勇者よ、人間性を獲得せよ   作:じーくじおん

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映画「ジョーカー」を見てから何日間かは抑鬱っぽくなりました。影響受けやすいんですよね自分。傑作であるが故に作品に飲み込まれました。お陰でまじで執筆に手が届かずエタる所でした。ヒースを超えるジョーカーは居ないと思ってましたが、魅力は別物でしたね。比べられるもんじゃないですほんと。


EP17 主人と従者

「・・・・・・・・・・・・んん?」

 

 ポカポカとした朝日に照らされ、ハベルは薄らと目を開けて意識を回復する。開眼して真っ先に視界へ映り込んだのは、安らかな表情を浮かべて静かな寝息を立てているラフタリアの顔である。その距離は僅か目と鼻の先・・・そしていつの間にか自身の兜は外されており、冒涜的で醜い皮膚からでも分かる後頭部の柔らかな感触・・・ハベルは今、俗に言う膝枕をされている状態であった。

 

 自身の現状を即座に理解したハベルは途端に落ち着かない気持ちで胸が一杯になり、堪らず彼女を刺激しないようにそっと起き上がる。辺りを見渡すと、木陰に背を預けて眠っているラフタリアの他に、見慣れたメルロマルク王国の城壁、そして辺り一面に広がる草原・・・此処は、まだラフタリアが小さかった頃にハベルとの訓練地としていた場所であった。

 

 何故、こんなところに・・・と昨晩の経緯を思い出そうと頭を捻るが、思い出されるのは自らの醜態と熱く暖かな二人の言葉のみ。城庭にいたはずの記憶が完全に欠如していた。

 

 何とか思い出そうと考え込んでいると、膝上が軽くなった事によりラフタリアも目を覚ました。朝日を浴びながら、んーっ! と真っ直ぐ背伸びをし、紅茶色の澄んだ瞳をハベルへと向ける。

 

「おはようございます、ハベル様」

 

「・・・・・・ラフタリアよ、何故私はこんなところに?」

 

 柔らかな微笑みを浮かべて挨拶をするラフタリアであったが、当の主人からの返答はパッとしないものであった。交わらない挨拶と彼の問いに、ラフタリアの笑顔は呆れのそれへと変化していく。

 

「もう、やっぱり記憶が無いんですね? 昨晩のあの後は大変だったんですよ!ハベル様ったら急に気を失ってしまって・・・・・・重くて私一人ではどうしようもなかったところを、ソラール様と一緒にここまで運んできたんですよ?」

 

「・・・そう・・・なのか・・・?」

 

「そうなんです、私だってあんなところには居たくもなかったですし、ここなら魔物も姿を見せないと思って・・・・・・ダメでしたか?」

 

「・・・・・・いや・・・すまなかった。また迷惑を掛けたようだ・・・そういえばソラールは?」

 

「ソラール様なら、これならもうハベル殿の心配はいらないだろう、ウワッハッハ! と城へお戻りになりました。私たちも・・・その、戻った方が良いでしょうか?」

 

 ソラールの真似を挟みながらそう口にするラフタリアであったが、行きたくないという思いが先程から言葉の節々に滲み出ていた。当然、ハベルは彼女の想いを尊重して首を横に振る。

 

「辞めておこう・・・戻ったところで、あそこに我々の居場所はない。国王陛下お気に入りの勇者が三人も揃えば充分であろう」

 

 声を掛けると、ラフタリアの表情がパーッと明るくなり、良かったぁ・・・と安堵の声が漏れていた。ハベルの言うとおり、戻っても王族からまた化物だの何だのと雑言が飛び散る様が目に見えていたからである。彼女はもう二度と足を踏み入れたくはないほどに、あの場所への嫌悪感を隠せずにいるのだ。

 

「じゃあハベル様、この後の予定は決まっていませんよね? いつでも良いんですが、是非とも城下に寄りたいところがあって・・・できればハベル様も一緒の方が・・・」

 

「・・・ぬ? なにか買い物か? 城下であれば私は一向に構わんが・・・」

 

「本当ですか!? では早速―――」

 

 <キュルルル~~ッ!>

 

 彼女がガッツポーズをしてまで意気込んだその瞬間、元気な腹の虫が騒ぎ始める。当の本人は顔から湯気がでるほど真っ赤になりながら、恥ずかしげにお腹を押さえていた。

 

