すぐ戻るのはちょっと良くないよね……」
「うーん、それは確かに。でも、戻らないといけない事なの?」
「お祝いに、プレゼント──なのかな? を持ってきたんだけど……」
遠慮がちに花陽が取り出したのは、何かのディスク。確かに、この場では再生できない。
「ちょっとずるいんだけど、このディスク、私のお仕事も兼ねてるんだ。だから、できれば一緒に見たかったんだけど……」
その花陽の言葉で、穂乃果はピンと来る。
「花陽ちゃんのお仕事って、出版社だよね?」
「う、うん。スクールアイドルのコラムを書いてるよ」
「じゃあ、もしかしてこの中身ってスクールアイドル⁉︎」
花陽も、楽しそうに肯定する。
「うんそうだよ。しかも、私達だからこその内容」
「うぅ気になる……! でも、今家に戻ったら海未ちゃんに怒られる気がする……」
その光景が容易に想像できる花陽も、うーんと唸る。
「じゃあ穂乃果ちゃん、ちょっと遠いけど、うち来る?」
「えっ、いいの⁉︎」
「大したおもてなしはできないけど……一緒に見たいから。──それに」
花陽は右手で顔に影を作る。頭上の太陽も、賛成するかのように最大限のパワーを発揮している。
「……暑いしね」
「お邪魔しまーす」
「誰もいないけどね」
花陽は小さく笑うと、エアコンのスイッチを入れる。
「花陽ちゃん、一人暮らしなんだよねぇ。凄いなぁ〜」
穂乃果が案内されたのは、アパートの一室。綺麗に整頓されているが、二人で立つとやや狭さを感じる。
「私も最初は寂しいかなって思ってたんだけど、案外すぐ慣れちゃった。──それに、凛ちゃんよく泊まりに来るし……」
「あ、ホントだ」
洗面台に置かれた歯ブラシ。二本ある内の一本に、可愛らしいネコのイラストが描かれていた。
相変わらず仲良しだなぁと穂乃果は微笑むと、パソコンを準備する花陽のそばに座る。
「もうちょっと待ってね」
花陽は起動したパソコンにディスクをセットすると、すぐに映像が流れ始める。
最初は真っ暗な画面だったが、ステージにスポットライトが当たり曲が流れ出す。その曲は、
「これって……!」
穂乃果は目を見開いた。
聞き間違えるはずもない。そして、見間違えるはずもない。画面の中で踊っているのは、紛れもなく穂乃果自身だったからだ。
「もしかしてこれ……μ'sの……?」
「うん、今度テレビの番組で使うんだって。それで、出版社にいる元μ'sの私にチェックをお願いしたい、って」
「花陽ちゃん、凄いなぁ……」
私なんて、とは花陽は言わなかった。形式は、穂乃果へのプレゼントなのだ。自分を卑下する意味は無い。
「──あ、これは花陽ちゃん達が入った後のライブだね」
「うん、全員がセンターでって曲だったよね」
「──これは、全員揃っての始めての曲……」
「絵里ちゃん、楽しそうだね」
「──あ、ことりちゃんが作詞した曲だ」
「メイド服着るなんて、ビックリしたよ〜」
「──このライブは……」
「ちょっと、大変な事思い出しちゃうよね……」
「──三人だった、誰もいなかったのに、九人になって、こんなに沢山の人に見てもらえて」
「スクールアイドル、やって良かったって思った瞬間だったなぁ」
「──これは、AーRISEと一緒にライブした時の」
「合宿、楽しかったなぁ。真姫ちゃん達がスランプになっちゃって……」
「──凛ちゃん、可愛いなぁ……」
「ホントだよね〜……。でもこれ、穂乃果ちゃんが着てたかもしれないんだよね」
「──ハロウィンライブだ!」
「色々試したの、実はちょっと楽しかったり……」
「──地区予選、決勝……」
「この時はハラハラだったよぉ……」
「──ラストライブと、アンコールだ」
「えへへ、終わった後ちょっと泣いちゃったんだよね」
「──海外でのライブ」
「ビックリしたよね〜。でも、楽しかった」
「──スクールアイドル、みんなの歌だ」
「きっとこのライブがあったから、今みたいにスクールアイドルの輪が広がったんだよね……」
「──本当に最後の、ラストライブ……」
「うん、楽しかった。すっごく楽しかった」
一通り映像を見た穂乃果は、ガバッと花陽に抱きついた。
「ほ、穂乃果ちゃんっ⁉︎」
「ありがとう花陽ちゃん! すっごく嬉しい! μ'sだった頃に戻ったみたいで、凄く楽しかった!」
花陽はズレた眼鏡を直すと、ゆっくり微笑む。
「えへへ、私も同じくらい楽しかったよ。──でも、これじゃ穂乃果ちゃんへの誕生日プレゼントにはならないかなぁ……」
「え、どうして?」
「だって、私も同じくらい楽しんじゃったし。仕事の事忘れるくらいに……」
「えー? いい事じゃん! 穂乃果も楽しかった、花陽ちゃんも楽しかった! 最高だよ! だから、ありがとう花陽ちゃん!」
とびきりの笑顔を向ける穂乃果に、花陽はポカンとしてからクスクス笑い出す。
「やっぱり、穂乃果ちゃんは変わらないなぁ。ちょっと安心しちゃった」
「海未ちゃんにも言われたけど、それだとまるで穂乃果が成長してないみたいじゃん!」
「そ、そんな事ないよ。ただ、大元の穂乃果ちゃんは、いつまでもあの頃の穂乃果ちゃんなんだって思ったら、嬉しくて」
「そうなのかなぁ?」
「今年もお祝いできて、良かった。おめでとう穂乃果ちゃん。私を変えてくれたのは、穂乃果ちゃんだから」