「・・・そういえば、昨日は落ち着いて食事をする暇もあまりなかったな」

 

「うう~~、私って本当に・・・・・・」

 

 出鼻を挫かれて何やらぶーたれるラフタリアであったが、本能には逆らえず自身のバッグをゴソゴソと漁る。そして出てきたのは、彼女の手作りであろう彩り豊かなサンドイッチが二つ。ラフタリアは然も当然であるが如く、ハベルに一つを手渡した。

 

「どうぞ、ハベル様。城の厨房で頂いた残り物をパンで挟んだだけですけど・・・」

 

 笑顔で渡されたサンドイッチをハベルは迷わず受け取る。だが、もう彼女に隠す理由も無くなった以上、自身の身体の事情を打ち明けねばならないだろう。もはや習慣と化した食事をする必要性が無いことも・・・。しかし、せっかく彼女が作ってくれた手前、拒むわけにもいかなかった彼は、これが最後の食事だろうと心に噛み締めながら一口咀嚼した。

 

「・・・・・・うま・・・い・・・・・・」

 

「あっ!? えっと、ありがとうござ―――」

 

「味が・・・何故・・・うまい・・・これは、美味いぞ・・・!」

 

 ハベルは自身の感覚に狂いがないか確かめる為、もう一口大きめに咀嚼した。そして、その感覚が確かなものである事を確認すると、ハベルは貪るようにサンドイッチに齧りついた。

 

 もっとも、彼の感じているソレは常人(生者)であれば至極薄らとし、判別できるかどうかも難しいものであったが、不死人へ成ってから処刑され初めて亡者となったあの日から、ロードランを旅したあの日から感じる事がなくなった感覚。そして、この世界に召喚されてから間もなく、再び太陽の光を浴びた所為か久方ぶりに思い出した夢心地の感覚。その光を自ら手放し、もう二度と味わう事はないだろうと諦めていたこの感覚。

 

 生者(人間)生者(人間)たらしめる感覚の一つ『味覚』の発現を、ハベルはただ堪能していた。奴隷時代のラフタリアを彷彿とさせるような彼の食いつきっぷりに、手元のサンドイッチはあっという間になくなってしまった。

 

「あの、ハベル様、もしよろしければこちらも召し上がりますか?」

 

「良いのか!? ・・・あ、・・・いや、・・・ん゛ん゛! それはラフタリアの分であろう。貴公が腹を空かしたままではどうしようもあるまい」

 

「良いんです。元々これだけじゃ足りないかなー、と思っていたところですから。今の時間帯ですと、城下に行けば出店もありますし、朝食はそこで済ませようかと。だから、気にしないでどうぞ召し上がってください」

 

「そ、そうか・・・・・・ありがとう・・・では」

 

 恐る恐るといった手つきでハベルは彼女からもう一つのサンドイッチを受け取ると、まじまじと眺めてから思い切りよく食いついた。シャキシャキと瑞々しいレタス、ゴロッと厚く切り分けられた肉に少し癖のあるチーズ、それらを一つにまとめ上げる芳醇な香りのしっかりとしたパン、持てる全ての感覚を使って、ハベルは世界中の誰よりも今この瞬間を味わっていた。それこそ、皮膚が剥がれ落ちた焼死体のような顔でも、薄らと笑みを浮かべているのが分かるほどに・・・。

 

 そんな手作りのサンドイッチを貪るハベルの初めて見た一面と、そして彼の口から漏れ出した心を聞いてしまったラフタリアは、全てを察し、理解してしまった。主人が今まで『食』に対してやたらと無欲だったわけを、彼が眠っているところを見ないわけも、これまで一切の弱音を吐かなかったわけも・・・・・・ようやく彼が生き始めたことを・・・。

 

 美味しい物を美味しいと感じる事ができる、ただそれだけの事なのに・・・ラフタリアの中で、決して一言では言い表せないほど感情が複雑に混ざり合い、渦を巻いていた。嬉しい事のはずなのに・・・思わずグスッと鼻を鳴らす彼女だが、ハベルに気づかれまいと自分の両頬をパシン! と叩いて活を入れ、自身の胸に抱いた決意を固める。

 

「ハベル様、これからは一緒に美味しい物をたっくさん食べましょうね!」

 

「・・・ぬ? ・・・・・・・・・うむ・・・そうだな」

 

 彼女の意思がどこまで通じたのか・・・ハベルはペロリと平らげた後、彼女の方へと顔を向けながら、ぎこちなく頷くのであった。

 

 

 

 彼は足下にある『ハベルの兜』をかぶり直し、ラフタリアを連れて城下町へと足を運んでいく。城下では既に勇者同士の決闘が伝わっており、今も尚すれ違う住民達は皆、ハベルに対して忌避の感情を変わらずに向けていた。ただ前と違っていたのは誰もハベルに対して近づこうとせず、聞こえるような噂話をしなくなっていた。感情を向けるだけで関わろうとする者が極端に減っていたのである。もっとも、二人にとっては現状の方が過ごしやすいほどであったが・・・。

 

 そんなことよりもラフタリアを心配させたのは、ハベルの食欲である。先程サンドイッチを二つ平らげたというのに、ラフタリア以上に出店の品を口に運んでいた。遂には彼女がお腹いっぱいになった後も、ハベルは全店舗を巡る勢いで食事を継続していく。

 

 思わぬ出費にラフタリアは頭を抱えるも、今までに無い生き生きとしたハベルを目の前にすれば、口を挟む気など起きるはずもなかった。何本目かも分からぬ串焼きを面頬の隙間から器用に喰らう主人を見守っていると、ポンポンと後ろから肩を叩かれる。

 

 振り返るとそこには煙管をくわえながら手招きをする薬屋の主人の姿があった。ラフタリアはハベルを呼び、手招きされるがままに彼の店へと入っていく。すると主人は煙管を咥えたまま店の棚を漁ると、大雑把な手つきで分厚い本を一冊取り出し、目の前のカウンターへドスンと放り投げた。

 

「・・・貴公、なんだこれは?」

 

「お前さんが前に買った手引き書は初心者向けだったろ。こいつにはそれよりも高品位のレシピが書いてある。やるから使ってくれ」

 

「ええ!? 良いんですか!」

 

「貴公、いったい何故・・・」

 

 心の底から驚きを隠せない二人に、主人はフーッと煙を吹かし、顔の皺を寄せながらニコリと気持ちの良い笑みを見せてくれた。

 

「全く、飾りもんの騎士共や貴族様の流す情報ってのは相変わらず当てになんねえなぁ・・・・・・俺の親戚がな、リユート村でお前さんに助けてもらったんだと。そいつが、もし盾の勇者様が店に寄る事があったなら力になって欲しいって言われててな。良いから持ってけ。ああ、それと魔法屋の婆さんと武器屋の奴にも顔出しとけ、波での礼がしたいってよ」

 

「エルハルトさんはまだ分かりますけど、魔法屋さんもですか!?」

 

 商人達の間で繋がりでもあるのだろうか、そういえば出店の人達もハベルに対して何やらサービスと言って増量してくれた所が何店舗かあった気が・・・とラフタリアは思案する。そんな彼女を見かねてか、またもスーッと煙管をふかしながら主人が論を挨たないといった風に語り出した。

 

「良いか亜人の嬢ちゃん。お前さん等の武器は剣だが、商人の一番の武器ってのは情報だ。そのためには俺だって近所付き合いだって欠かさねえし、一方向の・・・ましてや噂話になんて左右されてるようじゃ、とてもやってらんねえ道なのよ。そこいら呑気にほっつき歩いてる視野の狭いバカ共を相手にするんなら尚更、おいそれと一つの情報を鵜呑みにするなんてできやしねえ。まあ、そういうことだ」

 

 リユート村以来の純粋な人の好意、ようやく向けられたソレにラフタリアは喜びを隠せずに笑みだけでなく茶色い毛並みの尻尾まで振っていた。良かったですね! と歓喜を露わにハベルの方へと顔を向けると、手引き書を手にとってパラパラとページを捲っている手が止まっている事に気が付いた。ハベル様? と呼びかけても、彼は岩のように固まるばかりで反応は返ってこなかった。

 

 ハベルは主人の話を聞きながら手引き書を開いて先に内容を確認しようとしたところ、自分がこの世界の文字を解読できないことを思い出していた。手引き書に記された薬品が高品質になればなるほど、作成する工程は自然と複雑な物へとなっていく。そのため、ハベルが持っている手引き書よりもイラストは少なく、比例して文字ばかりが増加していた。

 

 実は文字が読めないなどと、せっかくの好意を無下にしたくないハベルは如何したものかと考え込んでしまう。するとしびれを切らした主人が、買い物をしないなら魔法屋か武器屋の所へさっさと行け! と急かし始めた為、ラフタリアは主人の手を引いて「ありがとうございました!」と元気に礼を言ってから一緒に店を後にしていくのであった。

 

 

 

「あらあら、まあまあ! その立派な鎧、貴方が盾の勇者様ね! うちの孫が世話になったみたいで」

 

 城下町で一番に大きな店、ギッシリと様々な種類の書物が隙間無く詰められた本棚が並ぶ魔法屋へと入るなり、奥から店主であろう壮年の魔女がこれまた和やかな様子で顔を見せた。ラフタリアはともかく、ソラール以上に真っ直ぐな好意に慣れていないハベルはタジタジになりながら魔女に店の奥へと連れられていく。そして、魔女はカウンターに置かれた小さな水晶玉を持ってくると、二人に水晶玉にむかって手をかざすように促した。

 

「さあさあ二人とも、こっちへ来て座りなさいな! ・・・・・・ふむふむ、成る程ねえ・・・盾の勇者様は回復と火の魔法適性があるようだ。従者のお嬢ちゃんはラクーン種だからね、光と闇の魔法なんかがうってつけだよ」

 

「わあっ! 魔法適性をタダで見てくれたんですか! ありがとうございます!」

 

「良いんだよ、これぐらいの事はいつでもお安いご用さ。それにあたしからの礼はこれじゃないからね。ちょっと待ってておくれよ?」

 

 魔女は水晶玉を懐へとしまうと、カウンターの奥へと姿を消してしまった。それにしても先程の魔法適性とやらだが、ハベルの場合、理力はからっきしであるが篝火によって信仰の力を強めた為に回復系が中心となる他、呪術の火を彼の地で教授された為に火の魔法とやらの適性がある事はある程度理解できるが・・・ラフタリアの結果を聞いてハベルはピクリと反応した。

 

「・・・貴公、闇術に対しての適性があるのか?」

 

「そう、みたいですね。私はラクーン種ですから、光の屈折と闇のあやふやさを利用した幻を使う魔法が得意な種族だって、リユート村の先生から教えてもらいました」

 

「幻? ・・・・・・ああ、そういうことか」

 

 どこか身構えていたハベルは、自身の心配が杞憂である事に気が付きフーッと長い溜息をつく。その様子を不思議に思いラフタリアは首を傾げるが、それはハベルの世界に存在していた闇の魔法に理由があった。

 

 闇の魔法・・・別名『闇術』は人間性の淀み・深淵より生まれし唯一質量を持つ魔法であり、その歪さや異端さから邪悪な魔法とされ、多くの国で禁忌とされているものである。事実、ソレに呑まれた者は人としての生を捨て、生命の理に逆らう深淵を撒き散らす化物と化すほどに危険な代物なのだ。

 

 此処はロードランではない。しかし、頭では分かっていてもどうしようもないのだ。あの世界に未練があるわけでもあるまいに・・・・・・。

 

 ハベルがいらぬ心配事で頭を悩ませているうちに、店の奥から魔女が顔を出した。

 

 二冊の分厚い本を手にしてである。

 

―――礼というのは・・・・・・また書物か・・・・・・。

 

「こ、これって魔法書じゃないですか!? こんな高価な品貰えませんよ!」

 

「魔法書と言っても初級だけどね。こんなの可愛い孫の命に比べたらなんて事無いよ! 本当は魔力の込められた水晶玉をプレゼントしたいんだけど・・・丁度今切らしてしまっていてねぇ・・・」

 

 往生際の悪いハベルは魔法書をパラパラ開いて確認するも、読めるはずもなく内心でまた頭を抱えていた。一方、ラフタリアは魔女のいう水晶玉に心当たりがないのか、彼女も首を傾げていた。

 

「あら、あんた達知らないのかい? 魔力が込められた水晶玉を使えば本人に秘められた魔法を発現する事ができるのさ。にしてもおかしいねぇ、勇者様用にと言っていくつか納品したんだけどねぇ」

 

 合点がいってない様子であるが、当事者であるかれらにはなんとなく理由が分かっていた。今更それを口にする必要も無いほどに。

 

「水晶玉も仕入られたら取っておくわ。魔法書で覚えるのは大変だけど、真面目にやれば貴方たち次第で多くの魔法が覚えられるし、自分なりに工夫しやすくもなるわ。だからこれからも頑張ってね、盾の勇者様」

 

「・・・! 本当に・・・ありがとうございました! ね、ハベル様!」

 

「・・・ああ、貴公の期待に応えられるよう・・・その・・・努力する」

 

 互いに笑顔を交わした後、二人は見送られながら魔法屋を後にし、真っ直ぐ武器屋へと足を進めていった。

 

 

 

 武器屋に入ってから二人を始めに出迎えたのは、先の二店舗と違い店主の暖かな言葉が掛けられるわけではなく、素人の耳からでも分かるほど懸命な鍛冶の作業音であった。気になった二人は店の奥へと進んでいくと、そこには自前の鍛冶場で汗をかきながら作業に徹するエルハルトの姿が見られた。

 

 ラフタリアは集中している彼の邪魔をするまいと、静かに彼の鍛冶を興味深く観察する。ハベルも彼女に倣って彼の手並みを眺めていたところ、エルハルトが手にしていた得物を見て絶句していた。彼が必死に鍛冶を行っていたのは、ホーリーシンボルがデカデカと描かれた円型の盾である。未だ大きなへこみの目立つそれに大きく心当たりがあったハベルは思わず一歩後ずさってしまった。

 

「ん? おお! 嬢ちゃんと・・・・・・色々とお噂が絶えないイカサマ化物勇者様、いらっしゃい!」

 

「もう、親父さんっ! 冗談にしては少し意地悪過ぎですよ!」

 

 ハベル等の存在に気が付いたエルハルトが片手で額の汗を拭いながら茶化し始める。主人に対してのあんまりな彼の言いぐさに、冗談と承知の上でラフタリアは頬を膨らませて抗議する。

 

「いや、ラフタリア、その・・・良いのだ・・・」

 

「そうだぜ~嬢ちゃん。悪いが俺は剣の勇者様から朝早くに注文されてな。お代をいくらかオマケする代わりに色々と聞いちまったもんでな~」

 

 尚もラフタリアが頬を膨らませて窘めるも、エルハルトが悪い笑みを崩すはずもなく・・・。そしてハベルの方も、甘んじて彼からの叱責を受けるつもりでいた。

 

「・・・すまなかった。貴公からも戒めを受けていたというのに・・・私は・・・ラフタリアを・・・」

 

「へっ・・・しっかりと身にしみてるようで何よりだ。まあ、あんちゃんがそこまで反省してんなら、俺からはもう何も言わねぇよ。俺の分もまとめて剣の勇者が一発かましてくれたみたいだしな!」

 

 筋肉隆々な腕をまくって胸の前で拳を作ってみせるエルハルトに、当事者である二人は堪らず苦笑が浮かぶ。彼もソラールと肩を並べるぐらいには熱くて気前の良い真っ直ぐな男なのだ。彼ならば例え亡者と化したハベルにも怖気付く事無く、有言実行するだろう。

 

「それはそうと、あんちゃん。丁度良いとこに来たな。前に言ってた装備を見繕ってやる、てやつ覚えてるか?」

 

「ハベル様に似合う装備を親父さんが“タダ”で作ってくれるっていう話でしたよね。もちろん私は覚えていますよ!」

 

 先程のお返しと言わんばかりに、タダの部分を強調しながらラフタリアも彼女なりの悪い笑みを浮かべる。もっとも「彼女なり」であるため、あざとい感じの可愛さが勝ってしまうのだが。

 

 それはともかく、そう言い出したエルハルトがカウンターの中から取りだしたのは、簡素な赤茶一色のマントである。マントにしてはゴタゴタとした装飾が一切施されていないそれを、ハベルの問いかけを無視しつつ、エルハルトは素早くこなれた手つきでハベルの鎧へと装着していく。遊びのない重厚な岩鎧にマントの装着部位などあるわけないが、こちらの世界の技術なのか、まるで魔法のようにしなやかに取り付けられた。背中全体を覆うようにたなびくマントを見て、どういうつもりだ? とハベルは怪訝な視線を送った

 

「いや、なに。自分で言っておいてなんだが、これでも結構考えたんだぜ? あんちゃんは盾の勇者様だからこっちの世界の武器は盾以外装備できねえときたもんだ。防具を作ろうにも、もうあんちゃんには誰もが羨むほど立派な鎧がある。何なら一枚盾を譲るかとも考えたが、ここに来ても嬢ちゃんの装備か弓矢しか買わねえあんちゃんのことだし、もう持ってるだろうなと思ってよ。だから、俺は今のあんちゃんに何が必要か考えてみたんだ。あんちゃんに足りねえのは愛想の他に何だろうってな」

 

「・・・・・・それで、このマントか?」

 

「応とも! 今のあんちゃんに何より足りねえのは他でもねえ! 勇者っぽさだぜ!!」

 

 親指を立てて力強くサムズアップを繰り出したエルトハルトであったが、当のハベルは本当に必要かと納得できずに首を傾げていた。対照に従者の方はパアーっと表情を明るくさせ、元気に尻尾まで振りながら「かっこいいですハベル様!」と目を輝かせるほど受けが良い様子である。

 

「おっと、もちろん只の飾りじゃないぜ。血を弾くブラッドコーティングに加えて背後からの魔法攻撃に対する耐性を高めるマジックコーティングも付与したからな・・・・・・・・・そんなふざけた決闘があるって分かってりゃ、是が非でも先にあんちゃんに渡しておきたかったけどよ」

 

「・・・っ! 貴公・・・・・・」

 

「エルハルトさん・・・」

 

 最後に放たれた彼の言葉に、二人は揃って胸の奥が熱くなる思いを抱いていた。エルハルトとてハベルの暴走を引き起こす切っ掛けとなった事件に何も思うところが無いわけでは決して無かった。それこそ、彼自身も赤毛の王女様の卑劣さを見抜けずに、ハベルと離別してからすぐに寄った彼女に、商売とはいえ更に高価な装備を半額に近い値段で与えてしまった事に対してどこか後ろめたさを感じていたのだ。

 

「貴公・・・感謝する。貴公の思いを無駄にするわけにはいかんな。ありがたく使わせてもらうとしよう・・・本当に、ありがとう・・・」

 

「応! もしかしたら戦いの邪魔になるかと思ったんだが、その言葉を聞けて安心だ。そんじゃまあ、次の波でも頑張れよ! 何かあったらいつでも来い、俺にできる事ならいくらでも力になってやるぜ?」

 

「親父さん・・・私・・・本当になんて言ったら良いのか・・・必ず期待に応えられるよう頑張ります! これからもよろしくお願いしますね!」

 

 

 

 温かい気持ちのまま武器屋を後にしたハベルは、最初の目的であるラフタリアの買い物を済ませるべく彼女に追従していく。その道中、ラフタリアの顔から笑顔が絶える事はなく、終始ご機嫌な様子であった。

 

「本当に良かったですね、ハベル様!」

 

「しかし、書物か・・・如何した物か・・・・・・」

 

「ハベル様もそろそろ、こちらの文字を読み書きできないといけませんね。識字ができない勇者様なんて恰好が付きませんから」

 

 いつの間に気が付いていたのだ? とハベルはラフタリアの方へと顔を向けると、彼女は魔法書を開いてぱらぱらをページをめくってはしっかりとその目で流し見ていた。

 

「貴公、その・・・理解できるのか?」

 

「はい。お父さんとお母さんに教わったのもありますけど、もっと難しい言葉はリユート村の先生に教えてもらいました」

 

「先生・・・そういえば魔法屋の所でも言っていたな?」

 

「宿の奥様です。ハベル様との訓練が終わった後で、私に色々教えてくれたとっても優しい方なんですよ! テーブルマナーと簡単な料理も教えてくれました。そうだ! 今の私ならこれからハベル様に教えてあげられますね!」

 

「・・・・・・そうだな、頼む」

 

 思えば、ハベルは今までラフタリアに戦いしか教えてこなかった。相手の急所、戦闘における立ち回り、武器のノウハウなど、生き残るための手段は伝えたが、生きる手段を伝えた覚えはなかった。気が付けば、彼女は自立して生きていけるような生活力を身につけており、ハベルはそのことについて気にも留めていなかったのである。

 

「今夜はリユート村に寄るとしよう。貴公の先生とやらに改めて礼がしたい」

 

「賛成です! 村の人達の詳しい状況も確認したいですし・・・」

 

 確かに彼女の言うとおりだろう。村の中央は王国騎士共のいらぬ範囲魔法の所為で焼け落ちている。避難させたとは言え怪我人の数も多いだろう。薬の準備もせねばならんな、とハベルは思考を巡らせた。ところで・・・・・・。

 

「・・・何故、先程から貴公がそう喜んでいるのだ?」

 

 無論、聞かずともハベルとてある程度の察しは付いていた。だが、それでもハベルは自らの従者に問いかけた。彼女の口から答えを聞きたかったのか、それとも、自ら見捨てようとした太陽の答えを贖罪として噛み締めるためか・・・・・・。

 

「ハベル様も見ましたよね? お礼を言ってくれた人達の笑顔を。心の奥がポカポカして、ハベル様と成した事が間違いじゃなかったって思えるから、自然と笑顔が溢れてくるんです。そして、その事がとても嬉しく、同時に誇らしいからです」

 

「・・・そうか・・・そうだな」

 

 彼女の答えにハベルは満足すると共に、胸の奥へとしっかり刻み込んだ。自分がどれほど愚かな選択をしようとしたのかを。思えばラフタリアも災厄の波の被害に遭った者だ。そして、自らの力で波から多くの命を救った者の一人であり、波に対する思いはハベルなどとは比べものにならないだろう。

 

 今回とて、ハベルが村の防衛の判断に到ったのは、偏にソラールによるものが大きい。それに、これが不死人たる己の使命と割り切っているハベルにとって、感謝の念を向けられる事の方が異様であった。思えば火継ぎの旅はおろか、国家騎士時代の時から、亡者やデーモンによる被害に遭った人々から恨まれる事はあれ、ありがとうの一言さえ当時の騎士達が受け取る事はなかった。それが使命であり、義務であり、存在理由であったからだ。

 

 不意に、ハベルは城庭にてラフタリアが語り出した言葉を思い出す。貴方を縛る使命を、苦しみを、私にも分けてくださいと、彼女は口にした。そして彼女は今、主人が受けている感謝の念を、他でもないハベル以上に感じている。無論そのような暖かな物だけではない、勇者の使命や国を挙げて貶められる苦痛も、彼女は今までハベルと共にしてきているのだ。

 

 誰よりも近くに、誰よりもこの世界で時間を共にしたというのに、真の意味でラフタリアと向き合ったのは、今日が初めてなのかもしれない。皮肉なものだ、自らが一番求めていた物を、自ら手放そうとしてから初めて気が付くとは・・・。かの太陽の騎士が居なければ今頃は・・・・・・。

 

―――そう言えば貴公もアストラ出身であったな。嗚呼、北の不死院のアストラ上級騎士よ。貴公の求めていた物が・・・その答えが・・・ようやく分かった気がするぞ・・・・・・

 

 また、ハベルの中に生まれた小さな火種が暖かさを帯びたところで、ラフタリアの足が止まった事に気が付いた。気が付けば二人は薄暗い路地裏に足を運んでおり、目の前にはなんとも見覚えのあるサーカステントが鎮座していた。

 

「貴公にとって忌まわしき場所ではあるが、随分と懐かしくも感じる。此処で全てが始まったのだな」

 

「・・・・・・そうですね。此処でハベル様が私を買ってくれなかったらと思うとゾッとします。それはそうとハベル様、早速行きましょう!」

 

「そうだな、ラフタリアよ。そろそろ行こう・・・・・・・・・・・・ぬっ!?」

 

 ラフタリアが怖じけづく事無くサーカステントへと向かうのを見て、ハベルは思わず素っ頓狂な声を挙げて二度見をしてしまう。

 

「き、貴公!? 何故!? ここが目的地だと!?」

 

「・・・? ・・・! 大丈夫ですよハベル様。この時間帯でもお店が開いてる事は確認済みですから!」

 

「そうか・・・いやっ! そうではない貴公! 何故今更こんな場所に!」

 

「何故って、奴隷紋を入れ直してもらおうかなと・・・」

 

「なっ!?!?」

 

「おやおや、盾の勇者様方ではありませんか! お噂はかねがね聞いております! ささ、お外で話すのもアレなのでどうぞこちらへ・・・」

 

 慌てふためくハベルを見越すように、絶妙なタイミングで例の奴隷商がサーカステントから顔を見せた。そして、最後まで事情を理解できなかったハベルは二人に誘われるままテントの闇に姿をくらませるのであった。

 




誓約が切れたらまた結び直すでしょう? 誰だってそーする。俺だってそーする。

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